【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、サブタイトル考えるのメンドクセ


四十一時間目 家族の時間

「頭が痛い……」

 

 翌日、私は生まれて初めての二日酔いを体験した。吐き気こそなかったが気持ち悪くて仕方がない。だが盛大に飲んだお陰か気分は少しだけ楽になっていた。こんなアルコールの使い方は悪手でしかないのはわかっているが、ああでもしないと私の心はどうにかなっていたと思う。

 

「髪滅茶苦茶だな」

 

 そのまま寝たせいか髪が滅茶苦茶になっていた。直すべきなのだろうが、どうにも直す気にならない。

 

「学校どうしようか……」

 

 私はしばらく悩んで結局行くことにした。髪を直せばあとは何とかごまかしが利くだろう。クラスメイトが出ていくかもしれないという時に私は自分のことで頭が一杯。情けないったらありはしない。

 

「とにかく、カエデにはばれないようにしないと」

 

 しこたま酒を飲んだのがばれたら何をされるかわかったものではない。鏡の前で頬を叩き自分に誓った。

 

 

 

 

 

 E組はいつものざわめきが嘘のように静まり返っていた。皆竹林の言葉に思うところがあったのだろう。どんなに頑張ってもE組は落ちこぼれのでしかない、そう思っているのかもしれない。世界の最底辺で生きてきた私には汚れるのに慣れ過ぎている。石を投げられるのも罵倒されるのにも慣れてしまった私は皆と同じ様に落ち込むことができない。

 

 やはり、住む世界が違う。

 

「おはようございます」

 

 いや、黒すぎるだろ。いつものように教室に入ってきた殺せんせーを見て私はそんなことを思った。どうやら日焼けするためアフリカに行ってマサイ族とドライブしてメールアドレスを交換してきたらしい。意味が分からない。

 

「これで先生は完全に忍者、人混みでも目立ちません!」

「そもそも何のために?」

「もちろん、竹林君のアフターケアです」

 

 先生が何かおかしな行動をするのは大抵誰かのためである。たまに私欲で動く時もあるが根底には私たちの存在があるのは言うまでもない。

 

「自分の意思で出て行った彼を引き止めることはできません」

 

 当然だ。そんな権利は誰にも存在しない。例えそれが教師だったとしてもだ。

 

「ですが新しい環境に馴染めているかどうか先生にはしばし見守る義務がある」

 

 全くこの先生は本当に生徒思いだ。そんなことする義務なんて本当はないだろうに。でも、殺せんせーは行くのだろう。それが正しいことだと信じているから。私だってそれが正しいと思っている。

 

「俺らもちょっと様子見にいってやっか」

「竹ちゃんが抜けんのはしょうがないけど、理事長の洗脳でやな奴になったらやだなー」

 

 皆もそれが正しいと信じていた。拒絶されてもなお絆は切れてはいなかったのだ。きっとここがただの普通のクラスだったら残念の一言で終わっていただろう。だが、ここは違う。皆で一つの目標に向けて全力を尽くしてきた。

 

「殺意が結ぶ絆ですね」

 

 家族に認められることのほうが大事。昨日の言葉がリフレインする。皆はきっと何だかんだ理由を付けて竹林を見に行くのだろう。それはどうしようもなく正しいことだ。親の鎖に縛られている彼を見捨てるなんて選択肢は皆にはないのだ。

 

「頭が痛い……」

 

 だが、私に彼を見守りに行く資格はない。あんな苦しそうな彼を見て私は何を思った?羨ましいだ。どう見たって幸せとは正反対にいる彼を見ては私は羨ましいとしか思えなかった。

 

「畜生……」

 

コールタールのような激情が再び沸き起こる。あんなに苦しそうならいっそ代わってくれと思ってしまう。例え痛みや苦しみだったとしても私はそれを二度と経験することができないのだ。

 

 皆が何だかんだと理由を付けて立ち上がっていく。寺坂達も面倒そうにではあるが立ち上がっている。正に殺意が結ぶ絆。でも、私はあの中に入れない。入ってはいけない。住む世界が違う。それをまざまざと見せつけられる。頭痛は治まることを知らないかのようにどんどん大きくなっていく。

 

