【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、クリスマスぼっちだったやつ~






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※誤字報告ありがとうございました


十二時間目 教師の時間

 

 ビッチ先生は意外に子供っぽい。殺し屋としての知識はプロだけあって流石と言わざるを得ないが根本的な部分で子供なのだ。多分、私と同じように人として大事なものをどこかに落としてきてしまったのだろう。今までは気が付かなかったが奇しくも似た境遇の者を間近で見続けたせいで理解してしまった。

 

 まあ、人らしさと大人らしさ、どちらが落としたら不味いのかは言うまでもない。人として当たり前のことが分からない私はきっとこの平和な国では異物でしかないだろう。

 

「忘れ物をするとは私も鈍ったな」

 

 ここは理科の実験や調理実習で使う教室。私は理科の授業で教科書を机に置きっぱなしにしていたことを思い出したので急いで戻ってきたのだ。

 

「ビッチ先生?」

「……サチコじゃない、何しに来たのよ」

 

 教室の窓際で先生が黄昏ていた。その顔には少し焦りが見える。何を悩んでいるのか知らないが恐らく殺せんせー絡みだろう。

 

「忘れ物を取りに」

「ふぅーん。なら早くしてちょうだい。今考え事してるのよ」

「わかりましたっ!?」

 

 背後に殺気を感じる。振り向き様にM&P40を引き抜き周囲を警戒する。だが、誰もいない。兵士としての私が警鐘を鳴らす。

 

『ほぉ、俺の気配を察知するとは』

 

 そいつはいつの間にかいた。ロングコートを羽織ったスラブ系の男。目つきが尋常じゃない。こいつはやばい。

 

『師匠!どうしてここに!?』

『子供相手に楽しく授業とは随分と腑抜けたな。イリーナ』

 

 私の知らない言語で会話している。恐らくは東欧系。ビッチ先生の反応から察するにこの男は彼女の上司かそれに類する者だろう。だが確証が持てない以上警戒を続ける。銃を構えようと思考した直後、急に悪寒が走った。慌ててその場から離れれば私のいた場所に銀色の閃光が走った。ナイフだった。

 

「その目、以前にも見たことがある」

 

 男は私に向き直ると流暢な日本語で話しかけた。ビッチ先生が何か言おうとしたが男に睨まれるとそれきり黙り込んでしまった。

 

「聖人のように生も死も肯定するかのような眼差し……懐かしいな。お嬢さん、名前は?」

「祥子、臼井祥子」

「サチコか、覚えておこう。もう君は帰りたまえ。用があるのはイリーナだけだ」

 

 ビッチ先生も無言で頷く。銃をホルスターに戻し廊下にでる。何とも言えない気分だった。

 

 

 

 

 

「と、言うわけだ。迷惑な話だが授業には影響を与えない。普段通り過ごしてくれ」

 

 次の日、何故かビッチ先生とその師匠であるロヴロが烏間先生をターゲットに暗殺勝負をすることになった。ロヴロが勝てばビッチ先生はこの教室を去ることになるという。

 

 烏間先生からすればたまったものではないだろう。模擬暗殺とは言え狙われるのは本当にきつい。実際に賞金を掛けられた私が言うんだから間違いない。多分この勝負を提案したのは殺せんせーなのだろう。あの人はああいう余興が好きそうなイメージがある。

 

「ビッチ先生いなくなっちゃうんですかね?」

 

 何故か一緒に昼食を食べようと言ってきた奥田が聞く。私の前の席に座っている彼女だが実はそこまで交流はない。科学知識に長けていて殺せんせーを殺すために劇物を作ったこともあるそうだ。

 

「訓練の時の色仕掛けは酷いものだったな」

「は、ははは」

 

 干し肉を齧りながら体育の時間を思い出す。ビッチ先生は烏間先生に色仕掛けをしようとしたのだがそれはもう酷い有様だった。あんなあからさまに毒を手渡そうとする暗殺者がいるか。

 

「臼井さんのお弁当っていつも自分で作ってるんですか?」

「干し肉のことか?まあ、そうだ。ブロック肉を買って自分で干している。保存用だから硬い、不味い、臭い、の三拍子が揃ってるがな」

 

 香辛料を使えばもっとましになるのだろうが毎日食べるものにそこまで手を加えるのは面倒だ。レーションを持ってきてもいいがあれはカロリーが高すぎる。戦闘中ならいざ知らず、平時で常食すればどう考えても体に異常をきたすのは明白だ。

