【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、読み上げソフト便利すぎでしょ

※大幅に書き直したせいで遅れてしまいました。申し訳ありません。


六十一時間目 祭りの時間

「学園祭、ね」

 

 私の呟きが喧騒に吸い込まれていった。11月に入り今年も残りわずかとなったこの季節。ここ椚ヶ丘では学園祭の時期にさしかかる。一に成績、二に成績のこの学校であってもこの時期に限ってはペンを手放し代わりに慣れない金槌を握ることになるのだ。

 

「わぁ、凄い活気」

 

 カエデが感嘆の声をあげる。その視線の先には多くの生徒が資材や道具を持って走り回り、どこもかしこも活気と喧騒に満ち溢れていた。

 

「ほんとに凄いな……」

 

 これほどまでの人数が同じ目的のために一心不乱に働くという光景は、見たことがない。野戦基地ではこれと似たような光景を見たことがあるがここまで活気に満ちていなかった。

 

「茅野が驚くのはわかるけど、さっちゃんさん今年で三回目でしょ……」

 

 カエデを挟んだ先にいる渚が呆れたような目線でこちらを見てきた。言いたいことはわかる。もう三回目になるのにまるで初めてみたように驚くのは不自然なのだろう。

 

「私もまともに参加するのは初めてなんだよ。一年目は何か手伝った記憶はあるが、二年目は中東で砂まみれになっててそもそも物理的にここにいなかった」

「あ、そっか。そう言えば前にそんなこと言ってたっけ」

 

 思い出したかのように渚が頷いた。確かこの時期はシリアでテロリスト相手に戦っていたはずだ。長期間いたわけでもないし大規模な戦闘もなかったのであまり印象に残っていない。

 

「平和な世界に耐えきれず戦場にとんぼ返り……はっ、我ながら碌でもない人生だな」

 

 思わず自嘲染みた笑みを浮かべる。当然こんなことを言えば隣の緑髪が黙ってはいないわけでその可愛らしい頬を膨らませてこちらを睨んできた。

 

「こら!そういうこと言うの禁止!」

「はいはい、冗談だって。それにしても本当に凄い活気だな」

 

 この手のイベントが熱を入れるのは確か大学や高校だと聞いたのだが、作業する生徒達を見るにそれに匹敵、あるいは勝りそうな勢いを感じる。

 

「二人は知らないだろうけど、椚ヶ丘の学園際って凄い有名だよ。うちのは中高一貫だし有名校だから来場者も参加者も段違いなんだ」

 

 渚によれば飲食店も出店されるとのこと。本校舎の連中はあまり好きではないが、これは興味が湧いてきた。夏祭りの時に食べたお好み焼きやたこ焼きを思い出し思わず口元が緩む。

 

「売上とかで明確に順位付けられて、優勝すると就活の実績になるくらいだからみんなガチでやってる。去年はテレビ局も来てたかな」

「へぇ、ほんとに凄いんだね。ちょっと楽しみだなあ」

 

 もはやそれは学校の学園祭のレベルを超えているのではないだろか。うちの学校は色々規格外だとは思っていたがまさかここまでとはな。勉学至上主義の割には、意外とイベントが多い気がする。

 

「それにしても……」

「どうしたの?」

「椚ヶ丘って高校あったんだな。今思い出した」

「「…………」」

 

 二人の視線の温度が急激に下がった。わかってはいる。私も流石に自分の通っている学校の仕組みくらい把握しておけとは思う。だが必要のないものは覚えないようにしているので忘れていたのだ。

 

「……さっちゃんさんって本当にA組だったの?」

「ごめん、ちょっと自信なくなってきた……」

「おい、怒るぞ」

 

 心なしか渚の遠慮が少なくなっている気がする。初めて会った時はこんな毒を吐くような性格ではなかった気がするのだが……。まあ人は変わると言うことか。

 

「ま、それはおいておいて、差し支えなければ聞きたいんだが、母親とはあの後どうなったんだ?」

 

 どうやら進路相談の後に渚の母が面談に来たらしい。私はすぐに帰ってしまったため詳しくは知らないが、カエデから聞いたところなんでもE組を抜けさせると息巻いていたという。

 

 今三人で旧校舎に向かっている時点で答えは決まっているようなものだが、それでも気になるのが人という生き物だろう。

 

「うん、色々あったけどちゃんと自分の気持ちを伝えたらとりあえず納得してもらえた。まあ、大喧嘩になったけどね」

「そっか、よかったね渚」

 

 カエデが安堵の溜息をついた。私も同じ気持ちだった。何はともあれ渚が拒絶されるようなことがなくて本当によかった。

 

