【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、ちょっとボリビアで麻薬組織壊滅させてくるので更新速度低下するかもしれません。


十五時間目 匂いの時間

 六月の中旬。相変わらず外は酷い雨模様だ。地球爆破までの残り時間が刻一刻とせまるなか、E組はある話題で持ちきりになっていた。

 

「臼井さんはどんな転校生が来ると思う?」

 

 赤羽の言葉に昨日の記憶を掘り起こす。いい加減情報共有に難があるので購入した携帯電話に昨日あるメールが届いた。差出人は烏間先生で、内容は今日新たな転校生が来る。とのことであった。

 

「この時期にやってくるということはどう考えても堅気の人間ではないだろう。律の時みたいに屁理屈で機械でも捻じ込んでくるか、それとも特殊訓練を受けた暗殺者か、そのくらいしか思いつかん」

「まあそうだよね」

 

 転校生というからには同年代と考えていいのだろう。どう考えてもまともな境遇の者ではない。私のように幼少期から戦いに身を投じていたか、それともどこかの組織の虎の子か。

 

「そーいや、律は何か聞いてないの?」

 

 律の前に座っている原がいいことを聞いてくれた。

 

「はい、少しだけ。初期命令では──」

 

 律は自身の知る限りの情報を提供してくれた。彼女の説明を要約するとこうだ。当初は律と転校生が連携して攻撃を行う予定だったそうだ。しかし、その転校生の調整に予定より時間がかかったことと律が彼よりも圧倒的に戦力が劣っていたため急遽、バラバラに派遣することになったという。

 

「調整ねぇ……」

 

 どう考えても仄暗い香りしかしない。恐らく人体実験の被検体だろうな。もしかしたらサイボーグかもしれない。流石にそんなフィクションめいた者は来ないだろうと思いかけたが目の前に現在進行形で既存の物理法則に喧嘩を売っている担任がいるので常識は捨てたほうがいいだろう。

 

 

 

 

 

「まあ、白いしシロとでも呼んでくれ」

 

 ホームルームが始まり突然現れた男は自身のことを転校生の保護者と言った。全身を白装束で固め、顔も頭巾で覆っているため表情が見えない。

 

 格好も言動も掴みどころがなく皆は唖然としているが私はこの男からかつてないほどの嫌な臭いを嗅ぎ取った。本能が警告しているのだ。こいつはやばいと。仕事柄腐った人間には沢山お目にかかってきた。こいつからはそれと同じ臭いがするのだ。

 

 同じどぶ川の住人だからこそわかる。たまにいるのだ。目的のためなら一切の倫理を顧みない人間というのは。ある意味合理的だが私が最も唾棄する類いの人間である。

 

「では紹介します。おーいイトナ入っておいで!」

 

 シロが転校生を呼ぶ。最悪こいつが転校生を使って皆を人質に取るかもしれない。何が起きてもいいように腰のM&P40に手を掛ける。皆に手を出してみろ。真っ先に40s&w弾をプレゼントしてやる。

 

 極限まで張りつめた神経の中、私は背後に悪寒を感じた。慌てて椅子を蹴飛ばし床に向かってダイブする。その直後、私のいた座席付近の壁が弾け飛ぶ音が聞こえた。とは言え今の私は破片手榴弾への防御姿勢をとっているので何が起きたのかはわからない。

 

「お前、どんだけ床好きなんだよ……」

 

 ちょうど寺坂の後ろまで飛んだせいで彼から冷ややかな声を掛けられる。だが私には何故みんながこうも平然としていられるのかが理解できない。

 

「正気か寺坂!飛散する破片から生命を守るには内臓と頭部を死守することが最重要なんだぞ!君は死にたいのか!!」

「いや、知らねぇよ……」

 

 とは言え爆発が収まったようなので立ち上がり振り返る。私の予想通り教室の後ろの壁が破壊され人一人が通れる穴が開いていた。そして菅谷の後ろに見知らぬ男子が座っているではないか。

 

「誰だ君は」

「「「「今更!?」」」」

 

 何故か皆から盛大に突っ込まれた。何故だ。思考を戻そう。目の前に座っている男がシロのいうイトナなのだろう。座席に戻りながら彼を観察する。瞳孔の開ききった目はどうみても薬物依存症患者のそれだった。会話が通じそうにない。

 

「はっはっは、中々面白い子もいるみたいだね。これならすぐに馴染めそうだ。自己紹介がまだだったね。この子は堀部イトナ、名前で呼んであげてくれ」

 

