【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、自爆系女子


六十七時間目 戦争の時間

「やっと来たか」

 

 冷たい風が吹きすさぶ平原。三十の見慣れた懐かしい人影と私を三日月が冷たく見下ろす。ターゲットはただ一人、殺すべきはただ一人。それ以外は無関係だ。

 

「全員で御到着とは、随分と暇なんだな。もうすぐ受験だぞ」

 

 腰に手を当て小馬鹿にするように皆に話しかける。銃創だらけの心が痛む。だが、知ったことか。今はそんな感傷は必要ない。

 

「まあいい。さぁ、とっとと始めようか」

 

 その前に皆になんとかここから退いてもらわないとな。一応塹壕も掘ってあるがそうしないと勝負が始められない。どうせ言っても退かないだろうから脅すしかないだろうな。

 

 腰のP226に意識を向けていると、殺せんせーが一歩前に出た。

 

「茅野さんに会わせてください。今の彼女は非常に危険な状態です。すぐ治療しないと命に関わる」

 

 想像通りの言葉に思わず笑いそうになる。

 

 殺せんせーの言う通りだ。本当ならこんなことしないであかりを眠らせでもして殺せんせーに託すべきなのだろう。そのくらいは私だってわかっている。

 

 もっと前に気が付いていれば、あるいはそういう選択もあったかもしれない。けれど、もう何もかもが遅いのだ。撤退ラインはとっくの昔に越えている。

 

 今のあかりに何を言っても火に油を注ぐだけだろう。触手は感情の変化に弱い。今は安定しているが、この先どう転ぶかわからない。なるべく刺激は与えさせたくない。

 

「茅野のこと、知ってたの?」

 

 いい加減始めようと思っていた矢先、渚が私にそう問いかけた。知っていたか、確かにその通りだ。そして知っていてここまで見過ごした。こうなったのは全て私の責任だ。

 

「そうだ」

 

 言い訳はしない。ただ端的に事実を告げる。その言葉に皆が何故と言いたげな視線を私に向けた。

 

「全部演技だったらしいぞ、私はとてもそうは思えないがな。そうさ、私は全て知っていた。知っていて黙っていた。それがどうした」

「じゃあなんで!」

 

 私の煮え切らない態度に痺れを切らした渚が叫んだ。まあ、普通はそう思うよな。私だってどうしてこうなってしまったのか未だに疑問だよ。

 

「あかりの命を人質に君達と無理やり戦わされている。本当は嫌で嫌で仕方がないさ」

「──ッ!」

 

 出鱈目を言う。あながち嘘でもない、そう約束させたのは私ということを除けばあかりの命を握っているのはシロのようなものだ。

 

 嫌で嫌でというのも……いや、それはどうでもいい。

 

「祥子ちゃん、それ本当なの?」

 

 桃花が縋りつくような目を向けた。ここで頷けばきっと違う未来もあるのだろう。だが、既に賽は投げられた。最早後戻りなどできない。

 

「いや、嘘に決まってるだろ。何馬鹿正直に信じようしてるんだ」

 

 困惑する皆を横目に、私はシャツのポケットから煙草を取り出し口に咥えた。視線が更に強くなる。きっと後であかりに怒られるだろうな。

 

 煙草に火を点ける。皆の視線がもっと強まった。

 

「勘違いするな、私は望んでここに立っている。望んで君達と袂を分かち、望んで君達に銃口を向け、望んで君達の敵になった。そして今日、私は望んで貴方を殺す」

 

 煙を吐き出し指の間に挟んだ煙草を殺せんせーに突き付ける。先端の火が僅かに震えていた。きっと武者震いだ。

 

「正直に言うとな、殺せんせーが本当に雪村先生を殺したとか、何故E組に来たとか、そんなことはどうだっていいんだ」

 

 震える手を無理やり動かし煙草を吸う。咽かえる紫煙が私が今どこに立っているのかを教えてくれる。硝煙の香りとは似ても似つかないが、これはこれで悪くない。

 