「さっちゃんさん、あの時は背中を押してくれてありがとう」

「別に私は話を聞いただけだよ。前に進めたのは君自身の力さ」

「二人で話していると思ってたら、やっぱりあの時相談に乗ってたんだ」

 

 心底嬉しそうにはにかんでいるが、私はそんなこと聞いていないんだが。それは彼も同じようで目を白黒させ驚いていた。

 

「二人で話してたって……もしかして茅野見てた?」

「ごめん、どうしても心配で。でも安心して、遠くからちらっと見ただけだよ」

 

 この様子だとカルマも見ていそうだな。まったく気が付かなかった。まあ私とて万能ではないし遠くから一瞬覗くだけでは気が付かないのも無理はないだろう。

 

「祥子ほどじゃないけど渚もなんだかんだいって一人で溜め込もうとするよね。駄目だよちゃんと言わなきゃ」

「そうだね、茅野の言う通りだと思う。もしかしたらこれからも相談するかもしれないけど、その時はお願いしていいかな」

 

 その憑き物が落ちたような笑顔に私とカエデは自然と笑顔になった。でも私ほどじゃないけどってなんだ。いや、言いたいことはわかるけど。

 

「さて、悩みも解決したことだし今は学園祭に集中と言ったところだな」

 

 私の言葉に二人が頷く。恐らく今回もA組との勝負になるだろう。ここまで勝負を重ねた以上、それは仕方のないことだ。正直言って面倒だと思うが、心のどこかでそれを楽しんでいる自分がいるのもまた事実だった。

 

「じゃあ、心機一転して学園祭もがんばろー!」

 

 三人で一斉に拳を突き上げる。やる気は十分と言ったところか。11月、秋も真っただ中のこの季節、椚ヶ丘は今日も平和だった。

 

 

 

 

 

 水面に炭素鋼の刃がきらめく。丹念に研がれたストレートエッジブレードが獲物が現れるのを今か今かと待っている。

 

 私の鍛え抜かれた眼が水中に影を捉える。右手を突き出し高速の突きを繰り出す。水しぶき。一切の無駄な動作を省かれた鋭い突きは、当然の帰結としてその影を串刺しにした。

 

 確かな手ごたえを感じた私はナイフを水の中から引き抜いた。ナイフに貫かれた掌大の川魚がぴちぴちと跳ねている。懐かしいな昔はこうして食料を手に入れたものだ。

 

「よし」

「普通に獲れよ!!」

 

 寺坂のがなり声で現実に引き戻される。抗議の意味を込めて横を向けば釣竿を握りしめた寺坂がこちらを睨みつけていた。

 

「こっちのほうが速い」

「隣でナイフ振り回される身にもなれよ!普通に釣竿使え!」

 

 そう言って地面においてあった釣竿を私に差し出してくる。確かに彼の言うことはもっともなのだが……

 

「すまない、釣りしたことないんだ……」

 

 私の言葉に寺坂が呆気にとられた。その通り、私が釣りをしたことがないのだ。狩りは得意だが釣りはからっきしである。

 

「意外だな、てっきり君はこういうのは得意かと思っていたんだが」

 

 寺坂を挟んだ奥にいる竹林が眼鏡を指で持ち上げがらそう言った。確かにあれだけ原始人扱いされれば釣りも得意だろうと思われるのは無理ない。

 

「魚を捕まえること自体は得意だぞ」

 

 ナイフを掲げてアピールすれば二人の顔に疲労の色が浮かんだ。やっぱりナイフは駄目なようだ。少しだけショックだ。

 

「槍があればもっと早く捕まえられるんだが……」

「試食用に四、五匹釣るだけだからそこまで焦らなくてもいいんじゃないか?」

 

 確かに竹林の言う通りだ。別に時間に追われているわけでもない。たまにはこうしてのんびり釣りをするのも悪くないのかもしれない。ナイフをシースに戻し寺坂の左手に握られていた釣竿を受け取った。

 

「確か……えっと」

 

 おぼろげな記憶を頼りに釣竿を構える。あ、その前に餌か。いや、ルアーというのも聞いたことがある、これはどっちだ?駄目だやり方がわからない。

 

「おい、向き逆だぞ」

「え!?」

 

 どうやらリールを下に向けるらしい。大真面目に馬鹿なことをやってしまった。恥ずかしい。どうにも私は戦闘以外はまだまだ苦手なようだ。

 

「お前も苦手なことあんだな」

 

 何か微笑ましいものを見るような笑顔でからかわれ私は余計に恥ずかしくなった。

 

