「成長しないな、私も」
誰もいない自宅、薄暗い部屋、街灯の不健康な光が照らすベッドの上に鎮座する大型のプラスチックケースを前に、私はちっとも成長しない自分を嘲笑った。
「さて、フィッティングといこう」
ケースを開ける。冷たい殺意を放つそれらを前に私は思わず口笛を吹いた。拳銃、自動小銃、散弾銃、どれも最高品質の銃だ。全てにおいて注文通り、相変わらず仕事が速い。
拳銃を手に取る。懐かしい感触に思わずほくそ笑んだ。
シグザウアーP226レギオンRX。やはり拳銃はどこまでいってもスイスにかぎる。
冷たい笑みを浮かべ、慣れた手つきで銃を分解していく。スライド、フレーム、バレル、ガイドロッド、リコイルスプリング、簡易分解ならこれで十分だ。
「流石シグだ。良い仕事をしている」
バレルを手に取り光の前に照らし出す。煤一つない新品のバレル、さぞ撃ち甲斐があるだろう。とりあえず問題はないようだ。分解した銃を組み上げる。
組み上がったP226を耳元に近づけスライドを勢いよく引く。PVDコーティングの施されたスライドはまるで陶磁器のように滑らかで美い金属音を鳴らした。問題なし、上出来だ。
銃を構えシングルアクションのフラットトリガーを引き絞る。キレの良い手応えと共に撃鉄が撃針を叩く心地よい音が鼓膜を刺激した。
「シングルアクション仕様は初めてだが、悪くないな」
リアサイトの前に装着したロメオ1マイクロレッドドットを点灯、サイトの赤い光点を虚空に合わせワンハンド、ウィーバー、アイソセレス、様々なスタンスで銃を何度も構える。
イメージと実際のズレを修正し私はP226をケースに仕舞った。拳銃はこのくらいでいいだろう。
「次はドレスだ」
ケースから自動小銃を手に取る。フォルムはいつもの見慣れたAR-15。だがこれはそんじゃそこらの安物とはわけが違う。
ダニエルディフェンスDDM4 V7 PRO。口径5.56mm、競技用、細身でスマート。
「……最高だ」
それ以外の言葉がでない。暗い笑みで顔を凍らせ銃を手に取る。
軽量のm-lokハンドガードに取り付けたフォアグリップを握りこみ18インチのクロムバナジウム製冷間鍛造バレルを左右に振り回す。ハンドリングは良好、サイティングも反動制御も問題ないだろう。
リアテイクダウンピンを引き抜きフロントのピンを軸に機関部を露出。チャージングハンドルとボルトキャリアーを取り外し異常がないか検査。OK、トリガーグループも大丈夫そうだ。
「あの業者、ちゃんと25mでゼロイン合わせたんだろうな……」
DDM4を元に戻しマウントレイルに取り付けたボルテックス社製レイザーHD 1-6倍率スコープを覗く。等倍だと言うのに裸眼で見るよりも明瞭なサイトピクチャーに唸る。
ノブを回しイルミネーターを起動、レティクルの中央が赤く光り輝く。VCOGよりもレティクルが細かいがその分精密射撃ができる。悪い選択ではないだろう。
銃を右斜めに構えオフセットのヴァイパーマイクロレッドドットも確認。両者共に問題なし。私はトリジコン派だったが、ボルテックスも悪くない。
チャージングハンドルを引き空撃ち。流石はマッチトリガー、切れ味が段違いだ。金を出した甲斐があるというもの、全てにおいてパーフェクトだ。これだけでも十分戦える。
だが──
「物足りないな……」
もっとごつくて派手な奴が欲しい。DDM4をケースに戻し最後の一挺を手に取る。その極まった姿に息を呑んだ。
ベネリM2タランタクティカルモデル。
26インチの銃身よりも尚長い装弾数12発の筒型弾倉、低反動ストック、カスタムトリガー、大型ボルトハンドル及びボルトリリース、
正に競技用カスタムショットガンの極致、イタリアの最高傑作。今まで手にしてきた散弾銃の中で文句なしに最高の代物だろう。
手に取る。装填しやすいように縁が切断されたローディングポートから銀色に輝くシェルキャリアーを指で押す。問題なし。
銃を構え酸化処理済みのカスタムボルトハンドルを引く。ボルトストップ機能によってボルトが固定。解放された薬室を覗きこむ。
「……よし」
ボルトリリースボタンを押し薬室閉鎖、ストックを肩に押し付けリブの上に取り付けられたグリーンのファイバーサイトをタコのぬいぐるみに合わせる。
「ピストル、ライフル、ショットガン……まさか、超生物相手に3ガンマッチをやる羽目になるなんて思わなかった」