 

「よかったら私の卵焼き食べますか?」

「貰えるのなら頂こう」

 

 差し出されたそれを食べる。日本の卵焼きは甘いと聞いたのだがこれはどうにも違うようだ。何とも言えない深みがある。傭兵としてあっちこっち飛び回っている時は食べ物なんて目も向けてなかった。

 

 そもそも大して味覚も育ってない私にとって食糧なんて食べられるかそうでないかの二種類しかない。栄養とカロリーさえ摂取できればなんでもいいと思っていた。でも最近は少しずつ変わってきている。舌が肥えて戦場に戻った時苦労しないか心配だ。

 

「そういえばさっきの答えだけどね。多分、ビッチ先生が勝つと思うよ。なんだってここの先生だ」

 

 彼女はどんなに子供っぽくてもプロの殺し屋だ。プロというのはゴールと思われやすいが実際はそうではない。むしろプロのほうが人一倍努力しなくてはならないのだ。

 

「それはつまり?」

「彼女も第二の刃を持ってるってことさ」

 

 

 

 

 

 結論から言うとビッチ先生は見事烏間先生にナイフを当てることに成功した。ワイヤートラップを巧みに用いることで烏間先生の体勢を崩したのだ。とは言え最後は力勝負になりビッチ先生の懇願に根負けした烏間先生に勝利を譲られるという何ともしまらない幕引きだった。でも勝利は勝利である。ビッチ先生は見事ここに残ることが決定したのだ。

 

「気掛かりがあるとすればあの男か」

 

 尋常じゃない気配を持つ男だった。強い人間には何人も出会ってきたがああいう洗練された気配を持つものは片手で数えるほどしか見たことがない。ロヴロと言う名前で思い出したが有名な殺し屋の仲介人にそんな名前の人物がいた記憶がある。

 

「そしてさっきから感じる気配は恐らく……」

 

 ロヴロだ。清掃も終わり今は自宅に向かって山道を歩いているのだがさっきからずっとつけられているのだ。何が目的かは知らないがつけられる身にもなってみろといいたい。

 

「いるのは分かっているんだ。姿を現したらどうです?」

 

 全身の神経を集中させる。ホルスターに差してあるM&Pに手を掛ける。気配の主は意外にもあっさりと現れた。視界の奥の木の影からぬるりと姿を現す。両手を上げて敵意がないことをアピールしているが油断はしない。

 

「なんのようです?ミスター」

「いやいや、本気で隠れた俺に気が付くとは素晴らしい察知能力だ。安心しろ君をどうにかしたいわけじゃない」

 

 いや、安心できるわけないだろ。既に私とロヴロの距離は3mを切っている。この距離はナイフの間合い。彼のような達人なら瞬く間に詰めることができる。

 

「サチコ、君のことは調べさせてもらった。アフリカで随分と暴れていたそうじゃないか」

「私のことを知っているのか?」

 

 どうやら本当に何かしてくるつもりはないようだ。一応警戒はしておくが最小限にとどめる。

 

「君の名はそこそこ有名だからな。多少は脚色されているだろうが概ね事実だったようだ。気配、身のこなし、カラスマ程ではないが君も相当に優秀な兵士だ」

 

 尾行されたと思ったら唐突に褒められた。こいつが何を言いたいのか全く読めない。冷や汗が流れる。

 

「単刀直入に言おう、俺の弟子になる気はないか?」

「弟子?」

 

 何の冗談だ。そう言いたかったがロヴロの目はあまりにも本気だった。こいつは本気で私を弟子にしたいと言っているのだ。でも理由が分からない。

 

「君の経歴、本気でないとはいえ俺の攻撃を避けた身のこなし。どれもただの傭兵として腐らせておくには余りにも惜しい才能だ。俺の下で訓練を受ければ一流の殺し屋になれると保証しよう」

「私レベルの傭兵ならそれなりにいると思いますが」

 

 苦し紛れの言い訳。その問いに彼は首を振って答えた。

 

「確かに、君レベルの傭兵はそれなりにいる。単純な強さで言えばカラスマは君以上だろう。だが君には他の者にはないものを持っている。その目だ」

 

 まただ、昨日言われた言葉を思い出す。この男は私の目を聖人のようだと言った。生も死も肯定するのは私にとって当たり前のことであり、それは命をやり取りする者として最低限弁えなければならない暗黙の了解だと思っていた。

 

