島村さんならどんな捻くれ者も浄化できる。   作:バナハロ

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蛙の子は蛙。

 えーっと、つい勢いで島村さんの家の前まで来てしまったが……これ、どうすれば良いんだろう。冷静になったわ。

 今更だけど、島村さんって一人暮らしじゃないよな……。娘が風邪引いてるんだし、普通に片方は家にいそう。

 いや、せっかく途中でポカリとりんごまで買って来たんだし、勇気を出せよ俺。

 

「……すぅーはぁー……」

 

 深呼吸をしてからインターホンを押した。しばらくして女性の声が聞こえて来た。

 

『もしもし?』

「あー……えっと、島村さんの知り合いなんですけど……」

『えっと……島村さんって、卯月のことかしら?』

「へっ?……あ、そ、そっか。はい、卯月さんの知り合いです」

 

 すると、「まぁ!」と興奮したような声が聞こえた。

 

『もしかして、あなたが卯月からよく聞く皐月くん?』

「へ?聞いてるんですか?」

『はい、それはもう。最近ではあなたの話ばかりなんですよー?昨日は風邪を引いたみたいで、その看病をしたー可愛かったーなんて嬉しそうな顔で帰って来て……』

『ママ⁉︎何言ってるの⁉︎』

 

 島村さんか?なんか聞こえて来た。

 

『あら、卯月。用があるなら呼んでって言ったじゃない。風邪治らないわよ?』

『そ、そんなことどうでも良いの!今、皐月くんと話してるんだよね⁉︎』

『そうよ?お見舞いに来てくれたんじゃないかしら?それより、何しに来たの?何か欲しかったなら、後で二階に持って行くけど』

『い、良いから!余計なこと言わないで帰ってもらって!』

 

 丸聞こえ……丸聞こえだ……。帰って欲しいのかよ……。

 

『あら、せっかく来てくれたのにどうして?失礼じゃない』

『そっ、それはっ……!そ、その……と、とにかく帰ってもらって!』

『……仕方ないわねぇ。それより、早く上で寝てなさい。何欲しいの?持って行ってあげるから』

『……ポカリ』

『はいはい。じゃあ上行ってなさい』

 

 ……まさか、追い返されるとは。ちょっとショック。せめて買って来たものだけでも渡して帰ろう。

 

『えーっと……皐月さん、まだいます?』

「……はい」

『ごめんなさいね。卯月がちょうど起きて来てて……』

「いえ。では、りんごとポカリ買って来たので、それだけでも……」

『上がってくれる?今、玄関開けるから』

「えっ、良いんですか?俺、会話ガッツリ聞こえてたんですけど」

『良いのよ。本当は上がっていってくれた方が卯月も喜ぶと思うし』

「そ、そうですか……?」

『そうよ』

 

 でも、本人が嫌がってるんだし……。それに、親は絶対に娘の知り合いには邪険に出来ないだろうからそう言う風に言ってるのかもしれないし……。

 そうこう考えてるうちに、玄関が開いてしまった。島村さんのお母様が顔を出し、俺に小さく会釈した。

 

「ど、どうも……」

「さ、上がって上がって」

 

 うおっ、可愛いなこの人。美人じゃなくて可愛い。てか島村さんにそっくりやな。若くね?どう若く見積もっても32歳の人とは思えないんだが。

 

「あの……本当に良いんですか?」

「良いの良いの。ポカリ持ってるんでしょ?ちょうど今、切らしてるのよ」

 

 あっ、なるほど。そう言うことか。

 

「じゃあ、これだけ渡すんで……」

「ダメよ。ほら、上がって行って」

「……すみません」

 

 急かされたので、仕方なく家に上がった。お邪魔します、と控えめに挨拶して中を歩く。

 

「二階の『うづき☆』って書いてあるプレートが下がってる所が卯月の部屋だから。一応、ノックを忘れないようにね?」

「は、はいっ」

 

 本当に部屋にプレートつけてる人っているんだ……。なんか可愛いな。

 言われるがまま、二階に上がって部屋の前に来た。なんか緊張するな……。女の子の部屋に入るのなんて初めてだ……。ノックするのも恐れ多い気がする。

 でも、ノックしないと入れないし……。頑張れ、俺。チキるな、俺。

 ……念の為、深呼吸してからノックをした。すると、2〜3秒くらい時間を置いてドアが開いた。あ、髪下ろしてる。新鮮で可愛い。

 