「貴方を殺さないと、前に進めない人がいる。戦う理由なんてそれで十分だ」

 

 ここに来るまでの過程や理由など、私にはどうでもいいことだ。

 

 間違っていたとしても、それを成さなければ前に進めない時がある。

 

 私が一度死ぬことで前に進めたように、この人を殺すことであの人が前に進めるのなら、私は喜んで殺そう。今の私にはこれしかできないのだから。

 

 手の震えはいつの間にか止まっていた。

 

「……そうですか」

「好きなだけ罵ればいい。貴方達にはその権利がある」

 

 罵られるのには慣れている。何を言われようと今更私の心が動くことなどない。目を瞑りくるだろう罵声に身構える。

 

「罵るなんてとんでもない、寧ろ先生は嬉しいです」

「はぁ?」

 

 が、代わりに聞こえたのは罵声ではなく喜びの声だった。

 

 あまりに場違いな言葉に思わず口から煙草を落としそうになった。嬉しいだと?裏切って銃口まで向けて、口汚い言葉で罵って、それで、嬉しいだと?

 

 頭おかしいのか?

 

「臼井さん、やはり君はとても優しい人だ」

 

 どうしてここまで言われてそんなことが言えるんだ。身体だけじゃなくて頭まで粘液が詰まっているのか。皆もどうしてそこで頷くんだ。

 

「だからこそ、ここで君達を放っておくわけにはいかない」

 

 殺せんせーの真っすぐな言葉と目に、私は黙って煙草を吸うことしかできなかった。本当にどこまで行ってもぶれない人だ。罵られたって文句は言えないことをやっているというのに。

 

「ああ、そうかよ。貴方のそういうところ……本当に虫唾が走る」

 

 こんな私を優しいと言うところとか、何されても笑って許すところとか、自分のことなんてちっとも考えないところとか、本当に、本当に嫌いだ。

 

 そろそろ始めよう。そう思った矢先だった。

 

「祥子さん……本当に私達のこと嫌いになっちゃったんですか?」

 

 奥田が泣きそうな顔で私に問いかけた。一応目の前で銃で撃ったはずなんだけどな、どうしてそんな普通にできるんだろうな。私には一生理解できそうにない。

 

「ああ、そうだ」

「そ、そんなの嘘です!だ、だって今日あんなに楽しそうに笑ってたじゃないですか!」

 

 涙目になりながら、何度も言葉に詰まりながら、それでも必死に自分の思いを叫ぶ。初めの頃のコミュニケーションが苦手だった奥田なんて何処にもいない。

 

「名前で呼んでいいって言ってくれたじゃないですか!!」

 

 そう言えば、そんなことも言ったな、忘れていた。じゃあ私は奥田のことを愛美とでも呼べばいいのだろうか。本当に今更だな。

 

「そうだよ!本当は嫌なんでしょ?さっちゃん初めてE組に来た時と同じ目してるもん!」

 

 煙草を一口吸う。紫煙が口の中に充満した。昔はそれなりに気に入っていたはずなのに、今はちっとも美味しくない。

 

「カエデちゃんも聞いてるんでしょ!こんなこと止めてよ!二人ともE組に帰ろう?また一緒に暗殺しよ?」

 

 陽菜乃の言葉を皮切りに皆の顔から次第に気力が戻っていく。伊達にE組のムードメーカーをやっているわけじゃないのか。

 

「だからそんな泣きそうな顔しないでよぉ……さっちゃん女の子なんだよ?煙草なんて吸っちゃ駄目だよぉ……」

 

 泣き崩れそうになり、桃花に抱きかかえられる。そんな桃花の顔も泣きそうだった。

 

「祥子ちゃん!」

「さっちゃんさん!」

「祥子さん!」

 

 三十対の瞳が私を串刺しにする。

 

