【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、投稿時間ミスった


十七時間目 平和の時間

「──!」

 

 男の人が大声で怒鳴る。その人の手には鉄砲が握られていて時おり鉄砲を振り回しながら同い年くらいの子達に何かを言っていた。

 

『おい、日本人』

 

 たどたどしい英語で呼ばれる。私はここでは日本人と呼ばれている。声のするほうに向けば私を助けてくれた人が呼んでいた。駆けよれば相変わらずお金を数えている。何でそんなにお金が好きなんだろう。

 

 この人は私にご飯を食べさせてくれる。ここにいる人たちの中でただ一人言葉が通じる人。だから私はこの人に従うしかない。身体を売るか、銃を取るか、この人は私にそう言った。身体を売るというのがどういう意味かわからないけど多分とってもひどいことをされるんだと思う。

 

『お前も、銃とって戦え』

 

 男の人が指を鳴らすと男の人の仲間が血だらけの人を連れてきた。顔は腫れていて元の顔がどんなだったかわからない。血だらけの男の人がなにか叫んでいたけどその度に蹴られてかわいそうだった。

 

『お前、こいつ殺せ』

 

 私を助けてくれた男の人は持っていた鉄砲を私ににぎらせた。男の人が持っていた時はとっても小さかったのに私がもつととても大きくて重い。

 

『わ、私鉄砲うったことないです』

『なら今日初めてお前運良い』

 

 多分私はこの人を鉄砲でうたなくちゃいけないんだと思う。でも前に人にいやなことはしちゃだめって言われた。あれ?誰に言われたんだっけ。思い出せない。

 

『早く撃て』

『で、でも人に嫌なことしちゃ駄目だって……』

 

 私がそう言うと男の人が大声で笑い始めた。何故だかわからないけど私はそれがとってもいやだった。そして男の人は仲間に何か言うと仲間の人が私の頭に鉄砲を向けた。

 

『こいつ撃て。撃たないとお前殺す』

『で、でも『やれ』

 

 私は重たい鉄砲を何とか持ち上げ血だらけの男の人に向けた。その人は大声で叫んであばれるけどおさえこまれてしまった。男の人と目が合った。

 

「───!──!」

 

 男の人の両目からは涙があふれていた。私は泣きたくなるのをがまんしながら鉄砲の引金を引いた。

 

 引金はとても軽かった。

 

 

 

 

 

 飛び起きる。辺りを見回す。見慣れた壁、天井、殺風景な部屋。そうだ、私は今家にいるんだ。胸に手を当てる。心臓が今にも飛び出しそうなくらい脈打っている。身体中が汗でびっしょりだ。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、ゆ、夢か……」

 

 初めて人を殺した時の夢だ。何で今更こんな夢を見るんだ。いつもなら戦闘時の夢を見るって相場が決まっているのに。何でよりにもよってこんな夢なんだ。

 

「糞ったれが……」

 

 未だにクラクラする頭を押えながら立ち上がる。時計を見ればまだ四時だった。いつもならあと一時間は眠っているはずだ。そんなことを考えていると猛烈に不安になった。慌てて枕元にあるSIG P226を手に取る。これがないと安心できない。ベッドに膝を抱えて座り込む。

 

「そう言えば今日球技大会だったな……」

 

 確かバスケットボールだったはずだ。昨日だって皆と練習したんだ。行かないとまずいよな。そうは思ってもさっき見た夢がフラッシュバックとして襲ってくる。行けるのか?この状態で。

 

「気付けに一杯飲もう……」

 

 覚束ない足取りで台所に向かいショットグラスを取り出しバーボンを注ぐ。最近はまるで監視しているかのように飲もうとすると律がパソコンに侵入してくる。お陰で碌に飲めていない。

 

「はぁ……」

 

 グラスを一気に呷る。きついアルコールが喉を焼き精神を覚醒させる。本当はこんなアルコールの使い方は好きではないがこういう時はアルコールにでも頼らないとやっていけない。

 

「糞……駄目だ……」

 

 気付けに一杯やっても気分は一向に晴れなかった。まあ当たり前か。

 

「畜生……」

 

 脳裏に映るのはその後の血塗れの男。私があの時撃った弾は頭ではなく腹に当たった。人というのは意外と丈夫だ。脳幹などに当たらない限り即死することは殆どない。

 

