一体全体、何故こうなったのか。俺はそればっかり考えていた。
今日はデ○ズニーで卯月とのデートだった。今日のデートで察したが、多分卯月は俺の事が好きだ。自惚れじゃなければ。じゃなきゃ、周りからカップルに見られるのを覚悟で胸を押し当てるように腕に飛びついて来たりしない。俺は鈍感系主人公ではないので、それは察した。
それに、卯月のエスコートのお陰で俺自身もかなり楽しめたし、今回のデートはとても良かった。楽しかったなんてもんじゃない。まぁ、卯月の気持ちに対する答えは俺の中で出すとして、問題はここからだ。
帰り道の電車の中。卯月が俺の肩に頭を乗せてヨダレを垂らしてる。
「すぴー」
気持ち良さそうな寝顔で寝息を立てている。いやもう、ホント可愛い事可愛い事。ヨダレの事は水に流そう。
しかし、身体を俺に預けるのはいただけねぇなぁ。もう心臓の高鳴りが収まらないなんてものではない。この天然ボケの女の子は男を狙わずにドギマギさせるプロだ。
「……」
……こんな子を傷つけるわけにはいかない。俺も、答えを出さないとなぁ……。
しかし、やはり俺は卯月が好きなのだろうか。一緒にいてドキドキする事も多々ある。
だが、心の何処かで俺は卯月と付き合って良いのかと考えている。確かに卯月は俺の事を好きなのかもしれない。だが、両想いでも上手くいくとは限らない。
彼女なんてできたことの無い俺なんかと付き合って、卯月は楽しめるのだろうか。そこが不安だ。ただでさえアイドルだからリスクがあると言うのに。
まぁ、今日の様子を見た感じだと卯月は十分楽しんでるように見えたが、今日は卯月のエスコートがあっての事だったからかもしれない。付き合い始めたら俺がエスコートすることになるだろうし……。
……でも、島村さんを振る勇気も俺にはない。前に誰かに言われた通り、ほんとにヘタレだな俺は……。
「……どうしようかな」
一人じゃ答えは出そうにない。誰かに相談するしかなさそうだな……。そう結論を出した時だ。駅に到着した。
「あ、卯月。起きて」
「……スピー」
……え、起きないの?嘘、この事態は想定してなかった。
「ちょっ、卯月。降り損ねるってば」
「……スピー」
え、どうしよう。やばいって、もう扉閉まるって……!ええい、ままよ!腹を括って、卯月をおんぶした。
ギリギリ電車から降りて、二人分のスイカを使って改札を出た。このまま卯月の家に行くしかなさそうだ。
「さつきくぅん……」
「っ」
お、起きたのか……?いや、寝言か……。
何にしても耳元で囁くのはやめてほしい。ほんと心臓止まるかと思った。
「……みて、しんさくの……プラモ……でぃーぷ、すとらいかー……だってぇ……」
それはもっと先の話な。発売はされるけども。
……なんか良い匂いするな、この人。芳香剤?洗剤?いや分からんけど。まぁ、俺に匂いフェチの気はないのでクンクンしたりしないが。
こうしてると、俺って本当にラッキーなのかもしれない。普通、アイドルを背負うことなんてあるか?胸が背中に当たって反応に困る事困る事。
……ま、無邪気な寝顔で眠ってるこの人は無意識なんだろうけどね。
「……この野郎め」
少しいらっとしたので、左手の肘を曲げて頬をデコピンした。それでも起きない辺り、寝が深いタイプなんだろう。
家に到着し、インターホンを鳴らすと玄関が開いた。顔を出したのは卯月の母親だ。
「はーい。……あら、皐月くん?うちはラブホテルじゃないのよ?」
「いきなり何を言い出してるんですか……。電車の中で寝ちゃったから送りに来たんですよ」
「それはわざわざごめんね」
「いえ」
おたくの娘さん、起きないんですね。頬にデコピンまでしたのにピクリとも起きないんですよ。
「……ふふ」
あれ、なんか卯月のこと見て笑ってるなこの人。
「せっかくだから、うちに上がって行ったら?」
「え、いやいいですよ」
「ほら、娘を持って来てくれてお礼したいし……」
「持って来てくれたって……」
間違ってないのがまたすごい。まぁ、でも俺は家に親いないし、少しくらい遅くなっても問題無いので、誘われた以上は上がっていこう。
「すみません、お邪魔します」
「どうぞ」
「卯月はどうしたら良いですか?」
「卯月の部屋に寝かせてあげて。起きたら勝手にお風呂に入ると思うので」
「分かりました」
そんなわけで、部屋に置きに行った。
前に来た時より若干汚れているが、相変わらず基本的には綺麗に片付いてる部屋だ。
ただ、気になるのはベッドの上に放置されてる大量の下着だ。や、これが私服なら分かる。だってほら、今日のための服を選んでたんだろうなーって思うし?
