【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、主人公が丸くなりすぎて魅力半減かも。
あと明日から西部開拓時代のアメリカでアウトローになってくるので投稿遅くなるかもしれません。


五十六時間目 慰めの時間

 烏間先生から私達へ送られたプレゼント、それは戦闘服だった。それも超がつくほど凄いらしい。

 

「か、軽い……」

 

 誰かが服を持ち上げて呟いた。口にこそ出していないが皆同じ感想を抱いていることだろう。私だってそうだ。

 

 フード付きのベスト、ショートパンツ、インナー、ブーツ。それら全て含めてもいつも着ているジャージより軽い。全部合わせても500gあるかどうかといったところだ。

 

「軍と企業が共同開発した繊維だ。衝撃耐性、引っ張り耐性、切断耐性、耐火性、ありとあらゆる要素が世界最先端だ。はっきり言って凄いぞ」

 

 となると、聞きたいことは一つしかない。

 

「抗弾性能は?」

「ジャケットはNIJ規格におけるレベルIII……つまり7.62mm M80普通弾までのライフル用実包に対する完全な抗弾機能を持っている」

「はぁ!?」

 

 とんでもない事実に思わず室内ということを忘れ叫び声をあげる。フルサイズのライフル弾を防げるって、そんなのトラウマプレート並みじゃないか!

 

 そんな私を見て烏間先生はニヤりと笑い更なる衝撃的な事実を告げた。

 

「驚くのはまだ早いぞ臼井さん、インナーとブーツにもレベルIIの抗弾機能を付与している。しかも従来の抗弾繊維の欠点であった着弾時における抗弾性能の低下も特殊な繊維の編み方により克服した。理論上なら同一箇所に十発以上着弾したとしても機能を維持できる」

「すごい!」

 

 その理解の範疇を越えた性能にただ凄いとしか言うことができない。

 

「それだけじゃない、内部に仕込まれたフレームと衝撃吸収材によって被弾時の衝撃も従来のボディアーマーとは比較にならないほど軽い。先ほど言ったように衝撃耐性も一流だ。もし至近距離で爆発に巻きこまれたとしても、フードを被って背を向ければ耐えられるだろう。」

 

 至れり尽くせりとはこのような物に対して贈るべき言葉だろう。いったいどこが作ったんだ?やはりアメリカだろうか。詳しく知りたいところだが、恐らく最高レベルの機密情報だ。普通に考えて無理だろう。

 

「更に特殊な揮発物質によって繊維の色を自在に変えることができる。上手く使えば場所を選ばず即座に3Dカモフラージュ並みの迷彩効果を発揮できるということだ。正に最強の矛と最強の盾を併せ持った矛盾する存在、仮にこれが普及すれば現代戦のセオリーは瞬く間に一辺するに違いない」

 

 一変するってレベルじゃないぞ。こいつを破るには現在の一般的な歩兵の装備では不可能だ。こんなものが世に出回ったら今までの歩兵戦術が殆ど通用しなくなる。正に革命的な発明だ。

 

「い、いくらするんですか?」

「ふっ、聞きたいか?」

「……遠慮します」

 

 下手したら一着数百万というレベルだろう。こんなものを気軽に渡してくるなんて、気前が良いってレベルじゃない。

 

「二人が何言ってんのか全然わからないけど、とにかく凄いってことだよね?」

「ああ、本当に凄い……」

 

 いつの間にか着替え終わった渚が興奮した私をなだめるように訊ねてきた。よくみれば他の皆も着替え終わっているではないか。

 

「臼井さんも早く着てみなよ!これほんとにすっごいよ!」

 

 興奮した岡野がぴょんぴょんと跳ねながら言ってきた。よくみると跳び方が少し変だ。どうやら他にも色々な機能があるらしい。

 

「そうだな、私も着替えてこよう」

 

 10月の秋晴れの空の下、停滞していた暗殺教室の時間が今、再び動き出した。

 

 

 

 

 

 そして迎えた翌日の朝。

 

「あれ、ほんっとすげぇよな!」

 

 各々家から登校してきた皆と合流し校舎に向かいつつ、昨日の興奮も冷めやらぬといった様子の杉野に頷く。あの後、例の素晴らしいプレゼントを貰った私たちは、早速殺せんせーへ新しい私達を披露することにした。

 

 強化服改め「超体育着」の機能をフルに使ったアンブッシュやラぺリングによるダイナミックエントリー、お楽しみの時間を妨害された殺せんせーには同情するが、あれは本当に素晴らしいものだった。

 

 ただ、女子のデザインだけは今一つ首を傾げたくなったが、それ以外は素晴らしいの一言しか思い浮かばない。

 

「杉野、ちょっと興奮しすぎじゃない?」

「あんなの貰って興奮しない奴なんていねえって!臼井もそう思うよな?」

「ああ、あれを着て5年前からやり直したいくらいだ」

 

 これを着ていれば身体の傷ももっと少なくすんだだろう。行軍だってもっと楽だったに違いない。かさ張るプレートキャリアーともおさらばだ。

 

「さっちゃんさん、冗談でもあんまりそいうこと言わないでほしいな」

「あ、その……すまん」

 

 勿論本気ではないが、流石に冗談が過ぎたようで渚に怒られてしまった。とはいえ、こうやって冗談にできるということは過去を克服している証拠なのだろう。自分で言うのもなんだが良い傾向だとは思っている。

 

「渚の言うとおりだよ。昔のことは忘れて今は暗殺に集中しよ?」

「わかってるって、それにしても凄い物を貰った。ただ……」

「ただ?」

 

 確かに文句なしの性能なのだが、一つだけ気になることがあった、デザインだ。

 

「なんで女子だけジャケットの袖がないんだ?下だってショートパンツだ。あれでもバイタルゾーンはカバーできるが脚や腕が丸出しで少し不安になる」

 

 インナーにも防護機能は付与されているので心配するほどのものでもないのだが、軍事において見た目の強さは兵士の士気に関わってくる重要な要素だ。心理的なものというのはあんがい馬鹿にできないのだ。

 

「まるでデザイン優先で作られたかのように身体のラインが出ている。視線誘導でも狙っているのか?」

「あら、よく気が付いたわね」

 

 聞き慣れた声がして振り返るとビッチ先生が得意気に近づいてきた。よく気が付いたということは何か意味があるのだろうか。

 