「あれ、祥子は行かないの?」

 

 気付かれてしまった。カエデだけではない。隣にいる渚や片岡も心配そうに私を見ていた。大丈夫、顔には出ていないはずだ。ここは適当に理由を付けて私は休もう。嘘を吐くのは好きではないが、今私が思っていることを言えばせっかく立ち上がった彼等に水を差すことになる。それは私の望むことではない。

 

「臼井さん顔色悪いけど大丈夫?」

「ああ、少し、頭が痛いんだ。悪いがアフターケアには行けそうもない」

 

 頭が痛いのは本当だ。だが、その根底にあるのはもっと悍ましいもの。それを教えるわけにはいかない。

 

「本当に、頭が痛いだけ?」

 

 カエデの真剣な目が私を射抜く。

 

「ああ、本当に大丈夫だから……」

「……わかった。具合が悪くなったらすぐに誰かに言ってね」

 

 どうやら上手くごまかせたようである。平気で嘘をつく自分に嫌気がさす。我ながら酷く嫌らしい女だと思う。

 

「竹林によろしくな」

 

 死ねばいいのに。

 

 

 

 

 

 律以外誰もいなくなった教室。座席に座り込み私は自分のいやらしさに自己嫌悪していた。何がよろしくなだ。本当は彼が妬ましくて仕方がない癖に。

 

「クソ……」

 

 以前も不自由なく暮らしている子供を羨ましいと思ったことはある。だが、今回のはそんな優しいものではない。正に感情の濁流だ。こんな経験は生まれて初めて、私はどうすればいいのか全く見当もつかなかった。

 

「これなら銃を撃っているほうが余程簡単だ……」

 

 少なくとも戦っている時は戦うことだけ考えればよかった。機械的に目の前の出来事を処理するだけの簡単な仕事。そこに感情が入る余地はない。

 

「お身体は大丈夫ですか?」

「ああ、頭痛はもう治まったが……」

 

 この溢れ出る感情をどうすればいいのかわからない。忘れればいいのか、何かに叩きつければいいのか、我慢すればいいのか、どうするべきなのかまるで見当がつかない。ここまで酷い嫉妬心を抱いたのは本当に初めてだった。

 

「少し、外の風を吸ってくる」

 

 もう、どうしようもない。私はこれ以上誰かと同じ空間にいることが耐えられなくなり、外に飛び出した。

 

 

 

 

 

「はぁ、みっともないな……」

 

 校庭の木の下に体育座りで顔を埋める。本当に酷くみっともない姿だ。こんな姿を誰かに見られたら私は憤死してしまうことだろう。

 

「やっぱり私も子供ってことか……」

 

 そう、私はどうしようもなく子供だったのだ。なまじ一人で生きていけたから調子に乗っていただけのどうしようもないガキ、それが私だ。人の殺し方はいくらでも知っているのに、感情の制御はわからない。

 

「羨ましがったってどうしようもないだろう」

 

 ない物をねだったところでない物はないのだ。目の前にあるものでやっていくしかない。でも、私に何があるんだろうか。

 

「ああ、やっぱりこれしかないのか……」

 

 腰からM&P40を引き抜く。ポリマーのフレームにステンレス鋼のスライド、僅か620グラムしかないが、人を殺すには十分すぎる威力を持つ。

 

「はは、なんだ。結局振り出しに戻るってことか……」

 

 しばらくM&Pを眺めた後、おもむろに銃口をこめかみに突き付ける。弾薬は装填済み、引金を引けば40口径のジャケテッドホローポイント弾が私の脳を滅茶苦茶に破壊し即座に生命活動を停止させる。後は引金を引くだけ……

 

「祥子、そこにいるの?」

 

 ふと我に返り、自分がしようとしていたことに気が付き恐怖する。声を掛けられなければ引金を引いていたかもしれないという事実が恐ろしくて仕方がない。

 

「そっち、いくよ?」

 

 幻聴ではなかった。はっきりとカエデの声が木を背に聞こえてくる。後ろを振り向けば心配そうなカエデがこちらに歩いて来ていた。よかった。どうやら銃は見られずにすんだようだ。今私がしようとしたことを見ればどうなるかなんて簡単に想像がつく。

 

