【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、そら化物呼ばわりされますわ

※祝10万UA突破!!


四十五時間目 憤怒の時間

「はい、臼井さんこれ頬に当てて」

 

 公園のベンチに座り不破に手渡された氷の入ったビニール袋(氷は殺せんせーがマッハでコンビニで買ってきた)を殴った頬に当てる。凄まじい冷気が私の頬を襲った。

 

「冷たッ!?」

 

 あまりの冷たさに思わず袋を離そうとする。

 

「こらっ!ちゃんと冷やさないと腫れちゃうでしょ!」

「わ、わかった」

 

 隣にいるカエデにたしなめられ断念する。この程度の打撲なんて放っておいてもすぐに治るんだがな。そんなことを言ったらきっと怒られるだろうから言わないでおく。

 

「イトナ君、大丈夫かな……」

 

 思い出すのは敗北が確定した後の堀部の変化。シロが言うには敗北のショックで触手が精神を蝕んでいるのだという。あの手の人間は使えないと判断すれば何のためらいもなく切り捨てる。その例に漏れず堀部はシロに切り捨てられた。

 

 所詮、奴にとっては数ある駒のうちの一つにすぎなかったということ。あんなものを人に植え付けるのだきっと副作用だって尋常ではない。それはジャンキーのような目が証明していた。

 

 まるで禁断症状に苦しむ依存症患者のように頭を押さえ錯乱した堀部は叫びながらどこかに消えていった。私が取り押さえるためにVP9で麻酔弾を撃ち込んだが触手に弾かれてしまい効果はなし。今は先生と防衛省と男子たちが行方を追っているが今のところ見つかっていない。

 

「使えなくなったら捨てる。所詮そんなものだ」

 

 拳を握りしめる。兵士も被検体も同じだ。使えなくなったら切り捨てられる。私が今まで生きてこれたのは結果を出し続けてきたからだ。だが堀部は違う。三度に渡って行われた暗殺、一度目は単純なミスによって敗北し、二度目はそもそも暗殺すらできなかった。そして三度目、もうあいつには商品価値がないのだろう。

 

「ねえ臼井さん、さっきはどうしてあんなに怒ったの?」

「それは……」

 

 シロのことになれば当然私の凶行にも質問がいく、怒りで我を失いとんでもないことをするところだった。

 

「も、もしかしてシロに何かされたの!?」

 

 カエデの問いに首を振って否定する。正直恥ずかしくて仕方がない。感情に振り回されるなんて兵士失格だ。

 

「普通の怒り方じゃなかったよね……」

 

 理由を説明しないときっと二人は納得しないだろう。だが、何て答えればいい。トラウマを刺激されて激怒しましたなんてみっともないにもほどがある。そう思ったが今更そんなことで離れるようなことはないだろう。それに、今は誰かに思っていることを吐き出してしまいたい。もう自分の中に押し込んで我慢したくない。

 

「シロは、私を兵士にした奴と似ていたんだ……」

 

 人を道具としか思っていない。良心を彼岸の彼方に置いていったような大人達。そんな奴らに私は銃を握らされた。それしか道がないと思わせ追い詰めやりたくもないことをやらせた。お陰私の人生は滅茶苦茶だ。

 

「こんな奴に人生を滅茶苦茶にされたんだと思うと理性が弾け飛んでしまった。情けないにもほどがあるよ」

 

 きっと堀部も弱みにつけ込まれたのだろう。それしかないと思わせて手を取らせたのだ。そんなものは自分の意思とは言わない。無理やりやらせたのと同じだ。

 

「ま、そんな下らない理由さ……」

 

 二人は何も言わなかった。もしかしたら幻滅したのかもしれない。だって、こんな子供じみた癇癪で激昂したのだ。皆はなんとかして感情を制御しているというのに私ときたら……

 

「そっか、ちょっと安心したかも」

「うんうん」

 

 私は二人の言った言葉が理解出来なかった。不破もカエデも本当に安心したと言わんばかりに笑っている。何故、そんな反応をするのだろうか。考えても一向にわからない。

 

「臼井さんってさ、いっつも誰かのためにしか怒らなかったよね」

 

