【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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 書いていて思うこと、この主人公ちゃん盛りすぎたかも。


二時間目 始まりの時間

 

 

 

 

「君が臼井さんですね!烏間先生から話は聞いていましたよ。私がこのクラスの担任を務めるものです。殺せんせーと呼んで下さい」

 

 私の目の前でその冒涜的な触手をぬるぬるさせながら超生物はそう言った。ゴムボールのような顔に子供の落書きのような目と口が張り付いている。表情は常に笑顔で何を考えているのかまるで読めない。

 

 こいつはまるで動画のコマが抜け落ちたかのように突然目の前に現れた。話には聞いていたがとんでもない速度だ。ぶっ飛んだ人生を送っていると自負している私ですらそれなりに驚いた。こいつは確かにやばい、殺せる気がしない。戦場で出会ったら即座に撤退している。やるにしても問題だらけだ。

 

「ヌルフフフ。では、ホームルームを始めましょう。日直の人、号令をお願いします」

 

 そして一番の問題は、こいつをあと一年で殺さなければならないことだ。

 

 

 

 

 

 ホームルームが終わりそのまま流れるように授業が続いた。例の『殺せんせー』の授業は冗談抜きで今まで教わってきたどこの誰よりもわかりやすかった。要点は簡潔に纏められ誰が聞いても理解することができるだろう。そして聞いていて楽しい。興味深いと思った授業はいくつかあるが楽しいと思った授業は初めてだ。理想的な授業というのはああいうものを言うのだろう。

 

 それはおいておいて今後の身の振り方について考えよう。まずは暗殺だ。あの超生物は正攻法ではまず攻撃を当てることすらできないだろう。点による攻撃は避けられると考えた方がいい。やるなら対人地雷やグレネードなどの面制圧に長けた武器を使う必要がある。だが、私が思いつくようなものは既に試していることだろう。だからこんな奇妙な状況になっているのだ。

 

 では、意識外からの攻撃はどうだ。どんなに凄まじい反射速度や移動速度を持っていても相手は思考する生物だ。とは言え相手は超生物。並みの生物と一緒にするのはまずいだろう。ホームルーム中に何名かがエアガンとナイフで攻撃を試みていたがどれも失敗に終わっていた。それも相手の寝癖を直しながらだ。奴は死角からの攻撃も完璧に避けていた。殺気でも読めるのだろうか。

 

 そう言えば私の正体がばれたらどうなるんだろうか。問答無用で殺されるなんてことはないだろうけど追い出されるかもしれない。まあ、正直どっちでもいいんだけどね。中学を卒業したらまた現役復帰するだけだし就職先も困らない。飯の種になりそうな火種も世界中にごろごろしている。この学校で一年、二年と過ごしてきたけどやっぱり私は銃を握っているほうが似合っている。記憶処理をされるのは癪だが余計な爆弾を抱え込むのは避けたい。

 

「ねえ、臼井さんでいいんだよね?私は片岡メグ。よろしくね」

 

 一人今後の身の振りかたについて考えていると前から女子が話しかけてきた。どこかで見かけたような気がするが思い出せない。

 

「こちらこそ。名前のほうは、まあ適当に呼んでくれ」

「じゃあ、さっちゃんって呼んでいい?」

「はぁ?」

 

 今度はオレンジ色の髪をしたいかにも無害な女子がとんでもない爆弾を落としていった。私の肩に手を乗せて満面の笑みを浮かべこちらを覗きこむ。

 

「いや、どうみてもさっちゃんって顔じゃないと思うんだけど」

「えぇ~だって可愛いじゃん。あ、私倉橋陽菜乃!よろしく!」

 

 話しかけられているうちにどんどん人が集まり最終的にほぼ全員の自己紹介を聞くことになったとさ。

 

 

 

 

 

「はい、Repeat after me!」

 

 目の前の教師の言葉に合わせ皆が復唱する。口からでるのは凡そ授業では習わない卑猥な文章だ。この猥言製造マシーンの名は、イリーナ・イェラビッチ。綺麗なプラチナブロンドの髪に派手なスーツからはその魅力的な肢体を惜しみなく露出させている。

