【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、やっぱこの子だけ青年誌ですわ。

※一万四千文字オール戦闘シーン(白目)


五十八時間目 狂気の時間

 薄暗い通路をR0991を構えながら細心の注意を払い進む。あれだけはっきりと殺すと言ってきたのに奴は一向に姿を見せない。

 

 当たり前だ。これは殺し合い、戦いじゃいない。どんな手段を使おうが相手の生命活動を停止させればいいだけの簡単なゲームだ。私のバイタルゾーンに銃弾でもナイフでも何でもいい、とにかく致命的な損傷を与えればいいのだ。

 

 右へ左と通路を通り抜けていく。今はまず上を目指そう。ここがどんな施設なのかは見当がつかないが、必ずどこかに制御室があるはずだ。仮になかったとしても地上への出口を見つければ爆薬で吹き飛ばせる。

 

「皆は無事なのだろうか……」

 

 殺すつもりがないのなら、精々気絶が限度だろう。超体育着もある、致命傷は負っていないはずだ。だからなんだという話だが、お陰で少しだけ希望が持てる。

 

「人を助けるのって、本当に難しいな……」

 

 改めて命の価値を思い知る。人は簡単に死んでしまう。だからこそ価値があるのだろう。故にそれを踏みにじってきた私たちは間違いなく悪人なのだ。

 

 こんな時カルマや磯貝ならどう考えるのだろうか。私は皆のように秀でた才能がない。カルマの要領の良さや、不破のような頭の回転の速さも、千葉のような器用さもない。今の私にできるのは、殴ったり撃ったりとかそんなことばかり。

 

「これが終わったら何か探してみよう……」

 

 何もないなら探せばいい、時間はいっぱいあるんだ。私の人生は始まったばかり、やってみたいことだっていっぱいある。こんな最初の一歩で挫けるわけにはいかない。

 

「なあ、お前もそう思うだろ?」

 

 ゆっくりと振り返り奴の名前を呼ぶ。

 

「……死神」

 

 後方10m、まるで幽鬼のような佇まいで奴は立っていた。奴の口が不気味に吊り上がる。

 

「ふぅん、気が付くんだ」

 

 どうやら自分の隠密技術に相当な自信があるらしい。確かにこの私ですら気が付いたのは今さっきだ。

 

「確かに凄い気配の隠し方だが……私には見えているぞ」

 

 最早光学迷彩クラスにまで高まった奴の気配遮断技術。常人なら視界に捉えることすら困難を極めるだろう。

 

 だが、こいつは幽霊なんかじゃない、肉を持った人間だ。奴はここにいる、ここにいて動いている。なら私なら捉えられる。

 

「へぇ、君はそうやって見ているんだ……」

 

 たった一言で私がどう見ているのかを察したようだ。本当に何からなにまで一流のようだ。まるでコミックのヒーローみたいだな。

 

「で、のこのこ現れてどういうつもりだ?クラックのやりすぎでとうとうおかしくなったか?」

「前から思ってたけど君、本当に口悪いね」

 

 下らない言葉遊びの応酬。だが水面下ではお互いに隙を晒すのを探っている。相手の武装は不明、あのセンスのないジャケットの下に何を隠しているかわからない。相手の全ての挙動に全神経を集中する。

 

 右手に持ったR0991のセレクターをフルオートに切り替える。奴が動けば即座に弾丸の雨をお見舞いする。

 

「そんな躾の悪い犬はお仕置きしないとね!」

 

 奴が私に何かを放り投げる。穴の開いたオリーブドラブの円柱にレバー、スタングレネードッ!

 

 鍛えられた動体視力がスタングレネードのレバーが勢いよく外れるのを視認、咄嗟に左手で目を塞ぐ。

 

「──ッ!」

 

 爆発、そして衝撃、前後不覚になるレベルの大音響はイヤーマフが緩和する。目を塞いだままR0991を片手で構え引金を引いた。

 

 絶え間ない反動、毎分950発の9mmフランジブル弾を奴のいるだろう場所に向かってばら撒く。サプレッサーによって緩和された銃声が身体を介して脳に振動を送る。

 

 弾倉に込められた32発の弾を全て叩きこむ。反響が収まり薬莢が転がる音が聞こえる……やったか?

 

「ッ!!」

 

 閉ざされた視界の中で私は本能に任せて身体をのけぞらせた。左手を離し明るくなった視界に映ったのは銀色の刃。

 

 あの弾幕を避けたというのか。今避けなければ確実に喉をやられていた。更に追撃、凄まじい速さで繰り出される銀色の刃が私の喉目掛けて襲い掛かる。

 

 後ろに下がりつつ銃のマグウェルで受け止める。

 

「ッ!!」

 

 金属のぶつかる音と共に火花が散る。凄まじい重さだ。まともに喰らっていたら気道を突き抜け延髄まで達していただろう。

 

 受け止めたナイフを弾き飛ばしお返しに前進しつつ銃の弾倉の底を叩きつけるように突き出す。空になった弾倉とはいえ硬い金属だ。当たればただじゃすまない。

 

 奴はそれを当たり前のように回避、二連撃目のストックでの殴打を避けたと同時に私の腹に強烈な蹴りを叩きこむ。

 

「ッ!」

 

 吹き飛ばされ後ろにたたらを踏む。このままでは転んでしまう。

 

 私は瞬時に床を蹴飛ばしバク転の要領で回避することに成功した。

 