図らずも完全に競技と同じ銃の組み合わせになってしまった。まあいい、最後の戦いになるかもしれないんだ。やるならとことん派手に暴れよう。
「私はいつになったら銃から解放されるんだろうな……」
月が私を見下ろす中、私はどこまで暗い声で呟いた。だが、全ては自分で選んだことだ。後悔はない。
不意にあそこで過ごした温かい光景が脳裏をよぎった。
「……お前は誰だ?」
首を振りいつかしたように自らに問いかける。ずっとこの疑問に答えることができなかった。答えだと思ったものは全てまやかしだった。
でも今は違う、もう迷わない。迷う必要なんてない。
「答えなんて決まっている……私は臼井祥子だ」
引金を引いた。もうすぐ戦争が始まる。
「もうすぐ受験だというのに学校は何をさせているんだ」
演劇発表会が終わりその興奮も冷めやらぬ教室の中で私は誰に言うわけでもなく呟いた。冬休み間近、いよいよ受験という重要な時期だというのにこのイベントである。
浅野曰く一応これも椚ヶ丘の教育の一環だそうだ。前は退屈なところだと思っていたが訂正しよう。イベントだらけじゃないか。
「そんなこと言って祥子さんだって楽しんでたじゃないですかぁ」
そう言うのはニコニコ顔の奥田。確かに楽しかったのは間違っていない。これが色々な意味で最後のイベントだったのだ。全力で楽しまなければ損だからな。
「まあ、それは訂正しないけど……あれ、名前呼び?」
「……もしかして嫌でしたか?」
上目遣いでそう聞かれては断れるわけがないだろうに。わかっていて言っているのかしらないが中々やるな。
「いいに決まってるだろ」
凍り付いた笑みを浮かべ奥田の策略に乗っかると、太陽のように顔を輝かせた。本当はそんな資格なんてないのにな……。
「もうそろそろ一年だな……」
「もう、そんな時間なんですね……本当にあっという間でした」
その通りだ。本当にあっという間でそれでいてとてつもなく濃密な時間だった。私にとってここでの生活は、今までのどんなことよりも輝かしいものだった。
何万発もの銃弾よりも、何十万ドルもの札束よりも、ここでの生活が愛おしい。楽しくて、楽しくて、泣きたくなるくらい楽しくて……
だが、それももうすぐ終わる。
「冬休みになったらまた暗殺だ。千葉、狙撃任せた。今度は外さないでくれよ」
「ああ、任せてくれ」
千葉と果たせもしない約束をする。そんな楽しかった暗殺教室も今日で終わり。これから先はまた戦いが始まる。
でもそれは全て自分で選んだこと。誰のためでもない、国のためでも、金のためでも、友のためでも、家族のためでもない。私の私による私のための戦い。
後悔は──ない。
「そう言えば茅野さんいませんね」
「それならさっき外の倉庫に仕舞った小道具整理してくるって出ていったぞ」
噂をすればなんとやら、廊下の向こうにあかりの横顔を見る。どうやら渚を呼んでいるようだ。演劇で使ったビーズがたまたま散らばりでもしたのだろう。
「ほんと、あの二人仲良いよねぇ。流石ツインテ姉妹って感じ」
「ふふ、カルマ君、姉妹じゃなくて兄妹ですよ」
皆がいて、私がいて、そして先生がいる。何気ない会話、何気ない日常、何気ない幸せ……。どれも私が喉から手が出るほど切望し、それでも手に入れることができなかったもの。
何度も死にかけて、何度も絶望して、それでも必死に生き続け、やっとの思いで手に入れ、そしてもう一度手放す。
「先生は、お二人を手伝ってきますね」
殺せんせーが扉の向こうに消えていく。全ては手はず通り。私は顔の前で手を組んでほくそ笑んだ。
「……行ったか」
「何か言った?臼井さん」
「いや、気のせいだろ」
目を瞑り時が来るのを待つ。あと数分もすれば楽しい学校生活も終わりを告げる。道具は揃えた。場所も手配した。罠も仕掛けた。覚悟もとっくの昔にできている。
あと必要なのはただ一つ。だが、他の何よりも大切なこと。
それは、殺意。目の前の自由意思を持った一人の人間をこの世から永遠に消し去る気概。墨のように澄み切ったどす黒い殺意で心を覆い尽くす。
思い出を塗りつぶし、優しさを塗りつぶし、ただ殺すために、ただ死なせるために。自らを殺すための機械に作り替える。
爆発音。突然の事態に教室がどよめく。始まったか……
「お、おい今のなんの音だよ!」
「わからない……倉庫のほうから聞こえたみたいだけど……」
