【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、ないわー


二十八時間目 束の間の時間

「は?」

 

 時間が止まった。数秒か数十秒だったか、確実に目の前の男の時間は止まっているようだった。私の返答がそんなにもおかしなものだったのだろうか。先ほどの強者として風貌とはかけ離れた年相応の様子に少しだけ笑ってしまう。

 

「一応二年間同じクラスにいたんだが……本当に覚えていないのかい?」

「悪いが全く記憶にない」

 

 同じクラスにいた。というと目の前の男は一、二年連続でA組に居たというわけだ。我ながら過去の自分の駄目さ加減にうんざりする。でも仕方ないだろう。今よりももっと酷かったのだ。本当の意味で戦うことしか考えていなかったため、必要ないと判断したものは全て切り捨てていた。

 

「な、なるほど、父さんの言う通り大物だな。知らないと言うのなら改めて自己紹介をしよう。僕は三年A組の浅野学秀。君の元クラスメイトさ」

 

 どうやらクラスメイトだったらしい。それに浅野、父という単語。ああ、そういうことか。どうりで見覚えがあると思ったわけだ。なるほどそっくりだな。

 

「と、いうと君は理事長の息子というわけか。で、何のようだ」

「まあ、用というわけではな「じゃあ帰るぞ」待ってくれ」

 

 こいつといると調子が狂うな。何でか知らないがこいつが来てから妙に視線が増えている。そんなに有名人なのだろうか。全く、私の身にもなってほしいものだ。改めて浅野を観察する。身体能力は高そうだが対処できない相手ではない。だが、苦戦は免れないだろう。

 

「父さんが名指しで人を褒めるのなんて珍しくてね。興味が湧いたんだ」

「理事長が私を?」

 

 何だか、妙な人間に気に入られてしまったようだ。ロヴロといい鷹岡といい私は変人に気に入られる才能でもあるのだろうか。

 

「思えば君だけだった。君だけがクラスで僕の支配下に入らなかったんだ。昔はただの馬鹿だと思っていたが、どうやら思い違いだったらしい」

「馬鹿とは酷い言い草だな。それなりに成績は良かったと自負しているんだが」

「遠くでガラスが反射するたびに地面にダイブしたり二年も一緒にいたクラスメイトの顔すら覚えていない人間は世間一般で馬鹿というんだ」

「一理あるな」

「認めるのか……」

 

 そう言えば昔はそんなことばかりしていた気がする。まだまだ日本と戦場の常識の比重が戦場に傾いていたためだ。というか、こいつ意外と口悪いぞ。

 

「それにしても、随分と変わったみたいだな。昔は碌に会話すらできないコミュニケーション能力に著しい障害を抱えた奴だったのに」

「さっきから何なんだよ!私に何か恨みでもあるのか!」

 

 浅野は何故か会話の端々に棘がある。理事長の息子っていうからもっとヤバイ奴だと思ったんだが、意外と人間臭いな。

 

「一年の時、君僕のこと投げ飛ばしただろ」

「え?」

 

 突然告げられたあんまりな事実に必死に記憶を整理する。が、一向にそれらしきことは思い出せなかった。本当に私ときたら、つくづく自分のアレさ具合に嫌気がさす。

 

「僕は善意で寝ている君を起こそうとしただけなのに、あろうことか君は僕の腕を掴んで思い切り投げ飛ばし、床に叩きつけたんだ。あの時の痛みと屈辱は忘れようがないよ」

 

 多分一年生初期のことだと思う。あの時は本当に戦場から帰ったばかりで警戒心の塊だった。そんな私が寝ている時に身体を触られたらどう反応するかなんて決まっている。ナイフで刺さなかっただけ頑張ったほうだ。

 

「そ、それは何というか……その、すまん」

「もう昔のことだから気にしていない。それに、人を起こそうとするときは最大限の注意を払う必要があることを学べたから問題ないさ」

 

 明らかに気にしてますよね。どうみても気にしてない人の顔じゃないよね。昔の私がやらかしてしまい本当に申し訳ない。

 

「話がそれたな、本題に入りたいんだが」

「どうせ、A組に戻らないのかとかそんなところだろ?」

 

 顔を見る限り図星だったようだ。何というかつまらないなあ。殺せんせーならもっと面白いことを言うだろうに。

 