 加速した思考で考える。近接戦ではこちらが不利、銃に切り替える。

 

 床に足が着いたと同時にクーガーに持ち替え、奴のいる方向に向かって五連射。照準は考えない。

 

 放たれた五発のジャケテッドホローポイント弾は通路の曲がり角に消える奴のジャケットの裾を掠めるだけに終わった。

 

「逃げたか!!」

 

 クーガーをホルスターに戻しR0991を再装填しながら追撃のために角の向こう側に向かおうとし、角の一歩手前で止まる。曲がり角での待ち伏せはアンブッシュの常套手段だ。

 

 銃を構えつつ慎重に角の先を覗く。視界の先にいたのは奴ではなく、犬。背中には黒光りする銃口。

 

「ッ!」

 

 私が隠れるのとほぼ同時に無数の銃弾が私の横を掠めていく。しばらくして銃声が止んだところで手鏡を出して慎重に向こう側を観察する。

 

「犬にAR-15だと……」

 

 鏡に映った向こう側には六匹の涎を垂らし牙を剥き出しにした大型犬、そしてその背中にはAR-15らしき銃が装着されていた。恐らく口元のハーネスが引金と連動し人間を見たら撃つように調教されているのだろう。

 

「小賢しい真似を……」

 

 迂闊に出れば蜂の巣にされる。かといってちまちまと撃ち返す時間も弾切れを待っている時間もない。ならやることは一つだ。

 

「私は犬が嫌いなんだ……」

 

 R0991から手を離しHK69に40mmグレネードを込める。銃は本物でも弾薬は安物、安全装置なんてついていない。故にこの近距離でも簡単に爆発する。

 

「恨むなら飼い主を恨めよ」

 

 そして角からHK69だけを出し片手で発砲、凄まじい反動と共に角の向こうから衝撃とイヤーマフでさえ緩和できない爆発音が鳴り響く。

 

「悪いな……」

 

 着弾跡に近づきながら破片と爆風で酷いことになった犬達を一瞥し一人呟いた。彼らに罪はない。たが武器を持って襲ってくる以上、人間も非人間も関係ない。

 

「犬の使い方が下手だ……」

 

 銃を撃たせるくらいなら群れで突っ込ませたほうがよほど効果的だ。小型犬ならともかく、大型犬に人間が勝つのは難しい。武器を持っていたとしてもそれは例外ではない。

 

 そんなことを考えながら再び歩き出したその時だった。

 

「ッ!まだいるのか!!」

 

 私がやってきた角の向こうから犬の鳴き声、それ複数だ。凄まじい速さでこちらに近づいてくる。逃げきれるわけがない。迎撃するしかない、R0991を構える。

 

「……多いッ!」

 

 数にして八、細かく狙っている暇はない。セレクターを切り替えフルオートで弾をばら撒く。

 

 なんとか五匹倒すことに成功。しかし毎分950発のコルトは僅か二秒たらずで弾倉の弾を撃ち尽くす。

 

「クソッ!」

 

 瞬時にクーガーに持ち替え今にも飛びかかりそうだった一匹を射殺。続けてその横にいた犬も同様にダブルタップを叩きこむ。

 

 そして最後の一匹まだ距離がある。クーガーを構え照準を合わせる。だが……

 

「ッ!?」

 

 空薬莢が薬室とスライドの間に挟まっていた。よりにもよってこんな時にジャムなんて!スライドを引いている時間はない。このままでは噛みつかれて殺される、どうすればいい。その迷いが命取りだった。

 

「しまっ!」

 

 40kgクラスの大型犬の突進、その勢いは60kg台の人間では受けとめられるものではない。押し倒され、組み付かれる。

 

「ッ!!」

 

 咄嗟に突き出した左腕のお陰で首に噛みつかれるのは防いだが、骨すら砕く犬の牙によって腕に激痛が走る。

 

 唸り声をあげて暴れる犬の前足の爪が右の頬を抉る。このままではいずれ殺されてしまう。

 

「舐めるなぁああああ!!」

 

 ローリングしながら噛みついていた左腕ごと犬をコンクリートに叩きつけた。紙風船を叩き割るかのような悲鳴が響き渡る。すぐさま右手でナイフを引き抜く。

 

「このッ!!」

 

 逆手に持ったそれを渾身の力を込めて犬の首に突き刺し横に捻る。血が噴き出し犬は一度大きく痙攣したのち、ピクリとも動かなくなった。

 

「はぁ……はぁ、くそ……だから犬は嫌いなんだ……」

 

 事切れた犬を横に退かし仰向けになって息を整える。噛みつかれた左腕が痛む。超体育着によって貫通こそ防いだものの、万力のような顎の力で潰されかなりのダメージを負ってしまった。

 

 頬からも温かい血が流れるのが感じ取れる。恐らく爪で切り裂かれたのだろう。感染症にならないか心配だ。激しく動いたせいで右脚の傷もまた痛みだしている。

 

「仕方ない……モルヒネ打つか……」

 

 仰向けになったまま腰のポーチを漁り黒い包みを取り出す。包みを歯で食い千切り中に包装されていたモルヒネの簡易注射器を手に持った。本当は動きが鈍るから嫌なんだがな……

 

「四の五の言っても仕方ない……」

 

 超体育着のインナーを捲り腹を露出させる。ゆっくりと深呼吸、そして思い切り突き刺した。

 

「……う」

 

