島村さんならどんな捻くれ者も浄化できる。   作:バナハロ

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トラブルが恋愛のタネになる時は既に両想いである時だけ。

 17時半。待ち合わせ場所のフードコートで座って待機していた。客ももう減ってきて、半貸切状態のプール。

 夏だがすでに陽は沈みかけていて、夕日がプールの水面を照らしている。

 三箇所あるフードコートのうち二つが閉まり、徐々に閉園の準備が進められて行く中、これから遊ぶという人も少ないだろう。

 ましてや、俺なんて一日中海パン履いてたのに、初めてその海パンを濡らすからね。多分、これから入るプールはかなり心地良いものになるだろう。

 無論、スタッフが遊ぶなんて本来あり得ない話だと思うので、それまでの間、俺はかなり頑張って働いていた。後でオーナーには感謝しないとな。

 夕日をぼんやり眺めてると、島村さんが走って来るのが見えた。

 

「おーい、皐月くーん!」

 

 これからの30分、島村さんと遊ぶ時間だ。1日ある中で30分しか遊べないのは、なんか彦星と乙姫っぽいが、あいにく俺と島村さんはそんな関係ではない。

 それでも、勤務中はこの時間が楽しみだったのは確かだ。

 

「ごめんね、待たせちゃった?」

「いや全然」

「そっか、良かった。じゃ、遊ぼう!」

「ん。何して?」

「とにかく泳ぐんだよ!」

 

 元気にそう言うと、島村さんは走ってプールに向かった。が、その島村さんの手を川島さんが掴んだ。ていうか、いつの間にいたんだこの人。

 

「だめよ、卯月ちゃん。パーカー脱がないと」

「あの……川島さんも一緒に遊ぶんですか?」

「ううん。私は卯月ちゃんがギリギリまでパーカー脱ぎたくないって言うから、パーカーを回収する係よ」

「あ、そうですか」

「二人の邪魔なんてするわけないじゃない」

 

 いや別に邪魔では無いが……。あ、まぁ高校生二人に大人が一人混ざってたら浮くよね。ここは何も言うべきではないな。

 しかし、島村さんでも水着になるのが恥ずかしいっていう感情はあったんだなぁ。

 

「はい、卯月ちゃんパーカー」

「ううっ……脱がなきゃ駄目、ですか……?」

「ダメよ」

 

 恥ずかしそうに自分の身体を纏っているパーカーを抱いた後に、島村さんは顔を赤らめながら俺を見た。

 

「……あの、皐月くん。違うからね、私の趣味とかじゃなくて、水着を買う時間がなくて……」

「はっ?」

「わ、私だって皐月くんがいると知ってれば、ちゃんとした水着を選んでたんだからねっ」

 

 何か言う前から言い訳を並べながら、島村さんはパーカーを脱いだ。パーカーがパージされ、下から露わになったその水着は、スク水だった。

 

「………」

「ううっ……」

 

 ……なるほど、言い訳を続けていたのはそういう理由か。いや、まぁ俺にそういう特殊性癖はないし、正直ビキニが見れるもんだと思ってたから少しガッカリと言えばガッカリだが、スク水にはスク水の良さがある。

 それは、ボディラインがこれでもかというほどハッキリ強調される事だ。服の上だと分からなかったが、島村さんの胸はさっきのムカつく女どもにも負けないくらい張りがあった。何より「うづき」と書かれた自分の名前を、女性の中で最もどすけべな部位で強調してるのがエロい。

 まぁ、総評すればこれはこれで百点満点である。

 

「さっ、さつきくん……。見過ぎだよ……」

 

 いつのまにか顔をゆでタコのように真っ赤にした島村さんは、頭からぷしゅ〜っと煙を上げていた。

 

「ご、ごめん……」

 

 ヤバい、ついうっかり……。さっき絡まれた女学生は直視出来なかったが、島村さんの場合は逆にガン見してしまう。……どっちも犯罪者臭いな。

 

「さ、二人とも。楽しんで来なさい」

 

 川島さんがまとめるように言ったので、とりあえず俺もパーカーを脱いだ。

 細くも太くもない俺の上半身を見て、島村さんは更に顔を赤くした。

 

「な、なんでいきなり脱ぐの⁉︎」

「え、なんでって……プールだからでしょ」

「も、もうっ!脱ぐなら脱ぐって言ってよ!こっちだって心の準備とか……!」

「えっ、さっきまで……というか今だって男女共に下着同然の姿で群がる場所にいたんじゃないんですかね」

「っ、そっ、それはっ……!」

 