 そう言われればそうかもしれない。本気で怒りを感じたのはプールと離島の時だけだ。だが、それは私がやられたからではない。皆が巻き込まれたからだった。不破は私に諭すように優しく語りかける。

 

「フェリーで臼井さんの話を聞いてね、何でこの人はこんな酷いことをされてきたのに平気な顔してられるのかなってずっと思ってたんだ。でも、違った。臼井さんはちゃんと自分のために怒れる人だってわかった。だから安心してるんだよ」

 

 私の話はそんなふうに受け取られていたのか。確かにあれほど理不尽な環境に置かれていたのにそれをなんてことないように話されれば不気味に思うのも無理はない。前に神崎に鉄でできているんじゃないかと言われたのを思い出した。要は人間味が感じられなかったのだ。

 

「誰だって酷いことをされたら怒るのが普通よ。殺せんせーだって偽殺せんせーに思い切り怒ってたじゃない。だからさ、臼井さんはもっと怒っていいんだよ?」

 

 怒ってもいい。そんなことを言われたのは初めてかもしれない。休んでもいい、泣いてもいい、幸せになってもいい、いろんなことを言われてきたが、怒ってもいいと言われたのはこれが初めてだ。

 

「……うん、そうだな……怒ってもいいのかな」

「私はそう思う。まあいきなり銃を撃つのはびっくりするから止めてほしいけど」

「う、悪かった……」

 

 自分のやらかした惨事に頭を抱えていると唐突に頭を撫でられた。カエデが頭を撫でているのかと思ったが感触が違う。頭を上げれば何故か不破が頭を撫でていた。しばらく撫でた後、納得したように一人頷く。

 

「なんか茅野ちゃんが妹扱いする理由がわかったわ」

 

 わかるな。

 

「不破さんもそう思うよね!なんか年下オーラが出てるっていうのかな?」

「君たちな……」

 

 何か話がおかしな方向に流れ出した。年下オーラってなんだ。最近妙に子ども扱いされると思ったらそういうことなのか?

 

「ちょっと前まで背も高くて話し方も軍人キャラみたいでかっこいいと思ってたんだけど、これはこれでありね」

 

 軍人キャラっていうか本職の傭兵なんだが。敵にも味方にも恐れられ化物と罵られたこの私がここではただの年下扱いか。なんだかおかしな話だ。

 

「もしかしたら本当は年下だったりして」

「まさか、年上はあっても年下はないだろ」

「そうかなあ?」

 

 カエデの冗談を聞き流し立ち上がる。冷やし過ぎて頬の感覚がなくなってきた。この分なら腫れないだろうな。堀部のことやシロのことは気になるがそれ以上に私は自分の中で何かが変わっていくのを感じていた。

 

「もしかして……」

 

 私は何も悪くないのではないか?

 

 疑問は夜風に流れ消えていった。だが、一度抱いた疑念はいつまでも残り続けるだろう。決断の時は近い。

 

 

 

 

 

 結局昨日は誰も堀部のことを見つけることができなかったという。私も捜索に参加しようとしたが家に帰って頬の手当てしろと強引に帰らされた。お陰で朝になっても腫れは殆どなかったが触るとまだ痛いので湿布を張っている。

 

 殺せんせーの変態疑惑は昨日、烏間先生がメールで冤罪ということを報告したお陰でようやく晴れた。直接シロに加担した鶴田さんは目を疑うような大きさのたん瘤をこさえて涙目で廊下を歩いているのを今朝見た。烏間先生の部下の一人である園川さんによれば、あの瘤は烏間先生の手によって作られたのだという。容赦ないにもほどがあるだろうに。ちなみに私も無断で銃を使ったことでしこたま説教を喰らったのはどうでもいいことである。

 

 皆は私の頬に張られた湿布を見て心配してきたが自分で自分を殴ったと説明すると純粋に心配する者と変なものを見るような目で見る者の二者に分かれていた。まさかマゾヒストだとでも思われたのだろうか。

 

 そしてとうの先生はというと、

 

「どうせ心も体も卑しい生物ですから」

 

 めっちゃ拗ねていた。もう全員謝ったというのに事あるごとに蒸し返してくるのだ。皆も簡単に騙されすぎだと思うが殺せんせーも大人げない。そのくせお詫びのケーキはちゃっかり貰っているのだから質が悪いにもほどがある。