 シロが何か言っているがどうでもいい。あいつもやばいがこいつもやばい。こういう目をした人間は何をしてくるか予想がつかない。爆弾を抱えて特攻でもされたら流石の私でも対処しきれる自信がない。

 

 そんなことを考えていると堀部と目が合ってしまった。露骨に見すぎたな。彼は徐に立ち上がると私の目の前に立ち見下ろしてきた。充血し瞳孔の開いた瞳に私が映る。

 

「お前は、多分このクラスで一番強い」

 

 唐突に何を言い出すんだこのジャンキーは。だが私がこのクラスで一番強いのは事実だろう。己惚れるつもりはないがこれは純然たる事実である。皆がいくら訓練を積んでいたとしても八年間ひたすら戦ってきた私にそう簡単に追いつけるわけがないのだ。

 

「だが安心しろ、俺より弱いから俺はお前を殺さない」

 

 私の頭を撫でながらさも馬鹿にしたように言う。腹立つなこのジャンキー。腹が立つので撫でていた手を振り払い睨みつける。何の感情も感じられない瞳だな。まるで戦っている時の私みたいだ。いや、ここまで酷くはないか。

 

「ほざくなジャンキー風情が。病院に行ったらどうだ?」

「「「「い、言い返した!?」」」」

 

 周囲のツッコミは差し置いて、一つだけ言えることがある。こいつは強くなんてないということだ。単純な戦闘力は高いだろうがそれは強さとは言わない。こういうのは質が悪いというのだ。

 

「お前にどんな力があるのか知ったことではないがそれは強さとは言わない。そういうのはな、質が悪いと言うんだ」

「なんだと……」

 

 簡単な話だ。碌に言葉すら話せない子供が機関銃を持っていたところでその子供が強いと言われることのないのと同じだ。ただ単にはた迷惑なのだ。

 

「臼井さん、それくらいにしたほうがいいんじゃない?」

 

 赤羽に言われてイトナを見る。明らかにお怒りのご様子だ。ちょっと煽りすぎたかもしれない。額には青筋が浮かびあがり握りしめた拳は力を込めすぎて震えている。

 

「俺が、弱いだと……」

 

 これは殴られるかもしれないな。壁を打ち破った力で殴られたら流石に首から上がなくなる。腰のコンバットナイフをいつでも引き抜けるように準備する。この距離から刺すなら足を踏みつけてからの肝臓と脇腹だな。そして最後に眼孔でフィニッシュだ。

 

「イトナ、君がここにやってきた理由を思い出しなさい」

 

 シロに告げられはっとなるイトナ。まだ分別が付く程度には理性が残っているようだ。これは命拾いしたかもしれない。

 

「そうだ。俺が殺したいのは俺より強いかもしれない奴だけ。お前みたいな空っぽの奴じゃない」

 

 空っぽ、ね。確かにその通りだな。こいつはどうやらただのジャンキーではないようだ。この一瞬で私の本性を見抜くとは。所詮、同じ穴の狢というわけか。

 

「そしてこのクラスで俺より強そうなのは殺せんせー、あんただけだ」

「それは喧嘩の強さですか?単純な力比べでは先生と同じ次元には立てませんよ」

 

 こいつがどんな戦闘能力を持っているかは知らないが殺せんせーより強いなんてことは絶対にない。これは確信を持って言える。殺せんせーは本当に強い。物理的にも最強クラスだが、特筆するべきはその精神性。私には到底真似できない境地にいる。

 

 殺せんせーがこんなジャンキーよりも弱いとは思えない。どうみても殺せんせーより頭が悪そうだし。とは言えここまで豪語するからにはそれなりに根拠があるのだろう。そしてそれはいったいなんなのだろう。少しだけ気になる。

 

「立てるさ、だって俺達血を分けた兄弟だから」

 

 そうきたか……

 

 

 

 

 

 堀部が去ったあと私は皆に厳重注意を受けた。無茶するなということらしい。確かにあそこでシロが横から止めなければ殴られていた可能性が非常に高い。特に茅野は本当に心配そうに私に注意していた。

 

「今朝臼井さんが煽った時本当に心臓が止まるかと思ったわ」

「原さんの言う通りだよ!心配したんだからね!」

 

 そして昼休み、堀部の隣は危ないとのことで茅野に強制的に移動させられた私は茅野と不破と原の三人と一緒に昼食を食べながら本日二度目の注意を受けていた。

 