「悪いが本校舎の連中と勉強するくらいならアフリカのジャングルで遭難していたほうが万倍ましだ。というかいい加減で帰らせてもうよ。周囲の目が増えてきた」

 

 浅野はそれなりに有名人らしい。いつのまにか決して少なくない野次馬の群衆が形成されていた。これ以上いるといらぬ面倒を被りそうだ。

 

「今の君とならそこそこ面白い学園生活を送れそうだが、まあそこまで言うならとやかく言わないさ」

 

 帰ってよさそうな雰囲気なので撤退させてもらう。背を向けて歩き出せば、群衆が私を避ける。

 

「E組に戻ったら伝えておいてくれ。次は負けないってね」

 

 浅野の言葉に私は振り向かず手を振ることで返答した。父親に似ているのか私が想像していたよりも好感の持てる人物だった。

 

 

 

 

 

「あ、臼井さんじゃん。どこ行ってたんだ?」

 

 クラスに戻ると早々、木村に捕まった。よく見れば全員戻ってきている。私が最後というわけか。

 

「ちょっとA組の浅野と話をしていた」

 

 私が浅野の名前を出すと私の言葉を聞ける範囲にいた者が一斉に私を向いた。確か前に五英傑の浅野が凄いだのなんだの言っていたような気がするし多分かなり有名人なんだろう。

 

「え、臼井さんマジ?何か変なこと言われた?」

「いや、何も。一応元クラスメイトだったらしく適当に挨拶して話しただけさ」

「え!さっちゃんA組だったの!?」

 

 木村にさっき起きたことを伝えると、陽菜乃が凄まじい反応を返してきた。他の皆も驚いている様子だ。そう言えばA組ってエリート扱いされているんだったな。すっかり忘れていた。

 

「言ってなかったか?一年二年とA組に在籍していたんだ」

「だから臼井さんのこと知ってる奴がE組に一人もいなかったわけか」

「そう言えば一年の頃噂で浅野君が誰かに投げ飛ばされたと聞いたのを思い出したんだが……」 

 

 竹林が唐突に呟く。いや、何でよりによってこのタイミングで思い出すんだ。なんか周りの皆も変な空気になってしまったではないか。

 

「も、もしかして、さっちゃん……」

 

 陽菜乃の疑惑の視線に耐えきれず目を逸らす。解答はそれだけで十分だった。またかと言いたげな顔で皆が溜息をつく。いや、誤解だからな!

 

「い、言っておくが寝ている時にいきなり起こされて無意識の防衛反応的な何かでやっちゃっただけだからな!わざとじゃないからな!」

「さっちゃん、それはそれで問題だよ……」

「あっ」

 

 陽菜乃の言う通りだった。無意識で人を投げ飛ばすような人間がいたらそれこそ問題だ。危ないってレベルじゃない。

 

「俺、臼井さんが寝ているの見たら起こさないようにするわ」

「僕も注意しておこう」

「お、おい」

 

 その後、私は浅野学秀を投げ飛ばしたヤバイ奴としてE組の皆から勇者(馬鹿)として扱われることになったとさ。

 

「大丈夫だよ、さっちゃん!何があっても私さっちゃんの友達だから」

「陽菜乃!!」

 

 思わず抱き着く。この場において唯一の頼れる存在だった。あれな事態に私の精神は一時的に幼児退行していた。シャンプーの優しい匂いが私を包む。これが神か。

 

「でも、居眠りしている時は棒で起こすようにするね」

「陽菜乃!?」

 

 神は死んだ。

 

 

 

 

 

 終業式も終わりいよいよ夏休みが始まる。殺せんせーは例によって馬鹿みたいに分厚いしおりを配っていた。いったいいつ執筆しているのだろうか。いくらマッハ20で動けたとしても思考速度までマッハ20ということはないだろうに。いや、もしかしたら有り得るのかもしれない。

 

「これより夏休みに入るわけですが、皆さんにはメインイベントがありますねぇ」

 

 私達が賭けで勝ち取った賞品。本来なら成績優秀クラスにしか与えられない報酬。だが、今の私ならその資格がある。運でも、偶然でもない。私たちは私たちの実力でこれを勝ち取ったのだ。

 

「夏休み特別夏期講習、沖縄離島リゾート二泊三日、ね」

 

