【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、もう終わりにしよう。


四十九時間目 痛みの時間

 過去はなかったことにはできない。犯した罪はなかったことにはできない。だが、未来は自分で決めることができる。

 

「お前は誰だ?」

 

 鏡に向かって問いかける。あの日から碌に眠っていない。鏡に映る顔は酷い顔だった。だがそれでいい。こんな私がお洒落に気を配る権利なんてない。私が何者かは私が一番知っている。後頭部で結ばれた髪が目に入った。いつの間にか随分と伸びたな。

 

「これはいらない」

 

 髪を解く。あそこで手に入れた思い出を一つ捨てる。必要な物は全て揃った。準備も全て終わらせた。誰にも気付かれてはいない。こんなことをするのだから死相の一つでも浮かんでいそうだが、私の顔はいつも通りだった。

 

「生も死も等しく価値がない。何で忘れていたかな」

 

 他人の命は最早無価値ではなくなった。誰にだって人生があり積み上げてきたものがある。それを奪っていい権利は誰にも存在しない。きっとこの世には無価値な人間なんていないのだろう、私を除いて。

 

「お前は誰だ?」

 

 もう一度問いかける。

 

「中学生か?」

 

 違う。私にそんな権利なんてない。

 

「暗殺者か?」

 

 否、私のスタイルじゃない。

 

「ならお前は何だ?」

 

 そんなものは決まっている。

 

「私は、兵士だ」

 

 全てのことには意味があると言う。ならきっと私は兵士になるために生まれてきたのだろう。戦うために生まれてきたのだろう。そうでなくては納得できない。私の親が死んだのも、私が人を殺さなければならなかったのも、全ては兵士として完成するための儀式だったのだ。

 

 ふと、鏡に目をやる。瞳から一筋の涙が零れていた。鏡を殴りつける。拳に感じる衝撃と共に鏡に罅が入った。

 

「ふざけるなよ」

 

 今更泣く権利があると思うのか。殺してきたのは私の殺意だ。例えそれしか道がなかったとしても、例えそれが強いられた道だったとしても、選んだのは私だ。私が殺したのだ。

 

「ふざけるなよ……」

 

 罅割れた鏡に映る己を見る。ショルダーホルスターに差し込んだサーブスーパーショーティーポンプアクションショットガン。デューティベルトには対先生BB弾を詰めた大量の12番と410番のショットシェル、ナイフ、そしてトーラスM513レイジングジャッジマグナム。

 

「ははっ、こんなものを使う日が来るなんてな」

 

 身体に巻き付けた金属製の筒を見る。この中には1キロのヘキサニトロヘキサアザイソウルチタンが詰め込まれている。これより強い爆薬は核以外に存在しない。威力はTNTの約二倍、爆速はマッハ28、これなら先生を殺しきることができるはずだ。こんなものまで用意できるとはあの業者は何者なのだろうか。

 

「まあ、どうでもいいか」

 

 ハンガーにかけていたブレザーを羽織る。内ポケットには対先生BB弾をこれでもかと詰め込んだ。銃と爆薬の匂いは芳香剤でごまかす。もう前のような失敗はしない。

 

「さあ、全てを終わらせよう」

 

 九月二十五日、今日は雲一つない快晴、死ぬにはもってこいだろう。

 

 

 

 

 

「おはよう」

 

 教室に入る。ちょうど昼時だったようで皆が思い思いに食事をとっている。食べ物の匂いを嗅ぐと、胃が空っぽだったことを思い出した。今日は朝から何も食べていない。

 

「おはよー……って、もうこんにちはの時間だよさっちゃん!」

「ああ、ちょっと寝坊してね」

 

 陽菜乃にはそう言うが当然嘘だ。今日死ぬって日に学校に行くのが馬鹿らしくなった、というわけではない。ただ単にどんな顔をして皆に会えばいいのかわからなかったのだ。

 

「臼井が寝坊するなんて珍しいなあ」

「生きているなら寝坊くらいするさ」

 

 あと数時間後には死ぬというのに私は驚くほどいつも通りに皆と話すことができた。それはきっと生と死を同じものとして扱っているから。今の私は今までで最高のコンディションかもしれない。

