「……どうしましょう、シドウ」
「俺に聞かれても困るよ」
エレンと士道は現在進行形で迷っていた。
即ち、行く場所が思いつかない。
前準備の段階で、デートの内容はある程度決めていたが、それが早くも底を尽きてしまったのだ。
「あまり深く考えず適当にプランを決めたことが仇になりましたね」
「ああ、十分で考えてこれでいいやは流石に投げやり過ぎたかもな」
春の始まり、まだ冬の寒さが完全に抜けきっていないロンドンの街中を、二人は他愛のない話をしながら歩く。
士道はそんな自分とエレンを我ながら奇妙だなと、ふと思った。
元々、エレンは士道をSSSからDEM社に引き抜こうとし、そして士道はそんなエレンを倒して要求を断ったという、どちらかと言えば敵同士となりそうな関係であった。
そんな二人がデートとは、つくづく人生何が起こるかはわからないものであると、士道はしみじみと思う。
「それにしても、でかい建物だな」
士道は自分達の歩いてる通りに面してる建物がとても大きいことに気が付いた。
それはいつぞやに行ったバッキンガム宮殿に比類しそうなほどだ。
「そりゃそうです。何せこれ、大英博物館ですよ?」
「え?マジ?大英博物館ってあの大英博物館?」
エレンの言葉に士道は驚く。
大英博物館といえば、世界トップクラスの知名度を誇る博物館ではないか。
「どの大英博物館を言ってるか解りませんが、イギリスにある大英博物館ならここのことです」
イカン。
大英博物館がゲシュタルト崩壊しそうだ。
「というか、そんなことを聞くということは、まさかシドウは来た事がないのですか?イギリスを代表する観光名所ですよ?」
「ああ、そういえば来た事なかったな」
「では今から行きましょう!入場料も無料ですから」
「じゃあそうしようか」
行き先に迷っていた二人にとってこれはまさに渡りに船であった。
◇◇◇
「シドウ、これがモアイ像です」
「へえ、これがあの有名な……」
博物館のエントランスからほど近く。
大英博物館の数ある展示品の中でも目玉の一つであるモアイ像の展示場所に士道とエレンは来ていた。
士道は今までテレビと本の中の存在であったモアイ像を興味深そうに眺める。
「というか本当にシドウはロンドンに住んでる癖に、今まで大英博物館に来たことが無かったのですか?」
「あー……仕事が忙しくてな。来る機会もなかったし」
「そうですか。では、今日は私がここのガイドを務めてあげましょう」
そう言ってエレンはフフンと得意げに胸を張った。
「さあ、次はどこに行きますか?大英博物館の中ならどこにでも案内してあげます」
「んーそうだな……このエジプトのミイラでも見に行くか」
士道は手に持ったガイドブックの一部分を指さす。
その部分はエジプト関係の展示物の一覧となっていた。
「ふむ、この場所はあちらですね。さあ行きましょう、シドウ!」
エレンはその方向を指さし、此方を見ながら意気揚々と歩きだす。
超有名な博物館、かつ休日ということもあり、館内は人であふれかえっており、気を抜けば直ぐにはぐれてしまそうだった。
「なあエレン、その……手繋がないか」
「!」
士道は照れを一生懸命隠しながら、エレンに手を差し伸べる。
「……は、い」
エレンははぐれない為にという理由を直ぐに察したのか、特に抵抗なく士道の手を握った。
しかし歯切れが悪く、顔はそっぽを向いて隠していた。
エレンにも手を握ることについて、多少の羞恥に似た感情はあるようだった。
「じゃあ行くか、道はこっちでいいんだよな?」
「はい」
士道は方向を確認すると、エレンと並んで歩き始めた。
「……エレンは大英博物館に詳しいけど、よくここには来るのか?」
妙な雰囲気を払拭するためにも、士道はさっきから気になっていることを聞いた。
「そうですね。アイクが会社の取引先にここで接待されることがよくあるので、必然的に私もここによく来るようになりました」
少し考えてからエレンはそういった。
流石は天下のDEM社、ポジションは常に接待される側のようだ。
「まあよく来るとは言っても仕事上の話なので、こうやって展示物を鑑賞するのは初めてかもしれません」
エレンはゆっくり歩きながらところどころに展示されている展示物を流し見する。
「じゃあ自分で来たことは無いってことか?」
「……残念ながら、私も普段はかなり忙しい身なので」
疲れた表情で肩をすくめるエレン、その姿からはエレンの仕事がどれだけ大変かが垣間見えるような気がした。
そういえば実際にDEMで働いているエレンを見たことがないことに士道は気づく。
普段のエレンはクールかと思いきや割とポンコツという面白い?キャラをしているが、そんなキャラとは裏腹にとても多忙なのかもしれない。