「もしかしてビッチ先生がデザイン考えたの?」

「ご名答よカエデ。あんたち感謝なさい、私が烏間に言わなかったら今頃男子と同じデザインだったのよ?」

「え、それでよくないですか?」

 

 まさか本当にデザイン重視だったのか……任務に使う道具にデザイン性を求めるなんて、イタリア人じゃあるまいし。

 

「祥子、あんたって本当に女心がわかってないわねえ、女なのに」

「悪かったですね。女っぽくなくて」

「ま、でもそれならそれで仕込みがいがあるってものよ」

 

 仕込みってなんだ。私をどうするつもりだ。遂にビッチ先生の毒牙に掛かってしまう日が来るのだろうか。

 

 そんなことを考えていると唐突に誕生日に贈った花のことを思い出した。あれからどうなったのだろうか。

 

「そう言えばあの花ってどうしましたか?」

「センニチコウのこと?あれなら職員室に飾ってるけど、確か一日一回水やればいいのよね?」

「はい、結構長い間咲き続けるらしいので楽しめるかと」

「花?どういうこと?」

 

 皆は私たちの話についていけないようだ。それもそうだろう。誕生日の件は誰にも言っていない。わかばパークの仕事で忙しい時に余計な考えを増やさせたくなったというのもある。それにこういうものは自発的に行うことだ。

 

「ほんと、烏間にもあんたみたいな甲斐性があればいいのにね。タコですらわかってたってのにあの朴念仁ときたら!花の一本くらいプレゼントしなさいよ……」

 

 ビッチ先生はそう言ってブツブツと文句を言いながら足早に校舎に向かって行った。あとに残された私を除いた皆は疑問符を頭に浮かべるばかりだ。

 

「花ってどういうことでしょうか?」

「10月10日、ビッチ先生の誕生日だったんだ」

 

 仕方ないので白状することにする。私の言葉に皆は思い出したかのようにはっと顔を上げた。

 

「あ、ビッチ先生の誕生日過ぎちゃってたんだ」

 

 陽菜乃が呟く。皆が去っていくビッチ先生の背中を見てなんとも言えない表情を浮かべた。ビッチ先生が烏間先生を好いているのは既に周知の事実だ。

 

「あの人はなんだかんだいって不器用だからな。自分から言うこともできなかったのだろう」

 

 あの人は誰もいない校舎でただ私のことを待っていた。あの様子では恐らくおめでとうの一言すらなかったのだろう。

 

「そう言えば、さっき臼井さんが言ってた「あの花」ってなんのことですか?」

「皆には言ってなかったが実は誕生日当日にプレゼントを渡したんだ」

 

 返ってきた反応は、案の定ブーイングに近いものだった。なんとなくこういう反応はするだろうと予測していたが、思ってた以上だった。

 

「ぬ、抜け駆けなんて酷いですよ臼井さん!」

 

 抜け駆けって……まるでそれはそれは酷いことをしたかのような奥田の言い回しに絶句する。奥田でさえこうなのだから他の反応なんて言わずもがなだろう。

 

「愛美ちゃんの言うとおりだよ!なんで言ってくれなかったの!」

「そうだよ、私達も協力できたのに」

 

 陽菜乃と片岡の言葉に同意するように皆が頷く。そんなに不味いことだったのか。とりあえず意味ないと思うけど弁解だけしておこう。

 

「いや、わかばパークで忙しい時に水を差すのも迷惑だと思ってな」

「祥子、そういうのは別に迷惑じゃないんだよ?」

「そうなのか?」

 

 よくわからない。私の個人的な行動に皆を巻き込むのは駄目だと思ったのだが……

 

「もし、臼井さんが逆の立場だったらどう思う?」

 

 神崎のその言葉に想像を働かせる。カエデの誕生日を祝おうとしている時に迷惑をかけるだろうからと言って一人で行かれたらどう思うだろうか。

 

「……そういうことか」

「わかった?」

 

 確かにそれは嫌だ。やられたほうはきっと寂しいし自分では力になれないのかと落ち込むことだろう。私がやったのはつまりそういうことだ。

 

「なんか、その、すまん」

「ううん、全然気にしてなんかないよ。だけど今度似たようなことあったらちゃんと言ってほしいな」

「ああ」

 

 私の返事に皆が笑みを浮かべた。思い出した時に皆に言っていれば皆で誕生日を祝うこともできただろうに。やはり一人で突っ走る癖はまだまだ治りそうもない。

 

「じゃ、臼井さんにはまた罰ゲームやらせるとして、どうする?」

「何がじゃだカルマ、というかそろそろ私が何かやらかすたびに罰ゲームを科せるのは止めろ。もう飽きた」

「ちぇ」

 

 舌を出しいたずらが失敗した時のようにそっぽを向く。こいつは相変わらずぶれないな。まあいい、皆の反応からしてやろうとすることは簡単に想像がつく。

 

「いい加減烏間先生ともくっ付いてほしいし……ここはいっちょ盛り上げてやりますか」

 

 誰かが呟く。普通、ただの英語教師にここまでのことはしないだろう。だが、それをするのがE組だ。ニヤニヤと笑う男子達。そんな姿に私はほんの少しだけ違和感を抱くのであった。

 

 

 

 

 

「あの花屋の人優しくて良い人だったね」

 

 山道を歩きながら隣にいる花束を抱えた渚が呟く。あれからの皆の行動は迅速だった。すぐさま時間稼ぎ班とプレゼント購入班に皆を分けビッチ先生の誕生日記念の準備を進め始めた。

 

 買い出し班に入った私は渚達と一緒に街に赴きそこで薔薇の花束を買うことにした。その際にまた花屋の世話になることになった。聞けば松方さんの件で救急車を呼んでくれたのも彼らしい。

 

「ああ、そうだな……」

 

 渚の言うとおり間違いなく良い人のはずなのだが、何故だか私は違和感がぬぐえなかった。彼と話している際に絶えず何かに当てられているような感覚に襲われていた。

 

「どうかしましたか臼井さん?」

「いや、なんでもない……」

 

 心配する奥田に首を振って否定する。きっと気のせいだとは思うが、私はあの感覚を知っているような気がするのだ。そう、知っているはずなのだ。だというのに思い出せない。言葉にすることができない。ああ、駄目だ。

