プルルルルル、プルルルルル
士道は、誰も来なさそうな階段の中腹で電話を掛けた。
呼出音が何回か繰り返されると、相手が出た。
「……シドウです」
『ああシドウか!何かあったか?』
「何かあったか、じゃありませんよ……」
電話相手はサミュエル大佐だ。
大佐の問いに、士道は元気の欠片も感じられない声で答えた。
「俺はいつまでここにいればいいんだ……」
DEMの本社に来てから初日も入れて三日が経ち、士道の心労は既に限界を迎えていた。
士道はこの三日間であったことを思い出す。
◇◇◇
「やあシドウ、いきなりで悪いんだが紅茶の茶葉を買ってきてくれないかな?つい先程切らしてしまってね。因みに茶葉はこの店の買ってきてくれ」
「俺ここの社員じゃないんだけど……しかもこの店微妙に遠い」
社長にはパシられ、
「あラ、見かけない顔ネ。もしかしテ貴方がシドウ・ウォーリバーかしラ?」
「その人って確かメイザース執行部長を倒した人だよね?」
「そうだが……」
「そウ、貴方が……ふん!あの悠久のメイザースを倒したからって調子に乗らないことネ!」
「なんかかっこいい!今度私達の訓練場に遊びに来てよ!」
「今度と言わず今来ない?」
DEMの
◇◇◇
と、言った感じでロクな目に遭わなかった。
因みに、士道はイギリスと日本の時差を利用して、SSSと小学生の二足の草鞋を履いている。
日本が夜になったらイギリスは夜明けに、イギリスが夜になったら日本が夜明けに、といった感じになる。
幸い今、日本の学生は春休み期間のため、家族に適当な理由をつけて何とか数日家を空けていられるが、まだ小学生の子供が一人で数日間家に帰らないのはあまり常識的ではない。
流石にそろそろ家に帰らなければならないだろう。
加えて、ここに士道を呼び寄せたウェストコットの用はもう済んでいる。
士道はもう帰っていい筈なのだが……
『あー、その事なんだが、悪いがもう少しそっちに居てくれ。こっちも今忙しくてな』
「何でですか……まさか、もしかして最近の不審死と殺人に何か関係があるんですか?」
士道は少し考えて思い当たった事柄を、周囲に人がいないと分かっていながらも声量を抑えて尋ねた。
『正解だ。SSSに警察から協力要請があったのは知ってるだろう?』
「ええ、聞いています」
『それで俺達が本腰を入れて調査したところ、この一連の事件は精霊の仕業の可能性が非常に高いという結論に達した。』
「それは本当ですか?」
『ああ、現場を念入りに調べてみたら、ごく僅かに霊力反応が出た』
大佐の言葉に、士道は顔を少し顰めた。
霊力、その摩訶不思議なエネルギーは地球上で精霊しか持たないものだ。
大佐は可能性が非常に高いと言ったが、霊力の反応が出た以上、もうほぼ確定のようなものだった。
『今は基地にイリシャが待機している。特に問題はないと思うが、知っての通りSSSは人員不足でな。いざという時にはお前にも出張って貰うことになる。今の内に覚悟を決めとけよ』
平時の時は滅多に聞かない大佐の真剣な言葉。
だがそれを聞いた士道に、緊張は全く芽生えなかった。
それを見透かしたように大佐は続けた。
『とはいえ、お前はもう、うちの古株だ。精霊戦にも慣れてきただろう』
「古株って言っても、俺まだ一年ぐらいしか在籍してませんがね」
『それぐらい
「ええ、俺と同時期に入隊した奴らも、今じゃほとんど見かけません」
士道は思い出すように、顎に手を当てる。
『……主に入隊した奴は三つに分かれる。一回精霊と戦ってその力の差に心が折れるやつと、それを乗り越えるやつ。そして乗り越えても力不足だった奴だ』
「……そうですか」
『……悪い、話がえらく脱線したな』
元はと言えば、この電話の主題は何故士道がDEMに残らなくてはならないかだ。
決して在籍歴がどうのこうのという話ではない。
「それで、精霊の出現と俺がDEMに残ることがどう関係してるんですか?」
『……アイザック・ウェストコットだ』
「ウェストコット?」
深刻そうな重々しい声の大佐に、士道は素っ頓狂な声を上げる。
突然ここの社長の名前が出てきたことに驚いてのことだ。
『何故かは知らんが、奴は精霊に並々ならん関心を持っている。〈シスター〉の事を覚えているか?』
「そりゃもちろん。自分で捕縛した精霊を忘れる筈もありま……」
士道の言葉が途中でストップする。
自分で言葉にするにつれてあることを思い出したからだ。
識別名〈シスター〉。、本名を本条二亜という精霊。
去年の夏、激戦の末に勝利して捕獲に成功した精霊だ。
その後、SSSの施設で管理することになり、士道はその監視を任されていたためよく会いに行っていた。
その結果、二亜の趣味に引きずり込まれる等されてかなり仲が良くなったのだが、閑話休題。
