【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、名簿の時間見返してみたら主人公より体重重い生徒四人しかいなくて草

※番外編を移したため栞を挟んでいた方にご迷惑をおかけしてしまいました。申し訳ありません。


六十時間目 才能の時間

 10月も終わりにさしかかり、椚ヶ丘の景色も本格的に秋へと移り始めていた。空は澄み渡り街を彩る木々もどことなく力強く見える。

 

 本格的に日本の秋を堪能するのはこれが生まれて初めてになる。一年生の頃は何も考えず目の前の事柄を消化していたらいつの間にか過ぎてしまっていた。二年目は戦場で戦っていたのでいわずもがなである。

 

 故にこうして日本という国で秋を経験するのはこれが初めてとなるのだ。聞くところによればこたつなる暖房器具で温まりながらみかんと呼ばれる柑橘類を食べるのが伝統らしい。

 

 オレンジとは全く違うらしいがどういう味なのだろうか、スーパーに売っているのを見かけたので今度買ってみよう。こたつというのも気になる。ネットで調べたところ大した金額でもなかったので買ってみるのもいいかもしれないな。

 

「ねぇねぇ臼井ちゃんこれとかどうよ」

「さっき臼井さんに似合いそうなスカート見つけてきたんだけどさ」

 

 私は目の前でニヤニヤしながら温かそうな黒いワンピースを持ってきた中村とニコニコしながらロングスカートを差し出してきた矢田を無視しながら目の前の現実から逃げていた。

 

「ほらほら、絶対これ似合うって!」

 

 中村が押し付けてくる服を観察する。フリルとケープが付けられた温かそうな黒のワンピース、確証は持てないがこういうのをごすろりとか言うのだろうか。確かに可愛いが私がこれを着るとなると……

 

「メイド服は着れるんだからこっちもいけるって!」

「な、何故知ってる!?」

 

 中村が言った予想外の言葉に対し思わず動揺する。それを知っているのはあの四人だけのはずなのに……

 

「そりゃ、カルマから……臼井ちゃん、なんでシャドーボクシングしてんの?」

 

 いきなり虚空に向かって拳を繰り出し始めた私に中村と矢田が奇異の視線を向けた。怪我も殆ど治って絶好調な私の拳は残像を残しながら野太い風切り音を奏でる。相手は勿論あいつだ。

 

「な、なんかすっごいブンブンなってるんだけど……」

「これが元プロのフットワーク……」

 

 アッパーカットをスウェーで避け左フックをウィービングで回避、腰をフルに使いボディブローとフックのコンビネーションで止めを刺す……よし!思わずガッツポーズをする。

 

「あ、倒した」

 

 周囲の視線も顧みず頭の中で彼をノックダウンした後、改めて二人に向き直る。二人の顔が途轍もなく変な人間を見るような目に変わっていた。

 

「…………そ、それで、そもそもなんで私はこんな目に遭っているんだ?」

 

 赤くなる顔をごまかすようにここに来た目的を訊ねる。今日は10月最後の休日、陽菜乃に電話で呼び出された私は7月の惨事も忘れ馬鹿正直に集合地点のショッピングモールに到着し、そして皆に捕まった。

 

 それから先はひたすら着せ替え人形だ。カエデや陽菜乃は勿論、矢田や何故かいた中村にまであれこれ着せられる。今持ってきている服はこれで二着目だ。もう勘弁してほしいと思う私は別に間違っていないだろう。

 

 他にも岡野、奥田や神崎、速水までいる始末だ。実にE組の女子の過半数が今回の企てに参画していたということになる。暇そうでなによりだな。

 

「そりゃ、どっかの誰かが銃の雑誌広げて変な物いっぱい買おうとしてたからに決まってんじゃん」

「変な物言うな、あいつとの戦いで拳銃も短機関銃も失ってしまったから買いなおそうとしただけじゃないか」

 

 拳銃はM&Pがあるとはいえ携行性に特化したサブコンパクトは護身以外で使うには無理がある。短機関銃についても家にまだショートバレルのAR-15があるとはいえあれは日本で使うには些か大げさすぎるのだ。

 

「こらこら、それ普通に犯罪だから」

 

 中村の言葉に矢田が頷く。今更感が凄いが私がやっていることは立派な犯罪行為だったな。大量の銃火器の密輸に銃刀法違反、仮にばれたら厳罰は免れないだろう。

 

「そうそう、そんなことに使うくらいだったらもっと他のことにお金使おうよ。この前も変な物いっぱい買ってメグに怒られたばっかりじゃん」

「あ、あれは変な物じゃないもん……」

 

 溜息を吐きながらそっぽを向く。EotechやVortexもここでは変な物扱いのようだ。わかっているとはいえこうもばっさり切り捨てられると少しへこむ。

 

「もしかして臼井ちゃん拗ねちゃった?」

「さ、流石にやりすぎたかな……ご、ごめんね臼井さん」

 

 二人の言葉に首を振り否定する。気にしていないといったら嘘になるが、それ以上に皆が私のことを思ってくれていることは知っている。それを蔑ろにするほど私は薄情ではない。