 銃で撃ったんだぞ、怖がれよ。なんでこっちの心配してるんだよ。私なんかよりももっと心配するべき人がいるだろうに……

 

「畜生、どいつもこいつもお人好しばっかりだ……」

 

 煙草を地面に落とし足で踏みつぶす。とてもじゃないが吸う気分になれなかった。もういい、始めよう。

 

「茶番は終わりだ、殺せんせー。今すぐ横の林にある塹壕に皆を退避させろ。どうなっても知らないぞ」

 

 指をさす。すすきの生い茂る平原の横にある林、その中に塹壕が掘られていた。一応注文通りにしてくれたようだ。あいつは嫌いだが、こう言う手際の良さは純粋に凄いと思う。

 

 土嚢で補強された大きめの塹壕だ。三十人は余裕で入れるし深さも胸元まであり十分。少し屈めば大抵の爆発から身を守ってくれるだろう。

 

「……まさか!?」

 

 殺せんせーが息を呑んだ。私のやろうとしていることがわかったのだろう。肯定するかのように酷薄な笑みを浮かべた。

 

「……皆さん、今すぐ先生から離れて林の塹壕に避難しなさい!」

「でも殺せんせー!」

「いいから、早く!」

 

 殺せんせーのただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、皆は仕方なくと言った様子で林の塹壕へ歩き始めた。そうだ、それでいい。

 

 殺せんせーを除く全員が塹壕に退避したのを確認し、私は改めて殺せんせーに向き直る。

 

「さぁ、ショウタイムだ」

 

 精々、踊ってみせろ。

 

 

 

 

 

 誰もいなくなった平原で、私は恩師の前で新しい煙草に火を点けた。

 

「煙草は身体に良くありませんよ……」

 

 ターゲットに意識を集中させる。世界がモノクロになり全ての存在から色が消え失せる。唯一色が付いているのは目の前にいる超生物のみ。

 

 思考にあるのはターゲットとの距離、周囲の状況、所持している銃火器、装弾数、残弾数、予備兵装……

 

「知ったことか、どうせもう戻れないんだ」

 

 今までやってきたように、自らをプログラムに置き換え相手を殺害するための最適解を導き出す。彼我の距離は約30m、相手はただ一人、殺すべきはただ一人。

 

「まあ、どうでもいいことさ……」

 

 標的と腰のP226に意識を向ける。数秒、あるいは数分か、ただ目を開き時が来るのを待つ。

 

 乾いた瞳が潤いを求める。肺が酸素を求める。そんな身体の悲鳴を無視し相手の全てを見続ける。

 

 静まり返る平原、私の心音と微かに聞こえる時計の針、そして冷めきった風だけの世界。

 

「本当に、殺るのですね……」

 

 煙草を宙に投げる。開戦の合図だ。

 

 流れ星のように落ちていく煙草の赤い火。

 

 1m、腰の銃に手を掛ける。

 

 0.5m、グリップを握る。

 

 0m、煙草が地に落ちる。

 

「──ッ!」

 

 ホルスターからP226をドロウ。セーフティ解除、腰を落としアイソセレスで構える。

 

 0.2秒で射撃体勢に移行。スライド上部のマイクロレッドドットの赤い光点をターゲットに合わせ引金を引く。

 

 撃発、そして衝撃。秒速360mの9mmルガーがフラットな弾道を描き標的に襲い掛かる。

 

「私に銃は──」

 

 標的はこれを左に回避──

 

「──ッ!?」

 

 できない。

 

 爆発音、土煙と共にターゲットの足元が抉れる。地雷だ。すぐさま発砲、標的はこれを右に回避、再び地雷が爆発した。

 

「この地雷、まさか!」

 

 標的が動揺する。当たり前だ。何故ならターゲットの脚部の触手、その一本が溶けていたからだ。

 

 対触手細胞物質を使用した対人地雷。威力は低いが牽制には十分だ。シロの奴、こんなものまで作っていたとはな。標的の動揺を突き畳み掛けるように射撃を続ける。

 

