【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、丸くなったね。


二十時間目 信頼の時間

 気が付いたら声を出していた。烏間先生もさっちゃんさんもとても驚いている。特にさっちゃんさんは今にも僕に掴みかかりそうな勢いだ。僕も何で宣言しちゃったのかよくわかってない。

 

「俺も、君を選ぼうと思っていた。だが本当にいいのか?」

「はい、僕にやらせてください」

 

 今度は迷いなく答える。なんていうか我慢できなかった。さっちゃんさんはとても強い。間違いなくE組で最強の生徒だ。でもそれだけだ。

 

「潮田!君は正気か!」

 

 さっちゃんさんが僕に近づいて抗議してくる。多分、自分にやらせろと言いたいんだと思う。烏間先生と互角に戦えるさっちゃんさんならきっと鷹岡先生にも普通に勝てる。でも、それじゃ駄目なんだ。

 

「君が危険なことをする必要はない!こんなものは私にやらせればいいんだ!殴られるのには慣れている!」

 

 まるで自分はどうなってもいいと言いたげな雰囲気に僕は少しだけ腹が立った。さっちゃんさんは僕たちのことを友達と言ってくれた。それはとても嬉しい。でもこの人はまだわかってない。彼女が僕たちを助けてくれたように僕たちも彼女のことを助けたいと思っていることを。

 

 鷹岡先生にエアガンを寸止めした時、さっちゃんさんは家族は死んだと言った。この人は多分ずっと一人だったんだ。そう考えると今までの言動に納得がいく。殺せんせーのお陰でかなり変わってきたとは思う。でもやっぱり根本的には変わっていない。

 

「渚君、本当にやる気だな?」

「はい!」

 

 弱虫、鷹岡先生が僕たちに言った言葉だ。僕もその通りだと思う。さっちゃんさんが止めなければ神崎さんは殴られていた。怖かったなんて言い訳はしたくない。動けなかったのは事実なんだから。

 

「そうか、なら俺から言うことは何もない。このナイフは君に託した」

 

 烏間先生にナイフを手渡される。さっきさっちゃんさんが叩き折ったナイフに比べれば随分と小さい。でもずしりとくる重みが本物だと告げる。これを振るうのは確かに怖い。でも、この人が託してくれたナイフなら振るうことができる。僕にはそんな確信があった。

 

 だってこんなにも真っすぐに目を見て話してくれる人は家族にもいない。知っていることよりも知らないことのほうが多い。だけど僕はこの先生の渡す刃なら信頼できる。

 

「とうとうお前の目も曇ったか。よりにもよってあいつじゃなくてこんなチビを選ぶなんて」

 

 鷹岡先生の言う通りだ。本当ならさっちゃんさんに行かせるのが合理的な判断だ。でもここでさっちゃんさんに行かせてしまったら僕たちはこの先ずっとさっちゃんさんに頼り続けてしまう気がした。それは嫌だ。友達だと叫んでくれたさっちゃんさんのためにもここで戦う必要がある。

 

「何で君が行くんだ。潮田が行く必要なんて何処にもないだろう。私なら大丈夫だ。殴られ慣れているしそもそもあんな筋肉達磨に負ける気はない」

 

 カルマ君のような喧嘩慣れした感じとも違う。本当の意味で暴力を振るうことも振るわれることにも慣れているみたいだ。どんな酷い目に遭えば殴られ慣れているなんて言えるんだろうか。どんな辛いことを経験すればここまで達観できるのだろうか。

 

「大丈夫だよ、さっちゃんさん。勝てる気はしないけど負ける気もしないから。それとこれが終わったら名前で呼んでよ。一人だけ苗字だとなんか寂しいし」

 

 先生達もみんなも名前で呼んでる。苗字なのはこの人だけだ。ずっと言おうと思ってたんだけど今やっと言えた。僕の根拠ない言葉にさっちゃんさんは真剣な顔で頷いた。

 

「わかった、なら一つだけ言っておく。勝負しようと考えるな」

 

 その言葉に僕は胸にストンと落ちるように納得した。そうだ、鷹岡先生は軍人で、僕は暗殺者。戦う必要なんてない。これは殺し合いじゃない。

 

 一方的な殺しだ。

 

 

 

 

