昼飯を食べ終えて、皐月は再び眠りに入った。何とかここまでは皐月を困らせるようなことはしていないと安堵している卯月だが、それでもこれから皐月の世話をするなら、皐月に負担が掛からないようにしなければならない。
体を拭く、冷えピタを貼る、体温を測るなどと言ったイベントを残してる以上、ここからが本番と言えるだろう。
自分に対しては余りポジティブに考えることのできない卯月は、とりあえず誰かに助言を求める事にした。
で、誰が適切か。もちろん、五十嵐響子が適切だろう。だが、卯月は何をテンパったのか、自分と同じな境遇にいる女の子に電話をしてしまった。
「もしもし?凛ちゃんですか?」
『? 卯月?どうしたの?』
絶賛、恋する乙女真っ最中の渋谷凛に電話していた。もちろん、卯月に自覚なんてない。ただ、直感的に何となく自分と凛が同じ境遇だと思ってしまった。
「そのー……実は今……」
卯月はボソリボソリと呟くように現状を説明した。すると、とても腹立たしい声で、おそらくはニマニマしながら言った。
『ふーん?卯月も人のこと言えないんじゃん』
「っ?な、何がですかっ?」
『いや、ちゃんとJKらしく恋してるんだなーって思って』
「っ⁉︎こっ、ここっ、こここっ恋⁉︎」
『何で今一瞬ニワトリ入ったの?』
「ちっ、違います!だっ、誰が誰に恋してるんですか⁉︎」
『えっ?だから卯月がその男の子に』
「ちっ、違います!皐月くんのことを好きになるなんて…!」
『へー、皐月くんって言うんだ』
「なっ……!り、凛ちゃんと一緒にしないで下さい!」
『は?私は別に全然ナルの事なんて好きじゃないし』
ぐぬぬっ、むぐぐっ、と電話を挟んで二人で唸り合うが、今回は自分が相談してる立場であることを思い出し、卯月の方から折れた。
「っ……と、とにかく、お願いします。凛ちゃんの力を借りたいんです」
『……ふーん。じゃあ、条件』
「何ですか?」
『今度、ナルとプール行くから水着選び手伝って』
「良いですけど……それだけ?」
『うん。……私も悩んでるから』
あっ、なるほど……と納得した卯月は、とりあえずお互いに契約を結んで今回は自分の相談に乗ってもらうことにした。
「それで、その……どうすれば良いでしょうか……」
『どうすればって言われても……。普通に看病してあげれば良いでしょ』
「で、でも……男の子の裸見るの初めてで……!」
『は?裸?え、今何してるの?』
「へっ?何って……はっ、あ、いや変な意味じゃなくてですね⁉︎か、看病とかだと体拭いてあげなきゃいけないのかなとか!色々考えてて……!」
『わ、分かったから落ち着いてよ……』
なんか色々と自爆した卯月はスマホを耳に当てたまま、顔を赤くして俯いた。
『まぁ、別に卯月がしてあげたいことしてあげれば良いだけだと思うけど』
「でも……かえって迷惑かけたりするようじゃ、皐月くんの負担になっちゃうし……」
『変な事しなければ、風邪引いてるときは何されても嬉しいものだから大丈夫だよ』
「変な事って……」
『例えばほら、風邪引いてるのにモンハンやったりとか……』
「皐月くんはゲーマーじゃないもん」
『いや例えだから。とにかく、風邪引いてるときに出来ないことを代わりにやってあげたり、やらなければいけないことを手助けしてあげるだけで、本人はかなり楽になると思うよ』
そう言われて、卯月は顎に手を当てた。出来ないことを代わりにしてあげたり、やらなければいけないことの手助けを考え、まずは前者から考えることにした。
出来ないことの手助け、といえばやはり食事や風呂だろう。食事は代わりに作ってあげて、必要ならたべさせてあげれば良い。お風呂も勇気が必要ではあるけど、上半身だけなら拭いてあげる事も出来ると思う。
続いて後者。やらなければならないことの手助け。風呂や食事以外に病人がしなければならない事は、トイレと歯磨きと睡眠の三つだ。いや、病人という縛りがなければ部屋の掃除とか色々あるけど、部屋は綺麗なので必要ない。
トイレは流石に手助けできないし、歯磨きは自分で出来ると思うし、磨いてあげるくらいなら特に恥ずかしくはない。磨かれるのは恥ずかしいが。
残りは睡眠。睡眠に手助け出来る事はあるか。
「……」
腕を組んで考えてると、皐月の寝てる様子が目に入った。暑いのか、寝ながら布団を引っぺ返していた。
「もう、皐月くん。熱上がっちゃうよー」
『? どうしたの?』
「あ、いえ。皐月くんが寝ながら布団から出て来ちゃって……んっ?」
布団から出て来た皐月は、抱き枕の代わりにするかの如く寝返りを打った。
直後、卯月の顔は真っ赤に染まり上がった。まさか、添い寝してあげて、という意味なの……?みたいな思考が浮かんだ直後、電話の向こうの凛にボソリと呟くように言った。
「………凛ちゃんのえっち」
『なんで⁉︎』
「……そ、添い寝なんて…出来ないもん……」
『どういう思考回路でそういう結論になったの⁉︎』
「そ、添い寝なんてしないから。じゃあ、またね」
『ちょっ、待っ……!なんっ……⁉︎』
そこで電話を切った。で、再び皐月の寝顔を見た。
「………添い寝かぁ」
少し考えていた。しばらく考え込んだあと、皐月が今度は寒くなったのか、寝返りを打ちながら布団を自分に被せた。
寝返りに寝返りを繰り返したからか、布団の端に内側を向いて眠っている皐月。色々と迷ってる卯月には誰かのためのスペースがあるような気がしてならなかった。
