【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、プレデターかな?


七十時間目 団結の時間

「さてと、どうするんだ?」

 

 超体育着の上からグレネードとマガジンポーチを括りつけたチェストリグを身体に巻き付けながら、私は磯貝にこれからの作戦を訊ねた。

 

「正直なところ始まってからじゃないと何とも言えない」

「出たとこ勝負ってことか……」

 

 ある程度相手の布陣がわかっているなら別だが、今回は両者とも完全にフラットな状態から始まる。相手の戦術が読めない以上、その場の状況に応じて各員で対応することくらいしかできない。

 

「なんにせよ、やるべきことをやるだけだ」

 

 カモフラージュテープを巻いたAR-15のバヨネットラグに銃剣型の対先生ナイフを着剣。何度か振り回しがたつきがないことを確認。銃剣は久しぶりだがまあ大丈夫だろう。

 

 続いて弾薬を装填しマウントベースのACOG上部に取り付けたマイクロレッドドットを点灯させる。ライフルはこれでOKだ。

 

「渚はどうするんだ?彼、正面戦闘のスキルはあまりないだろ」

「ああ、渚には好きに動くように言っておいた。多分そっちのほうが活躍できるだろうし」

「だな」

 

 同意しつつ1911も同様に弾を込め腰のホルスターに仕舞い、持ってきた水筒の水で泥を作り顔に塗りたくる。

 

「けど意外だったな。臼井はてっきり殺す派だと思ってた」

「血を見るのはもう嫌なんだよ。理由なんてそれで十分だ」

 

 決して罪悪感からくる罪滅ぼしなどではない。渚と同じだ。私があの人に生きてほしい、それだけなのだ。助けたいから助ける。前原がチームを選ぶ際に言っていた言葉を思い出す。

 

「そっか、ありがとな!すっげー心強い」

 

 磯貝の言葉に満たされるものを感じながら、耳の穴まできっちりと泥を塗りたくる。後はハーフギリーを身に纏えば私は文字通り森の一部になる。

 

「磯貝、私は今回あまり表に出るつもりはない」

「もしかして、俺達に遠慮してるのか?」

 

 その問いに首を横に振る。向こうが相手になるなら叩き潰すと言った以上、遠慮など最早する意味もない。私は私の好きなように戦うだけだ。

 

「磯貝、私はいつも一人で突っ走ってばかりだっただろう?普久間島の時も、死神の時も、誰にも力を借りようとしなかった」

 

 どれだけ変わっても、どれだけ信じていようと、身体に染みついた孤独はそう簡単には払拭できなかった。でも、やっと気が付いた。もうあんな思いを皆にさせるのは沢山だ。

 

「ああ、すっげー嫌だった……」

「だからさ、もうそういうことしたくないんだ。独りで戦うのはもう嫌だよ……」

 

 もう私は少年兵(捨て駒)でも兵士(鉄砲玉)でもないんだ。孤独に戦う必要なんてどこにもありはしないのだ。

 

「臼井……わかった。俺達に任せてくれ」

 

 私が気持ちが伝わったのか、真剣な瞳で頷いてくれた。その瞳に温かいものが広がるのを感じる。

 

「ああ、言っておくが勿論手を抜くつもりはないぞ」

 

 予め用意していた落ち葉仕様のハーフギリーを身にまとう。皆と違いインナーもタイツも全て迷彩柄に塗装した。顔に塗った泥も合わさり今の私は全身山一色に染まっている。

 

「隙を見せた奴は悉く狩り尽す。クラスメイトだろうが友達だろうが1ミリたりとも容赦はしない……」

「あ、ああ、頑張ってくれよ……」

 

 私が笑い、彼が引き攣る。準備は万端、いつでもいける。

 

 

 

 

 

 

『俺が戦いを仕切る。律は戦況を表示してくれ』

 

 超体育着のフードに取り付けられた無線から烏間先生の真剣な声が聞こえるなか、各自所定の配置につき合図が出されるのを待つ。ちなみに律は今回の戦いでは中立を選んだ。

 

 普段の可愛らしい言動で勘違いちしがちだが、律は殺せんせーの殺害を至上命令として作成された人工知能だ。

 

 勿論私にとって律は人間なのだが、それでも殺すために生まれたことには変わりはない。そんな境遇の中でどちらかを選ばずに悩むということは、それだけ自分の中で葛藤があるということだ。私はそんな友人の成長に喜びを感じる。

 

「さて、問題は渚とカルマだが……」

 

 いつの間にか姿を消した渚と向こう側にいるだろうカルマを想う。

 

 今回の件で完全に仲違いした二人だが、ああしてお互いに文句を言い合う姿を見るのはこれが初めてだ。仲が悪かったわけではないが、なんというか演技していた時のあかりのように、常にお互い一線を引いていたのだ。

 

「まあいいさ」

 

 彼等の確執は彼等が解決するべき問題。私達の出る幕はない。私はいつものように戦うだけだ。

 

「さぁ、戦の時間だ」

「う、臼井さん?」

 

 隣にいる片岡が私の顔を見て顔を引き攣らせた。頬に手を当てる。どうやら笑っているようだ。まあ楽しいのだから仕方がない。

 

『両チーム準備はできたか?』

 

 皆は既に配置についた。私もナイフを引き抜き烏間先生の言葉を今か今かと待ちわびる。久しく感じなかった戦いの昂揚感。私のボルテージは上昇していく。

 

 さぁ、さぁ、さぁ!