 

「あ、臼井さん髪今日は下ろしてるんだ」

「何分、焦っていたんでな」

「焦ってるさっちゃん、ちょっと見たかったかも」

「はは、止めてくれ。じゃ、これで」

 

 話を切り上げて自分の席に足を運ぶ。皆私が死んだらどう思うのだろうな。泣くのだろうか、それとも絶望に暮れるのだろうか。どちらにせよ、私にそんなふうに思われる価値なんてない。

 

「はぁ、よかったー」

「とりあえず一件落着、ほんとに焦ったよぉ」

 

 背後で二人が何か話しているが私には関係のないことだ。皆は生者で私は死人、死人は生きている者に関わるべきではない。

 

 空はどこまでも澄みきっていた。

 

 

 

 夕暮れの校庭に一人佇み考える。

 

 私は空っぽだ。八年間という長過ぎる時間は私を戦うことしかできないどうしようもない欠陥品に作り替えた。それでもここに来て少しは自分の事を好きになれた。ずっと欲しかった友達に囲まれて幸せな毎日を過ごした。

 

 生きてもいいのかと思えた。でも、結局駄目だった。私は所詮死人でしかなかったのだ。行く先々で死をまき散らす正に歩く死人。

 

 ここで夢を見た。普通に生きる夢だ。欠伸と共にベッドから起き上がり美味しい朝食を食べる。学校に行く途中で友達と会い今日のテストの愚痴をこぼす。授業が終われば友達と寄り道をして時間と金を無駄にし、家に帰れば温かい風呂に浸かる。そして夕飯を食べ眠る前に友達となんてことない電話をして、そして明日のことに思いを馳せながら眠り落ちる。

 

 悪夢なんてみない、朝起きても命があることに安堵しなくていい、未来に怯える必要がない、そんな普通の中学生の生活。たまには喧嘩することもあるだろう、泣くこともあるだろう、だが死に怯える必要はない。明日に怯える必要はない。

 

 でも駄目なのだ。私が兵士である限りそんな権利はない。私にお似合いなのは血と糞の海で己が息絶えるまで戦い続けることだけ。

 

 そんなことはもう嫌だ。だから私は終わらせる。弱虫と罵られたってかまわない。何故なら私は弱虫だからだ。弱くて臆病だから銃を取らないと居ても立っても居られない。自分が自分であることを証明できない。

 

「でも、これで最後だ」

 

 懐から一枚の写真を取り出す。

 

「最後まで捨てられなかったな……」

 

 私と両親が写った写真。どうやって手に入れたかは知らないが写真には確かに私と私の家族が写っていた。色あせた両親の笑顔が私を射抜いた。記憶にはないはずなのにこれを見ると無性に胸が苦しくなる。

 

「とんだ親不孝者になっちゃったよ……」

 

 写真を眺め自嘲する。もし二人が私を見ていたらきっと悲しむのだろう。でも、私にはもうそれしか道は残されていないのだ。

 

 背後からから叩きつけるような突風が吹いた。思わず掴んでいた写真を離す。

 

「……あっ」

 

 風に舞い、ひらひらと飛んでいく写真。飛んでいく、私の思い出が、離れていく。でも、それでいい、兵士に思い出なんて必要ない。

 

「おっと、危ない」

 

 飛んでいった写真は唐突に伸びた触手によって掴まれた。思わず振り返る。いつもと同じ何を考えているのかわからない笑顔を張り付けた殺せんせーが立っていた。私がこうしていれば先生は必ず来ると確信していた。

 

「はい、どうぞ」

 

 触手が私の手に写真を握らせる。捨てようと思ったのにな。写真に写る自分を見る。まるで幸福の絶頂にいるかのような、そんな笑顔を浮かべていた。こんなふうに笑えていた時期もあるのか。

 

「ご家族が、見つかったと聞きました」

「ええ、見つかりましたよ。でもそれが何になるというんです?」

 

