【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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七十二時間目 これまでの時間

 どんなものにも終わりは来る。物であれ、人であれ、絆であれ、形があろうがなかろうが、この世にあるものは全て終わりが訪れる。

 

 あそこでの八年間、ここでの一年間。どれほど苦しかったとしても、どれだけ楽しかったとしても、終わりは必ずやってくる。

 

 辛かったことも、嬉しかったことも、痛かったことも、楽しかったことも、全ては巡り、そしてまた始まる。

 

 だからこそ私は生きるのだ。いつか倒れるその日まで。

 

 

 

 

 

「まさか一日で世界中回るなんて思わなった……」

「うん、すっごい疲れた……」

 

 オレンジ色に染まる住宅街を歩きながら、渚とあかりが顔をげっそりとさせてそう言った。二月末、ようやく全員の高校受験が終わり、皆見事第二志望以内で合格を果たした。

 

 あの教育馬鹿の殺せんせーがそれを喜ばないわけがなく、皆でパーティーを開く……ことはせず何故か卒業アルバムの編集に入った。

 

「祥子はなんでそんな元気なの?」

「いや、あんな刺激的な体験そうそうできないからな。興奮しっぱなしだったよ」

「さっちゃんさんは相変わらずだね……」

 

 いつの間にか山のように撮られていた私達のあられもない姿。まさかメイド服でポーズを取っている瞬間を撮られているとは思わなかった。しかも殺せんせーそれだけで飽き足らず私達を引っ張りまわし最終的には馬鹿みたいに大きな鞄につめて世界中を飛び回った。

 

「いつか五大陸全部旅するつもりだったんだが、まさか一日で叶うなんて思わなかったよ」

「あれは旅行っていうよりも連行って言ったほうが……」

「私、殺せんせー以上に好き勝手に生きてる人見たことないかも」

 

 何をするべきかではなく、何をしたいのか。私達の人生には多くの障害や柵があるけれど、そんなものは関係ない。例え己がなんであったとしても、自分の好きなように生きていい。殺せんせーはその身を以ってそれを教えてくれた。

 

「でも、楽しかったね! 祥子、渚」

「うん!」

「ああ、そうだな」

 

 これから先どうなるかはわからない。願わくばあの時は楽しかったではなく、今も楽しいと言えるような人生にしたいものだ。

 

「そう言えばあかりは進路決まったのか?」

 

 以前進路の話になった時は、まだあかりは茅野カエデだった。けれどもう己を偽る必要もない。親友として、そして家族としてあかりの道を聞いておきたいと思った。

 

「それなんだけどね、女優になろうと思う」

「それって、磨瀬榛名に戻るってこと?」

 

 渚の言葉にあかりが頷いた。その顔はやる気と自信に満ちている。伊達に一年間殺せんせーを騙し続けていたわけではないらしい。

 

「実は少し前から事務所のほうから復帰しないかって連絡が来てたんだ。最初は悩んでたんだけど、やっぱり私は演じるのが好きだから。もう自分を殺してやりたいことから目を背けたくないの」

「あかり……」

 

 自分を殺し続けたあかりが、ようやく自分のために生きようとしている。私と渚はそのことが嬉しくて、自然と口元が笑顔になっていった。今のあかりならきっと、いや必ず大女優になれることだろう。

 

「見てて、二人とも! 絶対主演飾って二人のこと試写会に招待してあげるんだから!」

 

 夕陽に染まったあかりの笑顔に、私はスクリーンに映る彼女の笑顔を幻視した。いつになるかはわからないが、私達は必ずスクリーンであかりのことを見るに違いない。

 

「応援してるよ。でも、私のことも忘れるなよ? ほっといたら拗ねるからな」

「僕も応援してる。頑張ってね茅野……ううん、あかり」

「渚、祥子……ありがと!!」

 

 私達のエールに、あかりは頬を赤く染め目尻に涙をためてお礼を言った。あかりもう大丈夫だろう。となると、次に気になるのは渚のことだ。前はまだ決まっていないと言っていたが……

 

「あかりはちゃんと決まったみたいだな。それで渚、君の進路決まったのか?」

「あ、私も聞きたい!」

 

 あの時から彼は随分と成長した。気弱なところはそのままだが、それも彼の良いところだろう。まあ、なんとなく想像はつくのだがな。

 

「うん、僕もやっと決まったんだ……先生に、なろうと思う」

「やっぱりね、渚ならそう言うと思ってた」

「あ、あれ? 気付いてたの?」

「渚がみんなのこと見てたように、私だって渚のこと見てたんだよ?」

 

 あかりが中々恥ずかしいことを言っているがそれは置いておいて、彼が先生としての殺せんせーに憧れているのは見ていれば自然とわかった。

 

 どんな時でも私達を見放さず、自分の全てを肯定できるように育て上げてくれた。

 

「茅野……もうばれちゃってたみたいだけど僕、先生になりたいんだ。殺せんせーと同じことはできないだろうけど、殺せんせーみたいな先生に」

 