 

「何で私にやらせてくれなかったんですか?」

 

 潮田と鷹岡が対峙する中私は烏間先生に訊ねた。どう考えても私が行くべきだった。私なら人殺しに忌避感なんてないし仮に負けたとしても犠牲になるのは私だけ。何も問題なかった。

 

「確かに君は強い。だがそれは君一人に問題を押し付けていい理由にはならない。修学旅行の件といい君は自己犠牲がすぎる」

 

 それはわかっている。でも、そうだとしても動くべきだ。過ぎてしまったことはどうにもできないとはいえ悔やんでも悔やみきれない。

 

「私なら少なくとも皆を危害から守れる。誰かが怪我することなんてない」

 

 日本でやっていく以上鷹岡が人を殺すことは有り得ない。死なないのならどうにでもできる。やはり何度考えても納得できなかった。そんな私の様子を見て烏間先生は大きな溜息をつき私を睨んだ。

 

「随分と、上から目線なんだな」

「はい?」

 

 唐突に言われた一言に思わず変な言葉が出る。上から目線、私が?いったい何が上から目線なんだ。力のある者が責任を果たすのは当然の義務じゃないのか?

 

「悪いがこの意味は自分で考えてくれ。だが、今の君にならわかるはずだ」

 

 それだけ言うと烏間先生は二人の対決に集中し始めた。何故怒られたのか上から目線という言葉の意味を考えてもわからなかった。

 

 潮田が動く、勝負が始まった。

 

 

 

 

 

 結論から言うと潮田は鷹岡との勝負に勝った。事前の烏間先生と私のアドバイスのお陰だろうか。自分が何者なのかを理解し、そして見事勝負に勝った。今、鷹岡は潮田に組み伏せられ首にナイフを添えられている。誰がどうみても潮田の勝ちだった。

 

「そこまで!勝負ありですよね烏間先生?」

 

 殺せんせーが潮田の手からブーツナイフを取ると一口で丸呑みした。この目で何度か見てきたがやはり心臓に悪い。というかナイフ丸呑みなんてどこの大道芸だ。少し照れながら笑う潮田を皆が取り囲む。

 

「予想以上だったな……」

 

 あの攻撃は予想以上だった。彼がやったことを説明するのは簡単だ。まるで散歩するかのような笑顔で近づき相手を油断させる。そして射程圏内に入ったらすぐさま攻撃。驚いた鷹岡を押し倒しナイフを突きつける。たったそれだけ。だがあれをやるには究極の無私が必要だ。私もやろうと思えばできなくもないがあそこまで上手くいく自信はない。

 

「さっちゃんさん」

「む?」

 

 いつの間にか潮田が私の前まで来ていた。皆も私を見ている。いったいなんだ?

 

「これで少しは認めてくれたかな?確かにさっちゃんさんから見たら僕たちは凄い弱いのかもしれない。頼りないかもしれない。でも頑張って追いかけるからさ」

 

 少し気恥ずかしいのか頬を掻きながら話している。彼はこう言った。認めてくれるかな、と。まさか私に認められるためだけにあんな危険な真似をしたのか。馬鹿なんじゃないのか。

 

「だからもう少し僕たちを頼ってよ。だって僕たち友達でしょ?」

 

 そうか、そういうことだったのか。私は烏間先生に言われた上から目線という言葉の意味をやっと理解した。知らず知らずのうちに私は彼らを弱者だと決めつけ見下していたのだ。だから守ろうなんて偉そうな考えが思い浮かぶのだ。

 

 心に名前の付けられない感情が浮かんでくる。いや、もう本当はわかっているだろ?今、私は嬉しいのだ。だからこう言おう。

 

「ああ!これからもよろしく頼む。渚!」

「……うん!!」

 

 がっしりと手を握る。私と皆の間にあった壁が一つなくなったのを感じた。皆も心なしか嬉しそうな顔だ。なんかいいなこういうの。本当に人生何が起きるかわからないな。

 

「このガキ……まぐれ勝ちがそんなに嬉しいか……もう一度だ!今度こそ心身共に叩き潰してやる!!」

 