 痛みで泣き叫ぶ男の声が今でも鮮明に思い出せる。腹を押えて蹲り私を見つめる瞳には怒りや恐怖、悲しみ、憎悪、凡そこの世のありとあらゆる悪感情が込められていた。私は悪くないということはできる。でも引金を引いたのは間違いなく私の殺意だった。

 

「糞!」

 

 グラスにバーボンを注ぎ一気に飲み干す。空になったグラスにもう一度注ぎ再び飲み干す。注いでは飲み注いでは飲む。やがて面倒になりボトルごと一気に呷る。

 

「情けないなぁ……本当に……」

 

 酔ってしまえばどれほど楽だろうか。少なくとも酔っている間は何もかも忘れることができる。でも悲しいかな私は酒にめっぽう強い。少なくともバーボンを一本空けた程度ではほろ酔いしかしない。我ながら荒みきっているなあ。

 

「今日は休もう……」

 

 とてもじゃないが学校に行ける状態ではない。人殺し風情が今更どんな顔して後悔するというのか。あんな夢で取り乱すなんて情けないにもほどがある。ベッドに横になりここに来てからのことを思い出す。世界が違っても共存できないわけじゃない。ここにいてもいいと思うこともある。でもそんな簡単に折り合いを付けられるほど私の人生は単純ではない。

 

「一応、メールで送っておこう」

 

 内容はどうしよう。昨日食べた干し肉があたりましたでいいだろう。

 

 

 

 

 

 あれから時間は過ぎていき気が付けば太陽は空の真上まで昇っている。携帯電話を開けば茅野と倉橋(連絡先を交換した記憶はない)から私を気遣うメールが届いていた。何で知っているのだろうか。多分律か殺せんせーが勝手に教えたんだろう。

 

「外にでも出るか……」

 

 少なくとも酒を飲む気にはなれなかった。外に出れば少しは気晴らしにもなるだろう。中学生がこの時間帯に外を出歩けば面倒ごとになるのは必然だが幸い私の背丈は中学生は愚か成人女性の平均を優に越している。服装に気をつかえば少なくとも成人には見られるだろう。

 

 クローゼットを漁り適当に服を選ぶ。殆どが戦闘もこなせるタクティカルウェアーだらけの中ひと際異彩を放つ服を見つける。

 

「これにしよう」

 

 これなら絶対に中学生には見えない。手にした服に袖を通す。黒いスラックスに黒いジャケット、黒いネクタイ。金持ちの警護をするときに着たダークスーツである。

 

「これはどうみてもマフィアだな」

 

 姿見に映る自分の姿に思わず苦笑する。これで本当に銃を持っているのだから手に負えない。鏡にはどこからどうみても堅気の人間には見えない私が映っていた。本当に堅気じゃないんだけどね。

 

「じゃあ行くか」

 

 足取りは重かった。

 

 

 

 

 

 目的もなく街をぶらつく。裏山にある旧校舎とは違い街は騒がしい。車や人の話し声、重機の音、様々な音が混ざり合いカオスを形成する。耳を澄ましても銃声や爆発音は聞こえない。

 

「なんか、頭がおかしくなりそうだ」

 

 ここでの暮らしには随分と慣れたはずなのにどうにも今日は気分がすぐれない。銃声や爆発音が聞こえない。そんなことは当たり前だ。何故なら日本はどこの国とも戦争をしてしないし治安だってとてもいい。でもそれが不安でしかたがない。

 

「糞、考えたってどうにもならないだろうに」

 

 逃げるのは簡単だ。今すぐにでも退学届けを出してこの国から去ればいい。私の力を欲している者は多い。すぐにでも働き口が見つかるだろう。しかしそれは現状から目を背け逃げているにすぎない。

 

 逃げるのは悪いことではない。闇雲に立ち向かったところで消耗するのがオチだ。そんなことをするのは末期戦くらいで十分だ。でもここで逃げるのは何か違う気がする。せっかく掴みかけた何かがあるのだ。それを手放すのは嫌だ。

 

「今頃E組の試合が始まっているんだろうな」

 

 他のクラスはトーナメント制なのに私たちだけエキシビションマッチということになっている。男子は野球部、女子はバスケ部と対戦させられるのだ。どちらも全国大会に出るような連中だ。はっきり言って公開処刑に他ならない。