 先生がいたから私は、皆は、嫌いだった自分を好きになれたのだ。そんな人、憧れるに決まっている。

 

「よかったら応援してくれると、嬉しいかな」

「応援するに決まってるだろう。そうだよな、あかり」

「もちのろんなのだ!」

 

 わざとらしく敬礼。あかりが隣にいれば万が一にも渚が道を踏み外すことはないだろう。しかし、もう彼が道に迷うことはないだろう。だってこんなにも澄んだ目をしているのだから。

 

「二人とも……ありがとう」

 

 二人は自分のこれからの道を宣言した。この流れからいくと次に来るのは……

 

「さっちゃんさんはどうなの? もう決まったのかな?」

 

 やはり私だった。渚の問に首を振って肯定する。E組に来た頃はPMCでも立ち上げようと思っていたのにな。人生どう心変わりするかわからないものだ。

 

「渚と同じだよ。先生になりたいと思ってる」

「僕と、同じ……」

「そうだ。まあ私は塾でも学校でもなんでもいいんだがな。とにかく教職に就きたい」

 

 もし教師になったら椚ヶ丘で先生になるのもいいかもしれない。理事長にはきっとこき使われるだろうけど、私はあの人なら信用できる。

 

「正直なところ、私の能力を考えればもっと適切な職業はいくらでもあるんだろうけど、でも私は先生になりたいんだ」

 

 昔のようにそれしかないと思い込んで目の前の道を諦めるような生き方はしたくない。義務も責務も関係ない。私は私の生きたいように生きる。昔のように己の過去に縛られる生き方は終わりにしよう。

 

「私はみんなとは違う生き方をしてきた。決して真っ当とは言えない生き方をしてきたよ。でも、そんな私だからこそ教えられることがきっとあるはずだ」

 

 シャツの下のネックレスを握る。私の今までの八年間をただの思い出になんてさせるものか。贖罪なんて偉そうなことは思わない。でも今まで奪ってきてしまった分だけ、そしてそれ以上に、これからは与えていきたいのだ。

 

「そっか、じゃあこれからは仲間だね」

「どっちかっていうとライバルじゃない?」

「やめてよ茅野……さっちゃんさんがライバルだと、僕勝てる気しないんだけど……主に物理的に」

 

 先ほどまでの自信に満ちた顔とは打って変わり、しょんぼり自分の二の腕を眺めてうな垂れる渚。その落差が面白くて、私とあかりは思わず笑ってしまった。

 

「二人とも笑わないでよ!」

「ふ、ふふ、ごめん。渚の顔が面白くてつい」

「祥子、笑っちゃ駄目だって……」

 

 私達の笑い声に渚もつられて笑いだす。特別に面白いというわけでもないけれど、それでも楽しくて笑い続ける。陽だまりの街に私達の笑い声が響き渡る。

 

 こうして三人で笑うのもあと少し。だからこそ、今この瞬間を大切にしたい。

 

「あははは……でももうすぐ卒業かー、本当に短かったなあ」

「そうだね、中学の最後がこんな楽しいものになるなんて思わなったよ」

 

 二人同時に溜息をつく。楽しい楽しい暗殺教室も、もうすぐお開き。これからは自分で道を切り開かなければならない。そのための刃は十分に磨いてきたけれど、それでも寂しいものは寂しいのだ。

 

「もう、二人とも何しんみりしちゃってるのよ! どうせすぐ会えるんだからいいじゃない!」

 

 そんな重くなりかけた空気を吹き飛ばすように、あかりの元気な声がこだます。

 

「そうだ! 渚、祥子、よかったら三人で写真撮らない? ていうか撮ろ!」

 

 思いついたら即行動と言わんばかりにあかりが私達を引き寄せ、どこからともなく携帯電話を取り出すと、あっという間にフラッシュが焚かれ思い出がまた一枚増えた。

 

「あとで二人に送っておくね」

 

 これから先も私達の絆は途切れることはないだろう。けれど、今こうやって皆で一緒に帰る時間はもうすぐ終わりなのだ。だからこそ、一生忘れないように大事にしたい。あかりも渚も……そして殺せんせーも、きっと同じ気持ちなのだろう。

 

「なあ、せっかくだしこれから三人でどこかいかないか?」

「あ、だったら僕これからわかばパーク行くんだけど、よかったら二人も一緒にこない?」

「いいんじゃないか? あかりは?」

「うん、私も賛成」

「決まりだね、じゃあいこっか」

「おー!」

 

 夕陽に染まる街を三人で歩き出す。そんないつもどおりの光景。ゆっくりと、だが確実に別れの時は近づいてきている。そして、やがて迎えるであろう最後の時。その瞬間、私はいったいどんな顔をしているのだろうか。

 

 できることならば、最後の最後まで笑顔でいたい。笑顔で卒業したい。みんなで、卒業したい。

 

 

 

 

 

「失礼します」

 

