夏休みは一年生の頃に一度経験済みだが、正直言って私には長すぎる休みだ。傭兵時代にも当然休暇、というか仕事がない時期が度々あったがそういう時はコネづくりや移動で時間が潰れていた。特に移動には時間がかかる。なんせ私は生まれを保障するものがなにもない。運が良ければ安全でクリーンな飛行機に乗れたが、普通は危険でダーティな陸路を使わざるを得ないのだ。
つまり何が言いたいのかというと、私は暇を潰すのが苦手だった。それもとてもだ。土日ですら持て余し気味の私が夏休みなんて巨大な休みをどうにかできると思ったら大間違いだ。トレーニングと宿題を終わらせてしまえばもうすることがない。私はたった一人でこの膨大な自由に立ち向かわなくてはならないのだ。
と、これが私の予想だった。現実はというと、学校へ事情聴取に行ってからというもののほぼ毎日誰かしらと遊ぶことになった。もっとも、それ以前から携帯電話に毎日誰かしらからメールが届いていたのだが、まさかここまでとは思わなかった。
いきなり来客用のベルが鳴ったと思ったら問答無用で外に連れ出されることなど当たり前、酷い時なんかは私の家が溜まり場のようになっていた。お陰で暇なんて微塵も感じなかったし僅かに残っていた居残ることへの罪悪感も引っ張りまわされる内にどこかにいってしまった。
だが、いくら私が気にしないで言ったからっていくらなんでもずけずけと聞きすぎだろうが。勿論全員というわけではないが聞いてくる(特に男子陣)は私の戦闘の話に興味津々だった。好奇心が旺盛なのはいいことだがもう少し恐怖を覚えろといいたい。好奇心、犬をも殺すという諺を知らないのか。
ちなみに後でそれを言って犬ではなく猫だと知り大いに赤面した私がいたのはどうでもいいことだ。いい加減に言い間違いをなくしたい。こんなんだからポンコツ呼ばわりされるんだ。
そんな日が続きあっという間に夏休み終盤。私は例によってまた呼び出されることとなった。場所はいつぞやのショッピングモール、相手は皆の委員長、片岡だった。
「ごめんね、つき合わせちゃって」
「いや、暇だったから問題ないよ。まあでも暇だったとしてもすぐに予定で潰れるだろうがな」
「は、はは……」
昨日は男子たちとひたすら野球をするはめになった。私が打者になるたびにボールを行方不明にしてしまい途中からバントのみにされたのは仕方ないと思うけど理不尽だと思う。
「そんなに凄いの?」
「ここ一週間近く、E組の面子と会わない日がなかった。とだけ言っておく」
「そ、そうなんだ……」
そう言う片岡もひたすら遠泳につき合わせたのは忘れていないからな。まあ正しいフォームを教えてもらったのはありがたいと思っているし私も暗殺に使える着衣水泳の心得を教えたのでお互い様だ。
「で、確か浴衣?だとかを買いたいとかなんとか言っていたな」
「うん、今年は夏祭りは着てみようかなって思ってさ。臼井さんって私と体格似てるから色々相談できると思って。あ、あと……」
「あと?」
「や、やっぱなんでもない!あ、今日はあのワンピースじゃないんだ……」
最後の言葉は掻き消えそうなほど小さかったが鍛えられた私の耳にははっきりと入っていた。確かに今日の私は防御力という概念を天国に置いていったノースリーブシャツと匍匐するだけで足が血塗れになりそうなショートパンツだが、それがどうかしたのだろうか。まあ、何でもいいか。私たちは目的の物を物色し始めた。
「臼井さん、今日はありがとね」
私たちは特にこれといったハプニングもなく目的のものを手に入れることに成功した。とは言っても私がしたことは殆どないに等しくただの付き添いと化していたのは残念だったと思う。戦闘ならいくらでも教えられるがこういったことはまだまだわからない。
「あまり役には立てなかったけど、どういたしまして」
「そうかな?私は臼井さんの選んでくれた帯と浴衣、すごくいいと思うけど」
「いや、片岡には聞いてばかりだったからなあ」
途中から私も気になってしまい、あれはなんだこれはなんだと片岡を質問攻めにしてしまったのだ。本来の目的こそ果たしたが、途中から明らかに役割が逆転していた。本当に申し訳ないと思う。
「すごい興味津々だったもんね。やっぱり珍しいの?」