けど、なんで下着?他人に見せるわけでもあるまいに……。どうしよう、この上に卯月を置いても良いのかな……。
「……どかした方が良いか」
そう呟いて、おんぶしてる卯月をお姫様抱っこに変え、一度床に置こうとした。
が、俺は変に力を入れてないはずなのに、何処か見えない力が働いたのか、卯月の体がベッドの上に落ちてしまった。その反動で身体が転がり、うつ伏せになって下着の束を隠すように寝転がった。
「………」
まぁ良いか。下着は隠れたし。さて、さっさと部屋から出ないと、このタイミングで卯月が起きたら最悪だ。
そう思って出て行こうとした時だ。枕の上に顔がダイレクトに埋まっているのに気付いた。……あれ、窒息すんじゃね?
引き返して、卯月の頭に手を当てた。顔を横に向け、頭を撫でて今度こそ部屋を出て行った。
一階に降りると、卯月の母親がお茶を用意して待ってくれていた。
「さ、おいでおいで」
「すみませんね、わざわざ」
「ううん。私も皐月くんとお話ししたかったから」
「そうすか……。あ、いただきます」
とりあえず、用意していただいた紅茶を一口もらい、一息ついた。
「あ、美味しいですねこれ」
「でしょ?この前、卯月が事務所のアイドルの子からもらって来たんだって」
「へぇ〜」
なるほど、そういう関係もあるのか。アイドル事務所でアイドルやるのも苦労ばかりじゃないんだな。
「それで、今日のデートはどうだった?」
「……やっぱそれ聞かれるんですね……」
「当然じゃない。うちの娘の彼氏だもの」
「彼氏じゃないですから……。卯月は楽しんでたみたいですよ」
「あら、下の名前で呼ぶ仲になったのね」
「………」
カマかけスキルが半端なく高いんですけど。いや、自爆しただけにも取れるが。
「まぁ、卯月は良い子ですから。どんな事をしてても楽しめる子だと思いますけど」
「本当にそう見える?」
「……いえ」
……いや、見えない。俺と一緒にいる時の卯月しか知らないが、腕に飛びついて来たりとはしゃいでるように見える。照れ隠しでした。
「卯月が俺以外と一緒にいるところは見た事ないんですが」
「確かに、どの子といても楽しそうにはしてるけど。でも、皐月くんの時は特別に見えるわ。家にいる時なんてアイドルを始めた時はアイドルの話ばかりだったけど、あなたと関わってからはあなたの話ばっかりよ?」
それは前も聞いたな……。まぁ、実際そうなんだろうし、卯月の母親が、卯月がどれだけ俺の事を好きかを判断する材料はそれしかないからな。
「本当は卯月の気持ちに気付いてるんでしょ?」
「……はい」
「どうするの?」
「……まだ考え中です」
「あら、即決だと思ってた。あなた、卯月のこと好きなんだとばっかり」
そりゃ普通の学生なら即決だったが……。
「多分、アイドルと付き合って良いのかな?なんて考えてませんか?」
「……まぁ、考えてますけど」
「やっぱり。私は気にしなくて良いと思いますよ」
「え、そ、そうですか?」
「学生なんですから。好きなようにしても大丈夫です。それに、アイドルが恋愛禁止かどうか、それは事務所によって違うのですから、そこを確認してからでも遅くないと思いますよ」
……へぇ、それは知らなんだ。問答無用だとばかり思ってた。
少し、勇気が出たかもしれない。卯月の事務所は346事務所、だっけ?ちょっと調べてみるか。
「あの、島村さん。ありがとうございます」
「ううん。ま、私としては今日、卯月のこと襲って行って欲しいくらいなんだけどね」
「台無しなんですけど……」
この人、涼しい顔してとんでもないことを平気で言うよな……。
とりあえず、いただいた紅茶を飲み干して席を立った。
「じゃ、帰ります。お邪魔しました」
「ね、皐月くん」
「? なんですか?」
「今日の天気予報見た?」
「はい?」
いきなり天気の話題?どうしたのこの人急に。
「見てませんけど……」
「ダメだよ、デートの日の天気は確認しなくちゃ」
「は、はあ……」
どうしたんだろう、この人急に。何かあったのかな……。
と、思った直後、ポツッポツッと水滴が物体に落ちる音がした。えっ、この音って……。
「今日の9時45分より、降水確率100%」
「……はっ?」
その水滴の落ちる音は徐々に強くなり、やがてザアァァッという連続したものになった。
ふと時計を見ると、ちょうど9時45分だった。……うわ、やべっ、帰れねっ……。
「泊まっていきなさい」
「……えっ」
「卯月の部屋でね?」
「………えっ」
「お風呂沸かしてあるから。パジャマのジャージは卯月ので良い?」
「…………えっ」
色んな意味で眠れなさそうな夜が始まりを告げた。
×××
お風呂から上がり、卯月のジャージを着た。一言で言えば超良い匂い。ほんとこれなんの匂いなんだろ。卯月の体臭か?
