【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、こいつブレねーな


二十三時間目 常闇の時間

 私の予感は悪いほう限定だがよく当たる。恐らく長いこと死と隣り合わせの生活を送ってきたことによる動物的本能とかそんなものだろう。何か嫌な予感がして足元を慎重に掘り返してみると対人地雷が埋まっていたり、悪寒がして車から降りればその直後にRPGで車が吹き飛ばされるなど多くの危険をこれで掻い潜ってきた。

 

「やはり私の予感は正しかったか……」

 

 手にした携帯電話の画面にはGPS発信機の位置情報がリアルタイムで表示されている。目的地は恐らく山の上の旧校舎。そしてGPS発信機の持ち主は寺坂だ。時刻は既に深夜、こんな時間に出歩くのは不自然だ。しかも向かう先が学校ならなおさら。何か細工をするか誰かと落ち合うのか、あるいは両方か。

 

 まあどちらでもいい。私は私のやるべきことをするだけだ。楽しかった出来事を思い出の彼方に追いやり思考を殺人兵器に戻す。P226を手にし額に当てる。儀式のようなものだ。冷たい鉄の感触が己が何者かを思い起こさせる。

 

「もうすぐ来るな」

 

 既に目標は旧校舎に続く山道を移動している。改めて自分の装備の確認を行う。SIG P226 Mk25、B&T MP9サブマシンガン、M84スタングレネード、コンバットナイフ、AN/PVS-14第三世代暗視装置、指向性ガンマイク、デジタル迷彩の戦闘服にハーフギリー、顔にはカモフラージュメイクを施した。

 

 AN/PVS-14を起動させる。増倍管で増幅された光が緑の景色となり私の目に投影された。月明かりは十分にあるため視認性にも問題ない。山道の端に潜伏し目標が通りすぎるのを待つ。

 

「ったく重めぇんだよ……」

 

 目標を目視で確認。間違いなく寺坂竜馬だ。発信機には全く気が付かなかったらしい。服も着替えていない。汗も染み込んでいるはずだろうに不快ではないのだろうか。いや、現在進行形で泥まみれになっている私が言えたことではないな。

 

 一歩一歩近づき遂に私の真横を通る。だが彼は私に全く気が付く気配がない。当たり前だ。一個大隊の山狩りからも逃げおおせたこの私が素人に後れを取るわけがない。気付かれないように細心の注意を払いながら尾行を継続する。

 

 匍匐状態では目標に追いつけないため歩いて近づく。音を立てないように気を付けながら木から木へ茂みから茂みへと歩みを続ける。まるで獲物を狙う狼のように私は目標を追う。そう山で戦うには人間的な理性よりも動物的な本能のほうが必要なのだ。

 

 そうして尾行を続けていると目標はプールの上流でその歩みを止めた。徐に一斗缶の蓋を開け液体を流している。距離が離れているうえに暗視装置越しの視界のため何を流しているのか分からないが消費期限の過ぎた油を捨てているようには見えない。恐らく何らかの薬剤だろう。

 

 寺坂個人がこんなことを思いつくはずがない、絶対に裏に何者かがいる。そして思いあたる人物は一人しかいない。私の勘はいつも悪いほうに当たる。いつだって、そして今だって。

 

 一斗缶の中身を全て流した目標は元来た道を歩き出す。当然私の真横を通るわけだが気づく素振りはない。慣れているとはいえ真横を通るのは心臓に悪い。相手が武器を持ってないだけまだましだがな。

 

 尾行を続けていると足音が聞こえてきた。人数は二人、私の予想通りならこの足音の人物は知っている人間だ。悟られないように細心の注意を払いながら視認する。白装束に身を纏った正体不明の危険人物シロと、同じく危険人物の堀部だった。やはりこいつが絡んでいたか。寺坂はこいつらに用があるのか何かを話している。

 

「───ろうさま」

 

 指向性ガンマイクを取り出しイヤホンを耳に嵌め電源を入れる。雑音だらけの声がはっきりと聞こえてくる。堀部に注意しつつ盗聴を試みる。

 

『君のお陰で効率よく準備できた。はい報酬の十万円、また次も頼むよ』

 

 緑色の視界に金らしきもを手渡しているのを確認した。買収、よくある手段だな。脅迫じゃないだけましだが。堀部は木の枝の上から周囲を警戒しているようだがまさか目と鼻の先に私が潜伏しているとは夢にも思わないだろう。所詮ジャンキーか、直接的な戦闘力は凄まじいがそれだけだな。

 

『何せあのタコは鼻が利く。外部の者が動き回ればすぐに察知してしまう。だから寺坂君、君のような内部の人間に頼んだのさ』

 

