【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、変わらないものはない


四十七時間目 幸せの時間

 ここではないどこか、今ではないいつか。気が付けば私は見知らぬ場所に一人立っていた。瓦礫と化した建物、銃声、立ち込める煙の匂い、そして死臭。

 

「懐かしいな……」

 

 この常軌を逸した風景にまるで数年ぶりに故郷に帰ってきたかのような懐かしさを感じる。突然、手に重みを感じた。下を向けば両手にチャイニーズコピーのAR-15が握られていた。

 

「これは……私が初めて買った銃だ」

 

 その証拠にレシーバーに自分で彫ったイニシャルが刻まれていた。だが、買ったあとすぐに銃弾を受けて壊れてしまったはずだ。

 

「泣き声?」

 

 ふと、どこからか子供の泣き声が聞こえてきた。まるで迷子の子供が親を探し求めるかのようなそんな悲しい泣き声だ。

 

「どこにいるんだ……」

 

 こんな場所だ。子供が泣くのも無理はない。泣き声も悲鳴も聞き慣れたはずだ。なのに、私はその声を聞くと胸が張り裂けるような悲しみに襲われた。胸が苦しくて仕方がない。

 

「ッ!?」

 

 突如、背後に気配を感じた。慌てて振り向きながら銃口を向ける。

 

「……子供?」

 

 銃口の先には子供がいた。歳は5歳から6歳、白いワンピースを着た、白くて大きなリボンを巻いた黒髪の女の子だ。俯いていて顔は見えないが私はどこかでこの子を見たことがある。だが、いくら思い出そうにも思い出すことは叶わない。

 

 小さな身体を揺らしながら嗚咽をあげる。知っているはずなのに、思い出せない。目の前にあるはずなのに手を差し伸ばせば遠のいていく。そう、まるで私自身が思い出すことを拒んでいるかのように。

 

「……っ……ママぁ……パパぁ……」

 

 鼻をすすりしゃくりあげて親を呼び泣くさまを見ると、大切な何かを落としてしまった自分を思い出した。心が軋む、名前のつけられない感情がこみ上げてくる。私はこの感情につけるべき名前を知らない。帰るべき故郷を忘れた私にこの感情に名前をつける資格はない。

 

「……だ、だれ?」

 

 少女が私に気が付く。だがその顔は険しい。私はここでようやく自分が銃口を向けたままなことに気が付いた。銃口を下ろし、銃を肩に掛ける。

 

「ここは危ない。家はどこだ?送っていく」

「わかんないよ……おうちに帰りたいよぉ……」

 

 親のことを呼びながら少女は泣き続ける。そうしていれば誰かが助けてくれると思っているのだろうか。そんなことは有り得ない。誰も助けてはくれない。いつだって伸ばした手は振り払われた。そう思うと私はこの年端も行かない少女にやるせない怒りを抱いた。

 

「いつまで泣いているつもりだ。そんなことをしたって誰も助けてくれないのはわかっているだろう?」

 

 気が付けば思いは言葉となり、空気の振動となって放たれた。目の前の少女に言っているはずなのに、まるで自分自身に言い聞かせているかのような言い方に疑問を抱いた。何故そう思ったのかはわからない。

 

「……お姉ちゃん、泣いてる……」

「泣いている?」

 

 自分の頬を手で拭う。私は自分が泣いていたことに気が付いた。一度気が付けばもう止まらない。まるで壊れた蛇口のように涙があふれ出す。

 

「な、なんで……どうしてだ……」

 

 悲しくなんてないはずなのに、何故か涙が止まらない。流した涙が頬を伝わり乾いた地面に幾つもの染みを作る。冷たい嗚咽が私の心を引き裂く。

 

「もしかして……」

 

 少女の目が私を見つめる。

 

「お姉ちゃんも迷子なの?」

 

 私はこの顔を知っている。何故なら──

 

 

 

 

 

「夢か……」

 

 目が覚める。見慣れた天井、嗅ぎなれたシーツの香り、カーテン越しに漏れる日光。いつも通りの朝、いつも通りの日常。いつも通りの平和。

 

「クソが……」

 

 ベッドから身体を起こす。酷い汗だった。ふと頬に水の感触を感じ、手で拭い取る。

 

「涙だと……」

 

 生理現象としての涙ではないのは一発でわかった。きっとこの涙は八年前に忘れてきた涙だ。泣いて喚くだけのどうしようもない子供だった時の涙だ。

 