 

「別に平気だ……というか何故中村はちゃん付けなんだ?いつもさん付けだったろうに」

 

 今まで私を呼ぶときはずっとさん付けだった。中村とはそこまで仲がいいわけではないし不思議でしかたなかったのだ。

 

「なんか、あの一件からもう臼井さんって感じで見れなくなっちゃってさ。えっと、もしかして嫌だった?」

 

 ようは子供っぽいということだろう。地下での醜態を思い出し顔が赤くなる。パニックになってとんでもないものを皆に見せてしまった。あんな子供のような口調で泣き喚くなんて……今でも思い出すと恥ずかしい。

 

「いや、気にしてないよ」

「そっか、ならこれからもよろしく臼井ちゃん」

「ああ」

 

 中村がニッコリと笑い、それにつられて私も笑う。陽菜乃やカエデと比べれば小さいが、それでも確かな友情を私は彼女に感じるのであった。

 

「あ、そうだ!なら、私も祥子ちゃんって呼んでいい?友達なのにずっと臼井さんってなんか他人行儀でやだったんだよね」

 

 ここぞとばかりに矢田が提案してくる。そう言えば矢田とはかなり仲が良かったはずなのにずっと苗字呼びだった。私は全く気にしていなかったが向こうは気にしていたのかもしれない。なら答えは一つだ。

 

「別に構わない、なら私も名前で呼ばせてもらうよ。よろしくな桃花」

「うん!ありがと祥子ちゃん!」

 

 手を握りお互いに名前で呼び合う。それだけで物理的な距離は何も変わっていないはずなのに前よりもぐっと距離感が近づいたような気がしてならない。

 

 名前なんてただの他者を識別するための記号でしかないと思っていたが、本当はこんなにも大切なものだったんだな。

 

「と、いうわけでこれ着てみよう」

 

 話は終わったと言わんばかりに中村が再び温かそうな黒のワンピースを差し出してくる。流石にもう疲れたんだが……矢田も流石に中村の押しの強さに顔が引いてた。

 

「いくら可愛くたってもう着ないからな!」

「えぇー、せっかく臼井ちゃんスタイルいいんだからもっとお洒落しないと損だってー」

 

 顔と言動が一致しないのは気のせいなのだろうか……。

 

「……本音は?」

「あわあわする臼井ちゃんの反応が面白いから」

「だと思ったよ……」

 

 溜息をつきながら二人に背を向ける。早く皆来ないかな……。奥田とカエデと神崎は本屋に行ってしまったし、岡野と陽菜乃と速水は何とかラテだかアイスだか買いに行くと言って帰ってこない。

 

 律もいるが彼女は彼女でノリノリで私のコーディネートとやらをやってくるので信用できん。

 

「もしかして……本当に嫌だった?」

 

 私がずっと背中を向けているのを、怒っていると勘違いしたのか、中村が申し訳なさそうに訊ねてくる。ふざけているように見えたが、彼女なりに善意でやってくれていたのかもしれない。

 

「えっと……ごめ──」

「自慢じゃないが私は、一個大隊の山狩りから逃げおおせたことがある。仮に私が本気で隠れようと思えば、君達はきっと私が居たという痕跡すら見つけられずに私を見失うことだろう」

「……え?」

 

 中村の言葉を遮り端的に事実を述べる。実際そこまで上手くいく自信はないが隠密にはなかり自信がある。烏間先生や殺せんせーのような規格外には通じないがそれでもE組の皆から逃げるのは難しいことではない。

 

「だ、だから、私がここにいるのは……その、つまり、そ、そういうことだ……」

 

 後ろは見ずに遠回しに本心を伝える。好意をストレートに伝えるのは嫌いじゃないが、流石にそのままいうのは恥ずかしすぎる。遠回しに言った今の言葉さえかなり恥ずかしい。顔と耳が熱くなるのが自分でもわかった。

 

「それって……」

「こ、これ以上言わせるな……色々恥ずかしい……」

 

 しばらく沈黙が続く。遠回しと言っても殆ど本心を伝えているようなものなので二人なら察してくれているだろう。そう思う振り返ろうとした矢先であった。

 

「もう!臼井ちゃんほんと可愛いなー!」

「なっ!だ、抱き着くな!」

 

 中村が背後から飛びかかるように抱き着いてくる。察してくれとは思ったがこうまでばっちりと理解されてもそれはそれで困るんだが……

 

「照れちゃって、ういやつよのー!」

「離れてくれ、暑苦しい」

 

 頬を突くのをやめろ、身体を触るな、他の客が見てるだろうが。

 

「ぱっとみ普通なのに触るとやっぱ筋肉すごいなー矢田ちゃんのとは違った意味で揉み心地いいわー」

「あはは……」

 

 矢田も笑ってないで助けてくれよ……。勿論強引に振りほどくこともできるが悪意でやっているわけではないためそこまで強く出る気になれない。

 

「いっそのこと茅野ちゃんじゃなくて私の妹になってよー」

「あ、二人ともー矢田っち達いたよ!」

 