 

『クラス内暗殺サバイバル……開始!』

「片岡、どけ」

 

 合図、瞬時に片岡を突き飛ばしナイフを虚空に向けて振り抜く。

 

 僅かな手応え。振り抜いたナイフに赤色のインクがこびり付く。狙撃だ。

 

「え……い、今の」

「狙撃だな」

 

 ナイフの切っ先を彼方の丘に向ける。凡そ100m先、千葉の前髪に隠れた目とスコープ越しに目が合った。

 

「ふっ、甘いぞ千葉」

 

 右手の人差し指を横に振る。まさかBB弾を斬り飛ばされるとは思わなかったのだろう。豆粒のように小さな彼の表情が驚きに包まれる。

 

 難しいことではない、初めから気が付いていただけだ。それにBB弾の弾速などたかが知れている。私の目なら捉えられる。

 

「……逃げたか」

 

 位置がばれたと悟ったのか、視界の先の千葉は丘の向こうに消えていった。捕捉された以上、妥当な判断だろうな。

 

「千葉がいるなら速水も…………あそこか」

『──ッ!?』

 

 約50メートル先、木の上に潜んでいた速水と目が合う。如何に迷彩を身にまとっていても、派手な髪と綺麗な白い肌では見つけてくれと言っているようなものだ。

 

「すまない、やられた……」

 

 どうやら竹林を撃ったらしい。迫撃砲を持っていた彼を狙うのは正解だ。カルマの指示だろうか。

 

「これで十三対十四か」

 

 竹林が開幕から離脱する中、私は今の狙撃の意味を考えた。

 

 私を狙わずに片岡と竹林を撃ったということは、どうせ当てられないと踏んでいるのだろう。倒せないのなら無視するのは戦略としては正しい。このまま私を徹底的に無視する可能性もある。

 

「まあいい。そっちのほうがやりやすい。片岡、指揮頼んだぞ」

「臼井さんはどうするの?」

 

 ハーフギリーを顔に被る。この瞬間、私は森の一部になった。最早誰も私を見つけられない。何処にでもいて何処にでもいない、それが今の私だ。

 

「そんなもの決まっている……ハンティングさ」

 

 さぁ、戦場仕込みの暗殺を見せてやる。

 

 

 

 

 

「杉野、相手の動きはどうだ」

『いや、今んところ誰も見えねえ』

 

 森の中を這いずり回り杉野達についていく。木から木へ、茂みから茂みへ、時には水の中にすら躊躇なく潜り込み徹底的に森と同化する。

 

『臼井さん、本当について来てるんだよね?』

「木の上だ。君達の背中を見ているとだけ言っておく。今首を掻いたな」

『ほ、ほんとにいるんだ……』

 

 木の上から杉野達を目で追う。場所を告げると無意識に目で追ってしまう可能性がある。敵を騙すにはまず味方から。誰も存在を知らなければそれはどこにもいないのと同じなのだ。

 

 恐らく既に斥候も配置済みだろう。やるとしたら狭間か三村、あとは最悪イトナのドローンということも考えられる。見つけたら早急に対処する必要がある。

 

 けれどまずは……

 

「君からだ」

 

 木から音もなく飛び降り、重力に任せ茂みの中を這いずりまわっていた狭間の背中を膝で押さえつける。杉野と不破を狙っていたのだろう。呻き声と共に狭間と目が合う。

 

「えっ!?」

 

 突然の第三者の登場に驚く狭間。口を押えつけナイフで顎の下を掻き切る。瞬く間に喉がインク塗れになり、狭間の脱落が決定した。

 

「狩人は、常に自分が狩られる立場にいることを忘れてはならない。油断したな」

「はぁ……臼井さん相手じゃ仕方ないわね。カルマの奴、恨むわよ……」

 

 感心する狭間に無言で頷き再び移動を開始する。不破と杉野は私が狭間を倒したことにすら気が付いていない。彼等の面倒を見るのはこれくらいにしてもう少し前進しよう。

 

「磯貝、不破と杉野を狙っていた狭間を排除した」

『本当か!?全然気が付かなかった……』

「挟撃される危険性がある。しばらく背後の警戒は厳にするべきだ」

『そうだな、サンキュー臼井』

 

 ざわつく磯貝達を横目に匍匐で木々の間を通り抜ける。その際彼等の真横を通るのだが、誰も私に気が付かない。当たり前だ。

 

 一切の音を発さず、枝はおろか草の一本も揺らさない完ぺきな潜伏。触手持ちすら出し抜いたスカウト技術は伊達ではない。

 

「さて、あかり達のところに行こう」

 

 匍匐からしゃがみに移行し森を駆ける。戦いはまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

「様子はどうだ皆」

「うわぁ!?」

 

 先ほどの地点から少し進んだ地点、片岡、神崎、あかり、陽菜乃の四人組を視認。忍び寄り声を掛ける。案の定あかり達が凄まじい勢いで驚いた。

 

「って、祥子か……はぁ、びっくりした」

「一応そっちに行くと言っていただろうに」

「それは知ってたけど、急に出てくるとびっくりするっていうか……というかまたモリゾーになってるし」

 

 どうでもいい話をしながら周囲を警戒する。まだ周囲には人の気配はないが、遠くで見ている可能性もある。油断はできない。AR-15のスコープを覗きながら周囲を警戒する。

 

「向こうの動きはどうだ?片岡」

「ううん、まだ何も。臼井さんは何か気配を感じらたすぐに教えてちょうだい」

「了解…………さっそくお出ましだ」

 

