「ゆうちゃんゆうちゃん、なんか私達リベンジみたいな展開になるのだろうか」
「なんでそんなに余裕なんだ……」
何故か冷静に話す箒。
今の状況を軽く説明しよう。乗っていた電車がハイジャックされたでござるの巻き。ぃみわかんなぃょ。。つうか、別に今すぐにでもISを起動して逃げれば良いのだけれども、俺は三か国共有の代表候補生だから、こう言う市街でのIS展開は色々と問題ありすぎて不味いんだよな。
「いや、この場合はリベンジよりミッションインポッシブルだろうか……」
「箒……箒だけでもISを展開して逃げれないのか?」
「む? 無理だ。私のISは今定期点検中でな、所持してないんだ。まぁあのくらいの奴等なら私一人でも……」
「いやいや、危ないって、大人しく……」
「しかし…ッ!?」
何かを喋ろうとした箒が突然、地面に倒れ込む。一瞬の出来事に唖然と倒れる箒を眺めていると、後ろからゆっくりと髪の短い'ある女性'が姿を表す。
「―――千冬さん?」
思わず呟いた。いや、だが違う。千冬さんに比べれば何処か幼い。かなり似ているが、少し違うのだ。
「安心しろ、気絶させただけだ」
「え……あ、あぁ!? ちょ、箒!? 大丈夫か!?」
「だから、大丈夫だと言っている。少し黙れ」
「つうか誰だテメェッ!? 箒に何しやが……ッ!?」
「少し、黙れ」
ゆっくりとハンドガンが此方に向けられる。その黒光りする銃口はしっかりと俺の頭を捕え、今か今かと引き金に指がかけられている。
「こい、全国放送する」
「は、はい?」
「―――餌になってもらうさ」
だが、俺は動かない。
そんな俺を彼女は微笑を浮かべながら、まるでおだてるように手を叩くと、しゃがみ込み、俺との視線を合わせた。
「……」
「中々に肝が座っているな。流石は男性IS操縦者だ、だがな、あんまり待たせるなよ?」
「……あの、手錠を外してくれないと……」
「……なんで手錠されてるんだお前」
◆ ◆ ◆
「一夏、ほら、Eカップの持ち主だ。料理も出来て掃除も出来るし、今時に珍しい亭主関白が当たり前だと思っている純情な娘だ。親の情報ではまだ処女だぞ」
「ふぅん」
「ふぅん……ではないッ!? 処女だぞッ!?」
「いや、千冬姉。別にどうでも良いんだけど」
「おい!! どうでも良いってなんだッ!? 結城なら処女ってだけで恋愛対象にするくらい重大なステータスだぞ!?」
「俺も処女だぞ」
「当たり前だ馬鹿野郎ッ!? むしろ処女じゃなかったらぶっ殺してるわッ!?」
目の前に婚約写真を叩き付ける千冬姉を横目に俺は料理本を読み耽る。なるほどな、肉じゃがで掴む恋心か。結城も俺の肉じゃが好きだって言ってたしな。
「肉じゃがか……」
「と言うか頭のそのピンなんだッ!? なんでポニーテールにしてるんだッ!? 髪長いだろ!! 私と並んだら瓜二つじゃないかッ!?」
「そりゃ血が繋がってるからな。髪は伸ばすことにしたんだ、結城は髪が長い方が好きだって言うからさ」
「髪以前にお前には重大な問題があるんだよイケメン馬鹿ッ!!」
「ほら、千冬姉。ちょっと騒ぎすぎだって。それに婚約なんかしないよ。とりあえずテレビでも見て落ち着けって」
そう言いながらテレビのリモコンをとり、適当に電源を入れると再び料理本を見る。辛い彼も辛い物で心をゲット肉じゃがか。凄い色だな。
『よって、今から三十分後。我ら亡国機業はこの男性IS操縦者、ユウキは事実上、人質にする』
「「は?」 」