「じゃあ、今日はそういうの忘れて楽しもうぜ」
なら今は英気を養ってほしいな、と思って士道は何気なく口にした。
自然とこういう言葉が出てしまう辺り、いつの間にか士道とってエレンの存在は相当大きなものになっているようだった。
「…ええ、そうですね」
エレンは穏やかに笑う。
二人の間にあったギクシャク感はいつの間にか消えていた。
◇◇◇
博物館の外にでると、空はもう真っ赤に染まっていた。
どうやら展示品の鑑賞に熱中しすぎて時間を忘れてしまったようだ。
事実、もう時計の針は午後6時に差し掛かっていた。
「楽しかったですね」
「ああ、そうだな……」
この手のものはずっと敬遠していたが思いのほか楽しかったことに、士道は顔を綻ばせる。
「シドウはどの展示が良かったですか?」
「俺はミイラかな。いやでもパルテノン神殿の彫刻も捨てがたいな……」
「あ、わかります。あの削れてる部分から経った年月が感じ取れて――」
二人は歩きながら、今日の楽しかったことを語っていく。
士道の軽口にエレンはクスッと笑い、士道もそれにつられる。
もう時間は夕暮れでしかも連日の事件報道があったためだろうか、周囲に人通りはほとんど無く、その二人を見ている人はいなかった。
が、その様子はまるで恋人のようだったかもしれない。
まあ士道の身長がもう少し高かったらの話なんですけどねw
「今日は本当に楽しかったよ。縁のない場所にも、偶には行ってみるもんだな」
「はい、本当に……まるで昔の――」
「……昔の、なんだ?」
「い、いえなんでもありません!」
エレンは突然顔を赤くして手をブンブン降った。
明らかに誤魔化そうとしているエレンの行動から何か不都合なことが生じているのは明らかだったのだが、親しき中にも礼儀あり。
別段、気になることでもなかったので士道は特に追及しなかった。
「そ、そろそろ帰りましょうか。私は明日も仕事がありますし、そろそろ暗くなってくる時間ですから」
「そうだな。最近は物騒な事件も多いし、さっと帰るか」
現在のロンドンは件の不審死により、夜間の外出は控えるようお達しが出ている。
このまま出歩いてて何かのトラブルに巻き込まれないとも限らない以上、そろそろ帰宅するのが賢明だろう。
最もその原因は精霊らしいのだが。
それにしても、様子を見る限りエレンは今回の件が精霊に関することだとは知らないようだ。
エレンはあのウェストコットの右腕と言ってもいい人物だ。
そんなエレンが事態を把握していないということは、ウェストコットも知らないということだろうか。
「あ、シドウ。せっかくだし夕ご飯でも食べていきませんか?」
「えっ?」
ひらめいたといった様子のエレンが指差す先にはレストランが建っていた。
「いやお前ついさっき帰ろうって言ってただろ?」
「気が変わりました。というかわざわざ帰って食べるよりも、今食べた方がいいでしょう?」
確かにエレンの言う通り、ここで食べた方が手軽であることは間違いない。
だが今は大事件の真っ最中で、夜は出歩かない方が余計なリスクを回避できる。
「……まあいっか。ここで食った方が楽だし」
士道は少し考えて前者を選択した。
「じゃあ早速行きましょう」
少し遅くなるぐらい大丈夫だろう。
そう思って士道はレストランに足を運んだ。
例の事件の影響だろうか、店内は食事時にも関わらず人が少ない。
「エレンは何食べる?」
「そうですね……昼はケーキを食べたので、夜はお肉でも食べましょうか」
流石のエレンも夕食までショートケーキ尽くし、なんてことはないようだ。
もしかしたら、と思っていた士道も少し安堵する。
「お肉を食べるなら、ワインも欲しいですね」
「へーエレンってお酒飲むんだ…ってちょ!?」
安堵したのもつかの間、エレンの言葉に士道はギョッとする。
エレンが店員を呼び止めるのを、そうはさせんと士道は阻止する。
「今は酒飲んでゆっくりしてる時期じゃないだろ!早いところ飯食って帰ろうぜ?」
「そ、そこまで必死に止めなくても……ちょっとだけですから、ね?」
「いやっ、でも……えぇ」
エレンが酒を飲むなど微塵も考えてなかった士道は頭を抱えた。
士道としては一品食べたら早々に帰宅するの予定していたのだが、エレンにその気はあまりなかったようだ。
さてどうしたものだろうか。
仕方ないと許すか、心を鬼にしてキッパリ駄目というか、少し逡巡した結果。
「……い、一杯だけな!」
一本だけ指を立てた士道は苦渋といった感じで妥協案を出した。
「流石シドウ!そういってくれると思ってましたよ」
そういってエレンは意気揚々と注文をし始めた。
結局酒を禁止にしない辺り、士道も甘々である。
「シドウは何にします?」