 木々を飛び交いながら猛烈な勢いで近づいてくる気配が二つ。私の言葉に皆が警戒態勢に入る。私もAR-15のセーフティを解除し攻撃に備えた。

 

「陽菜乃、上だ」

「えっ?きゃっ!?」

 

 私の前を歩いていた陽菜乃にBB弾が着弾。すぐさま気配の主を目で追う、木村だ。持ち前の足の速さを活かし一撃離脱に徹するつもりだろう。

 

「祥子、危ない!」

 

 背後から急接近する影、首を逸らし飛んでくる脅威を回避。すれ違いざまに相手を確認、岡野だ。どうやら避けられると思わなかったらしく驚きに満ちた目で私を見ていた。

 

「臼井さん反応良すぎだって!」

 

 だが瞬時に態勢を立て直し離脱。木々を飛び回りながら仕切り直しを測っている。

 

「は、速すぎて狙えない!」

 

 流石の片岡達もこれには焦りを禁じ得ない。銃口の先が右へ左へとぶれる。このままでは一方的にやられるだけだ。

 

「みんな、ここは私に任せろ。飛んだり跳ねたりするだけが、森の動き方じゃないと教えてやる」

 

 私の言葉に従い三人が木や茂みに隠れる。ふむ、どうしたものか……頭に被っていたギリーを脱ぎ、ゆっくりと歩きながら取るべき行動を考える。

 

 そうすれば相手は黙っていないわけで、観察から攻撃へと行動を変化させた。縦横無尽に二人が私の周囲を飛び跳ね攻撃の瞬間を今か今かと伺っている。

 

「臼井さんさえ倒せば!」

「一気に俺達が有利になる!」

 

 考えは間違っていない。そのために片岡達を攻撃していないのだろう。が、計算が甘いな。私を倒せば有利になる。それは確かに正解だ。だが一つ問題がある。

 

 私は二人程度では倒せないということだ。

 

「もらったよ!」

 

 木の幹を蹴って正面から岡野が突撃。ナイフを構え私に急接近してくる。対する私はAR-15を脇に退かし、いつものように両手を頭の前で構える。

 

 岡野の突きを回避、続けざまに繰り出される回し蹴りを肘で弾き飛ばすが、弾かれたことを意に介さず一回転しながらナイフを振りかぶる。

 

 素早く、それでいて相手の意表を突くような素晴らしい攻撃。だが──

 

「えっ……」

 

 岡野の動きがピタリと止まった。私が彼女の顔を鷲掴みにしたからだ。右手に持ったナイフが手から零れ落ち地面に突き刺さる。

 

「私に当てたいなら、今の三倍は速くしろ」

 

 確かに厄介な攻撃だった。だが素早い連撃もトリッキーな攻撃も、見えているのなら関係ない。驚く彼女に足を引っかけ共に倒れ込み──

 

「かかったね!」

 

 彼女がニヤリと笑った。背後に木村の気配を確認、木の上から飛び降りてくる。なるほど、岡野は囮、本命は木村というわけだ。どうやら上手いこと騙されてしまったようだな。

 

「もらった!」

 

 銃口が突きつけられる。正に絶体絶命。だが問題ない、こんな状況腐るほど経験した。

 

「──ッ!?」

 

 銃声は聞こえない。何故なら木村の銃口の先には岡野の背中があるからだ。なんてことはない、完全に倒れ込む前に彼女を巻き込み身体を一回転させただけだ。

 

「なっ!?」

 

 仲間を盾にされたことによる一瞬の混乱。意識の致命的な隙間、それだけあれば私には十分だ。

 

 背中から着地、宙を舞う落ち葉。腰に回していたAR-15を岡野の頭を挟みこむように構えレッドドットの光点を彼に合わせる。彼と目が合う。

 

「マジかよ……」

 

 ニヤリと笑い発砲。三発の6mmペイント弾が彼の胸と頭をインク塗れにした。一瞬の出来事に着地した木村が放心状態で座りこむ。これで二人目。

 

「まだいるかもしれん!警戒頼む!」

「りょ、了解!茅野さん行くよ!」

 

 走り出す二人を見ながら、もがく岡野を両腕と両足で挟みこむ。彼女も鍛えられているためかなりのそれなりの力があるが、相手が私ではそれも意味がない。兎が熊に力勝負を挑んだところで勝てるわけがないのと同じだ。

 

「う、臼井さん離して……ギブ、ギブだから」

「駄目だ」

 

 脇の下から腕を差し込み上半身を完全にホールドしたところで腰のホルスターから1911をドロウ。脇腹に銃口を押し付けて二連射。これで三人目。隣にいた神崎の顔が引き攣った。

 

「そ、そろそろ離してあげたら?」

「そうだな、もう用もないし」

 

 彼女の言葉に従い岡野を解放。頭を押え座り込む。なんというか、全体的に酷い有様だった。

 

「うぇ、頭ぐらぐらするぅ……」

「その……悪かった」

 

 頭を押え顔を歪ませる彼女に少しばかりの罪悪感を抱きながら私は今の攻撃について考えた。どうにも手際が良すぎる。まるでこちらが見えているかのようだった。いや、実際見えているのだろう。

 

「次は目だな……」

 

 妙に相手の配置が上手い。見られているのは確定だな。今の二人は私に焦って突撃といったところだろうか。

 

「神崎、どこかから覗かれている。狩るから手伝ってくれ」

「うん、わかった!」

 