「わ、笑うな!だって仕方ないだろ、あっちじゃ釣りなんてできなかったし」

 

 とは言え釣りすらしたことがないのは我ながらどうかと思う。魚を捕まえたことは何度もあるが思い返してもナイフや槍で捕まえた記憶しかない。

 

「しゃあねえな、見本みせるから真似してみろ」

「むぅ、すまない」

「気にすんな、できねえならできねえでいいんだよ」

 

 ニヤリと笑いながら私に見やすいように釣りの準備を始める。彼の真似をしながら餌を取り付け水面に糸を垂らす。

 

「にしてもすげぇわんさか棲みついてんな」

 

 夏にプールだった溜め池は今や水棲生物の宝庫と化していた。流れが少ないため少し濁ってはいるが水質はかなり綺麗だろう。アフリカのジャングルとは違った生命の力強さを感じる。

 

「その割には全然かからないけどね」

「なんで二人とも私を見るんだ……」

 

 いや、わかっている。私が暴れたせいで魚が驚いてしまったのだろう。少し悪いことをしてしまったかもしれない。これはもうしばらく時間がかかりそうだ。

 

「僕は仕掛けた網のほうを見てくる。魚は君達に任せたよ」

 

 釣れないと判断したのか、竹林はプールの向こう側に歩き出してしまった。プールが沈黙に包まれる。近くで聞こえるのは息遣いと水の流れる音だけ。

 

「静かだな」

「ああ」

 

 向こうからかすかに聞こえてくる皆の喧騒が余計に静けさを強調した。

 

「それにしてもこの山は自然豊かだ」

「言われてみればそうだな」

 

 東京であれだけ立派な魚が釣れる山というのはあまりないだろう。椚ヶ丘市も別段自然豊かというわけでもなく、至って普通の街だ。そんな街にこれだけ未開発の山があるということはかなり珍しいのだ。

 

「確かお前に突き落とされたのもこのプールだったよな」

 

 二人して顔をしかめる。あの出来事は私にとっても寺坂にとってもあまり思い出したくない出来事なのだ。彼は自分が良いように利用されたことに関して、私は必要以上に暴力を振るってしまったことに対して自責の念を感じている。

 

「にしてもあん時はビビったけどよ、思い返すと結構おもしれえ恰好してたぜお前」

「何が面白いんだ?我ながら完璧な偽装だと思ったんだが」

 

 ハーフギリーにドーランで視覚面での偽装は完璧、鍛え抜かれたスカウト技術によって寺坂はおろか触手持ちのイトナにまで私の存在を悟らせなかった。あれがここに来てから唯一の作戦勝ちと言ってもいいだろう。それ以外は後手もいいところだ。

 

「おめえほんとブレないな。けどお陰で助かったぜ」

「礼はいい。私は私のやりたいようにやっただけだ」

「……臼井はやっぱあの頃からなんも変わってねえな」

 

 何度も人から変わったと言われたし自分でもここまで心情が変化するとは思ってもいなかったのだが、寺坂からすると違うのだろうか。

 

「確かに見てくれも態度も最初の頃とは別人だけどよ、お前のやってることはあの時から何一つ変わってねえじゃねえか」

「……?どういうことだ」

 

 確かに独りよがりという点においては変わっていないかもしれないが、寺坂の表情から察するにそう言った否定的な意味ではないのだろう。ではなんだというのだろうか。考えてもわからない。

 

「ま、こっから先はてめえで考えろ」

「えー、教えてくれたっていいじゃないか」

「断る。ぜってえ教えねえ」

 

 そう言われると余計に気になるじゃないか。だが何度聞いても彼は終ぞ教えてくれることはなかった。女子なら途中で折れて教えてくれそうなものだが、やはり男子というのはよくわからない。

 

「おい、掛かってんぞ」

「え?」

 

 釣竿に強い力が加わる。どうやら餌に食いついたようだ。これはかなり大きな魚なんじゃないか?私は期待に胸が膨らんだ。でも……

 

「ど、どうすればいいんだ!」

 

 私は釣りをしたことがないのだ。本当にどうすればいいんだ。確かリールを巻くのだったか。いやその前に釣竿を引っ張るのか?