 

「それよりもだ。本当に烏間先生から渡させるのか?」

 

 もやもやした気持ちを切り替えるためにさっきから考え続けていた疑問を打ち明けた。結局私たちはプレゼントを買うことができた。それは自体は問題ない。問題はそのプレゼントの贈り方にあった。

 

「おいおい、なんのために俺らがこんなことしてると思ってんだよ。烏間先生とビッチ先生をくっつけるためだぜ?」

 

 杉野が笑いながらそう言うが、本当にこのままでいいのだろうか。やることは簡単だ。烏間先生に花束を渡しそれをビッチ先生に贈る。確かに先生は喜ぶだろう。ばれなければの話だが。

 

「私達が直接渡すのでは駄目なのか?」

「いや、それやったら意味なくなんだろ」

「だが、こういうのは自発的にやるべきことであってだな……」

 

 これではまるでビッチ先生の心を弄んでいるようではないか。それとも私の気にしすぎなのだろうか。私が知らないだけでこういうのが普通なのだろうか。

 

「臼井さん気にしすぎですよ!ビッチ先生絶対喜びますって!」

「うーん、そうなのか……」

 

 興奮する奥田に押され思わず頷いてしまう。結局違和感は拭えないままみるみるうちに校舎に近づいていく。

 

「じゃ、ここからはばれないように静かにね」

 

 カルマの言葉に皆が頷く。何か悪い予感がする。胸に伝来する嫌な感覚に身体を震わせた。

 

 

 

 

 

「……どうせこんなことだろうと思ってたわ」

 

 職員室の窓を開き、中からビッチ先生が私達を睨みつける。その瞳には明らかに怒りの感情が浮かんでいた。

 

 結論から言うと、私の予想通り皆の目論見はビッチ先生にばれてしまった。それは烏間先生の言った言葉のせいか、それとも私達のせいか、どちらにせよ私達は先生の逆鱗に触れてしまったのだ。

 

「普通に考えればあいつが花束なんて粋な真似するわけないものね」

 

 一瞬悲し気な表情を浮かべ先生が私を見た。先生は今どんな気持ちなのだろうか。私には推し量ることはできない。グラスから零れた酒はもう飲むことはできない。なかったことにはできない。

 

「ほんとお笑いよ。この私がガキどもの考えた下らないシナリオに踊らされるなんて」

「ビッチ先生ちが──」

 

 誰かが咄嗟に言った言葉に先生の目が見開いた。先生の腕がジャケットの中に差し込まれる。そして抜きだされる銀色に光る一挺の……

 

「──ッ!」

 

 そこから先の行動は半ば無意識だった。瞬時に立ち上がり突貫、横から割り込むようにデリンジャーを構える右手を握りしめ、皆に向けようとしていた銃口を空に逸らす。

 

「なっ!?」

 

 流石に先生も私の動きにはついていけなかったようだ。目を白黒させ私とデリンジャーを交互に見る。念のため撃鉄は指で抑え込んでいる。どうやっても撃つことはできない。

 

「な、なにすんの──」

「それだけは、駄目です」

 

 睨むわけでもなくただ目を見つめる。痛いほどの沈黙が裏山を包み込む。この人は今、絶対にやってはいけないことをやろうとした。

 

「は、離しなさいよ!」

 

 銃を扱う人間にとって絶対にやってはいけないこと、それは仲間に銃口を向けることだ。銃口を向けていいのは殺す相手と壊す物だけ、これは戦う者として守らなければならない絶対の掟だ。

 

「撃ったら、終わりです」

 

 一度引金を引いてしまったらもう後戻りはできない。どんな理由があろうとこの人は私の敵になる。そんなことには断じてさせない。この人はもう殺し屋じゃない、私達の大事な先生だ。

 

「もう一度言います。撃ったら、終わりです」

 

 私の雰囲気に呑まれたのかデリンジャーを握る手から力が抜ける。その隙に空いた手で先生の手を捻りデリンジャーを奪い取る。すぐさまラッチを押し下げ上下二連装の銃身から22マグナム弾を抜き取る。

 

 そして無力化したデリンジャーを先生に差し出す。彼女はしばらく私を見つめた後、黙って銃を受け取った。そして私に向き直った。

 

「な、何よ……」

 

 頭が冷えたのか、それとも自分がやろうとしたことの大きさに気が付いたのか、伏し目がちに私を見る。その姿はまるで母親に叱られる子供のようだった。

 

「イリーナ先生、貴方が怒る気持ちも分かります。でも、それだけは駄目だ」

 

 銃はただの鉛の塊を飛ばす道具じゃない。銃口の重みは人を殺したことがあるものにしか理解できない。

 

「一度引金を引いてしまえば、貴方がここで積み上げてきたもの全てが水泡に帰します。楽しかったことも、嬉しかったことも、辛かったことも、全部消えてなくなる。こんな下らないことで失っていいものじゃない」

 

 ここでの思い出が、こんなつまらない喧嘩で終わっていいものであるはずがない。きっと何か理由があるのだろう。そしてその理由は私とそう変わらないだろう。

 

 目を見ればわかる。この人は私と同じだ。どこかに大事なものを落としてきてしまった悲しい人間。こうなることでしか生きることができなかった、そんなどこにでもいるただの人間だ。

 

「イリーナ先生」

 

 全員の視線が私達に注がれる。殺せんせーは黙って私達を見るだけだ。何を考えているかはわからないが、今はそれが最善だろう。

 

「…………頭冷やしてくる」

 

 私の思いが通じたのか、それとも顔を見たくないほど嫌いになったのか、一言呟くと背先生は私達に背を向けた。

 

「さよなら烏間、花束……嘘でも嬉しかったわ」

 

 去り際に押し付けられる花束。風に揺られ、花びらが虚しく散っていく。私達はただ、去っていく背中を見守ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「はぁ……」

 

 夕暮れに染まる街を歩きながら一人溜息をつく。あれからビッチ先生は帰ってこなかった。殺せんせーは明日にでもなれば戻ってくるだろうと言っていたが、本当にそうなのだろうか。

 

「なんだかな……」

 

 重い脚を引きずりながら思惟する。ビッチ先生が激昂した理由は間違いなくその前にあった烏間先生とのやり取りのせいだろう。

 