「どうしたの?ママ。ノックなんてして……」

「あっ、し、島村さん……」

「ーっ⁉︎」

「ちょっ、なんで閉めるの⁉︎」

 

 すげぇターボ!何今の⁉︎俺の顔見た瞬間閉められたんだけど⁉︎

 

「なんでいるのなんでいるのなんでいるの⁉︎」

「えっ?いや、お母さんが入れてくれたからだけど……」

「おっ、お義母さんなんて気が早いよ!」

「えっ、何言ってんの?」

 

 この人どうしたの?最近、ポンコツ化が特に酷い気がするんだけど……。

 

「……もぉ〜……お母さんってば……」

 

 ドアの向こうから、全力で呆れてるような声が聞こえて来た。

 えーっと……どうしよう。とりあえず、要件だけでも伝えておこう。

 

「一応、お見舞いに来たんだけど……。なんか、俺の風邪が移っちゃったみたいだし……」

「う、ううん!そんな事ないよ!たまたま、私と皐月くんの風邪の時期が被っただけで……!」

「一応、ポカリとりんご買って来たんだけど……」

「………」

 

 言うと黙り込む事、数十秒。ガチャっ……と、何故か切なそうな音でドアが開き、隙間から島村さんの左目が覗き込んで来た。

 

「……さ、30秒だけ、待ってくれる……?お部屋、片付けるから……」

「や、風邪引いてんのにそれはダメでしょ。気にしないから入れてよ」

「わ、私が気にするの!」

「じゃあ俺が片付けるよ」

「そ、それが一番ダメだから!じゃ、30秒だけね!」

 

 釘を刺され、とりあえず待機する事にした。

 俺の脳内時計で41秒後、ようやく扉が開いた。同じように片目だけチラつかせて、上目遣いで島村さんは俺に言った。

 

「ど、どうぞ……」

「お、お邪魔します……」

 

 俺も同じように気まずそうに挨拶して中に入った。中は前々から片付けてあったんじゃねぇの?と思うほど綺麗だったが、部屋の隅にあるニッパーが上に乗せられているプラモの箱を見つけてしまい、多分あれを片付けたんだろうなと理解した。

 しかし、なんと言うか思ったよりプラモ作ってるんだなこの人。色んなところにフリーダム、ジャスティス、エールストライク、ストライクルージュ、ルナザク、ストフリ、インジャのプラモが並べられている。

 素組みの割には綺麗に作られているそのプラモを見回していると、ベッドの上に戻った島村さんが頬を赤らめながら言った。

 

「……さ、皐月くん。女の子の部屋をジロジロ見るのは、良くないと思うんだけど……」

「あっ、ご、ごめん」

 

 ……とりあえず、ポカリ渡そうか。

 

「はい、ポカリ」

「……ありがと。わざわざ」

「それと、リンゴ買って来たよ。剥いてこようか?」

「う、ううん!余り、食欲ないから……」

「じゃあ、とりあえずここ置いとくから」

「……う、うん……」

 

 ……なんだろ、気まずいわ。俺が看病されてる時はこんな感じじゃなかったのに。

 ていうか、気まずさが島村さんが放出されてる気がする。顔赤らめたまま、ずっとベッドの上で座り込んで俯いてる。

 やっぱ怒ってるのかな。島村さんは俺を帰らせるつもりだったんだし、怒っててもおかしくないといえばおかしくない。

 ……迷惑なら早めに帰ろう。とりあえず、お礼のシュシュだけ渡しておくか。

 

「島村さん」

「っ、な、何?」

「これ、昨日看病してくれたお礼」

「へっ……?」

 

 小さな紙袋を手渡した。

 驚いた表情で島村さんはその紙袋をまじまじと見つめると、紙袋に書かれている店名を見た。

 それだけで何を買ったのか分かってしまったのか、その表情は徐々に嬉しそうな顔に変わっていく。このまま島村さんの様子を観察して「島村観察日記」を書いてみても良いのだが、贈り物を貰っても俺に何一つ声をかけて来ない辺り、やはり怒ってるのかもしれない。