 家族に会えば何かが変わると思っていた。未来に進めると思っていた。だが結局は自分が人殺しでしかないことを見せつけられただけだった。もう殺すのも傷つけるのもうんざりだ。だから終わらせる。

 

「私は所詮死人なんですよ」

「君は生きてますよ……」

 

 やめてくれ、これ以上優しくされたら私は戻れなくなってしまう。腕時計を見る。皆はもう帰ったはずだ。ショルダーホルスターに差し込んだスーパーショーティーに意識を向ける。

 

「先生、勝負をしましょう」

 

 いつぞやの焼き増し、違うのは場所くらいだろう。銃に始まり銃に終わる。実に私らしい最後じゃないか。

 

「それは暗殺ですか?」

「それ以外に何があるというんですか?」

 

 準備は整えた。あとは引金を引くだけ。心が凍っていく、感情を排斥し殺すだけの機械に変えていく。

 

「にゅや……暗殺はいつでも大歓迎なのですが……」

 

 文字通り糞みたいな人生だったけど、最後の最後で楽しい思い出が作れたからそれでいいだろ。これ以上は望みすぎというもの。思い出を黒い殺意で塗りつぶす。あと少し、そうあと少しで覚悟がきまる。

 

「それは……後にしませんか?」

「……何故だ」

 

 思わず昔の話し方で聞き返してしまう。先生だって察しがついているはずだろうに。これ以上何をするっていうんだ。

 

「何故って、それは──」

 

 ふと、足音が近づいてくるのに気が付いた。まだ誰かいたのか。予想外の事態に心の中で舌打ちする。

 

「よかった。もう帰ったのかと思った」

「……速水か」

 

 いつものように無表情の速水が私を見ている。口ぶりから察するに私を探していたようだ。だが、いったい何のために?そんな疑問を余所に速水は私の手を掴むとどこかに連れて行こうとする。

 

「ほら、いくよ。あんたがいないと始まらないんだから」

「いや、ちょ、まっ」

 

 突然の事態に動揺している隙に私は速水に引っ張られるように校舎に連れて行かれる。今はこんなことをしている場合ではない。だが、校舎に近づいていくたびに私の中の覚悟が薄れていくのを感じてしまう。

 

「ど、どこに連れて行こうというんだ」

「……本当にわからないの?」

 

 校舎の中に入り廊下を通り教室の手前でやっと止まった。廊下側の窓にはご丁寧に暗幕がかけられ中は確認できないが、複数の人の気配を感じる。いつもなら何人いるかもわかるはずなのに今日に限ってわからない。

 

「ここで待ってて」

 

 そういう速水の顔はいつものように無表情だ。だけど、どことなく優しさを感じるのはきっと気のせいではないだろう。覚悟が鈍っていく。これは駄目だ。

 

「じゃ、呼んだら入ってきて」

 

 速水は速足で教室の中に吸い込まれてしまった。捨てたはずの楽しい思い出が蘇っていく。これ以上覚悟が鈍れば私は本当に立てなくなる。せっかく兵士に戻ったのに、また人間になってしまう。

 

「そうだ、こうすればいいんだ」

 

 腰に差し込んだレイジングジャッジを引き抜く。二、三発撃って脅せばもう誰も私に構うことなんてなくなるだろう。私に優しくすることなんてなくなるだろう。私は所詮屑なのだ。こんな屑に優しくする価値なんてない。

 

「忘れるなよ、私は……私は兵士なんだ……」

 

 自分に言い聞かせる。そうでもしないとこの強烈な優しさに耐えきれなくなる。こんなものはただの悪あがきでしかないのかもしれない。それでも私には戦うことしかできないのだ。

 

 だからこれでいいんだ。

 

「入っていいよー」

 

 陽菜乃の声が聞こえる。レイジングジャッジの撃鉄を起こす。410番のショットシェルを撃てる大型リボルバー、自動拳銃よりは威圧効果は高いだろう。

 

 一歩、また一歩と進んでいく。いい加減私が何者なのか教えてやろう。皆を傷つけることになろうとも、きっとこれが一番正しい道なんだ。

 

「ありがとう、そしてさようなら……」

 

 教室の扉に手をかけ、そして開けた。

 