「まあ、そうだな。知識では知っているが本物を見るのは実は生まれて初めてになる」
こうして直に知らないものを知ると、自分がいかに狭い世界で生きていたかを実感させられる。世の中まだまだ知らないことだらけだ。そう思うと自然と笑みが零れる。
「どうしたの?」
「いや、知らないことが多いって楽しいんだなと」
知らないからこそ知る楽しみを感じることができる。皆はここで生まれ育っているため何も感じないのだろうが、私には何もかもが新鮮で驚きに満ちている。こんなふうに思えるようになったのもここに来てからだ。昔の私にとって未知とは恐怖でしかなかった。だが、今の私は未知を楽しむ余裕がある。
「そっか、知らないことがたくさんあるんだよね。ちょっと羨ましいかも」
「というわけで、これからは質問が増えるかもしれないのでよろしく」
「うん!私でよかったら何でも聞いて!」
「そうか、では……」
私は浴衣コーナーに掛けられている二つの浴衣を手に取って片岡に見せた。左は市街地迷彩、右は森林迷彩の柄に染められている。片岡のを選んでいる最中に私も欲しくなったのだ。
「え?臼井さんそれ……」
「このUCPは素晴らしいんだが、Cadpatも捨てがたいんだ」
こういう時は友達に聞くのが一番だと聞いた。心なしか顔が引きつっている気がする片岡に私は訊ねることにした。
「どっちがいいと思う?」
どっちも却下された。
「何故だ……」
結局、私が選んだ二つの浴衣は凄まじい剣幕の片岡の制止によって元の場所に戻すことにした。そして代わりに紫陽花模様が描かれた白の浴衣を買うことになった。それ自体は何も問題もないが、私には何故あの二つが駄目だったのか今一つわからずにいた。
「何故、あれが駄目なのか……」
「むしろ何であれがいいと思ったのか……」
片岡が頭を押さえて悩んでいた。どうやら私の選択は世間一般ではあまりされない選択だったらしい。少し迷惑をかけてしまったかもしれないな。
「まあ、迷彩柄も臼井さんらしくてよかったかもしれないけれど……」
一言断ってから私の購入した浴衣を私の肩にあてる。
「臼井さんってやっぱり白が似合うと思うよ」
これを着る姿を想像する。白の浴衣に紺の帯、花飾りでも頭に挿せば完璧かもしれない。そんならしくない姿を想像する。
「少しいいかも……」
「でしょ?」
ああ、もう敵わないなあ……こんなふうに諭されてしまえば反論する気も起きなくなるというのも。クラス委員長として皆から慕われているだけはある。
「何というか、ありがとう……」
そう言うと笑顔で片岡は頷き返してくれた。今回は兵士になりかけたというわけではないが、こうして引きずり出してくれる友人というのは本当に嬉しいものだ。
「そ、それでさ……少し頼み事があるんだけど……」
朗らかな空気は一変し何故か急に真剣な様子で私を見つめた。いったいなんだと言うんだ。そこまでの頼み事とはいったい……思わず息を呑む。
「あ、あの沖縄行く時に着てた可愛いワンピースってどこで買ったの?」
「は?」
この後、二人で可愛い服をたくさん試着した。ちなみに私は三着ほど購入した。決して気に入ったわけではない。と、思いたい。
「祭り、ね」
駅までの道のりを歩きながら、私はこれから始まるであろう祭りに思いを馳せた。長かった夏休みも残すところ今日が最後である。
「だいたい超生物が普通にドアベル鳴らすのはどうかと思う……」
ドアベルが鳴ったので覗き穴から外を覗いたところ、夏祭りの告知が書かれたプラカードを持った殺せんせーが立っていた。誘うにしてもメールとか他の方法もあったと思うのは私の気のせいだろうか。
とまあそんなことがあり、私は身支度を整えて駅へと向かっているわけである。日本式の祭りがどういうものはよく知らないが、何処だろうと祭りというものは変わらないはずだ。つまり、飲んで食べて騒ぐのだ。
「あ、さっちゃんだ!おーい」
駅前には既に知り合いが到着していたようで、その筆頭である陽菜乃は私を見るなり飛びながら手を振ってこちらにアピールしてきている。正直目立つから止めてほしい。
「さっちゃん久しぶりー!」
「三日前に会ったばかりだろうに……」
「じゃあ、三日ぶりだね!」
