【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

19 / 75
書いていて思うこと、化物かな?


十九時間目 友達の時間

 私が鷹岡から離れた後、皆は相変わらず怯えていた。しかし、先ほどまでとは明らかに恐怖の度合いが軽くなっている。実のところ鷹岡の考え方はそこまで悪くない。暴力というのはとてもわかりやすい恐怖だ。恐怖で生徒を従える。実によく出来た教育法だと思う。

 

 だが、それは指導する相手が自分より弱い場合に限定される。暴力というわかりやすい力に頼る以上、さらに強大な暴力には成す術がない。力こそが全てだと自ら証明してしまったからだ。

 

「前原、大丈夫か?」

 

 スクワットの姿勢のまま蹲る前原に声を掛ける。彼はしゃがみ込みながらもサムズアップをしてくれた。どうやら心配するほどの怪我ではないようだ。視線を鷹岡に戻す。まだフリーズしている。まさか自分がやられるとは思っていなかったというのか?いや、そんな馬鹿なはずないだろう。

 

「みんな大丈夫か!」

 

 烏間先生が慌てて来てくれた。ちょっと遅いなあ。この場において確実に味方してくれる存在の登場によって皆はあからさまに安堵している。殺せんせーも放ってはおかないだろう。もっとも、今度手を出したら私が二度と鏡を見れないようにするだけだが。

 

「彼らはただの中学生だ!正気か鷹岡!!」

 

 ある意味では正気だろう。こういった見せしめ行為は冷静な判断力が必要とされる。行為そのものは狂気でもその思考回路は冷静そのものだろう。

 

「は、ははは、はははははは!!」

 

 フリーズしていた鷹岡がいきなり烏間先生の言葉に狂ったように笑い始めた。冷静だと思っていたがもしかしたら薬物でも摂取していたのかもしれない。豹変した鷹岡に皆が息を呑んだ。

 

「正気に決まってるだろ烏間!俺はこいつらを立派な暗殺者に育て上げるために教育しただけさ。安心しなちゃんと手加減したさ。なんせ俺の家族だからな!」

 

 口ではそういうものの額を見れば汗が一粒流れていた。こいつは今焦っているのだ。ここで引いてしまえば自分の立場はない。教官からただの暴力教師に成り下がる。既に恐怖による縛りは解けつつある。ここで立場を再定義しないと立っていられないのだ。

 

「俺の家族じゃない。私の生徒です」

 

 殺せんせーもやって来た。顔は相変わらず笑顔だが額には青筋が立っている。真っ黒じゃないだけまだましだが声のトーンから察するに相当ご立腹のようだ。

 

「いっちょまえに教師面してんじゃねぇよ、モンスター風情が。俺は教科担任としてやるべきことをやっているだけだ。さっきの罰だって立派な教育の範疇だ」

「さっき臼井に寸止めされてビビッてたじゃねぇか……」

「んか言ったかゴラァッ!!」

 

 尤もな屁理屈で殺せんせーをあしらおうとしたものの先ほどの一件のせいでまるで説得力を感じられない。さて、ここからどう挽回するのか見ものだな。自分のルールだけで押し通せるほど世の中甘くはない。こいつがこれからも教官ごっこを続けたいのなら力の差を皆の頭に焼き付けるほかない。

 

「ゴホンッ!それになぁ、こんな短い時間でお前を殺す暗殺者を育て上げなきゃいけないんだぜ?厳しくなって当然だろ。それとも何だ?多少教育論が違うだけでお前は俺を攻撃するのか?」

 

 暴論だが(一応、それもかなり、殆ど見えないくらい細いが)筋は通っている。ただの中学生をマッハ20の超生物を殺せる暗殺者に育てなければいけないのだ。客観的に見れば正しいと言えなくもない。だがそんなものは詭弁だ。ここは烏間先生あたりに論破してほしいところだが……

 

「…………」

 

 当の烏間先生は黙り込んでしまった。まあ無理もないか、軍人の視点で考えれば決して間違っていないからだ。でも例え正論だとしても日向の人間の幸せを奪っていいことにならない。自ら望んだのならともかく暴力で無理やりなんて許さない。皆には私のような人間にはなってほしくない。

 

 私は黙り込む二人を横目に私は新たに決意を固めた。

 

 

 

 

 

 二人が去った後、鷹岡は再び教育という名の洗脳を始めた。止めるべき立場にある人物が手出しできない以上鷹岡の暴挙を止めることができるのはこの場では一人しかいない。

 

