翌日、事務所のロビーで美穂と響子はお茶を飲んでいた。
「そういえば昨日だよね。卯月ちゃんのデート」
「そうでしたね。大丈夫かな………」
「大丈夫だよ。少なくとも卯月ちゃんの方は」
「あ、ああ。確かに卯月ちゃんの方は大丈夫そうだよね」
二人して卯月に対する評価が酷かった。
「そういえば、響子ちゃんは卯月ちゃんの相手の男の子と話したんだよね?」
「はい。古川皐月くんっていう子なんですけど、なんていうか……神経質そうな子でしたよ」
「あら、そうなんだ………。それは、卯月ちゃんの言動にヤキモキしてそうだね」
「うん。結構疲れてる様子だったし」
「卯月ちゃんももう少し、異性に興味があれば良いんだけどね……」
「私もそう思います。私もたまに彼氏欲しいって思うこともありますしね」
「へぇ、響子ちゃん好きな人いるの?」
「い、いやいや、いないよ!美穂ちゃんこそ、そういう人は学校にいないんですか?」
「わ、私はまだ恋愛とか……その、は、恥ずかしいし………」
「あー……まぁ、美穂ちゃんはそんな感じします」
「ど、どういう意味⁉︎」
「だって、恥ずかしがり屋さんだし……すぐに照れちゃうから、好きな男の子がいても何も話さずに学校卒業しちゃいそうだなって」
「三年間も⁉︎そ、そこまで恥ずかしがり屋さんじゃないよ!」
「うーん……じゃあ、仮に好きな人が出来たとして、その人とキス出来ます?」
「ふえっ⁉︎き、キシュ⁉︎」
「ほら、噛むほど照れてる」
「っ……う、うぅ〜………」
年下に論破され、悔しさと羞恥心で顔が赤くなる美穂。そんな2人の後ろから、かな子が顔を出した。
「何、美穂ちゃん好きな人いるの?」
「ひゃっ!か、かな子ちゃんっ?」
「い、いないよ!例えばの話!」
「なーんだ。最近、卯月ちゃんに良い人がいるみたいだから、美穂ちゃんにもいるのかなーって思ったんだけどな」
「あれ、かな子ちゃんも知ってるんですか?」
「あれ?響子ちゃん達も知ってるの?」
「はい。今、卯月ちゃんの話をしてたところなんです」
「そっかー。じゃ、情報交換しよっか。私も飲み物買って来るね」
平気な様子で刑事の捜査会議の如く、情報交換会が始まった。
自販機でいちごオレを買ったかな子は、美穂の隣に座って話し始めた。
「じゃ、まずは二人の知ってる情報を教えて欲しいな」
「情報、と言うほど私達は詳しくないよ。響子ちゃんが一回卯月ちゃんのスマホで電話したくらいだよ?」
「その時に、割と神経質な人なんだなって事が分かっただけです」
「なるほどねー」
「かな子ちゃんはどこまで知ってるの?」
聞かれた直後、かな子は得意げな表情を浮かべた。
「私はね、一緒に勉強したりしたよ」
「ええっ⁉︎」
「会ってるんですか⁉︎」
「うん。英語教えてあげた」
「英語⁉︎」
「英語が苦手みたい」
「あ、そういえば前に卯月ちゃんが話してたような………」
美穂が思い出したように呟くと、続いてかな子が言った。
「それとコンビニでバイトしてるんだよ」
「え、そのコンビニには………」
「行ったことあるよ」
「今度お店教えて下さい!」
「良いよ。美穂ちゃんも行く?」
「うん。行く。気になる」
勝手に3人で約束して、美穂が質問した。
「かな子ちゃんの印象ではどんな子なの?」
「うーん……最初は良い印象無かったなぁ」
「そうなの?」
「うん。なんか卯月ちゃんを一人暮らしの家に入れたらしくて、チャラい人なのかなーって思ってた」
「ま、まぁ……卯月ちゃんだからね……。友達の家に遊びに行く感覚だったんだろうね………」
「美穂ちゃんじゃあ、顔を真っ赤にしちゃってとても無理そうですよね」
「そ、その話はもう良いよ〜!」
プンプンと頬を膨らませて、響子の肩を叩く美穂を見ながら「まぁまぁ」となだめながらかな子は続けた。
「でも、卯月ちゃんの天然具合が酷くてね………。一緒にコンビニに行ったんだけど、いきなり後ろから頬を突いたり、本人に平気で『皐月くんに会いたくて来たんだ』みたいなこと言ったり………」
「あ、ああ〜………」
「私達も卯月ちゃんから古川さんの話を聞いたことあるんですけど、卯月ちゃんのために範囲じゃない数学も全部勉強して教えてあげたのを『良い人』の一言で済まされちゃってたし」
「可哀想に………」
美穂と響子が顔も知らない少年に同情した時、かな子が話題を変えるように言った。
「逆に、古川くんにとって卯月ちゃんはどうなんだろうね?」
「ああ、それは私達知ってるよ」
「はい。古川さんは卯月ちゃんのこと大好きみたいですよ?」
「えっ、そ、そうなのっ?」
興奮した感じでかな子が聞き返すと、今度は響子と美穂が得意げに答えた。
「恋愛的にかどうかは分かりませんけど、相当卯月ちゃんに構って欲しいみたいで、よくL○NEとかで連絡取ってるみたいですよ」
「うん。学校に友達いないみたいだから、その反動で卯月ちゃんにベッタリみたいで………」
「あ、あははっ……一周回って可愛いね」
かな子が引き気味に呟いたのを聞いて、少し前の自分達と全く同じ感想を抱いたことを思い出し、クスッと微笑んだ。
「? どうしたの?」
