【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、大分人間臭くなってきました。


四十時間目 孤独の時間

 朝五時、いつもどおり目が覚める。ベッドから起き上がり軽くストレッチを行い身体を解す。その後洗面所にて顔を洗い意識を完全に覚醒させる。

 

「46、47、48、49、50」

 

 腕立て、腹筋、スクワット、背筋をそれぞれ50回ずつ行う。以前は全て100回だったのだが皆に話したところ多すぎるとの指摘を受け現在の数に至る。律に相談すれば凄まじい分析で適切なトレーニングメニューを組んでくれそうだが、流石にそこまでしてもらうのはやりすぎだ。

 

 自重トレーニングを終えれば次は有酸素運動だ。と言っても単純なランニングである。以前は10キロ程の距離を走っていたのだがそれもやりすぎだと指摘を受け7キロに減らしてある。

 

 適当に街中を走っていると声をかけられることがある。以前は気が付かなかったのだが、毎日走っている私はそこそこ有名人になっていたようでたまに野菜や料理を貰うこともある。私が一人暮らしだということを知っているのだろうか?

 

「また貰ってしまった」

 

 いつも出会う女性に大量の煮物を貰う。私基準で大量なので他の人が見たらかなり多いと思うのではないだろうか。最近太っているような気がしてならない。トレーニングは元に戻したほうがいいのかもしれないな。でもそうするとカエデにやりすぎだと怒られるのだ。

 

 カエデと言えばあれから私たちは今まで通りの関係が続いていた。普通に勉強し遊ぶ。いつも通りである。夏休みの間は何度か二人で遊んだが、彼女にとってかなり大きな秘密を知ったはずなのに以前と殆ど変わらない様子だった。違うとすれば呼び方が変わったくらいである。

 

 私が知っていることは家族がいないこと、銃弾なら何とかできたこと、本名はあかりということだけである。どうみても殺せんせーがらみであることは明白だが、それを聞く勇気はまだない。安易に触れればカエデを傷つけることになる。彼女が今までの関係を維持したいと思っているのならそれに従うまでだ。

 

 だが、私がカエデの本名を呼ぶ際、心なしかカエデの表情が柔らかいものになっているような気がする。自分を偽るというのはどういう気持ちなのだろうか。家族がいないということは誰もカエデの本当の名を呼ぶ者はいないということである。想像はできないがきっとそれは悲しいものに違いない。

 

 ならばせめて私だけでも彼女の本当の名を呼ぼう。誰も味方がいないというのなら私が味方になろう。この程度では何の借りも返せないが、何もしないという選択肢は私の中には存在しない。私にだけ本当の名を明かしてくれたのだ。きっと何か意味があるのだろう。それが何かはわからないが、きっと悪い意味ではないはずだ。

 

 

 

 

 

 ランニングを終えれば次に待っているのは銃の練習だ。ホルスターを腰に巻き付けひたすら銃を抜き構える。以前はそれこそ狂ったように練習をしていたが最近は控えるようになった。意味がないと悟ったのもあるが、それ以上に余裕が生まれたからだろう。

 

 銃が終わり次にナイフの練習を行う。烏間先生に言われたことを思い出しながら反復練習を続ける。烏間先生の教えるスタイルは私の使うそれと若干異なるが、それも含めて総合的に練習を続ける。

 

 銃とナイフを30分練習した後、ようやく朝食を食べる。時刻は現在六時半。米は既に炊飯器にセット済み、あとは時間が来るのを待つだけだ。その間に弁当と朝食を作るのだ。

 

「今日はどうするべきか……」

 

 悩んだ末いつも通り味噌汁を作ることにした。弁当は今朝もらった煮物を適当に詰め込めばいいだけなので問題ない。律に教わった通りに出汁を取り味噌汁を作る。以前なら考えられない行為だ。昔というか三カ月前の私の朝食と言えばふかした芋と野菜と肉だけだった。それに適当に塩をかけて食べるのだ。質素と言えば聞こえがいいが要は馬鹿である。目の前にこんなにも美味しいものが溢れているのにそれを見ないようにしていたのだ。

 

「いただきます」

 