 回避、爆発、回避、爆発、ほんの数メートル動けば必ず爆発が起きる。ここは最早公園ではない、地雷原だ。

 

 動けば地雷がその身を削り、その隙を突き銃弾を叩きこむ。

 

「しかし、ただの銃弾では私は──」

 

 相手の動きが止まった。

 

 その考えは間違っていない、動けば地雷に当たるのなら、動かなければいい。通常の銃弾を喰らったところで標的にはダメージ一つない。

 

 そう、普通の銃弾ならば。

 

 レッドドットの光点を標的の頭部に合わせ、私は引金を引いた。銃口から放たれた9mmの弾頭は標的のゴムボールのような頭部の端を掠め、そして破裂した。

 

「こ、この反応は!」

 

 9mmの対触手弾頭。以前京都での暗殺で使った銃弾をより洗練させた正に触手生物を殺すことだけを考えて作られた弾薬。

 

 BB弾とは比べ物にならない初速と運動エネルギーを誇る実弾、その威力は推して知るべし。避けようとする標的に右に歩きながら銃弾を浴びせ続ける。

 

「う、臼井さん!?」

 

 地雷原を歩くという常軌を逸した行動。きっと相手は気が気がではないのだろう。なんてことはない、何処に地雷を設置させたかを全て覚えているだけだ。

 

「伊達に地雷原を歩かされたわけじゃないんだ!!」

 

 銃を撃ちながらまるで庭のように地雷原の中を歩き続ける。残弾残り僅か、古い弾倉を弾き飛ばしすぐさま新しい弾倉を叩きこむ。

 

「……ッ!当たらない」

 

 そして発砲を続けるが、先ほど頭に当てたきり一発も当たらない。身体を狙うが最小限の動きで回避される。やはり超音速で動く超生物に拳銃弾は力不足のようだ。

 

 なら、避けられないようにするだけだ。

 

 撃ち続けるさなか、横目に腰ほどの深さの穴が掘られているのを見つけた。注文通りだ。私はその穴のなかに転がり込むように飛び込む。

 

「ライトアップの時間だ」

 

 穴の中に設置されていたスイッチを押す。その瞬間、平原が強烈な光で照らされた。

 

「にゅやっ!?」

 

 標的の驚く声が聞こえる。きっと突然身体が岩のように固くなって驚いているのだろう。

 

 圧力光線、かつてシロが殺せんせーに使った触手生物の身体にダイラタンシー現象を発生させる特殊なライト。予めすすきの中に隠しておいた。

 

 毎秒数百ヘルツのストロボ発光によって標的の身体は凝固と融解を繰り返し真面に動くことも叶わない。

 

 穴の向こうから標的の動く音が消える。止まったな。

 

 私はもう一つの装置を手に取った。それはステープラーを巨大にしたような緑色の機械、先端にはコードが取り付けられすすきの中に伸びている。

 

「ぶっ飛べ」

 

 手に持った装置を二回押す。その瞬間、M57ファイアリングデバイスが電気信号を発信、ケーブルを伝いその先の物体に信号を入力した。

 

 そして、

 

「──ッ!!」

 

 世界が揺れる。

 

 轟音、そして凄まじい衝撃。鉄と炎の暴力。人類が生み出した最高クラスの殺戮装置。

 

 M18クレイモア地雷十五個の一斉起爆。一万五百発の対触手ボールベアリングによる超高密度飽和攻撃。避けられるものなら避けてみろ。

 

「ッ!」

 

 掘られた穴の中に隠れ無差別に襲い掛かる暴力に耐える。あまりの密度により空中で衝突したボールベアリングが穴の中に飛び込み髪を掠めた。もう少し穴を深くするべきだったな。

 

「……やったか」

 