 

 男子たちは何か秘策があるらしいが私たちは何というか厳しい。訓練で身体能力は上がってきているが向こうは質も量も段違い。最初は油断しているだろうから点数は取れるだろう。だがそれがなくなれば勝率はゼロに近い。

 

「悪趣味ここに極まれりだな」

 

 この学校の理事長いつか糾弾されるんじゃないか?こんなネタマスコミが放って置くわけがないだろう。恰好の餌食になるに決まっている。確か浅野なんとかって名前だったな。写真でしか顔を見たことないから詳しくは知らないが余程悪趣味な人間なのだろう。

 

「まあどうでもいいか……」

 

 頭に過った下らない考えを一蹴しつつ歩き続ける。そんなことを考えながら歩き続けると視界にスーパーマーケットが目に入ったので店内に入る。黒づくめのスーツ女が入って来ても誰も見向きもしないところが実に日本らしい。

 

 冷房の効いた空間を歩きながら適当に陳列棚を見て回る。日本での生活には慣れたがやはり何度来てもこの品物の充実っぷりには驚かされる。生鮮食品売り場からリンゴを適当に手に取り購入する。

 

「ありがとうございましたー」

 

 何でこの国は品物を買うだけで店員から感謝されるのだろうか。よくわからない。レジ袋に入れたリンゴを片手に持ちながら店を出る。直射日光が私を襲う。

 

「お前さん、あんときの嬢ちゃんか?」

 

 私の前方にいた老人に声を掛けられた。私はこの人を知っている。

 

 

 

 

 

「すまんのわざわざ」

 

 荷物を抱えた松方さんが申し訳なさそうに言う。その手には少なくなったとはいえ決して軽いとは言えない量の荷物が抱えられている。

 

「成人男性くらいなら余裕で担げるので問題ありません」

 

 松方さんの荷物を持ちながら答える。実際負傷した味方を担いで5キロ程歩いたこともあるのでこの程度は造作もない。伊達に鍛えているわけじゃないのだ。その時味方に子供の皮を被ったゴリラと言われたのは今でも覚えている。

 

「お前さん本当に中坊か?」

 

 私にもわからん。多分中学生だと思うけど実際のところ本当の年齢は定かではない。戸籍が見つかって実は高校生でしたとかになったらどうしようか。そんな下らないことを考えていると松方さんが何故昼間に私がいるのか質問した。

 

「今朝から気分が悪くて昼まで寝込んでました。もう大丈夫なんですけどね」

 

 サボっていると言えなくもないがあの状況で学校に行ったら何をやらかすかわからない。また速水の時のように変な勘違いをされてはたまらない。

 

「ならいいんだが、てか何でやーさんみたいな恰好しとるんだ」

「宗教上の理由で」

「そんな宗教聞いたことないわ!」

 

 おかしいな、服装などにつっこまれたら宗教上の理由でゴリ押しすればなんとかなったんだが。日本は寺で葬式を挙げ神社に参拝しキリストの誕生日を祝うというおかしな国だ。それゆえ個人の信仰には寛容だと思ったのだがどうやら違うらしい。認識を改めなければいけないな。

 

「まあ嘘ですけど」

「お前さんと話してると疲れるわい」

 

 冗談を言ったことで場の雰囲気が明らかに変わる。そこでふと気が付いた。私はこんな冗談を言う人間だったか?いつもなら適当にお茶を濁して終わったはずだ。私も変わったということか。

 

 そんな変化に戸惑いながらも歩き続ければ以前みたぼろい建物が見えてきた。わかばパークだ。ここからでも子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。横を見れば松方さんも心なしか顔が綻んでいた。何だかんだ言って子供好きなのだろう。

 

「あ、園長せんせーだ!」

 

 庭で遊んでいた子供の一人が私たちに気づく。その声に釣られて他の子どもたちもわらわらと寄ってくる。

 

「おお、今帰ったぞー」

 

 松方さんは本当に楽しそうに子供たちに言った。この仕事が好きで仕方ないのだろう。じゃれつく子供の相手をしながら荷物を置いていく松方さんを見ていると子供たちが私に気が付いた。

 

「おねーちゃんだれー?」

「なんかヤクザみたい」

 

 や、ヤクザか……自分で選んだとはいえ子供から面と向かってマフィア呼ばわりされるのは少しへこむ。松方さんの指示で荷物を置きながら子供たちを観察する。この時間帯だと四歳から五歳くらいの子供が多いようだ。

 

 よく見れば小学生らしき子供も混じっている。こんな多くの子供の面倒を見るなんてきっと大変だろうに。

 

「ヤクザみたいなお姉ちゃん……」

「姉御だ!」

 

 は?