 太い針が注射器から飛び出し体内にモルヒネを投与する。効き目が出てくるのにはまだ少し時間がかかるが、少しだけ気が楽になる。

 

「……くそ」

 

 三十秒ほど横になったのち、再び立ち上がる。落ちていたクーガーを拾い弾倉を交換する。どうやら無理な連射で排莢不良を引き起こしたらしい。ベレッタに罪はないがやはりベレッタは嫌いだ。

 

「久しぶりに死にかけたな……」

 

 本当の意味で殺されそうになったのは久しぶりだ。鷹岡のような半端者でもシロのようなお遊びでもない。本当の意味での殺し合い。

 

 頬の血を指で拭いとり、てらてらと光を反射するそれを舌で舐める。懐かしい味がした。戦場の味だ。頭の中にある何かが入れ替わる。

 

「礼を言うぞ死神、お陰で思い出した」

 

 天井の隅に監視カメラに向けてそう言う。ここは私の知っている優しい教室じゃない。目を瞑りクーガーを額に当てる。思い出せあの地獄を、血煙と硝煙の臭いを、悲鳴と銃声を。

 

「これは今はいらない」

 

 リボンを解き予備のゴムで結びなおす。解いたリボンは大事にポケットにしまう。大切な宝物を血で汚したくないからだ。

 

「ただいま糞ったれな地獄……」

 

 本当の意味で決意する。あの陽だまりを守るためならば、例え忌み嫌った過去に戻ることも厭わない。

 

「戻ってきたぞ!!」

 

 銃を構え走り出す。私は戦いから逃げようとしている。だが、戦いは私を逃がしてはくれないようだ。

 

 

 

 

「見つけた……」

 

 いくつかの通路と階段、そしてつまらないトラップを潜り抜けた後、私は巨大な立坑の淵にたたずむ奴の背中に追いついた。

 

「まだ生きてたんだ。普通なら三回は死んでるトラップだったんだけど」

「はっ、あんなんじゃ猫すら殺せないぞ」

 

 下らない軽口を叩きあいながらも警戒は怠らない。ここは敵地のど真ん中、何をしてきたとしても驚かない。

 

 姿を晒したのは罠と考えるほうが無難だろう。奴の手にはACRもある。正面戦闘も視野に入れているはずだ。

 

「一つ、聞きたい」

「うん、何かな?」

 

 銃を下ろし何を考えているかわからないニヤケ面に訊ねた。どうしても聞きたいことがあったのだ。

 

「お前に誇りはないのか?」

 

 奴は何も言わずに黙って私の目を見つめている。誇り、私がここに来て出会った殺し屋には皆誇りがあった。

 

 ロヴロに、ビッチ先生、そしてレッドアイや普久間島の三人組。形は違えど全員が誇りを抱いていた。

 

「チンピラ紛いの脅迫に、女子供まで人質にとって、従わなければ皆殺し……。別に善悪を説こうなんて思ってないさ。兵士も殺し屋も、所詮は殺しで飯を食っている悪党……地獄に行くのがお似合いだ」

 

 悪党が悪党に何をしようとも私は何も同情しない。そんなのは自業自得だからだ。だが、堅気を巻き込んだ場合は別だ。

 

 何の罪もない人間を己のためだけに利用し、いらなくなったらゴミのように捨てる。それは違う。それだけは絶対にあってはいけない。

 

「どうせ先生を捕まえたらまとめて皆殺しにするつもりなんだろ?そのほうが簡単だもんな」

「うん、よくわかったね。そのつもりだよ」

 

 私には取り繕う必要はないということだろう。奴は悪びれもせずにそう言い切った。頭の温度がまた下がった。シロも大概だったが、こいつも負けず劣らずの糞野郎だな。

 

「さっき誇りって言ったよね」

「ああ……」

「これが僕の誇りだよ。どんな手段を使おうとも、確実に標的を倒す。プロなら当然だろ?」

 

 確かに、間違ってはいない、命の取り合いに道義も決まりもありはしない。やられたほうが悪いに決まっている。結局は最後に立っていた奴が正しいのだ。

 

「そうだな……間違ってないさ。どんな手段を使おうと、勝てばいい」

「君もそう思うだ───」

「だが、私はお前を認めない。絶対にだ」

「……言ってくれるね」

 

 奴の眉が少しだけ動く。その初めて見せる感情に少しだけ驚いた。何を言われても眉一つ動かさないと思っていたんだがな。

 

「最高の殺し屋?死神?戯言もそこまでにしておけよ。人質に脅迫、お前は要するにそういう奴なのさ。お前なんて悪党ですらない、そこらのチンピラと何が違う」

 

 再び奴の眉が動いた。怒っているのだろうか?なんだ、案外感情的な一面もあるんじゃないか。やはりこいつはただの人間だ。

 

「いいか、よく聞けよ自称神様」

 

 私の世界は変わった。私は中学生で、兵士じゃない。けれど、それでも変わらないものがある。

 

 今まで本当に色々なものを諦めてきた。けれど、どれだけ諦めても、どれだけ流されても、これだけは絶対に譲らなかった。

 

「私は、お前なんか絶対に認めない」

 

 私はいつだって屑を認めはしないのだ。

 

「…………」

 

 その瞬間、奴の顔から一切の感情が抜け落ちた。恐ろしいまでの無表情だった。私の一言が奴の逆鱗に触れたのだろう。

 

「ここまでこけにされたのは初めてだよ…………一応聞くけど、降参は?」

「それは新手のジョークか?」

 