「ええと、俺はこのハンバーグとコーラで」
注文を受けた店員は、足早にその場を去っていった。
少し待つと、料理の前にまずは飲み物が運ばれてきた。
そうして運ばれてきたのは、グラスに入ったコーラと
「……ボトルだな」
「ボトルですね」
この男、愚かにもワインはボトルに入れてあるものだということを失念していたのだ。
エレンが飲む量を一杯までと言ったものの、それは明らかに三杯以上に達しそうだった。
エレンはどうする?と言うように、ボトルと士道に目線を交互に向ける。
「じゃあ一本まで、ってことで」
士道は仕方ないと溜息をつく。
一杯だけ飲んで残すのも勿体ないし、店側にも失礼な気がした。
それにエレンも一本飲んだぐらいでベロベロに酔うなんてこともないだろう。
そうこうしているうちに料理も運ばれてくる。
「では、食べましょうか」
「そうだな」
エレンはフォークとナイフを手に取ってステーキを切る。
士道もそれに続いてハンバーグを食べ始めた。
そうしてこのデートを締めくくる晩餐が慎ましく始まった。
◇◇◇
「おい。しっかりしろ、エレン」
「うー……なんかふらふらしましゅ」
「ああもう、やっぱこいつに酒を飲ますんじゃなかった……」
今、士道はエレンに肩を貸しながら、誰もいない夜道をゆっくりと歩いていた。
何故そんなことになったのか。
まあ前述の士道の言葉で大体のことは察しがつくだろう。
この女、案の定酔っぱらったのである。
レストランで夕食を食べ始め、しばらくは談笑とともに時間が過ぎていった。
だがそんな穏やかな夕食の時間も束の間、段々とエレンの顔は赤くなり、呂律も回らなくなっていく。
そして夕食を全て食べきった時には立派な酔っぱらいの完成である。
士道はそんなエレンを肩で担ぎ、レストレンを出て歩いて今に至るというわけだ。
「ええと、ここからDEMまでは……」
「あっちれふよー!」
「いやそっちは歩いてきた方だっての!」
ついさっき食事をしたレストランの方向を自信満々に指差すエレンに士道はツッコむ。
今後エレンの言う事はあまり信用しないようにしようと、心に刻みつつ士道は携帯でDEM本社までの道を調べる。
「ていうかもう帰るんですかー?もうちょっと遊びましょーよー」
「いやさっきまではお前も帰るっていってただろ、あと抱き着かないでくれ!歩きにくい!」
士道の肩に腕を乗っけていたエレンは、いつの間にか士道の腕を絡みとっていた。
「シドーの手、あたたかいでしゅ」
「……ったく、もう好きにしてくれ」
士道はこれまた仕方ないな、と言うように肩をすくめる。
しかし、それは嫌々というわけではなく、その顔には微笑みが浮かんでいた。
かといってこのままではやはり歩きにくいので、士道はエレンを背負って歩くことにした。
「よっ…と」
士道は軽々とエレンを背負った。
身長はエレンの方が上だが、
これならDEM本社まで大して時間もかからないだろう。
そう思い、足を一歩前に踏み出すと、
「―――あらぁ?」
前方から女性の甲高い声。
士道はその呟かれたような短い声を頭で認識する、と同時に背中に冷水を浴びせられたような感覚を味わった。
「は……!」
それは所謂、殺意、殺気などと言われるものだった。
士道も今までそれを向けられた経験が何度かあったため、そのことには直ぐに気づいた。
だがその殺意は士道が今まで受けてきたものとは別種といってもいいほどに異質だった。
「珍しいですわねえ、こんな時間に人がいるだなんて」
年は十代後半ほど、黒髪の美少女に血のような赤と漆黒のドレスを纏ったそれは微笑みを浮かべて、ゆっくり歩いてくる。
それと同時に身にまとう殺気も強くなる。
それを受けた士道は、思わず怯んで後ずさりそうになる。
だがそれは一瞬、すぐに頭は戦闘状態となり急速に回転を速めていく。
「もし、そこのお方」
歩みを止めると再びそれは話し始めた。
今度は間違いなく此方に向けて投げかけられた言葉だ。
「今は、あまり外をうろつかない方がよろしいですわよ」
美しい音色のような声で、一見諭しているような言葉。
しかしそれには身の毛のよだつ恐ろしさが秘めらているように感じられた。
「でないと、」
士道は背負っているエレンを確認して足に力を籠め、少女はぶら下げていた細い腕を上げる。
その少女の手にどこからともなく現れた古式の洋式銃が握られたのが、合図となった。
「私のような化け物に出会ってしまいますわよォ!」
「ッ……!」
ゾッとするような凄絶な笑みをして少女は銃を構える。
―――精霊、識別名〈ナイトメア〉。
またの名を、最悪の精霊との戦いが、今一発の銃声とともに始まった。
みんな大好き、きょーぞーちゃん登場。