「と、いうわけで、巨大プリンを作ります!」
九月の初めの日曜日、いきなり電話で呼び出された私がカエデに言われた言葉だ。初めてカエデの家に招待されて少しだけワクワクしていた矢先にこれだ。
「す、すまん。もう一度言ってくれないか?」
「だーかーらー、巨大プリンを作るのです!」
頭を叩く。カエデはどうしてしまったのだろうか。時折おかしな奴だとは思っていたが、遂に本格的におかしくなってしまったのか、それとも私がイカれたのか。
「あかり、何があったかは知らないが薬物の乱用は法律で固く禁じられている。今すぐに私に渡すんだ。悪いようにはしないと誓おう」
「なっ!?ひどっ!そんなわけないでしょが!!」
「そ、そうなのか。それはすまなかった」
どうやら違ったらしい。まあ何にせよカエデが危険な薬を使っていないのならそれでいい。となると何かの暗号か何かか?いや、変に勘繰らずに言葉通りに捉えればいいのだろうか。目の前のカエデはエプロンを身につけているしこれは本当にプリンを作ろうとしているのだろう。でも、なんでプリン?というかプリンってなんだ。
「で、理由を説明してくれないか?流石に意味が分からない」
「一昨日渚達と蕎麦食べに行ったでしょ?その時お店のテレビで卵が過剰供給で廃棄されてるって話を聞いてピンときたの!」
「悪いがまったく記憶にない」
「そう言えば祥子ひたすらお蕎麦食べてたっけ」
悪かったなひたすら食べてて。生まれ初めて食べた蕎麦が予想以上に美味しくて我を忘れていたなんていうわけにはいかない。これは墓場まで持っていこう。
「話を戻すね。それで廃棄される卵を救済しつつ、尚且つ暗殺もできるプランを思いついたの」
「で、巨大プリンと?」
「うん!」
プリンというのが何なのか知らないが毒殺というわけではないだろうし、となると考えられるのは……
「爆殺か?」
「ご名答!プリンの底に対先生弾と爆薬を設置して殺せんせーが底の方まで食べたらドカンって寸法なの」
九月に入って暗殺に爆薬の使用が許可された。監督役となった竹林の監視の下であればC4だろうがTNTだろうが自由に使えるようになったのだ。凄まじい厚さのマニュアルを完全暗記した竹林には頭が上がらない。ちなみに私も前科一犯ということで目下勉強中である。酷い理不尽だ。これでも建物の発破解体くらいならできるんだがな。
「それで、私は何をすればいいんだ?」
「祥子には一緒に計画を考えてほしいんだ。流石に私一人だとちょっときつくてね」
「まあ、いいだろう。君には借りがあるしな。で、本音は?」
「え?」
ただの興味本位でこんな計画を思いついたわけではないだろう。兵士としての勘がそうだと告げている。
「よくわからないが、そうだな……カモフラージュか?」
目を見開く。どうやら図星だったようだ。恐らく生徒として違和感を持たれないように一度は暗殺計画を考案しておこうと思ったのだろう。似たような隠蔽工作は腐るほど見てきた。
「すごい、まだ何も言ってないのに」
「伊達に兵士として生きてきたわけではない。この手の悪事ならそれこそ腐るほど見てきたよ。で、当たりか?」
「うん、一回くらい計画考えないと流石に怪しまれるしね。殺せんせーってそういうの無駄に敏感だし」
「同感だ」
既に皆から一歩距離を置いているのは気が付いているはずだ。ここいらで自分から行動したという事実が欲しいのだろう。
「で、本音は?」
「へ?」
「それだけじゃないんだろう?」
ただのカモフラージュならもっと地味なのでもいいはずだ。わざわざこんなふざけた計画を考えるのだからそれ相応の理由があるのだろう。そしてきっと下らない理由のはずだ。
「えっと、その……一度でいいからバケツプリンならぬプールプリンを作ってみたかった……です」
何故か恥ずかしそうに手を揉みながら小声で告白した。どうせそんなところだろうと思ったよ。シリアスになった私が馬鹿だった。
「そうか、じゃあ派手にやるとするか」
「うん!派手にいこう!!」
気分が高潮し今ならなんでもできそうだ。二人で拳を突き上げ計画の始まりを宣言する。でも、そのまえに聞かなくてはならないことが一つある。
「あかり、一つ聞きたいんだが」
