【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、鷹岡氏ね

※インフルの熱がまだ下がりきらないので、しばらくスローペースになります。


三十五時間目 偽りの時間

「先生、皆……」

 

 手下から奪ったと思われるマカロフを構え鬼の様な形相で鷹岡を睨みつける烏間先生、その背後にはE組の皆が心配そうに私を見ていた。

 

「臼井さん無事か!」

「ええ、なんとか」

 

 私がそう言うと烏間先生はいつのも冷静さに似つかわしくない大きな溜息を吐いた。どうやらかなり心配させてしまったようだ。しかたがなかったとはいえ罪悪感が湧いてくる。

 

「祥子!!よかった無事だった……」

 

 カエデの声に同意するように皆が安堵の溜息を吐いた。皆特に怪我はしてないようで何よりだった。

 

「皆も無事「それはこっちの台詞だろーが!!」て、寺坂?」

 

 寺坂の怒声に私は不意を突かれた。額に青筋を浮かべ猛烈に怒っている様子だ。

 

「てめぇ、感染してんのに何一人で突っ走ってんだよ!!血、出てんじゃねぇか!人の心配する前にまずてめぇの心配しやがれってんだ!!」

 

 正論だった。皆も寺坂の言葉にしきりに頷いている。確かに客観的に見れば人の心配する前に自分の心配をするべきだった。

 

「珍しく寺坂の意見に同意するけどさ、まずは目の前の状況どうにかしない?」

 

 赤羽の言うとおり、お互いに銃口を向け合っているだけでは埒が明かない。鷹岡は相変わらず歪な笑みを浮かべて私達を一瞥している。

 

「もう逃げ場はないぞ鷹岡!銃を捨てて投降しろ」

「投降しなかったら?」

 

 マカロフの撃鉄を親指で起こす。返答の代わりとしては十分すぎた。烏間先生の目には迷いがない。撃つといったら本当に撃つだろう。でも、それは駄目なのだ。

 

「烏間先生、撃っては駄目です。鷹岡の心臓が止まれば治療薬も吹き飛びます……」

「なっ……、本当なのか臼井さん」

「恐らくは……」

 

 はったりだと決めるには証明する時間が足りない。ならばここは鷹岡の言うことが事実だとして動くしかないのだ。

 

「こいつの言うとおりだぜ烏間、俺を殺せばその瞬間ガキどもの半分は死ぬことになる。生徒思いの烏間先生は当然そんなことしないよなぁ?」

「く、狂ってやがる……」

 

 吉田の言うとおりだ。こいつは最早終わってしまった。狂った人間は何をするかわからない。常人なら絶対に踏み越えないラインを容易く飛び越えてくる。

 

「それともこうするのがお望みか?」

 

 狂った笑みを浮かべ鷹岡はP220の銃口を自分のこめかみに突き付ける。自殺も辞さないということか……

 

「引金引かせたくなかったらやることはわかるよなぁ?」

「……くっ」

 

 ただの演技だと決めつけるのはあまりにも鷹岡の目は本気だった。こいつなら本当にやりかねない。額から汗が流れ落ちる。

 

「烏間先生、仕方ありません。ここは彼の言うことに従いましょう……臼井さん、君もです」

「……わかった」

 

 殺せんせーの言うとおりだ。ここで武器を捨てるのは悪手でしかないのはかっている。だがそれ以外にとれる手段がない。私たちはゆっくりと床に銃を置いた。そんな姿が楽しくて楽しくて仕方がないのか鷹岡の不快な笑い声が部屋に木霊す。

 

「はははは!わかってんじゃねえか!じゃあ、屋上へ行こうか。お前らのためにとっておきの授業を用意したんだ。当然、付いて来てくれるよなぁ?」

 

 従うしかない、私達は屋上へ向けて歩き出す鷹岡の背中に続いた。

 

 

 

 

 

「臼井さん、本当に大丈夫なの?下で休んでいたほうが……」

 

 屋上のヘリポートへ続く階段を昇りながら片岡が心配そうに訊ねた。私の後を追いかける形できたのなら当然私が倒した敵を見ているわけで、皆が心配するのも無理はなかった。

 

「それは駄目だ。あいつの狙いは私と……」

 

 後ろを振り向き女顔の友人に目を向ける。彼もうっすらと察していたのだろう。力なく頷いた。その事実に皆が息を呑む。

 