 今頃A組はE組に負けて阿鼻叫喚の大騒ぎになっているだろうな、いい気味だ。今まで散々馬鹿にしてきたんだ。さぞ悔しいだろう。

 

「臼井さん!沖縄ですよ、沖縄!楽しみですね!」

「ああ、そうだな」

 

 楽しそうな奥田に相槌を打ちながら私は来たるべき旅行に思いを馳せた。きっと殺伐としていて、それでいて忘れられない旅行になるだろう。

 

「暗殺教室、基礎の一学期!これにて終業!!」

 

 私の膨大な過去、忘れられない罪、年月にして八年の血と硝煙に塗れた半生。それがたった数ヶ月の未来に塗り替えられていく、変わっていく、兵士から人へと、機械から人間へと。ナイフの代わりに教科書を持ち、銃の代わりに鉛筆を持つようになった。

 

 でも、それでも変わらない、変えてはならない、私は兵士で人殺し、銃と私、それとも触手と暗殺か。どちらかを選べと言われれば間違いなく私は銃を取るだろう。だけど、それでも、今だけは、今この瞬間だけは、ここにいよう。ここで生きてみよう。

 

 夏の日差しが私を祝福しているような気がした。

 

 

 

 

 

「伏魔島、か……」

 

 ハンモックに揺られながら携帯電話に送られた資料を読む。そこには私も知っているマフィアや大物財界人の名前が記されていた。

 

「私が調べた範囲によれば拳銃の取引の記録もありました。私たちが宿泊するホテルは白でしたが、丘の上のホテルは違法な取引にも使われているようです」

 

 一応、念のため律に私たちが行くリゾート島、普久間島に関する情報を調べてもらったところ、案の定真っ黒だった。三年生は毎年ここに宿泊に来ていたらしいが、今まで何のトラブルもなかったのが奇跡のようだ。

 

「まあ、私たちの泊まる施設は白らしいからそこまで心配する必要はないだろうが……律」

「はい!」

 

 想定するのは常に最悪の事態、丘の上の宿泊施設の連中が殺せんせーのことを知って刺客を差し向けてくるかもしれない、あるいは他の殺し屋が狙ってくるかもしれない。想定できる全ての事態へ対策を講じる。そのためには十二分な情報が必要だ。装備はそれから考える。

 

「念のため島の全ての宿泊施設の間取りと当日の警備情報を調べて送ってくれ」

「ぜ、全部ですか?」

「ああ、全てだ。何、この程度の面積なら30分もあれば暗記できるだろう」

 

 戦場において情報というのは何よりも優先される。相手の戦力、規模、武装、思考レベル、可能な限り調べ上げそれからやっと作戦の立案に移るのだ。それが十分でないと大抵痛い目に遭う。

 

「あの、祥子さん」

「なんだ」

「どうして山で寝泊まりしているんですか?」

 

 律に言われ今一度自分の周囲を確認する。場所は旧校舎から少しだけ離れた林の中、蚊避け付きのハンモックに腰かけ、地面には焚火の炎が周囲を赤く照らしている。

 

「いや、夏休みだから山籠もりしようと思って……」

「そうですか……あの、どうして山籠もりなんて?」

「色々腑抜けてきたからな、夏休みを機に鍛え直そうと思うんだ」

 

 もう一度昔と同じ暮らしをすれば色々と思い出すだろう。実弾での訓練ができない以上それ以外でカバーするしかない。

 

「おっと、そろそろ食べごろかな」

 

 皮を剝いで串に刺した蛇がいい具合に焼けてきた。三本あるうちの一本を手に取りかぶりつく。

 

「その、お味はどうですか?」

「不味い」

「そうですか……」

 

 生臭いし土の匂いがする。味そのものは鶏肉のようで不満はない。だが、匂いが全てを駄目にしている。触感もゴムみたいでなんだかものを食べている気がしない。

 

「昔は好物だったんだがなぁ……」

 

 蛇は結構捕まえやすいし食べごたえもある。猪や鹿を狩るよりは少ない労力で入手できたため重宝していたのだ。だが、そんな好物も一学期で舌が肥えてしまった私にはただの生臭くて不味い食べ物でしかなかった。

 