 カエデは私の横にちょこんと座った。

 

「竹林を見に行ったんじゃないのか?」

「うん、初めはそうだったんだけど、やっぱ祥子が気になってさ。何かあったんでしょ?みんな気が付いてたよ」

「そうだったのか……」

 

 あれだけばれないように気を使っていたというのに既にばれていたようだ。その事実にショックを受ける以上にやはりかという気持ちが浮かび上がる。私は隠し事が苦手なようだ。いらぬ心配をかけさせてしまった事実に腹が立つ。

 

「私でよかったら話、聞くけど」

 

 話してしまってもいいのだろうか。こんなあさましいことを言ってもいいのだろうか。カエデの目を見る。その目は純粋に私を心配していた。しばらく悩んだ末、私は少しだけ勇気を出すことにした。

 

「竹林に嫉妬していたんだ……」

「た、竹林君に?」

 

 私が彼に嫉妬しているとは思っていなかったのだろう。驚愕に目を開いた。本当は誰でもよかったのだろう。たまたま私の琴線に触れるのが竹林だったというだけのこと。そんな自分に嫌気がさす。

 

「私には家族がいないだろ?だから、家族のためにあれだけ必死になれる彼がどうしようもなく羨ましくって仕方がなかったんだ。他人を羨んだって私の家族が戻ってくるわけではないのはわかっているのに、わかっているのに……」

 

 頭の中で滅茶苦茶になっていた言葉を少しずつ口に出していく。突然こんなこと言われても迷惑でしかないのに、私の口は止まることを知らないかのように次々と不満を吐き出す。

 

「あんなに苦しそうなら、そんなに辛いなら、私と代わってくれと思ってしまう。どんなに親の鎖が痛くたって私にはその痛みすら二度と感じることができないんだよ……」

 

 横で聞いているあかりがどんな顔をしているのか私には見当がつかない。多分、迷惑だろうな。いきなりヒステリックに内面を暴露されたって困るだけだろうに。

 

「どうして私には家族がいないんだ。思い出したくてしかたがないのに、私は両親の名前すら知らないんだ。こんなの、理不尽すぎるだろ……」

 

 何か悪いことをしてしまったのなら一生かけて償う。金がいるというのなら全財産をなげうったっていい。この命を差し出せというのなら差し出そう。

 

「せめて、墓参りくらい……許してよ……」

 

 今まで必死に気付かないふりをしてきたが、知ってしまえばもう戻れない。自分がどうしようもなく孤独であると気が付いてしまった。本当の意味で一人じゃないのはわかっている。だが、家族の絆は手に入れることは叶わない。

 

「ごめん、こんな愚痴につき合わせて。それと聞いてくれてありがとう。」

 

 一方的につき合わされたほうはいい迷惑だろうが、いくらか心は晴れた。誰かに思っていることを吐き出すのがこんなにも楽になることだとは知らなかった。

 

「…………」

 

 カエデは私の告白を聞いて何を思ったのだろうが。軽蔑したのだろうか、それとも、同情したのだろうか。我ながらお涙頂戴の話だった。こんなことで他人の同情を引こうとする自分が憎い。

 

「祥子はさ、多分寂しいんだよ……」

「うん?」

 

 突然カエデが口を開いた。私が、寂しい?

 

「誰もいないのが寂しくて、親のために頑張れる竹林君が羨ましくなっちゃったんでしょ?」

「そうかも、しれない」

 

 嫉妬の原因なんて考えもしなかった。ただ自分にないものを持っていたから嫉妬していたと思っていたが、もしかして違うのかもしれない。

 

「そんなの当たり前なんだよ。私だってそうだもん。独りぼっちで寂しくない人なんていない」

 

 隣に座っているカエデの肩が震える。そうか、自分だけではなかったのか。家族がいないのはカエデも同じ。いや、覚えている分彼女のほうが何倍も辛いはずだ。

 

「寂しいのか……そうか、これは寂しいというのか」

 

 また一つ自分の感情を理解する。嫉妬心を抱いていたのは事実だったが、その根底にあるのはただの寂しさだった。そう考えると驚くほどしっくりくる。

 

「あかりは平気なのか?」

「平気なわけ、ないよ。寂しくてしょうがない。でも、私はもう一人じゃないから」

 