 

 知り合いになった潮田渚によれば殺せんせーを暗殺するために来た暗殺者らしい。だが、観察してみても暗殺者という割には筋肉があまりついておらず全体的に華著な印象を受けた。

 

 恐らくハニートラップなどの色仕掛けを専門にする殺し屋なのだろう。正面から倒すのはそこまで難しくないと考えて間違いない。相手の格闘能力が未知数なため油断はできないが、体格や筋肉量で大よその見当はつく。

 

「ほらそこ!ぼけっとしない!」

 

 怒られてしまった。どうやら真面目に聞いていないと思われたようである。イェラビッチ先生(皆はビッチ先生と呼んでいた。流石にそれはどうか思う)が私に指を突きつけて怒っている。

 

「ここに来たばかりだから慣れないのはわかるけど授業はちゃんと聞きなさい。いい?」

「はい、すみません」

「よろしい。じゃあ、これ音読してみなさい」

 

 そう言って黒板に書かれた文章を指さした。仕方がない。私は周りのそこはかとない期待の眼差しを受けながら立ち上がり黒板の文章を声に出した。

 

「すげぇ……」

 

 誰かがそう言った。どうしてだろう。心なしか教室が静まり返っている気がする。私の疑問は直ぐに解決した。

 

『あんた、ずいぶん英語が上手いのね』

『え、そうですか?結構普通だと思うんですけど』

『こうやって何不自由なく会話できてる時点で普通じゃないわよ。あんたもしかして海外にでも住んでたの?』

『あっ』

 

 極めてネイティブな英語でそう言われ私はやっと気が付いた。あっちじゃ日常会話は専ら英語である。というか私的にはメインが英語で日本語はどちらかというと外国語の扱いである。英語の他にもフランス語、スペイン語、アフリカーンス語、アラビア語を話すことができる。しかし、読み書きができるのは日本語と英語とフランス語だけで、他は尋問ができる程度だ。

 

『えっと、まあそんなところです』

『ふぅーん。そのレベルなら私が教える必要なさそうね。あ、もう座っていいわよ』

 

 何時ものノリでやってしまった。そう思いながら私は椅子に座るのであった。当然あとで質問攻めにあったのは言うまでもない。事実を言うわけにもいかないので海外にいたと言って適当にお茶を濁した。

 

 

 

 

 

「では、今日はこれで終了です。みなさん、身体に気を付けて帰ってくださいね」

 

 最後の授業が終わり各々自由な放課後を過ごすのであろう。私も帰ろうと机の横に引っかけたバックパックを手に取る。

 

「あの、さっちゃんさん」

「む?」

 

 床に向いていた視線を声のする方向に向けて見れば潮田渚がこちらを見ていた。その後ろには茅野カエデが引っ付いている。さっちゃんさんというのは私のことだ。自己紹介のあとさっちゃんは流石に似合わないとのことでE組の者達が勝手に議論した結果最終的にさっちゃんさんで落ち着いたのである。というかちゃんさんってなんだろう。日本語を習った時に敬称は基本的に一つと習ったのだが私の使った教材が古かったのだろうか。

 

「臼井さんって放課後暇?よかったら私たちと一緒に遊ぼうよ」

 

 穢れを知らぬかのような笑みを浮かべ茅野カエデは私に提案をしてきた。確かに、放課後は特に予定はないが家に組みかけのAR-15があるし支給されたエアガンの改造も行いたい。彼女達には悪いがここは断っておこう。

 

「あ、臼井さんは渡したいものがあるので残っていてくださいね」

「らしい、申し訳ないが今日は無理だ。すまないね」

「別に全然気にしてないから大丈夫だよ。じゃ、また暇があったら遊ぼうねー」

 

 そう言って彼女達は手を振りながら廊下の向こうに消えていった。残ったは超生物と私の二人。

 

