土曜日、秋葉原に来た。島村さんからいただいた優待券を持ってメイド喫茶に来てしまった。
まぁ、誘われたら行くしかないわけで。決して下心はない。そもそも俺にメイド好きとかそういうのないし。ていうか、女の子は私服を着てこそ、個人の好みを把握できて可愛いわけで、決められた衣装を着てる所を見ても「可愛い」「綺麗」以外の感想は出ない。
よって、俺に下心はない(2回目)。優待券には「2時〜2時半」と書かれていた。おそらく、島村さんが俺に接客してくれる時間帯なんだろう。三十分も長居して良いのか?とも思ったが、まぁ優待券を渡してる相手はアイドル事務所がお世話になった人達だろうから、おそらく多少特別扱いはしなければならないんだろう。
………そう考えると島村さんのここでの仕事はかなり忙しいんじゃないか?ほんと、アイドルって大変だな。今日はなるべく早めにおいとましよう。
さて、その前にやる事はたっぷりある。せっかく秋葉に来たんだし、他にも色々見て回らないと勿体無い。今日は久々にたくさん金を使おう。
そう決めて、まずはヨド○シに来た。俺の数少ない趣味の一つ、ガンプラを買うためだ。安いとこで買わないと一人暮らしは生きていけないから。
ガンプラを見ながら、どれを買おうか顎に手を当てて考えた結果、ラスト1個しかないバスターガンダムを買おうと思って箱に手を伸ばした時、隣の人と手が重なった。
「あっ」
「あっ」
同じ呟きを漏らしてお互いに顔を見合わせた。モコモコの髪の上にピンク色のふさふさした帽子を被り、独特の太い眉毛、そしてその下には似合ってない伊達眼鏡をかけた女の子、その子を俺は知っていた。
だが、島村さんというアイドルと知り合っていたからか、声に出すことはなかった。だって島村さんとコンビニにいる時も、なるべく声に出さないようにしてるから。
同じガンプラに手を乗せて目を合わせること数秒、神谷奈緒の方から声をかけて来た。
「あの、これ………」
ふむ、こういう時はどうしたら良いのか。よりにもよってアイドルの女の子だ。もし、顔が可愛いだけの女の子なら、性格は最悪だ。譲るのは嫌だ。でも、もし中身が良い子なら譲ってあげたい。
………いや、ていうか譲ろう。なんか仮にじゃんけんになって取ったとしても心苦しいわ。
「どうぞ、俺ただ見たかっただけなんで」
それだけ言うと、俺はその場から離れた。仕方ない、今日はビルドストライクにするか。作品全然違うけど。
そう思って別の場所に移動した。あまりアイドルと何人も関わるわけにはいかないし。
バスターは諦めて、ビルドストライクと墨入れペンだけ買って店を出た。
プラモはもう良いかな。あと、トライエイジのカード買おう。
×××
秋葉での買い物を済ませて、いよいよメイド喫茶に来た。いやー、変に緊張して来た。ていうか、手汗がすごい。
そもそも周りから見たらメイド喫茶に入ろうとしてるキモオタだからな。いや、俺が用あるのは島村さんだけだから。そう、呼ばれたから来ただけだ。
「すーはぁー……」
何故か深呼吸してから、店の扉を開けた。
「「「おかえりなさいませ、ご主人様」」」
思わずドアを閉めた。すごいや、生で聞くこのセリフ。思いの外可愛い可愛くない以前に迫力がある。なんか知らんけど怖い。
「………やっぱ帰ろうかな」
思わずそう呟いた直後だ。店の扉が開いた。顔を出したのはメイド服姿の島村さんだった。
「古川くん?な、なんで帰るの⁉︎」
「あ、いや………」
「ほら、おいでよ」
眩しい笑顔で手を差し伸べられた。断れないんだよなぁ、この笑顔を見ると。
仕方なく、その手を取って入店すると「改めて」と言った感じでメイドさん達は挨拶してくれた。
「「「おかえりなさいませ、ご主人様」」」
うおお……よく見たらアイドルばかりやん。島村卯月、アナスタシア、それともう一人が………。