 お互いに無言で睨みあう。奴のスイッチが切り替わったのを感じる。ここからが本番といったところだろう。銃を握る手に力が籠る。

 

「それもそうだ」

「──ッ!」

 

 衝撃と爆音、私は加速した思考で奴が天井を爆破したことを理解した。降り注ぐ瓦礫の山、このままでは死あるのみ。私の取った行動は単純だった。

 

「舐めるなぁ!」

 

 腕で顔をガード、前かがみになり全力でダッシュ、爆炎と瓦礫の山を突っ切り前に向かって雄叫びをあげ突進、爆炎を切り抜ける。奴と目が合った。

 

「なっ!?」

 

 これは奴の言葉だ。まさか強引に突っ切られるとは思っていなかったようだ。好機だ。奴も負けじと持ち前の反射神経を以ってACRで反撃してくる。

 

 銃声、そして閃光、襲い掛かる5.56mm弾を地を這うようなステップとダッシュで回避する。奴との距離は5mもない、あっという間に埋まる距離。

 

「殺った!!」

 

 脚のバネをフルに使いタックルをかます。銃口を払いのけ相手の腰を右手で引き倒し馬乗りになる。奴の目が私を射抜く。まずはその鼻っ面を叩き折ってやる。

 

「くたばれ!」

 

 予め振りかぶっていた左腕をまるでコマ落ちしたような速さで叩きつける。轟音と共にハードナックルのグローブが襲いかかる。

 

 奴はすんでのところでこれを回避、拳は奴の耳元を掠めコンクリートの床に小さなクレーターを作った。飛び散った破片が私の耳元を掠める。

 

「ッ!?」

 

 流石の死神もこれには目を見開いて驚いたようだ。何、驚いているんだよ。まだまだこれからだろうが。

 

 その瞬間腹部に衝撃を感じる。遠ざかる死神、全身に感じる浮遊感。蹴飛ばされたのか。

 

「カハッ!?」

 

 背後の瓦礫の山に叩きつけられ背中に凄まじい衝撃が走り肺の空気が押し出される。そこからの行動は早かった。

 

 すぐさま肩から下げていたHK69を片手で構える。弾は既に装填済み、照準を既に立ち上がっていた奴の身体に合わせ引金を引く。奴の目が見開いた。

 

「さっきのお返しだ」

 

 発砲、凄まじい反動が左手を襲い、40mmグレネードが奴に飛びかかった。爆炎と爆音、衝撃と破片の花火が立坑を彩る。

 

「……外した」

 

 だが、それだけの威力を以ってしても当たらなければ意味がない。私は鍛え抜かれた動体視力で奴が咄嗟に下に飛び降りるのを見ていた。

 

「逃がすものかよ……」

 

 下を覗きこむ。薄暗い空間の底にわずかに水の反射が見える。どうやらかなり広い空間があるようだ。

 

 単純に逃げたとは考えにくい。恐らく誘っているのだろう。小細工は諦めて真っ向から殺るつもりと思われる。

 

「舐められたものだな……」

 

 まあいい、何が来ようと正面から叩き潰すだけだ。バックパックを下ろし仕舞っていたロープを鉄柵に括り付ける。

 

 見たところ深さは15から20m、持ってきたロープは12mなので少し足りないが7、8mならどうとでもなる。

 

 ファストロープには些か細いが今はあるもので妥協しよう。

 

「サプレッサーはもういらないな」

 

 銃口に捻じ込んでいたそれを取り外す。こちらが派手に撃っていたほうが向こうだって見つけやすいだろう。

 

 銃で狙えるということは逆に私も狙えるということ。奴の気配遮断は私には通じない。なら直接狙ってくれたほうが楽だ。

 

「待ってろよ糞野郎……」

 

 私はロープを手に取り一気に降下した。

 

 

 

 

 

「なんなんだここは……」

 

 ロープで滑り下りながら視界に映る空間に驚く。巨大なコンクリートの柱が何本も立ち並ぶ巨大な空間。階段以外は全てがコンクリートという徹底ぶり。

 

「水道ではなく河川か……」

 

 あまり詳しくは知らないが洪水対策の放水路がこんな形をしていたと覚えている。幅が何メートルもあるコンクリートの柱は遮蔽物には打ってつけだろう。

 

 片手でロープを掴みつつも片方の手で銃を構え警戒を怠らない。

 

「もうすぐ底だ──ッ!」

 

 銃声とマズルフラッシュ、そして凄まじい浮遊感。左手に感じていたロープの感触がなくなる。どうやらロープを撃ち抜かれたようだ。

 

「糞が……まあいい」

 

 落下しながら私は呟く。別にこのくらいの高さから落ちたところでどうということはないからだ。

 

 みるみる近づく水面、と言っても大して深さもないだろう。まともに落ちれば大怪我ではすまない。

 

 そして着地、つま先が底に着くと五点着地の要領で衝撃を分散していく。超体育着の衝撃吸収機能と、私の身体能力が合わさりほぼノーダメージで着地に成功する。

 

「邪魔だ……」

 

 ヘッドセットを取り外し投げ捨てる。五感をフルに使わなければならない状況でこれはハンデにしかならない。

 

「どこからでもかかってこいよ……」

 

 相手は私が隙を晒すのを今か今かと待っているのだろう。銃を構えつつ全身の感覚を研ぎ澄ます。

 