落とし穴に爆薬を仕掛けた記憶はない。恐らく殺せんせーの仕業だろう。私も手伝いたかったんだがな。一人でやらせてくれと言われてしまえば仕方あるまい。
「だ、大丈夫なんでしょうか……」
「わからない……みんな、見に行こう」
一人、また一人と去っていき、最後に私一人が残された。外の喧騒から皆の息を呑む音が聞こえる。どうやら、皆にもお披露目したようだ。
そろそろ私も行かないとな……
「楽しかったな……」
誰もいない教室で一人今までのことを振りかえる。楽しくて、楽しくて、泣きたくなるくらい楽しかった生活ももう終わりだ。
「祥子さんは行かないのですか?」
状況を理解できていない律がいつものように画面の向こうから問いかける。私はその問いに答えず代わりにゆっくりと立ち上がった。
机に引っかけたバックパックを机の上に放り投げる。中から金属が叩きつけられる音がした。
「律、誰に何を言われようと君は立派な人間だ、それを忘れないでくれ。それじゃあ元気でね」
返事は聞かない。聞く資格もないし、聞く意味もない。ファスナーを開きバックパックから銃を取り出す。こいつを使うのはここに来て二回目か。
「祥子……さん?」
イズマッシュ サイガ12半自動式散弾銃。
折りたたまれたストックを伸ばし箱型弾倉を装着。ボルトハンドルを勢いよく引き12ゲージのバードショットを薬室に送り込む。
「ま、待ってください祥子さ──」
「さようなら、本当に楽しかったよ」
銃を肩に乗せ教室を後にする。さぁ、宣戦布告といこう。
「これは遅刻だな。あかりにどやされる」
校舎を出て人だかりの前で立ち止まる。殺せんせーと皆は私に気が付いていない。倉庫の上に立つ触手を生やしたあかりに目が釘点けになっている。
好都合だ。
「な、何……その触手……」
動揺する皆を余所に普段通りの態度を装いゆっくりとターゲットに向かって歩き出す。今の私はまるで暗殺者みたいだな。まるでっていうか、私は殺し屋でもあるが。
「か、茅野さん……君は一体……」
ジャケットを被せたサイガ12に意識を向け人混みをかき分けゆっくりと確実に近づく。
ターゲットまで残り10m。
「う、臼井さん!茅野さん……が……」
顔を真っ青にした神崎を無視しサイガ12に被せたジャケットを取り払う。気が付いているのは神崎だけ。だが、そんな彼女もまだ私が何をするのか理解できていない。
ターゲットまで残り5m。
「ごめんね、茅野カエデって本名じゃないの」
そして遂に辿り着いた。セーフティ解除。銃を構えアイアンサイトをゆっくりとがら空きになった身体に合わせる。
「待たせたな、あかり!!」
「──ッ!?」
発砲、けたたましい銃声と暴れ馬のような反動と共に数百個のペレットがターゲットの服を穴だらけにした。
撃つ、撃つ、撃つ。
僅か二秒で弾倉に込められた10発のショットシェルを撃ち尽し弾が切れる。
皆が爆音に耳を押さえるさなか、私は耳鳴りと排莢口から立ち込める硝煙の香りを楽しんだ。
「……やはり通常の弾薬では無理か」
目に前には依然として健在の殺せんせー。
人間ならとっくの昔に挽肉になるレベルの攻撃を喰らわせた。普通なら十回は死んでいる。だが、私の攻撃は殺せんせーの服を穴だらけにしただけだった。
それに殺せんせーから微かに何かが溶けるような音がする。恐らく先ほどのペレットだろう。なるほど、わざわざBB弾を使うわけだ。
「う、臼井さん……ど、どうして」
しかし、かなり動揺したようだ。震えながらこちらを見ている。まさか今日だけで二回もアンブッシュを受けるとは思わなかったのだろう。油断しすぎだ。
屋根の上に立つあかりと目が合う。彼女は銃を持った私を一瞥すると、一瞬だけ悲しそうな目をしたがすぐに元の険しい目つきに戻った。
「さ、祥子ちゃん……?」
突き刺さるような視線を無視し弾切れとなったサイガ12を放り捨て、差し出された触手を掴み一気に倉庫の屋根に上る。
「祥子、遅刻」
「すまない、道に迷ってた」
触手、そして畳み掛けるように行われたなんの前触れもない凶行。困惑、そして恐怖、三十対の瞳が私達を射抜く。
「落とし穴はどうだった?まあ、聞くまでもないか」
「途中までは良かったよ。でも最後の最後にエネルギー砲で地中に逃げられちゃってさ」
九月のイトナとの戦いで対触手シーツを吹き飛ばしたあの攻撃だろう。まさかそこまでの威力があったとはな。誤算だった。
