【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

52 / 75
書いていて思ったこと、主人公の設定盛りすぎた(二回目)


五十二時間目 人徳の時間

 磯貝悠馬という男を一言で言い表すのなら、良い男という言葉がふさわしいだろう。運動神経抜群で成績もトップクラス。その上顔までいいときた。

 

 おまけに性格も極めて善良。誰に対しても公平で正しいことがどういうことなのかを理解している。まあそれを言い出したら私を除いたE組全員が善人だとは思うがな。

 

 彼とはそこまで親交があるわけではないが、こんな私でも分かっていることがある。磯貝という男は素晴らしい人物だということだ。

 

「なるほど、これがイケメンという奴か」

「いきなり何言ってんだよ臼井」

 

 噂をすればなんとやら。いつのまにやら横にいた磯貝が空になったコップに冷水を注ぎながら言った。確かに傍から見れば意味不明な発言だろう。

 

「それにしても君がこういうところで働いているとはな」

 

 ウェイター姿の磯貝を見れば彼がここで何をしているのか自ずとわかる。今私がいる場所は商店街にある一件の喫茶店。カエデたちに冬服を選ぶのを手伝ってもらった帰りにたまたま入った店で私は彼と遭遇したのだ。

 

「俺実は母子家庭でさ、母さんもあんまり身体強くなくてそれに兄妹もいるんだ。だから少しでも家庭の足しになればと思って」

 

 貧乏委員の由来が分かった。こういう言い方はあまりよくないが裕福とは言えない経済状況なのだろう。椚ヶ丘の学費は高いと言うほどではないが決して安いとは言えない。

 

 確か日本では16歳未満の労働は禁止されているはずだったが……聡明な磯貝のことだ。きっと承知の上だろう。

 

「立派な考えだ」

「当たり前のことをやってるだけだって。あ、相席いいか?」

「それは構わないが何故?」

 

 反対側の座席に磯貝が座りこちらを見てくる。こうして見ると確かに整った容姿をしている。以前にも本校舎で女子に言い寄られているのを見たことがあるし人気なのだろうな。

 

「さっき店長から休憩貰ったんだ。それに臼井と面と向かって話したことないし、良い機会かなと思って」

 

 思い返してみれば磯貝とは一対一で話したことはなかったな。クラスメイトと交流を深めるのも悪い物ではないかもしれない。

 

「私と話しても面白いことなんてないと思うけど」

 

 知っていることと言えば戦いにまつわることくらい。少しは普通の生き方も分かってきたがそれでもまだまだと言わざるを得ない。

 

「そうか?俺は臼井の話面白くて好きだけどな」

「戦場の話か?あまり気分のいいものでもないだろ」

 

 創作なら楽しめることもあるだろうが私の話は百パーセント実話、華々しい英雄譚でも感動の大恋愛でもない。ただただ痛々しく残酷なだけの話。そういうのが好きならともかく一般的に面白い物とは言えない。

 

「確かに臼井の話ってグロくてえぐいけど、けどそれって知ってなきゃいけないことだと思うんだ。俺達は平和な国にいるから実感はないけど今この瞬間もどこかで戦争が起きてて人が死んでる」

 

 彼の言うとおりだ。今私達がこうしている間にも戦争は起こり、罪のない人々が死んでいく。21世紀になってもう十何年も経つが紛争は一向に解決する気配がない。もっとも、その火種に燃料を注いでいたような私が言える立場ではないが。

 

「テレビじゃ全然実感がわかないけど臼井の話は違う。全部本当の話だ。そういう話って本当に貴重だと思う。聞いておいて絶対に損はない」

「それは……どうも……」

 

 こうも真正面から肯定されると反応に困る。引くとか苦笑いならまだ慣れているがこういうのはどうすればいいのかわからない。

 

「ま、まあそれはそれとして、さしつかえなければ聞きたいんだが……どうして君のような人間がE組に来たんだ?」

 

 ずっと気になっていたことだ。磯貝の成績は良い。それこそA組に行くことも不可能ではないほどだ。彼のことだから成績不良でE組に来たとは考えられないので、あるとすれば校則違反くらいだろうか。

 

「そういや言ってなかったっけ。うちの学校ってバイト禁止なんだよ」

「あー、なるほど」

「そういうこと、それでバイトしてるの見つかって校則違反でE組に来たってわけ」

 

 事情があるとはいえルールを破ったのは磯貝の方。理不尽なことが原因なら怒りも抱いただろうがこれは仕方のないことだと言える。磯貝も納得はしているのだろう、特に不服という様子ではない。だが、それにしても……

 

「君も随分と苦労しているんだな……」

 

 母子家庭というだけでもハンデを背負っているというのに追い打ちをかけるかのようにE組に落とされ、理不尽な扱いを受ける。さぞ苦労したことだろう。親がいない気持ちは私にもわかる。きっと辛いこともあっただろうに。

 

「やめてくれよ、それをいうなら臼井のほうがよっぽど苦労してるだろ……ずっと戦場で戦い続けて……俺の苦労なん──」

「やめろ」

「え?」

 

 私は磯貝の言葉を遮った。こういうのは嫌いだ。私もよく「私なんて」と言ってしまうが……なるほど、こういうふうに見えていたのか。それは気分もよくないはずだ。

 

「他人と不幸を比べ合うようになったらそれこそ人として終わりだ。私は苦労した、君も苦労した、それで終わりだよ。比べるようなものじゃない」

 

 不幸を比べ合ったところで何も生み出さない。そんなことをするくらいなら暗殺のことについて話あったほうが余程建設的だ。大事なのは己の境遇を自覚した上で尚どうするかだ。