 

 

 

 

 

 縁側に座りながら子供たちの遊ぶ様子を観察する。私が彼らの年の時は既に銃を握っていたな。願わくばこの子達がそんなことをしないですむ世界が続くようにと祈る。祈る対象なんてないが。

 

「これお茶とお菓子なんだけどいるかしら?」

「あ、どうも」

 

 保育士の人が私の横に茶と菓子を置いた。なんてことない緑茶だった。緑茶を啜りながら昔を思い出す。中東ではよく煮出したコーヒーを飲んでいたな。甘くて美味しかった記憶がある。いつか作ろう。

 

「横座るぞ」

 

 一仕事終えたらしい松方さんが私の横に腰を下ろした。本当なら荷物運びを終えたらとっとと帰るつもりだったのだが半ば強引に一休みすることになった。

 

「さくらのことと言い今日のこと言いすまなんだ」

「いえ、別にただの条件反射のようなものですよ」

 

 ただ暇だったから、手が空いていたから、そんな下らない理由だ。決して善意などではない。私がいつぞやの時のように礼を断ろうとすると松方さんは露骨に不機嫌そうな表情を浮かべた。

 

「嬢ちゃんが自分のことをどう思っとるのか知らんが、ワシはお前さんに礼を言っとるんだ。受け取らないのは逆に失礼だぞ」

「す、すいません」

 

 思いのほか強めに言い返されてしまい反射的に謝る。でもこの人の言う通りだ。贈られた感謝の気持ちを受け取らないというのは贈った人を侮辱することに他ならない。カエデが怒ったのもそれと同じことだ。

 

 気まずい沈黙が流れる。私はどうしていいかわからず子供たちを眺めた。私が子供のころはあんな風に笑うことなんてできなかった。楽しいことなんて一つもなかったし毎日死の恐怖に怯えて震えていた。

 

「みんな笑ってますね……」

「あ?」

 

 気が付けばそう呟いていた。ここの子供たちは死の恐怖に怯えることはない。家庭環境までは与り知らぬことだが少なくともここでは笑うことができる。私が戦場で落としてしまったものを彼らは持っている。

 

「私が彼らと同い年の時は笑うことなんてできなかった。記憶にある感情は恐怖や諦観、怒りや憎悪。そんなものばかりです。そして気付けば笑い方も忘れてしまった」

 

 微かに記憶に残る平和な暮らしとのギャップに苦しめられいつしか私の心は凍っていった。硝煙の匂いを嗅ぐことが楽しみになり人を殺すたびに自分が強くなったと勘違いした。そんなものは勘違いでしかない。人を殺したところで己が強くなれるわけがないのだ。

 

 だが、彼らにそれは必要ない。家に帰れば親が待っているのだろう。温かいベッドがあるのだろう。美味しい食事があるのだろう。敵に怯え眠れない夜を過ごすことなんてないのだろう。私はそれが妬ましくてしかたがない。

 

「ああ、そうか。私は羨ましいのか……」

 

 やっと自分の感情を理解した。私は羨ましかったのだ。私にとって何不自由ない生活というのは自らの手で勝ち取らなくてはならないものだった。自分の人生は糞のようなものだとは常々思ってきた。だが本当の意味でそれを理解したのは今日が初めてだった。

 

「お前さんがガキの時分に何があったのかは知らんが……」

 

 松方さんが口を開いた。その顔にはなんだか殺せんせーが時折見せるものと同じ感情が浮かんでいた。

 

「自分が笑えなかったのならその分人を笑顔にしてやれ。少なくともここのガキどもくらいは笑わせられるわ」

 

 そう言って彼が顎で示した先には子供たちが私を見ていた。みんな好奇心に満ち溢れ未知の人物に興味津々といった様子だ。しばらくすると子供一人が私の前にやって来た。さっき私を姉御と言った子だ。