「やはり内壁に爆薬を仕掛けるべきだったんじゃないか?」
「一番初めは私が殺るって決めてたから。それに最初からこれで決まるなんて思ってなかったしね」
「それもそうだ」
そう言うとあかりは暑いのかネクタイとシャツを緩めながら殺せんせーを睨みつけた。やはり触手による攻撃は宿主への負担が大きいようだ。あまり使わせないようにしないと。
「君は……いえ、君達は……。それに今のあかりと言う名前……」
「へぇ、知ってたんだ。誰から聞いたの?お姉ちゃんから?」
殺せんせーはあかりのことを知っているようだ。とはいえ顔までは知らなかったのだろう。知っていたら隠し通すことなどできなかったはずだ。
「まあ、どうでもいっか。雪村あぐりの妹って言えば、わかるでしょ。ねぇ、人殺しの殺せんせー?」
「そ、それは!?」
人殺し、その言葉に殺せんせーの肩が震えた。この反応は何か知っているとみて正解だろう。直接か、あるいは間接的にか、どちらにせよ殺せんせーは雪村あぐりの死に関わっている。
「また場所連絡するから、その時は本気で殺してあげる」
「さっきからなんなんだよ!」
そんな殺せんせーとあかりの二人だけの空間に水を差すものが一人。茅野カエデの親友、そして私の大切な友達。
「二人だけで話し進めないでよ!!茅野はなんで触手生やしてるの!?殺せんせーと雪村先生になんの関係があるんだよ!?」
この状況で唯一我に返った渚が私達に一歩詰め寄りながら疑問の叫びを上げた。彼はやはり勇敢だな……
「それにさっちゃんさんだって!どうしてそんなに普通なの!なんで銃持ってるの!答えてよ!」
「そうだよ二人とも!教えてくれないとわかんないよ!」
そんな彼に続くように陽菜乃が躍り出る。このまま話していると向こうにペースを持っていかれてしまうな。
この辺で打ち切るとしよう。これは話し合いなどではなく、宣戦布告なのだから。
「はぁ……見てわからないか?」
屋根から二人を見下し呆れるように肩を竦める。らしくもないことやって少しだけ心が痛む。今更後悔する資格なんてないくせに、都合の良い心だ。
「わかんないから聞いてるんでしょ!!」
ここまで声を荒らげる陽菜乃は初めて見た。それだけ私達を心配してくれているのか。きっとそうなのだろう。本当に優しくて、大好きな友達だ。
きっと何を言っても退かないだろうな。仕方ないか……
「じゃあ、教えてやる…………こういうことだ」
腰のM&P40コンパクトを引き抜く。皆の目が見開く。わかりやすいようにスライドを引き弾を装填、銃口を二人の間に向けて引金を引く。
「──ッ!?」
銃声、衝撃。
土煙と共に銃弾がめり込み渚が飛びのき陽菜乃が反射的に尻もちをつく。皆の顔が青くなり困惑と悲しみが混じった四つの瞳が私を見つめていた。
「……すまない」
誰にも聞こえないように口の中で呟く。今更謝ったところでなんの意味もない。銃口を向けていいのは敵だけ。撃っていいのも敵だけ。
おめでとう、私は晴れて皆の敵になった。最高じゃないか、虫唾が走るほどに。
「祥子……」
「あかり、行くぞ」
沸き起こる罪悪感を押し殺しあかりに声を掛ける。なんでそんな悲しそうな顔をするんだ。君は自分のことだけ考えていればいいんだ。そのためにここまで頑張ってきたんだろうに。
「……わかった。掴まってて」
どうやら跳ぶらしい。私はあかりの身体に抱き着き来るべき衝撃に備える。少しのタイムラグの後、殺せんせーが動き出した。
「ま、待ちなさい!その触手は──」
「うるさい、祥子のこと気が付かなかった癖に」
跳ぶ、凄まじい浮遊感と共に周囲の景色が猛烈な勢いで高くなっていく。
下を見る。殺せんせーと目が合った。今あの人は何を思っているのだろうか。いや、そんなことは最早どうでもいい。どうせ殺すだけなのだから。
流れゆく景色の中私はこれから始まるだろう戦いを思い描いた。もうすぐ戦争が始まる。今度は失敗しない、絶対に殺す。殺し尽す。
椚ヶ丘公園、夕陽の光が差し込む公衆トイレ。用具入れの中に予め仕込んでいた鞄から装備を取り出す。相変わらずテロリストみたいな着替え方だ。
ファスナーを開き鞄の中を覗く。そう言えば替えの服を持ってくるのを忘れたな。今から取りに行くわけにもいかないし……
「仕方がない、制服の上からでいいか」