黒髪の仮面を被った女性らしき人物と、金髪の仮面を被った女性が何処か列車のような場所で、あの'結城'に銃口を突きつけ、カメラを真っ直ぐ見ながら宣言していた。
まぎれもなく、そこに写っているのは結城だ。
『ちょ、ちょ、やめ……山葵を鼻につけんな金髪ッ!? ドリフのコントかッ!?』
『M、やかんよ』
『任せろ』
『やめ、ちょ、ちょ、加トちゃんかッ!? 無理矢理に飲ませんなゴフッ!?』
『よし、とりあえずこの手錠を着けてだな。ちなみにこの手錠はISを想定して作られているから鍵が無いと絶対に開かないんだ。鍵を無くさないようにちゃんと……エッキシッ!! ……あ』
『加トちゃんかッ!? なにッ!? いま窓からなんか飛んでいったけどッ!? 嘘でしょッ!?』
『……安心しろ、片方の手錠を閉めない限りロックはかからん』
『そ、そうなのか?』
『なに、Mの言葉を疑うのかしら? ほら、こうやって片方の手錠をMに着けない限り、ロックはかからないわ』
『『着けんなァァァァッ!?』』
『あ……』
そして唐突に切れるテレビ。
今のテレビで把握したことは唯一つ。俺はゆっくりと立ち上がると唖然と此方を見る千冬姉に料理本を手渡す。そして腕時計を外し、テーブルに置くとポニーテールの紐を外す。すっかり長くなった髪が風に靡くのを感じながら、千冬姉に苦笑すると、背を向けて歩き出す。
「い、一夏、何処に行く気だ? 」
「……―――――愛を救いに、ね」
◆ ◆ ◆
「会長。それで、どうする気ですか」
「どうする? それは果てしなく愚問に近い問答よ。血ヘドを吐きながら、自分を捨てながら更識の武術をマスターしてきた私の、その辛さを飲み込んだ私の強さは全てが弟を救いだす為に磨き上げてきた」
「結城さんに出逢ったの一週間前ですけどね」
「時間など無意味。だってそうでしょう? 私と結城は前世から姉弟だったの」
「うわぁ……」
虚は感動したのか両手で顔を覆ってうめき声をあげる。そんな虚を尻目に私は着々と準備を始めていく。結城は国の体裁の為に、無意味でISを起動できない。それが命の危機であろうと、国が許可しなければ民間の前では無理なのだ。ましてやテレビ放送されているあの場では。
それは、私にも共通する。なんとしても私はISを使わずに結城を救いだす必要があるのだ。
「OK。良く聞け虚。お前はこのレンタカーを電車の前に起き、電車のスピードを落とせ。なぁに、簡単よ。車を電車の前において、電車が来たら避けるだけ。簡単でしょ?」
「なんでダイハードみたいなノリなんですか?」
「その間に私は電車に乗り込み、ハイジャックした糞共を楯無パンチでのす」
「楯無パンチ!?」
「アンパンマン的なあれよ。兎に角、私が電車に乗り込めさえすれば、あとはどうとにでもなるわ。それよりも、乗り込むタイミングを見分けないと。早く線路に車を出して避けられたら面倒だわ。確か……あった。ワンセグだけど中継を見ましょう」
そう言いながらワンセグテレビの電源を入れ、アンテナを伸ばす。ちょうど良く映る場所を探す為にテレビを持って下やら右やらに動かす。
やっとまともに映った画面には我が愛しの弟が仮面を着けた二人と針金で手錠を外そうと奮闘している姿だった。
『おいM!! ここだ!! ここでハサミを突っ込め!!』
『任せろ!! ………あ、折れた』
『ドリフかッ!?』
『大丈夫だ、まだ慌てる時間じゃない。そもそもこんな古風なやり方で開くような手錠では無いぞ』
『お前がハサミで開けるって言ったんじゃんッ!?』
『よし落ち着け、大丈夫だ。選択肢はまだある。私の腕かお前の腕だ』