 爆発が収まる。クレイモア地雷のキルゾーンは約60度、死角ができないように半円状に設置し空中に逃げることも考慮し角度も考慮した。普通なら絶対に死んでいる。

 

 だが、あの人は普通じゃない。こんなので死ぬなら今まで苦労はしていない。あの人は絶対に生きている。

 

 圧力光線は今の爆発で壊れただろう。今度は私の番だ。穴の中に立てかけていたDDM4を手に取って、チャージングハンドルを引き口径5.56mmの殺意を装填する。

 

「……行くぞ」

 

 意を決してDDM4を手に穴から這い上がり地に伏せ銃を銃を構える。穴の外は煙が舞い上がり何も見えなかった。まるでこの世の地獄だな……

 

 そんな地獄の煙の覗く一つの影──

 

「そこか!」

 

 私は鍛え抜かれた勘を頼りに煙の中に銃弾を叩きこんだ。衝撃と共に何発もの5.56mmの薬莢が宙を舞い、焼け焦げた土に突き刺さる。

 

「──ッ!」

 

 風が吹く。舞い上がっていた煙を吹き飛ばす。黄色の頭部にボロボロの服、私の予想通り標的はまだ生きていた。

 

「……味な真似を」

 

 どうやら抜け殻で今の攻撃を防御したらしい。最後に脱皮を使ったのは凡そ一月前だ。不可能ではない。

 

「そうじゃないとな……」

 

 奴は抜け殻を使ってこちらの今もなおこちらの銃弾を防いでいる。なら根競べの時間だ。

 

 銃を横に構え五発に一発の割合で混ぜた曳光弾の光跡とオフセットサイトを頼りに標的に徹底的に銃弾を浴びせる。

 

 銃声と衝撃と閃光のアンサンブル。

 

 指が吊る勢いで引金を引き続け、弾倉の許す限りにひたすら撃ち続ける。シュアファイアの100連発大型弾倉の恩恵により、この瞬間DDM4は正に機関銃だ。

 

「────ッ!!」

 

 雄叫びを上げながらただひたすら撃ち続ける。大量の空薬莢が煙を吐きながら山のように積み上っていく。そんな鬼のような射撃が功を奏したのだろう。

 

「ッ!?」

 

 標的のシート状の抜け殻が耐えきれず破け、対触手仕様の5.56mm弾が触手を吹き飛ばし粘液をまき散らす。

 

「……弾切れか」

 

 だが、その代償にこちらの弾倉も底をつく。ボルトキャッチにより薬室が解放され新しい弾倉を求め煙を吐き出す。

 

「臼井さん、もう止めなさい!危険すぎる!!」

 

 こんな時までこっちの心配か。DDM4は再装填が必要だ。殺せんせーならきっとこの瞬間を絶対に逃さないだろうな。最悪地雷なんてお構いなしに突っ込んでくるかもしれない。

 

 だけどな、殺せんせー。

 

「戦っているのは、私一人だけじゃあないんだよ」

 

 立ち上がる。そして私は叫ぶ、あの人の名前を。私は証明する、独りじゃないことを。

 

「あかりぃぃ!!」

 

 凄まじい声量、どこいても聞こえるように、何があっても聞こえるように、一人じゃないと教えるように。私の叫びに平原が震え何度も反響を繰り返す。

 

 静まり返った大地、そしてあの人は現れる。私の親友、私の仲間、そして、私の共犯者。

 

「待たせたね!祥子!!」

 

 その名は雪村あかり。

 

 三日月をバックに溢れんばかりの笑みを浮かべ、触手を振りかざし標的目掛けて飛びかかる。

 

「茅野さんッ!」

 

 標的が満を持して現れた本命に驚きの声を上げる。パーティーはこれからが本番だろうに。こんなので驚いてどうする。

 

「せいッ!!」

 

 掛け声と共にあかりの左右の触手が薙ぐように殺せんせーに襲いかかる。点ではなく避けにくい面による攻撃。音速の怒れる触手が殺せんせーを吹き飛ばす。

 