 扉を引き、最早見慣れた狭苦しい職員室に入る。あれからしばらく経ち、今日は3月4日。卒業まで遂に十日を切った。目の前にいるのは私の命の恩人、そして大好きな恩師。今日はそんな殺せんせーによる最後の進路相談。

 

「次は臼井さんですね……どうですか? やりたいことは決まりましたか? 確か前の進路相談では──」

「ええ、私は先生になりたい」

 

 断言。一切の躊躇も葛藤もなく言い切る。化物、悪魔、人殺し……今まで散々な言葉で罵られ続けてきた。善意を否定され、好意を否定され、己の全てを否定されただ殺すことを強いられてきた。

 

「人殺しとか、悪人とか……もうそんなのどうだっていい。私は、私の生きたいように生きます。誰に何を言われようと、何をされようと、私の人生は私が決める」

 

 己の全てを5.56mm弾に注ぎ、一つの銃として生きてきた。ただ殺すために、ただ奪うために。それが正しいと信じてきた。私はそれを決して否定はしない。何故なら、それは紛れもなく私が歩んきた道だから。

 

「先生、私本当は幸せになりたかったわけじゃないんですよ。夢はとっくの昔に叶っていた。ここに来た時から、貴方に会った時から……」

 

 そこまで言って首を振る。違うだろ、私はここに来たから幸せになれたんじゃない。先生に会えたから幸せになれたんじゃない。何故、ここにこれた? 何故、先生に会えた?

 

 そんなの決まっている。答えなんて一つしかない。

 

「パパとママに産んでもらった時から、私は……私は幸せだったんです」

 

 何度も自分の生を呪い、何度も今日を生きることに絶望した。だけど、もし私が生まれて来なかったら、もし私を産んでくれなければ、私はここに来れなかった。

 

 私はとっくの昔に幸せだったのだ。今やっと、それに気が付けた。

 

「私は別に貴方のようになりたいなんて思っていない。ただ、先生になるだけです」

 

 私は殺せんせーのようにはなれないし、殺せんせーのようにはならない。だって私は私なのだから。臼井祥子という一人の人間なのだから。

 

「生まれた場所も、どうやって生きてきたかも関係ない。先生になって普通に働いて普通に生きて……それでもし目の前に、私と同じように世界に絶望している子がいたら、手をとってそうじゃないと教えるんだ」

 

 生きててよかったと言おう。会えてよかったと言おう。その子の全てを肯定しよう。

 

「楽しいことも、嬉しいことも、美味しい物も、山ほどあるんだって教えるんだ」

 

 お菓子を作って甘いものに夢中にさせるんだ。お洒落をさせて自分の可愛さを自覚させてやるんだ。生きててよかったって、言わせてやるんだ。

 

「貴方が私にそうしてくれたようにね」

 

 シャツの下にあるネックレスを握りしめる。前に進むための勇気はハードラック(不幸)が与えてくれる。どれだけ酷い目にあっても、どれだけ絶望しても、それでも銃を片手に前へ進み続けた鋼の兵士が与えてくれる。

 

「私のやりたいことはそれだけです。ただ、それだけです」

 

 これが現時点での私の答え。これから先色々なことを知って心変わりはするかもしれない。けど、どれだけ歳を重ねてもこの想いは絶対に変わらない。そう確信している。

 

「それがいい、それが君に合っている」

 

 オレンジの二重丸。殺せんせーはいつものように私を肯定してくれた。それが嬉しくて私は思わず笑った。

 

「臼井さん、これからの君の人生に幸運が訪れることを祈っていますよ」

「はい!」

「ヌルフフフ、よろしい! ああ、それと一つ聞きたいのですが、臼井さんの戸籍についてはどうするおつもりですか?」

 

 殺せんせーとして気になるところだろう。正直なところどっちでもいいと思っている。藍井祥子でも臼井祥子でも私が私であることに何ら変わりはない。肝心のサバ読みについては烏間先生がなんとかしてくれるだろう。しかしだ。

 

「それなんですけどね、あれから考えてみました。藍井祥子に戻ってもいいとは思っています。どっちにしろ私は祥子だし。でも……」

「でも?」

 

 頭の後ろで結んだリボンにそっと手を触れる。大好きなお姉ちゃんと大好きな友達から貰った大切な、大切な誕生日プレゼント。

 

「でも、お姉ちゃんから貰った誕生日をなかったことにしたくない。誰に何を言われようとも、私にとっての本当の誕生日は9月25日なんです」

 

 藍井祥子として生きるのも悪くはないと思う。だが、カエデがあかりだったように、私は祥子なのだ。臼井祥子なのだ。もし名前を変えたら多分一生違和感がついて回る。

 

「と言っても、流石に自分一人で決められる問題じゃないので、卒業したら皆に相談して決めていくつもりです。勿論祖父母ともね」

「なるほど、そういうことならわかりました。時間はたっぷりあります。ゆっくりと考えてくださいね」

「はい、わかりました。じゃあ私はこれで」

 

 これで今日の授業は終わった。後は帰るだけ。コートを羽織り先生に背を向ける。この学校に通うのも後少しだ。

 