『究極の選択肢しかねぇじゃんッ!?』
もはや全国放送されているのを忘れているのだろうと断言しても良いくらい仲良さげな映像が映された。
「……なんか、助けなくても平気な気がしますね」
「今すぐ助けるわ……」
「あれ? 泣いてます? 今の映像で泣く要素ありました?」
「―――――車をだしなさい。行くわよ。我が弟の為に」
「もはや義理を着けないんですね」
◆ ◆ ◆
多分、千冬さんとかが頑張って助けに来てくれる筈なんだ。俺の役目は、箒が怪我をしないようにこのハイジャック達の気を引くことにある。
「おいY、少し休憩しよう」
「なにお前らの仲間みたいに呼んでんだよ。諦めたの? この手錠を外すの諦めたの? このまま俺を仲間にするレベルで諦めたの?」
俺の疑問にMとやらは溜め息を吐いて、椅子に座り込むとすぐ近くで壁に寄っ掛かっている金髪の仮面、スコールとやらに口を開く。
「鍵がなきゃ開かん、スコール。合鍵は?」
「ようこそ結城、私達は歓迎するわ」
「なるほどな、よろしく結城」
「諦めんなよッ!? 馬鹿なのッ!? 朝から手錠着けてるから右手が痛くなってきたぞ!! 大体スコールとか言うアンタ、なんでバナナ食ってんだよ!?」
「おやつよ」
「おいスコール、バナナはおやつじゃないって言っただろ」
「なんでハイジャックがピクニック気分なんだよ、ドリフのコントかッ!?」
「そのネタ、多分今時の子には通用しないわよ」
そう言いながら、スコールはバナナの皮をMの近くに投げ捨てる。
「…………」
そしてMは何を思ったのかゆっくりと立ち上がり、そのバナナの皮の元に歩き出す。当然手錠をつけられている俺もだ。
「ッ!?」
「痛ッ!?」
そして予想通りにバナナの皮で滑り転んだ、当然に俺も滑り転び、Mに覆い被さるように倒れ込んだ。
「何がしたいんだよッ!?」
「い、いや、バナナの皮を見ると無性にやりたくなるんだ」
「ドリフ好き過ぎだろッ!? ハイジャックしてる自覚あんかッ!?」
「いや、あるにはあるんだが、とりあえず"アイツ"が来るまで暇なんだ」
「よし、よし!! 落ち着け!! なら俺と話をしよう!! まずは其処の席に座れ!!」
半場、誘導するようにMを席に座らせると俺はその隣に座り込む。
しかし、良く見れば良く見るほど千冬さんに似ているが、どちらかと言うと一夏にも似ている気がしないでもない。一夏を女性にしたらこんな風なんだろうか。
「……で、何を話すんだ? 加トちゃんの嫁の話か」
「ちゃんと加トちゃんも楽しんでるだろ!! と言うかドリフから離れろッ!?」
「離れろ、と言われてもな。私は他にお前みたいな平凡な奴が話す話題を知らないんだ。うちの組織にはドリフしかない」
「チョイスがテロリストじゃないんだよな……じゃ、じゃあ家族の話だ」
「私に家族は居ない」
「……あ、あぁ、うん。ごめん。俺も家族は居ないけど……よし、次だ、加トちゃんの嫁の話で行こう」
「あれは死すべき女だ」
「話終わっちゃったよ!!」
なんで俺はハイジャック犯とこんな話してんだ。もう少し良い話があるだろう。
「じゃあ、なんでハイジャックを? 待っているとか言ってたが、誰をだ?」
「ハイジャックは気まぐれだ」
「気まぐれかよッ!?」
「待っているのは織斑一夏、私はアイツを殺さなければならない」
「」
よ、予想外にヘビーな反応だ。確かに一夏はホモで鈍感でめんどくさくて、今すぐにでも海外に飛んでほしいと願っているが、一応……ちょっとは友達だと思いたい奴だ。ホモじゃなかったら親友に戻れるのだが。