 もはやすっかり使い慣れた箸を使い目の前の食事を口に運ぶ。いつの間にか食事を前にしてもがっつかなくなっていた。本当にいつ直ったのかわからないが、今まで誰もおかしな視線を向けなかったので実はかなり早い段階で直っていたのかもしれない。

 

 食と言えば酒への執着も既に殆どなくなっていた。何の趣味もなかった私が唯一拘っていたものが酒なのに最近では酒を見ても興味を持たなくなった。今の私なら気持ちよく酔えそうな気がするが酔った暁には何をされるか見当もつかない。もうあの日の惨劇は繰り返してはいけないのだ。

 

 

 

 

 

「鞄よし、筆記具よし、弁当よし、ナイフよし、エアガンよし、髪よし、ネクタイよし」

 

 食事を終えしばらく休んだ後、いよいよ出かける準備を整える。暗殺と授業に必要な道具が全てあることを確認する。

 

「拳銃は……」

 

 玄関横の靴箱の上に置いたM&P40Cを手にして少し悩む。これは本当に必要なのだろうか。銃は私が私であることを証明する唯一の存在。だが、正直言って必要性を感じなかった。

 

「敵なんて何処にもいないんだよな……」

 

 そう、敵は何処にもいないのである。暗殺する必要はあるが、戦う必要はない。誰かを殺すこともないし撃たれる心配もない。これから行くのは皆が待っている学校であって戦場ではない。でも……

 

「やはり必要だ」

 

 M&P40を手に取りインサイドホルスターに差し込む。上からベストで隠してしまえば私が拳銃を持っていることなど誰にもわからない。目先のことに囚われて危うく私が何者か忘れるところだった。

 

 私は中学生で、暗殺者で、そして兵士だ。自分が何者かを忘れてぬるま湯に浸かり続ければ待っているのは破滅である。世界は何処までも残酷だ。そしてそんな残酷な世界で自分と守りたいものを守るには銃を取るしかない。戦うしかない。

 

「じゃあ、今日も一日頑張ろう」

 

 私は何処まで行っても兵士だった。

 

 

 

 

 

 もう飽きる程登った山道をいつものように登っていく。途中何度か見知った顔とすれ違いいつものように挨拶を交わす。心なしか皆前よりも登る速度が速い気がする。恐らく鍛えられて力が付いたのだろう。

 

「おはよう二人とも」

「よう、臼井」

「おはようさっちゃんさん」

 

 ちょうど学校につく手前で二人に出会うのも同じだ。

 

「相変わらず臼井は登るのはえーよな」

「戦闘ヘリに追われながら山を駆ければ嫌でも速くなるさ」

「さっちゃんが言うと洒落にならないんだけど……」

 

 事実だからな。そんなふうに適当に話しながら学校へと近づいていく。これもいつも通りの光景だ。そろそろだな。旧校舎の玄関が見えたので腰からM&P40を引き抜く。

 

「それ、本物?」

「ああ、スミス&ウェッソンM&Pコンパクト。ストライカー式は嫌いだが、こいつは使い勝手がいい」

 

 渚が興味深そうに眺めてくるのを横目にマガジンキャッチを押しマガジンを確認、そしてスライドを少しだけ引き薬室を覗けば黄金色の薬莢が顔を見せる。よし、装填済み。全て問題なし。銃をホルスターに戻す。

 

「いよいよ隠す気なくなったな」

「わざわざ隠す必要もないしな。嫌なら言ってくれよ。ちゃんと配慮するから」

「うーん、別に嫌じゃないけど……」

 

 渚は何だか思うところがあるようで、表情を少しだけ曇らせている。嫌ではないのならいったい何だろうか。

 

「もう、それいらないんじゃないかな?」

「は?」

 

 全くの正論だ。今更銃を持ってきたところで何の役にも立ちはしない。精々重しになるだけだ。そんなことは分かっている。

 

「わかってはいるんだがな……」

「え?」

「いや、何でもない。それよりも早く中に入ろう。暑くて敵わない」

「どうせ、中もあっちーけどな」

「しょうがないよ。E組だし」

 

 私はごまかすように渚の言葉を流した。あの言葉に対する返答を私は思いつかなかったからだ。ここで銃を握る必要はない。誰かと戦う必要はない。誰かを殺す必要もない。

 