 もうすぐ、卒業式がやってくる。

 

「はい、ではまた明日」

「……先生」

 

 扉に手を掛け立ち止まる。痛いほどの沈黙。心を整理し、息を整え口を開く。

 

「もうすぐ、卒業式ですね」

「えぇ、とても楽しみです」

 

 鞄の持ち手をきつく握りしめる。殺せんせーの顔は見ない。見たら、私はきっとまた怒りを抱くだろうから。

 

「先生……私は、()()()卒業したいです」

「勿論です。みんなで卒業しましょう」

 

 そのみんなに、貴方は含まれているのですか? 私はそう聞きたかった。でも聞かない、聞いたらきっとこの人は嘘を吐くから。

 

「……その言葉、忘れないでくださいね」

 

 扉を開け、歩き出す。殺せんせーの暗殺期限まで、残り9日。

 

 

 

 

 

「街が、騒がしいな……」

 

 住宅街を歩き我が家へと向かいながら、私は独りごちた。何故そう思ったのかはわからない。家も道も、車も行きかう人々も、全てがいつも通り。

 

 何も変わらない日常。それなのに私は何故だか見慣れた街が酷く異質なものに見えた。違う、何も変わらないからこそ異常なのだ。地球を滅ぼすかもしれない日まであと十日もないというのに、自衛隊はおろか警察すら配備されていない。皆当たり前のように日常を謳歌している。

 

「嫌な、予感がする……」

「なるほど、やはり良い勘をしている」

 

 真後ろから声がした。音もなく、気配もなく、ただ当たり前のように私に後ろに何者かがいる。全身に鳥肌が立ち、考えるよりも先に身体が背後に肘鉄を放つ。

 

「しかし惜しいな」

「なっ!?」

 

 当たれば確実に鼻を叩き折るだろう攻撃は、背後の人物に呆気なく掴まれた。即座に振りほどこうとするが、万力のような力で押さえつけられピクリとも動かない。

 

「やはり君はただの子供だ。ハードラック」

「がぁ!?」

 

 膝を崩され肩と肘を極められる。激痛に耐えきれず呻き声を上げる。不味い、このままでは関節を破壊される。

 

「こんのッ!!」

 

 極められた方向とは逆に周り拘束から脱出。流れるように胸ポケットに差し込んでいたシャープペンシルを背後の人物に突き出す。

 

 高速で繰り出したペン先が宙を切り影が後退。そして、私の網膜に下手人の顔が焼き付いた。鋼の如く鍛え上げられた肉体、左目に走った傷跡。そして全身から滲み出る闘気。まちがいない、こいつは……

 

「クレイグ・ホウジョウ……」

「ほぉ、私を知っているのか。私も随分と有名になったものだな」

 

 眼鏡を指で押し上げながら男、いやホウジョウが本気か冗談かわからないトーンでそう言った。肌で感じる闘気が冷汗となり頬を伝いアスファルトに染みを作る。

 

「戦争屋でお前を知らない人間はいない……傭兵団群狼のリーダー、戦争のエキスパート、最強の傭兵」

 

 傭兵稼業をやっていれば嫌でも耳にする最強の戦闘集団。ゲリラ戦と破壊工作を得意とする本物の戦争屋共。血に飢えた殺人集団。私の同類……

 

「私もそういう君を知っている。本名臼井祥子、コードネームハードラック、通称シリアの黒い悪魔。元アフリカ某国少年兵。子供の皮を被った化物」

 

 シャープペンシルを握りしめ警戒態勢を維持する。少しでも気を抜けば一瞬で食い殺されるだろう。こいつは強い。冗談抜きで今まで戦ってきたどんな相手よりも強い。恐らくは烏間先生よりも……

 

「君には以前私の部下を二人ほどやられていてね。君のことはよく調べたんだ」

 

 私が群狼のメンバーを殺害しただと。記憶にない、恐らく私がまだ少年兵だった時のことだろう。あの時はまだ数えていなかった。数えられるほど余裕がなかった。

 

「……報復か?」

「まさか、彼らが殺されたのは彼ら自身の責任だ。我々がそんなくだらないことでこんな戦争とは無縁の地に足を運んだりはしない」

 

 呆れたように首を振る。その通りだ。傭兵は死んだ仲間の弔い合戦などしない。私達傭兵の行動原理はただ一つ。戦いだ。傭兵がその地に現れるのは、その地に火種がある時。

 

 思い当たる節は一つしかない……

 

「殺せんせー……」

「その名前は聞いている。さしずめ殺せない先生といったところか。随分と傲慢な名前だと思わないか。この世に殺せない存在などありはしないというのに」

 

 最近桃花が外国人のチンピラ集団に絡まれたと聞いていたが、恐らくこいつの部下だったのだろう。完全に油断していた。まさか最後の最後でこんな大物がやってくるなんて……

 

「それで、お前が私になんのようだ」

 

 構えを解きシャープペンシルをしまう。今の私ではどうやっても勝てない。もし飛びかかればその瞬間、私の首は奴の剛腕に圧し折られるだろう。

 