「いくら祥子が強くたってあんな力で殴られでもしたら無事じゃすまないんだよ!だからもうあんなこと二度としないで」

「むむむ」

 

 まったくもってその通りなので返す言葉が思いつかない。シロというヤバイ奴がいたせいで精神が戦闘モードになっていたせいだろう。とは言えあそこで堀部に何かされても私なら何とかできたのも事実である。ただし、その場合教室が堀部の血で染まることになる。

 

「なにがむむむだ!じゃなくて、私たち本当に心配したんだから。でも今朝の臼井さんは強キャラみたいでちょっとかっこよかったかも」

 

 キョウキャラがどういう意味かは知らないが概ね好意的に見られているようだ。それにしても兄弟か。概念的な意味なのか遺伝子的な意味なのか、そもそも殺せんせーとは何者なんだ。地球外生命体という線もあるが、それは置いておくとしてそれ以外だと考えられるのは人工的に作られた線が妥当だろう。

 

 とすると今度は何故あそこまで人間臭いのかが気になるところ。案外中に人間が入っていたりして。まあ何であれ私にとって殺せんせーは人間なので割とどうでもいいことだったりするが。

 

「祥子はどう思う。本当に兄弟なのかな?」

「さてね、ブラフという可能性もあるがそれだとあのジャンキーっぷりに説明がつかない」

 

 そういうと何故か皆苦笑いするではないか。私は見たままを言っただけだというのに。

 

「さ、祥子って意外と容赦ないよね」

「私は事実を言ってるだけだ。見ろあの瞳孔の開き具合を。あれはどうみても薬物依存症患者の目だ。きっと味覚も崩壊しているに違いない。だからあんなに多くの菓子を食べられるんだ」

 

 堀部の机の上には大量の菓子が置いてありどうみてもまともな様子ではない。恐らく依存症によって身体のバランスがおかしくなり味覚が変化してしまったのだろう。禁断症状で暴れたりしないか心配だ。

 

「まあ何にせよ放課後になれば全てわかることだ。それまでは気長に待とう」

 

 

 

 

 

 そして約束の放課後。私たちは堀部の暗殺を見るために教室に集った。教室には机で作られたリングが置かれリングの外に足が着いたら死刑というふざけたルールまで取り決められた。いや、私も殆ど同じシチュエーションで殺せんせーを暗殺しようとしたな。人のこと言えないじゃないか。

 

 普通ならこんなルール守る必要はない。でも殺せんせーは教師という肩書に強い拘りがあるようなので生徒との約束を破るようなことはしないだろう。だからこのルールは有効なのだ。

 

 上着を脱ぎタンクトップ姿になった堀部と殺せんせーが向き合う。殺せんせーは観客に手を出すのは禁止というルールも追加した。一応了承していたがジャンキーがどこまで守れるかは定かではない。

 

「暗殺開始!」

 

 シロの合図と共に視界に何かが横切った。そしてそれと同時に殺せんせー触手が千切れて床に転がる。皆の視線が堀部の頭部に集中した。

 

「だから兄弟、か」

 

 そう、堀部の頭には殺せんせーとまったく同じ触手が生えていたのだ。なるほど、確かにこれは兄弟だ。こんなものを頭に植え付けていたらそりゃジャンキーにもなるか。中学生にあんなものを植え付けるなんてとんだ外道だ。

 

「糞が……」

「ん?何か言ったかい」

「いえ、何も」

 

 近くにいたシロに聞かれたがすっ呆ける。こいつは早急に始末したほうがいいかもしれない。どうにも嫌な予感がする。いっそこの場で射殺するか。いや、やめておこう。困ったらすぐ武器に頼ろうとするのは私の悪い癖だ。

 

「どこでそれを手に入れた!!その触手を!!」

 

 殺せんせーは顔を真っ黒にして怒った。こんなにも怒るということはこの触手はきっと殺せんせーにとってとても重要な意味を持つに違いない。

 

「君に言う義理はないね。でもこれで理解しただろ。生まれが違ってもイトナは紛れもない兄弟だ。それにしてもおっかない顔だ。何か、嫌なことでも思い出したかい?」

 

 こいつは正真正銘の屑だ。私と同類か、いやそれ以上のだ。やはり早急に始末したほうがいいかもしれない。拘束して拷問にかければ少しは情報を得られるはずだ。自宅に自白剤があったはずなのでそれも使おう。

 