 吹き飛ばされた殺せんせーは地雷をいくつか起爆させながら地面を転がって制止した。そんな光景を眺めていると横から人影が降ってきた。

 

 誰かなんて言うまでもない。無言でハイタッチを交わす。

 

「どう?結構良いタイミングだったでしょ?」

 

 絶好のタイミングで横から殴りつけたあかりが私に笑いながらそう言った。まだ第一ラウンドが終わったばかりだ。ここで認めるのもなんだかな。

 

「いや、もう少し早くてもよかったんじゃないか?」

「なによー、祥子の意地悪」

 

 いつものように軽口を叩きあう。だが、私達の目はどこまでも真剣だ。殺せんせーが立ち上がる。

 

「茅野さん……」

 

 あかりは触手を構え、私はDDM4に新しい弾倉を叩きこみボルトキャッチを叩く。軽快な金属音はまるで戦いのゴングだ。

 

「行けるか?」

 

 聞く必要なんてないが、あえてもう一度訊ねる。顔を見ればまだ余裕があるように見えるが、それでも油断はできない。長期戦は許されない、速攻で終わらせる必要がある。

 

「当然でしょ?また始まったばかりじゃない」

「無理するなよ、死んだら意味がないんだからな」

 

 あかりが真剣な顔で頷いた。これ以上の言葉は不要だろう。DDM4を構える。

 

 第二ラウンドの開始だ。

 

 

 

 

 

「このッ!!」

 

 まるで槍のようなあかりの触手による突き。そんなランスチャージを標的は触手で弾き飛ばそうとする。だが、その触手を狙いすましたかのようにDDM4の5.56mmが弾き飛ばす。

 

 別に触手を見切っているわけではない。標的は地雷を踏まないように細心の注意を払って動かなければならない。

 

 当然動きは鈍くなる。音速での回避を封じてしまえば標的は少し早いだけのデカ物だ。胴体に向けて撃てば後は勝手に触手に当たってくれる。すかさず触手の突きが繰り出される。

 

「ぬぅん!!」

 

 しかし標的は胴体を捻じ曲げあかりの突きを回避、軟体生物ならではの回避に思わず唸る。これだけやっても殺せないなんて、本当に厄介な担任だよ。

 

「リロードッ!」

「任せて!」

 

 弾切れ、あかりが私の盾になるように標的に攻撃を加える。しゃがみこみ背中合わせにDDM4の弾倉を交換、ボルトストップ解除。上半身を傾けあかりの左脇からニーリングポジションで加勢する。

 

「前進!!」

 

 入れ替わるように私が前に躍り出てを進撃を開始する。あかりが斜め後ろから触手で攻撃する傍ら、ひたすら制圧射撃を行う。

 

 発砲、そして発砲、レイザーHDのレティクルを標的に合わせひたすらダイレクトサポートを続ける。地雷の位置を覚え自由に動ける私達の前に迂闊に動けない標的はただの良い的だ。

 

「……そこか」

 

 発砲、絶好のタイミングで標的の真横にある地雷を撃ち抜く。爆発、すかさずあかりの攻撃によって標的の触手が千切れる。

 

 5.56mmと言う名の盾で攻撃を捌き、触手と言う名の必殺の槍を叩きこむ、正に攻防一体の構え。

 

 如何に数多の刺客を退けた超生物といえども、最強クラスの兵士と最強クラスの触手持ちが相手では分が悪いようだ。

 

 相手も相当に消耗してきているらしい、動きが先ほどよりも鈍くなっている。この辺で叩みかけよう。

 

「散開!!」

 

 あかりが跳んだ。まるでレイピアのような鋭い突きの嵐が標的を串刺しにせんと襲い掛かる。そんな彼女を支援するために私も射撃を続行する。

 

「……予想よりも弾の消費が激しい」

 