 

 

 

 

 真っ暗な教室に一瞬身構える。私は記憶を頼りに教室の照明のスイッチを押した。

 

「「「「お誕生日おめでとう!!」」」」

 

火薬の破裂音、そして飛び散る紙吹雪、慌てて辺りを見回す。カエデを先頭に陽菜乃、矢田、速水、そして渚、赤羽、そして寺坂と律。

 

「え……」

 

 状況が理解できない。少しだけ冷静になった思考でもう一度周囲を見回す。いつもの古ぼけた教室は色とりどりの装飾品で飾り付けられ黒板には大きくハッピーバースデーと書かれている。

 

「祥子、誕生日おめでとう!」

「た、誕生日?」

 

 一歩前にでたカエデが私にそう告げる。誕生日、私の?

 

「何でそんな惚けた顔してるの?今日臼井の誕生日でしょ」

 

 今日は九月の二十五日、確かに私の誕生日となっている日だ。でもそれは書類上そうなっているだけであって本当の誕生は皆知らないはずだ。

 

「祥子って本当の誕生日が分からないんだよね」

「ああ、そうだった」

 

 何もかも忘れてしまった。ようやく取り戻したが、私は臼井祥子であって藍井祥子ではない。

 

「だからさ、今日を祥子の生まれた日にしよう?」

「私の、生まれた日?」

 

 本当の私はもうとっくの昔に死んでいてここにいるのはその亡霊にすぎない。だがそんな思いとは裏腹にカエデの言葉は私の心に染みこんでいく。

 

「今日まで祥子といっぱい話していっぱい助けてもらったよね」

 

 今までの記憶が蘇っていく。楽しかった思い出が、辛かった思い出が、嫌だった思い出が、脳裏に映し出される。死という絶望しかなかった戦場とは違い、ここには生きる希望に満ちていた。

 

「私ね、祥子と友達になれて本当に嬉しかったんだ。だから、祥子と出会えたお礼に誕生日を贈らせて」

 

 鍍金が剥がれていく。心のない殺人装置から、ただのどこにでもいる中学生に戻っていく。このままではいけないと兵士の勘が告げる。

 

「さっちゃん!誕生日おめでとう!」

 

 陽菜乃が、

 

「おめでとう臼井さん、これからもよろしくね?」

 

 矢田が、

 

「あんたにはまだまだ教えてほしいことがあるし、これからもよろしく」

 

 速水が、

 

「お誕生日おめでとうございます!祥子さん!」

 

 律が、

 

「おめでとう!さっちゃんさんからしたらまだまだ頼りないかもしれないけど、これからも一緒に頑張ろう?」

 

 渚が、

 

「誕生日おめでとう臼井さん。いつかあんたに勝ってギャフンと言わせるから覚悟しておいてね」

 

 赤羽が、

 

「なんで俺まで……ったく、これからも頼むぜ臼井」

 

 寺坂が、

 

「あ、ああ……」

 

 誰もが笑顔だった。ここに私に死んでほしいと願う者はいない。誰もが私が生まれたことを祝福する。手にしたレイジングジャッジを床に落とす。銃を握る力なんてもうなかった。

 

「き、君たちは……」

 

 鍍金が剥がれ落ちた。力なく膝から崩れ落ちる。視界の端が涙で滲んでいく。感情がぐちゃぐちゃになって何を考えているのかわからない。

 

「なんて、酷いことをするんだ……」

 

 零れそうになる涙を必死に堪える。ここで泣いてしまったら私はきっともう二度と戻れなくなる。

 

「こんな優しくされた……私は、私は……戻れなくなってしまうじゃないか……」

 

 大丈夫だ。まだ、涙は零れていない。まだ私は兵士になれる。まだ私は戦うことができる。

 

「私は……ただの兵士でいいんだよ……心なく涙もない、そんな、ただの機械でいいんだよ……なのに、それなのに……」

 

 そう、ただの機械なら辛いことも悲しいことも耐えられる。悪夢を見ないですむ、恐怖に怯えなくてすむ。だから、そうなろうとしたのに……

 