悪卯月『入ってしまいましょうよ!彼も体を冷やすと良くないですし、温めてあげるという大義名分があれば怒られませんよ!』
善卯月『お待ちなさい!まだ女子高生なのにそんな淫らな事は許されません!彼がくしゃみの一つでもしてからじゃないと言い逃れは出来ませんよ!』
直後、へくちっと皐月の口からくしゃみが漏れた。心のシーソーは一発で傾いた。
頬を赤く染めながら、モゾモゾと皐月の布団に入る。
「っ、ちっ、近っ……近いっ……」
目の前で寝息を立てる皐月と、顔を真っ赤にしつつも瞬き一つしないでその寝顔を眺める卯月。
やっぱりやめておけば良かったかも、と思いながら恥ずかしくなって目を閉じた。
その直後、布団の中でギュッと手を繋がれ、ドキッとして目を見開いてしまった。
「……さっ、皐月、くん……?」
「せぇきはぁ……らぶらぶ、てんきょーけん……」
「らっ、ラブラブ⁉︎」
まだGガンダム未視聴の卯月は意味の分かる部分だけ抜粋して勝手に意識してしまった。
「あうぅ〜……」
一体どういう夢を見てるのか、どういう意味の言葉なのか、自分だったら良いなぁ、と考えれば考えるほど目も頭もグルグルと回っていった。
そもそも、目の前の皐月は自分の事をどう思ってるのか。それが気になって仕方なかった。ただの友達なのか、ガノタ仲間なのか、それとも……と、考えたところで三つ目の可能性は浮かぶ前に削除した。自分の事を意識していたら、こんな目の前で呑気に眠れるわけがない。
そう考えると、無邪気にすら見えるこの寝顔に少しイラっとしたが、皐月本人に自覚があるわけではないのでここはグッと抑えることにした。イラっとしたことを抑えたため、少し落ち着いて来た。
「まったく……高校生の癖に、子供みたいな寝顔して……」
寝転がりながら、繋いでない方の手で皐月の頬を突いた。ふにっと頬が持ち上がる。
「わっ……柔らかい……」
なんか感動して、ふにっふにっと頬を突き続けたが、皐月がその指を避けるように顔を背けたので、起こしてしまうと思って手を引っ込めた。
そろそろふざけるのもここまでにしてお部屋の掃除でもしておこうかな、そう思って布団から出ようとした時だ。皐月が「んっ……」と声を漏らし、自分の方に寝返りを打って来た。
「ちょっ、皐月く……」
自分の胸の前に皐月の顔が転がって来て、あと数ミリで胸に顔が埋まるという距離まで近づいて来ている。それを意識する度に頬が熱くなっていった。
このままではなんかマズい気がした卯月は、早く布団から脱出しようとした。だが、グッと腕を引っ張られる感触。皐月と繋いでいた手が離せなくなっていた。
「………きゅう」
で、とうとうショートした。顔を真っ赤にした卯月は、頭から煙を出してそのまま気絶してしまった。
×××
1時間後。皐月が目を覚ますと顔を真っ赤にした卯月が眠っていた。ていうか、気絶していた。
「ーっ⁉︎」
驚いた皐月は慌てて離れようとしたが、手を繋いでることに気付き、手を離してから布団から出た。
「………どういう状況?」
まず何で同じ布団の中にいるのか、そしてなんで手を繋いでいるのか、色々と分からないことだらけだったが、とりあえず卯月が起きたら何が起こるかだけ理解した。
「多分、顔真っ赤にしてあたふたしちゃうんだろうなぁ……」
そうなると、これからも多分看病してくれるし、その時に気まずくなるのは目に見えてる。
看病してもらう以上、そういう空気にするのは申し訳ないと思い、とりあえず自分が布団を出た。
で、とりあえず体温でも測ろうと思って体温計を脇の下に挿した。しばらくぼんやり待機してると、ピピッと音が鳴ったので結果を見た。
「……おっ」
37.1度。下がって来ていた。明日には平熱に戻ってそうだと少し安堵しながら、寝てる卯月の方を見た。相変わらず、ノーパンノーブラでジャージを着て眠っている。
自分以外の男なら間違いなく襲われてるな、なんて思いながら、干してある卯月の下着を見た。見た感じでは乾いているのだが、触らないと分からない。触るとセクハラになるかもしれないのでやめておいた。
「………」
眠くなって来たので何処かで寝ようと思ったが、布団は卯月に貸している。
さっきまでは向こうから来たから良いものの、今回は自分から行かなくてはいけないため不可抗力とは言えない。よって、入るわけにはいかなかった。
「……床でも良いか」
そう呟いて、布団の横で寝ようと座り込んた時だ。卯月がムクっと体を起こした。
「……んっ、ここは……?」
「あ、起きた。おはよう、島村さん」
「……んー……?」
寝惚けた表情で辺りを見回したあと、皐月の顔を見上げた。
「下着乾いてるかどうか、一応確認し」
「お母さぁん……朝ご飯……」
「は?」
寝ぼけてるのか、ボンヤリした表情で皐月の体にもたれ掛かった。ノーブラの卯月の胸が自分の胸に当たり、流石に照れて顔を真っ赤にする皐月。それに気付かず、卯月は皐月にしばらく体重をかけ続けた。
「あっ、あにょっ……ひっ、しまむりゃさん……?」
「んー……。……んっ?」
母親どころか女性ではない声音が聞こえ、ようやく卯月は正気に戻った。恐る恐る、という感じで顔を上げると、皐月の顔があった。
直後、卯月は顔を真っ赤にした。結局、気まずくなって看病は続いた。