 けしかけられた犬のお陰で鈍っていた感覚を思い出すことができた。ようやく忘れようとしていた嫌な思い出を思い出させてくれたあの糞野郎には鉛玉をプレゼントしてやる。

 

「……ッ!」

 

 本能に身を任せしゃがみ込む。背後から飛んできた銃弾が耳元を掠める。

 

「そこか!」

 

 振り向き様にR0991をセミオートで発砲、20m先の柱に隠れていた奴を目掛けてフランジブル弾を叩きこむ。

 

 向こうだって馬鹿じゃない、当たり前のようにそれを避け走り出す。追撃を開始、さあ、撃ち合いの始まりだ。

 

 

 

 

 

 撃つ、撃つ、撃つ。

 

「ッ!」

 

 水しぶきをあげ、お互いに全力で走りながらの銃弾の応酬。奴の5.56mmが、私の9mmがお互いを食い殺さんと飛び交う。

 

「埒が明かないな」

 

 いくら腕がよくても、お互いに全力で走っていては当たるものも当たらない。だがそこは世界最高と言うべきなのか、凄まじい精度の偏差射撃で対応してくる。

 

「クッ!」

 

 お互いの銃口が同時に火を噴く、左耳を銃弾が掠める。

 

 私が生きているのは撃たれる瞬間にウェポンライトの目眩ましや牽制射撃によって奴の射撃を妨害しているからに他ならない。

 

「3、2、1……」

 

 銃声が途切れる。弾切れだ。再装填という致命的な隙は大量にある柱の陰で行うことで対応する。ほんの数秒にも満たない時間だが、それだけあれば十分だ。

 

 柱から飛び出す一歩手前でボルトキャッチを叩き再装填を済ませる。再び始まる撃ち合い。

 

「本当に埒が明かない」

 

 撃つ度に、撃たれる度に、閃光が薄暗い空間を明るく染め上げる。一人の相手にここまで長引いたのは初めてだ。そして何よりも……

 

「あいつ、速い」

 

 私に追いついているのが何よりの証拠だ。気配の隠しかたから格闘、射撃、そして足の速さまで優秀ときた。私も人間離れしているが、奴はもっとだな。

 

「受け取れ」

 

 R0991を撃ちながらHK69を片手で構え引金を引く。気の抜けるような発射音と共に奴の足元に40mmグレネードが炸裂した。

 

 爆発の隙に柱にスライディングしながら隠れる。当てられるとは思っていない。仕切り直しが出来ればそれで十分だ。

 

「……銃をやられた」

 

 よく見ればR0991の機関部に銃弾がめり込んでいた。どうやら40mmグレネードが炸裂する瞬間に銃を狙い撃ちしたらしい。

 

「40mmは今ので終わり、残りはクーガーが二つに手榴弾が一つ……」

 

 後はスタングレネードとCSガス一つずつにVP9が七発……普通の相手なら十分すぎるがこれでも足りるかどうか。

 

「このままじゃジリ貧だ」

 

 先ほどのような撃ち合いはもう不可能だ。時間があればR0991の弾倉から未使用の弾を移すことも可能だが、生憎とそんな余裕はない。

 

「君、凄いね。こんなに撃ち合ったのは生まれて初めてだ」

 

 向こうから奴の楽しそうな声が聞こえてきた。銃撃戦なんて嫌々やるものであって楽しむものでもないんだがな。しかもふざけたことにこれが初めての銃撃戦らしい。

 

「そいつは光栄だな」

「ああ、本当にいい練習相手だよ」

 

 心底腹の立つ野郎だ。ここまで相手を舐め腐っている敵は生まれて初めて見た。普通なら慢心の一言で片づけられるが奴はそれに見合った実力を持っている。

 

「糞、一発喰らった……」

 

 聞こえないように呟く。今気が付いたがどうやら左肩に掠ったらしい。インナーが横に裂け白い肌と温かい血が見えていた。痛覚が鈍っていて気が付かなかった。だからモルヒネは嫌いなんだ。

 

「一つ聞きたいんだけど、なんでそこまでして戦うの?」

 

 唐突に投げかけられる質問、答える義務はないが警戒のため耳を傾ける。

 

「たかがクラスメイトのためにここまで命張るって、はっきり言って異常だよ」

 

 一理ある。どんなに仲が良くても彼等は赤の他人でしかない。血を分けた家族でも、理想を誓い合った同志でもない。たまたま一緒のクラスで勉強しているだけの他人。

 

「助ける義理なんてないだろ、どんなに仲が良くたって僕らと彼らは生きている世界が違う。彼らが君を本当の意味で理解することなんてない」

 

 さっきまで殺し合っていたはずなのにまるで親友のような親しみやすさで言葉が心に沁み込んでいく。

 

「考えてごらん。君が銃弾でのたうちまわっている時に彼らは擦り傷一つで泣き喚いていたんだ。所詮彼らは向こう側の住人だよ」

 

 向こうを窺いながら考える。奴の言っていることはもっともだ。皆が本当の意味で私を理解する日は来ないだろう。

 

「誰も君のことなんて理解してくれないよ。そんな奴らのために血を流す必要なんてないと思うんだ」

 

 例えこいつに勝ったところで、私にはなんの報酬も支払われない。傷だって残るだろう。このまま逃げたって誰も文句は言わないだろう。理性的に考えれば私が戦う意味は何一つない。

 

「殺す相手を練習相手だなんて言ってる奴には、一生わからないだろうさ」

 