 助け船が現れた。声の方向に振り向けばアイスクリームだかを買いに行っていた岡野達が私達に手を振っていた。

 

「速水、助けてくれー!」

「う、臼井?」

 

 中村の手をすり抜けすぐさま速水を壁にするように中村から距離を取る。流石にこれ以上は付き合いきれない。

 

「ありゃりゃ、嫌われちゃった」

「さっちゃん何があったの?」

「ちょっと臼井ちゃんと仲良くしてただけだって」

「あ、あれってちょっとなのかな……」

 

 桃花の言う通りだ。あれはどう見てもちょっとのレベルを超えている。まったく、恥ずかしくて死ぬかと思ったじゃないか。

 

「そんなことよりもみんなーアイス買ってきたよー!」

 

 E組の女子は殺せんせー程ではないが(一人例外がいるが)なんだかんだ言って皆甘い物好きだ。事実、陽菜乃の口からアイスの言葉が出ると矢田と中村はすぐさま反応し私はようやくこの地獄から解放された。

 

「あれ、神崎さんたちは?」

「さっき会ったんだけど三人はまだ本屋で見たいものあるらしいからしばらく戻ってこないって」

「二人はともかくあの甘いものに目がない茅野ちゃんが来ないなんて珍しいじゃん」

「カエデだっていつも甘い物ばかり食べてるわけじゃないだろ?」

「何故疑問形?」

 

 学校ではプリンとかシュークリームだとかそんなものばかりだが夕飯を作ってくれた時は普通に食べていたので食生活は至って普通なはずだ……多分。

 

「まあ、そんなことより早くアイス食べないと溶けてしまうぞ」

「そだねー、じゃあ向こうの広場で休憩しよっか」

 

 陽菜乃の言葉に続くように皆が賛同する。秋の神無月、私はいつも通りの平和な日々を過ごしていたのであった。

 

「あ、莉桜ちゃんの持ってる服可愛い!」

「でしょ!臼井ちゃんに絶対似合うって!」

「ねぇねぇ!さっちゃん試着してみて!」

「…………」

 

 結局この後結局陽菜乃の押しに負けて試着した。思いの外気に入ってしまったのはどうでもいいことである。ちなみに購入したのはもっとどうでもいいことである。

 

 

 

 

 

「こ、これは流石に浮いてないか?」

「そうかな?普通に似合ってると思うけど」

 

 ショッピングモールの広場に設置された円形のベンチに腰掛けながら羞恥心から目を背けるためにアイスを頬張る。キャラメルのほろ苦い甘さとバニラの素晴らしい甘みが口の中で溶ける。

 

 開いている席がなかったため他の四人は別のベンチに腰掛けていた。開いている席から適当に座ったせいで岡野と私という珍しい組み合わせが生まれたのである。

 

「臼井さんがこれだけはっちゃけてるんだからメグももっと好きな恰好すればいいのに」

 

 岡野に言われ改めて恥ずかしさが込み上げてくる。今の私はさっきまでの私服と違い不本意ながらも買ってしまった黒いワンピースに半ば強引に着替えさせられていた。いくら似合っているとはいえ流石にこれは許容範囲を超えている。

 

「は、はっちゃけ……まあ、確かにああ見えて意外と可愛い系の服が好きみたいだからなあ」

「そうそう、本人は私じゃ似合わないーとか言ってるけど」

「最初のハードルを越えてしまえばどうってことないんだが、それが難しいからな」

 

 私は強制的にハードルを乗り越えさせられたせいで平気になったが、自分で超えるとなるとかなり難しいものがあるのだろう。

 

「ハードル、か……」

 

 今思えばあれが私が変わる切っ掛けだったのだと思う。ビッチ先生に髪を切られた時に私の兵士の鍍金は剥げていたのだ。

 

 一息つくためにカップに残った最後のアイスクリームを口に入れる。溶けかけた牛乳が歯にまとわりついた。

 

「そう言えば、怪我はもう大丈夫?」

「ああ、顔の傷はもう治ったよ。ほら」

 

 髪をかき上げて岡野に額を見せる。死神との戦いで全身に負った傷は大きなものを残して粗方治ってしまった。手足の傷は跡になってしまったが名誉の勲章だと思うことにしよう。

 

「な、治るの速いんだね。でも、よかったー顔に傷が残らなくて」

「私としては頬に傷跡があるのもそれはそれで凄味があって…………ごめんなさい」

 

 言いかけた途中で岡野の顔から笑顔が消えかけたので慌てて謝る。また余計なこと言って叱られるところだった。

 

「もー、そんなこと言ってると茅野っちに言いつけちゃうよ」

「本当にそれだけは止めてくれ……」

 

 あの時のカエデは下手したら飲酒がばれた時よりも怖かった。あの病室での惨劇はもう二度と繰り返してはならないのだ。

 

「でもさ、臼井さんほんとに変わったよね。初めて会った時は髪もボサボサで眼とか凄い怖かったし、話し方もどことなくロボットみたいでさ……」

「怖かったか?」

「うん、ちょっとね」

 