「やっぱり、そうだよね……電話でも僕一人で来るように言われてたし……」

「大方、7月のリベンジマッチといったところだろうな」

 

 私だけ別で呼んだのは恐らく私の戦力を恐れてのことだろう。きっと私を生け捕りにして人質にでもするつもりだったのだ。

 

「なっ、それただの逆恨みじゃねぇか!渚と臼井が何したってんだよ!」

 

 磯貝の言うとおりだがこの手の人間に常人のルールは通用しない。あいつは自尊心の塊のような人間だ。渚に負けて逃げ帰って、多分そこでも馬鹿にされてそれで壊れたのだろう。

 

「磯貝、気持ちはわかるけどあいつの中ではそれが正しいことになってるんだよ」

「聞こえてんぞクソガキどもがぁ!!」

 

 赤羽はこんなところでも容赦がなかった。あまり刺激しないほうがいいと思うのだが、まあ怒るのも無理はない。そうこうしているうちに私たちは遂にヘリポートまでたどり着いた。生暖かい夏の風が私の髪を揺らし頬の血が固まっていく。

 

「鷹岡、お前は何がしたいんだ。ウイルスに大勢の武装した殺し屋……こんなテロ紛いのことをして許されると思っているのか?」

「許されるぅ?許されるに決まってんだろ!これは地球を救うための崇高な行いなんだぜ!!」

 

 そう言って鷹岡は自分の計画を自慢げに話し始めた。その内容は醜悪としか言いようない悍ましいものだった。

 

「計画では臼井を捕まえて手足の腱を切って腹を裂いてだな、その中に対先生弾と賞金首を詰め込むんだ!対先生弾に触れずに元の姿に戻りたければ内臓を吹き飛ばすしかないって寸法さ!生徒思いの殺せんせーはそんなかわいそうなことはしないだろ?大人しく溶かされてくれると思ってよ」

「ば、化物……」

 

 誰かが呟いた。その通りだった。最早こいつは人間ではない、人の皮を被った別の何かだ。もし、私が負けていたら……くそ、こんなんで弱気になってどうする。

 

「…………」

 

 心が寒い。自分の足元がなくなるような感覚。随分と前に感じなくなった感情。私は八年ぶりに死の恐怖を感じた。

 

「臼井には手下全員殺られるわ、他の奴らも動ける全員で乗り込んでくるわで焦ったが、結局することは同じだ。お前らは俺を殺せない、そして倒せない」

「そんなことが、許されると思うのか……」

 

 殺意まで感じられる殺せんせーの言葉に私は少しだけ恐怖が和らいだ。身体に少しだけ活力が湧いてくる。

 

「それによぉ、化物は俺じゃなくて、臼井、てめぇだろが」

 

 鷹岡が私を見る。この目は良く知っている。今まで何度も向けられてきた目だ。頭の中で警報が鳴り響く。こいつに喋らせてはいけない。

 

「お前ら一人で行った優しくてかっこいい臼井を助けに乗り込んできたんだろ?でもよ、こいつはお前らが思っているような大層な人間じゃねんだぜ!いや、人間ですらねぇ」

 

 やめてくれ……

 

「こいつはな──」

「黙れぇぇぇぇぇ!!」

 

 気が付けば私は叫んでいた。皆が一斉に私を見る。やめろ、そんな目で私を見るな。恐れていたことが現実になろうとしている。嫌だ嫌だ嫌だ!

 

「お前に俺を黙らせる権利がどこにあんだ?この、薄汚い人殺しが!」

「あ、あ、あああ……」

 

 ああ、言われてしまった。皆の視線が突き刺さる。この目は良く知っている。ずっとこの目で見られてきた。化物、人殺し、罵られる記憶がフラッシュバックする。

 

「う、臼井、人殺しって、本当なのか……」

 

 磯貝と木村が疑惑に満ちた目で私を見る。やめろ。

 

「祥子……」

 

 カエデもそんな目で私を見るな……

 

 臼井さん、臼井、さっちゃんさん、皆が口々に私の名前を呼ぶ。やめろ、やめてくれ……

 

「お前ら騙されてるみたいだから教えてやるよ!!こいつは元少年兵、そして現役の傭兵だ。人の生き血を啜って生きる正真正銘の化物なんだよ。何が友達だ!どうせ金に釣られただけだろ?このハイエナが!」