夏休みで一番私を振り回したのは何を隠そう陽菜乃である。フェリーで一番動揺していたのも彼女だ。涙を隠そうともしないでひたすら気づいてあげられなくてごめんと謝っていたのは強烈に記憶に残っている。
それからの行動は同情であることは言うまでもないが、何故だか彼女の同情なら受け入れてもいいんじゃないのかと思える私がいた。同情されるのなんて糞くらえと思っているのには変わらないが、少しだけ受け入れることができるようになったと思う。
それは私が生き急ぐことを止めたからなのかもしれない。そんな自覚はないが、私の変化から考えて間違いなく昔の私は生き急いでいた。物事を必要かそうでないかにわけて必要ではないものは排除していった。その結果がこの様だ。
今更後悔しても遅いのは知っている。でも、何でもう少し周りを見なかったのだろうと思う時がある。もっと早くに気付いていれば、そう思ってならない。
私のどんな風に考えていようと時は止まらない。見る見るうちに見知った顔が集まっていく。ここは本来久しぶりとでも思うべきなのだろうが、残念ながら最近顔を見たばかりの連中だ。
「久しぶり祥子!あ、祥子浴衣着てきたんだ!」
「カエデは昨日会ったばかりだろうが……」
「ノリは大事なのだよ祥子君」
そんなこんなで、私の中学校生活最後の夏休みが始まった。私には生まれて初めての祭りだ。精々楽しむとしよう。
実は祭りに参加するのは生まれて初めてだったりする。だからまあ何が言いたいかというと、何をすればいいのかわからない。こういう時は素直に人に聞くのが一番だろう。
「祭りと言われて来たはいいが、何をすればいいのか見当もつかない」
「そう言えば臼井さん日本のお祭り初めてだっけ?」
「そうだな。というか祭りに参加することも生まれて初めてだ。だからどうやって楽しめばいいのかよくわからないんだ」
祭りの会場に到着すると自然とグループに分かれていった。私は陽菜乃と矢田の三人で祭りを楽しむことになったのだが、残念なことに私は祭りというものが初めてだった。
「その割には臼井さん浴衣着て準備万端って感じだけど」
「な、なんのことかな?私にはわからないな」
「さっちゃん、ごまかさなくても楽しみだって言っていんだよ?」
陽菜乃の言うとおりだ。何でごまかさなければいけないんだ?誰も私が楽しんだって文句は言わないだろう。少しくらい羽目を外してみるというのも悪くないのかもしれない。
「それもそうか。じゃあ、最後の夏休み、精々楽しむとしよう」
そう言えば二人は笑顔で頷いてくれる。それだけで十分だった。
それから私は生まれて初めての祭りを楽しんだ。正直言って食べてばかりだった気がするが、それでも楽しかったと言える。チョコバナナとかいう家で十秒もかからずに作れそうな適当な菓子は見た目通りの適当な味だったがそれでも美味しかったし生まれて初めての綿菓子はそのふわふわな触感に思わず目を見開いて驚き笑われてしまった。
途中E組の面々とも出会ったがどいつもこいつも暗殺で培った技術を使って荒稼ぎしていた。特に千葉と速水は案の定射的で荒稼ぎしていて早々に出禁になっていて笑ってしまった。
「はぁ、流石にお腹いっぱいだよ~」
「ちょっと、食べ過ぎたかも……」
一通り物色したあと、私達は休憩所のベンチに座って休んでいた。矢田と倉橋は祭りで調子に乗ったのか出店の食べ物を食べ過ぎたようで、その顔をしかめていた。対する私はというと、まだ食べていた。
「さっちゃんまだ食べるの?」
「ああ、そのつもりだが……うん、このお好み焼きというものは美味しいな!」
キャベツ、小麦粉、豚肉を癖になる味のソースが引き立てる。世の中にはまだまだ私の知らない美味しいものがあるようだ。
「臼井さんさっきも大量にお菓子食べてたよね……」
「さっちゃん太っちゃうよ~」
このタコ焼きとか言うのも最高に美味いじゃないか。お好み焼きと大して材料は変わらないのに作り方でここまで味に差がでるのか。うむ、素晴らしい。
「すごい勢いで食べてる……」
「さっちゃんってこんなに食いしん坊さんだったんだ……」
さっきからうるさいな。人がどう食べようと勝手ではないか。と、そんなことを考えていると瞬く間に買ってきた食べ物を食べつくしてしまった。ああ、素晴らしかった。ふと、辺りを見回す。