「ふん、馬鹿々々しい」

 

 力強く吐き捨てる。泣いたってどうしようもないのはわかっているはずだ。誰も助けてなんてくれない。欲しかったら自分で勝ち取るしかない。でも、こうも思ってしまうのだ。

 

 何で、誰も助けてくれなかったんだろうと。

 

「馬鹿々々しい……」

 

 その言葉は弱々しかった。倒すべき敵がいなくなり、銃を取る必要がなくなっても、終わらない、私の戦争は終わらない。

 

 じゃあ、いったい何時になったら私の戦争は終わるのだろうか。時計の針は止まったまま、いつまでたっても進みやしない。

 

「トレーニング、さぼろっかな……」

 

 一度くらい休んだって罰は当たらないだろう。

 

 

 

 

 

 いつも通りの山道を歩き登校する。シロに会ってからどうにも調子が悪い。今までどんな理不尽な目にあってもあそこまで激昂することはなかった。捕まって言葉にできない酷いことをされそうになった時だってあそこまで怒ることはなかった。

 

 トラックに引きずられていく堀部の絶望に暮れた目を見た瞬間、心の中に滞留していた何かに火が付いた。怒り、憎しみ、悲しみ、様々な感情がごちゃ混ぜになって自分でもコントロールができなかった。

 

「何をしたいか、か……」

 

 私が本当にしたいことってなんなのだろうか。

 

「あれは……」

 

 山道に見慣れない人影を視認した。男子としては小柄な体格に特徴的なバンダナ。私は彼を知っている。何せつい昨日見たばかりなのだから。違うとすれば頭の上の触手がないことくらい。

 

「ん?なんだ、お前か」

 

 気配を隠したつもりはないが完全に死角に隠れていた私に気付くあたりまだ触手の影響が残っているのかもしれない。堀部イトナは相変わらず表情に乏しい顔で私に振り向いた。

 

「身体の調子はどうだ」

「力を失った以外は特に問題ない」

「そうか、それはよかった」

 

 先生の施術が上手くいったのだろう。私の目から見ても特に異常は見当たらなかった。この分なら後遺症もないだろうな。

 

 特に会話もなく歩き続ける。陽菜乃や杉野なら気の利いた話でもできるのだろうが、生憎私は話術のスキルを持っていない。交渉なら得意だがそれが通用するのは無法地帯だけだ。

 

「お前は……何で俺を助けようとした」

 

 引きずられていく堀部を思い出す。何度思い出しても胸糞悪い光景だ。人のことをゴミのように扱いやがって。本当にあの時蹴り飛ばせてよかった。

 

「皆も助けにきたじゃないか」

「そうじゃない、正直に言ってお前は俺に良い印象を持っていなかったはずだ。なのにお前は誰よりも早く、しかも命がけで俺を助けにきた。それが分からない」

 

 ジャンキー呼ばわりしたことを根に持っているのだろうか。いや、ただ単純に触手によってそういったことへの感知力が高かったのかもしれない。

 

「そうだな……確かに私は堀部のことを敵だと思っていたよ」

 

 ナイフで滅多刺しにすることを検討するくらいには敵だと思っていた。

 

「でもな、世の中敵と味方に分けれるほど単純じゃないんだ」

 

 変わったとすれば私。敵には容赦するな、一度敵対したなら根がなくなるまで叩き潰せ。それが私のモットーだった。思えば私は敵を人間だと思っていなかったのだろう。私に攻撃してくる肉の塊。だがここで生きていくうちに気が付いてしまった。相手にも人生があることを。私が人を殺せたのは覚悟していたからではない、ただ命の価値を知らなかったからだ。

 

「言っておくが別に私は君を助けようとしたわけじゃない。ただ、目の前の理不尽に腹が立っていただけなんだ」

 

 延々と振るわれ続ける理不尽、残酷な現実、そんな世界に耐えるために私は感情を殺した。そうして八年間溜まりにたまった泥炭のような激情がシロという理不尽によって爆発した。

 

「それにな、私はシロが大嫌いなんだ」

 

 大嫌いだから妨害するし恥もかかせる。何度だって邪魔してやるし何度だって殴りとばしてやる。まあ、次はあそこまで上手くはいかないだろうけど。正直報復されるんじゃないかと密かに心配している。

 

「そうか……なら礼は言わないでおく」

 

 堀部は私の返答をどう思ったのだろうか。少なくとも納得はしたらしい。

 

「だがこの借りは必ず返す。覚えておけデカ女」

 

 一歩前に踏み出しながら私に振り向き指をさす。その顔には以前のような焦りは微塵も見当たらない。その姿が少しだけ羨ましかった。あれ?いま私のことなんて呼んだ?