 

「あぁ!もうしゃあねえな!」

 

 見かねた寺坂が横から指示を飛ばしてくる。彼の指示に従って魚を引き寄せていくと、私はなんだが楽しくなってきた。

 

「はは!寺坂、これはきっと大きいぞ!」

「なんでそんな楽しそうなんだよ……」

 

 口ではそう言うが彼もどことなく楽しそうだ。横からああでもない、こうでもないと捲し立ててくる。

 

 そうこうしているうちに魚はあと一歩のところまで近づいてきた。向こうも必死なのかより一層暴れ出す。これは思っていたよりも時間がかかるな。やはりナイフのほうが速いんじゃないかと思ってしまった私は悪くないと思う。

 

「今タモ持ってくるからもう少し耐えろ!」

 

 こんな平和がいつまでも続けばいいのに、私はふとそう思った。

 

 

 

 

 

「おや、寺坂君たちも戻ってきたようですね」

 

 あれからそこそこの魚やエビを獲ってきた私たちは一度皆のもとに戻ることにした。不慣れだった釣りも一度コツさえつかんでしまえばどうということはなく、魚の多さも相まって正に入れ食い状態であった。

 

「祥子ちゃんどうだった?」

 

 矢田が興味津々に訊ねてきたので私は釣った獲物を乗せたザルを彼女に見せつけた。釣ったばかりの魚はキラキラと光を反射しいかにも食べ甲斐がありそうだ。皆も予想外の収穫に目を輝かせる。

 

「そういう桃花たちも随分と収穫したみたいだな」

 

 彼女の持つザルにも大小さまざまな木の実や果物らしきものが山積みにされていた。どれもこれも食べられるものばかりだ。

 

「まあ、適当にそれっぽいの取ってきただけだから食べられるかわからないんだけどね。祥子ちゃんわかる?」

 

 桃花が葡萄に似た実をつまみあげる。この形は見覚えがあるな。しかもまったくいい思い出がない。あの時の腹痛と嘔吐感を思い出し口をへの字に曲げる。

 

「多分これは毒だな。前に似たようなのを食べて酷い目にあった」

「あ、うん、体験済みなんだ……」

 

 葡萄みたいだからと思って食べたのが失敗だった。今度はその横の葡萄に似た実を掴む。桃花の掴んだ実と似ているがこれは大丈夫だろう。

 

「こっちは前に食べたが甘酸っぱくて美味しかったな。ただ似ているから気を付けたほうがいい」

「へぇ、詳しいね臼井さん、じゃあこのキノコは?」

 

 いつの間にか帰ってきたカルマがザル一杯のキノコを見せてきた。一見普通の色合いのものから見るからに毒々しい色のものまで沢山の種類がある。過去の惨劇を思い出し思わず身震いする。

 

「キノコは絶対に駄目だからな!」

「もしかして毒心配してんの?殺せんせーに見てもらえば大丈夫でしょ」

 

 そういう彼の顔には危機感の欠片も見えなかった。知識として危険なものが多いのは知っていても、それが実際にどれだけ恐ろしいか知らないのだ。

 

「君はキノコの恐ろしさをまったく知らないんだな。いいか!キノコは本当に危ないんだぞ!」

「もしかしてそれも実体験?」

 

 桃花が苦笑いしながら訊ねてくる。やはり彼女の顔にも危機感はなかった。もしかしたら私が過剰に反応しているだけなのかもしれない。だがキノコは本当に恐ろしいものなのだ。

 

「前にその辺に生えてるのを食べたら一日中笑いが止まらなくなった」

「あ、うん、そうなんだ……」

 

 恐らく幻覚作用のあるキノコを食べて中毒になったのだろう。あれは本当に恐ろしい出来事だった。他にもキノコで痛い目を見たことは何度かある。故にキノコだけは駄目なのだ。

 

「だから悪いことは言わないからキノコは捨てておけ」

「臼井さんほんと心配性だなあ。ねえ殺せんせー」

「えぇ、そこまで心配しなくても大丈夫ですよ。確かに半分近くは毒ですが、ちゃんと食べられるものもあります。例えばこの赤いキノコ。これはタマゴタケと言って高級食材の一つです」

 

 そうか、殺せんせーの能力があれば毒を見分けることができるのか。前に奥田に聞いたが毒物を飲ませると成分を完璧に分析してくれるらしい。確かにそれくらいのことができるのならキノコも大丈夫なのか。

 

「ね、大丈夫だったでしょ?」

「むむむ、確かに……」

 

 野生のキノコに対する忌諱感は拭えないがここは先生を信じることにしよう。それにしても凄い量の食材だ。元々手つかずだったせいか、途轍もない量の食材が眠っているのだろう。この裏山の食材とE組の収集能力を合わせれば食材には困らなそうだ。

 

「そういえば村松、前から集めていたどんぐりでラーメンを作ると言っていたが、どうするんだ?」

 

 実は先週から殺せんせーの指示に従いどんぐりを集めていたのだ。授業で習ったが有史以前ではどんぐりも立派な食糧だったらしい。既に加工して(恐ろしい手間がかかった)粉にしてあるのであとはそれで何を作るという段階に入っていた。