 強大な相手を真正面から倒すのは上策ではない。そんなことをしたところで闇雲に被害を増やすだけ、愚か者のやることだ。真に目指すべきは一方的な殺し。奇しくも同じ考えに少しイラつく。

 

 いや、所詮同じ穴の狢か。確かに私は変わった。生きることの楽しさを知り世界の広さを身をもって知った。でもどんなに頑張っても所詮私は大量殺人者。汚れ仕事は私がやればいい。守ろうなんて偉そうなことはもう言わない。私は私のやりたいことをやるだけだ。それに汚れた者にしかできないことだってきっとある。

 

『あのタコにイラつくあまり君はクラスで孤立を深めている。だから君に声をかけ協力を頼んだ。安心しなさい、私の計画通り動いてくれればすぐにでも奴を殺し、奴が来る前のE組に戻してあげよう。その上お小遣いも貰える。いい話だろう?』

 

 いい話、ね。世の中上手い話なんてあるわけがないのだ。犠牲なくして勝利なし。何かを得るには何かを失わなくてはならない。強さを得た代わりに人間性を失った私のようにな。

 

 そんな明らかに胡散臭い話を寺坂はどうやら信じているようだ。愚かだ。もう少し考えれば裏があると分かるはずなのに。それとも分かったうえで協力しているのかもしれない。そんなにここにいるのが嫌なら出ていけばいいのに。ものぐさもここまで来ると最早害悪にしかならないな。

 

『これは銃ではなく我々に合図を送る発信機、皆がプールで準備したら引金を引いて我々に知らせろ。イトナが駆けつけて水に落としてあげよう』

 

 そう言ってエアガンを寺坂に差し出す。なるほどあのスプレーやプールに流した液体は殺せんせーを弱体化させるためのものか、なるほどそれなら上手くいくな。きっと殺せんせーを殺すことができるだろう。

 

 なわけあるか、どうみても怪しすぎる。薬剤や内部の者に協力を仰ぐのは分かる。だが何故わざわざ皆をプールに入れる必要がある?プール、そう言えばダムみたいになっていたな。

 

 まさか、頭に最悪のビジョンが思い浮かぶ。私の予想が当たればこのまま見過ごせば大惨事が起きるだろう。まだ決まったわけじゃないがこいつならやりかねない。ふざけるなよ、冷たい殺意が心に宿る。

 

『じゃあ寺坂君、明日の放課後頼んだよ。一緒にあのタコを殺そう。いくよイトナ』

 

 シロが堀部を連れて街へ歩いていく。しばらくして二人が山道の影の中に消える。この距離なら気づかれることはないだろう。静かに寺坂への距離を詰める。瞬く間に私は寺坂の立っている場所の真横まで接近した。

 

「待ってろよモンスターが……」

 

 手にした銃型発信機を手に寺坂が呟きながら空を見あげた。その隙を逃さずコンバットナイフを引き抜き背後から急接近する。膝裏に蹴りを叩きこむ。

 

「ッ!?」

 

 暗闇、そして完全な意識外からの攻撃、素人が対処できるわけがない。パニックになった寺坂を口を押さえながら拘束する。もがく寺坂にナイフを突きつけると嘘のように動きが止まった。そのまま木陰まで連れて行く。

 

「抵抗すれば明日の朝、お前のクラスメイトがお前だった肉の塊を見つけることになる。わかったなら二回頷け」

 

 猛烈な勢いで首を縦に振る。勢いよく振りすぎて五回振っている。ナイフのグリップで軽く殴る。呻き声を出している。痛いのだろう。

 

「誰が何回も頷けといった。お前は鶏か、それとも鶏のように捌いてほしいのか?分かったならおとなしく私に従え」

 

 地面に落ちた発信機を拾い上げ寺坂をプールまで連行する。この暗闇と上半身をギリーで覆ったせいで寺坂はまだ私の正体に気が付いていないはずだ。そもそも背後から拘束しているので見えるはずがない。

 

 月明かりで照らされたプールは幻想的で綺麗だった。もっとも、今からこのプールを血で染めることになるかもしれないがな。

 

「今から拘束を解く、逃げようとは思うなよ。おとなしくすれば殺しはしない」

 

 ナイフの峰を首筋に当てると寺坂はびくりと震えた。よく見れば膝が震えている。流石にやりすぎたか。まあ、いいか。意を決して拘束を解く。

 

「て、てめぇ!いきなり何すんだよ!!ふ、ふざけんな!意味わかんねぇんだよ!!」

 