「いや、前に卯月ちゃんからこの話聞いた私達と同じ感想持ってたから、おかしくて」
「あ、あははっ……。やっばそうなんだ」
かな子も何となくおかしくなって、3人でクスクスと笑ってると、ウィーンと自動ドアが開いたのが見えた。
そこから入ってきたのは、卯月だった。が、珍しく死んだ魚のような目でゾンビのようにうなだれた姿勢で歩いているのが見えた。
「「「うっ、ううう卯月ちゃん⁉︎」」」
その卯月らしからぬ様子に、慌てて3人揃って駆け寄った。
「ど、どうしたの卯月ちゃん⁉︎」
「な、何⁉︎何事⁉︎バイ○ハザード⁉︎」
「だ、誰かー!救急車ぁー!」
と、騒ぎながら駆け寄る3人の方をチラッと見ると、引きつった笑みを浮かべて手を挙げた。
「あ、かな子ちゃん、美穂ちゃん、響子ちゃん………。初めまして」
「初めまして⁉︎私達の名前当ててるのに⁉︎」
「卯月ちゃん、落ち着いて!目の焦点が合ってないよ!」
「顔色悪過ぎますよ!ほ、保健室……保健室に………!」
「みんなぁ、大袈裟ですよぉ………」
フラフラしながら歩く卯月を、響子と美穂が両腕を持ってソファーに座らせた。
「だ、大丈夫?卯月ちゃん」
「何か飲む?ジュースとか買ってこよっか?」
美穂の「ジュース」という言葉にピクッと反応する卯月。そして、顔を真っ赤にして俯いておでこを机に乗せた。
「う、卯月ちゃん⁉︎」
「な、何があったの昨日⁉︎」
「………無理です。言うの恥ずかしいです……」
美穂と響子の予想とは裏腹に卯月がダウンしてきて困惑するばかりだったが、かな子が何か思い付いたのか、確認を取るように質問した。
「卯月ちゃん、古川くんと何かあったの?」
「…………さ、つき……くん………うぅっ……」
顔を真っ赤に染めた卯月を見て確信したかな子は、スマホを取り出して耳に当てた。
「もしもし、古川くん?卯月ちゃんと何があったか………」
「わ、わーわーわー!分かりました!話す、話すから今、皐月くんの名前を出すのはやめてください!」
「今、自分で出してたけどね………」
言われて、卯月は観念したように頬を赤らめて、俯きながら呟いた。
「実は、その……昨日、水族館に行ったのですが………」
「うん」
「お昼ご飯の時に、カップル優待券に書かれてた……その……キャッ、カップルジュース……を、いただいて………」
「それで?」
「………さつっ……お、男の子と、至近距離で飲んでたら………は、恥ずかしくなっちゃって………」
「「「…………」」」
その反応に3人は黙り込んだ。なんていうか「それだけ?」みたいな。当然、3人にカップルジュースを飲んだ経験などないため、仕方ないといえば仕方ないことだった。
どうしたものか迷った3人は顔を見合わせたあと、とりあえず卯月に話を合わせることにした。
「そ、それは大変だったね………」
「………は、はい……」
純粋なだけあって、小さい事で大きく反応してしまうのかもしれない、と3人は推測したりした。
で、響子が何か解決策を見つけるために聞いてみた。
「古川さんの方はどういう感じでした?」
「………その、恥ずかしくて……昼から、さ……男の子の顔、見れなかったので、分からない、です………」
「あー……な、なるほど………」
どんだけウブなんだよこの人ももう一人も、と少し呆れたが、この際黙っておいた。
しかし、卯月がこんな様子だと仕事にも支障が出る。今、何とかしてあげたい。というかしなきゃダメだわと思い、かな子が声をかけた。
「と、とりあえず気にしないようにしなよ、卯月ちゃん」
「それは、そうなのですが……。でも、男の子とあんな近い距離に近付いたのは、初めてで………思い出す度に……」
「でもほら、古川くんだって恥ずかしかったと思うし、周りに知り合いとかいたわけじゃないんでしょ?だったら、卯月ちゃんもあまり気にしない方が良いと思うな」
微笑みながらかな子がそう言うと、しばらく黙り込む卯月。何か色々と考え込んでるようで、「うーむ」と少し唸ってから「よしっ」と呟いて頬を叩いた。
「そうですね。これでお仕事に支障が出たら皆さんも困りますし!」
「そうだよ」
どうやら解決したようで、美穂も響子もホッと胸を撫で下ろした。
「美穂ちゃんも響子ちゃんもごめんなさい。心配かけちゃいましたよね」
「ううん、卯月ちゃんが元気になってくれたらならそれで良かったから」
「気にしないで下さい」
2人がそう言うと全開の笑顔で「ありがとう」とお礼をされて、2人が軽く昇天しかけたのは言うまでもない。
まぁ、とにかく解決した。そんな空気が流れた時だ。4人の元に奈緒が駆け込んできた。
「お、おい!卯月、お前の彼氏はどうなってるんだ⁉︎昨日からL○NEがうるさいんだけど!」
「っ⁉︎か、彼氏⁉︎」
ボンッと煙が出るほどに顔を真っ赤にした卯月は、その場で再び膝を抱え込んだ。その様子に不信感を感じた奈緒は、頭上に「?」を出して近寄った。
「どうした?卯月……」
「はい、連行」
「ちょっと奈緒ちゃんこっち来ようね」
「えっ、な、何すんだよ⁉︎」
響子と美穂に奈緒は捕まり、かな子は卯月を再び慰めに入った。