 顔を赤くしている島村さんは、俺から目を逸らして斜め45°下を見下ろしながら、ポツリポツリと呟くように言った。

 

「さっ……さつきくんと、他の人じゃ……ぜんぜん、違うもん……」

「えっ……」

 

 そ、それってどういう意味で……。ていうか、さっきから色々とあなたの言動が的確に俺の心中を攻めて来てて心臓が痛いんだが……。

 

「はぁ……若いって良いわね……」

「………」

 

 隣の人からの呟きで、さらに気まずくなってしまった。なんて事を呟くんだよこの野郎……。

 恥ずかしさと気まずさが空気を支配する中、俺達の後ろを女の子達が走りながらの話し声が聞こえてきた。

 

「やばいっ、あと25分だって!」

「プールサイドは走らないで下さい」

「は?何あんた」

「きもっ。それよりウォータースライダー!」

 

 あ?やべっ、つい反射的に。そういやパーカーも帽子も着てなかったな。1日で職業病とか俺どんだけ頑張ったんだ。

 が、それがトリガーとなった。島村さんが再起動し、

 

「って、そうだよ、皐月くん!30分しかないんだから、早く遊びに行こう!」

「え?お、おう?」

 

 そう言いながらプールの中へ走る島村さんの表情には若干照れが残っていたが、それなりに元気が戻っていた。

 プールの中に飛び込み、プハッと顔を出すと元気良く手を振っていた。

 

「おーい、早くー!」

「プールのスタッフにプールサイドを走る事を強要するな。あと、飛び込み禁止」

「でも、時間ないよー!」

「電車の飛び込み乗車だって時間ないけど禁止されてるだろ。だから急かすなよ……」

「……早くぅ」

 

 涙目になってしまったので、全力でダッシュしてプールサイドで跳ね上がり、空中で一回転して飛び込んだ。

 プハッと顔を出すと、島村さんが俺の頬をツンっと突いた。

 

「いけないんだー、プールサイド走って飛び込んだでしょー」

「………」

 

 この野郎、いつからこんな小悪魔に……。しかも可愛いのが腹立つ。

 

「よし、泳ごう!」

「了解」

 

 二人でプールの中をぼんやりと泳ぐ。さっきまで自分が監視していたプールを泳ぐのは変な気分だが、これはこれで面白い。

 それに、こうして泳いでるとこのプールでどんなところが危険かが良く分かるようだ。

 例えば、水を流してる水中の通気口。この辺に巻き込まれたりなんてしたら大変だ。応援を呼びながら俺も水の中に飛び込む必要があるだろう。

 それと、あのコーナーの部分。あそこは人と人との接触が激しそうだから、ヤンキーとのトラブルとかに目を光らせておかないと……。

 

「皐月くんっ」

「うおっ、な、何?」

 

 突然、島村さんに名前を呼ばれ、変な返事をしてしまった。

 

「……今、仕事中の目をしてた」

「えっ、どういう事?」

「皐月くんはお仕事には真面目だから、今『流れるプールで何処が危険か』を探してたでしょ」

 

 うおっ、意外と鋭いなこの人。

 

「もうっ、今は私と遊んでるんだから、仕事の事は忘れてよ」

「わ、悪い……」

「ほら、水の中に潜ったりすると気持ち良いよ?」

 

 言いながら、島村さんはザブンと潜水して見せた。俺も水の中に潜り、島村さんの後を追う。

 ……しかし、プールの中で遊ぶってこういうことで良いのか?ただ一緒に泳いでるだけなんだが……。仕事中はトラブルがないかに目を光らせていたため、何して遊んでいたかなど見てもいなかった。

 明日からはそういうところも見てみようと思いつつ島村さんを追ってると、目の前の島村さんは水の中で一回転してみせた。

 なんか人というよりイルカと遊んでる気分だなーなんて思ってると、島村さんが水面から顔を出したので、俺も顔を出した。

 

「見た?どう?」

「どうって……水中ドリルのモノマネ?」

「違うよ!一回転したの見てなかったの?」

「いや見てたが……」

 

 どう?って言われてもな……。すごーい、君は回転が得意なフレンズなんだね!とでも言えば良いのか?