 

「わ、わりぃ変なこと言っちまって……そうだよな」

「いや、わかってくれればいい。だから自分をあまり卑下しないでくれ。君は十分頑張っている。立派な人間だよ」

 

 私も自虐は慎むようにしよう。身体に染みついた癖というものは中々抜けないが何時かは自分を本当の意味で認めることができるようになるはずだ。

 

「にしても……」

「ん?」

 

 何か思うところがあったのか磯貝は私を見た。それはそれはいい笑顔だった。なるほどこれは確かにモテそうな笑顔だな。

 

「臼井って本当にいい奴だよな」

「は?」

 

 磯貝の一言に思考が停止する。いい奴……この私が?反射的に否定の言葉が喉元まで出かかったが、すんでの所で思いとどまる。

 

「あ、もう休憩時間終わりか。俺行くわ、またな!臼井」

「あ、ああ」

 

 そう言って磯貝はまた職場に戻っていった。あとに残されたのは戸惑いを処理しきれていない元少年兵の中学生が一人。こういった感情の処理は苦手だ。そう言えば殺せんせーにも昔似たようなことを言われたな。

 

「私がいい奴なわけあるか」

 

 それしか道がなかったとはいえ、何の躊躇もなく人を殺していた人間が善人なわけがない。彼には悪いがこれだけは認めるわけにはいかないな。

 

「本当に、心ってのは難儀なものだな……」

 

 こういう時はあれだな。近くにいた店員を呼びつける。

 

「すいまんせん、このハニートーストというのを一つ」

 

 私は自棄酒ならぬ自棄スイーツをすることにした。

 

 

 

 

 

「ふぅ、今度カエデにも教えておこう。いや、もう知っているかな」

 

 家路をたどりながら先ほど食べたハニートーストの味を思い出す。本当にこの世界にはまだまだ私の知らない美味しい物が溢れている。アフリカや中東にも美味しい物はあっただろうに昔の私は随分と損な生き方をしていたものだ。

 

「さてと家に帰るとするか。新しい服も仕舞わなくては……ん?」

 

 日本という国は他の先進国と違い外国人の数が少ない。街を歩いても見かけるのは日本人ばかり。観光地に行けば事情は変わるがここは椚ヶ丘は特に観光地というわけでもない。

 

 つまり何が言いたいかというと目の前にいる白人の大男は酷く目立っているということである。身長は190cm以上、シャツの袖から見える腕は鍛え抜かれている。立ち方や姿勢から察するに何か格闘技をやっているのだろう。

 

『参ったな……』

 

 目の前の男は流暢なフランス語で何やら呟いている。道にでも迷ったか何かトラブルがあったのか、表情もどことなく戸惑っている様子だ。

 

 別に手を貸す義理もないがこのまま放っておいて誰かが話しかけるかどうかは疑問が残る。普通の外国人ならまだしも190超えの白人の大男に話しかける勇気を持った人間がいるかは微妙なところだ。

 

『すまない、少し聞きたいことがある』

 

 話しかけようと思っていたがどうやら向こうも同じことを考えていたようだ。あまり流暢とはいえない英語で話しかけてきた。

 

『英語、わかるか?悪いが日本語はまだ話せないんだ』

 

 ゆっくりと申し訳なさそうに近づいてくる男。女にしては長身とは言え私の身長は精々160後半。必然的に見上げるような形になる。

 

『英語がいいのなら構いませんが……』

『──ッ!』

 

 私の口から出るのは訛のない流暢なフランス語、中東に行ってからはアラビア語と英語ばかりだったから忘れていないか不安だった。だが、どうやら問題なさそうだ。

 

『こちらのほうが都合がいいのでは?』

 

 男が驚きで目を見開いた。その顔にしてやったりと私は笑顔を向けた。

 

 

 

 

 

『まさかこんなところでフランス語が話せる子に出会えるとは思わなかったぜ』

『こんなところとは失礼だな。一応私の住んでいる国だぞ』

『いや、すまん。悪意があったわけじゃないぞ』

『わかってる。なに、ちょっとした冗談さ』

 

 私がフランス語を話せると分かった途端、大男ことカミーユは表情を一変させ私に話しかけてくるようになった。いくら身体が大きくても言葉も通じない異国で一人というのは心細いものがあったのだろう。

 

 言葉が通じない状況というのはストレスが溜まる。私も中東で言葉が全く通じない村に行った時は苦労したものだ。故に彼が私に親近感を抱くのも無理はないだろう。

 

『冗談きついぜ……それにしてもサチコは本当にフランス語が上手いんだな。昔フランスに住んでたのか?』

『いや、昔訳あってアフリカにいたんだ。これははその時に』

『なるほど、となると南アあたりか』

『そういうことだ』

 

 その訳というのは少年兵のことだが、馬鹿正直に言うわけにもいかない。当たり障りのない言葉でごまかしておくことにする。

 

『確か道に迷っていたと言っていたが、携帯電話はどうしたんだ?』

 

 昔はともかく現在はアンテナの普及もあり余程の未開の地でもないかぎりどんな場所でも携帯電話は使える。アフリカにいた時も平原では槍や弓で獲物を狩っているような部族が村に戻ると携帯電話を使いこなしていたのが記憶に残っている。

 

『俺もそう思ったんだけど案の定、充電が切れて今はただの箱になってる』

『それは大変だったな』

『そう、それで地図も読めないもんで本当に困ってたんだ。で、その時に舞い降りたのがサチコ、君ってわけさ』

『舞い降りたって……』

 