「で、なんの用事ってなんですか?」

「ヌルフフフ、実はですね、臼井さんの実力を把握しておきたいと思いまして先生、テストを作ってみました。はいどうぞ」

 

 触手に挟まれた封筒を手渡される。初日からいきなり課題か。あまり気乗りしないなあ。ここには勉強しに来たわけじゃないし。あくまで銃声のしない生活とやらを体験しにきただけなのだ。とはいえ、自分の実力を把握するのは吝かではない。

 

「これを明日までにやってきてくださいね」

 

 でも、明日までか。少し面倒だな。

 

「どうです?E組には馴染めそうですか?」

 

 唐突に振られた質問。なんと答えればいいのだろうか。

 

「みんな優しいですね。残酷なくらい」

 

 自然と言葉がで出ていた。そう、E組の生徒は皆優しかった。一部例外はあるものの殆どが私と友好的な関係を築こうとしている。こんな私が彼等と仲良くしていいのか疑問だが浅く付き合うくらいなら神様だって文句はいわないだろう。

 

「そうですか。それはよかったですねぇ」

 

 そう言った声には優しさが込められていて私は少し戸惑った。今までの人生で殴られたり撃たれたりしたことは山ほどあったけど優しくされたことは滅多にない。だからだろうか私は珍しく感情を揺さぶられた。と言ってもほんのさざ波程度だが。

 

「用事は終わりですか?なら私はこれで」

 

 その感情に目を背けるように私は触手に背を向けて歩き出す。夕陽が教室に影を作る。

 

「あ、それと先生に実弾は効かないので持っていても意味はありませんよ」

 

 その言葉に身体が硬直する。ゆっくりと振り向けば相変わらず何を考えているのかわからない笑みを浮かべた殺せんせーがいた。

 

「いつから気づいていました?」

 

 動揺を悟られないように冷静を装う。グロックのホルスターは腰の裏に隠してある。ジャケットのボタンも一度も外していない。シルエットだって気を付けた。ボディーチェックでもしない限りばれようがない。

 

「臼井さんが教室に入ってきたときからですねぇ。嗅ぎなれない金属とグリスの匂い。あとわずかにですかアラミド繊維の匂いもします。きっとシャツの下に防弾着を着こんでいるのでしょう。少しだけ着ぶくれしているのでわかりました。ヌルフフフ、人の目は騙せても先生の鼻はだませませんよ」

 

 ようは、最初から気づかれていたというわけだ。こいつの能力を舐めてた。まさか銃はおろかボディーアーマーの存在まで気が付いてたなんて。

 

「で、どうするんですか?殺すんですか?それとも捕まえて拷問?まあ、煮るなり焼くなり好きにしてくださいよ」

「戦おうとは思わないんですか?」

「戦ったところでこの状況で勝ち目なんてありませんよ。背後を取られている上に私はジャケットのボタンも外していない。仮に今から銃を引き抜こうにも時間が掛かりすぎる。その間にやられるのは自明だ。ナイフも同じ理由で却下。それにマッハ20で動く触手に拳銃弾しか防げないボディーアーマーが耐えられるとは思わない」

 

 今の状況を表すのならそう、詰み。これが最も相応しい。今度は身体ごと振り向く。日の光が眩しい。落ち着いて夕陽を見たのはいつぶりだろうか。まあ、こんな最後も悪くはないか。いつかこうなるとは覚悟していた。今まで好きに殺してきたんだ。殺されもするだろう。目を瞑り来るべき死に備える。

 

 だが、いつまでたっても痛みはやってこない。代わりに感じたのは髪を撫でられる感触。ゆっくりと目を開ければ殺せんせーの触手が私の頭を撫でていた。

 

「殺さないんですか?」

 

 私は訊ねる。まるで殺して欲しいかのような聞き方だがこれは私の譲れないルールだからだ。撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけ。殺していいのは殺される覚悟のある奴だけ。人種も性別も年齢も種としての違いも関係ない。誰であろうと違えることは許されない絶対のルール。だからここで殺されることは私にとってごく自然な成り行きなのだ。