着替え終えてバスルームから出ようとすると、ちょうど卯月と顔を合わせた。
「あっ」
「っ……」
「起きたんだ。お母さんから聞いた?俺、今日泊まっていくから」
「えっ、そ、そうなんだ……!」
「で、卯月のジャージ借りたんだけど……」
「ーっ……!」
「あっ、卯月……!」
顔を赤くした卯月が俺の横を通り過ぎて行った。あれ、なんか照れる要素あったかな……。卯月の部屋借りるって言い損ねたんだけど……。まぁ、何回かうちに泊まってるし平気かな。
風呂場から出て卯月の部屋に入った。ま、夏だし布団はいらないな。床に寝転がった。
「………」
やっぱ床は硬ぇな……。いや、この際贅沢は言うまい。
目を閉じた。……なんだろ、眠れない。硬いからか?いや、卯月の部屋だからか?自分の部屋に女の子入れるのはなんとも思わないのに。
いや、考えるな。とりあえず寝よう。意識すればするほど眠れなくなるぞ。
「………」
やっぱ眠れねぇんだけど。いや、だから諦め早いって。頭の中でプルを数えろ。そうすりゃ眠れる気がする。
プルが一人、プルが二人、プルが三人……ダメだ。眠れる気がしない。むしろ天国に近くなって永遠の眠りにつく気がする。
「ていうか、俺はロリコンかよ!」
「……へっ?」
「えっ?」
卯月が部屋に入ってきてた。キョトンとした顔で俺の事を見ていた。
「……何してるの?」
だよね、まず床で寝てることに疑問持つよね。
「……いや、その……床で寝ようと……卯月のお母さんに、卯月の部屋で寝ろと言われてしまって……」
「……も、もう……お母さんったら……」
卯月は俺をまたいでベッドに上がった。で、ベッドの端に寝転がると、心底恥ずかしそうな顔で呟いた。
「……その、皐月くん……」
「? 何?」
「……半分、どうぞ……」
「………へっ?」
い、良いの……?一緒に寝ちゃうの……?一緒のベッドで……?ていうかそれ眠れるの……?
卯月は頬を染めたまま俺に目を合わせない。チラチラとこっちの様子は見てくるけど、目は合わなかった。
「……じゃあ、その……失礼します……」
ベッドの中に入った。夏なので布団はタオル一枚。俺と卯月は背中合わせで寝転がっていた。ほんの一部しか当たっていない背中から伝わる卯月の体温がヤケに温かく感じた。むしろ熱いとさえ思う。
例え、現在の季節が真冬であったとしても熱く感じたと思ったりもした。
その熱を誤魔化すために、スマホで346事務所について調べ始めた。恋愛禁止かを調べるためだ。……あ、別に恋愛禁止とかそういうのは書かれてないな。ていうか、調べ終わっちゃったよ……。
まぁ、とにかく卯月に告白するって事は決まった。いつにしようかな。今?いや今は下心が見え隠れしてるように思われそうだから無理だわ。
……まぁ、その辺は神谷さんに相談しよう。
「……ね、皐月くん」
「うえっ?な、何?」
声かけて来た……?
「……私、普段は23時には寝てるんだよね……」
「へ、へぇ……それで?」
「だから、その……深夜のテンション?で、その……舞い上がってるからかも、しれないんだけど……」
「……お、おう……?」
「……腕枕、してもらっても良い、かな……」
「……えっ?」
ど、どうしたのこの子……いや、分かるけど……にしてもそんな……え、とりあえずどうしよう……。
「……い、良いけど……」
考えがまとまらないまま返事をしてしまった。それでようやく、島村さんの意図を察した。腕枕をするには、少なくとも仰向けにならなければならない。つまり、背中合わせを回避したかったのだ。
しかし、オーケーと返事をしてしまった以上は従うしかない。卯月の方を見て、腕を伸ばした。
すると、何を思ったのかこの卯月さんは俺の方を向いて腕に頭を置いた。
「……へっ?」
「……えへへ」
いたずらを成功させた子供のように微笑む卯月。で、俺の頬に手を伸ばすと、微笑みながら目を閉じて言った。
「……おやすみ、皐月くん」
「お、おう……」
その夜、俺は卯月の可愛さによる心臓への負担と腕の痺れによって一睡も出来なかった。