 幸いにも向こうに攻撃の意思はない。ならば戦う意味はない。

 

「ふむ、話を聞く姿勢は評価しよう。私とて無益な争いは好きではないのでね」

 

 嘘だ。目を見ればわかる。似たような人間なら腐るほど見てきた。この手の人種は戦争が好きで好きで仕方ない。大義も名分も関係ない、戦いができればなんだっていい。こいつはそういう人間だ。

 

「私の要件は一つだ。この街から出て行きたまえ」

 

 淡々と一方的に告げられる命令。街から出て行く、すなわち殺せんせーから離れろということ。眼鏡の奥から覗く眼光に思わず頷きそうになる。だが、私は皆で卒業すると決めたのだ。

 

「……従う理由がないな」

「声が震えているぞハードラック。理由ならあるさ、もし従わなければその時は……」

 

 奴が眼鏡を外す。その瞬間、凄まじいまでの殺気と闘気が奴の全身から噴き出した。

 

()()()()()()()()()

 

 身体が後ずさりする。死神なんて目じゃない。こいつ、今まで何人殺してきたんだ……

 

「今まで生き残ってきた君ならば、その意味を十分に理解できるはずだ。だろう、ハードラック君?」

「──ッ!?」

 

 いつの間にか奴が私の横にいて、私の肩を叩いていた。身体中の毛穴から汗が吹き出す。心臓は爆発しそうなほどに鼓動し生命の危機を伝える。

 

「リボンを付けておめかししたところで、滲み出る血の匂いはごまかせない」

 

 何もできない。身体が動かない。怖い……

 

「では、私はこれで。君の賢い選択を期待しているよ」

 

 足音が遠のいていく。それを理解した瞬間、私は立っていられずに道に座り込んだ。ただ茫然と空に浮かぶ雲を見続ける。

 

「畜生、あんなのどうしろっていうんだよ……」

 

 暴力で何かを成してきた人間は、自分より強い存在が現れればその価値を失う。鷹岡に理事長が言った言葉を思い出す。今は正にその状況だ。今まで好き勝手に奪ってきたツケがホウジョウの姿を借りて回ってきたのだ。

 

「パパ、ママ……私はどうすればいいの?」

 

 空に向けて問いかける。答えなど、当然返ってくるはずもない。

 

 そして、この日を最後に世界は一変した。

 

 

 

 

 

「こんなの、ありかよ……」

 

 裏山を覆う巨大な光のドーム。裏山への道を塞ぐ装甲車両。街を行きかう大勢の自衛官達。そんなSF映画染みた現実味のない光景。たった一日で私達の日常の全てが変わってしまった。

 

 想定するのは常に最悪の事態。でも、得てして現実は私の想定の上を行く。何かがあるだろうとは予想していた。だけど、こんなの想像できるわけがない。

 

「最近マンションの建設が多いなとは思ってたけど……」

 

 高度400キロに浮かべられた対先生用レーザー「天の矛」地上マンションに偽装した対先生レーザーバリア「地の盾」巨額の資金を投じ、世界中が団結して作り上げたたった一人の教師を殺すためだけの兵器。

 

 テレビでは政府の役人が訳知り顔で地球を滅ぼす凶悪な生物を閉じ込めたと高らかに謳いあげている。奴らによれば殺せんせーは私達を人質に取って潜伏していた卑劣な化物のようだ。

 

「すまない……気が付けたはずなのに……」

 

 レーザーが発射された翌日。私達は皆で集まった。本当なら異変を察知した時に学校に行きたかった。でも、烏間先生のメールとホウジョウの言葉が脳裏に横切り私は家から一歩も動くことができなかった。

 

「違う! 祥子は何も悪くない!」

「茅野の言う通りだよ。こんなの、気が付けるはずない……」

 

 認識が甘かった、そう言わざるを得ない。殺せんせーを間近で見ていた私達は、先生が世界からどれだけ危険視されているかについての認識が欠如していたのだ。

 

 暗殺は遊びでも楽しみでもない、文字通り世界を救うためのミッション。どれだけ無茶なことも許可されたのは形振り構う余裕などなかったから。その認識が足りなかった。

 

「レーザー、12日に発射されるってよ……」

 

 前原が携帯電話を握りしめ呟く。前段階として発射されたレーザーは殺せんせーに回避されたらしい。しかし、地の盾によって殺せんせーは完全に閉じ込められ最早逃げ場はどこにもない。

 

 時間を掛けて天の矛をチャージし確実に仕留める魂胆なのだろう。忌々しいほどに完璧だ。

 

「あと、一週間」

 

 卒業式の前日。それが世界が殺せんせーに突きつけた先生の命日だ。やっと、ここまでたどり着いたのに、なんでこうなってしまうんだ……

 

「学校に、行こう」

 

 誰が呟いた。一人、また一人と無意識に走り出す。会いたい、ただあの人に会いたい。私達はその思いを一身に走り続ける。

 

