帰りのバスの中。卯月は未だに鳴り止まない鼓動を抑えながら、座席の上で寝たふりをしていた。起きていれば、川島瑞樹に色々と問い詰められるのは目に見えていたからだ。
しかし、目を閉じていると脳に浮かぶのは、流れるプールで皐月に抱きついてる自分だった。あの時、何を思って抱きついたのか、自分でも分からなかった。
まぁ、そんなわけで身体は横に倒しているものの、目は開けているというよくわからない状態だった。
幸い、背凭れが顔を隠してくれているため、前に座っている二人にはバレないだろうという状況である。
しかし、今日の自分の行動は我ながらよく分からないものが多かった。
まず、何故皐月が女の子達に絡まれていた時に不愉快になったのか。今回のは友達では無かったが、仮にアレが友達ならむしろ皐月に友達が出来たと喜ぶべきポイントであるはずだ。
それと、仕事中はふと気がつくと皐月の方を見ていた。見過ぎて瑞樹に怒られたくらいだ。
終いには、流れるプールで助けてもらった時に抱き締めるなんて事をしてしまった。あの時はどういうつもりだったのか自分でも分からない。ただ、助けてもらって、ホッとして、抱き抱えられていて、気が付けば抱き締めていた。
そんな事を思い返す度に、キュッと胸が痛くなる。しかも、目を閉じるたびにそんな記憶がフラッシュバックして、心臓が大忙しだった。
とにかく、自分でも自分の考えや行動が分からなかった。というか、今でも混乱していて、頭の中がグルグルと回っている。
頭の中だけではなく、目もグルグルと回っていた。ほけーっとした表情で自分の事をとにかくボンヤリ考えたが、答えは出そうもなかった。
とりあえず誰かに聞くことにした。自分一人で答えが出ないのなら、他の人の力を借りるべきだろう。
だが、シチュエーションは重要だ。目の前では相談しにくいが、スマホを通してなら相談しやすい。からかわれないし。よって、プロデューサーと瑞樹は抜き。
次は人選。やはり自分と皐月の関係を知っている人物が良いと思って、小日向美穂とのトーク画面を開いたが、指が止まった。
何故なら、最近奈緒と加蓮と一緒になって、渋谷凛の恋愛相談をからかっていた覚えがあるからだ。
つまり、関係性を知っている相手ほどからかわれやすいかもしれない。
よって、三村かな子、小日向美穂、五十嵐響子、神谷奈緒、それと渋谷凛も外しておいた。からかわれ返しとかされるの嫌だったし。
と、そんな中、最近街で顔を合わせた速水奏の顔が浮かんだ。彼女も自分と皐月の関係を知っている。思い浮かべたのは、その時に速水奏と約束した事だ。
なんか鷺沢文香の彼氏になる人の私服を見に行く手伝いの約束をしてしまったことを思い出した。つまり、現役で恋愛していて、尚且つ皐月と自分の関係を知らない、これ以上にない人選だ。
自分と皐月は別に恋愛関係ではないが、男女間の友達としての相談相手としても十分と言えるだろう。
そんなわけで、早速トークルームを開いた。さて、どんな文面で相談しようか。人をからかうような人ではないが、それでもなるべくなら詳細には言いたくない。
そんなことをポリシーにしながら文を打ち込んだ。
島村卯月『お疲れ様です、卯月です』
鷺沢文香『お疲れ様です』
島村卯月『実は、文香さんにご相談したい事が』
鷺沢文香『珍しいですね、卯月さんが私にご相談とは』
ノータイムで返事が来て若干引いたが、気にしないことにした。
島村卯月『は、はい……。他に相談できる人がいなくて……』
鷺沢文香『私が、ですか?』
島村卯月『彼氏さん、いらっしゃいますから!男性とのお付き合いの仕方のアドバイスをいただくには一番だと思いまして』
直後、返事は1分ほど途絶えた。何かあったのかな、と思ったら滅茶苦茶な文が帰ってきた。
鷺沢文香『っ、なづ、なちを言ってるんぇすか!』
鷺沢文香『私と千秋くんはそんか関係では、あ「ませ?』
鷺沢文香『まっ、まぁもうすこひで恋人になふんでふが……』
三通送られてくるまでの秒間、たったの2秒という速さではあったが、内容はほとんど解読不能だった。
その中で一つだけ分かったのが、目の前の大学生はもうすぐ「千秋」という名前の彼氏が出来るらしい。
島村卯月『わぁ、彼氏が出来るんですね!おめでとうございます』
鷺沢文香『い、いえ……ですから、まだなんですけどね』
島村卯月『どんな方なんですか?』
鷺沢文香『えっ?えーっと……』
鷺沢文香『優しくて可愛くてかっこ良くは無くて……』
島村卯月『カッコ良くは無いんですね……』
鷺沢文香『あっ、顔はカッコ良いですよ?』
鷺沢文香『ただ、すぐバレるのに嘘付くから、そこがカッコ良くなくて……』
島村卯月『嘘つきさん、なんですか?』
鷺沢文香『はい。まぁ、嘘がバレた時の千秋くんも可愛いんですけどね』
そのセリフに若干、引いてると文香から続けてメッセージが来た。
鷺沢文香『卯月さんの彼氏さんはどんな方なんですか?』
島村卯月『かれしあ⁉︎』
今度は卯月の文、というか単語が狂ってしまった。
