【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、隙あらば自分語り。

※ばら撒いたBB弾の数を12000発から6000発に修正(10/21)


五時間目 勝負の時間

 

 私は、兵士だ。それは紛れもない事実である。しかし、兵士であると同時に今は椚ヶ丘中学の生徒でもある。学生という身分である以上、定期テストを避けることは許されない。

 

 定期試験は例外なく本校舎で受けることが義務付けられている。それはつまり完全なアウェーで戦わなければならないということだ。試験官の顔には隠すことのない侮蔑の感情が滲み出ていた。ただまあ中米あたりのマフィアの迫力に比べればこのレイシストには何の威圧感も感じない。

 

 机の上に置いた日本製の腕時計に目をやる。あちこちに傷が出来て酷い有様だ。そろそろ買い替え時かもしれない。試験開始まであと30秒。秒針が頂点に来る。試験官の合図と共に私は鉛筆を取り解答用紙に記入を始めた。

 

 

 

 

 

「まさか、直前になって試験範囲が変わるなんてな……」

 

 返ってきた解答用紙に目をやりながら呟く。案の定、教室は重い空気に包まれていた。試験の二日前にいきなり試験範囲が変更されたのだ。そんなことは知らない私たちは意気揚々に挑み見えざる手によって返り討ちにされた。

 

「先生の責任です……。この学校の仕組みを甘く見ていました」

 

 殺せんせーの悲痛な声が教室に吸い込まれた。だが、彼の責任ではないだろう。本当に悪いのはこの学校の上の連中だ。どうやらE組がのし上がろうとするのが相当お気に召さないらしい。だからと言って普通こんなことするだろうか。とても正気とは思えない。行き過ぎた合理主義は狂気と紙一重だ。たかが中学生相手にここまでするのか。

 

 まあ、少年兵の時のほうがもっとえぐいことをやらされてきたのでこの程度の仕打ちは可愛いものと言える。地雷原を歩かされるのに比べたらこんなの屁でもないのだ。

 

「皆さんに顔向けできません……」

 

 そんな落ち込んでいる殺せんせーに一本のナイフが投げられる。とは言え腐っても超生物。相変わらずの速度でそれを避けた。下手人は横の赤羽カルマだった。彼は解答用紙を手に取りいつも通りの不敵な笑みを浮かべ先生に近づく。

 

「そんなこと言っていいの?こっち見ないと俺が殺すのも分からないでしょ」

 

 突然の暴挙に殺せんせーが声を荒げるが彼が教卓に置いた解答用紙を見て顔の色を変えた。

 

「俺達、問題変わっても関係ないし」

 

 皆が教卓に集まる。きっと高得点のオンパレードなのだろう。赤羽の点数に色めく皆を背を見ながら私は自分の解答用紙に目を落とした。

 

 臼井祥子、合計点数416点、186人中41位。

 

 奇しくもヘッケラー&コッホのHK416と同じ数字にニヤリと笑う。国語が足を引っ張らなかったらもっと高得点を狙えただろう。まあ、ブランクを考えたら上出来すぎると言っていい。

 

「俺達ってことは他にもいるのか!?」

 

 この声は多分クラス委員の磯貝悠馬だな。欠点らしい欠点は見当たらず完璧超人とは言わないがかなり高スペックな人間だ。

 

「そうだよ。でしょ?臼井さん」

「む?」

 

 その言葉に皆が一斉に私に振り向いた。こういうのは苦手なんだかな。何というか皆が期待の眼差しを向けてくるので私も仕方なく教卓に行き自分の解答用紙を皆に見せる。

 

「すげぇ、臼井も数学100点かよ……」

 

 案の定、私の点数を見て皆色めきだつ。赤羽め、いつ盗み見したのやら。スペックの高い悪戯小僧ほど扱いにくいものはない。

 

「俺は出ていく気ないよ。前のクラス戻るより暗殺の方が全然楽しいし」

 

 彼には肩書やしがらみは何の意味も持たないのだろう。ただ面白いものについてく。天才ゆえの自由な境地だ。

 

「で、そっちはどうすんの?全員50位以内に入らなかったからって言い訳して逃げるの?それって結局殺されるのが怖いってことだよね」

 

 赤羽に乗せられ皆口々に殺せんせーの臆病をネタに煽り始める。クラスの空気が一変した。そこには先ほどの重い空気など何処にもなかった。

 

「にゅああああ!!逃げません!期末であいつらに倍返しでリベンジです!!」

 