 

「癖が強いから濃い目のつけ麺にしようと思ってる。多分豚骨あたりがベストだろうな」

「そのつけ麺とはなんだ?蕎麦みたいなものか?」

 

 最早普通の生活には慣れたといって言っていい。カエデのお陰で菓子については随分と詳しくなったがこういった特有の文化などはまだまだ無知である。

 

「臼井つけ麺しらねえのか。まあだいたいそれで合ってるぜ。前にうちで食ったのと比べ物にならねえの作ってやるから覚悟しとけよ」

「あれよりも美味いものを作ってくれるのか。それは楽しみだな」

 

 私がそういうと何故か村松を含む一部の男子陣がかわいそうなものを見る目で私を見てきた。別にそこまで不味くはないと思うんだがなあ……

 

「あれが美味いってやっぱおかしいだろ……」

「デカ女のことだから拾い喰いしすぎて舌がおかしくなったんじゃないか?」

「聞こえてるぞ吉田、イトナ」

 

 まったく失礼な奴らだ。拾い喰いしたくらいで舌がおかしくなるわけがないだろうが。コカインで味覚がおかしくなったことはあるが、拾い食いで味覚がおかしくなったことなど一度もない。

 

「これ、いけるんじゃねえか?」

 

 誰かがそう呟いた。新鮮な山の幸に特徴的な麺。客を惹きつけるには十分すぎる要素だ。おぼろげだったビジョンが一気に明瞭になってきた。

 

「皆さん!暗殺者らしく殺すつもりで売りましょう!」

 

 皆で拳を突き上げる。やる気も練度も申し分なかった。

 

 私達はそれからいつものように殺す気で作業に取り組んだ。採集から調理、工作、全てにおいて全力で取り組んだせいか、それなりあったはずの準備期間はあっという間に過ぎていった。

 

 そして迎えた学園祭、私達の勝負の幕が切って落とされた。ちなみにコカインによる味覚云々を言ったら皆から妙に優しくされた。

 

 

 

 

 

「もう少し入ると思ったんだがな」

 

 私は校舎前に設けられたテーブル席でつけ麺に舌鼓を打つ客たちの背中を見て呟いた。今日は待ちに待った学園祭。皆が必死に努力した甲斐もあってそれなりに客は入っているが、それでも本校舎に入っていく来場者と比べると少ないと言わざるを得なかった。

 

「しょうがないよ、立地悪いし。ま、始まったばかりだしこれからでしょ」

「それもそうか」

 

 校舎の窓から会場を眺める中村の言葉に頷く。確かにまだ始まってから大した時間も経過していない。彼女の言う通りまだまだこれからだろう。

 

「にしても……」

 

 下卑た笑みを浮かべて中村が私の全身を舐め回すように観察してくる。その瞬間、私はなんとか考えないようにしていた現実に引き戻された。

 

「メイド服似合ってるよー臼井ちゃん」

 

 中村の言葉によって私の心は再び羞恥心に襲われた。そう、今の私は中村の策略によってメイド服を着させられているのである。

 

 秋ということもあってロングスカートのメイド服ではあるが、給仕班の皆がブリムだけなのに対し私だけメイド服なので目立って仕方がない。

 

「どう見ても私だけ浮いているだろうが」

「いいじゃん、学園祭にコスプレは付きものだよ祥子君」

「こす、ぷれ?なんだそれは」

 

 また知らない単語が出てきた。中村の口ぶりを聞く限り割とポピュラーな言葉らしいがどういう意味なのだろうか。

 

「あー、えっとコスプレって言うのはコスチュームプレイの略」

コスチュームプレイ(時代劇)?確かにメイド服は歴史的なものではあるが……」

「歴史?なんのこと?」

 

 二人して首を傾げる。何かお互いの認識に齟齬が生じている気がする。そう思ったので改めて意味を聞いたところ日本で言うコスチュームプレイとは時代劇や揶揄ではなく、アニメや漫画のキャラクターの仮装を指すことがわかった。まったくややこしいことこの上ない。

 

「そっか、同じ言葉でも国によって意味違ったりするんだっけ。ごめんごめん」

「いや、教えてくれて感謝する。あまりサブカルチャーには詳しくないからな、こういうのは素直に嬉しいよ」

 

 不破のお陰でコミックに対する知識は増えているがこういったものはまだまだだ。もっと勉強していく必要があるだろう。

 

「話は戻るが、これ本当に着なきゃだめか?こういうのは渚の役目だろ」

 