「君の目には迷いがない。イリーナも良い目をしていたが君はそれ以上だ。君にとって生と死は等価値、死ぬことも生きることも等しく価値がないのだろう。違うか?」

 

 まるで私の心を読んでいるかのように的確に心情を言い当てる。そんなことは誰にも言ったことがないのにロヴロの言葉は長年の親友のように心に入り込んでいく。

 

「幼いころから戦場で暮らしてきた君にとってここは随分と暮らしにくいんじゃないか?調べによれば九カ月前も中東に行ってたそうだな。自分でもわかっているはずだ。彼らとは決定的に相容れないと」

 

 多分、私の経歴については殆ど丸裸にされているのだろう。一流の殺し屋は情報収集能力も一流らしい。

 

「俺達は所詮日陰の世界の住人だ。無理に交わればいずれそのギャップが君を苦しめるだろう。いや、既に君は分かっているはすだ」

 

 そんなの分かっている。どんなに近づこうとしても私は日陰の住人。日向の世界にはいけない。どんな理由があろうと一度背を向けた者に日の光は二度と当たらない。でも……

 

「気持ちは嬉しいですが……今は、結構です」

「理由を聞いても?」

 

思い出すのはお節介なタコと妙に子供っぽい女殺し屋。

 

「あなたの教え子が言ってくれたんですよ。住む世界が違ったって共存できないわけじゃないって。先のことは分からないけど少なくとも殺せんせーを殺すまではそうなんだと思います。だからすみませんが保留にさせてくれませんか?」

 

 ロヴロは私の答えに少し驚いたような仕草をした。自分の弟子がそんなことを言うとは思わなかったのかもしれない。ビッチ先生に言われたあの言葉は私には確かに救われたのだ。少なくともばれるまではいようと思うくらいには。

 

「そうか、あの馬鹿弟子がそんなことを言ったのか。わかった俺もこれ以上の勧誘はよそう」

 

 そう言うと懐から名刺のような紙を取り出し私に投げ渡した。投げられたそれは綺麗に私の手の中に納まった。地味に凄い技術だ。

 

「そこに俺の連絡先が書いてある。気が向いたらいつでも連絡してくれ。ではな」

 

 背を向けて去るロヴロに私は何故だか妙な達成感を感じていた。断ったことに達成感を感じたのだろうか。いや、違う。もっと根源的なことだ。でもいくら考えても答えが思いつかない。

 

「臼井さんが何故達成感を感じているのか。先生が教えてあげましょう」

 

 お節介なタコが現れた。すぐさま振り向き腰のホルスターからエアガンを引き抜き発砲する。我ながらかなりの速度だ。

 

「にゅやー!!先生、今いいこと言おうとしたのに!」

 

 かなり慌てても避けるあたり流石と言うほかない。肩で息をする殺せんせーに先ほどまであった重い感情が霧散していくのがわかる。

 

「ちなみにどこから聞いてました?」

「臼井さんが『気がかりがあるとすればあの男だ』と言った時からですねぇ」

「殆ど最初じゃねーか!!」

 

 微妙に似てない声真似が腹立つ。

 

「話を戻しましょう。何故臼井さんが達成感を感じたのか。それは臼井さんが自分の意思で自分の殻を打ち破ったからです」

「自分の殻?」

 

 あれのどこが自分の殻を破ったことになるのか。ただ今わかる情報の中から答えを決めるのは早すぎると判断しただけなのに。

 

「君は大人の一方的な都合で兵器に仕立て上げられやりたくもない殺人を強要された。臼井さん自身も今までそれに疑問を感じなった。でも、ここで学んでいくうちに気づいたはずだ。自分の見てきた世界の狭さに」

 

 確かに、ここで色んな人たちと出会った。知らないことを沢山知った。でもそれが何の関係がある。

 

「成長とは疑問を持つことから始まります。きっとここに来たばかりの臼井さんなら彼の誘いに何の疑問も持たずに乗ったはずです」

 

 確かにここに来たばかりの時に誘われればきっと乗ったはずだ。正に渡りに船と言わんばかりに。だが私はそれをしなかった。それは成長というのだろうか。

 

「でも君はそうしなかった。それは臼井さんが現状に疑問を抱いて立ち止まることができた証拠に他なりません。だから先生はとても嬉しいんです」

 

 殺せんせーはそれはそれは嬉しそうに笑った。その顔に私はよくわからない感情に襲われた。またこれだ。この感情はいらない。そう思って捨てようにもいつのまにか捨て方が分からなくなってしまった。