「うん?何?」
「プリンってなんだ?」
時が止まった。私は何かしてしまったのだろうか。
「え?」
「うん?」
何だろうこの空気。ちなみにプリンはプディングのことだった。和製英語なんて卑怯だ。
「じゃあ、初めに普通のプリンから作ろうか」
こうして私の地獄のプリン生活が始まった。
プリン生活一日目。当然ながら、ただ大きく作ればいいというものではない。二乗三乗の法則の通り、大きくすれば強度の問題などで形が崩れてしまうことは明白だった。というかそもそもそれらをどうやって作るんだという問題があった。
「と、いうわけで今日はバケツプリンを作ってみました!」
「お、おお!」
そこで諦めるカエデではない。凄まじい行動力であっという間に計画の骨組みを作ってしまった。一応私には味見と計算という役割があるのだが、正直カエデ一人で十分な気がする。
「ああ!崩れた!?」
一度目のプリンは失敗、原因は強度不足だった。ちなみにあとで二人で全部食べた。そう言えば昨日の夜もプリンしか食べてない気がする。
プリン生活二日目、学校が終わり直行でカエデの家に行き昨日の失敗を踏まえてどうするべきかを徹底的に議論することにした。
「ただ大きくするだけじゃ駄目なんだよね。どうしようか」
「昆虫みたいに外骨格にするとか?」
「飴細工とかで固めたらいけるかも……」
「いや、でもそうすると冷却の問題が……」
「むむ……」
まるで作戦を練る参謀のように私たちはお互いの頭をフル回転させ議論を続けた。ここまで理詰めで物事を考えたのは久しぶりだった。
「とりあえず出た意見を基にもう一回作ろう」
「同感だ。案ずるより産むがやすしだ」
結果は前回よりも崩れにくくなったが、やはり強度の問題を解決するには至らなかった。律に頼ることも考えたが、これは本当にどうしようもなくなったらにしておく。
「やっぱプリン美味しい!」
崩れた巨大プリンは二人で食べた。いい加減飽きてきた。
プリン生活三日目、予定の日は今週末から来週にかけての三連休。時間はまだあるが、決して楽観できるほど余裕はない。そろそろ具体的な計画案を作る必要があった。本腰を入れる必要があると判断した私は、カエデに断り彼女の家に泊まることにした。
「それにしても、意外と普通の部屋だな」
「どういうこと?」
電卓を片手に強度の計算をしながら思ったことを口にする。
「もっと殺風景な部屋を予想していたんだが、予想以上に普通の部屋で拍子抜けしたんだ」
「普通に暮らしてたら家具くらいちゃんと置きます。祥子が無頓着すぎるの。初めて祥子の部屋に入った時ベッドと机しかなかったじゃん。せめてカーペットくらい敷こうよ」
「いや、何もなかったわけじゃないぞ。銃とか工具とか……あと、銃とかあったぞ」
「銃二回言ってるから……はぁ、爆弾とかしかけてないよね?」
思わず肩を揺らす。いや、慌てるな、憶測で言っただけであって知られているわけではないはずだ。落ち着け。
「ゆ、床下にアパート丸ごと吹き飛ぶ量の爆薬なんて仕掛けてるわけないだろ。は、はは、おかしなことを言うんじゃない」
「仕掛けてたんだ……」
「あっ……」
図星だった。思わず口を塞ぐ。もう遅かった。
「い、言っておくが君が初めて来た時はもう解除してあったからな!だから問題ない!」
「仕掛けた時点で大問題だから……」
よく考えなくても大問題だった。私の部屋を捜索した烏間先生の部下たちはふざけた量の爆薬を見てどう思ったのだろうか。昔のこととはいえ常識がなさすぎる。
「仕掛けた時はナイスアイデアだと思ったんだ……」
「どう考えてもバッドアイデアだよ祥子……」
「うん……」
「今度から気を付けようね……」
「うん……」
ちなみに夕飯はプリンだった。いい加減夢に出てきそうだ。
プリン生活四日目、朝食は昨日食べきれなかったプリンだった。白昼夢とはこういうのを言うのかもしれない。
「プリン、プリン、プリン……」
「祥子、一緒にお昼食べよう?」
差し出されるのは市販のプリン。
「ひっ……」
「ど、どうしたの!?」
自分から乗り出した以上嫌と言うのはお門違いだ。私は拷問にも耐えた鋼の理性を総動員してプリンを我慢した。