これはSSSで管理していた時の話であり、問題はその後のことだった。
『思い出したか。そう、〈シスター〉はSSSの手を離れた後、DEMの施設に送られた。聞いた話によれば、ウェストコットはイギリス政府と直接交渉して身柄を手に入れたんだと』
士道は目を見開く。
政府と交渉して、しかもその交渉材料が精霊となれば、政府が顔を縦に振ることはないに等しい。
そんな交渉を成功させるには相当な労力と代償が必要だろう。
それを成功させたという事実は、ウェストコットの精霊への強大な執着心を如実に表していた。
「つまり、今回の件でウェストコットが妙なことをしないか見張ってろってことですか?」
『察しが良くて助かる。こっちも早いところカタをつけるつもりだ。あの男のお膝元で過ごすのは同情するが、あと少し我慢してくれ』
「ここにいる期間が伸びたのはあんたのせいでしょうに、全く。……分かりました、その任、承ります」
本音を言えばもちろんやりたくないが、上官であり師のような存在のサミュエル大佐の頼みを無碍にするわけにはいかない。
士道は溜息をつきながらも了承した。
『いつもすまんな。それと今回出現した精霊なんだが───』
大佐が話していたその時、士道は近くに人の気配を感じた。
「すいません、後で掛け直します」
そう言って士道は電話を一方的に切った。
失礼に当たる行為だが、電話の内容は誰かに聞かせられるものではなかったので仕方ないと、士道は自分の中で自己完結させた。
そして階段の上の廊下に目を向けると、そこには予想通りの姿があった。
「随分と電話に時間が掛かっていたようですね」
「……言っとくけど、別に変な電話じゃないぞ」
「では聞きますが、今の電話の相手は誰ですか?」
腕を組んで自身を見下ろすエレンに、士道は再び溜息をついた。
「大佐だよ。内容は業務上のもんだから、幾らお前でもいえないぞ」
「ふん、どうでしょうか」
「ま、まあとにかく電話は終わったから、さっさとシミュレーションルームに戻ろうぜ」
士道は困った顔を浮かべながら、階段を上がって廊下を歩んでいく。
それを見たエレンは不服そうな顔をしながらも士道と同じ道を辿った。
◇◇◇
士道は〈デストロイヤー〉を鞘から抜き、水平方向に薙ぎ払う。
それに難なく反応したエレンは、一呼吸の内に複数の斬撃を放ち、それを相殺させた。
それどころか、お返しといわんばかりに攻撃の速度を上げていく。
ここはDEM本社内にある戦闘シミュレーションルーム、その中央で二人は戦っていた。
この戦いは、暇だった士道がエレンを誘って始まったものだが実力が近しい者同士、お互いに気付くことも多かった。
士道はエレンの戦い方を指摘し、エレンは士道に
この戦いは両者にとても有意義なものになっていた。
「そこだっ!」
「それはもう覚えました」
士道の下段攻撃をエレンは飛び上がって避け、飛んだのを利用して跳び蹴りを放った。
変則的な低い攻撃も当初は効いていたが、使うにつれてエレンはそれに慣れて今や通じなくなってしまった。
それどころか反撃に利用される始末である。
士道は自分の未熟を恥じながら蹴りを流した。
そこからエレンは更に剣戟の速度を上げていく。
「!」
激しい攻撃に士道は徐々に後手に回っていき、次第に防戦一方となっていく。
「はあっ!」
そして勝負を決めに来たエレンから会心の一撃が加えられる。
そんな一撃をまともに防御した士道は衝撃で後方に吹き飛ばされ、二人の間合いに距離が空く。
だがここで士道は驚きの行動に出た。
踏ん張って壁に激突するのを防いだ士道は〈デストロイヤー〉を逆手に持ち、槍のようにして投げたのだ。
「っ……!」
反撃の暇を与えまいと距離を詰めようとしたエレンも、獲物を投げるというまさかの行動に一瞬面食らうもののすぐ冷静になり、投げられた〈デストロイヤー〉を弾いた。
だがその一瞬の動揺がエレンにとって決定的な隙となってしまった。
「なっ……!」
エレンは更に大きな驚愕に見舞われた。
その一瞬の内に士道がエレンに接近して腕を掴んでいたのだ。
そして士道は足を掛け、エレンに背負い投げを仕掛ける。
エレンは受け身を取れずに床に背中を叩き付けられた。
「これで俺の2勝5敗だな」
「……そうですね」
士道とエレン、二人の戦闘力を比べたらエレンに軍配があがるが掴まれた以上、力の強い士道が
それが分からないエレンでもなく、渋々といった感じで負けを認めた。
士道がエレンと知り合って約半年が経ち、模擬戦を行った回数もそこそこのものになってきたが、流石は世界最強の
負け越しているのは士道の方だった。
去年の冬頃に初めてエレンと戦った時はやはり運が良かったのだろう。