 最初で最後の誕生日祝い、花束を渡しながらあの人はそう言った。任務が終わればもう二度と会うことはないと言っているようなものだ。一人の恋する女性に対する言葉としてはあまりにも浅慮で思いやりがない。

 

「気付いたうえであの対応だからなあ……」

 

 仕事に私情は持ち込まない。プロとしてなら当然の心構えだ。だが、あまりにも冷たすぎる。地球の未来を背負っている以上、生半可な覚悟では足を引っ張るだけなのは理解できるが、ここがそんな硬い場所じゃないのは烏間先生だって十分に理解しているはずだ。

 

 せっかく新しいスタートを踏み出そうとした矢先の出来事に両肩が重くなるのを感じる。ビッチ先生に連絡をしようにも携帯電話の電源を切っているのか全く通じない。最悪律に頼んで町中の監視カメラをハックしてもらう必要があるだろう。

 

「普通に明日帰ってきてくれればいいんだがな……」

 

 そんなことを考えていると私の借りているアパートが見えてきた。2ldkと個人で住むには些か大きいアパート、住み慣れた私の家。しかし、どこか様子がおかしい。勘に従い慎重に玄関に向かっていく。

 

「テープが剥がれてる……」

 

 出かける際、必ず扉と枠を跨ぐような形でセロハンテープを張っている。侵入者対策だ。帰ってきた際にテープが剥がれていなければ問題なし、仮に剥がれていた場合は何者かが侵入したということだ……

 

「まさか……」

 

 バックパックからVP9を取り出し後端のボルトを操作、麻酔弾を装填する。万が一にもドア越しに撃たれないために左側に立つ。そして恐る恐るドアノブに手を伸ばした。

 

「……爆薬は仕掛けられていないようだな」

 

 捻った感触はいつも通りだ。まだ安心はできないが開けた瞬間にドカンということにはならないだろう。ゆっくりと扉を開く。予想通り鍵は解錠されていた。

 

「…………」

 

 VP9をエクステンデッドで構え、息を殺し中に侵入する。そしてすぐさま違和感に気が付いた。いや、私でなくても気が付くだろう。

 

「シャワー音……」

 

 何故かバスルームからシャワーの音がしてくる。しかも水音に混じって聞き覚えのある鼻歌まで聞こえる始末だ。

 

「この服……」

 

 明らかに見覚えのある人間の服が床に転がっている。サイズの合っていないジャケット、短すぎるスカート、そして下着……まだ油断はできないが、身体の力が一気に抜けるのを感じた。

 

「……はぁ」

 

 やり場のない感情を脇に追いやりバスルームのドアに拳を叩きつける。最早ノックではなくただのパンチになっているが、気にしない。

 

『あら、速いじゃない』

 

 シャワーの音が鳴りやみ足音と共に布の擦れる音が聞こえてくる。開かれる扉、湯気と共に現れる人影。

 

「お帰りなさい祥子、シャワー借りてるわよ」

 

 身体から湯気を立ち上がらせながら侵入者は悪びれもせずにそう言い切った。

 

「……あの、何してるんですか……ビッチ先生……」

 

 私は大きな、それは大きな溜息を吐き出すのであった。

 

 

 

 

 

 プルタブが開く。缶に充満していた炭酸ガスと共に麦とアルコールの匂いが立ちこめた。

 

「ぷっはー!やっぱ日本のビールは不味いわねえ!」

 

 缶ビールを一息で飲み干したビッチ先生は明らかに一致してない表情でそう言った。これで五本目である。

 

 テーブルの脇にはウィスキーの詰まった酒瓶。こんなもの私は持ってないので自前なのだろう。

 

「にしてもあんた、戸締りちゃんとなさいよ。タンブラー錠一つって……あと、あのテープ、あれ侵入者対策のつもり?あんなのいくらでもごまかせるわよ」

「現在進行形で不法侵入している貴方にだけは言われたくない」

 

 ピッキングツールらしきものを指で回しながら悪びれもせず言い切る。ここまで堂々としていると逆にこちらが間違っているんじゃないかと思ってしまう。

 

「それと何よあの色気のない下着、小学生かっての!」

「普通に怒りますよ」

 

 勝手に人の家に入り込んで物を漁っておいてこの言いぐさである。呆れを通り越して感心すら抱く。というかかなり酒臭いぞ。多分相当酔ってるな。

 

「で、もう白状してくれませんか?」

「なんで、私があんたの家にいるのかってこと?」

「それ以外にあるわけないでしょ……」

 

 恐らくあの後自棄酒をして、酔った勢いで私の家に来たのだろう。何故私の家に来たのかが疑問だが。そんな質問に先生は恥ずかしいのか、私から目を逸らした。顔が赤いのはきっと酒のせいだけじゃない。

 

「酒飲んでる時に何となくあんたの顔が浮かんで……」

 

 やはり酒を飲んでいたようだ。私も人のこと言えないが若いのにそんなに飲んでいいのだろうか。

 

「……あんただけなのよ、ちゃんと誕生日祝ってくれたの」

「私が事前に言っていれば……皆も必ず祝ってくれたと思います」

 

 あの時誰にも言わなかったのは間違いだった。皆で祝っていればこんなことにはならなかっただろう。烏間先生のことだって少し怒るくらいで終わったはずだ。だからこれはきっと私の責任だ。

 

「そんなのなんの慰めにもならないわよ……」

「まだ、怒ってますか?」

 

 その問いかけに力なく首を振る。けれど先生の立場に立ってみれば好きな男性と好きな子供たちに裏切られたに等しい。はっきり言ってやり方が不味かったと言うほかない。

 

「別に、あんなガキの悪戯でキレるほど子供じゃないわ……」

 

 悪気がないのなんて先生だってわかっているのだろう。けれども頭ではわかっていても心が納得できない。きっとそういうことだろう。

 

「けど、やっぱりあいつらとは住んでる世界が違う……」

 

 苦虫を噛み潰したように、その綺麗な顔を歪ませる。やっぱりこの人は私と同じだ。住んでいる世界が違う。それを思い知らされたのだ。

 

「ねぇ……なんであんたは平気なの?」

「何が、ですか」

 

 聞きたいことなんてわかっている。立場や状況が違えどこの人は私と同じ。そう、人殺しだ。E組の触手と粘液が飛び散る優しい暗殺なんかじゃない。血と臓物に塗れた正真正銘の人殺し。