 弾倉と薬室合わせて残り三発、リロードしている暇が惜しい。標的に走りながらDDM4を左手に持ち右手でP226引き抜き撃ちまくる。

 

「待ってろあかり!」

 

 一歩踏み間違えれば死ぬかもしれない緊張感の中、私は不思議と居心地の良さを感じていた。

 

 戦いが楽しいわけではない。大切な仲間と背中を合わせ命を賭けて戦う、それ自体が心地よいのだ。普久間島の時も死神の時も、自ら望んだとはいえ私は土壇場ではいつも一人で戦っていた。

 

 中学生の私は、殺し屋の私は孤独ではなかった。けれど、兵士の私はいつも独りぼっちだった。味方は居ても仲間はいなかった。だけど、今は違う。

 

「祥子!後ろから周りこんで!」

 

 DDM4に持ち替え走りながら古い弾倉を破棄、新しい弾倉を叩きこみ、チャージングハンドルを引く。未使用の黄金色に輝く5.56m弾が排莢口から弾き飛ばされ宙を舞った。これが最後の弾倉だ。

 

「任せろ!!」

 

 距離を取りながら撃ちまくる。銃が炎を吐き、地雷が大地を引き裂き、触手が粘液をまき散らす。まるで地獄の釜の底をひっくり返したかのような最低で最高の狂宴。

 

 あかりもそろそろ限界が近いはずだ。この辺で終わらせないと。徹底的に援護射撃を行いながら、林に生えている木の陰に滑り込み銃身を幹に預けて依託射撃を敢行。

 

 

「三発、二発、一発……」

 

 最後の弾倉を撃ち尽くし、ボルトストップが掛かる。これで5.56mmは品切れだ。僅か数分の間で約190発もの弾薬を使い果たした。ここまで撃ったのは本当に久しぶりだ。

 

 肉抜きされたハンドガードの隙間から轟轟と煙が立ち込める。グリップを握る左手が火傷しそうなほどに熱い。

 

 服はボロボロで顔は泥まみれ、いつの間にか身体中にできていた擦り傷から血が滲み熱せられた空気が傷口を痛めつける。

 

「……痛いな」

 

 だが、それがいい。炎が肉を焼き、鉄が肌を切り裂く、これぞ正に戦争。

 

 DDM4を廃棄しP226をリロード。木の幹に立てかけていたベネリM2を手に取る。モンスター退治にはショットガンだ。黄金色に輝くボルトを引き対触手用12ゲージバーショットを薬室に装填。

 

「今行くぞ!」

 

 立ち上がり再びの突撃。もうまどろっこしい制圧射撃なんて終わりだ。M2を猛連射しながら地雷原を突っ切る。

 

 何発か掠りながらも殆ど命中せず瞬く間に十二発を撃ち尽くす。歩きながらM2のストックを右肩に乗せシェルキャディからショットシェルを四発むしり取りローディングポートに流し込む。

 

 ショットガンクアッドロード。

 

 同じ動作を二回繰り返し僅か四秒で弾倉をシェルで満たす。マッチセーバーからシェルを引き抜き排莢口に押し込めボルトリリース、装填完了。

 

 射撃開始。12ゲージの凄まじい反動が私の肩を殴りつけ標的に数百個のペレットを泡のように浴びせる。

 

 地雷の数も少なくなってきた。標的も弱っているといえ音速で動かれてはたまらない。これで終わりにする。

 

 神経を焼き切れそうな勢いで研ぎ澄ましひたすら12ゲージを撃ち続ける。死神だって生身で触手を見切ったのだ。一年見続けた私だって見切れるはずだ!