 随分と大げさな表現だ。フランスには外人部隊というイメージしかないせいでよくわからない。いつか行ってみたいものだ。

 

『まあいい、確かホテルだったな。道は……待ってくれ、今紙に書いて渡す』

 

 携帯電話に表示された地図にはここからそう遠くない場所に彼が予約していたホテルがあるようだ。それほど複雑な道でもないので簡単なメモで十分だろう。

 

『なんだ、サチコが案内してくれるわけじゃないのかい』

『その言い方だとまるで私にエスコートしてほしいように聞こえるな』

『まるでも何も本当にその通りさ。せっかく同い年の魅力的なレディーと知り合えたんだ。もっと話したくなって当然だよ』

 

 ちなみに彼も私と同じ15歳だそうだ。この見上げるような巨体からは想像できないが、肌や顔をよく見てみれば確かに十代のそれだった。体格でいえば寺坂もかなり中学生離れしているが流石にここまで太くはない。

 

『世辞はよしてくれ。でもまあわかった。どうせ私も暇だったしな。大した距離もないが話しながら行こう。付いて来てくれ』

『おお、本当か!』

 

 妙に嬉しそうな彼を横目に私は道を歩き出したのであった。

 

 

 

 

 

『聞いていなかったがカミーユはどうして日本に来たんだ?』

『そう言えば、まだ言ってなかったっけ。俺はレスリングの選手なんだが、何でも、もうすぐ椚ヶ丘って学校で競技会があるらしくてな。俺はそこのアサノという男に助っ人で呼ばれたんだよ』

「アサノ……ああ、浅野か」

 

 確か理事長の息子の浅野何とかって奴だったな。なんか妙に私に対して当たりが強かったのが記憶に残っているが……それにしても競技会、恐らく近くにある体育祭のことだろう。この時期にあるイベントと言えば、思い当たるものといえば体育祭くらいしかない。

 

『アサノを知ってるってことは、もしかして君も椚ヶ丘なのか?』

『ああ、因果なことにな』

 

 父親の理事長も含め浅野の苗字には少なからず関わりがある。あれから理事長は私に接触してこないがどうしているのだろうか。あの人は嫌いではないが正直言ってあまり近づきたくはない。何というかどうしても緊張してしまう。

 

 ただの教師のはずなのにこの私が絶対に勝てないと思ってしまう気配や全てを見透かすかのような眼力。緊張するなというほうが無理な話だ。

 

『因果……?それにしても本当か!だとすると凄い偶然だな!』

『ああ、全くだ』

 

 本当に凄い偶然だ。たまたま迷っていたA組の助っ人のカミーユがたまたまE組の私と出会ったのだ。偶然と呼ぶには出来過ぎている気がしなくもないが、本当に偶然なのだから致し方あるまい。

 

『それにしても、たかだか体育祭のために遠路はるばるフランスからやってくるなんて随分と浅野のことが好きなんだな』

 

 どれほど親交があったとはいえ普通はここまでしない。となると私が知らない何かが浅野にはあるのだろう。

 

『ああ、俺はアサノのことが気に入ってる。あいつは凄い奴だよ。本当に尊敬できる男さ。そんな男に助けを求められたんだ。行くに決まってるよ』

 

 顔を見れば彼が本心で言っているのがわかる。同い年の同性にここまで言わせるほどのカリスマ。私にはないものだ。

 

 今まではただの嫌味ったらしいインテリとしか思っていなかったが、彼の評価を聞く限り少しは考えを改める必要がありそうだ。

 

『あ、このホテルだ』

 

 そんなことを考えているうちに目的の場所に到着したようだ。

 

『今日は本当に助かったよ。ありがとうサチコ』

『そいつはどうも。じゃあ私はこれで』

『ああ!俺の活躍するところちゃんと見ててくれよ』

 

 彼は勝つつもりでいるらしいが、生憎と今年のE組は一筋縄じゃいかない。浅野が呼んだ助っ人が何人かはしらないが望むところだ。

 

「ふふ、そんな簡単にいくかな?」

『ん?あ、そうだ。もし俺達が優勝したら一日観光案内をしてくれないか?せっかくだから観光しようと思っていたけどサチコが案内してくれたらもっと楽しめそうだ』

 

 もしかして私は口説かれているのだろうか。以前、陽菜乃が見せてくれた雑誌にこんな感じの男には注意しろと書かれていたが……まいっか。

 

『デートのつもりか?まあ考えておくよ』

『それを聞いて俄然やる気が出てきた。じゃあ俺は行くよ。今日は本当にありがとう』

『ああ、またな』

 

 そう言って彼はホテルに向かって去っていった。なんかとんでもないことを安請け合いしてしまったような気がするが、気にすることでもないだろう。

 

「それにしても体育祭か……」

 

 一年生の時は何の競技にも参加しなかったからまともに参加するのはこれが、というか生まれて初めての体育祭になるのか。何というか……

 

「楽しみだな」

 

 私は一人呟いた。

 

 

 

 

 

「で、どうしてそうなったんだ?」

 

 それから数日経過し体育祭は目前となった日。何だかクラスが騒がしかったので訳を訊ねてみると予想通りE組とA組が棒倒しで勝負することになったらしい。

 

「なんか磯貝君がバイトしてるところを浅野君に見られちゃってさ」

「あいつ絶対前から目ぇつけてただろ。じゃなきゃわざわざあんな大人数でくるかよ」

 

 どうやら危惧していたことが現実になったようだ。それで見逃す代わりに勝負しろということだろう。負ければ磯貝の校則違反は通報、再犯になるので最悪退学も有り得るということか。