 

「堀部は現在も行方不明、正直不安だな」

 

 あれだけの力を持った存在が制御不能になって野放しになっているのだ。シロには良心というものが欠落しているらしい。本当に腹の立つ奴だ。

 

「触手細胞は人間に植えて使うには危険すぎる。シロさんに梯子を外された今、どう暴走するかわかりません」

 

 堀部は何を求めてシロみたいなヤクザな奴と手を組んだのだろうか。異常なまでの強さへの執着。私のようにまともな生まれではないか、人生を一変させるほどの何かがあったのだろう。

 

「あいつも一人なのかな……」

 

 そう思うと少しだけあの堀部が悲しい存在に思えてきた。彼もきっと大人の理不尽によって人生を狂わされたのだろう。そう思うと無性に悲しくなった。

 

 この世界はちっとも優しくない。ふと硝煙の臭いを思い出した。

 

 

 

 

 

『椚ヶ丘市内で携帯電話ショップが破壊される事件が多発しています!!』

 

 テレビ代わりの律のモニターに映されたニュース番組ではリポーターが事件現場を背に信じられないと言いたげな顔で報道をしている。画面に映る現場はまるでそこだけ局地的な嵐が過ぎ去ったような惨状だ。こんなことをができる奴は一人しか思いつかない。

 

「これ、イトナの仕業だよな……」

 

 そう、行方不明の堀部イトナだ。きっとあの錯乱状態のまま暴れたのだろう。だがピンポイントで電話会社を狙うのはどういうことなのだろうか。考えられるのは個人的な恨み。それも理性が吹き飛んでも脳裏に刻み付けられるレベルの強烈な恨みだ。もしくは逆に触手によって恨みが増大しているのかもしれない。

 

 どちらにせよ放っておけば被害は拡大する一方だろう。殺せんせーはどう思っているのだろうか。

 

「担任として責任を持って彼を止めます。彼を探して保護しなければ」

 

 殺せんせーが当然のように答えた。そうだ、この人はこういう人だったな。皆は助ける義理なんてないと言う。普通に考えればそうだろう。自分の命を狙いに来た人間が盛大に自爆しただけのこと、わざわざ助けなくても誰も責めやしない。でも、

 

「それでも担任です」

 

 こんなことをした私ですら助けたのだ。あんなことをした堀部だって絶対に助ける。

 

「どんな時でも自分の生徒から触手を離さない。先生は先生になる時誓ったんです」

 

 こんな先生だから私はきっと人になれたのだろう。なら私はどうする?きっと堀部は餌、行けばきっと罠が待っているだろう。そもそも放っておけば二三日で死にそうな人間。助けにいく義理なんてない。わざわざ首を突っ込む必要はない。

 

「何をするべきではなく、何をしたいか……」

 

 私は何をしたい?

 

「私がこんなふうに思うなんてな……」

 

 答えなんて決まっている。私は腰のM&Pを撫でた。

 

 

 

 

 

 瓦礫の山と化した携帯電話ショップ、滅茶苦茶に荒らされた店内に堀部はいた。携帯ショップなんてコンビニのように十も二十もあるわけではない。故に予測を立てるのはそう難しいことではなかった。

 

「勝ちたい、勝てる強さが欲しい……」

 

 頭を押さえうわ言のように強さを連呼する。何がそこまで彼を駆り立てるのだろうか。でも何となくわかる。きっと抗いようがない理不尽に晒されたのだ。まるで昔の私のように。

 

「やっと、人間らしい顔が見れましたよイトナ君」

 

 それは悪いことなのかと言えば決してそうではない。感情は人間が人間であることを足らしめる重要なピースだ。感情のない人間なんてもはや人間ではない。人の皮を被った別の何かだ。

 

「……兄さん」

「殺せんせー、とお呼び下さい」

 

 触手に蝕まれた堀部は今にも倒れそうだった。きっと碌に食事もとっていないのだろう軽い栄養失調の傾向がみられる。それでも堀部は立ち続ける。きっと彼にはそれしか縋るものがないのだ。

 