 

「それとイトナでいい。お前にだけ苗字で呼ばれるのは癪に障る」

「な、なあイトナ、今変な呼び方されたような気が……」

「ああ、言ったぞデカ女」

「なっ!?」

「お前みたいなごつい女はデカ女で十分だ」

 

 腕引き締まりすぎすぎだろとかターミネーターかよとかブツブツ言っている。私の印象っていったい……

 

 だが、何はともあれこうして一人の問題児はようやくE組に参加することとなったのであった。シロのことや自分自身こと、気になることは山積みだが、今は新たな仲間を歓迎しよう。

 

「じゃ、よろしくな、デカ女」

 

 この呼び方だけは絶対に矯正させる。私はイトナの頭を叩きながらそう決めた。

 

 

 

 

 

「ねえ、さっちゃんさんって欲しい物とかってないの?」

 

 昼休み、校庭。焼きそばパンなる炭水化物と炭水化物を合わせるという暴挙を犯した食べ物を食べながら渚が私に訊ねた。

 

「欲しい物?何でいきなり」

「えっと、さっちゃんさんの「渚!」あ、そうだった。な、何となく思ってさ」

 

 私がどうかしたのだろうか。追及してもいいがそこまで興味がない。それよりも私は彼の質問が気になった。

 

「欲しい物、ね」

 

 何が欲しいなんて考えもしなかったな。衣食住はこれ以上ないというレベルで満たされている。どん底を知っている私からすればこれ以上望むものがない。だが、強いて言うのなら……

 

「家族が欲しい……」

 

 一番初めに思い浮かんだのは家族だった。だがそんなことは叶わないのは理解している。ああ、私は何故ここまで弱くなってしまったのだろうか。

 

「え?今なんて」

「いや、何でもない。そうだな、フルサイズのハンドガンが欲しい。前に持っていたものは沖縄で紛失してしまったんでな」

 

 漏れ出た本音をごまかすために銃の話にすり替える。一応銃が欲しいのも事実だ。家に予備のベレッタがあるが正直ベレッタはマニュアルセーフティの位置が好きじゃない。

 

「もう!そうじゃなくて、祥子が欲しい物を聞いてるの!」

「私が欲しい物?今言ったじゃないか」

 

 二人の望む回答が分からない。欲しい物なんてこれ以上思いつかない。だがカエデは私の回答がお気に召さないようだ。隣の渚と一緒に不満そうな顔でこちらを見る。こうしてみるとまるで双子のようだな。髪型といい背丈といい本当にそっくりだ。

 

「そもそも何でいきなりこんなことを聞くんだ?あれか、何か企んでいるのか?」

 

 そういうと二人はあからさまに動揺した。どうやら本当に何か隠しているようだ。

 

「べ、別に渚と百億手に入れたら何買おうか話してて気になっただけだよ。そうだよね渚!」

「う、うん!そうだよ!」

 

 ごまかすの下手すぎだろ。まあいいか、悪意なんて微塵も感じられないしここは放っておこう。横で身長が欲しいとか胸囲が欲しいとか適当に言っているのを無視して空を見上げる。雲一つない空、鳥たちのさえずり、温かい風、感覚を研ぎ澄ましそれらを感じ取る。銃声も悲鳴も聞こえない。

 

「平和だな……」

 

 友達がいて、頼れる教師がいて、美味しい食べ物に囲まれ、銃弾に怯える必要がない。私が欲しかったものがここには揃っている。一度は憧れ、だが理不尽な現実によって諦めたものが、今は手の届く位置にある。

 

「私は今幸せなのか……」

 

 ゆっくりとその言葉を噛みしめる。

 

「そうか、幸せなんだな……」

 

 なら、これ以上何を望むというのか。孤独が辛いのは事実だ。家に帰っても誰もいないのはとても悲しいことなのだろう。夜一人で冷めた飯を食べるのはきっととても寂しいことなのだろう。でも私は一人じゃない。ワンマンアーミーはもういない。右を向けば友達がいる。左を向けば先生がいる。それで十分じゃないか。

 

「あ、そろそろ時間みたい。戻ろう二人とも」

「うん、行こう祥子」

 