 

「なあ片岡、棒倒してってどんな競技だ?」

 

 勝負をすることは分かったが、そもそも棒倒しがどんな競技か知らないので何も判断できない。こういう時は素直に聞くのが一番だ。

 

「そっか、臼井さんは知らないよね。棒倒しっていうのはね──」

 

 片岡の口から大雑把に棒倒しのルールが語られる。つまるところ棒倒しというのは文字通り自陣の柱を敵の攻撃から守りつつ敵陣の柱を倒せば勝ちというシンプルな競技らしい。

 

「なるほど、だがそれだと……」

「うん……基本的に人数が多いほうが有利になる」

 

 あまり覚えていないが前にA組にいた時は確か男子だけでも30人近くいたはずだ。人数制限もないと聞くし、この勝負正直言って勝率は低いというほかあるまい。

 

「浅野のやり方には腹が立つが、ルールを破っているのは磯貝の方だからなぁ……」

「そうなんだよね、だから表立って文句も言えないし……ほんっと、あの腹黒委員長腹立つ」

 

 いらんちょっかいをかけないで自分のことに集中すればいいのに。浅野のことはよく知らないが、自分に歯向かう存在は蟻一匹でも許せない質なのだろうか。一学期の期末テストの時もそうだったがどうにもそんな思いが透けて見える。

 

「ああ、そういうことか」

 

 カミーユが呼ばれたのも初めからE組を叩き潰すことが目的だったのだろう。競技の特性を鑑みるに恐らく助っ人は一人ではあるまい。用意周到と言えば聞こえはいいがここまですることなのかとはっきり言って異常だ。

 

「どうしたの臼井さん」

「いや、先日、偶然浅野に助っ人を頼まれたと言っていたフランス人に会ってな。レスリングをやっていると言っていたが……たぶんあれはかなり強いぞ」

「はぁ!?何それせこすぎるでしょ!」

 

 普通はそう思うだろう。片岡の大声が教室に響き渡る。

 

「ああ?どうしたんだ片岡、いきなり大声出して」

「それは私から説明する──」

 

 助っ人のことを聞いた男子陣は信じられないと言いたげな表情で口をあんぐりと開けていた。

 

「嘘だろ……普通そこまでするかよ」

「このためだけに外国から呼ぶとか信じらんねえ……」

 

 当然の如く男子達は浅野に対する批難を強めていった。だがそれ以上に感じられたのは困惑の感情だった。何故そこまで私達を目の敵にするのか、単なる負けず嫌いにしてもこれは異常と言わざるを得ない。

 

「てかルール的にありなのかよ」

「短期留学、という形にすれば不可能ではないだろうね。恐らく元から僕たちを叩き潰すつもりだったんだろう。磯貝のことは体のいい口実にすぎないんじゃないかな」

「けっ、セコイ手使いやがって。ここまでコケにされて黙ってられっか!おい磯貝!」

 

 寺坂が磯貝の机を叩き宣言する。しかし、肝心の磯貝の反応はというとどことなく上の空というかなんというか反応が薄かった。

 

「……いや、やる必要はないよ」

 

 そして磯貝の口から放たれた言葉は拒否だった。やる必要はない。つまり責任は自分で取るといいたいのだろう。

 

「そもそも俺が校則違反してるのが悪いんだし、浅野ことだからきっと何か企んでるんだと思う。自分のケツくらい自分で拭かないとな!」

 

 いっそすがすがしいまでの笑顔で言いきった。自分の面倒は自分で見る。決して間違っているとは言えないが……

 

「だからこれは俺が一人で何とかするよ。退学上等!暗殺なんて校舎の外からでもできるしな!」

 

 確かに磯貝の言うことは間違ってはいない。どんな行動にも責任が伴う。発覚したらどうなるかは理解していただろう。それでも彼はリスクを承知で働いていた。

 

 だから磯貝の覚悟は間違ってはいない。間違ってはいないのだが……

 

「……気に入らんな」

 

 私の呟きと男子達のブーイングが教室に木霊したのはほぼ同時であった。磯貝は磯貝なりの考えをもってあんなことを言ったのだろう。

 

 浅野の影響力は強大だときくし普通の生徒なら尻込みするかもしれない。だがこのクラスは普通じゃない。

 

「難しく考えすぎなんだよ。要は棒倒しでA組ぶっ倒せばいい話じゃねーか」

 

 対先生ナイフを机に突き立てた前原が不敵に笑う。

 

「へっ、外人だが何だか知らねーが伊達にマッハ20の担任相手に殺し屋やってるわけじゃねえんだよ。なあ!」

 

 また一人、また一人と前原のナイフを握っていく。見捨てるなんて選択肢は端から存在しないのだ。

 

「ふふ、男子ってほんと単純なんだから」

「そうだな……でも私は嫌いじゃない」

「うん、私も」

 

 磯貝を中心に盛り上がる男子達を横目に片岡と二人で笑いあう。皆の根底にあるのは殺せんせーに対する殺意。同じ殺意のはずなのに、戦場とはまるで違う。

 

「もしかして殺せんせーは……」

 

 頭にふとある仮説がよぎった。もしかして殺せんせーはこのために殺されようとしているのではないだろうか……

 

「どうれ、イケメンどうし私も一肌脱ぎますかねぇ」

「……いや、違うか」

「にゅや?」

 

 相変わらずニヤニヤしながらよくわからないことを言っている殺せんせーを見て、頭に過った考えを一蹴する。

 

「今回は私の出る幕はなさそうだ」

「流石に男子の競技に女子はでれないしね。男子のことは男子に任せて私たちは私たちなりに頑張りましょ?」

「ふっ、それもそうだな」

 