 

 

 

 

「ッ! やはりか……」

 

 避難命令が出され民間人の消えた椚ヶ丘。裏山へ続く一本道を大勢の自衛官が封鎖していた。彼等の手には実弾の装填された自動小銃。背後には重機関銃を積載した装甲車(APC)。文字通り完全防備だ。

 

「な、何だ君達は!!」

 

 私達に気が付いた自衛官達が詰め寄って来る。なんとかして学校に行こうとする皆、そしてそれを止めようとする自衛官達の間で押し問答が行われる。彼等は自分達の責務を果たしているだけなのはわかっているが、今は憎くて仕方がない。

 

「落ち着くんだ君達!」

 

 一喝、誰かと思って振り向けば烏間先生が私達に向かって歩いていた。烏間先生はこのことを知っていたのだろうか。

 

「落ち着けるわけないじゃないですか!」

「そうだよ! あんなの私達聞いてないよ!!」

 

 何故教えてくれなかったのか、どうして殺せんせーが悪者として報道されているのか。皆が口々に思っていたことを吐き出す。

 

「やめろ皆。今ここで何を言っても変わらない……」

 

 私の言葉に必死に烏間先生に詰め寄っていた皆が一斉に私に振り向いた。どうしてそんなことを言うのか、皆の目はそう言っていた。

 

「臼井さんはそれでいいの?」

 

 片岡の言葉に首を振る。いいわけがない、納得なんてできるわけがない。本当ならふざけるなと声を大にして言いたい。でも、それを言ったところで何も変わらないことを私は知っている。

 

「いいわけないだろ。でも、今報じられていることが社会とっての事実なんだよ。ずっと、準備してたんだろう……糞ったれが」

 

 拳を握りしめ吐き捨てる。例え真実が違ったとしても、世間にそう認知された以上、それが事実なのだ。世界はいつだって優しくない。その言葉を思い知る。

 

「臼井さんの言う通りだ。世間に認知された以上これが事実なんだ。それにこれは君達のためでもある。人質にされたことにすれば余計な詮索を受けずにすむ」

 

 だから口裏を合わせろ。彼は言外にそう言った。

 

「これからの君達の進路にも関わってくる。冷静に将来のことを考えて行動してほしい」 

 

 清々しいまでの大人の正論。何一つ間違っていない。きっと烏間先生なりに私達のこれからのことを考えてくれているのだろう。でも、納得なんてできない。そんな正論で納得できるほど私は大人じゃない。

 

「先生は、それでいいんですか?」

 

 片岡が問いかける。先生はその問いに拳を握り目を伏せた。

 

「……俺の仕事は超生物の暗殺だ。それ以上でも以下でもない」

 

 静かに言い放つ。拒絶の言葉、これ以上は話を聞かない、彼はそう言っている。ここにいるのはE組の体育教師ではなく、地球の未来を託された防衛省の若きエリートだ。

 

 悪いニュースはこれだけでは終わらない。

 

「それと臼井さん、君には俺達に同行してもらう。悪いがこれは国からの命令だ。拒否権はないと思ってくれ」

 

 一方的に告げられる残酷な知らせ。私の心に動揺が走る。なんで、ここに来て……今まで何もなかったのに。

 

「さ、祥子が何したっていいうのよ!」

「臼井さんが仮に超生物に洗脳されていた場合、彼女の経歴を鑑みた結果、危険な行動を取る可能性があると国は判断し、事態が終息するまで個別に保護することになった」

 

 烏間先生の残酷な言葉に皆がざわつく。

 

 危険な行動……好き勝手に銃を撃っていればそうも思われるか。でも、私は洗脳なんてされていない。ふざけるな、私はいつだって自分の意思で戦ってきた。どこまでも身勝手な大人の正論に激情が込み上げてくる。

 

 しかも個別に保護って……それってつまり私はただ一人殺せんせーが殺されるのを黙って見ていろってことじゃないか。全員で卒業するって約束したのに。やっと前を向いて歩けるようになったのに……

 

「さぁ、臼井さん俺と一緒に来てもらおう。鶴田、手伝ってくれ」

 

 右腕を烏間先生に、左腕を烏間先生の部下に掴まれる。そして引きずられる。向かう先は黒塗りの車。あの車に乗せられれば、私は多分皆と一緒には卒業できないのだと本能でわかった。

 

 嫌だ……

 

「嫌だ!! 離せ!!」

 

 嫌だ。皆で卒業するって約束したんだ。こんな最後なんて嫌だ。殺せんせーと皆と全員で卒業するって決めたのに。ずっと楽しみにしてたのに! 