 結局はそういうことだ。かつての私のように、命の価値を知らない人間に何を言ったって分かりっこないのだ。こいつもいつか気が付く時が来るのかもしれない。けれど、今はそれを待つ時間じゃない。

 

「当たり前だ。僕は君じゃない」

「そうだな私もお前じゃない」

 

 勝負の時間だ。私は、使わない銃を全て捨ててゆっくりと柱の陰から出た。向こうも同じことを考えていたらしい。歩きながらゆっくりと私に近づく。

 

「ライフルはどうした?」

「さっきの爆発で壊れた、そういう君も随分と身軽になったみたいだけど」

「わかってるくせに言うなよ」

 

 攻撃と回避ができるギリギリのラインで立ち止まる。ライフルがなくなったとはいえ、どうせ奴も予備の銃を隠し持っているだろう。

 

 先ほどの銃撃戦から鑑み、遠距離射撃は奴のほうが優勢。ならインファイトでの撃ちあいに持ち込む。

 

 腰のクーガーに手をかける、奴も袖からナイフを引き出して手で弄ぶ。準備は万端といったところか、私達の間に緊張の糸が張りつめる。

 

「…………」

「……ッ!」

 

 先に動いたのは私だった。水を蹴りあげる。水しぶきが奴に降りかかる。

 

 クーガーを引き抜く。銃を中心に右脚を引きつつ腰を落とし、銃を包み込むように構え、サイトを左目の前に持っていく。

 

「ッ!」

 

 水しぶきを掻き分け現れた奴に向かってダブルタップ。

 

 しかし、地を這うような踏み込みによって弾丸は奴の髪を掠めるだけに終わる。なんの迷いもなく喉元に突き出されるナイフ、左肘で弾き飛ばす。

 

 弾き飛ばされた姿勢のまま瞬時にナイフを逆手に持ち替えての横薙ぎ。回避と同時にがら空きになった腋にタックルを突き出す。

 

「クッ!」

 

 ふらつく死神、その隙を逃さずハイポジションで二連射。だが、最早驚きもしなくなった驚異的な反射速度でしゃがみながら避けられる。

 

 脇腹を狙った突きを左手で弾き飛ばし奴の顔面に向かって銃口を突き出す。いわゆるピストルパンチだ。しかし突き出したスライドは奴の顔の側面を掠めるだけに終わる。

 

 ピストルパンチを諦めすぐさま腕を引き戻し、右肘を腰骨に押しつけ五連射。奴の腹部を狙う。しかし、引金を引く寸前に左手に掴まれ銃口を逸らされる。轟く銃声、だが当たらなければ意味がない。

 

「──ッ!!」

 

 左端から飛んでくる奴の右肘、左肘でブロック。二発目の肘。同様にブロック。三発目、予想外の拳。

 

「がっ……」

 

 命中、がら空きだった顎にアッパーカットが入った。視界に火花が走り世界が揺れる、身体が言うことを聞かない。顎を押えよろめく。

 

「い、いまのは、きいたぞ……」

 

 普通ならこの時点で立つことすら不可能だろう。なんてことはない、当たる瞬間に頭を引いただけだ。しかしそれでもダメージは殺しきれなかった。

 

「射撃は一流だけど格闘は二流ってとこかな、身体能力に頼りすぎだ」

「黙ってろ……」

 

 口に溜まった血を吐きながら文字通り吐き捨てる。しかし奴の言うことは間違っていない。私の技術の大半は見よう見まねの我流。素人には通用しても本当の達人には簡単に捌かれてしまう。

 

「次は僕の番だ」

「──ッ!!」

 

 速い、ただそれしか思い浮かばなかった。咄嗟に銃を突き出す。しかし奴は既に私の懐の中。銃を掴まれ強引に捻られる。

 

「しまっ」

 

 奪われる銃、そして銃声、クーガーの弾倉に込められた六発の銃弾が私に襲い掛かる。凄まじい運動エネルギーが私の身体にダメージを与えた。

 

「──ッ!!──ッ!!?」

 

 激痛が走る。どうやらプレートキャリアーの隙間を狙われたようだ。脇腹に激痛が走り呼吸ができない。身体が酸素を受け付けない。耐えきれず蹲り涎と共に血が口から垂れる。

 

「まだ意識があるんだ。本当に打たれ強いな」

 

 銃を投げ捨てる音が聞こえる。かなり遠くに投げられた。回収するのは難しいだろう。そもそも痛みで満足に動けない。

 

「筋は悪くないが所詮は傭兵崩れだ。本物には勝てない」

 

 悔しいが事実だろう。今までの人生の全てを否定された気持ちだ。思わず泣きそうになる。奴はそんな私に追い打ちを掛けるかのように、更なる現実を突きつけた。

 

「そろそろネタバラシしよう。君が助けようとした殺し屋はね、実は僕の味方だったんだ。少し説得したら簡単に裏切ってくれたよ」

 

 淡々と告げられた事実に顔を上げる。ビッチ先生が裏切った、だと……そんな馬鹿な。あの人が何故……

 

「そもそもおかしいと思わないか?いくら僕が強くてもたった一人で四方に散った彼らを10分たらずで捕まえることなんて不可能だ。仲間がいるって考えたほうが自然だろ」

 

 嘘だ。あの人が……なんで、また髪切るって言ってくれたのに……

 

「信じたくないって顔してるね。でも残念だけど本当だよ。なんならこの場に呼んでもいい」

「…………」

 