 

 白を切った私の言葉に先生の目が見開いた。テーブルに叩きつけられる綺麗な拳。その青い目が私を睨みつける。

 

「ッとぼけんじゃないわよ!あんただって!たくさん殺してんでしょうが!」

 

 何も言わずただ先生の吐き出す言葉を心に刻む。その通りだ。私は数えきれない数の人間を殺している。恐らく先生よりも遥かに多くの人間をこの手で終わらせてきた。

 

「なんでそんな楽しそうに笑ってられんのよ!おかしいじゃない!!」

 

 そこまで言って先生はしまったと言わんばかりに口を噤んだ。その目には明らかに後悔の念が浮かんでいる。

 

「その……ごめんなさい……」

 

 今言ったことがどれだけ酷いことなのか、他ならぬ先生が一番理解しているはずだ。自分から好き好んで人を殺す人間なんて殆どいない。

 

 誰だって人なんて殺したくないに決まっている。けれど、皆そうするしかなかった。そうならざるを得なかった。そうじゃないと生きることさえ許されなかった。

 

「大丈夫ですよ。貴方が本心からそんなことを言う人間じゃないのはわかってます」

「……ありがと」

 

 普段はビッチだの散々な言われようだが、この人の本質は限りなく善だ。他者を思いやり仲間の傷に心を痛めることのできるそんな優しい人だ。

 

「私、多分あんたに嫉妬してたんだわ……」

 

 静まり返った部屋に先生の呟きが木霊した。思いがけない言葉に思わず首をかしげる。私なんかよりもこの人のほうがよほど立派な人間だと思うんだがな。

 

「私よりも殺してて、私よりも酷い目に遭ってるのに、私よりも楽しそうにしてる。そんなあんたを心のどこかで妬んでた……」

 

 そうやって溜息をつく先生はとてもじゃないが凄腕の女殺し屋なんかには見えない。私の目の前にいるのは、まだ21歳になったばかりのどこにでもいる、ただの普通の恋する女性だ。

 

「まったく、7歳も年下のガキに嫉妬するなんて情けないったらありゃしないわ……」

「別に、それが普通だと思いますよ」

 

 普通に生きていたら妬みもするし、羨みもする。妬むということは、それだけ現状に不満があるということだ。自分と他者の違いに気が付き、どうして自分にはあれがないんだと考える。そして欲しくなるが手に入れることができない。

 

「それが当たり前なんです」

 

 何も求めず、ただ与えるだけなんて、生きているとは言わない。それはただの機械だ。けど私達は機械じゃない。温かい血の通った人間だ。

 

 でも、冷たくなっていく死体を見続ける内にそんな当たり前のことすら忘れてしまう。血は人を生かすためにあるのに、いつの間にか人を殺す時に流れる副産物だと思い込む。

 

「さっき何故平気なのかって言ってましたよね」

 

 私の問いかけに気まずそうに頷く。やはりこの人は殺し屋に向いていない。私と同じだ。本当なら人を殺せるような性格じゃないのだろう。

 

「別に、平気じゃないですよ。何度も考えます。私が幸せになっていいのかって、こんな血塗れの手で何を握るのかって」

 

 その言葉を噛みしめるように後ろ髪のリボンを両手で触る。あの時のカエデの優しい笑顔を思い出す。私が折れないのはきっと彼女や皆を裏切りたくないからだ。

 

「だけど、もう諦めたくないんですよ。今までやりたかったことも、欲しかったものも、全部諦めてきた。自分で決めた道だって何度も何度も自分に言い聞かせて……」

 

 そうやって言い聞かせているうちに本当の自分の気持ちを忘れてしまった。やっと思い出すことができたけど、失った時間は帰ってこない。だからこそ未来は自分の手で掴む。

 

「自分に嘘をつくな。貴方の師匠が言った言葉です」

「師匠がそんなことを……」

 

 何故あの人が先生をこの道に導いたのかはわからない。でも私に言った言葉を鑑みるに、あの人はあの人なりのやり方でビッチ先生を助けようとしたのかもしれない。間違いなく悪人ではあるが、決して屑ではない。

 

「貴方はどうしたいんですか?」

 

 言い訳や理屈なんて幾らでも言えるが、最後にものを言うのはやはり自分の本心だ。しがらみや過去を取り払った剥き出しの願い、それこそが私達を人殺しの呪縛から解放する。

 

「…………わからないのよ」

 

 小さく呟く。その気持ちは痛いほど理解できる。ここでの生活は楽しい。だけど、殺し屋としての生き方も捨てたくない。

 

 誰だってそうだ。必死に、それこそ命を掛けて積み上げてきたものをそう簡単に捨てられるものか。そんな簡単に捨てられるほど私たちの過去は軽くない。

 

「じゃあ、一緒に考えましょう。幸い時間は幾らでもありますから」

 

 どっかのお節介な教師が言ってくれたように、手を握り優しく語り掛ける。私にチャンスがあるのなら、この人にだってチャンスはあるはずだ。

 

「ふふ、もう半年もない癖によく言うわ」

「半年もあれば十分ですよ。私がそうだったようにね」

 

 人なんて切っ掛けがあればそれこそ一日で変わる。永遠に変わらないものなんて存在しない。知ってしまえば戻れない。私達は陽だまりの暖かさを知ってしまった。とどのつまりはそういうことだ。

 

「はぁ……酔いに任せてとんでもないこと言っちゃった気がするんだけど……」

 

 この人の本心をここまで聞いたのは私が初めてなのではないだろうか。それだけ私に心を開いてくれているのかと考えると責任を感じると同時に嬉しく思う。

 

 不法侵入もこの人なりのSOSだったのかもしれない。不器用でプライドが高いこの人が素直に私の前に現れるとは思えない。だから今日のところはなかったことにしておこう。それともっとセキュリティ強化しないと……

 

「髪、伸びたわね」

 

 先生が私の頭を見てそう言った。最後に切ったのは三カ月前だ。切に行くとしたらちょうどこの時期だろう。

 

「また、切ってあげないと……」

 

 お互いに黙り込む。静かすぎるのは嫌いだが、この沈黙は嫌いじゃない。時計の針に目が行く。既に時刻は7時に差し掛かろうとしていた。

 

「やだ、もうこんな時間。そろそろお暇するわ」

 