 

「祥子!」

「臼井さん!」

「おい! 烏間テメェ!!」

 

 あかり、カルマ、寺坂、E組のみんなが私に手を伸ばす。でも届かない。皆との距離が遠のいていく。嫌だ。なんでどうして、こんな中途半端なところで終わりたくない。

 

「皆で卒業するって決めたんだ!! 絶対、絶対全員で卒業するんだ!!」

 

 もがく、ただ必死にもがく。でも無慈悲にも私の身体は車に押し込められていく。皆はなんとかして私を助けようとしてくれていたが、自衛官とどこからともなく現れた報道陣の群れに押し込められていった。

 

「祥子! 祥子!」

「お姉ちゃん! 嫌だ!」

 

 車のドアが閉められる。

 

「園川、出せ」

 

 動き出す車。遠のいていく学校、遠のいていく皆、遠のいていくお姉ちゃん。

 

 殺せんせーの暗殺期限まで、あと7日。

 

 

 

 

 

「畜生……畜生……」

 

 車内、過ぎ去っていく景色も見ずに俯き涙を流す。両サイドには烏間先生と鶴田さん。腕を抑えられているので身動きすらできない。拘束されていないのだけが唯一の救いだ。なんの慰めにもならないがな。

 

「烏間先生……全部、知ってたんですか?」

「……知らされたのは直前だ。事前に知っていれば勘づかれる恐れがあった」

「そうですか……」

 

 最早意味のない質問。私にできることはもう何もない、絶望が心を覆い尽くす。どうして、こんなことになってしまったのだろうか。いや、理由を求めたところで私が納得できる理由などありはしない。

 

「先生、貴方は自分の仕事を全うしただけなのは理解している。でも、こんなの酷すぎる……」

「すまない……」

 

 謝るくらいなら初めからやるな。思わず怒鳴り散らしたくなる衝動を必死に抑える。先生が好きでこんなことをやっているわけじゃないのは私だってわかっているからだ。

 

 俯き自分のスカートに染み込んだ涙を数える。そうだ、昨日のことを言わなければ。私にできることなんて、もうこれくらいしかないし……

 

「先生、昨日クレイグ・ホウジョウに出会いました。貴方なら知っているはずでしょう?」

「ッ! それは本当か!?」

 

 顔は見なくても、声だけで驚いているのがわかった。裏の世界では死神よりも名の通った人物だ。そんな人物が椚ヶ丘にいたのだ。目的はきっと警備か何かだろう。最強の傭兵集団を警備のためだけに使うなんてな。

 

「えぇ……皆は必ず先生に会いに行くでしょう。どれだけ警備を厳重にしても関係ない、皆は絶対に学校に登校する。でも、多分裏山にはあいつがいる。恐らく仲間もいるでしょう」

 

 どう足掻いたところで皆では奴に勝てない。きっと私と烏間先生が一緒に戦っても絶対に奴には勝てない。それだけの戦力差がある。皆はそのことを知らない。このことを伝えられるのは烏間先生だけだ。

 

「もう卒業できなくてもいい。だけど誰か一人でも欠けてしまったら、私はきっと一生後悔する。だから先生、どうか皆を守ってください。お願いします」

 

 長い沈黙、エンジンとタイヤが道路を蹴る音だけが車内にこだます。横に座った烏間先生は何も言わず前を見つめている。

 

「……君はそれでいいのか?」

「は?」

 

 この期に及んで何を言っているんだ。この八方ふさがりの状況で何をどうしろっていうんだ。ふざけているのか? 握った手が震える。冷たい怒りが込み上げてくる。

 

「君は、もっと諦めの悪い人間だと思っていたんだがな……俺の思い違いだったようだ」

「ッ! ふざけるなよ!!」

 

 激昂する。狭い車内に私の怒鳴り声が撒き散らされる。どうして今になってそんな酷いこと言うんだ。本当は嫌に決まっているだろうに。

 

「いいわけないだろ!! 全員で卒業したいに決まっているだろ!! こんな中途半端な終わりかた納得できるわけないじゃないか!! なんでそんな酷いこと言うんだよぉ!!」

 

 声をあげて泣きだす。馬鹿みたいな量の涙がスカートと服を汚していく。お姉ちゃんに会いたい、殺せんせーに会いたい。そう思ったその時だった。

 

「……園川、車を停めてくれ」

「……わかりました」

 

 突然停止する車。目的地に到着したのかと思い顔を上げて車外を見るが、視界に映るのは椚ヶ丘の人気のない街外れの道路。事故があったわけでもなく、かと言って車が故障したわけでもない。

 

 どういうことだ?

 

「臼井さん、車を降りてくれ」

 

 左右からの拘束から解放され、先生と一緒に車外に出る。状況が全く理解できない。何故私を外に出してくれたのだろうか。疑問は深まるばかり。

 

「俺は今から三十分後、本部に臼井さんが逃走したとの連絡を送る」

「……は?」

 

 さっきまで泣いていたことも忘れただ首を傾げる。私はそもそも逃げていないし、しかも三十分後って……いや、待てよ。まさかこの人。

 

「逃がして、くれるんですか?」

「……俺の今からやることは、公僕としては失格なのだろう」

 

 烏間先生が頷く。失格というレベルではない。もしバレでもしたら処罰どころではない。今まで築いてきたキャリアが水泡に帰すかもしれない。しれないではない、確実に処罰されるだろう。

