【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、ステンバーイ
それと試験的に他者視点で書いてみました。不評でしたら止めます。


十一時間目 彼女の時間

 6月と言えば日本では梅雨の季節だ。今年もその例にもれず湿っぽい天候が続いている。雨は嫌いではない。雨音は足音を掻き消してくれるし匂いは気配を隠してくれる。つまり梅雨は何かを隠したい時にはうってつけの季節なのだ。例えばそう、狙撃手とか。

 

「そろそろか」

 

 腕の内側に巻いた腕時計に目をやる。計画の時間まであと3分。校庭の端の草むらに身を隠し時を待つ。両手には支給されたAR-15型エアガンを持ちアンダーレイルにはバイポッドを装備。姿勢はオーソドックスなプローンだ。マガジンもそれに伴いショートタイプに交換している。

 

 視界から見える両腕は麻紐で作ったギリースーツで覆われている。きちんと現地の植生に合わせて色を合わせたので偽装効果はかなり高いはずだ。体臭も梅雨時の土の匂いが掻き消してくれる。

 

 今いる場所から殺せんせーのいる教壇まで約70m。現在装備しているトリジコンVCOGの6倍率なら問題なく狙える距離である。抱き込んである茅野が窓を開けるまでひたすら待機に徹する。狙うのは殺せんせーが4時間目の授業を終えて昼休みに入った直後。食事中というのは気が緩みやすい。殺せんせーの情報を逐一集めている潮田にも確認を取ったので確かだと思っていい。

 

 チャンスは一瞬、繊細な銃捌きと大胆な決断が必要になる。そのどちらも私には足りている。スコープを覗き銃を安定させるために頬をストックに押し付ける。対物レンズが茅野の動きを捉えた。窓を開ける。全ての生命活動を引金を引くことだけに集中させる。

 

「臼井さーん!!殺せんせーアメリカにホットドッグ食べにいっちゃったから多分五時間目まで帰ってこないよー!!」

 

 は?

 

 茅野の声にクラスメイトの皆が反応し校庭を見る。でも見つかるわけがない。何故なら私の偽装は完璧だからだ。予定とは異なるがこのまま五時間目まで待機を継続する。そうすればあの担任も帰ってくるだろう。そして授業を始めた瞬間に狙撃する。

 

「あと、殺せんせーが五時間目もこなかったら臼井さんだけ宿題三倍にするっていってたよー!!」

 

 それはまずい!着替える余裕なんてないな。このまま教室に向かう。

 

 

 

 

 

「間に合ったか!?」

「「「「誰?」」」」

 

 教室に入った私を迎えたのは奇異の視線だった。

 

「え、なにあれモリゾー?」

「モリゾーだ!モリゾーがいるぞ!」

「モリゾーって何年前よ」

 

 みんな口々にモリゾーというがモリゾーとはいったい誰だろうか。そんなことよりも早めに席についておこう。私だけ三倍なんて嫌すぎる。私が席に座ると案の定クラスがざわつき始めた。

 

「おいモリゾー、臼井さんの席に座ったぞ」

「え、もしかしてあのモリゾーって……」

 

 弁当は持ってきていないので教科書でも読んで予習でもしておこう。

 

「あ、臼井さん!四時間目どこに行ってたんですか!勝手にいなくなって私寂しかったんですよ!!」

「ああ、すまない律。ちょっとやりたいことがあってね」

「「「「「「ええええええ!!!」」」」」」

 

 何だようるさいなあ。周りがうるさいので無視して予習を続ける。そうしていると横から肩を叩かれた。赤羽だった。何故か物凄い笑うのを堪えているようでいて少し腹が立つ。

 

「も、もしかして、う、臼井さん?」

「いったい他に誰がいるんだ。私だ」

 

 顔の前に掛かっていた麻紐を退かす。それに耐えきれなくなったのか赤羽はとうとう腹を抱えて笑いだした。いや、意味がわからない。

 

「あ、あの臼井さんが窓開けてって言ったのって」

「ああ、殺せんせーが昼食を食べる隙を狙ってヘッドショットする予定だった」

「ま、まさか四時間目からずっと?校庭の茂みで狙ってたの?」

「勿論」

「そ、そうなんだ……」

 

 茅野は信じられないと言いたげな顔で自分の席に戻っていった。そんなにおかしなことなのだろうか。狙撃手が何時間も同じ場所から動かないのなんて大して珍しくもない。私だってその気になれば半日近く同じ姿勢を維持できる。

 

「赤羽、私の偽装はどうだった。中々だったろう?」

「ちょ、臼井さん止めて。そのカッコでこっち見ないで」

 

