【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、これ書いたの何日前だったっけ?


二十七時間目 期末の時間

「先生、ここの問題はいったい」

「ああ、それは──」

 

 テスト前日の放課後、私は教室に残り殺せんせーの指導を受けていた。時刻は既に六時を過ぎもうじき日が暮れるだろう。始めは私以外にも何人かいたのだが、今では残すところ私のみである。

 

「そういうことですか。分かりました」

 

 実に明快にわかりやすく教えてくれたお陰で私は苦手だった問題を本当の意味で理解した。万全とはいいがたいができることは全てやったと思う。後はこれらを忘れないように頭に叩き込むだけだ。

 

「やはり、私の思った通りだ」

「はい?」

 

 夕暮れの教室の中、殺せんせーは唐突に頷いていた。何がどう思った通りなのだろうか。その顔は心なしか嬉しそうだった。

 

「前から薄々気づいてはいたんですが、今やっと確信しました。臼井さん、君は本当に努力する天才だ」

「努力する、天才?」

 

 それなりに努力はしているつもりだが天才と言うほどかと言われれば首を傾げてしまう。所詮悪あがきだ。本物には勝てない。

 

「はい、人殺しでも戦うことでもない。君の本当の才能は努力することだ。だってそうでしょう。少年兵という圧倒的なハンデを背負ってなお君はここに入学してきた。それは本当に凄いことなんですよ」

 

 まるで自分の事のように先生は嬉しそうに言う。確かに私は他の者と比べて圧倒的に不利だった。金はあったがとてもじゃないが勉強する環境ではなかった。それでも受験を潜り抜けることができたのは凄いと言ってもいいのかもしれない。

 

「ここに入学してきた生徒の大半は家庭環境に恵まれた者が多い。入学できたのは自らの実力に他なりませんが保護者や教師の助けがあったのも事実です。でも君は違う。臼井さんは本当の意味で誰の助けも借りずにここまでやって来た。臼井さんは自分がどれだけ凄いことを成し遂げたのか理解していないようですねぇ」

 

 私の肩に手を置き優しく言う。ここに来てから素直に人の優しさを受け入れられることができるようになってきた。奇しくも理事長に言われたことと殆ど同じだった。でも、こればかりはよくわからない。

 

「私がここに来れたのは運が良かっただけですよ」

「先生はそうは思いません。確かに運もあったでしょう。ですが、それ以上に君が努力してきたからだ。這い上がろうと全力でもがいてきたからだ。誇りなさい、今君が座っている席は間違いなく臼井さんが自らの力で勝ち取ったものなのですよ」

 

 人殺しで手に入れた席の何を誇れと言うのだろうか。ここに来るまでに私は夥しい数の死体を作ってきた。刺し殺し、殴り殺し、撃ち殺し、ありとあらゆる方法で人を殺めてきた。今座っているこの席は血塗れの金で手に入れたのだ。誇れるわけがない。

 

「確かに、君が今までやってきた行いは世間一般でいう悪です。ですが、いったい誰が臼井さんを責める権利があるというのですか?」

 

 まるで私の心を読んでいるかのような台詞に心臓が跳ね上がる。

 

「君は随分と自分のことを卑下していますが、本当に責めるべき人間はいったい誰なんでしょうねぇ?」

「それは……」

 

 本当は私だって分かっているんだ。真に責めるべき人間は殺人を強要した人間に他ならないことなど。でもそうやって自分の行ってきた行為の理由を誰かに押し付けるのは私の信念に反する。

 

「そう簡単に自分を許すことなどできないのは分かっています。ですが、少しくらいは自分のことを認めてあげてはどうでしょう?」

 

 自分を認める、か。本当にこの先生は難しいことを言ってくれる。それがどれだけ大変なことか分かって言っているんだろうか。

 

「罪を忘れて生きろと?先生はそう言いたいんですか?」

 

 ここで何もかも忘れて平和に暮らすことだって不可能ではない。金ならある。馬鹿な散財をしなければあと10年は余裕をもって暮らしていける。保護を求めればきっと誰かが手を差し伸ばしてくれるだろう。

 

 だけど、駄目だ。それだけは駄目だ。それは今まで殺してきた人たちへの冒涜に他ならない。死なせてしまった人たちのためにも、私は戦い続けなくてはならないのだ。

 

「臼井さん、過ちを忘れるのと過ちに囚われるのは全く違いますよ。今の臼井さんは過去に囚われているようにしか見えない。兵士であることに囚われるあまり、本来の自由な君を殺してしまっている」

 

 どちらかを否定する必要はない。昔言われた言葉がリフレインする。宿題の答えはまだ出せないでいた。

 