「ねぇ、臼井さん、ここにいて楽しかった?」

 

 ぐちゃぐちゃになった思考に矢田の優しい声が響く。やめてくれ、もう私に優しくしないでくれ。

 

「もしかして嫌だったのかな……」

 

 今までのことを思い返す。馬鹿なことをやって叱られ褒められ、色々なものを手に入れた。ずっとずっと欲しくてそれでも手に入れられなかったものを手に入れた。

 

「…………そんなの」

「え?」

「そんなの……楽しかったに決まってるだろ!!!」

 

 感情が爆発する。我慢していた思いを吐き出す。

 

「楽しかったに決まってるだろ!ずっとずっと欲しかった友達が出来てうれしくないわけないだろ!!もっと一緒にいたいに決まってるだろ!!もっと一緒に馬鹿やって笑いあって……それでも、駄目なんだよ……」

 

 私の生き様が私がそうすることを拒否する。戦うこと以外を拒絶する。望んでいようがいまいが私にはそれしかないんだ。

 

「ねえ、みんな、祥子と二人きりにしてくれないかな?」

「茅野……いや、そうだね。みんな行こう?律は携帯のほうに移って」

 

 渚の声に合わせて皆が教室の外に出て行く。残されたのは私とカエデの二人だけ。

 

「カエデ、私から離れてくれ……」

 

 震える足で立ち上がる。最早戦う気力なんて残っていない。だがそれでも戦うしかない。何故なら私は兵士だからだ。床に落ちたレイジングジャッジを拾う。そして銃を構えブレザーのボタンを外し戦闘態勢を整える。

 

「祥子、その銃……」

「……ああ、本物だ。今から暗殺を……いや、戦争を始める。君たちは出てってくれ」

 

 一度戦闘が始まれば流れ弾が飛び交い校舎は一気に危険地帯と化す。自爆すればきっとこの教室なんて跡形もなく吹き飛ぶだろう。皆を傷つけるわけにはいかない。それは私の望むことではない。

 

「戦争って……ここは学校だよ!敵なんてどこにもいないんだよ?」

 

 カエデの真剣な言葉に私は心の中にある何かが膨張していくのを感じる。ドロドロとした激情が、銃声と悲鳴が、血と硝煙の臭いが蘇っていく。

 

「だからこんなこと止めてよ!もう終わったんだよ?祥子の戦争は終わったんだよ!」

「終わってない!!まだ、何も!何も終わっちゃいない!!」

 

 そして爆発した。溢れ出る激情に任せ当たり散らす。ただの八つ当たりなのは分かっている。だが、理性が感情に追いつかない。

 

「私の戦争はまだ終わってないんだよ!カエデに私の何がわかるんだ!!戦場を知らない君が!私の何を!」

 

 自分がとても酷いことを言っているのはわかっている。だけどそれでも一度あふれ出した感情は止まることを知らない。

 

「屑共に無理やり銃を握らされて、やりたくもない人殺しをやらされた!勝つために我武者羅に戦い続けた!でも私が勝ち取ったのは安っぽい石油プラントと埃まみれのダイヤ鉱山だけだった!それで戦争が終わったと思ったら用済みとばかりに追い出されて、それからずっと殺し、殺し、殺し!!私の人生は滅茶苦茶だ!!」

 

 言ってることが二転三転し自分でも何を言いたいのかわからない。でもそれでも溢れ出る激情に身を任せ言葉を紡ぐ。

 

「戦場から帰ると酔っ払った大人共が陰で私を化物だの悪魔だの言うんだ。あいつらに私の何がわかる!私の何を見てきたんだ!好き好んでそうなったとでも思ってるのか!」

 

 称賛されることもあったし褒められることもあった。だがそんな彼等の目はどこまでも化物を見る目でしかなかった。

 

「それでも何とか日本に帰って自分の人生を始めようと頑張ったさ!でも無理なんだよ!ああ、畜生!!こんな事なら帰ってくるんじゃなかった……」

 

 嗚咽交じりの叫びをあげ頭を抱える。ここに来て少しは希望が持てた。だが、どんなに未来を掴もうとしても私の過去がそれを邪魔する。耳元でそんな資格はないと囁く。

 