 まだ感想を言う前に島村さんは満足したのか、島村さんは笑顔のまま言った。

 

「じゃ、今度は皐月くんの番!」

「へっ?」

「何か芸やってよ!水中芸!」

 

 水中芸って言われてもな……。さすがゴッグだ、何ともないぜ!とかやっても島村さん分からないだろうし……。

 ……あー、小学生の時に考えた芸がないこともないが。

 

「ほら、早くー」

「……やらなきゃダメ?」

「ダメ!」

 

 仕方ない……。俺は水の中に潜ると、両足をガニ股にして水面から出した。しばらく両足を出したままにする事数秒、息が苦しくなったので顔を出した。

 

「っ、はぁ!……どう?」

「……えっ、何?今の」

「犬○家の一族」

「………?」

 

 俺が小学生の時にやってた短期のスペシャルドラマでしてね……。足だけ出てる死体のシーンがシュールで面白かったのを覚えてる。

 しかし、島村さんには通じなかったのか、キョトンとしたまま頭の上には「?」が大量に浮かんでるように見えた。

 だからやりたくなかったんだよ……と、後悔し、今になって恥ずかしさがこみ上げてきてると、それを察したのか島村さんはキョトン顔のまま言った。

 

「……おもしろかったよ?」

「なんで疑問形なんだよ……。変な同情はいらねぇから……」

「……あ、皐月くん!波のプールがあるよ!あっちに行こう!」

 

 他のプールを指差し、島村さんは俺の腕を組むようにして引っ張り、プールから上がった。

 俺も引っ張られるようにプールから出たが、気分的にはあのまま流されていたかった。これは最新トラウマ確定ですわ……。

 肘に当たってる島村さんの胸に気にかける余裕もなく引き摺られてると、島村さんが声を漏らした。

 

「……あれ?」

「どうしたん?」

「あー……波のプールは今日は終わっちゃったみたいだね……」

 

 そういえば、波のプールとか特殊な奴は早めに切り上げてるんだったか。

 

「まぁ、仕方ない。あと20分くらいだしな」

「うー……明日には帰らなきゃいけないのに……」

「取材で入らなかったのか?」

「うん。今日は取材だけだったからね。遊びに来てる人に私と川島さんがインタビューしてたんだ」

 

 なるほど。まぁ、たかだかテレビの取材でアイドルの水着姿なんて見せたら写真集とか売れなくなりそうだしな。

 何より、島村さんスク水だから、そういう意味でも水着姿にさせるわけにはいかなかったんだろう。

 

「まぁ、この時間に遊べるプールなんて流れるプールと競泳プールくらいだろうからなぁ。人も少なくなってるし」

「何処か他のプールとかないの?」

「あそこのお湯プールなら最後までやってるよ」

「そ、それはプールなのかな……?」

「割と悪くないぞ。あそこは屋内だし、湯加減もそれほど熱くないから、俺が中学生の時に一人で来た頃は一日中寝てた事もあったよ」

「ひ、一人でプールに来たんだ……」

 

 そこはツッコむなよ……。夏の温泉代わりだったんだよ……。あとは、その、何?同級生もよく来てたし、水着姿とか拝んだりしてた。水中眼鏡してればどこを見てるかまでは分からないからな。

 

「でも、せっかく遊んでるのにそこでボーッとしてるのはもったいないよね」

「………」

 

 島村さんは名残惜しそうに言ったが、閉園時間が迫ってるために使えないプールも多く、寂しそうに辺りを見回していた。

 少しショボンとした様子の島村さんはそれはそれで可愛かったが、何となくそういう島村さんは見たくないと思ってしまった。

 

「……まぁ、その、なんだ。今度、日を改めて連れて行ってやるから」

「……うん」

 

 嬉しそうに頬を赤らめて島村さんは頷いた。

 今更ながら、らしくないことを言ったと少し後悔し始めた。あー、くそ。最近は特に島村さんに対してらしくない事を言い過ぎてる気がする。なんだこれ、新手の病気か?