 偽装の出来を聞きたいのに赤羽は笑い過ぎて意見を聞けそうもない。そうだ、ここは美術関係に詳しい菅谷に聞こう。

 

「菅谷、私の偽装はどうだった」

「え?結構悪くないと思うけど校庭の草木に偽装するなら季節的にもう少し青を混ぜた方がいいな。あと麻紐もワンパターンだからもっとバリエーションが必要だ」

「おお!それはいいことを聞いた。他に何かあるか」

「ええ?後は──」

 

 菅谷の指導のお陰で私の偽装技術は飛躍的に向上した。その後はギリースーツのまま普通に授業を受けたのだが何故かE組の皆に一緒に写真を撮ることを頼まれた。理由は今でもわからない。

 

 

 

 

 

 杉野と帰りながら僕は今日の出来事について考える。臼井祥子、通称さっちゃんさんはとにかく謎だ。英語はペラペラだし銃の撃ち方も映画の俳優よりも上手だ。E組に来る前は海外に行ってたみたいだけど何処にいたのかは絶対に教えてくれない。修学旅行も家の事情で来れなかったって言ってたけど多分嘘だ。

 

 さっちゃんさんが何かを隠しているのはみんな知ってる。でも聞きたくても聞けない。そんな雰囲気がさっちゃんさんにはあった。

 

「臼井ってさ、なんか生きてる世界が違うよな」

 

 隣にいる杉野が言った。昼に起きたモリゾー事件のあとさっちゃんさんは何事もなかったかのようにあの恰好のまま授業を聞いていた。みんなはただの笑いごとだと思ったみたいだけど。僕は気づいてしまった。さっちゃんさんは本気でやってることに。

 

「烏間先生の時もそうだったけどあいつほんとに殺し屋じゃないんだよな?」

「うん、そのはずなんだけどね……」

 

 多分、このクラスで二番目に強いのはさっちゃんさんだ。烏間先生の訓練を受けて少しづつ強くなってきている僕たちだけどさっちゃんさんはレベルが違う。まるで本当の殺し合いを経験しているかのような目つきや身のこなしをする。カルマ君も強いけど多分相手にならないと思う。

 

「というか何で渚は臼井のことさっちゃんさんって呼んでんだ?あいつそういう顔じゃねーだろ」

「そう言えば何でだろ?」

 

 倉橋さんの呼び方がうつったんだろうけどよく考えてみればちゃんっていう顔じゃない。

 

「勉強もできて暗殺もできるのになんか違うっていうか、E組の臼井じゃなくて臼井とE組て言えばいいのか」

 

 杉野の言う通りだ。さっちゃんさんはいつもみんなから一歩距離を置いている。話しかければ反応してくれるし頼み事だって聞いてくれる。けど逆に自分からは何も求めない。倉橋さんや片岡さんは何とかしたいと言っていたけどさっちゃんさんの目がそれを許さない。

 

 彼女は時折すごく暗い目をする。ここに来たばかりのビッチ先生や理事長先生が見せた冷たい目とも違う。どんな光も通さないまるでこの世の何もかもに絶望しているような、そんな暗い目だ。あの人はいったい何を見てきたのだろう。どうしてあんなに辛そうなんだろう。

 

「カルマのやつも飽きないよな。この前なんて臼井の匍匐前進の写真送ってきたし」

「うん、カルマ君が女子に絡むなんてなんか珍しいよね」

 

 カルマ君がからかうのは基本男子だけなのに臼井さんは特別扱いだ。

 

「まあ、あいつのことだから恰好の玩具がきたとしか思ってないんだろうけど。実際、面白いし今日のモリゾーは、ぷッ」

 

 さっちゃんさんはギリースーツって言ってたけどそういう知識がない僕たちからみたら草のお化けにしか見えなかった。さっちゃんさんは最後までわかってなかったみたいだけど。

 

「隠れるのは僕たちも考えたけどああいう方法もあるんだね。一時間近くずっと待ってたのはすごいけど」

「あの恰好でずっと銃構えてたのかよ。茅野につられて俺らが校庭見た時は誰もいなかったのに」

「まあ、あの恰好で潜まれたら殺せんせーか烏間先生くらいじゃないとわからないと思うよ」

 

 結局殺せんせーがアメリカに行っちゃったから失敗したけどもしあのまま茅野が声を掛けなかったらどうするつもりだったんだろう。もしかしてそのまま?いや流石にそれはないよね。

 

「そう言えば律が来た時さっちゃんさんが殺せんせーのこと人間って言ってたんだよね」

「殺せんせーが人間?どう見たってタコのお化けじゃん」

「うん、僕もそう思うんだけどさっちゃんさんは違うみたい。律のことも人間だって言ってたし」

 