 私の視線に先生が振り返り目を見開いた。そして立ち上がるその瞬間、主に胃から出る酷く生理的な音が鳴った。私ではない、音の方向に目を向ける。酷く顔を赤くしたビッチ先生が腹を押えていた。

 

「……夜ご飯、食べます?」

「…………お願いします」

 

 長い沈黙のあと、懇願するように呟いた。もしかして、昼から何も食べていないのだろうか。私もあれだが、この人も大概だな。

 

 

 

 

 

 それから私たちは色々なことを語り合った。烏間先生の愚痴からはじまり、過去のこと、これまでのこと、お互いが似たような境遇を持っているせいか、今まで誰にも言わなかったことすら言ってしまった。

 

 地雷原を歩かされたことや食事にコカインを混ぜられたこと。捕まって拷問されたことやカエデ達にはとてもじゃないが言えないようなことも、この人になら不思議と話すことができた。

 

 先生がその手のプロというのもあってか私は吐き出すように次々と過去を告白した。これではどちらが相談しにきたのかわからない。

 

「私はこれで帰るわ。あんたも早く寝なさい、そ、それと……」

 

 玄関の前で先生が恥ずかしそうに言い淀む。言いたいことはわかる。こんな姿誰にも知られたくないだろう。

 

「わかってます、誰にも言いませんよ」

「ほんとに誰にも言わないでよ!特にあいつには!」

「口の堅さには自信があります。なんせ爪を剝がれても情報は吐きませんでしたからね」

 

 文字通り何をされようが決して情報は吐かなかった。私より口の堅い人間は精々死人くらいだろう。そう言うと先生は頭を押えて深い溜息を吐いた。

 

「あんたのその唐突に重い自虐挟む癖止めてちょうだい。聞いてるこっちは何一つ楽しくないから」

 

 狭間にも同じようなことを言われたのを覚えている。自虐というつもりはないのだが、他人にはそう聞こえるらしい。

 

「気を付けます。それで、先生は明日来るんですか?」

「学校のこと?そりゃ行くに決まってるじゃない」

 

 驚いた。烏間先生にはさよならって言っていたしもう二度と来ないんじゃないとさえ考えていた。故にこの言葉は予想外だった。

 

「まさか拗ねて来ないとでも思った?ガキじゃあるまいしそんなことするわけないでしょ」

 

 思ってたなんて言えない。というか癇癪起こしてデリンジャー撃とうとした人が言っても説得力がない。まあここで言うとまた面倒なことになりそうだから止めておこう。

 

「わかりました。では、また明日」

「ええ」

 

 10月の寒空の下、先生が去っていく。烏間先生のことは気にはなるが、まあなんとかなるだろう。その時はちゃんと応援してあげればいい。

 

「先生!」

 

 小さくなる背中を呼び止める。言い忘れていたことがあったからだ。小さくなった背中が振りかえる。その顔は晴れやかだった。

 

「今まで皆が色んなことを言ってくれましたけど、お帰りって言ってくれたのは貴方が初めてです」

 

 誰かが自分の帰りを待ってくれることが、こんなにも温かいことだとは知らなかった。私は独りじゃない。その意味を改めて噛みしめる。

 

「えと、それだけです。じゃあまた明日」

 

 先生は何も言わず笑顔で手を振ると去っていく。

 

 そしてこの姿が、私が見た最後の先生の姿だった。

 

 

 

 

 

「烏間先生、少しいいですか」

 

 放課後、私は職員室で烏間先生と対峙していた。当然ビッチ先生のことだ。あれからもう二日目になる。来てくれると約束したのに、あの人は来なかった。携帯電話も連絡が付かない。

 

「どうしたんだ?臼井さん」

「ビッチ先生来てませんよ……」

「……そのようだな」

 

 PCと睨みあいながらの無関心な返答に少しだけ苛立った。この感情がお門違いなのことは理解している。

 

 あくまでこの人は地球を救うことが目的であって、同僚の行方など二の次だ。けれど、あの私に見せてくれた優しさはどこに行ってしまったというのだろうか。

 

「一昨日、私の家にビッチ先生が来たんですよ」

 

 私の言葉にキーボードをタイプする指が止まった。それでもこちらを向かない。徹底的に我関せずを貫くというわけか。もしかしてこの人も焦っているのだろうか。

 

「また明日って、言ったんですよ。なんで来てないんですか……」

「それは、本当か?」

「こんなことで嘘つくと思いますか?」

 

 一日ならまだ勇気がないとか恥ずかしいとかで理由付けできるだろう。だが、これは明らかに異常だ。何かあったと考えるのが妥当だろう。あの時私が近くにいれば……そう思わずにはいられない。

 

「ここだけの話だが、一カ月ほど前からロヴロと連絡が取れなくなっている」

 

 唐突に告げられる衝撃の事実。ロヴロはビッチ先生の師匠だ。偶然にしては出来過ぎていないだろうか。何だか嫌な予感がする。

 

「君の言ったことが事実だとするのなら、もしかしたら二人の身に何かがあったのかもしれない。臼井さんも気を付けておいてくれ」

 

 私も殆ど形骸化しているが一応殺し屋という扱いになっていると聞く。暗に矛先が私に向くかもしれないと言いたいのだろう。だけど……

 

「それだけですか……」

「そうだ」

 

 たった一言。厳しい人だとは思っていたが、まさかここまで情がない人だとは思わなかった。いや、これが当たり前なのか。一昔前の私なら同じようなことを思っただろう。

 

 苛立ちが大きくなる。

 

「イリーナは君とは違う、プロだ。あいつは自ら望んでこの世界に足を踏み入れた。当然自分の身に災難が降りかかることも想定していたはずだ」

 

 だから自己責任、この人はそう言いたいのだろう。確かにその通りだ。撃っていいのは撃たれる覚悟のある人間だけだ。殺すからには殺される覚悟がなくてはならない。でも……

 

 思い出すのはあの人の悲哀に満ちた叫び。あの人もまた理不尽に人生を滅茶苦茶された被害者だった。

 

本当に……思っているんですか?