 本校舎の連中に暗殺で鍛えた身体能力を見せつけてやるとしよう。奴らきっと驚くだろうな。あ、そう言えば思い出した。

 

「おーい磯貝」

「ん?どうしたんだ?」

「ちなみに君達が負けたら例のフランス人と私がデートすることになるからよろしくな」

「……は?え?」

 

 今思えばどうしてあんな約束をしたのだろうか。久しぶりのフランス語でテンションが上がっていたのだろうか。

 

「う、臼井さん、何でそんな約束してんの……」

「いや、何となく……」

「はぁ……あのね──」

 

 この後、片岡に気安くそういった約束をするなと説教を受けた私であった。途中でカエデも混ざって面倒なことになったのはどうでもいいことである。

 

 

 

 

 

「さっちゃーん!頑張れー!」

「祥子ーファイトー!!」

 

 そしていよいよ迎えた体育祭本番。スタートレーンに立ち応援席にいるE組の皆に手を振る。

 

 男子達はA組との棒倒しに勝つため日夜作戦会議に励んでいたが、特にそういった勝負もない私たち女子は気楽なものである。

 

『先ほどの男子100m走は惜しくもE組に勝利を譲ってしまいましたが、やられたままで終わる私達ではありません!必ずや女子が仇を討ってくれることでしょう!』

 

 ここまで露骨に差別されると逆に笑えて来る。しかも惜しくもって、木村に思い切り差を付けられていたと思うんだが。まあいいか。私は目の前のことに集中するだけである。

 

『おやおや、E組の選手、大事な競技だと言うのにブーツを履いているようですねえ。あんな重そうなブーツで本当に走れるのでしょうか。転んだりしないかとても心配です』

「うるさいなぁ、私はこれで砂漠駆けまわってたんだぞ……」

 

 私の抗議は生徒たちの喧騒によって掻き消されていった。そしてそれに追い打ちをかけるかのように司会の指摘で気が付いた隣のレーンの選手が私を見てくる。そしてあからさまに小馬鹿にしたような笑みを浮かべて話しかけてきた。

 

「あなたそんなブーツで走るつもり?あんた短距離なめてるの?やっぱE組はE組ね!てかブーツごつすぎ!!」

「ほっとけ」

 

 一応米軍に納入した実績もあるメーカーのコンバットブーツなんだがな。まあこいつが知るわけないか。それにしてもやはり本校舎の連中は気に入らんな。理事長にそう仕向けられているとはいえ、もう少し自分というものを持つべきだろうに。簡単に流され過ぎだ。

 

「臼井さぁぁぁん!!!頑張ってくださああい!!!」

「う、うるさい……」

 

 観客席で叫びながらカメラのフラッシュを焚きまくっている担任は無視して精神を集中させる。こういった競技は初めてだが、やることは同じだ。

 

「位置について……」

 

 スターターがピストルを構える。姿勢を屈め合図に備える。

 

「よーい……」

 

 ピストルの空砲が鳴り響き私は弾丸のように前に飛び出した。風のように過ぎ去っていく景色。靴底のスパイクが地面を蹴り飛ばし、その度に加速していく。

 

「祥子いけー!!」

「頑張れー!!」

 

 応援の声が耳に届く度に身体から力が湧き出てくるのを感じる。あっと言う間にコーナーを抜け直線を走り抜け、目指すはただ一本のゴールテープのみ。

 

『は、速すぎるだろ……』

 

 結果は瞭然、誰の目から見ても私が一番でゴールしたのは明らかであった。軽く息を整えながら後ろを振り向く。今にも死にそうな選手たちが遅れてゴールインしてきた。

 

「さっきブーツがどうとか言ってたな。もう一回言ってくれないか?」

「ば、化物……」

 

 筋肉の付き方を見れば他の選手たちも本気で努力してきたことはわかる。だが私だって文字通り死にかけながら努力してきたのだ。こんなものは朝飯前というものである。

 

『い、一位はE組……です……二位は──』

 

 動揺する司会の声に満足感を抱きながら観客席へと戻るため歩いていく。行きとは違い明らかに多くの視線を感じる。理由はわかるがやめてほしい。

 

「あのE組の女子何もんだよ……うちの女子全国レベルだぞ……」

「気のせいか?さっきの男子より速くね?」

 

 あれだけ差をつけてゴールすれば嫌でも注目されるか。注目されるのは好きではないが、あの嫌味な司会を黙らせることができたのでよしとしよう。

 

「そういえばスタートしてからゴールするまで10秒しか経ってないような……」

「そ、そんなわけないだろ。見間違いに決まってる」

「だ、だよなあ」

 

 ちょっと目立ちすぎたかもしれない。

 

「祥子ー一位おめでとー!」

「臼井さんおめでとう!かっこよかったよ!」

 

 クラス席に戻るとカエデたちが私を出迎えてくれた。いや、出迎えたというよりはもみくちゃにされたという表現のほうが正しいもしれない。

 

「さっちゃん!すっごい速かったよ!」

「どういたしまして」

「はい!」

 

 皆に囲まれながら私の前に出てきた陽菜乃が両手を掲げ、万歳のような姿勢で制止した。そしてその姿勢のまま何かを催促するかのようにこちらを見てくる。どういう意図だろうか?