「ち、違っ「何も違わねぇだろがっ!!」ひっ……」

 

 膝から崩れ落ちる。何も考えられない、何も聞きたくない。でも、現実は待ってはくれない。鷹岡の楽しそうな声が鼓膜を刺激し脳が声として認識する。

 

「臼井ちゃんは金のために今まで何人殺してきたのかな?十人、百人、それとも千人?いや、お前みたいな死にぞこないが覚えてるわけないよな」

「止めてくれ……」

 

 もう、これ以上言わないでくれ、もう十分だろ。ずっと隠していたこと、知られたくなかったこと、それらを全てこの世で一番憎んでいる男に暴露される。心が痛い、心が軋む。

 

「鷹岡ッ!もう止めろ!」

「何言ってんだよ烏間、俺はお前らの中に悪人が潜んでるから教えてやってるだけだぜ。感謝こそすれ、止められる謂れはねえだろが!!」

 

 もう嫌だ。何でこんな目に遭わなくちゃいけないんだ。私が何をした。やりたくてやったと思っているのか。望んでそうなったと思っているのか。いや、違うか、こうなったのは全部私の責任、居るべきではなかったんだ……

 

「臼井さん、本当なの?」

 

 矢田の声が耳に入ってくるが声として認識するのに時間がかかる。

 

「騙すつもりも、陥れるつもりもなかった……でも、だけど、世の中には……知らなくていいことも、あるんだよ……」

「そ、そんな……」

 

 いつか、言うつもりだった。そうやって言い訳して皆を騙し続けてきたつけが返ってきた。このままでいられると思っているのか。赤羽に言われた言葉を思い返す。その通りだ。楽しい時間はいつまでも続かない。終わりのないものなんてない。それが今やって来ただけだった。

 

「おいおい、人殺しが何いっちょまえに悲しんでんだよ!お前にそんな資格があるとおもってんのか?この屑が!てめぇみたいなのはな、八年前に死んじまえばよかったんだよ!!」

「止めてくれ、お願いだから、もう止めて……」

 

 思考がグチャグチャになり何も考えられなくなる。頭の中にあるのは絶望の二文字だけ。こんな風になるのなら、こんなに悲しいのなら、感情なんていらなかった。ただの兵士ならいくら罵られても平気だった。でも人間になってしまった私にこの言葉はとてもじゃないが耐えられるものではなかった。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 両手で顔を覆いひたすら謝る。今更何を悔いると言うのか。でも謝ることしかできなかった。風の吹くヘリポートに懺悔が響き渡る。終わってしまった。私は残された理性の中でそう感じた。

 

 

 

 

 

「てめぇら!!なにあの屑の言うこと真に受けてんだ!!」

 

 静まり返った屋上に寺坂の叫びが轟いた。その声に思わず顔を上げる。いつになく真剣な彼がいた。今、何ていった?

 

「今までなに見てきたんだよ!!こんな糞野郎に黒歴史ばらされたくらいでめそめそ泣いてる女が屑だって本気で思ってんのか!!」

「え?」

 

 私は泣いていたのか。掌に視線を落とす。確かにグローブには大量の涙が染み込んでいた。唖然とする私を余所に寺坂は叫び続ける。

 

「黒い悪魔だがゴキブリだが知らねえけどよ!ここにいる女はただの悪食で軍事オタクで世間知らずのポンコツだろがッ!!」

 

 まるで溜め込んでいたものを吐き出すかのように彼は話し続ける。その言葉に少しずつ四肢に力が湧いてくるのを感じる。

 

「金のため?んなわけねぇだろ!こいつがそんな悪知恵働くわけねえんだよ!いい加減目ぇ覚ませ!!」

「寺坂君の言うとおりです!あの男の言うことは確かに事実です…………ですが、真実ではない!こんな男の言う下らない事実でなく皆さんが今まで見てきた真実を信じなさい!」

 

 殺せんせーが力強く断言する。その言葉を境に皆に笑顔が戻っていく。その光景に冷めきっていた心が次第に熱を取り戻していくのを感じる。

 

「あいつの言うことはどうか知らないけど俺らの知ってる臼井さんって、ただのポンコツだよね」

 

 おい赤羽、いい笑顔でなに言ってるんだ?