「どうやらあなたにも話を聞かなきゃいけないようだ」

「聞けないよ。死ぬからね」

 

 突如シロの着物の袖から怪しい光が発せられる。その瞬間、殺せんせーの身体が硬直した。シロ曰く、圧力光線を至近距離で照射すると殺せんせーの細胞がダイラタント挙動を引き起こし一瞬硬直するのだそうだ。

 

 そしてその一瞬の隙をついて堀部が触手で攻撃を仕掛ける。しかし、殺せんせーは奥の手である脱皮を使い脱出した。だがこれもシロ曰く脱皮直後は体力を消耗するらしくパフォーマンスが著しく低下するという。

 

「全部知ってるんだよ。君の弱点は」

 

 これで確信した。こいつは殺せんせーの秘密に深く関わっている。でなければここまで用意周到に準備なんてできやしない。世界中が殺せんせーを殺すことに手を焼いているのにこいつだけが知っているなんておかしな話だ。つまりこれはシロとかいう奴の盛大なマッチポンプなのだ。まるでフランケンシュタイン博士みたいだな。

 

 入念に準備したであろう戦術と徹底的な支援によって殺せんせーは確実に追い詰められていった。戦いという観点からみればシロの作戦は称賛に値するだろう。殺し合いなんてものはやったもの勝ちだ。何故なら死人が文句を言うことなどないからだ。

 

 殺せんせーの脚を切断し正にあと一歩のところまできた。これで地球は救われる。だというのに皆の表情は険しかった。悔しさが滲み出ていた。私だってそうだ。あんな文字通り死ぬ思いをしてまで殺そうと努力したのにこんなぽっと出の奴らに手柄を横取りされるなんて我慢できない。

 

「安心した。兄さん、俺はお前より強い」

 

 薬物で精神がおかしくなっているのだろう。堀部は強さに異常なまでの執着を見せた。何が彼をそこまで駆り立てるのかは知らないがきっと碌な過去じゃない。

 

「ヌルフフフ、ここまで追い詰められたのは二度目です。認めましょう、イトナ君。君は確かに強い」

「二度目?まあいい。もしかして辞世の句でも読むのかな?いいよ、続けて」

 

 だが殺せんせーはこの状況でも笑っていた。シロは諦観からくるものだと思っているようだがこれは違う。

 

「確かに君は私を追い詰めた。でもそれは保護者の力を借りた結果だ。私の知っている人は誰にも頼らずたった一人で今以上に先生を追い詰めましたよ」

 

 そう言って殺せんせーは一瞬だけ私を見た。ということは今言ったことは私のことだというのか。誰も気が付いていないのが幸いだ。

 

「勝てないからって言い訳かい?みっともないタコだな」

 

 殺せんせーがこうなったらもう何をやっても駄目だ。全て掌で転がされてしまう。既に殺せんせーの術中にはまっていることに気が付いてないのだ。このシロという男は。

 

「シロさん、貴方は一つ計算に入れ忘れていることがある。そしてイトナ君、借り物の力では先生は殺せませんよ」

「御託を並べるのはそこまでにしてもらうか殺せんせー、やれイトナ」

 

 堀部が跳躍し触手を殺せんせーに叩きつけ、そして触手が弾け飛んだ。唖然とする堀部とシロ。

 

「なっ……」

「おやおや、どうやら落とし物を踏んづけてしまったようですねぇ」

 

 床にはさっきまではなかった対先生ナイフが置かれていた。どうやら堀部が触手を叩きつける前に誰かが持っていたナイフを盗んで置いておいたのだろう。手癖の悪い担任だこと。

 

 シロは賢いが知恵はないのだろう。担任を暗殺するべく訓練を重ねてきた私たちと同じように担任だって成長するのだ。こいつの敗因はカタログスペックだけを絶対視したことにある。ベトナム戦争でベトコンに苦戦を強いられた米軍のように決して性能は戦力に直結するわけではない。

 

「そして同じ触手なら弱点も同じ」

 

 明らかに動揺している堀部を殺せんせーは自分の抜け殻で包み窓に向けて放り投げる。窓ガラスが砕け散り堀部は外に投げ出された。だが抜け殻で包んでいるため外傷はなさそうだ。とは言え精神的なショックは計り知れない。

 

「どうやら私の勝ちみたいですねぇ。ヌルフフフ」

 

 殺せんせーはいつものように緑の縞模様を浮かべて笑った。鮮やかな逆転勝ちだった。

 

 




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(解説することは)ないです


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