 さっちゃんさんは自由意志がどうとか言ってたけど僕にはいまいち言ってることが分からなかった。

 

「もし殺せんせーが人間ならそれを殺そうしている僕たちは人殺しになるのかな?」

「そう言えばそこらへんあんまり考えたことなかったな」

 

 殺すってどういうことなんだろう?平和な国に生まれた僕にはわからない。もしかしたらさっちゃんさんはその意味が分かってるのかな。

 

「あー、もうこの話止めようぜ。考えてもわかんねものはわかんねぇし。渚このあと暇?今日は宿題ないんだからゲーセンでも行って遊ぼうぜ」

 

 暗くなりかけた空気を吹き飛ばすかのように杉野が言った。こういう時の杉野は頼りになる。

 

「うん!いいよ」

 

 頭によぎった考えを吹き飛ばすために僕たちは街に繰り出した。

 

 

 

 

 

「あれ、臼井じゃね?」

 

 杉野の誘いに乗って駅前のゲームセンターまで遊びに来た僕たちの前にさっきまで話のタネになっていた人が現れた。

 

「む、君達か」

 

 相変わらず烏間先生みたいな硬い口調で僕たちに振り向いた。いつも通りの軽く日焼けした肌に肩口まで伸びたぼさぼさの髪の奥からは鋭い眼光を放っている。いつもと違うのはさっちゃんさんの横に見慣れない子供がいること。

 

「臼井、隣の子誰?」

 

 杉野が聞いた。確かに僕も気になる。多分小学五年生くらいだ。妹、にしては似てなさすぎるしもしかして迷子かな。

 

「何、ガン飛ばしてるわけ?」

「ご、ごめん」

 

 怒られた。なかなかとんがった子だ。杉野も少し引いている。僕たちが戸惑っているとさっちゃんさんが事情を説明してくれた。この子はさくらという名前で学童保育から帰る途中で道に迷ってしまったらしい。

 

「さくら、威嚇はもっとスマートに行え。周りからは何の変哲もない行動に見えるようにするべきだ。例えば抱き着きながら股間を握りつぶしたりな」

「「小学生に何教えてんの!?」」

 

 さっちゃんさんは普通の人とはかなりずれている。僕たちはこの人のことをほとんど知らない。でも一つだけ分かってることがある。

 

「それで、君たちは私に何の用があるんだ?私はさくらを一度保育所まで連れて行かなくてはならないんだ。用がないなら行っていいか?」

 

 この人はいい人だってことだ。

 

 

 

 

 

「えっと、わかばパークだったよね」

「ああ、そうだ。生憎私は携帯を持ってないんでな。頼めるか?」

 

 地図アプリを開いてわかばパークと入力する。あった。画面にはここからそう遠くない位置にわかばパークという施設が表示されている。

 

「この辺にあるみたい。じゃあ行こうかさくらちゃん」

「ふん!せいぜい私をエスコートしなさい!」

「あ、ははは」

 

 近頃の小学生ってみんなこんな感じなのかな?

 

「駄目だぞさくら、味方とは親しくしろ。敵とはもっと親しくだ。利用できるものはなんでも使え」

「だからさっきから小学生に何教えてんの!!?」

 

 やばい!このままだとさっちゃんさんの英才教育のせいでさくらちゃんが変な方向にいっちゃう。

 

「さ、さくらちゃんは何年生なんだ?」

 

 杉野もやばいと感じたのかさくらちゃんの興味を変えようと質問する。ただ迷子を送るだけだったのにどうしてこうなっちゃったんだろう。

 

「五年生よ。でもどうせ行ってないから関係ないわ」

「へ、へぇ、どうして行かなくなっちゃったんだ?」

「いじめだよ、いじめ。よくあることでしょ?」

 

 これは聞いちゃいけなかったかも。気まずい沈黙が僕たちの間に流れる。でも気持ちは分かる気がする。僕たちE組も差別の対象。直接的ないじめとは違うかもしれないけどどっちも嫌なことには違いない。

 

「何よ、どうせあんたたちもパパやママみたいに逃げるなっていうんでしょ?」

「それは……」

「渚……」

 

 言い返せなかった。嫌なことから逃げてE組まで落ちた僕たちにその言葉はとても重かった。殺せんせーならこんなときなんていうんだろう。

 

「いや、君の判断はとても理に適っている」

「さっちゃんさん?」

 

 さくらちゃんの言葉になんだか関心するように頷いている。また変なこと言わなきゃいいんだけど。

 

「勝てない勝負に臨むことほど馬鹿なことはない。時には逃げる勇気も必要だ。その点君はとても優秀だ」

 

 逃げる勇気も必要。一瞬母さんのことが頭によぎった。僕にも逃げる勇気があるのかな?