「拗ねて暴れてんじゃねーぞイトナ!てめーには色々借りがあるが全部水に流してやるから大人しくついてこいや」

 

 寺坂が面倒そうに言う。言葉こそ乱暴だがそこには確かな優しさを感じた。ナイフを突きつけプールに叩き落とした私ですら許した彼だ。触手に殴られたことくらいなんてことないのだろう。馬鹿なのか優しいのか。恐らく両方だろう。

 

 私はそれとなく周囲を警戒する。罠にかけるとすれば今が絶好の機会。何が起きてもいいように気を張り巡らせる。M&PもVP9も持ってきた。いつだって準備はできている。

 

「目の前に生徒がいるのだから、教えたくなるのが教師の本能ですよ」

 

 その混じり気のない善意に一瞬だけ堀部の顔が和らぐ。でも殺せんせー、バーベキューの串をチラつかせながら言うのは止めてあげろ。これじゃあどっちに揺らいでいるのかわからない。

 

「ッ!?エンジン音!」

 

 その気の緩みが命取りだった。店の前の道路に急ブレーキで止まるトラック。投げ込まれるのは球形の本体、安全レバー、グレネードだ。

 

「グレネードッ!!」

 

 グレネードは二つ。私は人生で最高クラスの速さでグレネードの一つを床に落ちる前に外に向けて蹴り飛ばす。あと一つ、駄目だ間に合わない!最早選択肢はない。私は落ちたグレネードに覆いかぶさるようにダイブした。

 

「ゲホッゴホッ!?」

 

 衝撃の代わりに感じたのは凄まじい量の粉っぽい煙だった。視界が真っ白で何も見えない。そして次に三挺のエアガンの発砲音。煙のせいで何が起きているのかわからない。

 

「これが第二の矢だ」

 

 エアガンと殺せんせーの移動音に紛れて聞こえたのは私の大嫌いな人間の声だった。殺せんせーが高速で動いてくれたおかげで煙が少しだけ晴れる。

 

「ガッ!?」

 

 その先に見たのは触手の溶けかけた堀部と彼を絡み取るかのように襲い掛かるネットだった。引きずられる堀部を追いかけながら店の外にでる。

 

「さあ、イトナ、君の最後の奉公だ」

 

 トラックに引きずられていく堀部と目が合った。

 

 唐突に髪を掴まれ引きずられていく子供を思い出した。まるで今この瞬間のように。あの子は殺された。何の慈悲もなく泣きじゃくる頭に銃を突きつけられ、何の意味もなく撃ち殺された。

 

 私の頭の中にある何かが切れた。

 

「このクソがあああ!!」

 

 トラックを追いかけ全力で走る。相手も目的もどうでもいい。この先に何が待ち受けていようがどうだっていい。間違いなく生涯で一番速い走りで車に追走する。

 

「おい!誰か追ってくるぞ!!」

「んなわけあるか!何キロ出してると思ってるんだ!」

 

 速度は思っていたよりも遅い。堀部を殺す気はないのだろう。目的はあくまで殺せんせーの誘い出し。だが、それに何の意味がある。今私に滅茶苦茶にされるのに。荷台にいた白づくめと目が合った。

 

「ひぃっ!?ば、化物!!」

 

 私を化物にしたのはお前らみたいな大人だろう?走りながらトラックの真後ろに追いつく。荷台に乗っていた白づくめたちは信じられないと言いたげに私を凝視していた。

 

「お、おい!!もっとスピードあげろッ!!」

 

 このままでは振り切られる。そう判断した私は右脚をバネにして跳んだ。大きな金属音と共に荷台の縁に手をかける。

 

「き、消えたぞッ!?」

 

 死角に隠れた私を探すために一人が道路を覗きこむ。

 

「え?」

 

 右手で白づくめの顔をがっちりと掴む。そして放り投げた。

 

「う、うわあああっ!?」

 

 白づくめは道路に投げ出されてみっともなく転がっていった。これで残るは四人。

 

「ひ、ひぃいいいい!!?」

 

 放り投げた反動で身体を一気に荷台の中に滑り込ませながらもう一人の白づくめのこめかみに蹴りを喰らわせる。

 