 口では威勢のいいことを言っているが怯えているのが丸わかりだ。暴力には慣れていそうだが本格的な死の恐怖は感じたことがないらしい。それが少しだけ羨ましい。しばらくすると少しだけ落ち着いたのか寺坂は私の姿を見るなり顔を歪ませた。

 

「そ、そのふざけた格好……てめぇもしかして臼井か!」

 

 流石にばれるの早くないか?ここは顔もカモフラージュメイクをしているしギリーが隠れているのでしらを切ろう。

 

「誰だそいつは知らんな」

「しらばっくれんな!どうみたってそんなもじゃもじゃのやつなんて臼井しかいねえだろが!!」

 

 しょうがないなぁ……ハーフギリーを脱ぎ捨て顔を露わにする。暗視装置を装着しカモフラージュメイクを施した私はさぞ異様に見えたようで一歩後ずさった。

 

「な、なんだよその顔に変な機械……つうか何でてめぇがここにいるんだよ!」

「スラックスの後ろポケット」

「は?」

 

 私の言葉にポケットをまさぐる。そして出てきたのはコイン状の発信機、だんだんと自分が何をされたのか理解してきたようだ。逆に顔が青くなってくる。

 

「も、もしかしてあの時……」

「その通りだ。悪いがつけさせてもらった。具体的には君が一斗缶を抱えて山道を登ってきた時からな。何度も私の真横を通っていたんだが……気付かなかったか?」

「う、嘘だろ……その恰好で、ずっと俺のことストーカーしてたのかよ……」

 

 何だか表情が恐怖から気色悪いものをみてしまったような嫌悪感の混じったものに変わってきている。まあ発信機つけられて尾行されてましたと知ればそんな顔もするか。

 

「当然、君とシロとの会話も聞かせてもらった。よかったな十万円貰えて」

 

 痛いところを突かれたのか苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。プールを滅茶苦茶にして散々クラスで暴れたのだ、いい気分ではないだろう。

 

「そ、それがどうしたってんだ。あいつ殺せるんだからどうでもいいだろうが」

「そうだな、私には関係ない。だが、それはお前の頼まれたことが事実だとすればの話だ」

「は?」

「あの手の輩は他人のことを駒としか考えていない。平気で人を騙し利用する。確かプールに落とすと言っていたな」

「お、おいどこ行くんだよ」

 

 寺坂の言葉を無視してプールに飛び込む。服のままだが別に慣れっこなのでどうでもいい。持ってきたライトを点灯しプールの中を調査する。

 

「何、服のままプール入ってんだ……」

「黙ってろッ!?」

 

 水位調整用の水門にC4が取り付けられていた。私の予想通りだ。あの糞野郎が……皆を流して殺せんせーが助けている隙に殺すつもりだったのか。ふざけた真似をしやがる。とっとと処分しよう。

 

 C4は粘着テープで張り付けているだけだったようで簡単に回収できた。起爆装置と思われる発信機は私の手にある。これでもう大丈夫だろう。訝しむ寺坂を無視しプールから上がる。流石に寒いな。そして回収したC4を寺坂の足元に放る。

 

「なんだよこれ……」

 

 この手のものに詳しくないのだろう。首を傾げている。こいつには自分が何をしようとしていたのか知る必要がある。

 

「コンポジション4、寺坂に分かるように言えばプラスチック爆弾だ」

「ば、爆弾!?」

 

 爆弾だと分かった途端血相を変えて飛びのく。そんなに焦らなくていいのに。いや、しかたないか。自分の足元に爆弾を置かれたら誰だってそうする。

 

「恐らく君が手渡された発信機はこの爆薬の起爆装置。皆をプールに入れてこいつを起爆すれば当然流される。殺せんせーは全力で助けようとするだろう。そして濡れてふやけた殺せんせーを殺すつもりだったに違いない。薬剤もそのためだろう」

「う、嘘だろ……そんなことをするスイッチだって聞いてねーよ……」

 

 自分が何をしようとしたのかを理解する。様子を見る限り本当に知らなかったようだ。自分は手を汚さず何も知らない者を騙してやらせる。糞野郎が……

 

「この先は岩場だ。もし爆破されていたら落下死か溺死はさけられない。よかったな人殺しにならなくて」

「ち、違う……俺は、そんなこと、聞いてねぇ……」

「何が違うんだ?お前は人を殺そうとしたんだ」

 

 この期に及んでまだ言い訳するか。シロにも腹が立つがこいつもたいがいイライラするな。知らなかったなんて言い訳はさせない。少し考えればわかることだからだ。はした金欲しさに何人の命を奪うつもりだったんだ?