 やっぱ早めに帰ろう。

 

「じゃ、また今度」

「へっ?あっ……待っ……」

 

 帰ろうと扉の方に体を向けた直後、呼び止めるかのような声が聞こえたので振り返ると、島村さんが名残惜しそうな表情で中途半端に俺に手を伸ばしていた。

 ……えーっと、帰るなって事かな……?いや、でも勘違いだったら恥ずかしいし……。もしかしたら「さっさと帰れ、シッシッ」の手である可能性もゼロではないし……。

 そんな風に迷ってるのが顔に出ていたのか、島村さんが今にも泣きそうにも聞こえる声でボソリボソリと呟いた。

 

「あっ、あのっ……も、もう少しだけ……ゆっくり、していって…くれ、ませんか……?」

 

 一言一言区切りながら、俺の表情を伺うようにチラ見して主張を進める島村さん。

 そこまで言われたら、帰れという意味でない事は流石の俺にも分かった。

 

「……わかった」

 

 俺にまで照れが感染し、頬を赤らめながらベッドの隣に腰を掛けた。

 

「………」

「………」

 

 呼び止めた割に何も喋らない島村さん。いや、俺も俺で残ってる割に何も言おうとしてないから人の事言えないんだけどな。

 二人揃って顔を赤らめたまま、顔を合わせることもなく俯いていた。

 

「……さ、皐月、くん……」

「っ、な、何……?」

 

 あ、声かけてきた。

 

「たっ、体調は平気……?」

 

 病人に気遣われた。

 

「それはこっちのセリフ」

「……わ、私は…平気、ではないかな……。38度あるし……」

「やっぱ俺の移しちゃったでしょ。ほんと悪い」

「……ううん。そんな事ないよ。私がしたくて、皐月くんの看病してたんだから。移っちゃうのも覚悟してたからね」

「そこまでする事なかったのに」

「ううん。風邪引くとやっぱり心細いと思ったから。一人暮らしなんだから、特に皐月くんは寂しいかなって思って……」

「別に寂しくはないよ。基本的に一人だからな」

「………」

 

 あっ、そういや前に一人みたいな事言ったら、少し嫌そうな反応してたっけ……。

 それを思い出した頃には遅かった。後ろから島村さんは俺の肩に手を置き、ポツリポツリと呟くように言った。

 

「……皐月くんは、もう一人じゃないよ……」

「……そうだったな、すまん」

 

 素直に謝ると、後ろから頭を撫でてくれた。照れ臭かったけど、抵抗する気にはならなかった。

 体重を後ろに掛け、ベッドにもたれかかった。何だろう、この雰囲気……。てか、なんで俺今肯定した?今の言い方じゃ、まるで友達というより恋人っぽかったぞ。

 落ち着けよ俺。どんなに俺にその気があっても、俺が島村さんと恋人になる未来なんてないんだ。

 自分の中の複雑な心境から逃げるように言った。

 

「……島村さんの部屋、ガンプラ割と多いんだな」

「……うん。皐月くんの好きなものは、私も好きになりたかったから……」

「………そ、そっか」

 

 前にも同じようなことを言われた気がする。でも、前とは全く違う意味に聞こえたのは気の所為だろうか。

 またも気まずい空気がその場を支配した。俺も島村さんも何も言わない。島村さんも恥ずかしい事を言ってしまった自覚はあったのか、多分顔を赤らめて俯いてる。その証拠に、頭を撫でていたはずの手が止まって、代わりに若干震えている。

 今度は島村さんが恥ずかしさを誤魔化すように言った。

 

「あっ、そ、そうだ!この袋、開けても良い?」

「あ、ああ。どうぞ、ご自由に」

 

 後ろからガサガサと音が聞こえる。多分、開けてるんだろうな。

 

「わぁ……!やっぱりシュシュだ」

「……わかってたんだ」

「このお店、奈緒ちゃんとたまに行くから」

 

 なるほど。神谷さん本当に行きつけなんだな、あの店。

 すると、何かを察したのか島村さんは少し声を低くして聞いてきた。

 

「……奈緒ちゃんと買いに行ったの?」

「あー、まぁね。偶然、向こうで会ったんだけどさ」

「……そう、なんだ」

 

 なんだ?なんかテンション下がったような……。何か悪い事言ったかな……。

 