 自分で言うのもなんだが、あの時の私は相当不気味な人間だったのは想像に難くない。戦場から帰ったばかりで気が立っていたというのも差し置いてあの時の私は色々と酷かった。陽菜乃はよくあんな私に話しかけようと思ったな。

 

「でも、今の臼井さんはどこから見てもただの女の子だけどね」

「ふふ、そうだな……」

 

 ワンピースの裾を掴む。無敵の傭兵はもういない、武器は持っていないしコンバットブーツだって履いてない。今の私は岡野言う通りただの女子中学生でしかない。

 

「戦場で戦っていたのはたった七ヶ月前のことなのに、随分と昔に感じるよ……」

「そっか……じゃあこうやってみんなで遊んだりするのも生まれて初めてなんだ」

 

 その言葉に無言で頷く。脳裏に今までの戦いの記憶が蘇る。やっぱりあそこにはもう戻りたくない……。駄目だな、妙に感傷的になってしまう。

 

「じゃあ、これからもっとたくさん遊んで当たり前のことにしないとね!」

「……岡野」

 

 もしかして、今日は私のために皆集まってくれたのだろうか。いや、きっとそうなのだろう。わざわざ聞かなくたって、そんなもの岡野の優しい笑顔を見ればわかることだ。

 

「…………ありがとう」

「うん?なんのこと?」

「別に惚け…………いや、なんでもない」

 

 言葉にしなくたって今の私ならもうわかる。だからこれ以上はよそう。立ち上がり身体を伸ばす。息を吸えば長閑な空気が肺を満たした。

 

「そうだ、よかったらアイスのカップ捨ててくるよ」

「え、いいの?ありがと臼井さん」

 

 礼を言う岡野手から空のカップを受け取る。陽菜乃たちは……まだ食べているようだな。何やら会話に夢中のようだがアイスが溶けないか心配だ。

 

 そんな下らなくも、今までは絶対に考えることのできなかった思いを胸に少し離れたゴミ箱に向けて足を運ぶ。

 

「……案外誰も見てないんだな」

 

 それなりに派手な格好をしているつもりだったが、道行く客たちは我関せずといった様子で私に見向きもしなかった。

 

 子供の傭兵という非常に目立つ仕事をしていたせいで、見られるのが当たり前になっていたが、所詮世間なんてこんなものなのだろう。

 

「恥ずかしがっていた自分が馬鹿みたいだ」

 

 ふと、大理石の柱に映り込んだ自分の姿が目に入る。迷彩効果ゼロで暗闇ですら役に立ちそうにないケープのついた黒いワンピースに山岳地帯を歩けば捻挫必至の編み上げのブーツが映える。

 

「こんなんで戦場に行ったら大目玉だな」

 

 着る物と言ったら迷彩服かよくてタクティカルウェアだった頃からすれば大いに進歩したものだ。若干進む方向が間違っている気がしなくもないが……

 

「ま、可愛いからいっか」

 

 ワンピースの裾を両手でつまみ少しだけポーズを取る。裾のフリルがひらりと翻る。うん、やっぱり可愛い、買って良かった。どうせ誰も見てないしもう少し派手なポーズを──

 

「……何してんの、さっちゃんさん……」

「…………」

 

 大理石に映った私の後ろに、半目の渚が映っていた。もうこのパターンは経験済みだ。ここは平常心、そう平常心だ。ゆっくりと彼に振り返る。コツはさも何もなかったかのように振る舞うことだ。

 

「こんなところで会うなんて奇遇だな!それにしても今日はいい天気だ」

「……外、曇ってるけど」

 

 うるさい黙れ、せっかく人がなかったことにしようとしたのに。抗議を意思を込めた視線を彼に飛ばすが初めて会った頃に比べれば随分と図太くなった彼には通用しなかった。

 

「てかなんでゴスロリ?」

「深くは聞くな」

「……ああ、なるほど」

 

 広場のベンチに座って談笑する陽菜乃たちを見て渚は全てを察してくれたようだ。こういう時の察しの良さは流石と言わざるを得ない。

 

「それにしても、君にこんなところで会うなんて珍しいな」

 

 単純に疑問だった。私の知っているかぎり渚は一人でこのような場所に来る性格ではない。周囲にカルマや杉野も見当たらない。

 

「一人で来たのか?」

「そ、それは……」

 

 珍しく彼が言い淀んだ。それに心なしか表情も暗い、普段の彼はもっと明るかった。きっと何か原因があるのだろう。

 

「えっと──」

「もう、いつまで道草食ってるつもり、早く行くわよ」

 

 訊ねようとした原因は向こうから現れた。私は彼の後ろからやってきた私より少し身長の高い女性を一瞬だけ観察する。

 

 歳は40代後半、青みがかった黒髪と目と鼻および顔の骨格から鑑みて十中八九渚の親類、恐らく母親だろうと当たりを付ける。

 

「なに、その子もしかしてあんたの知り合い?」

 