戦闘服に比べれば些か動きにくいがない物はない。幸いブーツは持ってきているのでそれで我慢しよう。
ここ最近になってやっと履き始めたローファーを脱ぎ鉄板仕込みのコンバットブーツに履き替える。
シャツの袖を捲り肘と膝にプロテクターを装着、人差し指と親指の部分を切り落としたグローブを手にはめる。
「制服の上からだと酷く不格好だな……」
鏡に映る自身の姿に自嘲しながら予備弾倉とホルスター、そしてナイフを装着したシューティングベルトをスカートの上から巻き付けサイズを調整、バックルをはめ込む。
ホルスターと競技用のシェルキャディを括りつけたチェストリグも同じようにシャツの上から巻き付ける。
「28発は多すぎたか?」
シェルキャディに取り付けたショットシェルがあまりにも多すぎて思わず鼻で笑う。ショットガンマッチでもここまで撃つことはないだろうに。
「長物はもう置いてきたからいいとして……」
P226を取り出しレッドドットを点灯、装弾数20発の延長弾倉を叩きこみスライドを引いて装填。サムセーフティを押し上げコック&ロックでホルスターに仕舞う。
「どうせ40口径は効かないし、これはお守りだな」
既に装填済みだったM&P40のプレスチェックを行い薬室内をチェック。装填を確認し胸元に括り付けたホルスターに差し込む。
「これでよしっと……ん?」
ふと手洗い場の端を見ると煙草の箱が落ちていた。その横には古いオイルライターもある。どうやら誰かが捨てていったか忘れでもしたのだろう。手に取って中を見ればまだ半分近く残っていた。
「ポールモールか」
銘柄を読み上げる。かつて私がよく吸っていた煙草と同じ銘柄だ。日本でも売っていたんだな。銃撃の合間や戦闘の終わりに吹かしていたことを思い出す。
「……貰っておこう」
煙草の箱とライターをシャツのポケットにしまう。貧乏くさいことこの上ないが、生憎と育ちの悪さには定評がある。
「最後に吸ったのはいつだったかな……」
確か三年前だった気がする。ここ最近は比較的真っ当な生活を送ってきたが、この期に及んで真面目ぶるつもりもない。精々肺を汚してやるとしよう。
「さて、あかりの所に戻ろう……」
最後に会った時の記憶を頼りに歩き出す。確か公園奥の街を一望できる場所に居たはずだ。
「あかり、こっちの準備は終わったぞ」
椚ヶ丘公園の奥にあるすすき野原。その更に奥にある街を一望できる場所であかりは一人佇んでいた。黙ってその横に立ち共に景色を眺める。
「祥子、その恰好……」
制服の上から大量の弾薬を身に纏っているせいで酷く不格好に見えているのだろう。あかりは険しかった表情を更に険しくさせた。
「ああ、もうすぐ戦争が始まるわけだからな、戦装束ってわけだ」
「戦争……」
戦争という言葉にあかりは酷く悲しそうな目をして私を見た。触手の副作用で暑いのか、制服をかなり着崩しているがそれ以外はいつも通りで安心した。
「……祥子の戦争はもう終わったんでしょ?」
とても悲し気な、それこそ人を殺そうとする前とは思えないほどに悲しそうな声であかりは私にそう訊ねた。
私はいたたまれなくなりそんな彼女から目を逸らして夜景を眺めた。耳を澄ましても銃声や悲鳴など一つも聞こえない。私の知っている世界とは大違いだ。
「平和とは次の戦争までの準備段階……昔どこかで聞いた言葉だ。確かに私の戦争は終わったよ。君達が終わらせてくれた。けどな、生きているかぎり戦いは続くんだ……」
私は私のために戦い続ける。私は宿題の答えとしてあの人にそう誓った。だからここに立っている。こうして銃を握っている。惰眠を貪る時間は終わった。また銃を握る時がやってきたのだ。
「何それ、答えになってないじゃん……」
「そうかもな……」
二人して夜景を眺める。あの光一つ一つに人々の人生がある。私がこうして雑多な武器を手に戦いを挑もうとするこの瞬間も生活は続いている。そこには銃なんていらないし殺意なんて必要ない。
地球の未来も、暗殺も、復讐も、戦争も、この街の人には、あの教室の人たちにはなんの関係もない。だから絶対に巻きこむわけにはいかない。
でも、きっと来るんだろうな……
「殺せんせーにはメールしたのか?」
「うん、ここに来る途中で七時に来いって送っておいた。あと30分くらいで来るんじゃない?」
「そうか……」
何か話す気にもなれず再び二人で夜景を眺める。そんなことしていると冬の冷たい風が私達に吹き付けた。思わず身震いする。