今日の夕飯もプリンだった。多分悪夢を見ると思う。
プリン生活五日目、自分がプリンになる夢を見た。四肢が徐々にプリンに変わっていくのだ。今までみた悪夢の中でも五本の指に入る怖さで呻き声を聞き起こしに来たカエデに涙目でみっともなく抱き着いてしまったのは屈辱だった。
そして朝食はプリンだった。私は叫んだ。カエデも叫んだ。
「烏間先生にも頼んだし、あとは失敗しないように実験を繰り返すだけだね!」
「ああ、そうだな……」
「日曜日が楽しみだなあ」
正直言って限界に近かったが、カエデが楽しそうだからもう少し我慢しようと思う。当然夕食はプリンだった。
プリン生活六日目、またしても夢を見た。クラス全員の頭がプリンになっている夢だ。殺せんせーも律も、渚も、カエデも、杉野も、片岡も、中村も皆プリンになっていた。というか私もプリンになっていた。
ちなみに今日の朝食もプリンだった。
「第一層の寒天の配分が70.98%だから、卵の量は────」
「ねえ、臼井さん、あんたさっきから貧乏ゆすりすっげーうるさいんだけど」
プリンがプリンでプリンをプリンしてプリンにプリンプリンプリン……
「なんかヤバイしそっとしておこうぜ」
「うん!コンビニプリンも美味しい!」
プリンプリンプリンプリンプリン
プリン生活七日目、
プリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリンプリ
プリン生活八日目、気が付いたら巨大なプリンが目の前にできていた。
「やべー超うまそー」
「マジでできちゃった……」
どういうことだ。何故私は校庭にいて、目の前には想定図と同じデザインのプリンが鎮座しているんだ?
「やったよ!祥子ー!」
「ん?え?」
クラスの皆も何だかやり遂げたと言わんばかりの顔をしてプリンを見上げているしカエデは今にも飛びかかって来そうなほど喜んでいる。全く意味が分からないが、ここは合わせておこう。
「あ、ああ、そうだな」
「ほんとにありがと!」
隅々を眺めて写真を撮ったりしてはしゃぐカエデを横目に私はそっと速水に近づいた。何となく何をしていたのかは記憶にあるのだが、ここは第三者に詳細な情報を聞いた方が早い。
「な、なあ速水」
「ん?どうしたの」
「今日の記憶が全くないんだ。何がどうなっているのか教えてほしい」
「……は?」
いや、そんな白痴を見るような目で見ないでくれ。一応本気なんだが。と、言っても身に付けたエプロンや三角巾、マスクを見る限り、仕事はしていたようだし、そんな人間がいきなり記憶がありませんと言っても何を言っているだとしか思わないだろう。
「言っておくが私は本気だ。本気で記憶がない」
だから、こうして断言する。すると速水は何故か笑いだしたではないないか。その予想外の反応に思わず困惑する。
「ふふ、臼井もそんな冗談言うようになったんだ。まあ、全然面白くないけど」
「いや、冗談ではなくてだな──」
「冗談はセンスないけどプリン作ってる時の臼井、鬼軍曹みたいでかっこよかったよ」
私の話を聞かずに速水はサムズアップしてプリンを眺めに行ってしまった。本当に冗談ではないんだがなあ。というか鬼軍曹ってなんだ。後で聞いたところ、私は血走った目でマリーンの教官もかくやと言わんばかりに指揮を執っていたそうだ。お陰で作業は素晴らしくスムーズに行われたそうだ。そんなところで傭兵時代のスキルを使うなと言いたい。
ちなみに夕飯は普通のから揚げにした。何故だが涙が止まらなかった。こうして私の地獄のプリン生活はやっと幕を閉じたのである。
「あ~あ、失敗しちゃったね」
「あれは惜しかったよね。でも、楽しかったしいいんじゃないかな?」
「茅野ちゃんがあそこまでするとは思わなかったけどね」
「私だってやる時はやるのです!」
次の日の放課後、私達は街の中を歩きながら各々の家へと向かっていた。結局殺せんせーのプリン爆殺計画は爆薬の臭いに気付かれるというミスを犯し失敗に終わった。爆破寸前にカエデが暴走したり、殺せんせーに食べられるプリンを見ていたら謎の憎悪を抱き起爆スイッチを押したい衝動に駆られて皆に制止されるなど、いろいろカオスだったが、なんだかんだ言って楽しかったと思う。