「そのお陰で、神谷さんから島村さんが風邪引いてる事知って、それで現在に至るって事」

「そう、なんだ……。奈緒ちゃんが行けって言ったの?」

「え?あー……いや、神谷さんからは聞いただけだよ。ていうか、神谷さんには申し訳ない事したかな。島村さんが風邪って聞いて、思わず走って来ちゃったから……」

 

 一応、今度何か奢るって言っておいたけど……。あとで改めてお礼言わないとな。

 島村さんも、流石に何のお礼もせずにここに来てしまった事に若干引いたのか、返事が来なくなった。

 再びしばらく沈黙。すると、なんか後ろからゴソゴソと音が聞こえて来た。何かしてるのかな、と思ったら肩を突かれた。

 後ろを振り向くと、買って来たシュシュを使っていつもの髪型にまとめた島村さんが、頬を赤く染めながら控えめな声で聞いて来た。

 

「………どう、ですか……?」

「ッ……」

 

 あ、あれっ?なんか、思ってるよりというか……薄い紫も割と似合うな……。正直、髪留め一つでそんな変化なんて起きないと思っていたが……目の前の島村さんは随分と可愛くなってるように見える。

 ……ハッ、ボーッと見てる場合ではない。感想を求められてるんだ。何か言わないと。

 

「……あー……その、何?と、とても良くお似合いなのでは、ないで……しょうか……」

 

 目を逸らしながら、ボソリボソリと褒めてみると、嬉しかったのか、島村さんは顔を赤くして目を逸らした。

 

「っ……ぁ、あり、がと……ございます……」

 

 ……その仕草はやめろ。可愛いにもほどがある。俺も一緒になって顔を赤らめて目を逸らした。

 ……あー、うー。どうしよう。なんだこれ。初恋かっつーの。もしくはウブ同士のお見合い。第三者がいないと会話もままならないとかマジで中学生か。いや、お互いに高二である事を含めると中学生以下だな。

 今回の沈黙は今日の沈黙で一番長い。だが、その沈黙は思わぬ形で破られた。

 

「っ、ぇほっ、ケホッケホッ!」

「しっ、島村さん?大丈夫っ?」

 

 突然、咳き込み、思わず変な声音が漏れた。

 

「……だ、だいじょうぶ……」

 

 そうだ。風邪引いてるんだったな。早めに帰らないと迷惑か。島村さんの家はご両親もいるし、俺はいない方が良いだろう。

 

「そ、そろそろ俺帰るな」

「えっ?も、もう……ですか……?」

「ああ。あまり長居しても風邪を悪化させちゃうかもだし」

「そ、そっか……」

 

 シュンッと肩を落とす島村さん。ぐっ……この人の落ち込んでる顔はどんなにこっちが悪くなくても良心を抉ってくるから卑怯だ。

 でも、ここで引かれるわけにはいかない。こんなので島村さんが満足するかは分からないが、一応慰めるために言った。

 

「ま、まぁ、その……何?俺で良ければ、いつでもL○NEしてくれりゃ相手するから」

「………」

 

 そうは言うものの、向こうから反応はない。やっぱ今のは良くなかったか……?自分でもらしくない事言ったと思うし……。

 

「……じゃあ、条件」

「えっ?」

「条件!これを飲んでくれないと帰らせないから!全力で引き止めるから!」

 

 グッ、卑怯な……。全力を出されたら風邪を引いてる島村さんに無理をさせる事になるし、どう足掻いてもその条件を飲むしかない。本人にそこまで深い考えはないだろうけど。

 

「分かったよ。何?」

「そ、その……これからは、下の名前で呼んで?」

「えっ?」

「もう、3ヶ月くらい一緒に遊んだりしてるのに、いつまでも『島村さん』じゃ他人行儀でしょ?」

「で、でも……いきなり下の名前っていうのは……」

「………」

「……わ、分かったよ……」

 

 その懇願するような上目遣いは卑怯だろ……。島村さんなら尚更。

 

「……じゃあ、用あったら連絡してな。うっ、卯月……」

「! ……うん、すぐに連絡するね!」

 

 すぐにしちゃうのかよ、というツッコミが出来ないほどに照れるに照れた俺は、足早に部屋を後にした。

 

 

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