 殺せんせーのコミカルな怒り方にクラスが笑いに包まれる。どうやら出ていくことは取り消しのようだ。

 

「あれ、カルマは残るけど臼井はどうするんだ?」

 

 誰かが発した言葉にクラスが再び静まり返った。確かに、これは悩みどころだ。はっきり言って私にはここに残る必要性がない。どちらにせよここに居ようが本校舎に戻ろうが潮目を見て復帰するつもりだ。

 

「さっちゃん、出ていっちゃうの?」

 

 倉橋が悲しそうな顔で私を見る。他のクラスメイトも心なしか表情が険しい。私が思っていた以上にクラスメイトには気に掛けられていたようだ。

 

「はっきり言ってここに残る理由はあまりないしなぁ」

「そんな……」

 

 私の言葉に更に空気が重くなるのを感じた。どうしよう、ここまで気に掛けられるなんて想像もしてなかったせいで困惑している。

 

「本当にいっちゃうの?もし出ていったらさっちゃん、もう二度とみんなからおかず貰えないんだよ!もののけ姫になっちゃうんだよ?それでもいいの!?」

「も、もののけ姫?」

 

 確か、日本のアニメーション作品だったと記憶している。見たことがないのでよく知らないが。

 

「まあ、干し肉と野菜はないよね。原始人かっつうの」

「さすがの俺でもあれはないわ」

「さっちゃん!!」

 

 倉橋が私の名前を呼ぶ。皆もこちらを見ている。まあ、ここまで言われては仕方がないか。今にも掴みかかってきそうな倉橋をどかし咳ばらいをする。

 

「わかったわかった。皆までいうな。確かに、残る理由はないが、わざわざ出ていく理由もないしな」

「それって!」

「ああ、一応残ることにするっ!?」

 

 私の言葉は途中で遮られた。何故か倉橋が抱き着いてきたからだ。彼女とはそれなりに話しているがここまで仲が良かっただろうか。そんな私たちの様子を見て場の空気が弛緩していく。

 

 確かに私は残ると言った。だが、屑の私がこんなところに居ていいのだろうか。過去に目を背けてこんなところで笑っていていいのだろうか。人はそれぞれ自分のいるべき場所にいるべきだ。彼らの居場所は間違いなくここなのだろう。だが、私の居場所は?殺せんせーのことも皆のことも何一つわかっちゃいないが一つだけ分かっていることがある。

 

 今日が私と殺せんせーの命日になるということだ。

 

 

 

 

 家に帰るために山道に消えていく皆を教室の窓から見ながら夕陽を眺める。綺麗な夕陽だ。アフリカの夕陽も綺麗だったがここの夕陽も中々悪いものではない。

 

 短い間だが殺せんせーを観察して分かったことがある。一つ目はマッハ20と言っているが実はそこまで速くないこと。よく考えればわかることだった。仮にマッハ20で教室を動き回れば生徒は無事ではないだろう。つまり空間を限定すれば生身でも勝算があるということだ。勿論当てられればの話ではあるが。二つ目に分かったことは時と場所を指定すれば暗殺に応じてくれること。そして三つ目に分かったことは殺せんせーは生徒を何よりも大切にすること。恐らく自分の命よりも生徒のほうが大事なのではないだろうか。何を思ってここの担任をしているのかは定かではないがこれは使える。既に準備は済ませた。後は時が来るのを待つだけだ。

 

「夕陽が綺麗ですねぇ」

 

 誰もいなくなった教室。ターゲットが現れた。まあ呼んだのは私なのだが。殺せんせーはいつものように何を考えているかわからない笑顔で私の隣に立った。

 

「ええ、まったく。アフリカで見た夕陽も綺麗でしたが個人的にはここの夕陽のほうが優しくてすきです」

「アフリカ?それは、臼井さんが銃を持っていることと関係があるのですか?」

「まあ、そんなところです。貴方を呼んだのもそのためです。でもその前に昔話をしましょう」

 

 私は今までのことを話した。旅客機の事故で紛争地帯に一人放り出されたこと。少年兵となって内戦に参戦したこと。人を殺したこと。日本に戻ってきたこと。これまでの全てを話した。全て話し終えるころには夕陽はすっかり沈み夜になっていた。

 

「これが私の人生です。矛盾点もないと思いますし調べればすぐにわかるはずですよ。そこそこ有名なので。で、何か質問は?」

 