 

「臼井さん、ハイタッチハイタッチ」

「あ、ああ、そういうことか」

 

 中村の助言のお陰でようやく意図がつかめた。確かこうだったか?カエデたちと映画で見たハイタッチを真似て陽菜乃の右手に自分の両掌を叩きつける。

 

「いぇーい!!」

「あ、私もやる!」

「私もいいかな?」

 

 ご満悦の陽菜乃を皮切りに女子の皆が同じようにハイタッチを要求して来るので、同じように掌を合わせる。

 

「あははは!いえーい!」

 

 楽しくて仕方がない。肝心の棒倒しを忘れ感情に任せて笑う。8年間まともに笑ってなかったせいか、一度タガが外れるとまるで子供のようになってしまう。

 

「臼井がすっげぇニコニコしてる。正直気味わりぃな」

「でもああやって笑ってると臼井ってほんとに子供っぽいよなあ。てかいえーいって……」

「聞こえてるぞ吉田!村松!」

「やべ、隠れろ!」

 

 誰が子供っぽいだ。まったく失礼な奴等だ。いや、それもそうか。いくら何度も死線を潜り抜けても所詮14年しか生きていない。子供というしかないだろう。

 

 これまでは大人にならざるを得なかったが、今は違う。もう無理して大人になる必要はない。ここにいる私はみんなと同じただの子供だ。

 

「ははは、なーんだそういうことか!」

 

 人生でこんなふうに笑える日が来るなんてな。あの時諦めないで本当によかった。何となく幸せになる道のりが分かってきた気がする。きっと生きるっていうことはこういうことなんだろう。

 

「ん?どうしたの祥子」

「いや、なんでもない。じゃ、あとはゆっくり観戦するとしますか」

 

 だから今日は背一杯楽しもう。

 

 

 

 

「さて、もうすぐ棒倒しだな」

「あ、もうそんな時間なんだ」

 

 個人種目が全て終わり残すは団体戦のみとなった。私達は参加しないのかというと、何故かは知らないがE組は団体戦の参加資格がないらしく棒倒しまでは待つことしかできないのだ。

 

「それにしても網抜け中々早かったじゃないかカエデ」

「えへへ、祥子が匍匐前進のしかた教えてくれたお陰だよ!」

「……たぶん違うと思うが」

 

 何がとは言わないが、あの競技じゃカエデは有利だろうな。いつもお菓子ばかり食べてるのにあの栄養はどこにっているのだろうか。不思議だ。

 

「何か、言った?」

「いやなにも」

 

 一瞬カエデから凄まじい威圧感が発せられたので慌ててごまかす。カエデに胸の話は絶対にしてはいけないのだ。下手に刺激するとそれはそれは酷いことになる。

 

「カエデちゃんもすごかったけど、寿美鈴ちゃんもすごかったよねー『パンは飲み物よ』って、ちょっとかっこよかったなー」

「パンって飲み物だったんだ……」

 

 確かにパン食い競争とかいう発案者は薬でもキメていたんじゃないかと思うような競技での原の活躍はすごかった。というか本当に誰が考えたんだあの競技……

 

「それにしてもパンは飲み物、か。あながち間違いじゃないかもしれないな」

「どういうことなのさっちゃん」

「ああ、何でも中世ヨーロッパではビールは食事代わりだったそうだ。カロリー、栄養価共に高くその上腐りにくい。食料が乏しいあの時代ではきっとさぞかし重宝したのだろう。それでついたあだ名が飲むパンというわけだ」

「へぇー知らなかった……」

「うん、私も知らなかったわ」

「あ、原さん」

 

 私達の話を聞きつけたのか原が後ろからやってきた。どうやら原も知ってて言っていたわけではなかったようだ。まあ普通の中学生がこんなこと知っている方がおかしいのだろうが。

 

「まさか私の認識がそんな由緒正しいものだったとは思わなかったわ」

「そ、そうか。まあ詳しい話は殺せんせーにでも聞いてくれ。あの人ならもっと詳しく教えてくれるはずだ」

 

 殺せんせーならこういった無駄知識も完璧に網羅していそうだから困る。というかあの人の知らないことってなんだろう?

 

「それにしてもさっちゃん何でそんなにビールに詳しいの?」

「そりゃあ、アフリカでしこたまビ──ッゴホン!オホン!」

 

 あ、危ない……あと少しでしこたまビール飲んでたからって言うところだった。カエデに飲酒がばれた時もこんなふうに失言しそうになってたな。

 

「「「ビ?」」」

「い、いや、何でもない。あ、アフリカにもしこたまビル建ってるんだよなあって言おうとしただけだから!」

 

 カエデにはバレているとはいえつい最近まで飲酒していたなんて二人に言ったら余計な心配をかけるだけだ。というか絶対怒られる。陽菜乃も怒ると意外と怖いし原もあまり怒らせたくない。

 

「さっちゃんそれごまかせてないよ……」

「臼井さん、流石にそれは無理があるわ……」

「祥子……」

 

 だからそんな残念な人を見るような目で見るな。

 

「前から思ってたけどさっちゃんって実は不──」

『続いての綱引きはA組対D組です!』

 

 陽菜乃の追及を遮るように司会のやかましいアナウンスが鳴り響く。あの司会は嫌いだが今回ばかりは感謝する。

 

「あれが例の外人部隊か」

 

 グラウンドの中心に明らかに場違いな巨漢が4人いる。事前にイトナが作った偵察ドローンでその存在を察知していたがそれでも生で見るとかなりの迫力だ。

 

 しかも彼等ただガタイがいいだけではない。韓国、ブラジル、フランス、アメリカから集められた彼らは四人全員が何かしらのスポーツのトップなのだという。どこからそんな人脈が湧いて出てくるのか不思議だが実際にこうして呼んでいるのだから認めるしかない。

 

「うわーすっごい大きい」

「あれで15歳なんだ……」

「ああ、流石に信じられないな」

 

 基本的に体の大きさと筋力は比例している。身体が大きければ大きいだけそれを支えるための筋肉も発達するからだ。つまり棒倒しのような純粋な力が必要となる競技ではまさに鬼に……鬼に……あれ?