 口直しに芋虫を食べよう。昼のうちに捕まえておいた芋虫をごま油と共にコッヘルで焼く。皮が破れてきたら食べごろだ。

 

 しばらく焼いていると外皮が内部の膨張に耐えきれず破れてきた。そろそろ食べごろか。火からコッヘルを離し手でつまもうとする。

 

「あ、祥子さん、茅野さんからメールが届いてますよ。夕ご飯何食べてるのと書いてます」

「夕飯、写真でも撮るか」

 

 ちょうど御誂え向きのものが目の前にある。携帯電話を手に取りカメラを起動させようとする。しかし、一向に起動しなかった。バグが発生したとも考えられないとなると原因は一人しかいない。

 

「律、何のつもりだ?」

「駄目です!祥子さん尊厳を貶めないためにもこの写真を撮らせるわけにはいきません!」

「そんなに酷いのか……」

 

 私は今朝渚達に出会ったことを思い出した。その時私は木で作った簡易槍に蛇を突き刺していた。視界の先に渚と杉野、前原、岡島、陽菜乃が見えたので、ふざけて気配を消して真後ろから叫んで見たところ驚きすぎて岡島が失神した。どうやら練習用にハーフギリーを着て槍を携えていたのが不味かったらしい。彼らは私を本気で森の化物か何かと勘違いして私から逃げ回った。

 

 その後、誤解は解けたものの、皆に女子力が負の方向に限界突破しているだの、蘇ったもののけ姫だの、原始人だの、さんざんな言われようだった。蛇を食べると言った時の彼等の顔は今でも記憶に焼き付いている。

 

「いいじゃん、別に蛇食べたって……不味いけど」

「わ、私は気にしてませんよ」

「いいよ、どうせ君も原始人とかメスゴリラとか思ってるんだろ」

「さ、祥子さんが拗ねちゃいました……」

 

 いい具合に冷めた芋虫を噛み砕く。うん、こっちは美味しいな。味も濃厚でごま油がそれを引き立てている。酒があればきっとよく合うだろう。だが残念なことに酒は律とカエデのダブル警戒網によって入手難易度が桁違いに跳ね上がっている。

 

「言っとくけどアフリカじゃご馳走なんだからな!」

「よくわかりませんけど、ごめんなさい!だから拗ねないでくさーい!」

 

 うるさいこのAI娘め。君達のせいで私がどれほど健康的な生活をしていると思っているんだ!

「いいから君も蛇食べろ!」

「いや、人工知能ですから私食べられませんって!」

「本体の蓋開けて突っ込めば食えるだろ」

「そんなー!」

 

 夜のテンションのせいか私は一時的におかしなテンションになった。結局元に戻ったのはカエデが二通目のメールを送ってきてからである。ちなみに夕飯は以前撮ったスパゲティの写真で誤魔化しておいた。そんな夏の夜の出来事。

 

 

 

 

 

「誰かいるな」

 

 時刻にして24時。私は何者かの息遣いを察知して目を覚ました。ハンモックから身体を出して立ち上がる。聞き慣れた森の騒めきの中に一つだけ人間の息遣いを聞き取る。

 

「音の方向からして校庭にいるな。それに走っている」

 

 しかも笑っているな。薬でハイになった馬鹿がここまで来たのかもしれない。まあ、適当に確認して危害を加えそうなら追い出すとしよう。フラッシュライトを手に取り校庭へと向かう。

 

 暗視装置がなくとも私は夜目が利く。一般人なら右も左も分からないような森の暗闇を難なく通り抜け校庭に辿り着く。

 

「うひょ~きもちぃ~」

「は?」

 

 幻想的な月明かりの下、旧校舎の校庭に全裸の岡島がいた。もう一度言おう、全裸の岡島がいた。ネクタイと靴だけは履いているのが余計に変質者臭い。

 

「しかも、殺せんせーいるし」

 

 彼は気が付いていないだろうが、走り回っている岡島の後ろに真顔の殺せんせーが追従している。足音も聞こえないし殺せんせーは息だってしていないだろう。素人の彼が気付けるわけがない。しかも写真まで撮っている。

 

「……見なかったことにしよう」

 

 クラスメイトの痴態を目の当たりにした私は、とりあえず見なかったことにした。当然後で夢に出てきた。

 

 




用語解説

ないものはない!

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