 私は妙に嬉しそうな神崎に頷き移動を開始した。残り12対11。そろそろ派手に動いてくる頃だろう。

 

 

 

 

 

 森の中を音もなく這いずり回り反対側の森林エリアに移動する。当然誰にも気が付かれていない。

 

 戦闘エリアの中央は遮蔽物の少ない岩場。そこを通り抜けようとすれば当然猛攻にあうのは必至。故に皆は両サイドの森から進撃を開始している。

 

 何をするにしても必要なのは情報だ。彼ならそう判断するだろう。地図の通りなら偵察にちょうどいい場所はこのすぐ先にあるはずだ。

 

「……いた」

 

 小さく呟く。森全体を見渡せる木に覆われた小さな崖に偽装網を被った三村の背中を見つけた。どうやら双眼鏡を片手に時折戦況を報告しているようだ。

 

 偽装網を被っているのは良い判断だが、髪の色が派手すぎるな。

 

「キノコ狩りの時間だ……」

 

 匍匐でゆっくりと近づく。

 

 頭、手、肘、二の腕、肩、腿、膝、足首、人体の全てのパーツを地面に擦りつけ音もなく忍び寄る。程なくして彼の真後ろにやってきた。まだ彼は気が付かない。

 

「今の動きはとりあえずそんなところだ。オーバ──ッ!?」

 

 交信を終了した瞬間、彼の足首を引っ張り。森の中に引きずりこむ。この間、わずか三秒。三村がいた場所はまるで初めから誰も居なかったかのように静まりかえった。

 

「う、うわぁあ!?やっぱでた──ッ!!?」

 

 こちらを凝視しながらあかり達と全く同じ反応をする三村の口を腕で押さえつけ、逆手に持った対先生ナイフで胸を滅多刺しにする。

 

 計五回、事を終えインク塗れになった三村を解放。これで四人目。

 

「そ、そんな一杯刺さなくても……ま、マジで怖かった……」

「悪いな、確実に仕留めたとわかるまでは攻撃の手は緩めないようにしているんだ」

「お、おっかねえ……」

 

 そう言う三村だが、彼は私ではないどこかを見ている。その証拠に背後で気配がする。数は二、呼吸音からして男だ。そして今銃を構えた。ようは三村は囮、私が彼を倒すと踏んで待ち伏せていたのだろう。

 

 まあ、関係ないがな。

 

「神崎、やれ」

 

 発砲音、後ろから二人の男の驚きの声が聞こえてきた。この声は岡島と菅谷だな。高価値目標を囮に敵を炙りだす。戦略の常套手段だが相手が悪かったと言わざるを得ない。

 

「あ、あれ?」

 

 あてがはずれたようで首を傾げる三村。まさか私が誰かと一緒に来るとは思っていなかったのだろう。つまり私は囮の囮、彼はまんまと引っかかったわけだ。

 

「大丈夫?臼井さん」

 

 しばらくすると木の上から人影が降りて来た、神崎だ。黒い髪を振り乱しどこか満足そうにライフルを肩に担いでいる。とても楽しそうだ。

 

「いいタイミングだった。ありがとう」

「ふふ、どういたしまして」

 

 何が楽しいのかわからないが、とても嬉しそうにはにかんでいる。それが心地よく、私も思わず笑う。といってもギリーの奥に隠れて表情は見えないだろうが。

 

「でも意外だな、戦闘が得意だったなんて」

「ゲームをやってたお陰かな。敵の隠れそうな場所はだいたい予測がつくんだ」

「なるほどね」

 

 ゲームでそこまでのことがわかるのか。今度おすすめでも聞こうかな。と、そんな関係のないことを考えていると、無線から片岡とあかりが脱落してしまったとの連絡が入った。恐らく千葉か速水だろうな。スナイパーは本当に厄介だ。

 

「これで10対8か……」

 

 数的にはこちらが有利。その差を活かし速攻したいところだが、向こうには速水と千葉がいる。そう簡単には近付けまい。

 

「どうする臼井さん、このまま周りこんで旗を取に行くこともできると思うんだけど」

「止めておく。蜂の巣にされるのがおちだ。ここは数の差を活かして包囲していくべきだな」

「うん、私もそう思う」

 

 まあ、実際はそう簡単にはいかないだろうな。この程度の数の差なら一瞬でひっくり返る。このまま順調に事が運べばそれでいいが、あの男がこのまま黙って見ているわけがない。

 

「そうと決まれば皆と合流しよう……というかさっきからどうしてそんなに嬉しそうなんだ?」

 

 模擬戦闘とはいえ一応は人の生死を賭けた戦いだ。だというのに、神崎はさっきからずっと嬉しそうに笑っているのだ。不思議で仕方がない。

 

「なんか臼井さんがちゃんと私達のこと頼ってくれてるんだなあって思って」

 

 ちゃんと頼る、か。確かに今日の私は多分今までのどんな時よりも皆に力を借りている。仲間と共に戦うのがこれほど頼もしいものだとは思いもしなかった。どうしてもっと早く気が付かなかったのだろうか、そう思ってならない。

 

「どれだけ仲良くなってもどこか距離があったっていうか……なんていうのかな、E組と臼井さんって感じだったんだ。でも、今日やっとE組の臼井さんになってくれたって感じがして、凄い嬉しいの」

「そうなのかもな……いや、そうなんだろうな」

 

 E組と臼井さん、その言葉に神崎が私にどれだけの壁を感じていたのかを思い知る。決してそんなつもりはなかった。けれど、心のどこかで線を引いていたのは否めない。

 