 

「なあ、ああいうのってなんていうんだっけ?鬼に警棒?」

「祥子、それを言うなら鬼に金棒だよ。というか警棒って……」

「しょ、しょうがないだろ!日本語は難しいんだ!そんなことよりもだ。試合が始まるみたいだぞ」

 

 審判が両チームの間に立つ。試合の準備が整ったようだ。結果は見えているが見るだけ見てみよう。

 

『両チーム準備はOKですね!ではレディー……』

 

 スターターの空砲が鳴り響き両チームが一斉に縄を引っ張り始める。とはいかなかった。何故なら空砲が鳴った瞬間、D組が宙に浮いたからだ。

 

「すごっ……」

「ほぉ……」

 

 勝負は文字通り一瞬で終わった。結果は当然の如くA組の勝利、いや完勝と言うべき結果だった。

 

『何ということでしょう!勝負は一瞬でついてしまいました!強い!強すぎるぞA組!!』

 

 この後も偶然研修留学で外国人たちが来たことに感謝するべきだとかどうとか言っていたが聞き流すことにした。

 

「ねえねえ、さっちゃんがデートの約束した人って誰?」

「えっと、金髪の髪が逆立っているほうだ」

 

 そう言って向こうで浅野と何か話しているカミーユを指さす。もう一人の黒髪は確かブラジルのジョゼとかいう奴だったか。

 

「あの人なんだー。なんか私あんまりタイプじゃないなー」

 

 どうせ陽菜乃が好きなのは烏間先生みたいのだろう。ちなみに私はどういう人物が好みなのだろうか?少し考える。

 

「駄目だ。わからん」

「え、何が?」

「いや、こっちの話だ」

 

 人間的に好きな人なら何人もいるが恋愛的な意味で好きな人物がいるかというとさっぱり思いつかない。そもそも異性というのを意識したことがないので恋愛以前の問題だろう。そんなことを考えながら浅野達を観察しているとカミーユと目が合ってしまった。

 

「あ、こっち見た!しかも手ふってる」

 

 どうやら見つかってしまったようだ。しょうがないので手を振りかえす。あ、こっち来た。彼がこっちに浅野との話を切り上げてこっちに向かっているせいで浅野までこっちを見てるじゃないか。

 

「え、なんかこっち来てない?」

「そのようだな」

 

 小さかった彼はどんどんと大きくなっていき遂には私の目の前までやってきた。座ったままだと首が痛いので立ち上がる。改めて見ると本当に大きいな。

 

『久しぶりだな』

『ああ、と言っても数日しか経っていないけけどな』

 

 私がいきなりフランス語で話し始めたので横にいる陽菜乃達は驚きで目を丸くしている。そういえば英語以外話しているのを聞かせたことなかったな。それは驚きもするか。

 

『それにしてもさっきのレースは本当に速かったよ!君ならオリンピックに出れるんじゃないか?』

『世辞はよしてくれ、流石にそこまで速くないだろう』

 

 綱引きのことは話題にすらしないあたり勝って当たり前なのだろう。というかさっきから皆の視線が痛い。カミーユも少しは気にしてくれ。

 

『世辞じゃないさ。おっと、俺はそろそろ行くよ。あの時の約束忘れないでくれよ!』

『あ、ああ』

 

 それだけ言うと彼は手を振りながら浅野のもとに戻っていった。あとに残されたのは沈黙と突き刺さる視線……

 

「じゃ、じゃあ私トイレ行ってくるから」

「さっちゃん!!」

 

 当然逃げられるわけもなく皆に質問攻めにあった。勘弁してくれ……

 

 

 

 

 

「さっきの奴すげぇ強そうだったな……」

 

 誰かの呟きが私の耳に入る。さんざん非日常的な経験を積んできたとはいえ殺せんせーとゴリラのような外国人とでは勝手が違う。

 

 しかも浅野の目的はただ棒倒しで勝つことではない。イトナの偵察により明らかになったが浅野はこの試合で男子を物理的に痛めつけるつもりのようだ。

 

 確かに男子が怪我すれば次に待っている中間試験の結果にも影響はでるだろう。だがたかがテストで勝つために普通そこまでするかだろうか。私にはわからないしわかりたくない。

 

「殺せんせー、正直言って俺あんま自信ないよ……」

 

 磯貝の視線の先には四ヶ国語を操り外人部隊に指示を出す浅野がいた。磯貝がそう言うのも理解できる。

 

「なるほど……確かに、君が怖気づいてしまうのも無理はありません。浅野君は本当に凄い。あれほど完成度の高い15歳は見たことがない」

 

 磯貝が秀才だとするのなら、浅野は天才、次元がワンランク違うのだ。浅野は言わば化物、むろん私とは違う意味だが。殺せんせーの言うとおり全ての能力が一般的な15歳の男子を上回っている。当然喧嘩すれば私が圧勝するだろうが、それ以外においては全て負けるだろう。

 

「磯貝君はとても優秀です。でも社会に出ればやはり上には上がいる。まさに彼のようなね」

 

 だから磯貝が怖気ついてしまうのは至極当然のことだと言えた。でも、磯貝には磯貝のいいところがある。

 

「でもね、社会において一人の力は限界がある」

 