 カルマと結託して渚をからかっているのはよく見る光景である。彼女にとってみれば今日はからかうにはとっておきの日だろう。

 

「あー、それね。今度から渚のことあんまり弄らないようにしたんだ。好きで女っぽくしてたわけじゃないらしいし悪いと思ってさ」

 

 十中八九渚の母親の件だろう。彼自身は本気で嫌がっているわけではないだろうが、理由を知ったうえでからかうのは褒められた行為ではない。いつもふざけているが彼女はなんだかんだ言って気を使える人間だ。

 

「そこで、渚の代わりに臼井ちゃんをからかうことにしたのよ」

「何がそこでだ」

「いやー、渚ほどじゃないけど臼井ちゃんも良いリアクションしてくれるからさ」

 

 これ以上からかう奴が増えられても困る。私をからかうのはカルマだけで十分だ。これも彼女なりの親愛の証なのだろうか。

 

「明日も着せるとか言ったら本気で逃げるからな!」

 

 明日は調理班に入る予定なので今日一日の辛抱だ。もし明日もやらせると言ったら本気で森の中に潜伏してやる。

 

「私としては明日も着てほしいんだけどなぁ。駄目?」

「駄目」

 

 いくら可愛くてもこれ以上奇異の視線に晒されるのは拷問に等しい。開き直って着てしまえばと思わなくもないがそれをやったら負けな気がする。

 

「けどさ、文句言う割には臼井さん素直に着てくれたよねぇ。もしかして気に入ったとか」

 

 紙パックのジュースを片手に赤い糞野郎が現れた。何か今非常に聞き捨てならないこと言われたような気がするんだが。

 

「いや、もしかするも何も臼井ちゃんこういうの好きなんでしょ。隠さなくていいよバレバレだし。ていうかもうみんな知ってんじゃない?」

「そうそう、素直になりなよ。この時みたいにさぁ」

 

 カルマが以前メイド服を着ていた時の写真を片手に迫ってくる。というかいつの間に印刷したんだ。こいつほんとに殴ってやろうか。

 

「というか私に着せるなら皆にも着せるべきだろ!」

「あ、それなら渚君用に一着用意してるから安心してよ」

「絶対着ないから!!」

 

 少し離れたほうで渚の鋭い突っ込みが飛んできた。いつもいいようにおちょくられているので耳敏くなっているのだろう。

 

 こいつは本当に一度痛い目を見るべきなのではないだろうか。神なんて信じていないがもしいたとしたらどうかこいつに天罰を与えてほしい。

 

 そんなことを考えていると山道のほうから複数の人の気配が近づいてきた。恐らく客だろう。正直ここから逃げたかったので渡りに船だ。

 

「客が来たから私は行くぞ!」

 

 スカートの裾を掴み逃げるようにして足早に歩く。まさかこんな下らないことで傭兵時代のスキルが活かされる日が来るとは思いもしなかった。

 

「どうした?片岡」

「え!?な、なんでもないよ!」

 

 テーブルに残った器の後片付けをしていた片岡がこちらを凝視していた。その視線にはどことなく憧れの感情が見える。もしかして……

 

「よかったら後で着る?サイズ殆ど同じだろうし」

「え!?別に私はいいって!」

「そうか、でも君にも似合うと思うけどなあ」

 

 私は彼女が私と同じ趣味を持っているのを知っている。どうせならもっと素直になればいいのに。断じて巻き添えを増やそうとしているわけではない。

 

「まあいいか、客の気配がするし私はいくよ。もし気が変わったらあとで言ってくれ」

「う、うん……というか気配って、何?」

 

 私の言葉に首を傾げる片岡を横目に私は山道の入り口付近に陣取った。視界の先には私の予想通り客と思わしき集団が今にも倒れそうになりながらこちらに近づいてきた。

 

「なんだ、あのチンピラみたいな奴ら」

 

 人数は五人、着ている制服と顔から鑑みて高校生といったところだろう。見るからに柄の悪そうな連中だ。いわゆる不良と呼ばれる人種だと思われる。

 

「くっそ……こんなきついなんて聞いてねえよ……」

「素直に中腹まで送って貰えばよかった……」

 

 態度は明らかにチンピラと言った様子だが、この程度の山道でへばっているようなので警戒する必要はないだろう。それにいくら柄が悪くてもこちらに危害を加えていない以上客は客だ。最初から決めつけるのはよくない。

 

「いらっしゃいませ!ようこそ3-Eへ!」

 

 いつぞやの給仕を思い出しながらテンプレート染みた台詞を吐き出す。チンピラ共は息を整えると辺りを見回して少しだけ感心したように息を吐いた。

 

「ほー、思ってたよりしっかりしてんな。てかなんでメイド服?」

「やべぇ、俺好みかも……」

 

 リーダー格は恐らく黒髪のオールバックだろう。体格はそれなりにあるが立ち方も目の置き方も何もかもがお粗末すぎる。うちの女子あたりでも簡単に制圧できるだろう。いや、だから最初から敵と決めるな。というか最後の奴何か変なこと言ってなかったか?