 彼女はそう言って私に目を向けてきた。この眼はよく知っている。そこまで露骨ではないがこの眼は確実に人を値踏みする時の目だ。

 

「…………」

 

 実を言うと値踏みされるのはあまり嫌いじゃない。私はいつだってそうやって価値を示してきたからだ。息を軽く吐き渚の母親らしき人物に向き直る。

 

「初めまして、渚君の友人をさせていただいている臼井祥子と申します。以後お見知りおきを」

 

 クライアントと交渉する時のように礼儀正しく背筋を伸ばし丁寧にお辞儀をする。まさかこんなところで傭兵時代に培ったスキルが役に立つとは思わなかった。

 

 この対応は予想外だったのか渚は目を見開いて驚いていた。私がただの粗野で野蛮な元傭兵だと思ったら大間違いだぞ。

 

「あら、ご丁寧にどうも。私、渚の母親の潮田広海と言います」

 

 私の対応に彼女の雰囲気が柔らかくなるのを感じる。悪い人間ではなさそうだが、やけに母親の部分を強調していたのが気になる。どうにも一物抱えてそうな人だな。

 

「渚、あんたこんな美人の友達がいるなんて聞いてないんだけど」

「だって言ってなかったし……」

 

 彼の表情を見る限りあまり親子関係は良好とは言えなさそうだ。渚も困っているようだし、余計なことを言ってしまわないうちに引き下がっておくべきだろう。

 

「祥子ちゃん、だったかしら?うちの子のことも聞きたいし、よかったらその辺でお茶でもどう?」

 

 その社交辞令的な提案を受け、それとなく渚に目を向ける。私と目が合うと予想通り渚は小さく首を振って言外に断ってくれと伝えてきた。

 

「誠に申し訳ありませんが友人達を待たせているので、お気持ちだけ頂戴いたします」

「あらそう、それなら仕方ないわね。変なこと聞いてごめんなさい」

「いえ、お構いなく。では私はこれで失礼します」

 

 二人に一礼し踵を返す。ここまで人に丁寧に接するのは久しぶりだったので少しぎこちなくなってしまったが、なんとか波風を立たせることなく話を終えられたようだ。

 

 背後に感じる二人の気配が遠ざかっていく、あれが母親というものか……。私は初めて間近で見る母親という存在に畏怖にも似た感情を抱いた。だが、不思議と羨ましくは思わなかった。

 

「あ、みんな祥子戻ってきたよ。おーい!」

 

 広場に近づくと既に全員合流していたらしくカエデ達が私に手を振っていた。皆私の大切な仲間であり、大好きな友達だ。

 

「ああ、そういうことか……」

 

 確かに私は家族がいないかもしれない。だけど私はもう独りではない、空っぽではない、だから妬む必要などどこにもないのだ。

 

「さっちゃーん!この後みんなでカラオケ行く?」

「行く!」

 

 手を振りながら走り出す。10月の寒空の下、私は確かに幸せだった。

 

「あ、臼井さん服着替えたんですね!とっても可愛いです!」

「…………ああ」

 

 人の純粋な好意は時に誰かを傷つけることがある。私は熱の籠る顔を必死に隠しながらまた一つ学習したのであった。

 

 

 

 

 

「ねえ、三人とも進路とかもう決まった?」

 

 夕暮れの静かな住宅街、微かに都市の雑踏が聞こえるその場所で、唐突にカルマがそう言った。

 

「そっか、そう言えばもうそんな時期なんだ」

「色々あったもんね」

 

 カエデの言葉に心の底から同意する。本当に色々なことがありすぎるくらいにあった。つい数ヶ月前までは戦場で戦っていたというのにもう何年も前に感じるのも、この異常なまでの中身濃さに原因があるのだろう。

 

「カルマ君はやりたい仕事とかあるの?」

「俺?俺は官僚になろうかなって思ってる」

 

 カルマの思いがけない言葉に私達が一斉に彼の顔を見た。派手好きで目立つのが好きな彼がある意味裏方とも言える仕事に就きたいと考えているとは思わなかった。

 

「え、三人ともなんでそんな意外そうな顔してんの?」

「いや、だってな」

「うん、もっと派手な仕事かなって思ってたから」

 

 奇しくもカエデも同じ考えを抱いていたようだ。渚も頷いているので同じことを考えていたのだろう。

 

「俺も色々思うところあってさ。それで、茅野ちゃんは決まってるの?」

「あはは、私はまだかなー」

 

 カエデは苦笑いしながらカルマの言葉にそう答えた。カエデはこれからどうするつもりなのだろうか。台無しになってもいいと彼女は言っていた。あれから結局何も聞いてない。そろそろ自分から動くべき時が来たのだろうか。

 

「僕も、かな……」

 

 便乗するように渚も答える。一瞬だけ彼の表情に憂いが帯びるが、すぐに元の表情に戻った。

 

「渚君?」

「え、な、何?」

「何かあったの渚、一瞬変な顔してたけど」

 

 元から敏いカルマは勿論のこと一学期からずっと彼と一緒にいるカエデも渚の一瞬の変化を感じ取っていた。二人が心配そうに渚の目を見ている。

 