「あ、ああああああっ!?」

 

 荷台から吹き飛ばされる仲間を見た最後の一人が恐怖に耐えきれず尻もちをついた。よく見れば股間の部分が湿っている。

 

「く、来る来るな来るな来──」

 

 言い終わる前にVP9で麻酔弾を撃ち込む。そしてそのまま力尽きたように眠りについた。素晴らしい威力だな。残るは車内にいる二人。リアウィンドウ越しにシロと目が合った。

 

「うぉ!?」

 

 猛烈な勢いでトラックが蛇行運転で私を振り落とそうとする。このままでは振り落とされる。すぐさま荷台から離れトラックのドアにしがみつく。

 

「ッ!?」

 

 拳を振りかぶる。運転手と目が合った。ニコリと笑いながら拳を振り抜けばガラス片が飛び散りまるで飴細工のようにサイドウィンドウが砕け散った。

 

「う、うわあああああ!?」

 

 女子中学生を見て言う言葉ではない。こういう反応は久しぶりだな。割れたサイドウィンドウから腕と顔を突っ込み運転手の手を包み込むようにハンドルを握る。キスできそうな距離まで顔が近づく。

 

「つ か ま え た」

 

 あ、気絶した。まあいい、握ったハンドルを少しだけ右に切った後、今度は思い切り左に切る。そうすればトラックはリアタイヤを盛大にスピンさせながらガードレールに向けて進路を転換した。

 

「じゃあな!」

 

 トラックが激突する前に飛び降りる。幸い大した速さではなかったため上手いこと身体を転がせば被害は最小限で済んだ。

 

「はぁ、はぁ、糞が……」

 

 衝突し停車したトラックを見ながら吐き捨てる。少しだけ冷静になった思考で周囲を見渡す。何故か妙に明るい。それに木の上に人の気配もする。

 

「ッ!!増援か」

 

 視界の先では堀部を狙うようにエアガンの弾幕が展開されそれを殺せんせーが必死になって庇っていた。きっとあの光は以前見た圧力光線だ。堀部を餌にして殺せんせーをつり出す。本当に嫌らしい連中だ。反吐が出る。

 

「予定外の事が起きたが念のために複数の場所に部下を配置して正解だった。まさか車に追いつくなんて。まったく、化物にもほどがあるだろう」

 

 いつ脱出したのかは知らないがシロは大した怪我もなく二人が撃たれている様を眺めていた。そして私に振り向く。

 

「君にこうして邪魔をされたのは二回目だね……何がそんなに気に入らないんだい?」

「臭いんだよ」

「うん?」

 

 M&Pを引き抜きシロに向ける。私はこいつが大嫌いだ。鷹岡とも違う。恐らく根源的なレベルで私はこいつが嫌いなんだ。

 

「お前はドブの川の腐った臭いがする。私と同じ悪党か、さもなくばただの屑だ」

「ははは、随分と嫌われたみたいだ。じゃあどうする?その銃で私を撃つのかな?」

 

 本当ならそうしてやりたい。だがそれはきっと殺せんせーが怒るだろうからやりはしない。M&Pをホルスターに収める。その様子にシロは肩を竦めた。

 

「諦めるのかい?それが合理的な判断だよ」

「馬鹿かお前?今から一発殴るんだよ」

 

 その瞬間、シロから凄まじいまでの怒気のようなものを感じ取った。きっと面と向かって馬鹿と言われたのは生まれて初めてだったんだろうな。

 

「…………本当に忌々しいガキだ。やれるもんならやってみろよ」

 

 VP9で眠らせてもいいがそれでは私の気が済まない。堀部が気になるがそれは殺せんせーと皆に任せよう。私は私の勝負をするだけだ。

 

 シロと私の間に緊張が走る。こいつは私の人生を狂わせた者とは何の関係もない。でも、間違いなく私はこいつのような奴に人生を滅茶苦茶にされた。だからきっとこれは乗り越えなければならない壁なんだ。

 

 先に動いたのは私だった。距離は4m、私なら三歩で距離を詰められる。

 

 一歩、相手に変化なし。

 

 二歩、シロの右腕が微かに動く。

 

 三歩、後は踏み込んで殴るだけ。右腕をストレートの型で構える。

 