 まだ問題が残っていた。私や烏間先生ならともかく渚のような弱そうな人間に負けてさぞ悔しいのだろう。人間とは思えない形相で渚を睨みつけている。仕方ない、行くか。そう思って歩こうとしたが何者かに肩を掴まれた。

 

 肩を掴んだのはカエデだった。彼女は笑って首を振る。見守っていろといいたいのだろうか。いや、そうだな。ここは見守ろう。私が頷くと彼女は手を離してくれた。

 

「確かに、次やったら僕が負けます。でもはっきりしたのは、僕らの担任は殺せんせーで僕らの教官は烏間先生です。父親を押し付ける鷹岡先生よりもプロに徹する烏間先生のほうが温かく感じます」

 

 信頼とは行動の結果生まれる。何の行動もせずに暴力で理想を押し付ける鷹岡にここでの居場所はない。そんなちっぽけな力を誇れるほどここは単純な場所じゃない。

 

「それに貴方は勝負で負けました。鷹岡先生にとって僕たちはいらないんですよね?だったら帰ってくれませんか?」

 

 断言する。口調こそ丁寧だが要はこう言っているのだ。出て行けと。もうこいつに残された道は一つしかない。屈辱と共に踵を返すことだけだ。鷹岡を見るととても面白い顔をしていた。人の表情筋ってあそこまで動かせるんだ。

 

「だ、黙って聞いてりゃ……こいつ、て、てめえ……グ、グググ……」

 

 今にも飛びかかりそうだ。いや、今走り出した。私もそれに合わせて鷹岡に肉薄する。今までのでこいつの限界は見切った。こいつは確かにプロだが戦闘スキルは体力だよりで大して高くない。視界の先に烏間先生が見えた。彼も同じことを考えていたらしい。もう止めることはできないが軌道修正くらいならできる。顔に向かっていたストックを鳩尾に持っていく

 

「ガッ!?」

 

 烏間先生が顎を、私が鳩尾を同時に攻撃する。二人分の力が合わさり鷹岡は思い切り吹き飛んでいく、吹き飛ばされた鷹岡は全身を痙攣させその後全く動かなくなった。ちょっとやりすぎたかな?

 

「臼井さん……君は……」

 

 烏間先生が頭を押さえる。流石に教師に暴力は不味いかもしれない。もしかして停学にされるかも。でも後悔はしてない。これは私の喧嘩だからだ。

 

「臼井さん……いや、今回は不問にしよう。皆、俺の身内が迷惑を掛けてすまなかった。後のことは心配するな。何とか俺一人で教官を務められるように上と交渉する」

 

 皆が歓声をあげた。鷹岡は相変わらず気を失っているため何も言わない。死人に口なしとはよくいったものだ。いや、死んでないけど。でも本当に大丈夫だろうか。一応こんな破綻者でも防衛省から派遣されたエリート様なのだ。烏間先生がへまをするとは思えないが……

 

「交渉の必要はありません」

 

 慌てて振り返る。さっきまで居なかったはずの人物がそこにはいた。写真で見たことがある。確かここの理事長だ。私が気づかないなんてどんな気配の消し方しているんだ。

 

「新任の先生の手腕に興味があって来たんですが……」

 

 理事長はゴミを見るかのような目つきで鷹岡に近づき、革靴のつま先で蹴っ飛ばした。

 

「え?」

 

 そこで蹴るの?そう思った私は悪くないだろう。私のイメージだと手で叩くとか声を掛けるとかそういうことをすると思ったのだが。目の前の理事長の行動に困惑していると鷹岡が目を覚ました。鷹岡は目の前に理事長がいたことに驚きを隠せないようだ。

 

 てっきり嫌がらせで来たのかと思ったが先ほどのゴミを見るような目を思い出し考えを改める。もしかしたら彼も目的は違うのかもしれない。

 

「目が覚めましたね。話すことすら不快なので手短に言います。貴方の授業はとてもつまらなかった。恐怖は教育に必要ですが、それは暴力ではありません。何故なら自分より強力な暴力の前ではその教育は説得力を失ってしまうからだ」

 

 そう言って私を一瞥した。まさかそんなところから見ていたのか。この私が気づかないレベルの気配遮断。彼は本当にただの教師なのだろうか。

 