 その言葉には力を感じた。本当にそう思っているのだろう。一人じゃない、そう思えるだけの何かがカエデにはあるのか。

 

「祥子が名前を聞いてくれた時ね、本当に、本当に嬉しかったんだ」

 

 思いがけない一言が他人に大きな影響を与える。私が言った一言がいったいどれだけの影響を与えたのだろうか。私はもしかしたら何か取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。本来彼女が歩むべき道を歪めてしまったのかもしれない。でも、

 

「だから祥子が寂しそうにしてたら、ほっとけないよ」

 

 この笑顔はきっと間違いなんかじゃない。そんなことを考えていると、横から抱き着かれ、頭を撫でられる。

 

「嫌なことがあるとね、こうやってお姉ちゃんに頭を撫でてもらってたんだ」

 

 身長差のせいで若干おかしな体勢になっているのが少しだけ微笑ましい。だが、それ以上に心が温かいもので溢れていく。初めての体験のはずなのに、酷く懐かしい気分になる。

 

「ありがとう。もう、大丈夫だ」

「ほんとに?」

「ああ、本当だ。でも、あと少しだけこのままでもいいかな?」

 

 姉がいたらきっとこんな感じなのだろうか。家族なんていないし想像もできないが、多分、こんな感じなのだろう。気を緩めたらこの優しさに溺れてしまいそうになる。でも、それは駄目だ。

 

「別に泣いてもいいんだよ?」

 

 一番泣きたいのは君だろうに。そう思ったが口には出さなかった。傷だらけのくせに私なんかを助けようとする。きっと、ボロボロの私を見た皆も同じように思っていたのだろうな。

 

「今は、泣けないけど……いつか泣きたくなったら、胸を貸してくれるかな」

「……もちろん!」

 

 姿勢を元に戻す。少しだけ名残惜しいがこの姿を他の誰かに見られたら私たちはきっと恥ずかしくて死んでしまうだろう。

 

「ねえ、私が殺せんせーを殺して百億貰ったらさ、一緒に祥子の家族探そう?」

「え?」

「もしかしたらおじいちゃんやおばあちゃんが生きてるかもしれない、もし日本にいなくても世界中探せば絶対に見つかるよ!」

「い、いやそこまでしてもうわけには……」

「もう遅いよ!私はそうと決めたら一直線なんだから!」

 

 これは何を言っても駄目そうだな。ちんまい癖に行動力だけは誰にも負けない世話好きに思わず笑う。

 

「あはははは!!」

「そういえばずっと気になってたんだけどさ……」

「ははは、う、うん?」

「祥子、昨日お酒飲んだでしょ」

「え?」

 

 顔を上げる。そこには、鬼がいた。

 

「話、聞かせてくれるかな?」

 

 あ、これ駄目なやつだ。

 

 

 

 

 

「でも僕はそんなE組が、メイド喫茶の次くらいに好きです」

 

 次の日の全校集会で竹林が壇上で言った言葉だ。E組を弱者の集団と言ったうえでのこの言葉。きっと理事長やA組の連中は腰を抜かしているだろう。それからの行動は酷く愉快だった。

 

 なんと彼は理事長室に忍び込んで盗んできたガラス製の表彰盾を訓練に使うナイフで叩き壊したのだ。そんなことをすれば彼は再びE組に逆戻り、いや、それが狙いだったのだろう。まるで自分を縛る鎖を叩き壊すかのように彼は盾を砕いた。

 

 私もいつか兵士という鎖を打ち砕くことができるのだろうか。ふと、そんなことを考えた。こんな薄汚れた私にそんな資格があるのかは別として、彼の行動はそれはそれは輝いて見えたのだった。

 

 何かが変わっていく。それが何なのかはわからない。私の何気ない一言がカエデに大きな影響を与えたように、竹林の行動も私に大きな影響を与えた。いつまでもこのままではいられない。

 

 いつか決断を下す時がやってくる。そしてそれはきっとそう遠くない。その時私はどうすればいいのだろうか。悩んでも答えは出ない。

 

 私の戦争はまだ終わっていない。

 




用語解説

そんなもの、ウチにはないよ…

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