「大丈夫、ちょっと訓練で疲れただけだって」

「ふぅん……ま、そういうことにしておくよ」

 

 渚の態度にこれ以上は深入りするべきではないと考えたのか、カルマはあっさりと身を引いた。きっと彼なら強引に聞き出すことも簡単だろうが、彼はそういうことをする人間ではない。

 

「うん……そうだ!さっちゃんさんは進路決まってるの?」

「私か?」

 

 唐突に投げかけられた問いに首を捻る。進路など今まで考えたこともなかった。幸せに生きるという大きな目標はあるが、それ以外のことはあまり考えてこなかった。

 

「進路か……」

 

 だが、いざか考えるとなるとこれが全くと言っていいほど思い浮かばなかった。必死に頭を巡らすが案の定答えは出なかった。

 

「正直に言うと考えたこともなかったよ。いや、考える余裕すらなかったかと言うべきか」

「さっちゃんさんは仕方ないよ、あんなことがあったんだしさ……」

 

 渚のフォローが嬉しくもあるが、同時にもどかしくもある。何をしても自由というのは、裏を返せば主体性がなければ何もできないのと一緒なのだ。

 

「まあでも、ある意味この中で一番身軽だからな、精々好きなようにやらせてもらうさ。でも、今の私は色々と足りなさ過ぎて考えるのは無理だ。だからこれからゆっくり勉強していくよ……」

 

 私なりに考えた結論を述べる。結局いくら頭をこねくり回してしたところでわからないものはわからない。将来だなんだと考えるよりも、まずは本当の意味で自分の人生に向き合っていくべきだろう。

 

「もう生き急ぐ必要なんてどこにもないしな……これくらいだ、今言えることは」

「うん、いいんじゃないの?」

 

 カルマの言葉に嬉しそうにカエデが頷く。本当にいい友達を持ったものだ。私は本当に幸せ者だな。

 

「…………」

 

 そんな二人とは対照的に渚はどことなく浮かない顔をしていた。ビッチ先生が攫われた時や彼の母親に会った時もそうだったが、やはり何かあったのだ。

 

 殺せんせーやカエデにそれとなく伝えておくべきだろうか。二人ならきっと私よりも上手くやってくれるだろう。電話か何かで伝えておくことにする。

 

 勿論私の見当違いということも十分に考えられる。いつものように早合点するのだけは絶対に止めておこう。

 

「お別れだな」

 

 歩き続けること数分、いつもの分かれ道にさしかかった。ここから先は一人で帰ることになる。渚のことは気になるが、強引に深入りしたくはない、かと言って皆についていってそれとなく彼に聞くのも無理だ。私はそこまで器用ではない。

 

「また明日」

 

 そう言って小さくなっていく三人の背中を見送る……いや、正確には二人といったほうがいいだろうか。

 

「どうしたんだ?渚」

 

 渚はまだその場に立ったままだった。去っていくカエデ達が何事かと振り向くが、事情を察したのか私達に手を振るとそのまま街の雑踏に消えていった。

 

「さっちゃんさんはこの前何かあったら力になってくれるって言ってたよね……」

「ああ、違えるつもりはない」

 

 頷きながら答える。そんな私に彼は少しだけ安堵したような表情を浮かべた。思えば彼が誰かにこうして頼るのを見たのは初めてかもしれない。

 

「その……ちょっと相談があって、時間いいかな?」

「勿論だ。ここじゃなんだ、公園でもいくか?」

 

 彼が首を振ったのを確認し私たちは再び止めていた足を動かしたのであった。

 

 

 

 

 

「ほら、ココアでよかったか?」

 

 さっちゃんさんが投げてきた缶ココアをキャッチする。熱い缶が掌を温めた。

 

「ありがとう。あ、お金渡すね」

「金はいい、いつかウィスキーでも奢ってくれ」

 

 鞄から財布を取り出そうとした僕を人差し指を突きたて止める。まるでアクション映画の主人公のような台詞に少しだけ笑う。正直僕よりも男らしくて少しだけ羨ましい。

 

「隣、座るぞ」

「うん」

 

 横に人一人分開けてさっちゃんさんがベンチに座った。脚を組んで缶コーヒーを飲む姿が様になっている。

 

「大分寒くなってきたね」

「そうだな、こうも季節がはっきりしていると少し戸惑うよ」

「外国ってあんまり四季がないんだっけ?」

 

 僕の意味のない質問にさっちゃんさんが頷いた。確かここに来る前はアフリカや中東にいたと言っていた。

 

 僕たちには当たり前のことだけど、この人にとってはこれも初めてのことなんだろう。ビッチ先生が季節感ゼロの服を着ているのも外国に住んでいたからなのかもしれない。

 

「そういえばこの前はごめん」

 

 僕の母さんがさっちゃんさんを値踏みするような目で見ていたのはなんとなくわかっていた。さっちゃんさんは全然気にしてなかったみたいだけど、やっぱり謝ったほうがいいはずだ。

 