「本来ならそこの女生徒にナイフを叩き折られた時点で貴方は方針を変えるべきだった。だというのに貴方は下らない屁理屈を垂れ流し挙句の果てにはその教育すら放棄した。そんなものは教師とは言いません。ただのゴミだ」

 

 一方的に言い放つ。悪趣味な人間かと思っていたがどうやら思い違いだったらしい。その証拠に彼からは腐臭はしなかった。正に切れ者というしかない。理事長は懐から紙を取り出すと何かを書き始めた。

 

「これは解雇通知です。以後貴方がここで教えることは出来ない。教官ごっこがしたいのなら自衛隊に戻りなさい。貴方の居場所はここにはありません」

 

 烏間先生の言葉を借りて煽る。理事長は鷹岡の口に解雇通知を捻じ込むとそのまま背を向けて少し歩くと私に振り返った。まるで全てを見透かすかのような瞳。殺せんせーや烏間先生とも違う、でも真っすぐな瞳だった。

 

「君、名前は?」

「臼井、祥子です」

 

 仮にここで飛びかかっても勝てない。理屈ではない。私の本能がそう告げていた。勝てる見込みがないのではない。そもそも勝てないのだ。ナイフだって隠し持っているのに私は理事長に勝てるビジョンが全く思い浮かばなかった。

 

「臼井さんか、覚えておこう。では殺せんせー、私はこれで失礼させてもらいます」

 

 彼は去っていった。何の力も示していないのにもかかわらず理事長は言葉だけで誰がここの支配者なのかを明確にした。その得体の知れない手腕に私は畏怖の念を抱いた。

 

 

 

 

 

 それから鷹岡は恥辱に耐えきれず私たちの前から逃げ出した。もう二度と目の前に現れないことを祈る。逆恨みで何かしてこないか心配だ。あの手の異常者は責任転嫁が大好きなのが相場というもの。

 

「じゃあさっちゃんと渚君の活躍を祝して街でお茶しよーよ!」

「陽菜乃ちゃんにさんせー!もちろん烏間先生もくるよねー」

 

 外野が勝手に盛り上がっているのを眺め私は一息ついた。色んなことが起きたが何とか丸く収まったようだ。鷹岡という新たな不安材料が出来てしまったが今はそれを考えても仕方のないこと。ここは純粋に喜ぼう。

 

「臼井さん!」

「む、神崎か」

 

 集団の中から神崎が私に向かって来た。彼女が殴られなくて本当によかった。前原が蹴られたのは腹部だからダメージが少ないが顔は不味い。首にダメージが残る可能性があった。何もされなかったのは僥倖と言える。

 

「さっきは本当にありがとう!」

 

 今までの私なら適当に理由を付けて礼を断っていただろう。でもそれは間違いだと気が付いた。贈られた感謝の気持ちを否定することは贈った者を否定することと同じなのだ。もうそんな恥知らずな行為をしたくない。

 

「ああ、怪我がなくてよかった」

 

 一見すると儚い印象の彼女。どうみても気が強そうには見えない。でもあの言い返しかたを鑑みるに実は芯の強い人間なのかもしれない。

 

「ふふ、臼井さんなんだか男の子みたいなこと言うんだね」

「自覚はしているんだがな、もう少し女らしくしたほうがいいかな」

「私はそのままでいいと思うな」

 

 男ばかりの環境にいたせいで女らしさというのがまるでわからない。そもそもそんなことに目を向ける余裕がなかった。でも今は違う。もっと人間らしいことを学ぶべきかもしれない。でも人間らしいってどうすればいいのだろうか。駄目だ、私にはまだ学ぶことが多すぎる。

 

「おーい臼井!神崎さーん置いてくぞー!」

 

 杉野が呼んでいる。そう言えば倉橋がどこかに行こうと言っていたな。ここで断るのは無粋というものだろう。

 

「私たちも行こ?」

 

 差し伸ばされる手に一瞬だけ戸惑う。でもその迷いを振り払うように私は彼女の手を掴んだ。私は大罪を犯しているのかもしれない。でも今は、今だけはこの温もりに浸ってもいいと思えた。

 

 

 

 

 

「臼井さん!」

「なんだ不破」

「超かっこよかったです。弟子にしてください」

 

 これは温もりと呼んでいいのだろうか。

 




用語解説

ないよ~

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