 殺せんせーは何も言わなかった。腕時計を確認する。まだ大丈夫。胃の中の不快感を誤魔化しながら私は殺すための手はずを再確認する。本当に糞みたいな人生だと思う。知っているのは人の殺し方だけ。戦って戦って戦っているうちに戦い以外のことを忘れてしまった。もう親の顔も名前も思い出せない。両親だってこんな親不孝者になるとは夢にも思わなかっただろう。

 

 そう考えていると後ろから何かに包まれた。布の感触と何とも言えない奇妙な柔らかさ。私は自分が殺せんせーに抱きしめられているのに気が付いた。触手で頭を撫でられる。

 

「今まで、今までよく頑張ってきましたね……」

 

 今なんて言った。頑張ってきたと言ったのか。この私に?人殺ししか能のない私にか?この教師は身体だけでなく頭までおかしいのか。予想外の事態に脳が一瞬考えることを放棄したがすぐさま思考を整え何をするべきかを考える。私を抱き締めていた触手を振り払い教室の扉を閉める。

 

「先生、勝負をしましょう」

 

 床に置いたバックパックから銃を取り出し折りたたんでいたストックを展開、上部レイルに取り付けたエイムポイント社製のドットサイトを点灯、ドラムマガジンをセットしボルトハンドルを引く。イズマッシュサイガ12セミオートマチックショットガン。これが私の獲物だ。

 

「ショットガンですか。実弾では先生は殺せませんよ」

「そんなのは知っています。制限時間は30分。教室の外に出るのは禁止で最後まで立っていたほうの勝利。よろしいですか?」

「いいでしょう。その勝負受けて立ちます」

 

 お互いに正面から向かい合う。開始の合図は時計の針が六時を差す瞬間。そして、時計が六時を告げた。すぐさまサイガ12を構え先生にサイトを合わせる。先生は余裕そうに笑っているがその認識はすぐさま崩れるだろう。引金を引く。銃口から放たれた約50発の対先生BB弾がエアガンとは比べ物にならない速度で先生に襲い掛かる。

 

「にゅやっ!?」

 

 気づいた時にはもう遅い。左部触手に命中。そのまま追撃を続行。サイガ12のドラムマガジンには30発のショットシェルが装填されている。残り25発。

 

「まさか、対先生BB弾を散弾の代わりに?」

「その通り!作るのに苦労しましたよ。なんせ全部手作業だ!」

 

 射撃を続けるが最初の発砲以外命中弾がない。あっという間に30発を撃ち尽くす。

 

「おい!何が起きた!!」

「何事よ!」

 

 銃声を聞きつけ烏間先生とイェラビッチ先生がやって来た。足元のバックパックから予備弾倉と取り出し再装填しながら彼らを見る。彼らも銃を持った私と教室の惨状に驚きを隠せないようだ。

 

「臼井さん!?それにその銃は!」

 

 当然の疑問だ。ただの中学生が日本では絶対に所持できないドラムマガジンのショットガンを持っていたら誰だってそう思う。

 

「イズマッシュサイガ12セミオートマチックショットガン。いいでしょ?先生達は危ないので下がっていてください。BB弾とは言え流れ弾に当たったら怪我しますよ」

「状況がまったく理解できないのよ!ちょっとくらい説明しなさい!」

 

 ああ、もう面倒だな。訓練を積んできた彼らを信頼してここは攻撃を続行しよう。再びドットサイトを殺せんせーに合わせる。

 

「伏せろっ!」

「ちょ、烏間!?」

 

 二人が伏せたのを確認し引金を引く。移動はせず固定砲台に徹する。教室の角から発砲すれば自ずとキルコーンは広がる。爆音と共に大量のBB弾がばら撒かれる。

 

「なるほど予め私の行動範囲を限定したうえで大容量のドラムマガジンを使ったショットガンによる徹底した制圧射撃を行う。よく練られた暗殺ですね」

 

 当たったのは初めの一発だけだというのに、よく言うな。左手の内側に巻いた時計を確認、残り時間はあと20分。残弾数残り13。瞬く間に撃ち尽くし再装填を行う。

 

「でも、それだけでは先生は殺せませんよ」

 

 当たらない。このためにわざわざ6.5インチのショートバレルを使って拡散範囲を広げているというのに。少しの焦りと共に撃ち続けると唐突に撃てなくなる。糞!マルファンクションか。これならポンプアクションにしておけばよかった。

 

「あと、19分。殺せますかねぇ」

 