「だけど、先生は確信しています。臼井さんならいつか必ず兵士としての君を殺すことができると。まあ、まずは目の前の試験に取り組みましょう。今日はもう遅い、帰ってテストに向けて英気を養いなさい」

 

 戯言だと一蹴することも可能だった。だが、私は不思議と先生の言葉を否定できなかった。セミの鳴き声が夕暮れの教室に虚しく響いた。

 

 

 

 

 

 背を向けて去っていく臼井さんを目で追いながら考える。

 

「臼井さんは本当に強い人だ」

 

 あの年であれだけの十字架を背負わされてなお彼女の目は腐っていない。心が死んでいたっておかしくないのに、初めてここに来た時でさえ彼女はその優しさを失ってはいなかった。並大抵の精神力ではない。私が彼女と同じ歳の時、いったいどれだけ人間性を保っていただろうか。

 

 彼女は強い。でも、だからこそ心配だ。彼女のような人間は得てして一人で壁を乗り越えてしまう。きっと彼女は自己矛盾を抱えながらもいつかそれを乗り越えるのだろう。だが、その先にあるのは血塗れの道だ。優しさを殺し、感情を殺し、泣くことを忘れ、笑うことを忘れ、ただ戦場の駒として人を殺すだけの機械と化すのだ。そう、まるであの時の私のように。

 

 そんなことは絶対にさせない。あの人との約束のためにも、私自身の全てに賭けて彼女を光の道へ引きずり出す。もう兵士になどさせるものか。戦うことしかできないなんて言わせない。

 

「でも、私が手入れすることも少ないでしょうねぇ」

 

 鷹岡先生の一件以降、彼女は凄まじい勢いで人間性を取り戻している。だからこそ今日は敢えて厳しめの言葉で諭したのだ。今彼女は兵士と中学生の間で揺れている。その比重は明らかに中学生のほうに傾いていた。後は時間と友情が彼女の天秤を動かすだろう。

 

「臼井さん、もう君は独りぼっちなどではない。それに早く気が付いてほしいものです」

 

 今更彼女の過去を知ったところで彼らは動じないだろう。彼女自身は受け入れられないと思っているようだが、もうとっくの昔に受け入れられているのだ。

 

「ヌルフフフ、本人は気付いてないんでしょうが」

 

 そしてなりより喜ぶべきことは、なんと今日、彼女は銃を持ってきていなかったのだ。あれだけ銃に固執していた臼井さんが自ら手放すとは思えない、ということは本気で忘れていたのだろう。

 

 彼女は強い。きっとその強さは間違いなく彼女に課せられた呪いを打ち破る鍵になるだろう。なら、私がやるべきことは、同じ過ちを犯してしまった身として彼女に戦う以外の生き方を教えることだ。私のように間違えさせてはいけない。

 

 だから彼女がなんと言おうとあの手は絶対に離さない。私はこの触手に改めて誓った。

 

 

 

 

 

 テストという名の戦いは二日に渡って繰り広げられた。今回のテストは前回のように直前になって問題が変わるなんていう小癪なことはなかったが、その変わり内容がえげつないほどレベルアップしていた。

 

 最早中学生に解かせる問題ではないと私は思う。だが、私は自分でも驚くほどすんなりと問題が解けた。去年のように一人で勉強していたらこうはならなかっただろう。今まで一人でいるのが当然だっただけに自分の変化に驚きを隠せないでいた。

 

 皆には本当に頭が上がらないな。答案用紙の敵兵に鉛筆というライフルで解答という名の銃弾を叩きこむ。姿かたちは違えど私は間違いなくテストという名の戦場で戦っていた。戦いを楽しいと思ったことはない。だけど、何故だかとても気分が良かった。

 

 こうして二日間に及ぶ死闘は幕を閉じた。テストは結果が全て、努力しようがしまいが点数にならなければ意味がない。そして三日後。

 

 

 

 

 

「さて、皆さん、全教科の採点が終わりました」

 

 皆が思い思いの表情で殺せんせーが手にした封筒を凝視している。それも当然だ。何故ならあの封筒の中には私たちのテストが入っているのだから。

 

「では、発表します」

 

 そして殺せんせーの口から各教科の学年一位が発表された。E組で学年一位になれたのは英語の中村、社会の磯貝、理科の奥田だった。この時点でE組の勝ち越しが決定、私達は勝負に勝ったのだ。

 

「皆さん、嬉しいのは分かりますがまだ数学が残ってますよ。数学のE組一位は……」

 

 ということは、例の賭けの賞品は私たちのものということになるな。流石は一流の学校だけあってサービスも一流だ。当然、あそこでも暗殺を実行するだろう。事前に下調べを行う必要がある。可能なら銃も持っていきたい。何が起きるか分からない以上、想定するのは常に最悪の事態だ。それに皆と一緒ならどこに行っても楽しいだろう。

 

「臼井祥子、98点!」

「は?」

 

 唐突に名前を呼ばれ思考の海から緊急浮上する。今なんて言った?一番後ろに座っているため必然的に皆が私に振り向く。いったいどうしたんだ?