「あ、あああー!」
………あ、神谷奈緒だ。
「? 奈緒ちゃん?どうかしましたか?」
「さっきのカッコつけ男!」
ほおぉう、何かなその風評被害丸出しの呼び方は。ちょっとイラッとしちゃったゾ☆
「おい、誰がカッコつけ男だ眉毛」
「お前だよ!アレだけバスターを欲しそうな顔でガンプラ見てた癖に、何が『俺はただ見たかっただけなんで』だよ!」
ーっ!ば、バレてた⁉︎
「か、かかかカッコつけてはないから!大体、別にバスターガンダムなんて好きじゃないし!ちょっと超高インパルス長射程狙撃ライフル
の連結をしてみたかっただけだし!」
「かなり欲しがってるじゃないか!」
なんて怒鳴り合いをしてる時だ。コンッと神谷奈緒の脳天にトレーが直撃した。
「痛っ⁉︎」
「奈緒、仕事中だ」
そう言ったのは、この前のプロデューサーさんだった。
「あ、お久しぶりです。プロデューサーさん」
「久しぶりです、古川さん。奈緒、仕事中だ。次やったらオタク趣味バラすから」
「今すでにバラしたじゃないか!」
その反応を見ながら、楽しそうにプロデューサーさんは店の奥に戻った。なるほど、いじられキャラなのか神谷奈緒。ていうか神谷奈緒、なんで俺を睨む。
そんな俺と奈緒のやり取りを見て、とりあえずといった感じで島村さんが俺に声をかけた。
「ではご主人様、こちらへどうぞ〜♪」
「えっ?あ、は、はい」
なんかノリノリだなぁ、島村さん。
俺を席に案内し、隣に座った。二人しかいないのに、複数人座れるようになってる席に到着した。
「こちらがメニューです、ご主人様♪」
かなりノリノリなんだけどこの人。ま、まぁ仕事だからなんだろうけど………。
いや何にしても俺とマンツーマンなんだからそこまで頑張ってくれなくて良いかな。
「あの、島村さん?普通に古川って呼んでも良いですよ」
「いえ、仕事ですので。けど、ご主人様がお望みでしたら、こちらからでしたらお選び出来ますよ?」
断られてしまったが、呼び方を決められると言うのなら助かる。そう言ってメニューに書かれてる呼び方メニューを見た。
・ご主人様
・旦那様
・〜くん
・〜ちゃん
・お兄ちゃん
・お兄様
スゲェな、メイド喫茶………。こんなに選べるのか………。ていうか上二つ以外メイド感ねぇな………。
でも、衝撃的ではあったものの少し助かったぞ。「〜くん」があるのなら、島村さん的にも助かるんじゃないの?結局「古川くん」になるわけだし。
「あ、じゃあ『〜くん』で」
「畏まりました、皐月くん♪」
「っ⁉︎ゲフッ、ェゲフッ⁉︎」
「きゃあっ⁉︎だ、大丈夫ですか皐月くん⁉︎」
そ、そっちかよ!なんで下の名前なんだよ!
「ご、ごめん……。あの、苗字でも」
「ダメです、皐月くん」
仕事って大変だな………。まぁ、仕方ないか。こっちが慣れるしかない。
「えっと……優待券はいつ出せば………?」
「あ、はい。今、お預かり致します」
ポケットから優待券を島村さんに渡すと伝票に挟んだ。
それはそうと、食べ物を選ばねばならない。そう思ってメニューを見た。
・メイドさんのらぶらぶオムライス(900円)
・いもうとの手作りカレー(1000円)
・ツンデレ委員長の特製ラーメン(800円)
た、高ぇ………。うちの近くのラーメン屋は580円でラーメン一杯の上、替え玉二つ無料だぞ。
だめだ、完全にヒヨった。でも一番安い奴にしよう。俺もそんなに金があるわけじゃないし、何よりヒヨった(2回目)。
「………と、とりあえずラーメンで」
「かしこまりました。オーダー入りましたぁ♪ツンデレ委員長の特製ラーメン、よろしくお願いしまぁす」
一々、語尾を跳ねさせるな、可愛いから。なんとなくだが「♪」が入ってる気がする。
「あー……その、何。島村さん?」
「卯月と呼んで下さい♪」