 腕時計を見る。確かにそんな時間だった。ゆっくりと立ち上がる。抱いた孤独感はいつの間にか風によって流されていった。

 

「そうだ。欲しい物が思い浮かんだ」

「え、なになに?」

 

 カエデは何でそんなに興味津々なんだろうか。渚も背を向けているが右腕の動きからメモを取っているのが丸わかりだ。何を企んでいるんだか……まあ、放っておこう。

 

「リボンが欲しい。髪を結ぶ大きなリボンだ」

 

 これまで買ってしまった服の傾向から考えれば私は恐らく可愛いものが好きなのだろう。それにいい加減髪にもバリエーションが欲しいと思うようになってきた。少しくらい欲を持ったっていいだろう。

 

「そう、白くて大きなリボンさ……」

 

 ふと、夢で見た少女を思い出した。

 

 

 

 

 

 次の日、私は今日もまた夢を見るのかと身構えていたが、朝起きると枕に涎の染みが付いていたこと以外はこれ以上ないってくらいの快眠で拍子抜けした。

 

 廊下の窓枠に身体を預けバレーボールで遊ぶ矢田達を眺める。あの不愛想なイトナが溶け込めるのかと密かに心配していたが、先ほど男子たちと一緒に何やら騒いでいたので恐らくは大丈夫だろう。

 

「君は幸せになっていい……難しいことを言う」

 

 幸せという言葉を聞くと私は肌が痒くなる。この痒くなるというのは比喩的な意味でだ。不幸自慢をするのは性に合わないが私の人生は文字通り地獄のようなものだった。紛争地帯を渡り歩いては多額の報酬と引き換えに破壊と殺戮を引き起こす。そうやって得た金で殺すための武器を買い、同じことを延々と繰り返す。

 

 本当の地獄とは自分が立っている場所が地獄とすら気が付けない場所。それが私の持論だ。この持論に従えば私は確かに地獄に住んでいたのだろう。そしてそこから這い上がった私は間違いなく幸せなのだ。

 

「本当にそれでいいの?」

 

 私なんかより幸せになるべき人間はごまんといた。地雷によって肉片になった少年、レイプされゴミのように捨てられた少女、銃で撃たれ事切れる瞬間まで母親の名前を呼び続けた少年、薬を打たれ狂い死んだ少女、死体、死体、死体……

 

「クソ……」

 

 私がいなければ、私が生まれなければ、彼等は死ななかったのだろうか。いや、もしもの話はするべきではない。グラスからこぼれたバーボンは元には戻らない。なら私がするべきことはこんなところで平和を貪ることではなく、兵士として彼等の分まで戦うことではないのだろうか。

 

「吐いた嘘はやがて自分を苦しめる毒となる……」

 

 ロヴロに言われた言葉を思い出す。私は自分に嘘を吐いているのだろうか。だからこうして苦しむのかもしれない。いっそ頭をぶち抜けば全てのしがらみから解放されるだろう。だがそれは許されない。死んでいった者達のためにも、死なせた者達のためにも、私は戦い続けなくてはならない。

 

「臼井さん、ここにいたのか」

 

 思考の海に潜っていた私を引きずり出したのは烏間先生の声だった。手には書類らしきものが入った封筒を持っていた。報告書か何かだろうか。

 

「その言い方だとまるで私を探しているようですね」

「ああ、事実俺は君を探していた」

 

 その声と顔はいつになく真剣で、そして深刻だった。校庭から矢田たちの遊ぶ楽しそうな声が聞こえる。

 

「臼井さん、単刀直入に言おう。君の家族が見つかった」

 

 空白に埋め尽くされる私の意識、辛うじて残った理性が何を言われたのかを理解する。

 

「……え?」

 

 突風が吹く、世界はどこまでも残酷だ。

 




用語解説

AR-15(中国製)
中国のノリンコがAR15を丸パ……リスペクトした5.56x45mm弾を使用する自動小銃。名称はCQ311。性能は普通だがNATO規格の弾薬を使うとちゃんと弾が飛ばなかったり外見から漂うパチモン臭など、安定の中華クオリティ。当然無許可生産

主人公の肉体
パッと見普通だがよく見ると筋肉の塊なのがわかる。多分力こぶ半端ない。

ベレッタ
イタリアが世界に誇る銃火器メーカー、創業はなんと1680年。拳銃で有名だが狩猟用散弾銃なども作ってる。全体的にデザインがオシャンティー

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