 だが、私の戦争はまだ終わってなどいなかった。

 

 

 

 

 

 学期のはじめとなれば当然始業式が行われる。私たちはいつものように本校舎の体育館に集合していた。いい加減これには慣れたが正直言って意味が感じられない。見せしめだとかどうだとか言っていたがそんなことをして何になると言うのか。選ぶ学校を間違えたと思う時もあるが仮に違う学校に行っていたとしたら私はそもそもこんなことを考えなかっただろう。

 

「なんかA組様子おかしくない?」

 

 後ろにいる岡野が私に訊ねる。そうなのだ。七月の終業式の時の連中は何というか悔しさが全身から滲み出ていた。だが今はどうだ。嫌らしい笑みを浮かべながらこちらをチラチラと見てくるではないか。なんだか腹が立つな。少しだけ殺気を込めて睨みつけてやるか。

 

「──ッ!?」

 

 私と目が合った連中は血相を変えて目を必死に逸らし始めた。滑稽だな。怖がるのなら初めからするなと言いたい。

 

「う、臼井さん!怖いから、凄い怖いから止めて!」

「これは失礼」

 

 岡野にたしなめられ殺気を流すのを止めると露骨に安堵したような表情になった。少しやりすぎたかもしれない。精々殴り合いの喧嘩しかしたことない連中に人殺しの凄味は過ぎたものだったようだ。

 

「そんな顔してるとまた茅野っちに怒られるよ」

「そ、それは困る」

 

 あの小さい身体を揺らして怒るのがありありと思い浮かぶ。カエデは私を女の子らしくさせることに腐心しているらしく雑な仕草を見つけると指摘してくるのだ。しかも困ったことに私が大丈夫だと思うラインは女子から見れば有り得ないようなものが殆どらしい。だから誰も言い過ぎだと言わないのだ。

 

「ふふ、臼井さんほんとに茅野っちのこと好きなんだね」

「……そうだろうな」

 

 悔しいが認めざるを得ない。E組で一番仲の良い者を選べと言われれば間違いなく私はカエデを選ぶだろう。彼女にはただのクラスメイト以上の感情を抱いているのは事実である。向こうがどう思っているかはわからないが私はカエデを親友だと思っている。

 

 カエデはどう思っているのだろうか。ふとそう思った。

 

「さて、式の終わりに皆さんにお知らせがあります」

 

 ようやくこの面倒な式も終わりか。今日は確かいつもより早く終わるんだったか。帰ったら何をしよう。

 

「今日から三年A組に一人仲間が加わります」

 

 どうでもいい、転校生の紹介ならクラスでやればいいだろうが。そんな考えは司会の次の一言で覆された。

 

「昨日まで彼はE組にいました」

「は?」

 

 私だけではない、皆が一斉に驚愕に目を見開いた。E組にいた。つまり私たちの中の誰かということである。そう言えば一人だけ朝から姿を見なかったようなする。私は嫌な予感がした。

 

「では彼に喜びの言葉を聞いてみましょう。竹林孝太郎君です!」

 

 私の予感はいつも当たる。いつだって、そして今だって。私は壇上にあがる竹林の姿を見てそう思った。

 

 

 

 

 

「なんなんだよあいつ!」

 

 沈みきった教室に前原の叫びが木霊した。原因は全校集会での竹林の演説にあった。E組を地獄と呼び二度と落ちることのないように努力すると言ったのだ。あれではE組を差別してきた連中と何も変わらない。

 

「地獄、ね……」

 

 本当の地獄とはこんな生易しいものではない。ふと臭いがした。鉄とニトロセルロースの臭いだ。本当の地獄とは自分が立っている場所が地獄と気付くことすらできないような、そんなところだと私は思っている。竹林がここをどう思うおうが自由だが、私には天国しか思えなかった。少なくとも私の知っている地獄は空調なんて効いていない。

 

「本当の地獄はこんなに優しくない……」

「臼井さん……」

 

 どうやら聞かれていたらしい。前に座っている奥田が心配そうに私を覗きこんでいた。多分今の私は酷い顔をしているのだと思う。顔に出やすいのはいつものことだがもう少し隠す努力をしないといらない心配をかけることになる。今度から気を付けよう。