 

「あ!てめぇらあん時の高校生じゃねえか!」

 

 校舎のほうから大きな声がした。何事かと思い声のする方向に顔を向けると杉野達が不良達を睨みつけていた。その両隣にはカエデ、奥田、神崎、そしてカルマと渚もいる。確かあの顔ぶれは修学旅行の班だったような気がする。

 

「祥子!」

 

 カエデが顔色を一変させて駆け寄ってきた。この顔は心配している時の顔だが、別にそこまで心配しなくてもいいと思うんだがな。

 

「大丈夫?変なことされてない!?」

「あぁ?てめぇあの時のチビじゃねーか。久しぶりだな」

 

 どうやらカエデ達とこの不良達には少なからず因縁があるらしい。そう思っているとカエデが私を守るように不良達の前に躍り出た。

 

「あんた達が何企んでるか知らないけど、祥子には指一本触れさせないから!」

「ケッ、もうやってねえよ……。また化物先公にやられちゃたまんねーしな」

 

 思い出した。修学旅行の自由時間にカエデと神崎は一度誘拐されたと聞いた。殺せんせーと残された渚達によって事なきを得たらしいが……。なるほど、こいつらが下手人なのか。よくもまあおめおめと姿を現したものだ。

 

 カエデの横に立ち頭の中のスイッチを切り替える。

 

「祥子?」

 

 その瞬間私の世界はモノクロになった。人数、相手の視線、瞬き、呼吸、相手の全てに意識を傾ける。数は五、目立った装備はなし、意識は非常に散漫で警戒らしい警戒もしていない。いつでもいける。

 

「あぁ?なんだよその目、心配しなくても暴れたりしねえよ。別にそんなこと──」

「失礼」

 

 一筋の致命的な意識の隙間、鍛え抜いた脚力を駆使したステップでオールバックの背後を取る。メイド服だから仕方ないが身体が重いな。

 

「お客様、肩に落ち葉がついてますよ」

「なっ……」

 

 横から顔を覗き込みオールバックの肩にくっついていた落ち葉を指でつまむ。どうやら速すぎて反応できなかったようだ。

 

 非常に動揺しているらしい額に冷汗が流れ、呼吸も乱れている。両隣の不良達も私に気が付かなかったようで突然現れた私に目を白黒させていた。まあ所詮はこの程度か。

 

「五名様ですね?お好きな席へどうぞ」

「あ、ああ……」

 

 とびっきりの笑顔で接客する。はい以外の返事は受け付けない。何をする気だったかは知らないが、ここを荒らすというのならそれ相応の代償を支払ってもらおう。

 

「やべぇよあのメイド……化物かよ……」

「お、大人しく飯食って帰ろうぜ……」

 

 まあ、今ので随分と怖気ついたようなので変なことをする心配はないだろう。不良達はおずおずと席へついた。

 

「なんだ、つまんないの」

「ま、まあ、臼井がいたらああなるだろ……」

「あ、あはは……」

 

 さて、私も仕事に戻るか。カエデには礼を言っておかなければな。例えなんの心配もいらなかったとしても私を守ろうとしてくれたことには変わらない。

 

「カエデ、さっきは──」

「もう!危ないことしないって約束したでしょ!」

「いや、あれくらいなら別に「言い訳しない!」……はい」

 

 こうなった以上私にはもう止められない。私は幾度となく繰り返した諦めと共に頷くのであった。

 

「ほんとなってないわね」

 

 私がいつものようにカエデに怒られていると、聞き覚えのあるビッチ染みた声が近づいてきた。私達が首を向ければやれやれとでも言いたげなビッチ先生が立っていた。

 

「ああいうのはね、適当にそそのかして貢がせてやればいいのよ」

「貢がせるって……」

 

 11月に入ってから髪型もポニーテールになり、服装も随分と落ち着いたもの(男子からすると前よりも煽情的らしい)になったビッチ先生だが、改善されたのは見た目だけで中身は相変わらずビッチのようだ。

 

「しかもあいつらの一人あんたに気があったわよ。もったいないわね、楽勝もいいところじゃない」

 

 気ってなんのことだ。ていうか声が大きい。不良共はラーメンに夢中になっているようだが、聞こえたらどうするつもりなんだ。

 