 

「ですが、残念ながら学年一位はA組の浅野君でした」

 

 どうやら私がクラス順位一位だったらしい。皆、惜しいだの浅野何とか相手じゃ仕方ないだの適当に口走っているが、私は皆ほど勝負に入りこんでいなかったため残念ではなかった。惜しむべきは前回のテストよりも点数が下がってしまったことだろうか。

 

「あんな難しい問題で98点も取るなんて、臼井さん凄いです!」

 

 奥田の無駄にキラキラした眼差しが眩しい。目を見れば本気でそう思っていると分かってしまう分余計に眩しく感じるのだ。汚れた私にはこの綺麗な眼差しは毒だ。何というか溶けそう。

 

「いや、偶然だろう」

 

 実際、当てずっぽうではないが限りなく勘に近い感覚で解いた問題がいくつかあった。学年二位と言えば聞こえがいいが本来の私の実力ではない。

 

「いえいえ、偶然ではなどではありませんよ。この点数は臼井さんが自らの努力で勝ち取った点数に他ならない。あれだけ難しい問題相手によく頑張りましたね。素晴らしい!」

「あ、ありがとうございます……」

 

 奥田に聞こえるくらいの声だったはずなのに教壇に立つ担任の地獄耳にはしっかりと聞こえていたようだ。真正面から褒められ思わず赤面する。畜生、褒められるのには慣れていないんだよ。

 

 恥ずかしいのを誤魔化すために机に突っ伏す。でも、私の胸は温かい感情で一杯だった。多分、嬉しいのだろう。人殺し以外で褒められたことなんてなかったから余計に嬉しいのだ。

 

 結局、私は片岡、竹林と並んで中間試験の総合41位から7位という意味不明な昇進を成し遂げた。未だに信じられない。そんな皆が先生の期待通り点数を大幅に上げた中、ただ一人だけ点数を下げた者がいた。

 

 私は空席になった赤羽カルマの机を見て溜息を吐いた。いないと言うことは余程ダメージを受けているのだろうか。まあ自業自得と言えばその通りである。あの余裕は敗北を知らないが故の無知からくるものだったのだろう。けど、彼は強い。彼は言わば上から全てを見下ろす存在だ。私のような地べたを這いずり回るような者とは違う。

 

 

 

 

 

「待てよタコ、五教科のトップは三人じゃねーぞ」

 

 赤羽も戻り今回のテストの総括をしようとしている最中に寺坂達が言った言葉だ。皆はぽかんとしているが事情を知っていて尚且つ共犯者である私はニヤリと笑う。殺せんせー、腰を抜かすだろうなあ。腰があるのかは知らないけど。

 

「いえ、三人ですよ、国、英、社、理、数全て合わせて」

「え?何言っているんですか先生?」

 

 面白そうなので首を突っ込ませてもらう。寺坂達はニヤリと笑い言ってやれとでも言いたげな顔だ。ならば私は今まで散々説教してきた意趣返しも兼ねて最大限の悪意を込めて告げよう。

 

「殺せんせー、五教科と言ったら国、英、社、理、家ですよ」

 

 その言葉と共に寺坂、吉田、村松、狭間の四名が教卓の上に家庭科の答案用紙を放り出す。勿論点数は100点だ。そう、私が彼等に呼ばれた理由はこれだ。寺坂達は殺せんせーが五教科がどの五教科とは言っていないのをいいことに家庭科を全力で勉強して見事学年一位を勝ち取ったのだ。ちなみに私は残念ながら92点で惜しくも100点を逃してしまった。

 

「ちょ、家庭科なんてついででしょう!何でこんなのだけ本気で100点取ってるんですか君たちは!」

「ああ?ちゃんと他の教科も点数上がってただろうがよ」

「にゅや、そ、それはそうですが……」

 

 教壇の前に立っている狭間が私のほうを振り向き会釈してきた。私は軽く手を振ることで返礼する。実際教えた甲斐もあってか四人の理系課目の理解は大幅に向上していた。あまり教えるのは得意なほうではなかったが彼らは真剣に聞いてくれていた。いつか本当にクラス全員50位以内に入ることも夢じゃないかもしれないな。

