※離島編だけ異常に長くなったんで二話連続投稿するZE!ストックががりがり減ってくZE !
電話を終えてから私は一心不乱にホテルの自室まで走り続けた。まだ走るだけの体力は残っているとはいえこのまま時間が過ぎればきっと倒れてしまうだろう。
「あ、さっちゃんさん、どうした──」
渚とすれ違うが今は彼と話している時間がない。まだ皆異変に気が付いていないようだ。糞、私一人で何とかできるのか?違う、できるできないじゃない、やるしかないんだ。
「はぁ、はぁ、糞、明らかにウイルスが回ってきてるな……」
部屋に戻りすぐさま戦闘の準備をする。既に服は戦闘服に着替えてある。ボディーアーマー、バックパック、グローブ、プロテクターを装着。銃火器に弾薬を装填しバリスティックシールドを背負う。最後に携帯電話に繋いだヘッドセットを耳にはめた。
「律、さっきの電話は聞いてただろ?サポートを頼む。言っておくが皆には言わないでくれよ」
『はい、聞いていました……あの、本当にお一人で行くのですか?』
「当たり前だ。あいつは今この瞬間も監視カメラで監視しているだろう。下手に皆で行けばどうなるかは簡単に想像がつく」
ご丁寧に私だけ指名してきたのだ。きっと監視の目も強いに違いない。
『でも……』
「本当なら私だって一人で行きたくないさ」
こうしている間にも体力が猛烈な勢いで削られていく。これは本当にあれに頼らなくちゃいけないな。
「だけど世の中には仕方のないことがあるんだ。ゴフッ!?」
明らかにやばい咳。これは本当に腹を括るしかないようだ。意を決してポーチから注射器を取り出す。確かに私は重大な危機に見舞われている。だが、それがどうした。思い出すのは今までの戦いの記憶。確かに今私は重大な危機に見舞われている。だが、
「こんなものなあ!今までの修羅場に比べればなんてことないんだよ!」
注射器を思い切り服越しの太ももに突き刺し薬剤を注入する。筋肉内注射は点滴の次に即効性がある投与方法だ。変化はすぐさま訪れる。
「ハハッ!懐かしいなあ!この感覚!!」
覚醒剤とアドレナリンによる昂揚感が全身を駆け抜け、ふらついていた身体に力が漲る。思考が冴えわたり今ならなんでもできそうだ。畜生、薬に頼るなんて兵士失格だぞ。
『あ、あの祥子さんどうされたんですか?』
携帯電話はポケットに突っ込んでいるため彼女は私が何をしたのか知らないのだろう。でも知らないほうがいいに決まっている。常識的に考えて私は今とんでもないことをしているからだ。
「何でもないさ律!とっとと行くぞ!!」
効き始めた覚醒剤のせいで思考が強制的に上向きになっている。でもこれならいける。私は戦える。私は兵士で、これは私の戦争だ。マリーンマグナムのフォアエンドを勢いよく操作し初弾を装填。心地の良い金属音が私を祝福する。そうだ、この音、この手触り、この匂い、これが、これこそが私の世界だ。
「いいだろうやってやるよ鷹岡ァ!!誰に喧嘩を売ったのか思い知らせてやる!!戦争だ!!戦争の時間だ!!」
ハイになった思考に任せてドアを蹴破り外に出る。戦力はこちらが圧倒的に不利、真面に戦えば勝ち目はない。だがそれがどうした。そんなことは慣れっこだ。
「ぶっ殺してやるから覚悟してろッ!!」
ここから先は私の喧嘩だ。
事前に調べてもらった情報によればホテルの正面玄関と敷地には35名の警備が配置されている。故に正面から突破するのは事実上不可能。となれば崖の傍に作られた通用口から入るしかない。あそこには警備が配置されていなかった。侵入するならうってつけの場所だろう。
「ロッククライミングなんていつぶりだったか……まあいいや、とにかくいこう」
時刻は19:30、今頃皆は異変に気が付いているだろう。電話がかかってきたのが19:20頃なので残り時間は50分しかない。ここに走ってくるまでに覚醒剤による興奮状態も抜けてきた。思考は至って冷静になり替わりに絶対零度の殺意が身体を駆け抜ける。
「流石に!30キロの!装備を!身に着けて!登るのは!骨が!折れるな!」
岡野だったらもっと素早く登れることだろう。私は切り立った崖に手を掛けながら登り続ける。こんなところで烏間先生の訓練が役にたつとは思わなかった。ものの二分で頂点に到達する。
扉の前に到達、周囲を警戒しつつボディーアーマーに括り付けたポーチからティッシュ箱ほどの金属製の筒を取り出し、それをマリーンマグナムの銃口に取り付けたアダプターにはめ込む。