 皆口にこそ出さないが私を見ている。言外にこう言っているのだ。早くこいつを止めてくれと。私としては勿論止めるつもりである。だがタイミングというものがあるのだ。そのタイミングを伺いつつスクワットを続けていると鷹岡が以前のような軽薄な笑みを張り付けて私の前までやって来た。

 

「お前、名前なんていうんだ?」

 

 その声色には明らかに媚の感情が混じっていた。暴力では従えないと踏み私を抱き込む方針に変えたか。典型的な小物だな。体格なら烏間先生よりよほど大きいのに肝はそれ以下か。

 

「臼井、祥子」

「そうか、臼井っていうのか!さっきは悪かったなぁ、いきなり殴ろうとして。まあやり返されちゃったけどよ。でも父ちゃんは感動した!」

 

 は?何言ってんだこいつ。皆も鷹岡の豹変に目を丸くしている。取り入るつもりなのは分かるが下手すぎるだろ。若干呆れつつ鷹岡の話を聞くことにする。

 

「さっきので確信した!お前ならあのモンスターを殺す英雄になれる!こんな下らないスクワットなんてすぐに止めて俺と特訓しよう!父ちゃんとお前で英雄になろうじゃないか!」

 

 英雄とかいつの時代だよ。考え方が古すぎる。やはり実戦など経験したことない素人だな。いくら訓練を積もうとも考え方が絶対的に兵士として不適格だ。戦場に英雄なんていない。必要なのは己に与えられた任務を忠実にこなす屈強な兵士だ。

 

「戦場に英雄なんていませんよ、鷹岡先生。いるのは生きてる奴と死んでる奴だけだ」

 

 今、立っているかいつか倒れるかの違いしかない。その言葉に鷹岡は急に真顔になった。そもそもこいつは私の正体を知らないのだろうか?まあ恐らく碌に調べもせずに来たのだろう。それとも烏間先生が隠しているのだろうか?

 

「何でお前みたいなのがここにいんだよ……」

 

 さしずめ藪をつついて蛇が出たといったところか。尤も、出てきたのは蛇ではなく悪魔だけどな。

 

「お前、こんな弱虫共とつるんで楽しいか?」

 

 唐突に投げかけられた質問に私は硬直した。それはここに来てからずっと考えていたことだからだ。強さを求める私にとって鷹岡の言葉は正に猛毒に等しかった。朱に交われば赤くなる。ぬるま湯に浸ればいずれ私は確実に弱くなってしまうだろう。

 

「何が、言いたいんだ?」

 

 苦し紛れに質問を投げ返す。どうみても悪手だった。

 

「父ちゃんはお前みたいな目をしたやつを沢山見てきた。本当は暴力が楽しくて楽しくてしょうがないんだろ?わかるさ、俺だって暴力が大好きだからなあ」

 

 まるで我が子に言い聞かせる父親のように優しく語り掛ける。否定したくても否定できなかった。だって私は何のためらいもなく人を殺せるから。戦うことしか知らないんじゃなくて本当は戦うのが好きなんじゃないのか?

 

 戦うために生きてきたのは紛れもない事実だ。でもそれは決して戦うのが好きだったからじゃない。でも本当にそうなのか。私には確証が持てなかった。

 

「でもそれは何にも悪いことじゃない。暴力が好きなのは人間の本能だからなあ。弱虫ばっかりでがっかりしたが俺はお前を見つけた。お前となら英雄になれる!こんな屑共は放って置いて俺の手を取れ!」

 

 あ、こいつ今なんて言った。今、何て言った?屑、屑だと?こんな私に優しくしてくれたカエデや潮田、倉橋、前原、片岡達を屑と言ったのか。最低のゴミクズだと言い張ったのか。犬畜生にも劣ると言ったのか。

 

 こいつ、殺してやろうか。

 

「…………だけか……」

「あ、聞こえねえよ。もっと大きな声ではっきり言ってくれ」

「言いたいことはそれだけかと言ったんだこの野郎!!」

 

 私の叫び声が校庭に木霊した。調子に乗っていた鷹岡も私の叫びに閉口する。皆も顔を上げて私を見ていた。もう、我慢できない。ふざけるな、ふざけるなよ。この野郎。

 

「屑だと、今みんなを屑だと言ったな!!」

「そうだ、お前だってわかってんだろう?こいつら何時まで経ってもこのまんまだぜ。こんなクラスメイト見捨てるような奴等が屑じゃなかったらなんだって言うんだ?」

 

 そんなもの決まっている。いつも構ってくれる倉橋、心配してくれるカエデ、渚、遊びに誘ってくれた前原、他のみんな、全員私の……

 