もし一歩間違えていたらDEMの社員になっていたことを考えると、背筋がゾッとする士道であった。
「あ、あの……シドウ」
「?……なんだ」
「その、そろそろ、離れてくれませんか……」
「ッ……!?」
頬を赤く染めたエレンはもじもじしながらそう言った。
どうやら、少しの間考えに浸っていた内に、士道はエレンに近づきすぎたらしい。
「す、すすすまん!!」
慌てる士道は音速の速さでエレンから離れる。
曲がりなりにもエレンはかなりレベルの高い美少女だ。
女性に対してそれほど免疫がない士道では動揺してしまうのも無理もない。
「少し考え事しちまってて!わざとじゃないんだ!」
「わ、悪気がないのならいいですが……………ソコマデハナレナクテモ」
「え、今何て?」
「ッ!何も言ってません!」
エレンはハッとしたように、羞恥心に溢れた顔を正していつもの強気な姿勢に戻る。
だがそんなエレンの様子が普段よりきつく感じた士道はこう問うた。
「な、なあエレン、もしかしなくてもまだ怒ってんのか?」
「いえ怒ってません」
「いやでm」
「怒ってません」
「…………はい」
エレンに睨まれた士道は社長に睨まれた社員のように何も言えなくなった。
そんな二人のやり取りは傍から見ていると女性の尻に敷かれる男性に見えたとかなんとか。
◇◇◇
時刻は朝八時、士道は社員食堂で朝食をとっていた。
といっても、その内装は社員食堂と呼ぶのがおこがましいほど豪華だった。
具体的にいうと一流ホテルに併設されてるレストランのような豪華さだった。
このようにDEM本社はまさしく超巨大企業、もしくはそれ以上の様相を呈している。
先程のシミュレーションルーム、後学のために見学した開発室等など。
しかも社内で聞いた風の噂ではあるが、戦艦を作っているなんて話もあるらしい。
大企業とはいえ、世間の認識は企業止まりのDEMが何故そんな兵器を作っているのかは、士道も気にはなった。
が、自分のようなただの
そう思い、士道は思考を打ち切った。
「それにしても、DEMって業務に関係ないところにも金を掛けるよな。そこんところ、どうなんだ?エレン」
「社内のやる気上げと、DEMの威厳を保つためです」
「へえ……」
隣のエレンに聞いてみて、そんなアホらしい理由なのかと、士道は心の中で呆れた。
前者に関していえばそれなりに理解はできる。
やる気、所謂モチベーションというのは何かに打ち込む上で大切なものだろう。
だが後者の方は、士道には理解ができなかった。
威厳など、いざという時には何の役にも立たないだろうに。
「そういえば、結局シドウはいつ帰る事になったのですか?」
「あー、今のところは未定だな。ってそんなことを聞くってことはお前電話の相手が大佐だって分かってたのか?」
「シドウが連絡する相手なんて、片手で数えられるぐらいしかいないでしょう?それぐらい、私にも分かっているんですからね」
そう言って、エレンはフフンと得意げな顔をする。
途中、何気にちょっと辛辣な言葉を言われ、少し気分が落ち込む。
「それで、未定というのは?」
「あー、詳しいことは言えないけど、今は帰ってくんなってさ」
「そうですか……」
エレンは、少なくとも士道が今日帰ることはないことを知り、息を吐いて胸を撫で下ろした。
「ったく、あの人にはいつも振り回されっぱなしだよ。こっちは早く帰りたいのに」
「え……っ」
士道の言葉を聞いたエレンの顔に、一転変わって影が差す。
士道は続けてその理由を説明した。
エレンなら説明を要求してくるだろうと思ってのことだ。
「アルテミシアの訓練を途中で放置してるからな。早いところ妥協点までには到達させたいんだけど、やっぱり時間が足りん」
今、ロンドンには現在進行形で精霊の魔の手が伸びてきている。
こんな時こそ訓練をして力を付けて欲しいのだが、前述の理由で士道は面倒を見てあげられない。
アルテミシアなら、士道がいなくとも自主鍛錬に励んでいることは想像に難くないが、それでも幾分か効率は下がるだろう。
イリシャに自分の代役でも頼んでおけば良かったかと、士道は今更ながら愚考する。
「……シドウ、今日は暇ですか?」
「ん、やることはないと言えばないけど……どうかしたのか?」
エレンはいつもと違う声のトーンで話しかけてきたことに士道は怪訝な顔をする。
しかし次の瞬間、士道の顔は能面のような顔で固まることになった。
「ではシドウ、急ですが今日私とデートにいきませんか?……」
「ああうん………………………………………………………え?」
ふむ、今この場ではどうあがいても聞けないような単語が聞こえた気がするのだが、気のせいだろうか。
今の二人の力関係は、エレン≧士道というイメージにしてます。
強さではエレンが上だけどあまり差はないって感じです。