サイレンサーコ社が開発したSalvo12ショットガン用サプレッサーだ。これを使えばショットガンの銃声を手拍子程度に抑えることができる。隠密とまではいかないが頂上につくまではあまり騒ぎを大きくしたくない。故にサプレッサーの使用は必然と言えた。同じようにP226にもサプレッサーを装着、これで準備完了。
「安全装置解除、薬室よし」
マリーンマグナムをローレディポジションで構えながら扉の横に移動する。ここの扉は電子ロックで施錠されていて中のロビーには13名の警備が警戒している。うかつに入ればあっという間に見つかるだろう。
「律、ロックを解除してくれ」
電子ロックの赤いランプが緑に変わった。私は音を立てないように扉を開け一気に施設内に侵入する。クリアリングしながらロビーの入り口まで進んだ。手鏡を取り出しロビーを観察する。
「流石に多いな……」
金持ちや政治家、マフィアが利用するホテルだけあって警備は厳重だ。しかも顔つきからしてどうみても堅気ではない。つまりある程度場慣れしているということだ。となれば選択肢は一つしかない。私はヘッドセットのマイクに話しかける。
「律、私が合図したらロビーの照明を5秒消してくれ」
私が事前に律に頼んでおいたおかげか、ここのシステムは8割ほど律が掌握している。特定の階の照明を落とすなど朝飯前だ。頭に装着した暗視装置を起動、左目が緑の光に包まれる。
『……わかりました。ではいきます。3、2、1』
突如暗闇に覆われるロビー。当然警備や宿泊客は混乱に包まれる。その隙をついて一気に上の階に行くための非常階段に向けて走り出す。重装備なので音を立てないように慎重になおかつ大胆に行動する。
「ふぅ、心臓が止まるかと思ったな……」
ちょうど5秒きっかりで非常階段に入り込む。警備はいつものことなのか少しだけざわついたがすぐさま通常の警備に戻っていった。離島だから電気が不安定なのだろう。暗視装置を解除し視界が通常の色彩に戻った。目指すは最上階のスイート、交渉期限まで残り45分。
三階に続く階段を目指して廊下を歩く。このホテルは侵入者対策として階ごとに階段の位置が違うという面倒な構造になっている。その代わりと言ってはなんだがロビーを抜けてしまえば警備はないに等しい。客もあまり顔を見られたくないのだろう。
『祥子さん、今からでも遅くありません!皆さんに増援を要請するべきです!』
律の言い分はもっともだった。監視カメラは律が操作することで姿が映らないようにできる。皆で突入するのも無理ではないだろう。
『先ほどから明らかに呼吸が正常ではありませんし監視カメラで確認したところ瞳孔も開いてます。本当は祥子さんもウイルスに感染しているのですよね?』
「君に嘘はつけないな。そうだ、実を言うと薬で無理やり動かしてる」
マリーンマグナムを構えながら最大限に警戒する。あいつは生きて辿り着ければといっていた。つまりはこちらに攻撃を加える意思があるということ。どこから襲ってくるかは分からない以上警戒を怠ることは許されない。律の声だけが癒しだった。
『だ、だったらなおさら助けを呼ぶべきです!これ以上は祥子さんの身体が持ちません!』
人工知能らしいもっともな正論。だが、彼女は勘違いをしている。彼女の言う通り身体は薬で無理やり動かしているだけ、気を抜けばすぐにでも倒れるだろう。敵だってきっと待ち構えている。一人で行くのは愚策でしかない。でも、そうじゃない。そんなことは重要じゃない。
「律、私は悪党だ。人の生き血を啜って生きてきた屑だ。でもな、屑には屑なりのルールがあるんだよ。それをあいつは平気で破った。許せるか?許せるわけないだろう。だからこれは私の個人的な喧嘩。そう、わがままなんだよ。だから悪いな律、その提案は受け入れられない」
私は大人の勝手な都合で人生を滅茶苦茶にされた。だからこそ同じように自分の都合で人の幸せを奪う奴が許せない。それに、思えば初めてできた友達だった。初めて心の底から生きるのが楽しいと思えた。そんな皆を殺そうとするあいつが私は何よりも憎い。
「そういえばこんなに怒るのも生まれて初めてかもしれないな」