夜の神社は温かい電灯に包まれ、笑顔と笑い声で満ちている。ここには銃声も悲鳴も存在しない。誰かに傷つけられることを心配しなくていい。誰かを殺すことを考えなくていい。それが、嬉しくてたまらない。
「臼井さん?」
でも、だからこそ思ってしまうのだ。私の居場所は本当にここなのかと。鷹岡に言われた言葉がリフレインする。ハイエナ、死にぞこない、化物、全て事実だ。結局皆は受け入れてくれたが、本当に皆を思うのなら黙って出て行くべきなのかもしれない。
「さっちゃん?」
出て行くなんて嫌だ。それは嫌だ。あんな所には戻りたくない。もう、あんな誰もいない場所には帰りたくない。あんな冷たくて寂しい場所には行きたくない。隣に誰もいないんなんて耐えられない。だけど、本当はわかっている。皆を思うのならどうするべきかなんて……でも……
「さっちゃん!!」
「え!?」
陽菜乃の呼び声に思考の海から引きずり出された。慌てて辺りを見回すと心配そうな二人が私を見つめていた。
「臼井さん急に黙り込んでどうしたの?」
「い、いや、何でも、何でもない……」
「ほんとに?」
矢田の真剣な目が私を射抜く。何とかして顔を取り繕おうとするが浮かび上がった考えは急には消えてくれない。多分、ばれている。
「ねえ、臼井さん」
「なんだ」
「口の横、ソースついてるよ」
矢田は徐にポケットからティッシュを取り出すと私の口元を拭き始めた。いつから付いていたのか。恥ずかしいったらありはしない。思わず顔に熱が籠る。矢田から目を逸らし反対を見れば今度は陽菜乃が私を見ていて逃げ場がない。
どうするべきか、そんなことを考えていると上空で大きな爆発音が鳴り響いた。慌てて音源へと視線を向ける。そこには光の華が咲いていた。
「あ、花火だ!きれー!」
「花火……?」
私が首を傾げている間にも花火はどんどんと打ちあがり上空で綺麗な光の華となる。二人は見とれているようで上空に目が釘付けになっている。
「あれって、爆薬だよな?」
「え、ば、爆薬?一応、そうなのかな?」
矢田の言葉を私は信じることができなかった。でも、目の前の出来事は紛れもない事実。花火という言葉は知っていたしそれが何なのかも知っていたはずだ。なのに、私は目の前の事実が信じられない。
「あんな爆薬の使い方は非効率極まりない……」
「こ、効率って……」
あれだけの爆薬があれば多くの敵を殺すことができる。あんな行為は爆薬という貴重な戦略資源を無駄にしているにすぎない。だけど私は打ち上げられる花火を見てこう思うのだ。
「綺麗、だな」
赤や青、ピンクや紫、の色とりどり花火が打ちあがっては消えていく。無駄なはずなのにそれが綺麗でしかたない。いや、無駄ではないのか。そもそも敵なんて何処にもいないだろうが。だからこきっとこれは無駄ではないのだ。
「たーまやー!」
「なんだそれは」
陽菜乃が突然意味不明な単語を口にした。
「かーぎやー」
「矢田もか」
よく聞けば他の者達も似たようなことを口走っている。きっとそういう風習なのだろうが、傍から見るとシュールだな。
「さっきから二人が言っている言葉は何だ」
「うーんとね、花火が綺麗な時に言うんだよ」
「なるほど」
花火が打ちあがる。それは夏休みの終わりを意味する。本当に色々なことがあった。まさか正体がばれるなんて思わなかったしばれても何の問題もないなんて思いもしなかった。私がどうするべきかはまだわからない。でも、この花火を見て綺麗と思えるのなら、それが答えなのかもしれない。
また一発花火が打ちあがる。だからこう言おう。
「たーまやー!!!」
両手を口に当てて大声で叫ぶ。奇妙な風習だが、なるほど確かにこれは悪くない。
「う、臼井さん、こ、声大きいよ」
皆が見ていた。声を張りすぎたようだ。思わず顔を覆う。そんな夏の夜の出来事。
用語解説
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アメリカ陸軍が採用しているACU戦闘服の迷彩パターン。市街地や山岳地帯で真価を発揮する。でも一番擬態できるのはソファーの上、詳しくは「ACU ソファー」で検索。
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