「別にいいさ、オートマチックでロシアンルーレットをやらされた時に比べればなんてことない」

「う、うん?」

 

 相変わらず例えが斜め上すぎてよくわからない。でも本当に気にしていないみたいでよかった。というかピストルでロシアンルーレットってどうやるんだろ……

 

「……どうやらあまり自分の母のことをよく思っていないみたいだな」

 

 やっぱりさっちゃんさんにはばれていた。普段はあれだけどこう言う時だけは本当に鋭い。

 

「ちょっと……話いいかな……」

 

 僕は母さんのことを簡単に説明した。本当なら家族のいないこの人に自分の家族の話をするのは酷いなことなのかもしれない、だけどそうやって勝手に決めつけて話さないことのほうがもっと駄目な気がした。

 

「母さんにとって僕は多分自分のできなかったことを叶えるための道具なんだと思う……」

 

 E組で過ごしてきたことで一つわかったことがある。それは、悩みは一人でため込んでいてもどうにもならないこと。溜め込み続けるとどうなるかは目の前の人が証明してくれている。

 

「……わからないな、そんなことをしたって自分の人生が戻るわけじゃないだろうに」

「ほんと、なんでだろうね……」

 

 殆ど愚痴みたいな話だったけどさっちゃんさんは文句ひとつ言わず付き合ってくれた。現状は変わらないかもしれないけど、少しだけ気が楽になった。

 

「君は……母親を憎んでいるのか?」

 

 さっちゃんさんにそう言われ今までのことを思い出す。正直嫌いなところは多い、女じゃないのに女の恰好をさせようとするところも、一から十まで生き方を押し付けてくるところも全部嫌だ。でもここまで僕を育ててくれたのは間違いなく母さんだった。

 

「それは……違う……」

 

 好き嫌いの一言でわけられるような感情じゃない。心がもやもやしてはっきりと言葉にできない。

 

「そうか……それは、よかった……」

 

 どこか悲しそうな、それでいて安心したような顔。この人はずっと一人の力で生きてきた。住んでいる家も、持っている武器も、お昼に食べる弁当も、全部自分の力で手に入れている。

 

 本当に凄いと思うし自由に生きられるこの人を羨ましいと思う時もある。でもこの人のようになりたいとは思わなかった。何故ならそれはきっととても悲しいことだから。

 

「悪いが、私から言えることはない。こんな答えで悪いが、人の考えに口出しできるほど私は人生経験を積んでないでな」

「さっちゃんさんが人生経験ないなら、僕たちの人生経験なんてミジンコ以下になっちゃう気が……」

 

 一人でアクション映画みたいな人生を送っている人の人生経験が浅いなら僕たちの人生はいったいなんなのだろうか……

 

「私が積んできた経験なんて所詮撃ったり殴ったりとかそんなものだよ。それで、結局君はどう思っているんだ?」

「どう思ってる?」

「ああ、嫌なのか、それとも別にこのままでいいと思っているのか。理屈はいくらでも言えるが、突き詰めていけばどっちかだ」

 

 さっちゃんさんの澄みきった目が僕を射抜く。そのとてもシンプルな質問に僕ははっとなった。

 

「私はもう戦場には戻りたくない。例え、戦うことしかできなかったとしても、私はもう戻りたくない。正しいとか間違ってるとかの問題じゃない、私の心がそう言っているんだ…………君はどうなんだ?」

「そんなの…………嫌に決まってる」

 

 ここまで育ててくれたのは恩を感じているし感謝もしている。だけど何を言われても、どんな事実があっても嫌な物は嫌だ。僕は女じゃないし母さんの操り人形でもない、僕の人生は僕のものだ。

 

「なら、それが答えだよ」

 

 そう言ってニヤリと笑った。さっちゃんさんの考えはとてもシンプルだ。大人が言うような難しいことじゃくて、ただやりたいかやりたくないか。

 

 きっと戦うことしかできないと言ったこの人が血を吐くような思いで悩み抜いた末に絞り出した結論なんだと思う。

 

「うん、そうだね」

 

 僕よりもずっと悩んでいるはずなのに、そんなことおくびにも出さずに自分と戦い続けているこの人を見て僕は心に勇気が湧いてくるのを感じた。

 

「僕、少しだけ母さんと話してみるよ」

 

 多分わかってくれないだろうけど、気持ちを伝えることが大事なんだ。怒鳴られるのは嫌だし怖いけど、さっちゃんさんが今まで経験してきた苦労に比べればなんてことない。

 

「そうか……だけど、もし本当にどうしようもなくなったら逃げるんだぞ。世の中には自分じゃどうしようもない事態ってのもある。その時は素直に誰かに頼るか、いっそのことどこか遠くに行くのもありだな」

 

 さっちゃんさんの頭に思い切りブーメランが突き刺さっている気がするけど今は黙っておこう。

 

「金が必要なら貸したっていい、コネだってある。死んだことにして別人になるのも手だ。おすすめは船舶事故だな、行方不明だと死亡認定までに時間がかかる」

「それはいいや……」

 

