【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、今回は真面目です。


四十三時間目 疑惑の時間

 ネガティブキャンペーンという言葉がある。対立相手の心象を悪くし自陣を有利にするために行うイメージ戦略のことだ。いつの時代においても世論を味方につけることは戦いに勝つうえで非常に重要なことだと言える。

 

 いくら理があったとしても大衆を敵に回して勝てるような組織は少ない。これはネガティブキャンペーンではないが、ベトナム戦争において北ベトナム軍とアメリカ軍の戦死者数は凡そ五倍近い差があるにも関わらずアメリカ軍は世論の圧倒的な不支持により撤退した。事実上の敗北である。あの世界中の軍隊を敵に回しても勝てると言われているアメリカ軍でさえ、自国民には勝てなかったのである。

 

 大衆のイメージというものは時にICBMよりも強い力を持つ。一度抱いた疑念というのはそうそう晴らすことはできない。憶測が憶測を呼びいつしかありもしない巨悪となるのだ。つまり何がいいたいのかと言うと、どんな存在だろうとイメージには勝てないということである。そう、例えそれがマッハ20で動く超生物だったとしてもだ。

 

 

 

 

 

「なんだこれは?」

 

 私は放課後クラスの皆に一斉配信されたメールに添付された写真を見て驚愕した。写真には大手新聞社の今日の朝刊の見出しが写されていた。

 

「椚ヶ丘で下着ドロ多発……ヌルフフフと奇怪な笑い声……」

 

 拡大して記事を読めばどうみても殺せんせーとしか思えないような痕跡が残されていることが書かれている。知っている者が読めば一発で殺せんせーだとわかる情報ばかりだ。証拠はばっちりある。いっそのこと不自然すぎるくらいにだ。

 

「ネガティブキャンペーンにしてはやり方が杜撰だな」

 

 私は一発でこれが何者かによるでっちあげだと結論付けた。あまりにも証拠が揃い過ぎているのだ。やることが三流のそれだ。本当に先生が犯人だったとしたら恐らく証拠は一切残さないだろう。そもそも盗まれたという事実すら悟らせないはずだ。

 

 粘液や黄色い頭という証拠がある時点で偶然という線は消えた。日本で殺せんせーの存在を認知しているのは政府、私達、そして殺し屋だ。私たちがこんなことをするわけがないのでやるとしたら殺し屋か政府だろう。

 

「誰だが知らないが、よくもやってくれたな……」

 

 私は殺せんせーを暗殺することを目的としているが、それでも私は殺せんせーのことを人として尊敬している。助けてもらった恩がある。人として生きることを教えてくれた借りがある。もう抱えきれないほどのものを先生から貰った。だからこそこんな下らないことで先生を貶めようとする者が許せない。どこの誰だが知らないがこの落とし前はつけさせてもらう。

 

「皆もきっと怒っているだろうな」

 

 恩師を侮辱されたのだ。皆もそれなりに怒りを感じているに違いない。その時、私はそう思っていた。確かにそう思っていたのだ。

 

 

 

 

 

 そして迎えた次の日。私の予想は悪い意味で裏切られた。

 

「マジかよ……」

「先生、最低……」

 

 当然クラスの話題は昨日の件で持ちきりだった。だが予想とは違い誰もが殺せんせーが犯人だと決めつけていたのだ。いや、私が思っていたよりも遥かに殺せんせーの信用が低かったというのが正しいのだろうか。

 

 なまじ性欲に忠実なキャラクターである程度通っていたのが致命傷だったらしい。皆は新聞に載っていることが事実だと信じ切ってしまっている。君たちは今まで何を見てきたのかと言いたいが、私のように殺せんせーと何度も個人的に話した者はそうそういない。

 

「ねぇ、さっちゃんこれ酷くない?」

 

 当然、陽菜乃もいつもの笑顔を歪めて嫌悪の感情を顕わにしていた。すっかり信じ切っているようだ。

 

「ちょっとスケベだとは思ってたけど、いい先生だと思ってたのにな……」

「なあ、本当に先生がやったと思っているのか?」

「だって、あんなにたくさん証拠があるし……」

「疑う余地もないということか……」

「うん……」

 

 慕っていたからこそ落胆を隠せないのだろう。陽菜乃の目には嫌悪以上に悲しみの感情が見て取れた。誰だって信じていた者に裏切られたら悲しくなる。私のように裏切られることに慣れ切ってしまったものとは違う。

