お楽しみいただければ幸いです。
ねんがんのパンやをかいてんしたぞ!
ということでわたくし藤丸立香はパン屋を開業するところまで漕ぎ着けました。開店から2週間経った今、ありがたいことに地元の奥様方に認知していただいたり、住宅街に近い場所に出店できたこともあって学生らの登下校時に買い食いしてもらったりと、ほどよく順調にお店が回っている。
賑やかな毎日で、私も楽しい。
奥様方の愚痴に付き合ったり、学生らとからかいあったり、この店には笑顔が絶えない。私の思い描いた理想のパン屋さんだ。
だけど。
まあ、うん。
好きな人と、という夢までは叶わなかった。そんなもんだろうとも思う。だって彼にも人生がある。もしかしたら「一緒にやろうぜ!」って誘ってたら「なんで僕が。マシュとやればいいだろ」とか言いつつ一緒にパン屋してくれたかもしれないけど。
それってなんか違う気がする。
誘い方だろうか。うん、一緒にやろう、はなんか違う気がする。なにか抜けてる気がする。
ともかく、そんなもやもやしたまま誘うこともできないだろう。……ということで今日も私は一人でせっせと小さな我が城を守り抜くのだ。
かろんころん、とドアベルが鳴る。
焼成作業中だったこともあって作業場から「いらっしゃいませー!」と声だけで応答する。「お会計少々お待ちくださいね、今ちょっと手が離せなくって!」
「ああ」
…………。
あれ聞き間違いかな。
パンをオーブンに入れながら、どきどき、と高鳴る心臓が己を急かし囃す。まさかまさか、と期待に心拍数が一足飛びにあがっていく。
ひいこらしながら、ようやくオーブンのタイマーまでセットし終えて売り場に戻る。
「い、いらっしゃいませ」
とのれんをくぐりながら、今店内にいるはずのお客様へとおそるおそる声をかけた。
トレイとトングを持ったままパンを物色する、くすんだ白髪の男性。戻った私に気付いてこちらを振り向き、くまの浮かんだ目元を細め、ぎこちなく口角をあげて、あの不器用な笑顔を浮かべる。
「よう。邪魔してる」
「う、うん。いらっしゃい」
「なんだよ、かしこまって」
「い、いや、いきなりだったから!」
「それは……悪い。でも連絡するのもなんか変だろ」
「変かなあ?」
「変だろ」
そうかも。ふふふ、と笑う。
なにがオススメなんだ、と聞かれて、クロワッサンは新所長直伝の品だと伝えると「食べ飽きてるな、それ」と苦笑いする彼。それもそうだ。本家本元のクロワッサンを知る彼からすれば今更の味かもしれない。
「じゃあ、あんぱん。あんこはあんまり食べたことないんじゃない?」
「確かにな。ならこれと……」
「あとは……ピロシキ〜」
「いいね。ならそれももらうよ」
「カレーパン!揚げ餃子風中華まん!」
「似たようなもんばっかオススメすんな!」
「あはっ、ふふふ!」
などと。
楽しい。嬉しい。
やれやれと言いつつも、隠し切れないニヤけを顔に浮かべながら、彼がパンを乗せたトレイをレジ横に置く。
ひとつひとつ確認しながら、レジに打ち込んでいく。
「じゃあ初来店ありがとう割引でプレゼントしちゃう!」
「お、おいおい。金は払うぞ」
「いいよいいよ〜。また来てくれたらそのときいっぱい買ってってよ!」
「……なんか微妙に納得いかないが、まあ、もらっとく。ありがとうな」
さり気なく再来店の約束を取り付けつつ、パンを袋に詰めていく。お買い上げ、ありがとうございまーす!と元気よくそれを渡すと、小さく微笑んで、くいっと袋を掲げて彼からも謝意を返される。
「またのご来店、お待ちしておりまー
す!」
「ああ、そうだ」
「?」
退店してしまう、というところで彼は振り向いた。なんだろうと首を傾げると、彼はいたずらを思いついたクソガキみたいに笑った。
「カドック・ゼムルプス。パン作りも接客もロクにやったことはないけど、そんなやつ雇う余裕、あるか?」
「は、え……」
「知ってると思うが掃除は得意だな」
「それ、……って、その」
「どうだ?」
「どう……って、その、ええと」
言葉に詰まってしまう。
つまり、そういうことだろう。
願ってもない……願っていたことだ。
どくどく、と耳元でうるさいくらいに心臓の音がする。 いつもの調子で、いいよって言うだけ。一緒にしよう、って。
は、と唇を震わせながら息を吐く。
「…………すまん。困らせるつもりはなかった。忘れてくれ」
「あ」
彼がドアを開ける。かろんころん、とドアベルが鳴る。彼が店から出ていく。ドアが閉まる。
私は、駆け出す。
ドアを開けて、まだそこにいた彼に。
「好き!」
「へ、は!?」
「私、好きな人と一緒にパン屋したかったの!」
「いきなりなに!?なに、なんの……なに!?」
「カドック!」
走り寄って抱きつく。
キス!……まではまだ恥ずかしくていきなりは無理だけど、彼の首元に顔を埋めて、ぎゅっと抱きしめる。
「一緒にパン屋しよっ!」