「そんなの決まってる…………私の、私の友達だ!」

 

 心の底から叫ぶ。感情を爆発させる。認めよう。みんな私の友達だ。友情が何なのかまだわからない。でもきっとこれがこの感情がそうなんだ。私の凍った心に熱が宿る。戦いでもこんなに感情を発露させたことなんてない。戸惑いを感じないと言えば嘘になる。でもいいんだ。これでいいんだ。

 

「さっちゃん!」

「祥子!」

 

 カエデと倉橋に呼び声に振り向き笑う。今まで一番いい笑顔が出来たと思う。感情なんて今までいらないと思ってたけど確かにこれは悪くないな。私がどうしようもない屑なのは変わりない。人殺しとばれたら掌を返されるかもしれない。でもそれでいい。例えそうでもみんなは私の友達だ。

 

 改めて鷹岡に向き直る。予想外の返答に困惑しているようだ。まさかここでこう返してくるとは思わなかったようだな。呆けっとしている鷹岡の後ろに見える鞄を凝視する。ナイフの柄が飛び出していた。

 

 鷹岡を通り過ぎて鞄に突っ込まれたナイフを手に取る。ふむ、ナロータングのサバイバルナイフか。安物だな、大振りで威圧感があるがそれだけだ。戦闘には適さない。

 

「おま、それ……」

 

 多分これで脅しでもするつもりだったのだろう。それとも生徒に持たせて自分は素手でそいつを倒すことで力の差をわからせるつもりだったのかもしれない。駄目じゃないか、そんなわかりやすい場所にあったら奪われるに決まっているだろう。

 

「先生、これで何をするつもりだったんですか?」

 

 自分が持ってきた凶器を奪われて唖然としている。完全に主導権を奪われているな。いっそ哀れにも感じる。その間にも適当にナイフを弄る。これならいけるな。

 

「大方これで脅すつもりだったんでしょう。しかしこれでは戦闘に適しません。大振りすぎて攻撃が遅くなります。最長でも7インチ以下にするべきだ。それにこの峰に付けられた鋸。作業用としては便利だが戦闘には必要ない。引き抜くときに筋肉に引っかかります。しかもこれナロータングですよね、強度が足りませんよ。せめてハーフタングにするべきだ」

 

 はったりをかますにはちょうどい見た目だがそれが通用するのは精々街のチンピラまで。プロには通用しない。今までどんな経験をしてきたかわからないがどうやら弱い者いじめしかやったことがないようだ。

 

「結論としてこんなものは」

 

 ナイフのグリップと刀身と握りヒルトを思い切り膝に叩きつける。やはり私の想像通りナイフはヒルトを境に真っ二つに折れてしまった。だから安物は嫌いなんだ。

 

「装飾品に過ぎない」

「う、嘘だろ……」

 

 二つに分かれたナイフを地面に投げ捨てる。思いの外強く投げすぎて刀身のほうが鷹岡の足元に突き刺さった。それに驚いて飛びのく。最早教官としての威厳は何処にもない。流石にナイフを叩き折るのはやりすぎだったようで全員が目を見開いて驚いている。まるで時間が止まったようだな。

 

「もう諦めろ鷹岡、お前のやり方はここでは通用しない」

 

 烏間先生が場を収めるために鷹岡に言う。この人の言う通りだ。最早こいつに居場所はない。私によって絶対者としての立場を粉々に砕かれたこいつに残されたのはただの暴力教師としての烙印のみ。恐怖による縛りは最早砕け散った。私がナイフと共に叩き折ったのだ。

 

「通用しないだと!間違ってるのはお前のほうだろうが烏間!ここで使えそうなのはあいつしかいねえ。他は全員弱虫だ。お前地球の危機を前にしてまだ教師ごっこするつもりかよ。とんだお笑いだぜ!」

 

 鷹岡の言うことは間違いだ。彼らは決して弱虫ではない。どん底に落ちながらも懸命にもがいている。前に進んでいる。そんな皆が弱虫なわけがない。戦うことしかできない私なんかとは大違いだ。

 

「弱虫なのはお前のほうだ。鷹岡」

「なん、だと?」

 

 烏間先生の返答に鷹岡が顔色を変えた。

 

「お前は怖いんだろう?怖いからそうやって押さえつけ、支配しようとする。中学生にすら怖気ついて暴力を振るおうとするのが何よりもの証拠だ」

 

 烏間先生の言葉に私は本当に弱虫だったのは鷹岡なのだと理解した。考えてみればその通りだ。鷹岡は怖いんだ。臆病だからそうやって押さえつける。支配しようとする。誰が弱虫だ。弱虫なのはお前じゃないか。