 

「だよな、腐ったもの平気で食べるし」

「意外と口悪いし」

「よく言い間違えて雰囲気台無しにするし」

「ファッションセンスおかしいし」

「女子力皆無だし」

「俺の見せ場とるし」

 

 赤羽を皮切りに口々に私の悪口を言う。最後に至ってはただの私怨だろが。なんか、思ってたのと違うような……そして一通り私の悪口を言ったあと口を揃えて

 

「「「「うん、ポンコツだ」」」」

 

 いや、あの、皆、なんか納得してるようで悪いんですけど、ポンコツ言い過ぎじゃないですか?別の意味で泣くぞ。

 

「そ、それは言い過ぎじゃないか?」

 

 流石にそこまで言われる謂れはない。私が抗議すると速水と目が合った。相変わらず無表情だ。でも、そこには嫌悪の感情など微塵も感じられなかった。

 

「諦めな、あんたの認識はポンコツで固定されてるのよ」

「そ、そうか……」

「だけどいい奴、尊敬してる……多分」

 

 多分はいらなかったなぁ……私って、結構どころか、かなり成績いいはずなんだが……なんだろうこの扱い……あれ、何だかまた涙が出てきたぞ。

 

「あ、さっちゃんさんがまた泣いてる」

「おい寺坂なに泣かせてんだよ」

「ギルティ」

「うるせー!!泣かせたのてめぇらだろが!!なに人のせいにしてんだよ!!!」

 

 寺坂の狼狽えっぷりにつられて私も笑う。こんな異常な状況のなか、私達はまるでいつものように笑いあった。ふと視界の横に見慣れた髪を見た。顔を上げる。

 

「祥子、立てる?」

 

 手を差し伸べるカエデ。屋上のライトに照らされた彼女はまるで光の道へ私を誘っているようだった。私は、この手を掴んでいいのだろうか。

 

「もう、何してんの!早く立つ!」

「あ、ちょ!」

 

 無理やり手を掴まれ強引に立たせられる。皆が私を見ていた。だがその目には一切の嫌悪の感情はない。まるでいつも通りだった。私はここにいていいのかもしれない。

 

「前に先生が言ったこと覚えていますか?」

 

 渚の手の中にある殺せんせーと目が合う。前に言ったこと……駄目だ、多すぎて思い当たる節がない。この人には本当にいろんなものを貰ったな。

 

「君はもう一人などではありません。これでわかったでしょう?」

「あっ……」

 

 その言葉に私はハンマーで叩かれたような衝撃に襲われた。

 

「そうか、もう一人じゃ、ないのか……」

 

 呟いた言葉を噛みしめる。一人じゃないのは前からずっとわかっていた。でも、その言葉の意味を本当に理解したのは多分今が初めてだと思う。心が温かいもので満たされていく。戦い続けた八年間、仲間なんていなかった。友達なんていなかった。でも今は違う。

 

 私は、独りぼっちじゃないんだ。

 

「は、はは、何だか一人で悩んでたのが馬鹿みたいだな……そっか……一人じゃあ、ないのか……もう一人で戦わなくてもいいのか……」

 

もう、大丈夫だ。あの男の言うことになんて何の価値もない。頬を叩く。大きな音が鳴り鈍い痛みとなって襲い掛かってくる。鷹岡は立ち直った私を見て、酷くつまらなそうだった。

 

「んだよ、せっかく面白いもんが見られると思ったのによ。お高く留まりやがって。いっとくがそこに立ってる女は俺なんか霞むような屑だぜ」

「……さい」

 

 隣に立っていたカエデが俯いて何かを呟いている。よく見ればその手はきつく握りしめられ震えていた。

 

「聞こえねえよ、大きな声で──」

「うるさいって言ってんのよ!この変態が!」

「か、茅野?」

 

 初めて見るカエデの激昂に渚と私は驚いた。私に怒る時とも違う。本当の怒りの感情の発露だった。

 

「何も知らないくせに!何も見たことないくせに!あんたみたいな人を痛めつけることしかできない弱虫が、ずっと一人で頑張ってきた祥子を馬鹿にするな!!」

「こ、こいつ」

 

 普段の可愛らしい表情を一変させ凄まじい剣幕でカエデは鷹岡に言いきった。私のために怒ってくれる。その事実がとてもうれしかった。でも……

 

「あんたなんか!あんたなん──」

「少し黙ってろ」

「え?」

 

 鷹岡がP220をカエデに向ける。銃声が屋上に響き渡った。

 




用語解説

ないっす……

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