そんな一夏を殺すとは、穏やかじゃない。
「な、なぁ。アンタの名前は」
「教えると思うのか?」
「スコールさんは普通に名乗ったけど」
「ッ!?」
「あ………」
驚愕するMがスコールを見るとスコールはやっちゃったと言いたげな表情をしながら頭を拳で叩いた。ウザイ。
「……例えそうでも教えん」
「じゃあ、まぁ勘でMだからマドカとか」
「ッ!?」
「あ、当たった? 俺は武川結城……なぁ、なんで一夏を殺すんだ?」
「言わん」
「じゃあ、勘で…」
「勘でも言うな!!」
そんなこと言われたら何も言えないじゃないか。
「良く分からんが、一夏や千冬さんにそっくりなのがなんか関係してるんだろうな。詳しくは知らんが、多分お前は一夏を殺したら後悔するんじゃないか?」
「後悔? する訳無いだろう」
「悲しむ人は?」
「いないさ」
「……じゃあ俺が悲しもう」
「……はぁ?」
物凄く変な顔をされた。まぁそうだろう、俺も何言ってるか良く分からなくなってきた。
兎も角だ、俺が言いたいのはそう言うことじゃない。もっと纏めて、綺麗に喋らなくては。
「殺しはやめとけ、あれは後悔しかないぞ」
「だが、辞められるモノじゃない」
「……勿体無いな、お前は可愛いんだからもっと色んな人生を送れんだろ」
「送り方を知らん」
そう言うとマドカはゆっくりと目を閉じる。やはり寝顔と言うか、目を閉じたその顔も千冬さんや一夏にそっくりだ。そして、"アイツ"に。
「―――――俺には妹が居たんだよ」
「………それが?」
「この世界にはもう居ないけどな。俺は妹と二人きりの家族だった。親に捨てられたんだ。まぁ俺と妹は十歳くらい離れてて、俺はなんとか一人で働ける年齢だったのは幸運だったよ。そんでな、その生活に慣れた四年目の、ある日に、妹は重い心臓病になって。ドナーが必要だった。一ヶ月以内に」
あまり関係ない話をしているが、マドカは目を閉じて唯話を聞いてくれている。
「死んだのか?」
「……お前にそっくりなんだよな、一夏や千冬さんを見たときにも思った。マジで似すぎてちょっと泣いたくらい。まぁ妹のドナーは見つかったぜ。妹はドナーなんか入らないって泣いたけど、近くに自殺した馬鹿が居てよ。遺書で妹の名指しでドナーになりますって……だから、妹が死んだのか死んでないのか、分からないんだよ」
「はぁ? お前がドナーになってたら生きてないだろ」
「……そうだな、今のは作り話だ。まぁ、んな訳で、殺すとか死にたいとか言う奴は許せないんだよ。生きるって大変な事なんだぜ? お前って人生が詰まらないって顔してる、五年前の"一夏"みたいに」
俺の言葉に、マドカは僅かに瞳を揺らした。
よし、あと少しだ。俺は口を開こうとしたその瞬間。
「――――ス、スコールッ!?」
仮面を着け、手に機関銃を持った男が突然に突入してきた。
「何事よ? 今ちょっと目から汗が出てるの」
「涙もろッ!? 話をした俺でもびっくりするわッ!?」
「へ、変な女が…ッ!?」
男が何かを言おうとしたその時、何故か男は地面に倒れ込む。いや、倒れたのではない、"倒された"んだ。
彼女によって。
水色の透き通るような綺麗な髪。まさに理想の女性と言えるような体つき。そして何故か頼れると信じてしまうような綺麗な瞳に籠る覇気。
「コフゥゥゥ………安心しなさい、背骨をずらしただけよ」
「……誰よ貴女?」
「――――――ただのお姉ちゃんよ」
あぁ、折角シリアスだったのになぁ。
「野郎ッ!? よくもジェームズをッ!!」