「あかり、寒くないのか?」
最早外出するにはコートが必要不可欠な時期だ。それなのにあかりは首にマフラーを巻いている以外は制服しか着ていないのだ。私としてはもう少し温かい恰好をしてほしいのだがな。
「私は平気、祥子がくれたマフラーもあるし。それよりもそっちのほうがシャツ一枚で寒そうなんだけど」
「大丈夫だ。慣れているしな」
実を言うとやせ我慢しているだけだが、それを言うのは恥ずかしい。ごまかすように腕時計の文字盤を眺める。トリチウムの塗料が淡い光を発していた。もうすぐか……
「祥子、本当に後悔してないの?」
あかりがもう手遅れな質問を投げかけた。
今更だ。既に賽は投げられた。私は銃を抜き、そして皆に向けた。最早後戻りはできない。どんな理由があろうと仲間に銃口を向けてはいけない。向けてしまえばそれはもう仲間ではない。
昼間の皆の突き刺さるような視線を思い出し少しだけ心が痛んだ。勿論選んだのは自分だしこうなるまで放って置いたのは私の責任だ。
「ああ、清々したよ」
腰に手を当ててわざとらしく笑う。今の私には泣く資格も、後悔する資格もない。ならば精々笑ってこれから始まる戦いに意気込むだけだ。
「…………嘘つき」
だが、所詮は空元気、本職の演技のプロにはお見通しだったのだろう。どこか悲しそうな声で私の嘘を責めたてた。
「それはそうと、あの人を殺したらどうするんだ?」
この期に及んで死ぬつもりだなんて言わせない。自分で選んだとは言えここまで人のことを巻き込んだのだ。自分だけ満足して死ぬなんて絶対に許さない。
「…………それなんだけど、殺せんせーのこと殺したらさ、一緒に旅行に行かない?どうせ学校には戻れないし」
そんな私の予想とは反してあかりは楽しそうにこれからの予定を聞いてきた。命がけでここまで隠し通してやっと復讐の機会がやってきたというのに、随分と呑気なものだ。
「呑気だなぁ……でも、まあいいんじゃないか?」
どうせ学校には戻れない。そもそも普通の日常に戻れるかすら微妙なところだ。旅行なんてそれ以上に難しいだろう。
けれど、夢を見るのは悪くない。何故なら夢を描けるのは未来に希望を持っているからだ。生きようとする意志があるからだ。
「どこいこっかなー、お金はいっぱいあるんだから京都に行ってスイーツたくさん食べたいなあ。修学旅行の時は誘拐されたせいで行けなかったんだよね」
あの時はムカついて殺したくなったよ、と笑いながら言う。多分嘘だろう。あかりは私と違って簡単に人を殺せるような人間じゃない。
この人が戦うのは大切な何かのためだ。でなければ姉のためにここまでやったりはしない。多分その中に私も含まれてるのかと思うと、もどかしさと同時に嬉しさが込み上げた。
「海外なんてどうだ?イタリアとか」
場違いな感情を抱き、それをごまかすように旅行のプランを提案する。あまり詳しくないが、イタリアは散弾銃と拳銃だけではなくてお菓子も有名らしい。
「あ、それいい!私も本場のプリン食べたい」
これはどう考えても演技ではないな。甘いものが好きなのは触手のせいだと思っていたが、この反応を見るかぎり巨大プリンの反応も素だったんじゃないだろうか。
「ああ、そう言うことか……」
私はようやく得心がいった。この人は私と同じなのだ。
雪村あかりは一年間茅野カエデとして生きてきたが、名前なんて人を区別するための記号にすぎない。
あかりはカエデだしカエデもあかりなのだ。どちらかが偽物という話じゃない。どちらも血の通った温かい人間だ。
「じゃあ、それで決まりだな。だから……絶対に死んでもいいなんて思うなよ」
その事実に嬉しく思う。だからこそ、絶対に死なせるわけにはいかない。ありたっけの感情を籠めて忠告する。
「何言ってんの?そんなの当たり前じゃない」
「絶対だぞ……」
念を押すように忠告する。触手を植えた時点で死も辞さない覚悟だと思っていたはずなのに、あかりは私の忠告に不思議そうに首を傾げていた。
「あ、もしかして祥子、私が死ぬつもりだと思ってた?」
「……違うのか?」
「昔はそう思ってた。仇が討てるのなら死んでもいいって思ってた」
きっと本当に大事な人だったのだろう。私だってあかりが殺されたら同じように復讐しようと思うだろう。けれど、あかりはそんな自らの覚悟を否定するように首を振った。