 信じたくないが、本当なのだろう。なんで、どうして、そんな疑問が頭の中に浮かんでは消えていく。

 

「君が戦う意味なんて初めからなかった。もういい加減降参してくれないかな?武器もないだろ」

 

 降参したってどうせ殺す気だろうが……しかし、奴の言うことにも一理ある。武器はもうナイフ、手榴弾、そして麻酔銃のみ。この状況でナイフを振ったって勝負にならないだろう。

 

「君に勝ち目なんてない」

 

 奴が勝ち誇ったようい言い放つ。その瞬間、私は何故だか異様に面白おかしくなって笑いが止まらなくなった。

 

「ははっ、ははは……」

「……?」

 

 笑いが止まらない。こんなに笑えることを聞いたのは生まれて初めてだ。勝ち目なんてない?戦う意味なんてない?

 

「とうとうおかしくなったか」

 

 奴は勘違いしている。戦う意味も、勝ち目も、関係ない。目の前に倒すべき敵がいる。それだけに私には十分すぎる。

 

 きっとこいつは腕が良すぎて知らないんだろう。死にかけた奴がどんなことをするのか。全てを失ってもなお戦おうとする人間の恐ろしさが。

 

「なあ、お前って実は育ちが良いだろ」

「いきなりなんの話だ?」

 

 さっきから思っていたが、こいつからは匂いがしない。血と糞のドブの匂いが、あの地獄の匂いが。ただ綺麗なところで一方的に殺しをやっていたのだろう。

 

「教えてやるよ……本当の殺し合いを」

 

 奴は目と鼻の先。立ち上がりながら我武者羅に左の拳を突き出す。技術もへったくれもないテレフォンパンチ。当然の如く奴に手首を掴まれた。

 

「これが、殺し合い?」

 

 手首を握りしめ奴は微笑む。舐め腐っているからそんな顔ができるんだ。故に油断する。

 

「フッ……」

 

 私はニヤリと笑い返し、掴まれた掌を開く。握りこまれたそれが重力に従い地面に落ちていった。

 

「──ッ!!?」

 

 初めて見た奴の驚きに満ちる顔。理由は簡単。

 

 奴が見たもの、それは手榴弾のピン。

 

 背中に回していた右手を奴の目の前に持っていき、それを放り投げる。

 

 オリーブドラブの円柱、表面には攻撃手榴弾の文字。

 

 レバーが外れる。撃鉄が作動、信管に引火する。

 

笑えよ、糞野郎(Smile you son of a bitch)

 

 爆発、凄まじい熱量と衝撃が私に襲い掛かった。

 

「──ッ!?」

 

 3m程宙を舞い、水しぶきをあげながらコンクリートの地面に叩きつけられる。しかしそれでも勢いは止まらずごろごろとコンクリートの上を転がる。

 

「──ッ!──ッ!?」

 

 衝撃と爆音によって頭がパニックになりかけるが全身に感じる痛みが私を正気に戻す。だがまだ立ち上がれない。四つん這いになりながらダメージの回復に努める。

 

 咄嗟にフードを被り手榴弾に背を向けたお陰で被害は最小に収まった。しかしそれでも至近距離で爆風を喰らった。そのダメージは計り知れない。

 

「左肩が外れた……」

 

 叩きつけられた衝撃で脱臼したのだろう。力を入れようとすると酷く痛む。身にまとっていたプレートキャリアーやタクティカルベルトはボロボロ、それでも服は原型を留めているのだから凄まじいとしか言いようがない。

 

 荒い息を整えながら先ほどいた場所を見る。TNTの熱量によって瞬間的に熱せされた水が水蒸気となって立ち込めている。

 

「……やったか」

 

 口ではそういうものの、私の本能はまだ敵が生きていることを知らせる。ゆっくりと立ち上がりナイフを引き抜く。煙と水蒸気、その向こうから現れる人影。

 

「お前……」

 

 私を睨みつけながら理解できないと言いたげに声を荒げる死神、その豹変っぷりにも驚いたが、それ以上に私は奴の顔に目が行ってしまった。

 

「その顔……」

 

 むかつく優男の顔があるべき場所には筋肉と血管、そして剥き出しになった歯茎の見える、まるで髑髏のような凶相が浮かんでいた。

 

 まさか顔の皮を剝いだとでもいうのか……いや、そんな詮索は後回しだ。

 

「お前狂ってるよ」

 

 理解できないのだろう。舐めた表情を一変させ吐き捨てる。やはり殺しには慣れていても殺し合いは初めてらしい。何もわかっちゃいない。そもそも前提からして間違っている。

 

「殺し合いなんて端から狂ってなきゃできないだろ」

 

 突貫、身体のダメージを無視し全速力でダッシュする。明らかに動揺しているようだが、腐っても殺し屋、冷静にどこからともなくM10を取り出す。

 

 発砲、毎分1090発の9mm弾が襲い掛かる。しかし獣のようなステップとダッシュで銃口から身体を逸らし銃弾を回避、プレートキャリアーに数発、額に一発掠めるが問題ない。

 

「避け──ッ!?」

 

 驚く奴の顔にナイフを突き出すがM10で防がれる。だが土産に銃をバラバラに砕いてやった。

 

「こいつ!」

 

 後退しながら壊れたM10を投げ捨てワイヤーらしきものを振り抜く。複雑な軌道を描いて飛んでくるワイヤーが私のナイフに巻き付いた。

 