「ヒョウッ!!」
お姉ちゃんこと楯無さんは後ろから襲いかかる男を視界に捕えず、海老ぞると溝辺りを人差し指で素早く一回突いた。
「ぐふぁッ!?」
それだけなのに、ハイジャック犯の男は口から血を吐いて地面に倒れ込む。
「な、なんだッ!? 何をされたんだッ!?」
「ふぁァッ!!」
慌てるもう一人を楯無さんは鶴のように飛び上がり、と言うか天井に足をついて小指を首横に突き刺した。
「ぐ、グアアアアアッ!?」
それだけなのに男は何故か叫びながら地面に倒れ込み、気絶する。
「会長、正直貴女一人でなんとかなりましたよね」
訳が分からないよ(Q)
「更識の武術は極めれば極めるほど一つ限定される。それは……――――――指一本あれば十分と言うことよ」
「お、お姉ちゃん!!」
「生お姉ちゃんキタッ!ゲフンゲフン………結城、安心しなさい。私が助けに来たわよ」
「今更取り繕うんですか?」
「シーシーッ!? 私は今のところ結城に頼りになる美人なお姉ちゃんって見られてるのよ!」
何かを小声で喋る楯無さん。兎も角助かった。楯無さんほどの人が来れば、この場はなんとか解決してくれるだろう。
「どうやって……? 電車は一回も止まってないぞ」
「ふっ……ISを上手く部分展開すればレーダーには引っ掛からないのよ。楯無を甘く見ないことね」
「……と言うかだ、今回に限っては全く更識に関係したことやってないんだが」
「更識結城を拐ったわ」
「俺は更識じゃないですけどッ!?」
「今はね。大丈夫よ結城、そろそろ通知が行くわ」
「なんの通知ッ!?」
俺の言葉を無視して楯無さんはゆっくりと何かの構えを取り、スコールとマドカを睨み付ける。あかん、無双が始まるぞ。
「面白そうね、私がお相手するわよ」
「ババアは引っ込んでなさい、怪我するわよ?」
「あら、面白い冗談ね……―――――――ふッ!!」
だが、俺の予想とは違い、スコールがまるで中国拳法太極拳の瞬間で放った、縦拳は綺麗に楯無さんの腹に突き刺さった。誰がどう見てもグリーンヒットだ。が。
「あらやるわね」
「……受け流したわね」
楯無さんは平然と立っていた。違う、楯無さん、それなんか世界が違う闘いだよ。
「でも甘い……ッ!!」
スコールが次に取った行動は足をかけると言う単純な動作だ、だが楯無さんは当然のように足を捻るだけでそれを避ける。だが。
「なッ!?」
「一緒に外に行くわよッ!!」
スコールは楯無さんの身体を抱え込むと異様な雰囲気を放つISを展開して、走る列車の外に飛び出す。
当然、楯無さんも流石の反応で自らのISを展開すると、大槍を振り上げ、スコールを振り払う。
「くっ……もうISは使いたくなかったのに……ッ! ―――――――虚、結城を頼んだわ!!」
そのまま楯無さんは空に飛び去り、スコールはそれを真っ直ぐ追い掛けた。
虚と呼ばれたもう1人の女性は
「任せたと言われましても……仕方ありません」
「ふん……お前の相手は私だな」
「させんッ!!」
「ッ!?」
ゆっくりと立ち上がるマドカを俺は手錠で引き寄せ、空いた左手を掴み取り、地面に押さえ付ける。
「ば、馬鹿なッ!?」
「いや、手錠忘れんなよ、馬鹿か」
勝利。
組伏せた形になる俺達だが、手錠で繋がれている現状ではこれ以上何も出来ない為、俺は此方に歩み寄る虚さんを見る。今は彼女に頼るしか道がないのだ。
虚さんはゆっくりとマドカの近くで立ち止まると、此方を見下ろした。物凄く、なんか冷たい目線なんだけど。
「くっ……」
「う、虚さん?」
「はい?」