 

「大丈夫ですか?顔色が……」

「大丈夫だ。少し、昔を思い出していただけさ。それよりも、君はどう思う?」

「竹林君のことですよね……きっと、何か事情があるんだと思います……でも……」

「まあ、いい気分はしないよな」

 

 どんな意図があったにせよ今までいた場所をああも悪く言えたものだ。A組に戻れたのは彼の実力に他らならないが、その実力を高めたのは他ならぬE組である。それを忘れて古巣に石を投げるような真似をするというのならそれはただの恩知らずというもの。

 

「竹林君、E組のこと、私達のこと嫌いになっちゃったんでしょうか……」

「それはどうかはわからないが、話くらい聞きに行くべきだろうな。せめて理由くらいは知っておきたいものだ」

 

 誰の目にも不満の感情がありありと見て取れた。でも、たった一人だけそんなこと微塵も思っていない人間がいた。何を隠そうこの私である。誰かに裏切られるのは慣れている。いや、人が裏切るなど私にとって当たり前なのだ。だからこの程度ではショックすら受けない。いつものことだな、そんなことしか思えない自分が憎い。

 

「あんなこと言われて黙ってられるか!放課後一言言いに行くぞ!!」

 

 やはり住む世界が違う。そう思わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

「僕にとっては地球の終わりより百億より、家族に認められるほうが大事なんだ!!」

 

 それは血の滲み出るような告白だった。放課後皆に問い詰められた竹林が叫んだ言葉である。実際のE組がどうであろうと外から見れば私たちE組は落ちこぼれだ。家族の誰にも認められない、認められるには結果を出すしかない。認められなければ家族ではない。竹林の家はそんな家だった。

 

「恩知らずも裏切りもわかっている。君たちの暗殺が上手くいくことを祈っているよ」

 

 そう言って去っていく竹林を見て、引き止めようとするもの、唖然とするもの、庇おうとするもの、各人が各人の思いに任せて行動した。

 

「親の鎖ってすごく痛い場所に巻き付いて離れないの」

 

 引き止めようとする渚を引き止める神崎の言葉が耳に飛び込んでくる。だが実際には呆然としていて何を言っているのか殆どわからなかった。家族に認められることのほうが大事、竹林の言葉が頭の中で反響して脳みそを掻きまわす。

 

「だから、無理に引っ張るのは止めてあげて……」

 

 どんどんと小さくなっていく竹林の背中が、私には羨ましくて仕方がなかった。どう見たって今の竹林は苦しそうだ。だと言うのに、私はそんな苦しそうな姿が羨ましくて羨ましくて仕方がない。コールタールのような激情が身体の中で燻るのを感じる。

 

「どうして……」

 

 私には家族がいないんだろうか……

 

 

 

 

 

 それからのことはよく覚えていない。気が付けば家に帰り、半ば無意識のうちに着替え、酒を買い込んでいた。目の前に安酒の瓶が並ぶ。

 

「今日くらいはいいよな……」

 

 ウィスキーの瓶を手に取り流し込む。口の中に安物特有の不愉快な香りと胡散臭い甘みが広がり、その後突き抜けるようなアルコールの刺激が胃を襲う。

 

「うぇ、不味い……」

 

 一本何万もする高級バーボンと精々数百円の安酒ではまるで泥水と清水だ。でも、このアルコールが今はたまらなく恋しい。心の中に沸き起こった激情をごまかすためにひたすら流し込む。

 

「こんなことして何になるんだ……」

 

 だが、こうでもしないと心が張り裂けそうになる。今になって気付いてしまったのだ。私はどうしようもなく独りであると。友達ができたとしても、私は天涯孤独なのだ。これだけは何があっても変えられない。酒を買いにく途中で見た親子を思い出す。とても幸せそうだった。私にはそんな思い出は一つもない。

 

「なんで、私は一人なんだろうな……」

 

 律に見られないようにPCの電源は切ってある。今は誰も見てない、誰も聞いてない。質の悪いアルコールに脳が麻痺し感情の振れ幅が大きくなる。

 

「う、うう……」

 

 私しかいない部屋に嗚咽が木霊した。

 




用語解説

ニトロセルロース
無煙火薬の主な原料。



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