島村卯月『違います!辛子なんかじゃないです!』
鷺沢文香『そりゃ辛子ではないでしょうけど……』
島村卯月『五時です!』
島村卯月『誤字』
鷺沢文香『どんな方なんですか?』
島村卯月『どんなって……』
島村卯月『えっと……照れ屋さんとか?』
鷺沢文香『あら、それはまた可愛らしい彼氏ですね』
島村卯月『ですから、まだ彼氏ではありません』
鷺沢文香『ふふ、まだ、ですか?』
画面の前で顔を赤くして俯く卯月。人のこと言えない癖に、とも思ったがぐっと堪えた。
島村卯月『も〜……文香さんならからかわれないと思ってチョイスしたのに……』
鷺沢文香『それはごめんなさい。それで、その方と何かあったのですか?』
そういえば、今更になって相談のためにL○NEしたのを思い出した。
言おうか言うまいか悩んだが、すぐに返信した。
島村卯月『その……最近、私は皐月くんといると、こう……胸が痛くなることが多くて……」
鷺沢文香『胸が?心不全では?』
島村卯月『いえ、今日一日取材していたので何ともないみたいです』
島村卯月『今日も、色々と自分でもよく分からない行動をよく取ってしまっていて』
鷺沢文香『よく分からない行動とは?』
島村卯月『その……皐月くんが女性にナンパされていた時にイライラしてしまったり、気がつくと皐月くんを目で追ってしまっていたり、助けてもらった時、意味もなく数時間抱きついてしまっていたり……とにかく、自分でもよく分からない行動を取ってしまっていて……』
すると、画面の向こうで何かを考えてるのか、返信が途切れた。
2分ほど経過してから、返事が返ってきた。
鷺沢文香『いくつか質問させてもらっても良いですか?』
島村卯月『はい』
なんのこっちゃ?と思ってるとすぐに質問が飛んできた。
鷺沢文香『皐月さん、でしたか?その方といるとドキドキしたりしますか?』
島村卯月『はい』
鷺沢文香『ときめいたりは?』
島村卯月『どうでしょうか……。たまにドキッとすることはありますが』
鷺沢文香『皐月さんに外出に誘われたことは?』
島村卯月『今度、またプールに行こうと言ってくれました』
鷺沢文香『どうでした?』
島村卯月『今から楽しみです』
鷺沢文香『もし、何日か皐月さんと会えなくなるとしたら?』
島村卯月『いつでもL○NEしてくれるみたいなので寂しくはないですよ』
鷺沢文香『プールに行ってたんですよね?皐月さんの水着姿を見てどう思われました?』
島村卯月『いきなり脱がれたので少しドキッとしました……』
鷺沢文香『えっ、か、海パンを?』
島村卯月『ち、違いますよ!パーカーです!』
鷺沢文香『そ、そうですよね。驚きました』
ツッコミを入れながらも、卯月は万が一にも皐月の海パンの下を想像してしまった。
少し前に荒木比奈が描いていた同人誌の一枚を見て以来、男の股間を見たことはないが、何となく形は知っている。かなり太くてなんか「刺し穿つ死棘の槍」とか言われていた覚えがある。
それが皐月の股間にあると思うだけで、頬を赤く染めて頭から煙を出したが、文香からのL○NEで正気に戻った。
鷺沢文香『おそらく、病気だと思います』
島村卯月『病気、ですか?』
鷺沢文香『はい。かの有名な海賊女帝も掛かり、高熱に侵された伝説の病気、その名も……』
そこで文は途切れて、新たなメッセージが送られてきた。
鷺沢文香『恋はいつでもハリケーン!です!』
島村卯月『そ、それって、恋の病って事ですか⁉︎』
あれ?通じた?と画面の向こう側の文香は戸惑ったが、自分の言い出したことなので「そうなのです!」とメッセージを送っておいた。
島村卯月『そう、ですか……。これが、恋ですか……』
自覚をすると何か恥ずかしくなって、さっきとは別の意味で顔を赤くして俯いた。
鷺沢文香『恥ずかしいことではありませんよ?』
鷺沢文香『私も恋心を自覚したのは最近ですから』
島村卯月『そ、そうでしょうか……』
鷺沢文香『良かったですね、原因が分かって』
島村卯月『でも……私はどうすれば……』
鷺沢文香『告白すれば良いじゃないですか』
告白、の文字を見た直後、また顔を紅潮させた。
島村卯月『む、無理です!そんな告白なんて……!』
鷺沢文香『でも、好きなんでしょう?』
島村卯月『そ、それは……』
鷺沢文香『では、他の方にとられてしまっても良いのですか?』
島村卯月『そ、それは絶対に嫌です!』
鷺沢文香『でしたら、告白するしかありません。相手の方も卯月さんに好意を寄せているのなら話は別ですが』
言われて、卯月は皐月の顔を思い浮かべた。そういえば、何故か自分が発言するたびに顔を赤らめていた気がする。
案外、意識されてないことはないのかもしれない。そう考えると、告白してみる気にもなって来た。
島村卯月『分かりました。頑張ってみますね!』
鷺沢文香『はい。何かご相談があれば、いつでもまた連絡下さい』
島村卯月『ありがとうございます!』
挨拶して、卯月は決意を固めた。とりあえず、告白する側かされる側か分からないので、告白の練習と告白される練習、両方しておこう、と。