 五月蠅いな!ボルトハンドルを引いて詰まっていた空薬莢を手動で排出。緑の縞模様の先生目掛けて発砲。当然避けられる。人相手でこの距離なら外すことのほうが難しいのに。天井や壁を使った予想外の移動に照準が追いつかない。29発撃ったところで再装填。ボルトは引かずマガジンのみを交換し再び発砲。

 

「あと17分。既に臼井さんのショットガンの拡散範囲は見切りました。これ以上の攻撃は時間の無駄かと」

 

 四つ目の弾倉も撃ち尽くし、持ってきた全ての弾を使い果たした。再び教室に静寂が戻る。あれからひたすらイェラビッチ先生を庇って伏せていた烏間先生も顔を上げこちらを覗いてくる。

 

「弾切れみたいですねぇ。あと16分ですが、降参しますか?」

「臼井さん!いったん落ち着いて事情を聞かせてくれ」

 

 まだ、これからだというのに。先生達もせっかちだな。撃ち尽くしたサイガ12を放り捨て対先生ナイフとエアガンを構える。銃とナイフを同時に構えるのはヒーロー気取りで好きじゃないが今回は仕方ない。

 

「先生、私が何も考えずに弾をばら撒いたと思っているんですか?そんなわけないでしょう」

「……まさか!」

 

 壁にめり込んだものやガラスを突き破ったものもあるが既に教室には約6000発の対先生BB弾がばら撒かれている。第二ラウンドの開始だ。

 

「にゅやっ!?」

 

 エアガンで牽制しながらナイフを振るう。先生は当然避けようとするが足元にはBB弾。破裂音と共に一本の触手が消失。その隙を逃さずナイフを振るえば右腕の触手も吹き飛んだ。

 

「これは、もしかしたらいけるかもしれない……」

「ちょ、烏間何言ってんのよ!」

 

 机や壁を蹴り飛ばし縦横無尽に戦える私と転がったBB弾に注意を払いながら私の攻撃を避けなければならない先生。如何に音速で動くことができても行動範囲を著しく制限されては、ただの反射速度の速い存在でしかない。

 

 とは言え全力で動けば体力を消耗するのは必至。現に私の動きはどんどん鈍くなってきている。だからこそここで仕留めなくてはならない。ナイフを振るう。避けられる。エアガンを撃つ。避けられる。

 

 そうしてこう着状態が続き残り時間12分。致命傷を与えられぬまま時間が過ぎるなか、私はあることに気が付いた。どう見てもBB弾が減っているのだ。さっきは床一面に散らばっていたBB弾が今ではまばらにしか存在しない。

 

「ああ、BB弾なら散らばって汚いので先生が掃除しておきました。ほらこの通り」

 

 箒とゴミ袋を持った殺せんせーがニヤニヤと笑っていた。背後を振り返れば確かに掃除用具入れの扉が開いている。まさか、このやり取りの中でロッカーから箒を取り出して掃除したっていうのか。

 

「ヌルフフフ、惜しかったですねぇ。まさか命のやり取りをする最中に掃除をするなんて思わなかったでしょう。残り11分。どうしますか?臼井さん」

 

 他人事だと思って。だがまだ手がないわけじゃない。本当ならここで始末したかったがしかたあるまい。ポケットの中にある物体に手を触れる。

 

「臼井、このタコがこうなった以上もう無理よ。降参したほうが身の為ね」

 

 イェラビッチ先生が何か言っているがもう聞こえない。頭にあるのは目の前のターゲットを殺すことだけ。既に仕掛けのほとんどを突破されてしまった。だがまだ終わってないない。

 

「殺せんせー、私は貴方をここで殺すためにいるんですよ。貴方は常に第二の刃を持てといいましたよね?私だって持っているんですよ」

 

 ポケットからリモートスイッチを取り出しスイッチを押す。緑色だったランプが赤になる。指はスイッチから離さず、殺せんせーをみる。

 

「まさか、臼井さん。貴方は!」

「ええ、そうです。このスイッチから手を離せば胃の中のC4爆薬が対先生BB弾と共に起爆します」

 

 私以外の全員が息を呑んだ。そう、私は勝てない勝負はしない主義なのだ。

 

 

 

 

 




用語解説

イズマッシュサイガ12
ak-47をベースにした箱形弾倉のセミオートショットガン。作っていたイズマッシュ社は結構前に破産して今はカラシニコフコンツェルンが作ってるのは内緒。

c4
プラスチック爆薬。安全性が極めて高く燃やしても安心。名前で誤解されるけど合成樹脂のプラスチックではなく可塑性(粘土みたいなもの)という意味のプラスチック。車にくっつけて特攻しよう。

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