「でも明らかに悪意があったみたいだし……」

「この先もずっとそうやってやってくつもり?卒業してもああいうのは一生出てくるのよ。その度に敵意で向き合ってちゃ世話ないでしょ」

 

 これは割と本気で注意されているようだ。どうにも悪意を向けられると攻撃的になってしまうな。駄目だとわかっていても身体が反応してしまう。

 

「ま、私が見本みせてあげるから、あんた達みたいなお子様はそこで勉強してなさい」

「……なんかすごい馬鹿にされた気がする」

 

 多分それは被害妄想だ。その証拠にカエデの視線はビッチ先生の胸に注がれていた。彼女の胸に対する異常なまでの執着はいったいどこからくるというのだろうか。胸なんて運動の邪魔になるだけだと思うんだがな。

 

「あ、ビッチ先生行っちゃった」

 

 そうこうしているうちにビッチ先生は不良共に側に行ってしまった。ここからでは何を話しているかわからないが、どうせ碌でもないことだろう。

 

 しばらくすると不良共が目の色をピンク色にして山を駆け降りていった。どうやらまんまとそそのかされたようだ。たかが街の不良程度、色仕掛けのプロに掛かれば瞬殺というわけか。

 

「カエデ、あれ見本になると思うか?」

「……わかんない」

 

 ビッチ先生は私にあれをやれと言いたいのだろうか。頬を染めて上目遣いで男にねだる自分なんて想像がつかないしやりたくない。もし私がやるなら髪を掴んでテーブルに顔面を叩きつけるほうが早そうだ。

 

「ま、私にかかればこんなものね」

 

 まんまと不良達をそそのかせたビッチ先生はいつものように妙に自信満々と言った表情で私たちのところに帰ってきた。まったく悪びれる様子が見えないので質が悪い。

 

「うわぁ、凄いドヤ顔……」

 

 毎度のことながらこの謎の自信はいったいどこからくるのだろうか。元は私も先生と同じプロだが、私はここまで自信家にはなれない。

 

「大抵の修羅場は猫なで声で下手に出ればなんとかなるのよ。力に訴えたって無駄に疲れるだけじゃない」

「やっぱ凄いですねビッチ先生は」

 

 きっとこの自信の陰に途轍もない努力の積み重ねが隠れているのだ。そういう意味では私とこの人は似ている。あの妙な自信も自分に置き換えればよくわかる。私は銃に、この人は女に、文字通り命を掛けているのだ。

 

「もし興味があるのなら教えてあげてもいいわ。社会に出ても役に立つし損はしないはずよ」

 

 桃花達はビッチ先生の指導を受けてコミュニケーション能力が飛躍的に向上していた。握手しながら机の下で銃口を突きつけ合うようなコミュニケーションなら得意だがそれではいけないだろう。

 

 そう考えると確かに魅力的な提案だが、この人の指導を受けると色々仕込まれそうで怖い。

 

「ていうか祥子、あんたは卒業までに色々直しておかなきゃいけないことが多いから絶対受けなさいよ」

「いやいや、私の何がそんなにおかしいんですか」

 

 細かなところでおかしなところはあるがもう殆ど日本に順応したと言っていいのではないか。そこまで強く言われる謂れはないと信じたい。

 

「ずっと思ってたけどあんた男と話す時距離近すぎ。他にも座り方とか喋り方とか色々危なっかしいのよ」

 

 座り方はともかく話し方のどこがいけないんだ。女性名詞と男性名詞ならわかるが男言葉とか女言葉とか言われてもピンとこないんだが。

 

「わかるわよねカエデ」

「うん、私も注意してるんだけど祥子全然理解してくれなくて」

「ほらみなさい」

 

 非常に盛り上がっているが二人は今学園際中ということを忘れてはいないだろうか。そろそろ原か片岡あたりが怒りだしそうで怖い。というか既に校舎の中から原の熱い視線が飛んできている。

 

「片岡!下で客引き手伝ってきていいか?」

「え?うん、今のところ人手は足りてるしいいよ!」

 

 よし、許可は取った。これ以上は耐えられないので戦略的撤退を選択する。

 

「そういうことだ。またな」

「ちょ、待ちなさい!」

 

 騒いでいる二人を無視し向け全力で走り出す。メイド服を着ているせいで非常にシュールだが致し方あるまい。

 

 11月中旬の土曜日、学園際真っただ中の椚ヶ丘は今日も平和だった。




用語解説

ドーラン
顔に塗りたくって顔の輪郭をぼかす。ガチの軍隊だと耳の穴にまで塗りたくる。
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