 

 皆は私が思っていたよりも遥かに無垢だったというだけのことだ。自分がそうなのだから相手もそうだろうと決めつけるのは私の悪い癖だ。自覚していたはずなのにいつまでたっても直りそうにない。早いうちにどうにかしないといつかきっと痛い目を見るだろう。

 

「事実だが、真実ではない」

「え?」

「何でもない、ただの独り言さ……」

 

 先生が屋上で言った言葉を思い出す。皆はあの事実を信じるのだろう。なら私は私の見た真実を信じることにしよう。重い空気の中、私は決意を新たにした。

 

 

 

 

 

「きょ、今日の授業は……ここまで……」

 

 すっかり意気消沈の先生を背中を見て今日の出来事を思い返す。あれから殺せんせーの犯人疑惑は更に高まった。それも最早言い逃れができないレベルでだ。机の引き出しの下着、出席簿に書かれた女子の胸のサイズ(ちなみに私はC(筋肉)と書かれていた。どういう意味だ)、次から次へと出てくる証拠に皆の好感度はゼロを通し越してマイナスに足を突っ込んだ。

 

「なるほど、思ってたよりもやるようだ……」

 

 新聞に載っていたのは記事はいわば誘導材。殺せんせーは生徒に失望されることを何よりも嫌っている。そんな先生が疑惑を抱かれたら必死になって弁明するだろう。相手はそこを狙ったのだ。予め先生がよく使う物に盗んだ下着を仕込んでおけば後は勝手に自爆してくれる。

 

「やってくれたなあ……」

 

 思わず拳を握りしめる。戦いに卑怯も糞もない。やられたほうが間抜けだ。それでもいい気はしない。相手が同じ悪人なら何とも思わないが、先生は善人だ。例え来年に地球を爆破すると宣言していても私にとって先生は尊敬するべき大人である。親のいない私にとってあそこまで親身になって接してくれる人は本当に生まれて初めてだったのだ。

 

「でも殺せんせー本当にやったのかな?」

「さあね、でも地球爆破に比べれば可愛いもんでしょ」

「た、確かに……」

 

 渚達が今日のことを議論しているが知ったことか。相手がやったか知らないがいい度胸だ。この私に喧嘩を売ったんだからな。殺しはしないが痛い目を見ることになるだろう。そうと決まれば行動あるのみ、勢いよく立ち上がる。

 

「臼井さんはどう思ってる?」

「なんだ……」

 

 私の変化に気付いたのか定かではないが、珍しく真顔の赤羽がこちらを見ていた。渚もカエデも、帰ろうとしている寺坂ですらチラチラとこちらを見ている。そうだな、一度考えを整理するためにも誰かに思っていることを言ったほうがいいかもしれない。椅子にもう一度座る。

 

「そうだな……私は、先生を信じている。いや、確信すら持っていると言っていい」

「でも現にあれだけ証拠が出てるわけだけど、そこんところどう思ってんの?」

「僕も気になる。さっちゃんさんがそこまで言うくらいだから何か根拠があるんでしょ?」

 

 これは、言ってしまってもいいのだろうか。いや、もう今更か。友人にこんなことを言うのは憚られるが私がどういう人間かを知っていく良い機会になるだろう。

 

「これといった根拠があるわけではないが、昔、仕事である人物を今の殺せんせーと似たような状況に陥れる工作をしたことがある」

 

 7年前の話だ。とある政治家を失脚させるため彼の自宅から彼の愛用している猟銃を盗み出し、それを使い敵対派閥の将校を殺害。現場付近に猟銃と使用済みの薬莢を置いておいた。後は引きずり降ろしたい連中があることないこと騒ぎ立て、結果としてその政治家は投獄されることとなったのである。我ながら酷いことをしたと思うが、その政治家も裏で人身売買や薬の密売の元締めなど真っ黒なことをしていたのでお互い様というやつだ。

 

「それってもしかして……」

「ああ、今の状況と本当に似ているんだ。わざとわかりやすい証拠を残し罪をでっちあげる。ネガティブキャンペーンとしてはありきたりな手口だな。それにだ」

 

 思い出すのは今までの殺せんせーの行動、そして言葉、あの人は常に生徒のことを考えて行動していた。

 