 

「だが、確かにお前の言い分にも一理ある」

「ほう、認めるのか!な「例え地球の危機だとしても、彼らを俺達の世界に引きずり込む権利は何処にもない」

 

 烏間先生はそれは真っすぐな目で言いきった。この人の言う通りだ。皆を私たちの世界に引きずり込む権利は何処にもない。あっていいわけないのだ。烏間先生は鷹岡の胸倉を掴むと睨みつけた。

 

「教官ごっこがしたいのなら原隊に戻れ。ここは中学校で、お前は体育教師だ。力で押さえつけることしかできないお前にここで教える資格はない。暴れたいのなら俺が相手してやる」

「……そうかよ、なら勝負といこうじゃないか!」

 

 この期に及んでまだ何かするつもりのようだ。ジャージの裾をまくり足首に装着していたブーツナイフを引き抜いた。まだ持っていたのか。本当にここを軍隊だと勘違いしているようだ。

 

「言っとくが暴力でお前とやりあう気はないからな。お前の言う通り俺は教師だ。ならここは教育で決着を付けよう」

 

 そう言って鷹岡は得意気に予め考えていたであろうルールの説明をした。勝負はナイフでの模擬戦。クラスメイトの中から一人選び鷹岡と戦わせる。一度でもナイフが鷹岡に当たれば私たちの勝ち。晴れてここから出ていくという。そして負けたら……

 

「負ければお前は今後一切口を出さない。ついでにそこの臼井も貰うぜ。俺がみっちり仕込んで英雄にしてやる」

 

 いや、何勝手に人のこと報酬にしようとしてるんですか。いや、私が勝てばいいのか。こいつにはここいらで退場してもらう。ついでに二度と鏡を見れないようにしてやる。

 

「ふざけないでよ!祥子が何したっていうのよ!」

「茅野……」

 

 ずっと沈黙を守っていたカエデが声を荒げ抗議した。普段見ない親友の姿に潮田も困惑しているようだ。確かに彼女がこうして本気で怒るのは見たことがない。

 

「おうおう、友情ってやつかぁ。そんなものなんの意味もないだろう?お前らだってこいつがやってくれるんじゃないかって思ってるんだろう?」

 

 そうじゃないと思いたいが、先ほどの視線のことを考えるにあながち間違いじゃない。でも別にそれでもいい。人殺しなんてやるものじゃない。私や殺し屋が殺せるのならそれに越したことはない。

 

「気が変わった。もうお前らいらねえよ。こいつだけ貰っていく。弱虫どもには用はねぇ」

 

 えぇ……なんか私を置いて勝手に話が進んでいくんだけども。仕方ないか。一旦こいつの要求を呑んで後で再起不能にすればいい。最悪訴えるのもありだ。時間は掛かるがこれが一番穏便におさまるだろう。

 

「さあ、選べ烏間!何も悩むことはない。一人差し出してお前らは仲良くお勉強してればいい。俺の部下と臼井であのタコを殺して英雄になってやるよ、簡単だろ、はっはっはっは!」

 

 頭でもおかしくなったのか鷹岡は意味不明なことを言い出し始めた。勝手に人のこと景品扱いしやがって。冗談抜きでここで滅多刺しにしてやろうかな。

 

「烏間先生、わかってますよね?」

 

 言外に私にやらせろと告げる。仮にここで私が負けても犠牲になるのは私だけ。殴られるのは慣れっこだ。何の問題もない、それにやられっぱなしで終わるほど私は弱くない。必ず報復する。

 

「普段の成績から考えれば臼井さんにやらせるのが正解なのだろう。だが、俺が選ぶのは……」

 

 烏間先生は皆を一巡する。まあ考える必要なんてないんだけど。突然の事態に烏間先生も混乱しているのだろう。そして決まったのか、一歩づつ歩き出す。

 

「烏間先生」

 

 背後で潮田の声がする。ナイフなんて無理だと言おうとしているのだろうか。それとも私を推薦するのか。先ほど存分に私の強さは見せつけた。そう考えるのも無理はない。

 

「僕に、やらせてもらえませんか?」

 

 その考えは唐突に裏切られた。

 




用語解説

ナロータング
ナイフの芯の部分がグリップより細くなっているものを差す。主人公ちゃんはチューペットみたいに叩き折ってるけど、普通は不可能。

ブーツナイフ
文字通りブーツに仕込める小型ナイフ、かっこいいけど使い道なさそう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。