 奪い取られる。その隙を逃さず奴が私の左側から急接近、近づくナイフ。避けることも防ぐこともできない、ならやることは一つ。

 

「っ!?」

 

 脱臼した左腕を無理やり動かし掌をナイフに突き立てる。激痛、手の甲を貫通し血が噴き出す。噴き出した血がグローブを赤く染めた。

 

「お返しだ」

 

 そのモルヒネですら緩和できない痛みを無視し奴の手をナイフごと握り、腕を引き寄せながら顔面を殴りつける。

 

「……痛い」

 

 奴が吹き飛ぶさまを眺めながら左手に刺さったナイフを引き抜き投げ捨てた。血塗れののナイフを眺め放り投げる。

 

「手が動かない……」

 

 どうやら神経をやられたらしい。力を込めても薬指と小指しか動かない。これで完全に左腕が死んだわけだ。

 

「まあいい」

 

 まだ左手が握れなくなっただけだ。戦闘に支障はない。奴に向かって再び歩き出す。

 

「……ん?」

 

 思わず膝をつく、脚に力が入らない。どうやら思っていた以上にダメージを受けていたらしい。参ったな……

 

「お前、なんなんだよ……」

 

 近づいてきた奴が憎たらしそうに吐き捨てる。敵が来た。戦わないと……ガタつく身体に無理やり力を込め立ち上がる。

 

「立つか、この化物め……」

 

 腰に仕込んだプッシュダガーを引き抜きボクシングのように構える。左手は使えないのでだらりと垂れ下がったままだ。防御に不安があるが戦闘行動はできる。

 

 端的に言うと今の私は完全に昔の自分に戻っていた。ただ敵を殺すだけの機械、目の前の状況を処理するだけのプログラム。

 

「その目……なるほど、敵も味方も恐れるわけだ……」

 

 そんな私に応じるように奴も新しいナイフを取り出し構えた。睨みあう私達……。先に動いたのは私だった。

 

 奴の喉目掛けて最短距離を描きながら握り込んだプッシュダガーを突き出す。

 

 しかし、多数の被弾に至近距離での爆発。度重なるダメージによって疲れ切った私の攻撃は酷いものだった。

 

「もう限界みたいだな」

 

 弾かれそして腕を腋に挟みこまれる。がら空きになった身体。

 

「さようなら」

 

 逆手に持ち替え喉目掛けて繰り出される横薙ぎの一閃。

 

 左腕は動かない。回避も防御もできない。どうあがいても死は避けられない……

 

 そういえば昔もこんなことあったな。その時はどうしていたっけ。

 

 思い出した、歯だ。

 

「なっ!?」

 

 繰り出された刃を歯で受け止める。金属音が鳴り響いた。

 

 金属の刃が歯に挟まれガチガチと軋む。奴の額に汗が滲む。

 

ふはまえた(捕まえた)

 

 倒れ込むように体重をフルに使い押し倒す。完全に馬乗りになる。今度こそ殺った。

 

「このッ!」

 

 奴が手足を使い顔や背中を殴打するが知ったことではない。咥えたナイフを吐き出し右手を握りしめる。奴の顔が恐怖に歪んだ。

 

「死ね」

 

 振り下ろす。鈍い音が響く。

 

 振り下ろす。鈍い音が響く。

 

 振り下ろす。鈍い音が響く。

 

 振り下ろす。拳に血がこびりつく。

 

 振り下ろす。わずかに水音が響く。

 

 振り下ろす。はっきりと水音が混じる。

 

 何度も、何度も、何度も、振り下ろす。

 

 このまま死ぬまで殴り続けよう。そう思った矢先だった。

 

 後ろから何かに包まれる。

 

「……あれ?」

 

 視界がどんどん前のめりになっていく。身体が言うことを聞かない。視界が暗くなっていく。おかしいな、まだ戦えるのに。

 

「──、────」

 

 拳を振り上げながら倒れ込む。薄れゆく意識の中で私はずっと探していた人の優しい声を聴いた気がした。

 




用語解説

ACR
マグプルが開発したマサダ自動小銃のライセンスを取得したブッシュマスターとレミントンが販売している自動小銃。既存の小銃の良いとこどりで目新しさはないが、堅実で高性能。全てのパーツが左右対称でパーツを組みかえれば簡単に口径や銃身を変えられる。正に「ぼくのかんがえたさいきょうのあさるとらいふる」

ファストロープ
よく映画よかでホバリングしたヘリからロープで降りてくるあれ。金具を使っているように見えるけど実は何もつけてない。

五点着地
バキで有名になったあれ。つま先で着地し、そのまま体を丸め地面に転がりながらすねの外側、お尻、背中、肩の順に着地。全身で衝撃を分散する。元は空挺部隊用のテクニック。軍用のパラシュートの落下時の衝撃は二階から落ちるのと同じくらいなのでこういうのが必要になる。

M10
原作で死神が使用した短機関銃、別名MAC10。45口径から.380ACP、9mmルガーと色々ある。原作だとマッハ2と言及されていたが現実では357マグナムですら秒速500m未満なので無理。

プッシュダガー
T字の形をした手のひらサイズのダガー。指の間に挟んでパンチの延長線で使う。間違っても投げるものじゃない。安いので財布に優しい。

主人公、二度目の自爆、そして相変わらずボロボロになる主人公。カエデガチギレ不可避。今回はストッパーがいないので初号機ばりに暴走しました。

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