『この触手は絶対に離さない』

 

 自爆寸前に言われた言葉だ。自分が死ぬかもしれないって時にこんなことを言う先生が、私達のことが大好きな先生が、あんなことをするはずがない。いや、はずがないではない、しないのだ。

 

「殺せんせーがあんなことする人だと、こんな私達を裏切るようなことをする人だと、本当に思うのか?」

 

 答えはそれで十分だろう。渚は一瞬唖然とした後、それは優しい笑みを浮かべた。渚だけではない赤羽だって笑っていた。前に殺せんせーは人徳がどうと言っていたが、きっとこういうことなのだろう。

 

 そういえばカエデはどう思っているのだろうか、殺したいほど憎い相手だ。もしかしたら内心では喜んでいるのかもしれない。でも、そうじゃないと思う。確証はないが何となくそう思った。

 

「でも、いったい誰が……」

 

 カエデの言うとおりそれが謎だ。よく考えれば殺せんせーが街から出て行くようなことを政府がするとは思えない。そんなことをすればそれこそ地球の滅亡まで指をくわえて眺めることしかできなくなる。となれば殺し屋が妥当なところだろう。

 

「偽よ……」

 

 一斉に振り返る。何故か妙に楽しそうな不破が腕を組んで私たちを見ていた。

 

「ヒーロー物のお約束、偽殺せんせーよ!!」

 

 何というか、非常に楽しそうだ。不破は大のコミック好きだからこのような状況は所謂お約束というものなのだろう。

 

「殺せんせーの特徴を知っているってことは、犯人は殺せんせーの情報を手に入れられる立場にいる何者か、ということは……」

「殺し屋か政府関係者って線だろうね。何が目的かは知らないけど」

 

 一番気になるのは相手の目的だ。ここはお約束を知ってそうな不破に聞くのが一番だろう。

 

「不破、さっき言ったお約束ではその偽物は何を目的にしていたんだ?」

「えっと、こういう場合だと仲間割れを狙ったり本物が偽物を捕まえようとするところを罠に掛けたり……ッ!?」

 

 罠という言葉で私たちは一斉に顔を見合わせた。確証はないがこれが一番しっくりくる。追い出すのはどう考えても合理的ではない。そんなことをすればどうなるかなんて明白だ。なら罠はどうだ。こんなことをされれば当然殺せんせーは真犯人を捕まえようとするだろう。これほど罠にかけるのに絶好のタイミングはない。私だったら絶対にそうする。

 

「決まりだな」

 

 やることは決まった。律に頼んで何か罠のようなポイントがないか徹底的に調べさせる。そこからは単純だ。捕まえて落とし前を付けさせる。殺せんせーなら放っておいても何とかするだろうが、汚名を晴らすには第三者の証言が必要だ。

 

 となれば、必要なのは武器だ。目的はあくまで真犯人の捕獲、ちょうど御誂え向きの銃を手に入れたばかりだ。初の実戦投入といこう。ゆっくりと立ち上がる。

 

「さあ、君達は普通に帰るんだ。後はわた、フゴッ!?」

 

 私が皆に関わらないように言いきる前に唐突に伸ばされた不破の手によって私の口は塞がれた。いきなり何をするんだ。抗議の意思を込め不破を見るが彼女の目はそれ以上に真剣だった。

 

「それ以上は言わせないよ、臼井さん」

「いや、ここまで来てそれはないでしょ」

「ったくよ、いくらなんでもワンパターンすぎんだろ」

 

 いつのまにか寺坂が頭を掻きながら立ち上がり私を見ていた。その目は如何にも呆れていると言いたげだ。それにしてもワンパターンって……今までの行動を振り返る。確かにワンパターンだったな。

 

「祥子、もうそういうのやめるって約束したでしょ?」

「さっちゃんさん、それは駄目だよ」

 

 少しの怒りとそれ以上の優しさ、兵士に切り替わっていた私の心が徐々に元に戻っていく。それを感じたのか不破の手が口から離された。新鮮な空気が口と鼻から入り込む。

 

「はぁ……言っておくが身の安全は保障できないぞ」

「だからみんなで行くんだよ。もう、いつもは素直なのに何でこういう時だけ漫画の一匹狼キャラみたいになっちゃうのかな」

「そういう年頃なんでしょ」

「君達なあ……」

 