「だから君は子供なんだよ」

 

 奴の右腕がぶれる。私は本能に任せ上体を横に逸らした。耳元で何かが飛んでいくのを感じ取る。

 

「ッ!?」

 

 予想通り右腕の袖からは麻酔銃の銃口が顔を覗かせていた。どうやらこの距離で避けられるとは思っていなかったようだ。だがこの姿勢からはパンチを放つのは不可能。

 

 そう、パンチはな。

 

笑えよ糞野郎(Smile you son of a bitch)

 

 踏み込んだ左脚を軸に身体を回転、そして右脚の踵を思い切りシロに叩きこむ。意識外からの変則後ろ回し蹴り。避けられるものなら避けてみろ。

 

「ブフッ!?」

 

 いつもの余裕ぶった言い回しを忘れみっともなく呻きながら吹き飛ぶシロ。岡野の動きを真似てぶっつけ本番でやってみたが意外と上手くいくものだ。

 

 殴ると言ったのも拳を振りかぶったのも全てはこの後ろ回し蹴りを叩きこむためのブラフにすぎない。どうやらまんまと引っかかったようだ。やはり戦いは素人と見える。こんなバレバレの動きに対応できないなんてな。

 

「はっ!一発入れてやったぞ!」

 

 思い切りガッツポーズをしてやる。シロは尻もちをついたまま未だに信じられないと言いたげな様子で私を見ていた。まさか自分より遥かに年下のそれも女に蹴りを入れられるとは思ってもいなかったのだろう。

 

「…………まあいい、どうせあのタコはもうじき死ぬんだ。このくらいどうってことな──」

「ああ、それもう失敗してると思うぞ」

「ッ!?」

 

 私ですら追いついたのだ。皆が追いつけない道理はない。木の上にいた気配が道路に落ちていくのを感じる。今のは赤羽だな。他にも運動能力に秀でた寺坂や岡野たちが木の上にいた白づくめたちを訓練で身に着けた暗殺術で落としていく。

 

「はい!簀巻き簀巻きー!」

 

 下に落ちた白づくめは陽菜乃たちがどこからか持ってきたシーツで受け止められそのまま簀巻きにされていく。あれは流石の私でもきっと身動きが取れないだろうな。あっと言う間に六人いた白づくめは全員無力化された。残るはシロ一人。

 

「こんなはずでは……」

「簡単だよ。お前の予想を私達が上回った。それだけのことだ」

 

 もうこいつのことは放っておいて堀部を助けなければ。そう思いながら堀部に近づこうとすると緑色の陰にタックルされた。

 

「か、カエッ!?」

 

 私が言いきる前に右の頬に衝撃が走った。

 

「祥子の馬鹿!!」

 

 涙目のカエデが私を睨みつける。多分この様子では私が車から飛び降りるのが見えたのだろう。そんなの心配するに決まっている。頭に血が上るとどうしてこう直情的になってしまうのか。

 

「さ、さっちゃん右腕!?」

 

 倉橋が悲鳴に近い声で指摘したせいでカエデが視線を右腕に向ける。そして声にならない悲鳴をあげた。先ほどガラスを突き破ったせいで肘から先が血塗れになっていたからだ。

 

「ひ、酷い怪我!?今すぐ手当てしないと!!」

「いや、見た目より傷は浅いから──」

「いいからすぐ手当て!」

 

 駄目だった。そのままカエデと途中から混ざってきた陽菜乃に引きずられるようにして連れていかれる。視界の端では殺せんせーがトラックの荷台に取り付けてあったネットランチャーを台座ごと取り外しているのが見えた。

 

「おいシロ!」

 

 カエデたちに連れられていくなか、私はシロに顔を向けた。不気味な光る瞳が私を射抜く。馬鹿にしていた子供たちに作戦を台無しにされ、顔を蹴り飛ばされ、みっともなく尻もちをつく。いったいどんな気持ちなんだろうか。

 

「ざまあみろ」

 

 こんなに気分のいい日は初めてだ。

 




用語解説

変則後ろ回し蹴り
本来なら有り得ない位置からの攻撃、痛い。多分シロにはスカートの中身見えてる。

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