 ドヤ顔で何言ってんだろこの人……。さっきまでいい話だったのに台無しだよ。僕は身体の力が一気に抜けるのを感じた。

 

「そっか……」

「なんでちょっと残念そうなの……」

 

 相変わらずこの人の基準がよくわからない。何故さっちゃんさんがポンコツ呼ばわりされるのか、改めてわかった気がした。

 

「まあ、その様子なら大丈夫そうだな。他に悩みとかあるか?この際だからとことん付き合うぞ」

 

 その言葉に死神に受けた攻撃を思い出した。あれから僕の視界は一気に変わってしまった。きっとこの力を使えば本当の殺し屋になることも不可能ではないと思う。だけど……

 

「もう一つあったけど、なんかどうでもよくなっちゃったからいいや」

 

 笑って言う。この人の話を聞いていたら本当に些細なことにしか思えなくなってしまった。大事なのは才能でも境遇でもない、僕がどう生きたいかなんだと思う。

 

 将来のことはまだわからないけど、僕は人殺しになんてなりたくない。人殺しになって母さんや皆を悲しませたくない。人を殺すってきっと僕が思っているよりもずっと重いことだから。

 

「そうか?それならいいんだが……何かあったら言うんだぞ」

「うん、今日は本当にありがとう」

「気にしないでくれ、友達だろ?」

 

 この人は本当に変わった。いや、多分これがさっちゃんさんの本当の姿なのだろう。あの時と今、どっちがいいのかなんて言うまでもない。

 

「私はそろそろ行くよ。君もあまり寄り道するなよ。またな」

「うん、じゃあね」

 

 手を振りながら去っていくさっちゃんさんを見て、僕は唐突にあることを思いついた。

 

「あ、待って!」

「なんだ?」

「さっちゃんさん、将来の目標とか決まってないんだよね。思ったんだけど、先生とか向いてるんじゃないかな?」

「先生?私が?」

 

 突然の言葉に彼女がきょとんとする。あまりたくさんの理由はないけどこの人は先生に向いている気がする。

 

 今まで気が付かなかったけどこの人は少しだけ殺せんせーに似ているんだ。性格とか考え方じゃなくて、あり方が似ている。

 

「さっちゃんさんはいつも真剣に人の話を聞いてくれるし、絶対に馬鹿にしたりないよね。そういうのって多分先生に必要な才能だと思うんだ」

 

 ちょっと厳しくて変なところもあるけど、だけど絶対に目の前で困っている生徒を見捨てない、そんな優しい先生になれる気がした。

 

「…………そうか」

「僕が思ってるだけだからあんまり真に受けなくていいよ。でも、少しでも参考になったら嬉しいかな」

 

 調子の良いこと言っちゃったけど、僕も自分の将来考えなきゃだめだよね。どうしよう、将来とか全然思いつかないや。

 

「ありがとう、少し考えてみるよ。じゃあ、また明日」

「うん!」

 

 それだけ言うと今度こそさっちゃんさんは去っていった。きっとこれからもあの人の進む道には沢山の苦難が待ち受けている気がする。だけどさっちゃさんは絶対に負けないと思う。だから、僕も頑張ろう。

 

 缶のプルタブを開け中身を啜る。すっかり冷めたココアが舌にまとわりついた。

 

 

 

 

 

「臼井さんは進路どうしますか?」

 

 前に座った奥田が身体をこちらに向けてくる。その手には希望進路を書くための用紙が握られていた。

 

 今年もいよいよ11月に入り残すところ僅かになった。中学三年生にとってこの時期は進路を決める大事な時期だと聞く。

 

 殺せんせーもその例に漏れず(来年地球を滅ぼすと言っているのにもかかわらず)希望相談の話を持ち掛けてきた。

 

「奥田はどうなんだ?」

「はい!私はやっぱり研究の道に進みたいなって思ってます!」

 

 最初の頃に比べると奥田も随分とはっきりとものを言うようになってきた。私が変わったように、皆も変わってきている。そのことをはっきりと実感する。

 

「私は…………」

 

 そこまで言って言葉に詰まる。年月にして約8年、人生の大半を戦いに捧げてきた。いきなり他の生き方をしろと言われても正直言ってわからない。

 

 ここに来て本当に色々な人間に出会ってきた。殺せんせーを筆頭に、烏間先生やビッチ先生に理事長や松方さん、そして鷹岡や死神。

 

 今まで色々な人間を見てきた。私に銃を握らせ人生を滅茶苦茶にした人間は教官という名の教職者だった。だけど私が尊敬している人間も先生という名の教職者だった。

 

 渚に言われた言葉を思い出す。戦うことでも、銃を撃つことでもない、私のやりたいこと、やってみたいこと。それは──

 

「…………先生、かな?」

 

 秋晴れの空に浮かぶ太陽。その温かい西日が私の身体を温めた。




用語解説

こたつ
通称冬の魔物。一度その中に入ったものを二度と出さない恐ろしい怪物、毎年夥しい数の犠牲者を出しているが政府は一向に対策を講じない。

メイド服or変な物
番外編参照(露骨な誘導)

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