「戦場には居場所があった。例え化物と呼ばれてもあそこには私を必要としている奴らがいた。でもここじゃ私はただの狂人だ!!」

 

 ここで私の常識は通用しない。法律があって秩序があって、そこには私のような無法者は必要とされない。住んでいる世界が違う。それをまざまざと見せつけられた。

 

「こんなの……こんなのってないよ……私だって普通に生きたいに決まってるだろう……普通に学校行って……普通に友達と遊んで……何で、何で私だけ……ああ、あんまりだぁ……惨めすぎる……」

 

 頭を掻きむしり泣きじゃくりながら壁にへたりこむ。もう自分がどこにいて、何をしているのかもわからない。それでも銃だけは手放せない。

 

「男の子がいた。言葉は通じなかったけど私に優しくしてくれて、友達になれるかもしれなかった。でもある日、任務で草原を歩いていると目の前で男の子が地雷に吹き飛ばされて、私の顔にその子の……ああ、神様!内臓が、内臓がへばりついて……その時の光景がずっと頭に残ってて、今でも忘れられない!朝起きると自分がどこにいて誰なのかもわからなくなって、死んでるのか生きてるのかも分からなくなる……そんなのがずっと、ずっと続いて……」

 

 もし神様がいるのだとしたら、神様はよほど私のことを嫌いなのだろう。でも、そんなの理不尽すぎる。涙でグシャグシャになった顔を手で覆い隠しひたすら泣き続ける。

 

「ああ、あの時に戻りたい……家に帰りたいよ……家族に会いたいよぉ……パパとママと手を繋いで……遊園地に行って……一緒にレストランに行って……それで、それで……」

 

 嗚咽だけが教室に響き渡った。私は最早、百戦錬磨の恐れ知らずの傭兵ではなくなった。ここにいるのはただの弱虫で愚かな子供だ。

 

「ああ……こんな苦しいのなら……あの時死んでればよかったのに……」

 

 きっと私は一生銃を手放せない。だからここで終わらせようとしたのに……

 

「……祥子」

「ああ、畜生……う、うう……もう嫌だぁ……」

「祥子ッ!!」

 

 手と取られ一気に引っ張られる。そして直後に視界が真っ暗になった。感じるのは心臓の鼓動と温かい体温。

 

「よく、頑張ったね……」

 

 私は今抱きしめられているのか……何とか離れようとするが、凄まじい力で掴まれ身体が離れない。カエデはこんなに力が強かったのか。

 

「大丈夫、大丈夫だよ……」

「……大丈夫?」

「大丈夫だよ……もう怖いのなんてないよ……だからね、もう銃を捨ててもいいんだよ?」

 

 心臓の音を聞くとぐちゃぐちゃだった頭が徐々に落ち着いてくるのがわかった。こうやって抱きしめられたのは八年振りだな……

 

「それは……無理だ……私は兵士なんだよ……兵士は銃を手放せない……」

「祥子は兵士なんかじゃない!!」

 

 初めて聞くカエデの叫びに呆気にとられる。身体から力が抜けていく。私の何かが殺された。握りしめたレイジングジャッジが零れ落ちる。

 

「祥子にこんなものいらない」

 

 腰に巻いた弾薬とナイフを、腹に巻いた爆薬を外される。上着を脱がされショルダーホルスターごとショットガンを奪われた。もうここにはただの泣き虫の中学生しかいない。

 

「駄目だよ……私は、私は、戦うことしかできない……」

「そんなことないよ。私、祥子の良いところ沢山知ってるよ?美人で笑顔が可愛くて勉強熱心で運動が得意で色んなこと知ってて優しくて困ってるとすぐに助けてくれて面倒見がよくて……私、祥子のいいところ、いっぱいいっぱい知ってるんだから!」

 

 心に温かいものが広がっていく。冷たくなった魂に熱が宿っていく。

 

「ねぇ、プレゼント受け取って貰えないかな?」

「プレ……ゼント?」

「ちょっと待っててね」

 