 

「本当に長い四ヶ月だったな……」

 

 私は赤羽を皮切りに殺せんせーへ触手七本の破壊の権利を要求する皆を見ながら一つの節目が終わったことを実感した。凍り付いて動かなくなった私の何かが音を立てて動きだしている。

 

 

 

 

「えぇ、夏休みと言っても怠けずにE組のようにならないように──」

 

 恒例の全校集会、E組公開処刑も今回は今一つ盛り上がりに欠けていた。前に来た時はもっと醜悪で吐き気のするようなものだったと記憶しているが今回に限ってはそうではない。何故なら底辺であるべきE組がA組と勝負しあまつさえ勝ってしまったのだ。

 

 今日は珍しく赤羽が全校集会に参加していた。何か意識の変化でもあったのだろうか。切欠があるとすれば先日のテストに他ならない。前回は上位一桁だった彼が今回は私よりも順位を下げてしまったのだ。自らを強者だと信じてやまない彼にはさぞ堪えたのだろう。願わくばこれを機に意識を改めてくれることを願う。

 

 

 

 

 

「はぁ、一学期ももう終わりかぁ~」

「何て言うか長いようで短かったよね。というか色々濃すぎ」

「まあ、ここまで濃厚な一学期を送ったクラスというのも中々ないだろうな」

 

 全校集会が終わりカエデと渚と共に体育館から旧校舎へ足を向ける。またここから20分近く歩くのだと思うと憂鬱だ。来たばかりのころは何とも思わなかったんだがなあ。駄目な意味での人間らしさを取り戻してしまった気がしてならない。

 

「本当に色々あったけど、私はここに来てよかったと思うよ」

 

 未だにいるべきではないと思っているが少なくともここに来たことを後悔はしない。きっとここでの経験は私の人生の宝物になるだろう。この思い出があればきっと戦場でも戦っていける。

 

「さっちゃんさんはさ、いきなり居なくなったりしないよね?」

 

 唐突に投げかけられた質問に一瞬だけ思考に空白が生まれた。渚の透き通った目が私を射抜く。彼には悪いがこの質問には答えられない。だって明日の命の保証なんて私にはできないからだ。

 

「もし、私が皆の前から去る時は前日に手紙でその旨を伝えておくことにするよ」

 

 だから、嘘をつく。冗談と共に笑みを返せばきっと彼は信じてしまうだろう。根拠もなく断言してもよかった。でもそれは信頼してくれている皆への冒涜に他ならない。

 

「本当?信じていいよね?」

 

 こうしてみると本当に声も顔も女にしか見えないな。厚手の服を着ていたらそれこそ男勝りな女にしか見えないだろう。というかぶっちゃけ私より女らしいと思う。

 

「ああ、そうだ。悪いが用を足してくるので二人は先に行っててくれ」

「祥子!女の子がそんなはしたないこと言わないの!!」

「わ、わかったよ。じゃあ、また後で」

 

 姉モードになりかけたカエデを背にして私は体育館に備え付けられたトイレを探し歩き出す。蝉がうるさかった。

 

 

 

 

 

「はぁ、姉がいたらあんな感じなのかな」

 

 女子なんだからという理由で携帯を義務付けられたハンカチ(発案者は当然カエデ)で手を拭きながら私はあのお節介な甘党を思い出す。私には家族がいない。だから家族がどういうものなのか分からない。でもカエデのお節介は不思議と嫌ではなかった。むしろもっと構ってほし…………いや、何を考えているんだ私は。

 

「さて、早いとこ戻るか。何というか視線も鬱陶しいしな」

 

 そう言って視線の主である女子のグループに殺気を込めた目を向ければ露骨に逸らされた。E組が差別されているのは知っていたが、なるほどこういうものか。下らないな、実に下らない。こんな連中と勉強するくらいなら戦場で塹壕でも掘っていたほうがまだましだな。

 

「こんにちは」

「は?」

 

 今度は何をされるのだろうか。そんなことを考えながら少しだけ威圧的に声を掛けてきた男に振り向く。どこか見覚えのある顔がそこには立っていた。

 

「久しぶりだね、元A組の臼井さん」

「君は…………」

 

 自らを絶対強者だと信じてやまない瞳、全身から滲み出る気配は強者のそれ。私はこの男を知っている。えっと、確か、あの…………

 

「君は…………君は、誰だ?」

 

 目の前の男が驚愕に目を見開いた。ような気がした。ぶっちゃけ全く記憶になかった。




用語解説

安西先生……!!用語解説がしたいです……

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