 何故素直に言うことを聞いてくれないのだろうか。いや、素直じゃないのは私か。いい加減上から目線で守ろうとするのはやめにしようと決めたではないか。身体に染みついた癖というのはこんなにも抜けづらいものだったのか。

 

「そうだな……いい加減私も進歩しなければ」

 

 信用するのは勇気がいる。今までの私はその勇気がなかった。裏切り裏切られ、騙し騙され、そんなことを繰り返しているうちに人を信じることを忘れてしまった。いや、違うな。怖かったんだ。誰かを信じることが。正確には信じて裏切られることが。だけど、もう違うだろ?勇気を振り絞る。そして今までなら絶対に言えなかったことを言う。

 

「私は先生の汚名を晴らしたいと思っている。だから……その、なんだ……よかったら、手伝ってくれないかな?」

 

 仕事ならどんな無茶振りでも頼めるのにどうしてこんなにも恥ずかしいのだろうか。気を紛らわすために手を揉みしだながら答えを待つ。いや、もう答えなんてわかりきっているだろう?

 

「ま、あのタコに貸し作っとくのも悪かねえしな」

「うん!もちろんだよ!」

「じゃ、真犯人ボコってぎゃふんと言わせてやろうじゃん」

「罠を仕掛けるポイントならこの名探偵不破さんに任せなさい!」

 

 もう一人で戦わなくてもいい。そう理解すると何だか泣きたいような衝動に駆られた。今までずっと誰かに汚れ仕事を押し付けられてきた。やりたくないと思っても環境がそれを許さなかった。そうしているうちに一人で戦うことが当たり前になっていた。

 

「そうだよな……もう一人じゃないんだよな」

 

 力が抜けて自分の机に座り込む。ここでは私はただの中学生なんだ。中学生なら友達に頼ったって誰も文句は言わないだろう。そんなことも忘れていたのか。感傷に浸っていると不意に視界が影に包まれた。頭には柔らかい手の感触。この感覚には覚えがある。

 

「祥子、よく言えたね。えらいえらい」

 

 カエデにとって私はどう見えているのだろうか。どう考えても年下として扱われている。前はここまで露骨じゃなかったんだがな。竹林の一件以来それが顕著になった気がする。

 

「でた、茅野の姉モード」

「ほんと意外だよねー。茅野ちゃんどっちかってーと妹キャラだと思ってたのに」

「まあ、いいんじゃない?臼井さんもなんだか嬉しそうだし」

「一人で鷹岡の手下全員倒した奴とは思えねーな」

 

 どうやら私が妹扱いされているのは既に周知の事実となっているようだ。私としても否定する気はないしカエデも不満を漏らさないのでこのままでもいいだろう。

 

 しばらくして満足したカエデが私から離れる。いよいよ行動の時が来た。皆もなんだかんだ言って怒りを感じているのだろう。殺気のようなものを感じる。少しだけ気分が良くなり足を組み不敵に笑う。

 

「では諸君、落とし前を付けにいこうじゃないか」

 

 犬歯を剥き出しにして宣言する。鷹岡の時は邪魔されたが今回は皆が共通の目的を持っている。真犯人には悪いが痛い目を見てもらおう。狩の時間だ。

 

「祥子」

「なんだ?」

「その顔怖いから止めて、あとスカートの中見えそうだから足組むの禁止」

「あ、はい」

 

 組んでいた足を戻し両膝を付け行儀よく座りなおす。高まっていた緊張の糸がへなへなと緩むのを感じ取った。私たちの間に何とも言えない微妙な空気が流れる。

 

「ねえ、臼井さんってなんでいきなり顔芸するんだろ」

「そういう年頃なんだからほっといてあげなよ」

「なるほど年頃なら仕方ない」

「いや、てめーらも同い年だからな」

 

 どうしていつもこうなるんだ。こんなんで上手くいくのだろうか。シリアスになりきれない面々を見て私は早くも肩の力が抜けるのを感じた。

 

「あ、あはは」

 

 でもきっとこれで正しいのだ。苦笑いする渚を見て何となくそう思った。

 




用語解説

主人公の笑顔
ヴァチカン教皇庁第十三課やドイツ第三帝国吸血鬼化装甲擲弾兵戦闘団、ラグーン商会、HCLI社ヨーロッパ・アフリカ兵器運搬部門の社員の皆様がしそうな笑顔、怖い。
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