 カエデは私から離れると机の上から化粧箱を取り出した。そして後ろに回りこむと私の髪を纏め弄りだした。だがいつものゴムの感触の代わりに何か別の物が巻かれている。

 

「はいできた!これ見て」

「こ、これは……」

 

 差し出された鏡にはいつものポニーテールになった私が映っていた。違うのはゴムの代わりに白くて大きなリボンで巻かれていること。その姿に私は自分の何かが戻っていくきがした。

 

「うん!やっぱり似合ってる!」

「このリボン……」

「そうだよ。前に祥子が欲しいって言ってたリボン。あんまり高いのじゃないけどみんなでお金出して買ったんだ」

 

 後頭部で結ばれたリボンを触る。そう言えば昔はこうやってリボンを触るのが好きだったな……

 

「今までありがとう!それとこれからもよろしくね、祥子!」

「あ、ああ……」

 

 気が付けば両目からは大粒の涙が零れていた。出そうと思っていた声は嗚咽となって意味のないノイズと成り下がる。カエデを見ているはずなのに、視界は滲んで何も見えない。不意に頭を撫でられる。まるで子供をあやすように優しく撫でられた。

 

「祥子のためにケーキ焼いてきたんだ。泣き終わったら蝋燭の火を消してみんなで一緒に食べよう?そしたらさ、また明日から一緒に学校に行こうよ」

 

 そしてカエデはまた私を抱き締めた。もう我慢なんて出来なかった。

 

「ずっと、ずっと嫌だったんだ……」

「うん」

 

 優しく壊れ物を扱うように抱きしめられる。

 

「人なんて殺したくなかったんだ……」

「うん」

 

 溜め込んでいたものを吐き出す。

 

「でもそれしか生き方を知らなくて……」

「わからないなら一緒に探そう?大丈夫だよ……祥子なら絶対見つけられるよ」

 

 心が熱くて仕方がない。八年間かけて作り上げたダムに罅が入る。

 

「銃で撃たれて痛くて、怖くて……」

「痛かったよね、辛かったよね……大丈夫、もう怖くないよ……」

 

 罅は徐々に大きくなる。

 

「隣に誰もいないのが悲しくて……」

「そうだよね……独りぼっちは悲しいもんね……でも大丈夫だよ、私も他のみんなも祥子のこと大好きだから」

 

 水が漏れ出した。もう限界だ。

 

「私、もう一人で歩かなくていいのかな……生きててもいいのかな……」

「何言ってるの……そんなこと当たり前でしょ!!」

 

 そして崩壊した。

 

「あ、ああ……あああああ!!!」

 

 泣き続ける。八年間の悲しみを全て洗い流すかのように泣き続ける。私の止まった時計の針が動き出した。

 

 

 

 

 

「これ、茅野が全部一人で作ったの?」

「わぁ、カエデちゃんすごい!」

 

 机の上には大きなケーキが置かれている。中央には菓子で出来たハッピーバースデーの文字版、これが私のために作られたのだと思うと嬉しくてたまらない。思わず泣きそうになるのをすんでで堪える。

 

「この大きさなら蝋燭十五本させるんじゃない?」

 

 矢田の言葉に思わず苦笑いしてしまう。これは、秘密にしておいたほうがいいのかもしれない。言ったら絶対にからかわれる。

 

「そう言えば祥子、さっき戸籍が見つかったって言ってたよね」

「え!?それほんと!なんで言ってくれなかったの?」

「いや、機会がなくてさ……」

 

 皆がわいわいとよかったとかおめでとうとか言ってくる。だが、しばらくして気が付いてしまったのだろう。

 

「ってことはよ、臼井の誕生日今日じゃなくねーか」

「あ……」

 

 寺坂、言わなくてもいいことを……もう酷い空気じゃないか。カエデなんて涙目だぞ。

 

「ど、どうしよう祥子!」

「落ち着け大丈夫だ。実はな、本当の誕生日も九月なんだ」

「ほんと?はぁ~よかったよ~」

 

 だが、これには一つ問題がある。これを言ってもいいのだろうか。本当に悩む。

 