 

「俺は、俺は悪くねえよ!!全部シロが悪いんだろうが!!こんなことやらそうとする奴が悪いんだ!臼井だってそう思うだろ!!」

「確かに、寺坂は何も知らなかったしシロも騙す気満々だった。君は何も悪くないな、うんうん、よかったよかった」

「はは、だ、だよな」

 

 人殺しになりかけた重圧に耐えきれないのだろう。意味不明な言い訳ばかり口にする。頭に血が上るのがはっきりとわかる。こいつは自分が何をしようとしていたのかまだわかっていない。

 

「と、言うとでも思ったか!!」

「へ?」

 

 背後に回り込みプールに向けて蹴り飛ばす。水しぶきと共に寺坂の身体が水に沈んだ。勢いよく蹴りすぎたようでプールの中ほどまで吹き飛ばれている。やがて怒り心頭の寺坂が水面に顔を出す。誰だっていきなりプールに突き飛ばされたらそうなる。

 

「ふっざけんな!!何しやがる!!」

 

 こいつには一度強く言っておく必要がある。自分が何をしようとしたのか理解するべきだ。

 

「人がどうやって溺れ死ぬか知っているか?まず最初に血中の酸素濃度が低下しパニックになる。パニックになっているから水面になんて簡単には出られない。そのまま酸素を吸えないでいると脳が酸素欠乏状態なり徐々に意識を失う。まるで眠るように意識が薄れていくんだ。そして心肺停止、脳細胞が徐々に死滅する。ここで助かったとしても後遺症は避けられないだろうな。仮に肺に水が入れば肺水腫になり地上に出ても呼吸できずに死ぬ」

 

 生々しい死の過程に寺坂の顔は青くなっていった。いや、もしかしたらただ単に寒いだけかもしれないが。

 

「水死体がどうなるか教えてやる。腐敗によるガスでぶよぶよに膨らむんだ。まるでソーセージみたいにな。死後硬直で皆大の字でぷかぷかと浮いて顔なんてもう最早区別がつかない。ブスも美人も関係ない、死ねば皆肉の袋さ。寺坂がやろうとしたことは、とどのつまりはそういうことだ」

 

 実際にシロの思惑通り爆破されたとしても殺せんせーなら何とか助けるだろう。あの人はそういう人だ。だが、無事だったからと殺そうとした事実がなくなったわけではない。こいつは一生人を殺そうとしたという罪悪感に苛まれる。

 

「君には25人、375年の人生を背負う覚悟があるのか?どんな理由があろうと人殺しは人殺しなんだよ。半端な覚悟で私の世界に踏み込むな!」

「臼井、お前……」

 

 まるで人殺しだと認めるような(事実そうだが)発言に寺坂が訝しんでいた。それを無視して話を続ける。本当だったら頭を水に突っ込ませて死ぬ気分をじっくり教えてやってもよかったのだ。私も丸くなったな。

 

「流されようが利用されようが好きにすればいい。所詮この世は利用し利用されるのが常。でもな、利用される相手くらいは自分で決めろ」

 

 選んで殺すのが上等だなんて言わない。だが、それでも矜持を持って戦ってきた。利用されるだけの人生だったが相手は選んできたつもりだ。私のような屑にもできたんだ。寺坂にだってできるだろう。

 

「この爆弾は私が責任をもって処分しておく。君はそこで頭を冷やして自分がどうするべきなのか考えておけ。」

 

 未だプールに入ったままの寺坂に背を向ける。明日このことを皆にばらされても私は一向に構わない。行動には責任が伴う。どんな理由があろうと私のしたことは到底許されるものではない。出ていけと言うのなら素直に出て行こう。

 

 歩き出す私を三日月が冷たく見下ろしていた。

 




用語解説

SIG P226 Mk25
9x19mm弾を使用する自動拳銃。アメリカ海軍特殊部隊(NAVY SEALs)
などで採用されている。海水などによる腐食を抑えるために特殊な加工が施されている。フレームに20mmのアンダーマウントと蓄光サイトなどを備えている。フレームに刻まれた海軍のマークが渋かっこいい。

B&T MP9
オーストリアのシュタイヤ―・マリンヒャー社の開発した9x19mm弾を使用するTMPサブマシンガンをスイスのB&T社がライセンスを買い取って作ったもの、ポリマーを多用し非常に軽量かつコンパクトで使い勝手がよろしい。でも出番一切なし。名前出したかっただけ。

M84スタングレネード
起爆させると170デシベルもの爆発音と100万カンデラの閃光を放ち突発的な難聴、目の眩みなどを発生させる。例によって出番なし。名前ry

AN/PVS-14
アメリカ軍やNATO諸国で採用されている個人用暗視装置。本来、輸出は厳禁だが主人公はアレなルートで入手している。これも名ry

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