 

「いいえ、殺しません。生徒へ危害を加えることは契約で禁止されていますからね」

「あっ」

 

 思わず声が出てしまった。そう言えばそんなこと言っていたな。思考が兵士モードになっていたせいかこんな初歩的な間違いを見落とすとは。そんな私を余所に殺せんせーは「それに……」と付け加えた。

 

「臼井さんは私の生徒です。教え子を傷つける教師などそれは教師ではありませんよ」

 

 まるで子供に言い聞かせるかのように優しく語りかける。殺そうと思っていた人に優しくされるなんてなんだか不思議な気分だ。自分の中でなんだかよくわからない感情が湧き出す。よくわからないのに懐かしい。戦場でこんな感情は抱いたことはない。だからきっとこれはそれより前の……

 

 そこまで考えて私は首を振り湧き出た邪念を振り払った。何を考えているんだ。臼井祥子。お前はなんだ。そう、私は兵士だ。私は戦うことだけを考えればいい。他のことなんて殺してから考えろ。思考を放棄しろ。情を捨て去れ。お前は戦うためだけに存在するんだ。

 

「だから、防弾着なんて着ずに安心して殺しに来てください。まあ、殺されるつもりはありませんけどねぇ。ヌルフフフ」

 

 顔を緑の縞模様にして殺せんせーは笑った。クラスメイト曰くこれは舐めている時の顔らしい。今はそうやって笑っていればいい。いつか必ず殺す。

 

「そう言えば聞かないんですか?私が銃を持っている理由」

 

 そう言って私はホルスターからグロック26を引き抜き殺せんせーに見せた。殺すつもりがないことをアピールするために弾倉と薬室に入っている9x19mmのホローポイント弾を抜く。

 

「できれば聞いておきたいですがまた今度にします。もう遅いですからね。銃も没収しません。あ、教室では危ないので撃たないように」

 

 エジェクターによって弾き出された弾を咀嚼しながら(というか金属も食べられるのか)殺せんせーは言った。つくづく変な教師だ。窓の外を見れば確かに日は更に傾きもうじき真っ暗になることだろう。土地勘のない山道を光源なしに歩くなど自殺行為だ。ここは先生の好意に甘えて退却させてもらおう。

 

「分かりました。では、私はこれで」

「ヌルフフフ、ではまた明日。テストはちゃんとやってきてくださいね」

「はいはい」

 

 私が背を向ければ殺せんせーは触手を振りながら私を見送った。廊下を出て少し歩けば烏間先生が反対側から歩いてくる。彼に会釈すれば彼も私に会釈を返してくれた。堅物ではあるが悪人ではないらしい。そのまま歩き昇降口を出る。

 

「あ、きたきた!」

 

 声の方向を向けば茅野カエデと潮田渚がこちらに手を振っていた。その傍らには赤羽カルマ(書き方は知らない)がこちらを見ていた。こいつは授業中露骨に私のことを値踏みしてきた奴だ。

 

「何か用か?さっきは帰ると聞いていたんだが。もう遅いぞ」

「せっかく友達になったんだしあのまま帰っちゃうのはどうかと思って」

「それにここ暗くなると結構あぶないんだよね」

 

 茅野と赤羽がそう言った。どうやら彼らは善意でこの時間まで待っていたらしい。道案内をしてくれるそうだ。土地勘のない場所での任務では現地人を懐柔して道案内させることはよくあることだ。ここは素直に甘えておこう。何ともお人好しな連中だ。私みたいな輩を気に掛けるなんて。とは言え少し嬉しいと思ってしまうのも事実であった。

 

「そうか、それは感謝する」

「じゃ、行こうか」

 

 そうして私たちは黄昏の山道を歩き出した。東からは三日月(物理)が私たちを睨んでいた。これからどうなるかは知ったことではないが当分退屈しなさそうだ。

 

 

 

 

 




用語解説

ボディーアーマー
拳銃弾までなら受け止める。でも猛烈に痛い。

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