「でも、どこかの誰かさんが放っておくとすぐに危ないことするから死ねなくなっちゃったよ」
そして私を見て飛び切りの笑顔を作った。茅野カエデではなく、雪村あかりとして私に笑いかけた。
「そうか……」
何気ない一言が人の人生を大きく変えることがある。もし、あかりの隣に誰もいなかったら、もしかしたら誰にも打ち明けられずに復讐に狂っていたのかもしれない。悲壮な決意の下にこの夜景を眺めていたのかもしれない。
己惚れるつもりはない、けれどあの時この人の名前を聞いたのは絶対に間違いなどではない。そう確信する。
「復讐の前なのに二人で旅行の話なんて、随分と気楽じゃないか」
そんな空気をぶち壊す者が一人、後ろから声をかけてきた。せっかくの気分が台無しだ。私達はそんな苛立ちと共に後ろを振り返った。
「……何?あんたに話すことなんてないんだけど」
あかりの隠しようのない苛立ちを一身に受けてシロはやれやれと言いたげに肩を竦めた。本当に一挙手一投足の悉くが腹立つ存在だ。
「私向こうに行ってくる。祥子、またね」
シロの態度に我慢できなかったのか、あかりは触手を地面に叩きつけると公園のほうに戻っていった。残されたのは仏頂面の私と相変わらず何を考えているかわからない頭巾の男だけ。
「つれないねぇ、あれだけ手を貸してやったのに。お前もそう思わないか?」
腹立たしいがこいつの言っていることは事実だ。落とし穴の用意から始まり私が今からやろうとしてることも、こいつの助力がなければ私はただの役立たずになっていただろう。
「それについては感謝している。だが、それとこれとは別だ」
イトナのことすら真面に面倒を見ようとせず、使えなくなったらあっさりと手放した。人のことなんて都合の良い駒としか思っていないのだろう。そんな奴をどうすれば信用できるというのだ。
「そうかい……それにしても驚いた。本当なら代謝バランスが著しく狂っていても不思議ではないんだがな。全力で触手を使った割には随分と状態が安定している」
やはりそうなのか。イトナの件でわかっていたが触手を使うということは本当に宿主に負担が掛かるらしい。イトナやあかりがあれだけ甘いものを欲していたのは触手に使用したカロリーを補うためだったのか……
「まあ、奴を殺せるのならなんだっていいさ。お前には期待している。精々足掻いてみろ、傭兵」
「……言うまでもない」
あの人を殺さなければあかりが前に進めないというのなら、私は喜んで殺そう。ずっと貰ってばかりだったのだ。今度こそ、私が返す番だ。
「シロ、一つ約束しろ」
「……聞くだけ聞いてやる」
ゆっくりと振り返り殺気を籠めてシロを睨みつける。シャツのポケットから煙草の箱を取り出し一本口に咥えた。
「もし殺せんせーを殺せたら、あかりの触手を抜け」
メンテナンスをせずに触手を使い続ければどうなるのかはイトナを見れば想像がつく。恐らく猛烈な勢いで生命力を吸い尽くし宿主を死に至らしめるのだろう。
そんなことには絶対にさせない。殺せんせーを頼れない以上こいつに頼るしかない。こいつは大嫌いだが、あかりが助かるのならなんだってする。
煙草に火を点ける。紙を焼く音と共に口の中に懐かしい香りが充満した。今の私は中学生でも、殺し屋でもない。
「土下座しろと言うのならしてやる。靴を舐めろと言うのなら好きなだけ舐めてやる」
しろと言うのなら額が割れるまで土下座しよう、靴が溶けるまで舐めてやろう。それであかりが助かるなら私のちっぽけなプライドなんてどうだっていい。
「だが、もし断るというのなら……」
「断ったら?」
一気に煙草を吸う。咽かえるような紫煙が私の喉を焼き焦がした。
煙を吐き出す。
「その時、私はお前の悪夢になるだろう」
今ここにいるの死体という死体を乗り越え、歯向かう全てを皆殺しにし、夥しい数の人間を殺し尽した人の皮を被った化物。
「言ってる意味が分かってるのか?」
恐らくこいつはかなりの権力を持っているのだろう。奴が手を振ればその瞬間私を殺そうとするあらゆる勢力が現れるに違いない。
だが、それがどうした。
「何億、何兆、何京来ようと知ったことか。何が来ようと、何が現れようと、私は必ずお前の前に現れる」
まだ燃えている煙草を握りつぶす。指の隙間から煙が漏れだした。
「そして私と対峙した時、お前はこう言うんだ。どうか殺してくださいとな」