 改めるきっかけが奥田の張り手なのだから笑えるがな。あれは腰が入っていて痛かった。

 

「ふふ、これからもよろしくね、臼井さん」

「……ああ!」

 

 神崎の笑顔に私は今までにない満足感を覚える。私は今まで一人で本気を出してきた。でも、これからはこうして皆で一緒に本気を出したいものだ。そんな気持ちと共に二人一緒に笑う。

 

 けれど、そんな気持ちが油断を呼んだのだろう。横目にスコープの反射光。不味い、位置がばれた。

 

「神崎伏せろ!」

「えっ?」

 

 私が伏せるのと、神崎の胴体に赤インクがこびりつくのは殆ど同時だった。狙撃だ。

 

「すまん神崎」

「ううん、気にしないで。私も油断してた」

 

 伏せながら彼女に謝罪する。そうしている間にも私の頭上をBB弾が容赦なく掠める。頭を上げることも銃を出して反撃することもできない。完璧な制圧射撃だ。このまま固まっていれば容赦なく増援を呼ばれるだろう。

 

「撤退する」

 

 ポケットに入れていたカプセルを地面に叩きつけ瞬く間に私の周囲が煙に覆われる。これで位置は捕捉できないだろう。こんな時のために奥田に煙幕を借りていて助かった。

 

「殺せんせーのことお願い」

「わかった!」

 

 神崎の言葉に力強く返事をし、煙幕の中を突っ切り磯貝達の許に向かう。無線から原が速水に撃たれたとの連絡が入った。

 

 これで現在の戦力差は八対八、完全に互角となった。勝負は終盤、勝敗が決まるのも近い。

 

 

 

 

 

 

「リロード!」

「任せろ!」

 

 私の再装填の隙間を縫って杉野が援護射撃を行う。狙うは中村率いる寺坂グループ。赤チームの旗の間近にある人面岩の陰で防衛線を張っている。ここを突破すれば旗は目前だ。

 

「弾切れ!」

「カバー!」

 

 不破の弾切れをカバーするために木陰から上半身を出し銃をセミオートで弾をばら撒く。そして、相手の銃口が見えたところですぐさま隠れる。こうした撃ち合いが発生して既に3分か経過した。

 

 互角の戦力差、斥候の不在、その結果がこの至極真っ当な撃ち合いだ。

 

「磯貝!そっちは抜けそうか」

 

 反対側から旗を目指し進軍している磯貝に連絡する。こうしている間にもBB弾が私の耳元を掠める。銃撃が一向に途切れない。お互いのカバーが完璧だからだろう。

 

『速水の射撃が完璧すぎて近寄れない!そっちから援護できるか!』

「すまん、こっちも取り込み中だ!」

 

 BB弾が飛び交う中、汗の滲む額を拭う。ハーフギリーは既に脱ぎ捨てた。乾いていた顔の泥が再び湿り出し酷く気持ち悪い。

 

 そう言えば渚は何処に行ったのだろうか。いや、そんなことを考えるのは後だ。続く撃ち合い。このままでは埒が明かないな。仕方ない、腹を括ろう。

 

「杉野!手榴弾使え!」

「おう!」

 

 チェストリグに差し込んでいた手榴弾を杉野に投げ渡す。投擲能力に関してはE組で彼に叶う相手はいない。

 

「これでも喰らえ!」

 

 対先生手榴弾を人面岩に向けて投擲。絶妙なコントロールで手榴弾が人面岩の向こう側に消えていき向こう側の反撃が止む。

 

 当然当たってはいないだろう。しかし、手榴弾の真の用途は殺傷ではなく制圧。野戦においてこれ以上頼もしい武器は迫撃砲と機関銃を除いて他にはない。

 

「スモーク!」

 

 彼に追随するように私がカプセル煙幕を向こう側に投げつけ岩の周囲が煙に塗れる。これで煙幕は品切れだ。

 

「もう一発手榴弾投げたら突っ込む!不破は後ろから援護しろ!」

「了解!二人とも、援護は任せて!」

 

 何気に私の個人レッスンを受ける機会の多かった不破は銃の撃ち方が上手い。スナイパーコンビのような命中させる能力ではなく、攪乱や制圧と言った戦場での撃ち合いにおいて恐らく不破は速水以上の才能がある。

 

「杉野ナイフ抜け!踊るぞ!」

「おっしゃ!任せろ!」

 

 E組においてトップクラスの格闘センスを持つ杉野、白兵戦においてこれ以上頼もしい相手はいない。杉野がナイフを構え、私が手榴弾のピンを抜く。

 

「フラグアウト!」

 

 投擲、ショウタイムだ。

 

突撃(Charge)!!」

 

 銃を構え走り出す。反撃は手榴弾と後ろから随伴する不破の援護射撃により抑え込む。

 

 押さえつけ、動きが止まれば歩兵が突っ込み食い破る。実にシンプルな銃剣突撃。故に強い。

 

 この瞬間、この状況において、彼等に私達を食い止める術はない。

 

「杉野!右任せた!」

 

 野球部仕込みの脚力と戦場仕込みの脚力によって瞬く間に縮む距離。気配を感知、左右に二人ずつ。

 

「行くぞぉ!」

「うぉぉ!!」

 

 煙を突っ切り岩の左右から飛び出す。見えた。鍛え抜いた動体視力が目を見開く吉田と村松を視認する。まずは一人目!