 殺せんせーは優しく言い聞かせる。その通り、どんなに優秀で化物染みていたとしても、そいつの両手は二本しかないのだ。

 

「仲間を率いて戦う。それが君の才能です。こればかりは浅野君でも勝つことはできない。君がピンチに陥った時も、皆が共有して戦ってくれる。それは君が積んできた人徳のお陰に他ならない。だから自信を持って戦いなさい」

 

 磯貝の頭に鉢巻を巻き付ける。その顔はどこまでも優しくて、それでいて自分の生徒に対する愛情に満ちていた。殺せんせーはいつもそうだ。だから私はこの人を信用できた。

 

「わかったよ先生!よっし、じゃあ行くぞ皆!!」

「「「「「おお!!」」」」」

 

 すっかり調子を取り戻したようで安心した。彼等が負けることはないだろう。あとはゆっくりと応援するだけだ。

 

「臼井さん、彼等の戦いをよく見ておきなさい」

「はい?」

 

 いつの間にか私の横に来ていた殺せんせーが私にそう言う。もとよりそのつもりだが、きっと意味が違うのだろう。

 

「臼井さん、君は本当に強い。大抵のピンチは一人で乗り切れる。でもそれ故に誰かに頼ることを忘れがちです」

 

 思い返せば誰かに頼ったことは数えるほどしかない。いつもなんだかんだ理由を付けて一人で戦ってきた。だけどもうそんなことはしない。

 

「わかってますよ。もう一人で戦ったりしない」

 

 もう一人で戦うのは御免だ。もう誰もいない世界には戻りたくない。だが私の言葉に先生は首を振る。

 

「まだまだ足りませんねぇ。後ろを見てみなさい」

「はい?」

 

 立ち上がり、言われたとおりに後ろを見る。神崎、速水、矢田、狭間……皆が私を見ていた。誰もが笑顔だった。不意に横から手を引かれる。

 

「さっちゃん!」

「祥子!」

 

 陽菜乃にカエデ……私の大切な友達。冷たい戦場から救い出してくれた仲間たち。このクラスはいつかなくなってしまうけど、この出会いは一生忘れない。

 

「みんな、臼井さんの味方……大切な仲間です。一人で抱え込む必要はない。君が助けを求めれば手を差し伸べてくれます。そうですよね皆さん?」

「「「「「はーい!」」」」」

 

 先生の言うとおりまだまだ足りなかったというわけか……心に熱いものがこみ上げ感情が昂る。

 

「ああ、卑怯じゃないか……」

 

 上を向き目を抑える。そうしないと服が濡れてしまうと思ったからだ。

 

「臼井さん、今の君ならきっと彼等から大切なものを学べるはずですよ」

 

 殺せんせーがハンカチで涙を拭き取る。そしてハンカチを手渡そうとした触手を押しのける。もう泣く必要はないからだ。

 

「はい!」

「よろしい!では皆さん応援しましょう!」

 

 ああ、ここに来て本当によかったなあ……

 

 

 

 

 

「まさかイトナをあんな風に使うとはな」

「祥子またその話してるの?もう飽きちゃったよー」

 

 夕暮れの商店街をカエデたちと歩く。体育祭が終わり皆で打ち上げを行った帰り。女子と男子はまた別々の店で二次会に行くことになり私たちはそのために適当な店を探して歩き回っていた。

 

「だってしかたないだろー、あんな凄いのを見せられたら誰だって興奮するさ」

「確かにあれは凄かった。でも」

「でも、なんだ速水」

「あれを棒倒しって呼んでいいのか……」

 

 その言葉に全員が頷いだ。分からないのは私だけである。

 

 磯貝の進退を賭けた棒倒しはE組の作戦勝ちで勝利をおさめた。外国人四人の猛攻や浅野の予想外の強さやには手を焼いていたが、磯貝の的確な指示の下、見事に勝ちを奪い取ったのだ。

 

「臼井さんは間違ってもあれが正式な棒倒しだなんて思わないでね」

「よくわからないがわかった」

「いや、それわかってないでしょ!って、そう言えば野球の時もヤバかったよねー」

 

 がやがやと会話が続く。やがて話はどこに行くかにシフトしカラオケだとかレストランだとかで意見が交わされていた。

 

 ふと、横に目をやると見覚えのある後ろ姿が目に入った。あれは恐らくカミーユだ。でも、なんか違和感を感じる。

 

「って、なんだあの怪我は!」

「あれ、どうしたの臼井さん!って、いっちゃった……」

 

 走りながら彼の進路上に割り込む。そして改めて怪我の酷さを再認識する。顔中包帯だらけでよく見たら杖もついている。いったい何があったんだ……

 

『さ、サチコか……』

『いったいどうしたんだ!その怪我は!』

『わ、悪いが俺はもう国に帰る……』

 

 経験上わかるがこの怪我は明らかに誰かにつけられた傷だ。これほどの巨漢が成す術ものなく叩きのめされるなんていったい誰の仕業なんだ。

 

『お、俺はもう行く……すまん、じゃあな……』

『ま、まて、せめて誰にやられたのかだけでも』

『一つだけ言っておく……君の学校の理事長……あいつは化物だ』

 

 それだけいうと彼はそそくさと去っていってしまった。あとに残るのは言いようのない不信感。

 

「まさか、理事長が……?」

 

 私の呟きが夕暮れの喧騒に吸い込まれていった。

 

 




用語解説

私と同じ15歳だそうだ。
私 と 同 じ 1 5 歳 だ そ う だ 。

主人公のタイム
トラックは4、50kmで走ってる。女子の世界記録は35km、そしてトラックに追いつく主人公……






▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。