 

「人を殺す才能、極限状況で生き残る才能、人にはいろんな才能があります。ですが才能なんて所詮ただの力です。使い方によって人を傷つけることも逆に守ることもできる。そしてそれを決めるのは臼井さん、貴方です」

 

 殺せんせーはまるで自分に言い聞かせるように言った。

 

「他の生き方なんて知りません」

 

 八年間ひたすら殺してきた。それしか知らない。それ以外の生き方なんてわからない。人の殺しかたは分かっても守り方なんて知らない。

 

「だからこそ皆と学ぶのですよ。ここで見たもの、知ったこと、出会った人、その全てが君の力になる。そしてもし道に迷ったら遠慮なく大人に頼りなさい。そのために先生達がいるんですから」

 

 私の冷めきった心に少しだけ温かい風が吹く。

 

「君は助けを求めることすらできなかったのかもしれない。そもそも人に助けてもらうという発想がなかったのかもしれない。でも君はもう一人ではない。少なくとも今の君には二十七人の仲間と三人の大人達がいる」

 

 目の前に二つの自分が現れる。一人は何も考えず何も感じずにひたすら死をまき散らし続ける私。もう一人は何の変哲もない中学生としての私。

 

「ここに来るまでに私が何人殺してきたと思ってるんですか? 私の人としての人生はとっくに終わってる。ここにいるのは飛行機事故の生き残りの残骸ですよ」

 

 自分の名前も親の名前も顔も思い出せない。私には何もない。どんなに頑張ったって所詮は日陰の住人。殺してきたことに負い目を感じることはない。相手だって理解していたはずだし私だって覚悟していた。その覚悟を否定するのは私が今まで殺してきた者達への侮辱に他ならない。しかし、そうはいっても何もかもを忘れてここで幸せになれるほど私は馬鹿ではないのだ。

 

「臼井さんの人生は終わってなどいませんよ。何もないと言うのならまた積み上げていけばいい。君にはその権利がある。だから安心して前を向きなさい。もしそれでも臼井さんが過去の重圧に耐えきれないというのなら先生が一緒に背負ってあげます。君は幸せになっていいんですよ」

 

 まるで駄々を捏ねる子供を諭すように先生は根気強く私を説得した。ここまで言われると流石の私も意固地になるのをやめようかと思ってしまう。本当に期待していいのか。それはわからない。でも少しくらいなら……

 

「私、他の生き方をしてもいいんですかね」

「勿論!臼井さんの能力ならきっと色々な職に就けます。特に戦場という極限状況に置かれても勉強することをやめなかった学習意欲の高さは素晴らしい!実に育てがいのある生徒だ」

 

 今までの人生でこんなにも私を肯定してくれる人に出会ったことがあっただろうか。どこに行っても求められたのは兵士としての私だった。それは当然だと思ってた。でも殺せんせーは兵士としての付加価値ではなく臼井祥子そのものを肯定してくれた。こんな経験は初めてだった。こんな何もない私に価値があるのかわからないけど、なんていうかとても嬉しかった。

 

「先生、私もう少しだけ考えてみます。きっと今の私には何もかもが足りないんだ」

 

 兵士としての経験は幾らでもある。でも人としての経験はゼロに等しい。だから私は知る必要がある。それができて初めて宿題の答えがだせるのだろう。

 

「では、先生と一つだけ約束してください」

「何ですか?」

「E組を卒業するまでは絶対に人を殺めないでください」

 

 殺してしまったらここにはいられない。少なくともこのお節介なタコの顔は二度と拝めなくなる。前はそれでもいいと思ってたけど少し考えが変わった。絶対守れるかは保証できないけどなるべく守ろうと思う。殺せんせーは人じゃないのか。その考えは心に留めておくことにする。

 

「いいですよ。約束します。だから先生」

「にゅや!?」

 

 ナイフを突きつける。当然避けられる。でもそれでいい。これは私の意思表明なのだから。

 

「いつか必ず殺してあげますよ」

「ヌルフフフ、殺せるといいですねぇ」

 

 この人を追いかければきっと何かわかる。私の知らないことで、だけど大切なことが。だから私がこの人を殺そう。この暗殺教室で。

 

 

 

 

 

 




用語解説

干し肉
主人公ちゃんの好物。ビーフジャーキーのような豪華なものではない。ただ塩で味付けして干しただけ。たまに半生や腐ってるのが混じってる。でも気にしない。

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