 

「舐めるなあぁ!!」

 

 自らを鼓舞し、己の恩師を殺すべく緑に輝くファイバーサイトを頼りに12ゲージの殺意を叩きこむ。そんな覚悟が届いたのだろう。

 

「──ッ!!」

 

 薬室に込められたバードショットが標的の足元にクリーンヒット。いくつもの触手が破裂し殺せんせーは大きくバランスを崩した。

 

 行ける。私は近づきながらM2を撃ち続ける。

 

 残り四発、唐突に引金からキレがなくなった。まだ弾は残っているはずだ。なら考えられるのはただ一つ。銃を斜めにし薬室を覗きこめば薬室とシェルキャリアーの間に弾が詰まっていた。回転不良だ。

 

「糞が!」

 

 知ったことか、M2を投げ捨てながら肉薄、対触手物質を塗りたくったナイフを引き抜き突撃する。

 

 ナイフを一閃、当然避けられる。関係ない、振り向き様にP226を引き抜き勘を頼りに撃ちまくる。案の定、私の動きを止めるつもりだったと思われる触手が弾け飛ぶ。

 

「一度くらいやり返したらどうだ!!」

 

 P226を乱射しながらわざとらしい挑発を行う。髪を振り乱し口角を吊り上げ戦いに酔う自分を演出する。

 

 殺す、絶対にここで殺す。あかりのことも忘れ殺せんせーと踊るように殺し合いを続ける。やはりこんなものは暗殺じゃない、ただの戦争だ。

 

「敵はここにいるぞ!!」

 

 リロードしながら自らを鼓舞するように叫ぶ。そうしないと頭がどうにかなってしまいそうだからだ。

 

 どうしてこんなことになってしまったのだろうか、ふと遅すぎる疑問が頭を過る。どうでもいい、既に賽は投げられた。もう殺るしかないのだ。

 

「敵じゃない!私の生徒だ!!」

「今は敵だろうが!!」

 

 今私は人からどう見えているのだろうか。悪魔か、化物か、それとも人か。どうだっていい、この人を殺すためなら悪魔にでも化物にでもなってやる。

 

「敵じゃない!!」

「敵だ!!」

 

 一度銃を向けたら後は殺し合いしかない。それが戦いの掟、人も化物も関係ない。私は銃を撃った。だから倒さねばならない、倒されなければならない。

 

 今の私にはこんなことしかできないのだから。

 

「祥子……?」

 

 ふと、あかりの声が耳に入り横を見た。泣きそうな顔をしたあかりの顔が目に焼き付いた。

 

 どうしてそこで泣きそうな顔をするんだ。泣きたいのは自分だろうに、なんでいつも人のためにしか泣いてくれないんだ……

 

 そんな場違いの感情がいけなかったのだろう。

 

「え?」

 

 左足に違和感、明確に地雷を踏んだと気が付くのにそこまで時間は掛からなかった。どうしてこんなところに……

 

「しまっ」

 

 もう遅い。爆発、衝撃。そして私は空を飛んだ。

 




用語解説

M57ファイアリングデバイス
米軍などで採用されている爆薬を起爆するためのホッチキスみたいな装置。ゲームでC4を爆破するために二回カチカチしているあれ。二回押すのは誤爆対策。

M18クレイモア地雷
言わずと知れた指向性対人地雷。湾曲した弁当箱みたいな形をしており中にC4爆薬と700個の鉄球が詰まっている。地雷という名はついているけど条約がうるさいので遠隔で起爆させる。決してエロ本の前に置いてはいけない。

曳光弾
発光する特殊な弾薬。機関銃などの弾道の修正に使う。マグネシウムなどの発火性物質や最近だとLEDなどもある

シュアファイア
超強力なライトや銃のパーツなどを製造している企業。複列弾倉ならぬ四列弾倉とかいう長過ぎて気持ち悪いマガジンを作った。60発仕様と100発仕様の二種類ある。

依託射撃
銃身を木や壁などにもたせかけて撃つ方法。安定した射撃ができる。

クアッドロード
ショットシェルを二列に並べて握り二発ずつ一気に装填するテクニック。スピードが重視される競技でよく使われる。こんなのが普通のテクニックとかアメリカ人頭おかしい。

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