拷問されようが撃たれようがここまで感情が昂ることはない。覚醒剤とアドレナリンの効果と言えなくもないが私は既に冷静さを取り戻している。まあ、今はそんなことより目先のことに集中しよう。私は頭に過った思考を振り払い先に進んだ。
三階、途中客とすれ違いそうになったが何とか見つかることなくここまで来ることができた。全て律のサポートのお陰に他ならない。律と一緒に過去をやり直せたらどれだけ楽ができただろうか。
「今のところ襲撃はなし……順調すぎて逆に嫌な予感がするな」
大抵こういう場合は罠を仕掛けているか待ち伏せしているかの二択だ。私の過去を知っている以上余程の馬鹿でないかぎり最大限に警戒するだろう。自然とマリーンマグナムを握る力が強まる。
何も起きないまま三階中広間まで到達。仕掛けてくるとしたらこの広い空間だろう。私ならそうする。そんなことを考えていると突然広間の角にある花瓶から猛烈な勢いで煙が噴出した。
「ガスか!」
すぐさま床に伏せ息を止める。しかし、予想以上にガスが充満する速度が速く少し吸い込んでしまう。猛烈な勢いで体力が奪われていく。恐らく麻酔ガスの一種だ。私は眠りそうになるのを必死に耐える。
「戦闘経験豊富な傭兵と聞いて警戒していたんだが……」
うつ伏せになって伏しているため声しか聞こえないが恐らくこのガスを撒いた張本人だろう。意識がぼやけていく。
「所詮はガキだな、この程度の罠に引っかかるとは。さて、ボスに引き渡すとして……つうかすげえ重装備だなこいつ」
足音が近づいてくる。声の聞こえ方から察するに男と私の間に障害物はない。私は瞬時に身体を回転させマリーンマグナムを構えた。男が驚愕に目を見開く。
「なっ!こいつ!?」
男が行動を起こす前に引金を引く。サプレッサーによって抑制された銃声と共に12ゲージの暴徒鎮圧用のビーンバッグ弾が放たれ男の腹部に命中、腹を抑え蹲る。次弾を装填、男と目が合う。
「
発砲、ビーンバッグ弾が顎にクリーンヒットし男はそのまま崩れ落ちた。ふらつく身体を起こしながらフォアエンドを操作し次弾を装填する。エジェクターにより空のショットシェルが排出され軽い音と共に床に転がった。
「いきなり、罠とは、やるじゃないか……」
倒れた男に銃口を向けながらゆっくりと近づく。気絶したふりという可能性も捨てきれない。最大限警戒しつつ銃口で男を突く。呻き声こそあげるがそれだけだった。非致死性弾とはいえ至近距離で顎と腹を撃たれたのだ。その威力は途轍もないものに違いない。当分は目が覚めないだろう。
『銃声が聞こえましたけどご無事ですか!?』
「あ、ああ問題ない」
男を持ってきた結束バンドで拘束しつつボディーチェックを行う。案の定ガスの噴射機と思われる装置を発見、他にもナイフが一本と携帯電話を見つけ二度と使えないようにした。
「す、吸ったのはほんの少しのはずなんだがなあ……」
『呼吸音が更に乱れてます。本当に大丈夫なんですか?』
余程強力なガスだったのだろう。吸ったのは一瞬だけだったのに身体は今にも倒れそうだ。でもこんなところで立ち止まるわけにはいかない。ホルスターに収めたテーザーX2を引き抜き太ももに突き付け引金を引く。
「───ッ!!?」
『どうしたんですか祥子さん!?祥子さん!!』
猛烈な痛みが身体中を駆け抜け、筋肉が硬直し身体が言うことを聞かない。閉じた口から叫び声と涎が漏れる。たっぷり3秒ほど電気を流し私は引金から指を離した。
「はぁ、はぁ、はぁ、やっぱ、電気は、痛いなあ……」
だが強烈な痛みのお陰で意識が冴えわたる。立ち上がり身体が動くことを確認する。うん、大丈夫だ。まだいける。私はまだ戦える。
『電気っていったい何をしたんですか!?』
「何、ちょっと気付けにスタンガンで電気流しただけさ」
ちょっとというレベルではない。スタンガンというのは神経に直接電流を流すのだ。だからいくら身体を鍛えようとも防ぎようがない。安全のため電流を抑えてあるので後遺症はないが痛いものは痛いのだ。
「さて、行くぞ。引き続きサポート頼む」
ボロボロになっていく私の身体。ここまで無茶したのは何年振りだろうか。10万ドルの賞金を懸けられたときくらいじゃないか?でもこれでいい。これこそが私の世界、私の戦い、私の戦争。
『祥子さんは、貴方はどうしてそこまでして戦うんですか?』
歩きながら律が尋ねてくる。確かに私の行動は傍から見れば異常だろう。気が狂っていると言われたって仕方ない。私だって論理的ではないと思っている。頭の中は逃げることで一杯だ。