「すまない、よく聞き取れなか──」

 

 耐えきれなかった。座っていた烏間先生の胸倉を掴み持ち上げる。椅子が倒れ大きな音が鳴り響く。先生が珍しく驚きに目を見開く。

 

「本当に、あの人が望んでああなったと思っているんですか!」

「う、臼井さん?」

 

 戸惑う先生を無視して感情のままに叫ぶ。こんなことをしても何の解決にもならないのはわかっている。

 

「確かに殺したのは私達の意思です!けど私達が本当に望んでこんなことしてると思ってるんですか!!そんな訳ないでしょ!!本当は殺したくなかった!戦いたくなんてなかった!普通に生きたかった!!」

 

 感情が爆発する。怒りの矛先が間違っているのわかっている。先生の言っていることは全て正論だ。けれどそれで割り切れる程私は大人じゃなかった。

 

「でも、そうするしかなかった!それしか道がなかった!殺さないと生きることさえ許されなかった!!そうやって、仕方なかったって心の中で言い訳して、何十回、何百回と自分に言い聞かせて…………」

 

 視界が滲んでいく。私が勝手に自分の境遇を重ねて同情しているだけなのはわかっている。ビッチ先生からしたらとんだ迷惑だろう。ふざけるなと言われたって文句は言えない。

 

 とどのつまりこれはただの八つ当たりだ。下らない子供の癇癪。頭が急激に冷静になっていく。

 

「その……すいません……」

 

 スーツの襟から手を離す。烏間先生は何も言わなかった。手で涙を拭い黙って廊下に向けて足を運び、廊下の手前で立ち止まる。

 

「確かに、あの人はプロです。でもね、プロだって人間なんですよ……痛ければ泣くし、楽しければ笑う。そんなどこにでもいる普通の人間なんです……」

 

 イリーナ先生も、烏間先生も、そして私も、ただの人間だ。理解してほしいなんて思ってはいない。ただ知ってほしかった。

 

「それだけです言いたいことは。申し訳ありませんでした……また明日……」

 

 再び歩き出す。涙はまだ止まらなかった。

 

 

 

 

 

 次の日もビッチ先生はこなかった。E組のいつもの明るさもどこかに消し飛び、暗く重い空気が漂っている。

 

「ビッチ先生大丈夫かな……」

 

 片岡が呟く。こんな肝心な時に殺せんせーはサッカーの観戦に行ってしまった。何かあったとしてもあの人の速さなら一瞬で駆けつけられるが、今回ばかりは少しだけ苛立ちを覚える。

 

 烏間先生も殺し屋の面接があると言って出かけてしまった。去り際に昨日のことは気にしていないと言ってくれたが、それでも気分は晴れない。

 

「私のせいだ……」

「そんな!臼井さんは何も悪いことしてないじゃないですか!」

 

 皆には既に先生が私の家に来たことを話している。ビッチ先生には言うなと言われたが、今回ばかりは仕方がない。律に頼んで街中の監視カメラを捜査してもらったが、見つけることは叶わなかった。

 

「俺も奥田の意見と同じだ。臼井は何も悪くないだろ」

 

 千葉の言葉にカルマや菅谷、イトナまでも頷く。確かに理屈ではその通りだ。あとからならなんとでも言える。

 

「その通り彼女は何も悪くない」

「ですよね!だから臼井さん元気出してください!」

 

 励まそうとする奥田の声なんて耳に入らなかった。私は当たり前のように会話に混ざり込んだ異物に目が釘点けになった。

 

「──ッ!?」

 

 さも当たり前のように皆の間をかき分け教壇に向かっていくそれを見て私は背筋が凍った。だが誰も気が付かない。

 

「本当は二人とも捕まえるつもりだったんだけど気が変わったんだ。だから気を落とさないでいいよ」

 

 まるで馴染みの担任のように花束を携えたそいつは、それはそれは自然に教壇に立った。明らかにおかしな光景なのに誰もそれに気が付かない。その事実に背筋が凍った。

 

「はじめまして、僕は死神と呼ばれる殺し屋です」

 

 奴はそうやってニコリと笑った。

 

 

 

 

 

 皆がようやく異物に気が付き、驚愕に打ち震えるなか、奴は得意気にビッチ先生を誘拐したと宣言した。ご丁寧に律に画像まで送ってだ。

 

 画面に映る縛られたビッチ先生を指さしながら、奴は返してほしければ誰にも伝えずに私達だけで奴が指定した時間と指定した場所に来いと一方的に突きつけた。

 

 そして来ないのなら先生を28分割して私達に届けると、次の餌が私達になるとも言っていた。大層なことを言っていたが、要するにこれは殺せんせーを釣るための餌だ。

 

「いやあ、それにしても臼井さんは本当に凄いね。この前も僕に気が付きかけていたし、今もすごい警戒している」

 

 死神と名乗る糞野郎は私を指さしてそう言った。こいつの顔には見覚えがある。あの時の花屋だ。

 

 ここにきてようやく私はあの時の違和感の正体に感づいた。あれは殺気だったのだ。恐らく私が買った鉢植えや皆が送った花束にも何か仕込まれているだろう。

 

「他の皆は警戒できてないのにね、長年の経験のお陰かな?」

 

 奴の恐ろしいところはこの異常なまでの自然体、まるで草花だ。殺気もなければ動機もない、あっても察知できない。だから動けないし警戒できない。私が警戒できるのは偏に長年の経験の賜物に他ならない。

 

「コードネーム、ハードラック。通称シリアの黒い悪魔…………まさかこんな日本の中学校で勉強してるとは思わなかったよ。僕は運がいい」

 

 何がいいのか知らないが、私の過去はリサーチ済みといったところか。パーソナルデータは粗方調べられているに違いない。

 

「さっきから黙って聞いてりゃ調子のいいこと吹かしやがって、誘拐犯さんよぉ」

 

 いつの間にか復活した寺坂と村松と吉田が拳を鳴らしながら死神を取り囲んだ。その様子に心の中で舌打ちする。油断し過ぎだ。

 

 敵地のど真ん中に単身で乗り込むということは、それだけ自信があるということだ。たかが中学生など相手にならない、そう確信しているから平気な顔をできる。私が離島でホテルに乗り込んだのと同じことだ。

 

「ここでボコしてやってもいいんだぜ?」

 

 額に青筋が浮かんでいる。彼もかなり怒っているようだ。まあ、私も何だがな。今でこそ行儀よく座っているが、いつ噴火するか……

 

「何か勘違いしてるようだね寺坂君、僕は人間じゃない。人間が死神を狩るこ──」

 