 

「くそ!突っ込んできやがった!」

 

 吉田と村松がライフルを乱射。何十発ものBB弾が私に牙を向くがこれを地面すれすれのダッシュで回避。詰まる距離、吉田の瞳に鬼のような形相の私が映る。

 

「五ぅつ!!」

 

 吉田の銃を銃剣で弾き飛ばし逆袈裟斬りをお見舞い。横目で杉野が寺坂を倒すのを視認。

 

「ッ!速すぎんだよ!!」

 

 真後ろにいた村松に急接近、ステップで弾を避けながら銃剣の切っ先を何度も繰り出す。しかし火事場の馬鹿力か空を切る銃剣。ほぉ、やるじゃないか。

 

「なら!こいつはどうだ!!」

 

 四回目の横薙ぎを避けられるのと同時にハンドガードを両手で握りしめAR-15をバットのように振りかぶる。

 

「ちょ、それは!」

 

 流石にこれは焦ったようだ。彼が咄嗟に銃を頭上に突き出す。中々の反射神経だ。しかしそれが彼の運の尽きでもある。

 

 左脚を思い切り踏み込む。右脚を突き上げ爪先で村松のライフルを蹴りあげる。

 

「しまっ!」

 

 宙を舞うライフル。彼の目が驚きに見開く。そう、フェイントだ。

 

「じゃあな!」

 

 ニカリと笑いAR-15を持ちなおす。村松の瞳に恐怖が滲んだ。

 

「六つぅ!!」

 

 がら空きになった胴体にAR-15の銃剣で一突き。これで二人の脱落が確定した。そうだ、杉野の様子はどうだ。

 

「よっしゃ!!二人抜きだ!!」

 

 いつの間にか中村にナイフを当てていた杉野が雄叫びを上げていた。

 

 制圧、そして突撃と蹂躙。お手本のような銃剣突撃に思わず笑みを零す。これで人面岩は制圧。旗は目前だ。

 

「杉野くーん!臼井さーん!」

 

 煙が晴れ不破がこちらに走ってくる。遮蔽物に隠れるわけでもなく、姿勢を低くするわけでもなく、ただ普通にこちらに走ってくる。

 

「おい、不破油断すんな!」

 

 当然、そんなことをすれば戦場では良い的だ。例えば、狙撃手とか。

 

「えっ……?」

 

 彼女の頭が赤く染まる。血液ではない、ペイント弾だ。畜生、またか!すぐさま弾が飛んできた方向に向けて銃を乱射。走りながら岩の裏にダイブする。

 

「ごめん臼井、俺もやられた!あと頼む!」

 

 僅かに反応の遅れた杉野も千葉の凶弾の餌食になる。反撃したいところだが、向こうの位置はまだ掴めておらず、それでいて私の位置は完全にばれている。少しでも身体を出せばすぐさま撃ち抜くだろう。

 

 しかも、不幸な出来事は重なるようで、無線から磯貝達が全滅したとの報告が入った。前原がイトナを倒したらしいが速水とカルマは健在。残りは私と渚だけ。

 

「はは、やるじゃないか……」

 

 岩にもたれ込み冷汗を拭う。その間も岩には容赦なく弾丸が突き刺さる。しまったな、八方ふさがりだ。煙幕はもうない。匍匐で移動しようにも位置的には丸見えだろう。こんなことならもっと多めに貰っておくべきだったな。

 

「さて、どうする私……」

 

 銃を握り考えあぐねる。そんな時だった。

 

『さっちゃんさん、僕に任せて』

 

 無線が入る。唯一の生き残りの渚だった。ずっといなかった者の声に呆気にとられる私。その僅か十秒後、千葉の銃撃がピタリと止んだ。いったい、どこから……

 

『千葉君は倒したよ。僕はカルマ君の相手をするから、さっちゃんさんは旗をお願い』

「あ、ああ!了解だ」

 

 どちらともとれる指示。旗を取るか守るか。答えは既に決まっている。勝負に水を差すのは無粋と言うものだ。

 

 彼の指示に従い走り出す。向かう場所は青チームの旗本だ。走りながらなんとなく高台にいる烏間先生のほうに首を向けた。

 

「なるほどね……」

 

 視界の先には銃を担ぎ高台から飛び降りる渚の姿が映っていた。ずっと審判である烏間先生の後ろに隠れていたようだ。どうりで見つからないわけだ。

 

「カルマが嫉妬するのもわかるな……」

 

 あいつはなんだかんだ言って相当な負けず嫌いだからな。最早どっちが勝っても文句はない。けれど──

 

「私は精々その露払いをするとしよう」

 

 勝負に勝って試合に負ける、なんて結果は御免だ。私はあの性格の割には派手な見た目の友人のことを思い浮かべながら森を駆け抜けた。

 

 残り二対二、決着は目と鼻の先だ。

 

 

 

 

 

「さぁて、どこだ……」

 

 青チームの旗の根元に座り込み、速水が来るのを待つ。恐らくもう来ているだろう。そして今この瞬間も旗を見ているはずだ。神経を研ぎ澄まし人の気配を探る。

 

「今頃殴り合いでもしているのだろうか……」

 

 恐らく互いを嫌悪しているわけではない、ただ単に認めさせたいだけなのだろう。女の私にはそういう感情はわからない。けれど、とても大事なものだと言うことだけは私にもわかった。

 

「じゃあ私達も始めようか」

 

 速水──

 