「……え? あの、虚さん?」
「………」
何故か此方をじっと見つめるだけで何も言わない。ただの沈黙だ。背筋が寒くなってくるような、ただ冷たい目線に俺は思わず無意識に近い形で口を開く。
「虚……様」
「はい、なんでしょうか。と言っても決まってますよね、大丈夫です。今すぐ手錠を外してあげますよ」
にっこり、と言う表現が一番合っているだろう。虚さんは不自然なほど綺麗な笑みを浮かべてゆっくりとしゃがみ、俺と視線を合わせる。
「ほ、本当に外せるんですか!?」
「―――――はい?」
「……いや、その、外せるのでしょうか……」
「はい、任せてください」
なんだこの笑顔は。怖い、なんか身体の奥から来るような怖さがあり、何故か丁寧語にしてしまう。虚様は何も言ってないのに。いや様ってなんだ、虚さんだろ。
「では斬りましょうか」
「は、はい?」
再びにっこりと笑顔を浮かべると虚さんは右腕だけIS部分展開をする。そして後付から取り出される剣を握り締めると、左手で俺の腕を引っ張った。
「い、いやいやいやッ!? た、他に選択肢は沢山ありますよォォォォッ!?」
「めんどくさいですしね」
「めん……ッ!?」
「お、おいふざけるなッ!? 私の背中でそんなグロいことするんじゃ…」
「少し黙りましょう」
「ぐッ!?」
にっこり、微笑むと虚さんは足をIS部分展開するとマドカの後頭部を踏みつける。そして、ついに剣を大きく振り上げると、口を開く。
「まぁ、大丈夫ですよ。痛みは一瞬ですから」
「いやいやいやアアアアアアアッ!? 駄目です、マジで、駄目ですよォォォォッ!? 助けて千冬さああああああんッ!?」
何時もこう言うとき、千冬さんなら助けてくれたもん。だが、虚さんが振り上げていた剣が虚さんの背中でピタリと止まる。
そしてゆっくりとまた微笑む。
「では、行きますよ」
「いやああああああああああああああああああああッ!?」
「―――――それ」
簡単な掛け声で降り下ろされる剣に俺は思わず目を強く閉じた。
一秒、二秒。五秒。幾ら待っても痛みは感じられない。ちゃんと意識もある。俺は涙が零れそうになる目を開けると、顔のすぐ目の前にゆったりと微笑む虚さんが現れる。身体が無意識に魚籠つき、そして慌てて右手を見ると、其処には繋ぎ目が叩き斬られた手錠だけが転がっていた。
「き、斬れてない……?」
「ふふふ――――可愛い」
そしてゆっくりと虚さんに瞳から零れる涙を掬われると、ゆったりと、微笑む。そして、顎を持たれ、虚さんの顔の近くまで引き寄せられると、耳元に虚さんの口が近付き、囁くように呟いた。
「―――――冗談ですよ?」
恐怖で、震えた。
「……は、はい」
「では逃げましょう。この女性は気絶させましたから、起きない内に逃げましょうか。ほら……立ちなさい」
「はいッ!!」
至急素早く立ち上がると、虚さんは背中を向けて歩き出す。そして、その背中を俺は魚籠つきながら追い掛ける。 ――その刹那、背中で僅かな物音が聞こえた。
半場無意識に首だけ振り向くと、其処には"銃を構えたマドカ"が。
しかも引き金は既に引かれている。
「―――――」
もはや避けることは出来ない。俺は虚さんを庇うように両手を広げ、マドカの正面に立つ。ゆっくりとスローモーションになる世界で、顔が驚愕に変わるマドカを見ていた。
――そして、銃弾が放たれ。
――電車の天井を壊しながら瞬間で突入してくる白銀のISに遮られた。
「―――い、一夏」
「――ギリギリセーフだ」
イケメンは、からかうように笑った。