 

「だがな、今の俺はE組の体育教師だ。臼井さんの言う通り、彼らは必ずあいつに会いに行くだろう。君だけ置いてけぼりにするわけにいはいかない」

 

 そう言って私の肩に手を置く。相変わらずどこまでも真っすぐな目だ。私が死神の件で助けを求めた時もこの人は今と同じ目をして私を助けてくれた。

 

「鶴田、トランクからあれを持ってきてくれ」

「わかりました」

 

 しばらくして、鶴田さんが私にバックパックを差し出した。見慣れたバックパックだ。これは私の家にあった奴じゃないか。どうして……

 

「君の家から回収してきた超体育着と麻酔銃とエアガン。それと衛星電話が入っている。通常の携帯電話は通信制限が掛けられていて使用できないが、それなら心配ないはずだ」

 

 ファスナーを開き中を確認。確かに、烏間先生が言った通りのものが入っていた。これがあればできることはぐっと広がる。しかし、こんなことして大丈夫なのだろうか。

 

「俺達の心配なら大丈夫だ。こう見えても諜報部出身なんでな、隠蔽工作は慣れている」

「だとしても……園川さんと鶴田さんはそれでいいんですか!」

 

 烏間先生は百歩譲って納得しよう。だが、ただの部下である二人はどうするのだ。どうみたって烏間先生に加担している。明るみになれば処罰は免れないだろう。

 

「私は烏間さんの部下なので、彼に従うだけです」

 

 鶴田さんがどこか満足そうに頷く。彼は以前シロから酷い命令をうけ不本意のことをやらされていた。

 

「真面目そうに見えて烏間さん、滅茶苦茶なところがあるのでもう慣れてしまいました。それに私も貴方のことに関しては納得できていないので」

 

 園川さんも微笑みながら言い切る。二人ともその顔には不満など一つも見られない。納得して行動しているのがありありとわかる。

 

「俺があの教室で変わったように、彼等も変わったということだ。もう時間がない、行くんだ!」

「は、はい! ありがとうございました!!」

 

 腰を折り曲げ精一杯の感謝の気持ちを伝える。少し前の自分を殴りたい気分だ。烏間先生の言う通りだ。無駄にする時間など1秒たりともない。背を向けて走り出す。

 

「待て、臼井さん」

「なんです?」

「イリーナから伝言を預かっている。『私は私の好きなように生きることにした。だからあんたもあんたの好きなようにやりなさい』だそうだ」

 

 好きなように、か……。ビッチ先生が四月から烏間先生と同居すると得意気に言いふらしていたことを思い出す。

 

 どうするべきかではなく、どうしたいか。弱っていた心に再び活力が湧いてくる。その通りだ。私はいつだって自分のやりたいようにやってきた。最強の傭兵だがなんだが知らないが、私だって最強の少年兵と呼ばれていたんだ。

 

 違う、そもそも奴に勝つ必要なんてないじゃないか。だって私は兵士じゃない。私達は暗殺者なのだから。

 

「じゃあ私行ってきます! 烏間先生、結婚式絶対呼んでくださいね!!」

 

 走り出す。行こう、そして全員で卒業するのだ。

 

 

 

 

 

 

 夜、路地裏。バックパックから衛星電話を取り出す。一通り偵察は済ませた。皆と連絡が取れなくなっていたので、恐らくホウジョウ達に捕まったのだろう。だが関係ない、皆は絶対に学校に登校する。

 

「律、例の仕事はばっちりか?」

『はい! 祥子さんの指示通りに映像を差し替えておきました!』

 

 きっと今頃烏間先生の言う本部とやらは、防犯カメラに映る市外に向かう電車に乗った私の映像を見てあちこちを探しまわっているだろう。まあ、勿論私が今いるのは椚ヶ丘なんだがな。

 

「さて、多分これが最後の注文になるだろうな……」

 

 手慣れた動作で電話番号を入力。掛ける相手は決まっている。引退記念に盛大に大口注文をしてやろうじゃないか。ほどなくして電話がつながる。私はいつものように何の躊躇もなく口を開く。

 

「私だ。金はいくらでも払う。今から言うものを全部揃えてくれ」

 

 リストを全て言いあげると奴は呆れた声で私に何をするのかと訊ねてきた。まあ、私だって同じことを言われたら呆れもするだろう。こんなの狂っているとしか思えないからな。

 

「何をするのかだって? 決まっているだろ……」

 

 息をゆっくりと吸い、そして吐き出す。脳裏に浮かぶのは今までの全ての光景。今までの八年間、ここでの一年間。楽しかったこと、辛かったこと。人を殺したこと、人を救ったこと。文字通り全てだ。

 

「戦争だ!!」

 

 さぁ、私の最後の戦争を始めよう。

 




用語解説

APC
装甲兵員輸送車。兵士を安全に戦地まで運び、降車させたあとはそのまま遮蔽物になる。歩兵戦闘車とか装甲戦闘車とか似てるけど違うのがわんさかある。

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