 私の言葉に反応するように、人影がゆっくりと木の裏から出てくる。速水だ。当然銃口は向けたまま彼女に話しかける。

 

「いつから気が付いてた?」

「今さっきだ。金属音で気が付いた。多分銃がバックルにでもぶつかったんだろうな」

「いつも思うけど本当に耳良いね」

「鍛えてるからな」

 

 下らないやり取りをしながらも速水は徐々に私に近づいてくる。当然警戒は怠らない。

 

「速水、何人やった?」

「四、もうすぐ五になる。そっちは?」

「六、もうすぐ七になる」

「すご……」

 

 まさか一人で半分近く獲るとは思わなかったのだろう。眉を吊り上げて驚いた。初めから裏方ではなく皆と突撃していたら十はいけたかもしれない。

 

「向こうも始まったころだろう。そろそろ決着をつけようじゃないか」

「そうね……」

 

 AR-15の銃口を向けているのにも関わらず、速水は私に近づくのを止めようとしない。ここで撃ってもいいのだが、それをやるのは無粋な気がする。

 

 距離5m、速水が立ち止まる。

 

「ねぇ、勝負しない?」

「早撃ちか?」

 

 無言で速水が頷く。その証拠に肩に担いでいたライフルを地面に投げ捨て、腰のレースガンに手を掛ける。

 

「どうする?やるの、やらないの?」

「……わかった。いいだろう」

 

 速水の提案に従い立ち上がる。手に持ったAR-15を投げ捨て腰の1911にゆっくりと手を近づける。

 

「言っておくが、私は早いぞ」

「知ってる」

 

 口ではそう言うが、速水のホルスターは競技用のスピードホルスター。速射性は私のカイデックスホルスターとは段違い、勝負はほぼ互角と言っていいだろう。

 

「抜け、速水」

 

 足を肩幅に開き彼女の一挙手一投足に集中。世界がモノクロになり、速水の綺麗な翠眼だけだ色づいている。

 

「一つ、質問いい?」

「なんだ?」

 

 緊張の糸が張りつめる。ただ銃を撃つことだけに全てを捧げる。

 

「臼井、あんたは何?兵士?それとも、暗殺者?」

「そんなの決まってるだろ……暗殺者だ」

 

 風が吹く。私のポニーテールと速水のおさげが揺れる。けれどそんなことはどうでもいい。一秒が一分にも十分にも感じる。集中、ただ集中する。

 

「……そう、それを聞いて安心した」

「ああ、そうかい」

 

 この瞬間、お互いの中で何かの線が切れた。

 

「「──ッ!!」」

 

 速水が銃を抜きながら右に飛ぶ。半ば条件反射のように1911をドロウ。

 

 お互いの銃は既に抜かれた。後は先に撃ったほうが勝つ。スローになった世界で私が速水へ銃口を向け、速水が私の後ろに銃口を……

 

「え……」

 

 お互いのエアガンが同時に同時に空気を吹く。一瞬の攻防。倒れ伏す速水、その胸には青のインク……よし、勝った!

 

 しかし──

 

「違う、相討ち」

 

 倒れた速水が私の斜め後ろを指さす。嫌な予感がしてゆっくりと振り返る。視界の先の木、葉に覆われた枝から黒光りする筒が私を睨みつけていた。

 

 銃口だ。黒光りするショットガンの銃口が私に向いている。つまり……背中をまさぐる。

 

「あっ……」

 

 湿り気、目の前に指を持っていく。赤のインクがついていた。これは私の背中についていたもの。

 

「嘘、だろ……」

 

 その瞬間、私は自分の背中にインクが付いていることにようやく気が付いた。力が抜け、地面に座り込む。

 

「やった……」

 

 どこか誇らしげな速水が座りこんだ私を見下ろす。今だに自分が撃たれたことが信じられない。けれど、背中に感じる湿り気が撃たれた事実を何よりも証明している。

 

「いつの間に……」

「今さっき、臼井が来る前に大急ぎで準備した」

「準備……まさか」

 

 速水にそう言われた瞬間、私は自分がまんまと速水の策に乗せられたことを悟った。先ほど速水が撃ったのは私ではない、トラップの発動装置だったのだ。

 

 私の言葉に姿を晒したのも、らしくない早撃ち対決を挑んだのも全てこのための仕込み。いや、そもそも速水は一言も早撃ちなどとは言っていない。速水はただ勝負と言っただけ。全部、私の早合点だ。

 

「正面からじゃ私はあんたに絶対に勝てない。だから暗殺した。どう、殺された気分は」

「暗、殺……」

 

 暗殺……確かに、今のは暗殺と言えなくもない。相手の行動と心理を研究して誘い込み、最高の一撃を食らわせる。今まで私達が勉強してきた暗殺そのものじゃないか。

 

「はは、これが暗殺されるって気分なのか……」

 

 殺されたはずなのに、どうしてかとても清々しい。けど一つ疑問が浮かんだ。

 

「なんで旗を取らなかったんだ?」

 

 大急ぎで準備したということは私よりも先にここに到着したということ。普通に考えればそのまま旗を取ればそれで勝負は決まる。でも速水はそうしなかった。

 

「多分あんたと同じ、それで勝っても誰も納得できない」

 

 その言葉に酷く納得した。私達は敵ではない。戦ったのはクラスが再び一つになるため、決して否定するためではない。敵はどこにもいない、その事実を改めて実感する。

 

「立って。カルマと渚の勝負、見に行くよ」

「ああ……」

 