 

「そ、そう。ほめ言葉として受け取っておくわ!」

「まあ、でもいつかは復讐する必要があるけどね。やるからには叩いて叩いて根がなくなるまで叩き潰せ。半端にやれば恨みが溜まるぞ」

 

 やっぱりさっちゃんさんはさっちゃんさんだった。多分杉野と僕はとても表現し辛い顔をしていると思う。

 

「やっぱ臼井は臼井だな」

「は、ははは」

 

 復讐方法について教えているさっちゃんさんを横目で見ながら僕と杉野は苦笑いした。僕は聞いてない!爆弾の仕掛けかたなんて絶対に聞いてない!

 

 

 

 

 

「ほう、あんたらがさくらを……わざわざすまなんだ」

 

 あれからわかばパークについた僕たちは保育士の人にさくらちゃんを預けて帰ろうとした。でもそこに園長の松方さんがやって来てお茶を出してくれるといってくれた。

 

「俺と渚はただの付き添いなんで礼は臼井に言ってください」

 

 杉野の言葉に僕も頷く。湯呑に注がれた緑茶の白い湯気が空気に消えていく。

 

「お嬢ちゃんが臼井か……今回はわざわざすまなかったな。礼を言うわい」

「別に善意でやったわけじゃないので構いませんよ。言うなればただの条件反射だ」

 

 条件反射?さっちゃんさんの言ってることが僕にはよくわからなかった。さくらちゃんを何とかしてあげたい。そう思って僕たちにも頼んだ。僕はそう思ってた。でも違うらしい。

 

「あ?ワシにわかるように言ってくれ」

「どんな悪人だって目の前に溺れている人間がいたら助けるでしょう?それと同じですよ。そこには善意も悪意もない。だからこんな私に礼を言う必要なんてない。そう言うことです」

 

 またあの目だ。僕はこの目が嫌いだ。まるで自分は礼を言われる価値なんてない。さっちゃんさんの言葉にはそんな思いが感じられた。杉野もきっと同じことを思ってるんだろう。倉橋さんはこの目が嫌だからあんなに構うんだと思う。僕もその気持ちが分かる。さっちゃんさんだって僕たちの仲間だ。仲間にこんな目をしてほしい人なんていない。

 

「はぁ、人の礼くらい素直に受け取らんか。まあいいわい、そういうことにしといてやる」

「そうですか、では私はこれで。お茶ごちそうさまでした」

 

 事務室のソファから立ち上がって出て行ってしまった。僕たちも帰ろう。そう思って立ち上がると松方さんに呼び止められた。

 

「坊主共、あの嬢ちゃんはあんたらの友達か?」

「はい、俺達はそう思ってますけど……」

 

 さっちゃんさんはどう思ってるんだろうか。杉野がそう言うと松方さんはどこか悲しそうな目で僕たち言った。

 

「だったらあの嬢ちゃんに暇があったら遊びにこいと伝えてくれ。嬢ちゃんの目見たろ?ありゃ、ガキのころに何か大事なものを落っことしちまった奴の目だ。坊主共があいつの友達だってんならちゃんと目ぇ付けといてやれ」

「「は、はい!」」

 

 言われるまでもない。さっちゃんさんにどんな秘密があってもさっちゃんさんは暗殺教室の一員なんだから。

 

 

 

 

 

「臼井!よかったらこれから俺達とゲーセンいかね?」

「ゲーセン?それはどういう意味だ」

「ゲームセンターって意味だよ。色々遊べるんだ」

 

 さっちゃんさんは悪人でも人を助けるって言った。でも僕はそうは思わない。本当の悪人は目の前に溺れてる人がいても目も合わせないと思う。

 

「そうか、まあ吝かではないな」

 

 僕たちは夕陽の街に繰り出した。三年E組は暗殺教室。謎だらけのクラスメイトだって僕たちの立派な仲間だ。

 

 その後、さっちゃんさんがゲームセンターのパンチングマシーンを殴り壊したのを見てこの人だけは絶対に怒らせてはいけないと僕と杉野は決心した。

 

 

 

 

 




用語解説

トリジコンVCOG
アメリカのトリジコン社が開発した可変倍率スコープ。面白いのは1倍率で使えることと倍率によってレティクルの形が変わること。でもお高い。

ギリースーツ
身体に草木を模したあるいは草木そのものを張り付けて偽装するための服。マクミラン大尉やモリゾーが有名。潜まれると本気でわからない。


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