『どうしてそんなボロボロになってまで……』
でもそれだけじゃない。心が、魂が、立ち上がれと叫んでいる。戦えと鼓舞する。兵士としてではない、ただの臼井祥子という女の魂が叫んでいる。あいつを許すなと。
「君もいつか分かる時が来るさ。人間というのは時に利害を超えて動く時がある。理屈やデータじゃないんだ、こういうのは。それに……」
クリアリングをしつつ展望フロアに続く階段を昇る。思い出すのは今までのこと、白黒だった私の世界に初めて色が付いたあの日。
「それに、初めてだったんだ。誰かに優しくされたのは……」
ずっと独りで戦ってきた。戦って戦って戦い以外のことは全て忘れてしまった。誰も私を助けてくれなかったし私もそれが当然だと思っていた。でも今の私には、無茶をすると怒ってくれる人がいる。優しく諭してくれる人がいる。独りではないと言ってくれる人がいる。友達だと言ってくれた人がいる。
「友達になる資格なんてないのかもしれない。本当は傍にいちゃいけないのかもしれない。でも、だからこそ、こんな私の手を取ってくれた人たちのためにも、優しくしてくれた人たちのためにも私は戦うって決めたんだ」
だから私は戦える。生まれて初めて誰かのために戦う。身体は痛いしボロボロだ。でも、なんでだろう。なぜこんなにも気分が良いのだろう。
『だったら、そう思うのなら、その優しさを少しでいいから自分に向けてくれ』
ヘッドセットに聞こえるはずのない声が聞こえる。聞き慣れた声、とても真剣でそれでいて優しい声。
「か、烏間先生!?どうしてこの通話に割り込んで、というか聞いてたんですか!?」
何故か烏間先生が私と律の会話に割り込んできた。想定外の事態に軽くパニックになる。こんな芸当ができるのは一人しか思いつかない。私はあざとい人工知能娘の笑顔を思い浮かべた。
『事情は律から聞いてる。今俺と動ける14名でそちらに向かっているから君はそこで待機していてくれ。すぐに辿り着く』
「いや、知っているならなおさら私一人で行くべきでしょ!私の能力なら──」
『いい加減にしろ』
背筋が凍る声とはこういうのを言うのだろう。ドスの効いた声に思わず息を呑む。この人が怒ったのは鷹岡以来じゃないか?
『いつまで一人で戦っているつもりだ。怒っているのが君だけだと思うなよ。それとも独断で専行するのが君の理想の兵士像なのか?』
「そ、それは……」
正論だった。あんなことをされて怒らない人間はいない。普通に考えれば誰かに頼るのが得策だ。でも、それでも……
『おい!茅野さんちょっとまて…………祥子!聞こえてんでしょ!今すぐそこ行くからまってなさい!!』
「げぇ……」
声の感じから察するに本気で怒ってるなこれは。私は以前酒を見られたときと同じ声のカエデに戦慄した。あの時は正座させられて一時間近く説教されたっけ。今でも地味にトラウマになっている。
『言いたいことは山ほどあるけど今はいい。すぐに追いつくから。だからそれまで絶対無茶しないこと!わかった!?』
怒られているはずなのに何故だか私はとても嬉しかった。私のために怒ってくれる。私ために心配してくれる。その事実が何よりも嬉しかった。でも、それもこれまで、私はとうとう五階の展望フロアまでたどり着いてしまった。奥に人の気配がする。
「すまない、急用ができたんで切らせてもらう」
『ちょ、まだ話は終わって』
話が終わる前にヘッドセットを耳から引き抜く。狭くて見通しの良い展望通路。隠れる場所はない。正面からいくしかなさそうだ。マリーンマグナムを構えながら壁沿いに歩く。微かに感じる人の気配。
「来るならこい。相手になってやる」
鉄の意思の下、私は次の戦いへの覚悟を決めた。
用語解説
Salvo12
サイレンサーコ社が開発したショットガン用サプレッサー。実際には130デシベルくらいまで銃声を抑制するだけだけどこれは小説だ。
ビーンバッグ弾
暴徒や野生動物の撃退用に鉄球などをナイロンで巾着にし火薬を減らしたショットガン用の弾。死にはしないけど猛烈に痛い。というか当たり所悪いと普通に死ぬ。デモ隊追い払うとかには便利だけど絵面が悪すぎる。
笑えよ糞野郎
無印ジョーズの決め台詞の日本語訳。何となく言わせたかった。ちなみに作者は未視聴。主人公も未視聴。Smile you son of a bitch!!