そういう島村さんの胸のネームプレートには、平仮名で「うづき♡」と書かれていた。
………ボッチに異性を下の名前呼びはハードル高いんだけどな。
「………う、卯月さん」
「何ですか?皐月くん」
「あーいや、その………何?お疲れ様?」
「………はい?」
なんかもう色々と大変だったろうなぁ、と思って労いの言葉をかけてみたが、通じなかったようだ。
キョトンと首を傾げると、島村さんから声をかけて来た。
「皐月くん、奈緒ちゃんとお知り合いだったんですか?」
ああ、その話か。
「いや、知り合いって程じゃないよ。さっき、ヨド○シでたまたま知り合っただけ」
「奈緒ちゃん、アニメ好きですからね……。何を買ったか聞いても良いですか?」
「大したものじゃないよ。ガンプラ」
言いながら、袋の中からスタービルドストライクの箱を取り出した。
「へぇー、カッコ良いですね!」
「まぁな」
ビルドファイターズに出てくる機体は基本的に大好きだ。どれもカッコ良いし強そうじゃん。それがトライでは何故ああなったのか……。
そもそも、なんでガンダムなのにハーレムアニメみたいになってんだよ。リア充までなら許せる。ほら、考えてみればリア充がいるから、それが進化して夫婦となり、我ら子供達が生まれるわけでしょ?だけどハーレムは必ず誰かを切り捨てなければならない。
それはちょっと、うん。
「これを作るんですか?」
「そうだよ」
「へぇー……なんだか大変そうですね……」
「いやいや、説明書通りにやれば出来るから」
特に、俺みたいに墨入れだけで満足してるタイプは尚更。塗装とかはお金ないです。改造なんて余ったパーツが勿体無いから以ての外。やってみたいってのはあるんだけどね。
「へぇ〜……皐月くんの家には他にもガンプラがあるんですか?」
「超ある。高校生活で俺の友達ってガンプラだけだからなぁ………」
遠い目をしながらぼんやりと呟くと、島村さんは微笑みながら俺の両手を握った。
「だ、大丈夫です!私もお友達ですから!」
「え、それ大声で言っちゃって良いの?」
「………あっ」
慌てて口を塞ぐ島村さん。念の為、辺りを見回したが、幸いにもアイドルとコラボしてるだけあって、店内は騒がしい様子なので気付いてる人はいなかった。
しかし、この店今日は超儲かってるんじゃないか?店内を見回すだけでも島村卯月、神谷奈緒、アナスタシア、小早川紗枝、あと名前が分からないのが数人ほどメイドさんをしている。休憩中の人を含めればもっといることだろう。これはドルオタにとってもお祭り騒ぎだろう。
そんな事を考えてると、近くの席のオッさんが何か声をかけてるのが聞こえた。
「ふへへ、紗枝ちゃん。メイド服似合ってるよ」
「おおきに。お客様もその帽子良うお似合いどす」
………そういえば、神谷奈緒に何故か変な因縁つけられたお陰で島村さんに「似合ってる」というの忘れていたな。今更言うことでもないか?でも、わざわざ優待券をくれてまで誘ってくれたんだし、何か言った方が良い気もするし………。
いや、メイドさん達からしたら、言われ慣れた言葉だろう。お客さんにとっては、たったの15分程とはいえアイドルと話せる時間なんだ。なるべく話せる事は話すはずだ。
よし、落ち着け。言えるはず。言うぞ………!
「あー、しま……卯月さん」
「なんですか?」
「その………」
「………その?」
「……………」
こ、声が出ない………!女の子を褒めるのってこんなにハードル高いことだったのか⁉︎
いやいやいや、こんな情けない話があるか。あんなキモいオッさんも言えるのに、なんで俺が言えないんだよ。別に照れる必要なんか無い。サラッと会話するノリで言えば良いんだよ。
「………すぅーはー」
「な、なんで深呼吸してるんですか?」
「ちょっと静かに」
「は、はい………」
………よし、落ち着いた。さて、言うぞ!