「臼井さんがいきなり起爆スイッチ押そうとしたときは流石の俺も焦ったわ」
「四人がかりで抑え込んでも逆に引きずられた時はどうなるかと思ったよ。ほんとどうしたの?」
「いや、プリンを見ていたら急に破壊衝動に駆られてな」
「何それ中二?それ俺のキャラなんだけど」
「何を言っているんだ。私は中学三年生だぞ」
「それ多分違う意味だと思うよ……」
何てことない雑談に興じながら歩けばいつものように分かれ道に差しかかった。本当に濃い一週間だったな。プリンに始まりプリンに終わる。もうしばらくプリンは食べたくない。
「では、また明日」
「うん、またね!」
「じゃあねえ」
一人道を歩く。ここの道も見慣れたものになったな。昔は一々周りを警戒して気配を張り巡らしていたのを覚えている。それが悪いわけではないとは思うが、なんというか疲れる人生を送っていのだと痛感する。ふと立ち止まり空を見上げる。夕闇の微妙な空が私の網膜に投影された。
「で、カエデはいつまでついてくるつもりだ?」
「えへへ、やっぱばれちゃうか」
振り向けばいつかの日のようにカエデが電柱の裏から顔を出していた。いつの間にかカエデとは単なるクラスメイト以上に親しくなっていた。親友なんて一生できないと思っていたのに、人生は本当に何が起こるかわからないものだ。でもだからこそ面白いのだろう。
「今日まで本当にありがとね。私一人だったらここまでできたかわかんないよ」
「いや、きっと私なんていなくてもカエデならやってのけたさ」
「そうかもしれないけど!それでもだよ」
これ以上謙遜すると怒りそうなのでこれくらいにしておこう。でも、実際私がやったことなんて精々計算と味見くらいだ。殆どのアイデアはカエデ一人で考えていた。計算だって私がいなくても何とかしていたに違いない。
「そうか、なら素直に受け取っておく」
道を歩きながらこの謎多き友人について考える。彼女はいったい何を目的にここにきたのだろうか。大よその目星はついている。もし私の予想が事実だったとしたら、私は彼女に全面的に協力するつもりだった。
「なあ、あかり」
だからいい加減私がどう思っているのかを伝えた方がいいだろう。
「なに?」
声しか聞こえないがその口調は決して穏やかではない。あてが外れたら笑えるが、私の予感はいつも悪いほう限定でよくあたる。
「君は、何のためにここに来たんだ?」
「……それを、聞いてどうするの?」
「復讐か?」
息を呑む音が聞こえた。それだけで十分だろう。ヒントは大量に与えられていた。これならきっとどんな馬鹿でも真相に辿り着くことができるだろう。でも、私がやりたいことは真相の究明ではない。
「そうだったらどうするの?」
背後の気配がどんどん強まっていく。殺気こそ感じられないが、私の返答次第ではどうなることやら。
「いや、どうもしない」
「へ?」
「どうもしないといったんだ。むしろ協力してもいいとすら思っている」
相手は殺せんせーだろう。というか正直それ以外思いつかない。どこかの組織のエージェントという線も考えたがそれにしてはボロを出し過ぎである。恐らく動機は個人的なもの、そして消去法で考えこの結論に達した。どうやら正解だったようだ。
「今は答えなくてもいい。だが、少なくともここに一人味方がいるということを覚えておいてくれ」
振り返らずに歩き出す。本当ならカエデには復讐なんてしてほしくない。だが、そんな簡単に割り切れるほど感情というのは単純ではない。自分の人生を前を向いて進むには時には立ち止まって戦う必要だってあるだろう。殺せんせーが復讐されることをするような人物には思えないがどのみち先生は暗殺しなくてはならないのだ。遅いか早いかの違いしかない。
「まって!」
初めて振り返る。様々な感情が入り混じり答えを出せない。そんな顔だった。
「どうして、どうしてそこまでしてくれるの?」
「なんだ、そんなこと決まっているだろ」
理由なんて一つしかない。いや、一つだけで十分だ。恩とか借りとかそんなことはどうでもいい。そんなものは必要ない。
「友達だからだ」
戦う理由なんてそれで十分だ。
用語解説なんてないんだよ!