 差し出された手を繋ぎ立ち上がり歩き出す私達。まだ勝負は終わっていないのに嬉しくて嬉しくて仕方がない。

 

「はいティッシュ、顔の泥拭きなよ」

「はは、ありがとう」

 

 笑いながら顔を拭く。戦いに負けたはずなのに、ずっと負けることが嫌だったはずなのに、涙が出そうなほど嬉しい。まるでずっと背負い続けた何かがなくなるようだ。

 

「なんでそんな笑ってるの?」

 

 頬に手を当てる。頬が吊り上がった狂ったような笑みでも、歯をむき出した獣のような笑みでもない。ただただの普通の笑みだった。

 

「わかんないや……なあ速水」

「何?」

「……ありがとう」

 

 万感の思いを籠めて感謝の気持ちを告げる。速水は振り返らず返事もしない、でも少しだけ赤くなった耳たぶを見れば聞かなくても分かる。

 

「別に、一度でいいから臼井に勝ちたかっただけ。あと、これ考えたの私じゃなくてカルマ」

「えっ!?」

 

 思わず間抜けな声を上げて驚く。確かにさっきのような真似、速水が思いつくとは思えない、厭らしさに満ちたものだった。

 

「今の臼井なら絶対調子に乗って勝負挑んでくるだろうって」

「そ、そうか……」

 

 つまり私は今日だけでカルマと速水の二人に負けたということか。ふと、私の誕生日会の時に彼が私に一泡吹かせるといったことを言っていたことを思い出した。相変わらずやり方が厭らしい……

 

「なぁ……凛香って呼んでいいか?」

 

 私を殺してくれた人にいつまでも他人行儀でいるのも何となく嫌だ。それに速水も大事な友達だ。友達は名前で呼ぶものだ。

 

「……好きにすれば?」

「じゃあこれからもよろしく、凛香!」

 

 笑顔と共に走り出す。残り一対一、勝敗は赤と青に委ねられた。どちらが勝っても文句はない。でも、きっと渚が勝つだろう。ただの勘だが、こういう時の勘は良く当たるものだ。

 

 

 

 

 

「そこまで!赤チームの降伏により、青チーム殺さない派の勝利!」

 

 私達がやってきたのと、烏間先生の終了の合図が響き渡ったのはほぼ同時だった。視界の先には寝技に持ち込まれたらしいカルマと、彼を抑え込むボロボロになった渚。どうやら相当派手に殴り合ったらしい。

 

 カルマのほうはまだ余裕がありそうだが、顔を見る限り、渚の覚悟に根負けしたといったところか。まあ、なんにせよ私達の勝ちということだ。

 

 皆が渚達を囲み、森が青チームの歓声に包まれる。対する赤チームは悔しそうではあるが、どこか満ち足りた顔だ。

 

「やったよ陽菜乃ちゃん!桃花ちゃん!」

「うん!やったよ二人とも!」

 

 手を取り合ってカエデ達が喜んでいる。というかいつの間にあかりは陽菜乃たちのことを名前呼びするようになったのだろうか。まあ、どうでもいいか。友達同士が仲良くなるのはいいことだ。

 

「おーい!さっちゃんもこっちおいでよー!」

「ああ、待ってろ!」

 

 視界の先で肩をくむカルマと渚を横目に見ながら皆に近づく。前よりもずっと仲が良さそうに見える。雨降って地固まるという奴だろうか。

 

「さっちゃん、何キルした?」

「えっと、狭間に木村と岡野、それから三村をやって杉野と一緒に吉田と村松、最後に相討ちで速水だから……七人だな」

「な、七キルって……祥子半分殺ったんだ……」

「やっぱ祥子ちゃん強いねー。あ、あはは……」

 

 陽菜乃以外の反応は最早見慣れた光景だ。でも私一人の力じゃない。皆と力を合わせなければもっと速い段階でやられていただろう。

 

「よ、臼井。さっきの突撃マジ半端なかったぜ」

「冗談抜きで今まで体験したどんな恐怖体験よりも怖かったわ……」

 

 笑顔の吉田と引き攣った顔の村松が私に一声かける。殴るつもりなど毛頭なかったのだが、そんなこと彼が知る由もないか。

 

「おーい臼井!さっきの突撃の話しよーぜ!」

 

 二人抜きした興奮が冷めない様子の杉野が私に手を振ってくる。いつものように一人で戦っていたら、きっとこんな光景は見ることはできなかっただろうな。

 

「今行くよー!」

 

 手を振りながら走り出す。この瞬間、私は本当の意味でE組の一員になった。イトナよりも、あかりよりも。誰よりも遅い、遅すぎる加入だ。でもなんだっていい。人は生きていればいくらでもやり直せるのだから。

 

 

 

 

 

「約束してくれ、生かすも殺すも全力でやると!」

 

 烏間先生の約束に、私達は全力で頷く。殺す派と殺さない派、お互いの総力を決した戦いは殺さないことで決着が着いた。考えがまとまった以上、後はいつも通り斜め上に頑張るだけだ。

 

 可能性は少ないが、どこまでもぶっ飛んだ人材が集まったE組ならもしかしすると、もしかするかもしれない。

 

 でも、私達を育ててくれたのは暗殺。例え殺さなかったとしても、それから目を背けない。つまり、いつも通りやればいいだけだ。

 

「楽しいことになりそうだな……」

 

 空を見上げて呟く。

 

 殺せんせーの暗殺期限まで残り二カ月。今日も暗殺教室は元気いっぱいだ。

 




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