 

「姉御も一緒にあそぼーぜ!」

 

 彼に引っ張られるがままに移動すると子供たちに取り囲まれる。

 

「とりあえず鬼ごっこしよーぜ!姉御鬼な!」

「えっ、ちょ」

 

 私のことなんてお構いなしに一斉に散らばる子供たち。しばらくどうしていいかわからずにぼうっとしてたが意を決して立ち上がる。すると松方さんに声を掛けられた。

 

「そんで嬢ちゃんも笑え。遊んでたらそのうち笑い方も思い出すだろ」

 

 ニヤリと笑う。それだけで十分だった。

 

「君達!今行くぞ!」

 

 近くを走り回ってた子供に駆け寄りタッチする。鬼ごっことはそういう遊びのはずだ。戦場で鍛えた私に子供如きが勝てる道理はない。

 

「やべ、姉御ちょーはえー!」

「うわ、こっち来た逃げろ!」

 

 自慢の身体能力を駆使して子供たちに突っ込む。皆笑顔だった。

 

 

 

 

 

「はぁ、流石に疲れた」

 

 自宅への道を歩きながら一人ごちる。あれから私は二時間以上子供たちの相手をした。いやさせられたというほうが適切だ。帰ろうとする度に引き止められるのだ。しかも、彼らは私が力持ちだとわかった途端、肩車を要求したり腕にぶら下がったりまるで遊具のように私を弄り回した。お陰でスーツは皺くちゃだ。

 

 あの人たちは毎日彼らの相手をしているというのだから恐ろしい。物理的な体力は間違いなく私が上だが精神力は確実に上をいっているだろう。

 

「でも楽しかったな……」

 

 多大な精神力を消耗したが童心に帰って楽しんだのも事実。碌に遊んだこともない反動もあって非常に楽しめた。これではどっちが子供だかわからないな。いや、私もまだまだ子供というわけか。

 

 思い出に耽りながら歩き続けると自宅が見えてくる。帰ったら酒でも飲もうかなと考えていると私の借りている一回の部屋の扉の前に見知った人影が立っていた。

 

「あ、祥子!」

 

 カエデは私に気が付くと手を振りながらこちらに駆け寄ってきた。手には何かが詰まったビニール袋。というか何で彼女が私の家を知っているんだ。

 

「何でカエデが?というか何で私の家知ってるんだ」

「何でってお見舞いに決まってるじゃん!住所は殺せんせーに教えてもらったんだ。お土産だって買って来たんだよ、ほら!」

 

 袋を私の前に持ってくる。中には大量のお菓子が入っていた。これ全部二人で食べるつもりだったのか。私は彼女の甘党ぶりに戦慄した。というか……

 

「腹下した人間に菓子を食べさすのか……」

「あっ……」

 

 まさか、今まで気づかなかったのか。と言っても腹を下したのは嘘なので大丈夫だが涙目でおろおろするカエデに大丈夫だと説明して事なきを得た。

 

「まあ何もないところだが入ってくれ、さ、ゲホッゲホッ!」

「ど、どうしたの?」

 

 危ない、間違えて酒と言いそうになった。あ、やばい、テーブルに酒置きっぱなしだった。慌てて部屋に入り酒を片づけようとするが、酒が見当たらない。銃火器はいつも見えない位置に置いあるから大丈夫だが、酒はまずい。本当にどこにいった。

 

「お邪魔しまーす。あれ?これって……」

 

 ちょっ!まだ入ってなんて言って、いや入ってくれって言ったな。カエデが入ってくるのと同時に酒を台所の上に置きっぱなしだったことを思い出した。慌てて戻る。しかし時すでに遅し、覆水盆に返らず。もう後戻りはできない。

 

「祥子、これ何?」

 

 そこにはバーボンのボトルを握る満面の笑みのカエデがいた。終わった。

 

 

 

 

 

 その後私はカエデにしこたま説教を喰らい、所持していた酒を全て捨てるか売る羽目になった。だがまだだ、まだ終わってない。冷蔵庫の裏に一本隠してあるのだ。

 

「あ、茅野さん、まだ冷蔵庫の裏に一本隠してありますよ!」

 

 おい馬鹿やめろ。

 

 




用語解説
(解説することは特に)ないです

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