「………そっ、その」
「お待たせ致しました、ご主人様。ツンデレ委員長の特製ラーメンでございます」
「…………」
神谷奈緒がラーメンを運んで俺の前に置いた。「ごゆっくり」と言って何処かへ立ち去る神谷奈緒。俺はただただ呆然とするしかなかった。
「皐月くん?なんですか?」
「………コーヒー飲みたいんだけどある?」
「コーヒーですね?畏まりました。オーダー入りましたぁ♪コーヒーお願いしまーす!」
………次のチャンスをおとなしく待とう。
×××
楽しい時間というのはあっという間で、気が付けば帰宅時間になっていて、気が付けば俺は家にいた。
まぁ、確かに島村さんの言う通り癒しの時間となったし、良かった。そういえば、あの後はかなり島村さんガンプラに食いついて来てたな………。少し興味出たのか?ガンプラアイドルとかある意味では売れそうだが。
っと、そんなことはどうでも良い。それよりも問題がある。結局、島村さんに「似合ってる」と言えなかった。あの後、島村さんの方からラーメンを食べさせてくれたりと色々、甲斐甲斐しくお世話をしてくれたのに。
正直、ああいう店に来るオッさんとかをバカにしていたが、これじゃバカにできる立場じゃない。リア充度は俺の方が圧倒的に低いということだ。
「…………はぁ」
今更になって後悔してる。いや、余計なことはしないというのが俺のポリシーだが、誘ってくれた相手に礼儀を尽くすのは当然の行為だ。
………あーあ、クソぅ。後悔のあまり、ガンプラ作りも手が進まない。
なんかやる気が失せて、その場で後ろに寝転んだ。そういえば、日が沈むのが遅くなって来た。もうすぐ夏か………。クーラーの掃除だけ先にしとこうかな。
そんなことを考えてる時だ。スマホが鳴り響いた。島村さんからだった。
「もしもし?」
一瞬だけ出ようか迷ったが、とりあえず応対することにした。
『あ、皐月くんですか?』
「自分で誰に電話かけたんだよ……」
『確認だよー』
「ていうか、まだ名前呼びしてんのか」
『あ、そうだったね。でも皐月くんの方が呼びやすいし、皐月くんでも良いかな?』
………女子に距離感ってものはないのか。
「………お好きにどうぞ」
『はい、好きに呼ばせてもらいます』
畜生、いちいち可愛いなこの子。このペースで話されたらこっちの心臓が保たねぇよ。話を変えよう。
「で、要件は?」
『あ、はい。お仕事が終わったので、私のメイドさんの感想を聞かせてもらおうと思って』
「感想?」
『はい!どうでしたか?』
………これは、チャンス到来か?すぐには言えなかったが、今なら自然な流れで言えるんじゃないか?何せ、向こうから話を振ってくれてるんだから。
今度こそ、と気合を入れて、心の中で深呼吸してから、緊張気味に答えた。
「……ぃっ、に、似合ってたよ。メイド服………」
………我ながら小さい声で言ったなー。何処まで小心者なんだ俺は。これは島村さんにも聞こえなかったのでは?
とりあえず、向こうの第一声を待ってると、珍しく少し恥ずかしそうな声が聞こえて来た。
『………あのぅ、外見ではなくて仕事っぷりの方を聞きたかったのですが…………』
「えっ?」
『……………』
向こうの欲しい回答すら答えられないという、最大級に恥ずかしい答えを言ってしまった………。
余りのダサさに両手で顔を覆ってると、今度は明るい声が聞こえて来た。
『でも、ありがとうございます』
「ーっ」
………俺は今まで何を悩んでいたのか。スパッと言えば良かったのに。こんな簡単な事も一大決心しないと言えないなんて、とことん情けないな、俺は………。
自己嫌悪しながらも、とりあえず仕事ぶりに対しての感想を述べることにした。
「仕事もとても良かったんじゃない?ちゃんと客の目を見て話せてたし、ずっと笑顔だったから」
『そ、そうですか?まぁ、接客のプロの皐月くんがそう言うならそうなんですよね』
「ただ、あーんの時はもう少し周り見て欲しかったです。一回、鼻に突っ込んで来たから」
『うう……あ、あれは本当にごめんなさい……』
「いや、気にしてないけど。あれ他に接客するなら、ふーっふーって麺に息ふきかけてやると良いぞ。男はそれで興奮するから」
『分かりました!次、試してみますね!』
「いや、一日店長ならそこまでやることないと思うけど」
『えー?じゃあなんで言ったんですかー!』
からかい甲斐があるなー、やっぱり。
………まぁ、それはそうとずっと気になってたんだけど。もしかしてさ。
「………島村さん、照れてる?」
『えっ⁉︎』
「いや、さっきからずっと敬語に戻ってたから」
『………え、えへへ。実は少しだけ』
………ほんとに可愛いなこの人。
少し呆れながら、その後も夜中まで長電話した。