「そう、確かに誕生日は九月なんだ………………14歳のな」

「さ、さっちゃんさん……僕の聞き間違いじゃなかったら今とんでもないこと言った気がするんだけど……」

「いや、言ってたでしょ14歳のって」

 

 面白いものを見つけたと言わんばかりの赤羽がニヤニヤと私を見る。だから嫌だったんだ。

 

「う、臼井……それ、本当なの?」

「嘘をついて何になる……そうだよ!今年で14だよ!!」

「「「「えええええ!?」」」」

 

 流石にこれは皆も驚いた様子である。それもそうだ。何を隠そう私が一番驚いたのだから。

 

「さ、さっちゃん、二年生だったの!?」

「断じて違う!戸籍上は15だからな!ああ、そうさ!私だって信じられないさ!だっておかしいだろ!このなりで14って!私の遺伝子どうなってんだよ!!」

 

 写真に写っていた父は日本人に見えないくらい筋骨隆々で母はすらっとした美人だったので、それがうまい具合にミックスされたのだろうか。どちらにせよ奇跡である。

 

「歳間違えるって……臼井らしいっちゃ臼井らしいけど……」

「し、衝撃的すぎる……」

「そっか~年下なんだ~」

 

 速水は呆れて矢田は信じられないないと言いたげに私を見る。そしてカエデは何故か猛烈に嬉しそうだった。もう放っておこう。というかさっきから殺せんせーが廊下側の窓に張り付いてケーキ見てて怖いんだけど。しかもいつの間にか私の持ってきた爆薬食べてるし。

 

「あ、殺せんせー写真撮ったらケーキ食べさせてあげるよ!」

「にゅや!本当ですか!!

 

 カエデがそう言うと殺せんせーはマッハで写真家のような格好に着替えた。相変わらず無駄に用意周到だな。

 

 

 

 

 

「十四本も一気に消すのは骨が折れそうだな」

 

 ケーキに差された蝋燭を見てぼやく。こういうのは数字を象った蝋燭や十の桁だけ長いのにしてやると聞いたのだが、まさか本当に十四本差すとは。でも、

 

「まるで夢みたいだな……」

 

 誕生日なんてただ歳を重ねるだけの日にすぎないと思っていた。だけど、この日がこんなにも嬉しいと思える日が来るなんて思いもしなかった。この蝋燭を消してしまえば本当に夢のように消えてしまうんじゃないか。そう思うと少しだけ怖くなった。

 

「夢なんかじゃありません。今目の前にある光景は全て、臼井さんが掴み取ったものです。だから、存分に今を楽しみなさい」

「……うん!」

 

 大きく息を吸い込む。

 

「では、取りますよぉ」

 

 息を吹く。ずっと一人で歩き続けてきた。もういい加減歩き疲れた。たまには誰かの肩を借りてもいいだろう。

 

『おめでとう!!』

 

 火が消える。九月二十五日、三日月が見守る夜空の下、私の戦争が終わった。長い、長い、長過ぎる戦争だった。

 

 ちなみにこの後また大泣きしてしまって大騒ぎになったのはどうでもいいことである。




用語解説

サーブスーパーショーティー
アメリカのサーブ社が開発している小型ショットガン。モスバーグ500やレミントン870をベースにし、銃身とマガジンを切り詰め約40cmというやけくそのような小型化に成功している。

トーラスM513レイジングジャッジマグナム
ブラジルのトーラス社が開発した45-70弾や410番のショットシェルを撃てる超大型リボルバー。ライフリングのお陰で弾がえげつないくらい拡散する。というか作った奴頭おかしい。

ヘキサニトロヘキサアザイソウルチタン
別名CL-20、現在、量産されている爆薬の中では世界で最も破壊力のある爆薬。学校にこんなもの持ってくるな。実はC4の爆速もマッハ20超えてるのは内緒。

主人公の年齢
本当は14歳、伏線は仕込んでいたんだけど気が付いた人いたのだろうか。

豆腐餅さんからまたしてもイラストを頂いたのでここに掲載します。

【挿絵表示】

この場を借りてお礼申し上げます。

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