 一閃、カーボンスチールのコンバットナイフが男の真横を通り抜け黒板に突き刺さった。いや、正確には避けられたと言うべきか。

 

「危ないじゃないか」

 

 投げたのは私、皆が驚いて私に振り返った。死神の目が私を射抜く。かなりの速度で投げたはずなのに平然としている。動体視力も一流のようだ。

 

「クラックのやりすぎで誇大妄想にでも取りつかれたか?サイコ野郎」

 

 私の殺気に奴はそれは楽しそうに笑った。こいつにとってこの程度遊びでしかないというわけか。

 

「その目……まるで猟犬みたいだ。いや野良犬って言ったほうがいいのかな?」

 

 野良犬、決して間違っていない。戦場から戦場を渡り歩いていた私は間違いなく野良犬と言えるだろう。だが、こいつに言われるのは癪に障る。

 

「黙れよパラノイド、お前はただの人間だよ」

 

 死神の名は私だって知っている。伝説の殺し屋、てっきり御伽話の類いだと思っていたが……まさかここまで堂々とその名を騙る奴がいたとはな。

 

「もしあの人に手を出してみろ……」

 

 ジャケットを捲り腰のM&Pを引き抜きセーフティ解除、アイソセレスで構えサイトを奴のニヤケ面に合わせる。793グラムの重みに頭の中のスイッチが切り替わった。

 

「八つ裂きにして、骨以外全部食ってやる」

 

 きっと私の目は化物のようにギラギラと光っているのだろう。久しく忘れていた感覚、殺意は異常なまでに昂っているのに、頭はこれ以上ないってくらい冷え切っている。

 

「うん、いい殺気だ。じゃあ楽しみにしてるよ」

 

 まるでゲームを始める前の子供のようなそんな笑みを浮かべ死神は花束を宙に放り投げる。爆薬だ!私は咄嗟に叫んだ。

 

「全員伏せろ!!」

 

 鍛えられているだけあって皆の反応は素早かった。私とほぼ同じ時間で床に伏せ爆発に備える。が、私の予想に反して窓から聞こえる草木の揺れる音以外何も聞こえない。いつも通りの長閑な旧校舎だ。

 

 ゆっくりと立ち上がり死神のいた教卓を睨む。さっきまで居たはずの死神は影も形もなかった。まるで初めからそんな存在などいなかったように。

 

 銃を構えながら移動、いつの間にか開いていた窓を警戒する。どうやらここから逃げたらしい。五感を研ぎ澄ましても皆の気配以外何一つ感じられない。

 

「ッ逃げられたか……」

 

 退路くらい確保しているに決まっているか。セーフティを掛け直し銃を腰のホルスターに戻す。振り返り床に落ちた物を見る。三日前の花束と地図、そして盗聴器らしき機械。全て計算済みというわけか。

 

「祥子……」

 

 心配するカエデと皆の視線を無視して黒板に刺さったままのナイフに向かう。全力で投げつけたせいで5センチほど突き刺さっている。

 

 逆手で引き抜き黒塗りのナイフを眺める。何がこの力は守るために使うだ。何も守れてないじゃないか。死神への怒りと、自分の不甲斐無さ、それらがぐちゃぐちゃになり噴火する。

 

「畜生ッ!!」

 

 罵声と共にナイフを教卓に突き刺す。あまりある力によって教卓の木板が真っ二つに割れた。誰かが悲鳴を零す。

 

「…………畜生」

 

 やるせない気持ちを抑えきれずもう一度拳を振り上げる。だが、その拳は誰かに掴まれた。思わず振り返る。寺坂だった。

 

「落ち着けよ臼井、今はキレる時じゃねえだろ」

 

 真剣な眼とその言葉に周囲を見る。誰もが怯えていた。死神のせいではない。この惨状はどう考えても私のせいだ。皆のその視線に頭が急激に冷やされていく。捕まれていた手を離され左手が宙に揺れた。

 

「…………すまない」

 

 教卓だった物体に突き刺さっていたコンバットナイフを腰のシースに戻し、目頭を押さえる。彼の言う通りだ。今は激昂する時ではない。

 

「で、てめぇはどうすんだよ?」

「え?」

「このまま黙ってあの糞野郎の言いなりになるのか?お前はそんな奴じゃないだろ」

 

 そうだ、私はいつだってそうしてきた。まだあの人は生きている、なら助けられる。後悔なんて後ですればいい。

 

「あのビッチが大事なんだろ?だったら落とし前つけに行こうぜ」

「……ああ!」

 

 力強く宣言する。覚悟は決まった。やることは一つしかない、拳を強く握りしめ皆を見る。誰もが同じ顔をしていた。考えることは同じというわけか。

 

 頬を叩きつけ気を入れ替える。私は銃から逃げようとしている。だが、銃は私を逃がしてはくれないようだ。

 

 

 




用語解説(久々やでぇ……)

M80
米軍の標準的な7.62mmのフルメタルジャケット(鉛の芯を銅でコーティングした弾頭)弾。自動小銃用に開発されたけど明らかにデカすぎる。

NIJレベルII
9mmルガーと.357マグナムのJSP(先端だけ鉛剥き出しの銅コーティング弾頭)弾を防げる。

3Dカモフラージュ
リアルツリー社が販売している特殊な迷彩。これ着て木の上いたらガチで気が付かない。一言で説明するとリアル隠れ身の術。

デリンジャー
不二子が持ってるアレ、とっくの昔に特許が切れてるので色んな会社が作ってる。原作は明らかに.41ショート弾仕様だけど、流石にそんな骨董品のクラスの弾薬なんて売ってないので22口径に変更。

.22マグナム
.22lr弾の強化番、元が小指よりも小さい弾なので威力はお察し。それでも急所に当たれば余裕で殺せる。

主人公のナイフ
特にモデルなし、防錆処理済み6.6インチ炭素鋼ブレード、フルタング、ラバーハンドル。ドイツ人の職人による特注という(超どうでもいい)設定。

クラック
粉状に精製したコカイン、犯罪映画でガラスパイプで炙ってるあれ。ヤバい。

次回予告(嘘)

「何が始まるんです?」
「地下がドンパチ賑やかになる」

番外編も順次更新しているのでよかったら見ていってください。あと近々移行するつもりなのでその時は通知します。
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