握り潰された吸い殻を目の前の男に叩きつける。シロが一歩後ずさった。この程度の殺気で怖気づいてどうする。素人じゃあるまいし。
「……いいだろう」
「その言葉、忘れるなよ」
固まるシロに吐き捨てながら踵を返す。信用なんて微塵もしてないが、少しだけ希望が持てた。もし約束を破るのならその時は今言った言葉が現実になるだけだ。
触手だかなんだか知らないが技術屋が戦争屋に勝てると思わないほうがいい。立ちふさがる物は全て蹂躙するだけだ。
椚ヶ丘公園すすき野原、夜7時。三日月が見下ろす満点の星空の下、私は生い茂るすすきの中で立っていた。
「さぁ、私達の戦いを始めよう」
P226を額に当てる。冷たい金属の感触が私が今どこにいるのかを教えてくれる。
準備は整えた。道具も用意した。罠だって仕掛けた。あとは、戦うだけだ。
「……来たか」
見慣れた三十の人影、本当に全員で来るなんてな……
心臓が高鳴る。それは今から始まる戦いへの昂揚感か、それとも皆ともう一度会う恐怖か。
どっちだっていい。どうせわかったところで今の私には戦うことしかできない。戦うことしかできないのなら、戦うことで未来を掴んでみせる。
「さぁ、戦争を始めよう」
犬歯を剥き出して笑う。さぁ、パーティーの時間だ。
用語解説
シグザウアーP226レギオンRX
シグザウアーが製造しているP226シリーズのバリエーション。ドットサイトが標準装備されスライドとフレームにはセラミックコーティングが施されている。特殊な積層樹脂製のグリップを取り付けているので大変握りやすい。主人公の手にしたものはシングルアクション仕様。ドイツで作ってるのかスイスで作ってるのかわかり辛い銃。
ロメオ1
同じくシグザウアーが開発したマイクロレッドドットサイト。特質すべきものはない。
ダニエルディフェンス DDM4 V7 PRO
アメリカで主にタクティカル系のライフルを製造しているDD社が開発した競技仕様のAR-15のクローンモデル。無印のV7と違ってバレルの強化やコンペンセイターなどが取り付けられている。ちなみにDDM4シリーズはV11まである。
冷間鍛造
金属を熱さずに圧力を加えて成形する加工方法。熱による膨張がないので精度が高い。
ボルトキャリアー
弾薬を撃発するための撃針や薬室から薬莢を引き抜くためのエキストラクター、薬莢を弾き飛ばすためのエジェクターなどが一まとめになっている筒状のパーツ。鍍金処理されたりしているとかっこいい。
レイザーHD
ボルテックス社が開発した可変倍率スコープ、軍や競技などで使われる。4.5-27倍率仕様のものもある。
ヴァイパーマイクロレッドドット
同じくボルテックス社の開発しているレッドドット。
ベネリM2
イタリアのベネリ社が開発した反動利用式セミオートショットガン。世界中のハンターの間で使われているセミオートショットガンの傑作。
タランタクティカル
正式名称タランタクティカルイノベーションズ。拳銃やライフル、ショットガンなど幅広い銃のカスタムモデルを販売している。ネットで装弾数や銃身、ボルトハンドルの色など細かく指定できる。黄金色の窒化コーティングボルトが中二心をくすぐる。
マッチセーバー
排莢口の前に取り付ける単発の弾薬ホルダー。ボルトストップが掛かった際に瞬時にリロードできる。二発のもある。
シェルキャリアー
銃身の下に取り付けられた弾倉から弾薬を上の薬室に送るためのパーツ。エレベーターとも。
リブ
別名ベンチリブ。銃身の過熱によって発生した陽炎で照準しにくくなるのを防ぐ柵状のパーツ。何故かリボルバーであるコルトパイソンにも取り付けられている。
シューティングベルト
競技などで素早く銃や弾倉を引き抜くためにカーボンなどの固い素材で作られたベルト。
3ガンマッチ
アメリカで流行っている銃の競技。拳銃、自動小銃、散弾銃の三つの銃を使い様々な制限の下でどれだけ早くターゲットを撃てるかを競う。
コック&ロック
撃鉄を起こした状態でセーフティを掛けて携帯する方法。引金のストロークが短いので即応性に長けている。シングルアクションと一部のダブルアクションピストルで可能。
ポールモール
ブリティッシュ・アメリカン・タバコ社が販売していた紙巻煙草、赤い箱が特徴。次元大介が吸っているのもこれ。最近販売終了したらしい。あかりガチギレ案件。