 何となく熱くなってる頬を濡れて冷えた手で冷やしてると、島村さんはお湯プールに向かっていった。

 

「あれ、行くの?お湯プール」

「うん。……さっ、皐月くんオススメの場所なら、その……私も、一度は入ってみたいから、ね……」

 

 ……騙されるな。島村さんはそういうことを平気で言う人なんだ。

 頭の理性を総動員で仕事させてる間にお湯プールに到着した。ちょうど、中には誰もいない。元々、そこまで広くないしな。

 隣同士に入って、プールの中の腰掛けに座った。

 

「わっ……ほんとだ。このまま寝ちゃいそう……」

「夏には持って来いなんだよなぁ……」

 

 ホッ、と二人で息をついて暖かい水の中で肩までお湯に浸かった。

 

「……良いお湯だねー」

「温泉かよ、ここは」

「えへへ、でもなんだか温泉みたいで。皐月くんと一緒にお風呂に入ってるみたいで新鮮だねっ」

「えっ」

「えっ?」

 

 ……そういうこと言うなよ。なんか混浴みたいだろうが……。

 何となく居心地が悪くなって、頬を赤く染めながら目を逸らすと、多分同じことを察した島村さんも顔を赤らめて俯きながら言った。

 

「あっ、あれっ?な、なんか今恥ずかしいこと言っちゃった……?」

「い、いや……」

 

 言ってるよ、かなり。言われた方まで恥ずかしくなることを。

 もう何度目か分からないが、二人揃って顔を赤くして目を逸らす事数分、耐えられなくなったのか、島村さんが立ち上がった。

 

「もっ、もう行こっか!せっかく来たんだし、遊ぼうよ!」

「えっ?お、おう?」

 

 お湯プールを出ると、とにかく恥ずかしかったのか島村さんは流れるプールに走った。

 

「って、おい。だからプールサイドは走るなって!」

 

 慌てて後を追うが、追い付きそうもない。もう走らせちゃっても良いか、と諦めかけた時だ。

 つるっ、と島村さんが足を滑らせた。目の前はプール、このまま行っても怪我はしないだろう。

 それを分かっていた上で、俺の身体は動いた。水面に島村さんが落下する前に走り、何とか手を掴んだ。

 ギリギリ間に合った……と、ホッと一息ついた直後、俺の足元もズリッと滑った。

 

「えっ」

 

 今度は二人揃って水の中にダイブした。

 ドッボーンと高校生二人分の水飛沫が舞い上がり、俺と島村さんはぶくぶくとプールの底に沈んだ。

 足の裏が底に着いてからふと目を覚まし、プハッと二人揃って顔を出した。

 

「っはぁ、はぁ…。ェホッ、エホッ……!大丈夫か?島む……卯月」

「うっ、うん……」

「だから走るなっつったろうが……!」

 

 あ、耳に水入ったかも……。

 コメカミの辺りをガンガン叩いて耳を傾けてると、島村さんが「あっ、あのっ……」と声を掛けてきた。

 

「何?」

「あっ、あの……いつまで、抱き締めてるのかな、って……」

「……えっ?」

 

 言われて今の状況を確認した。水着姿の島村さんを抱き抱える形で立っていた。

 しかも、左手はガッツリ島村さんのお尻を握っている。あ、やばい。俺死んだ。主に社会的に。

 

「っ、ご、ごめっ、いやごめんなさっ、いや申し訳っ、いやかたじけっ、いや申し訳ございませんでした!」

 

 慌てて両手を上げて離れようとした。だが、島村さんが腰に回してる手に力を入れた。

 

「まっ、待って!」

「えっ……?」

「も、もう少し、このまま……」

「………えっ?」

 

 流れるプールの中で流されることなく、島村さんは俺の胸に抱き付いていた。

 俺の素肌には水着越しの島村さんの胸がダイレクトアタックしてきて、勃起を収めるのに精一杯で頭が働かなかった。

 えっ、なにこの状況……。ていうか、島村さん何してんの?こんな所で……。

 だ、ダメだ……。脳が働かない……。島村さんが何のつもりなのか、何を考えてるのか、何がしたいのか、すべてがわからないし、考える余裕もない。

 

「……しっ、しまむらさっ……」

「……卯月だよ」

 

 封じられた……。な、なんだこれ……。ど、どうするのが正解なんだ……?だ、誰か……かっ、神谷さーん!神谷さん助けてー!

 どうしたら良いのか分からず、ただ顔を赤くしてると、チャイムの音が聞こえた。閉園時間五分前だ。

 それによって、俺も島村さんも肩を震わせて跳ね上がった。

 

「っ、じ、時間だ!か、帰ろう!卯月!」

「そ、そうだね!閉園時間だもんね!」

 

 二人して焦ったような声を上げて更衣室に向かった。

 結局、その後、島村さんと話すことは無かったが、俺の心臓はずっと鼓動を納めることは無かった。

 

 

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