【完結】銃と私、あるいは触手と暗殺   作:クリス

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書いていて思うこと、ドヤ顔ダブル八ツ橋


八時間目 狙撃の時間

 修学旅行初日。私は新幹線の車窓から景色を眺めながら(速すぎてよくわからない)今日の計画について思いを馳せていた。隣の座席にはギターケースに偽装したAR-15のケースが置かれている。こうしておけば夢見がちなミュージシャン志望に見えなくもない。

 

「E組は今ちょうど新幹線に乗る時間か」

 

 中間試験後に買い替えたスイス製の腕時計に目をやりながら私は先生に手渡された学術書並みに分厚い修学旅行のしおりに載っていた予定表を思い出した。というか持ってきている。

 

「ちょっと読んでみるか。てか、重いな」

 

 六法全書くらいあるんじゃないか?これを殺せんせーが一人で書いたというのだから驚きだ。というか何を書いたらここまで分厚いしおりができあがるんだ。その中身が気になったので適当なページを開いて中身を読む。

 

「えーと、うわっ、なにこれ書きすぎじゃないか?」

 

 いっそ気持ち悪いくらいなんでも書いてあった。観光スポットからお土産ランキング、旅の護身術。買ったお土産が東京にも売っていた時のショックの立ち直り方やいちゃつくカップルを見た時の淋しい自分の慰め方などの余計なお世話なものから班員が拉致された時の対処法。挙句の果てには観光地で殺し屋に命を狙われた時の対処法まで記されていた。いったいどこまで想定しているのやら。

 

「しかも金閣寺の紙工作まであるし……」

 

 もはやどこを目指しているのか全くわからない。常識外の教師はしおりまで常識外なのか。でもこれを見れば殺せんせーがどれだけ修学旅行を楽しみにしていたかわかるというもの。

 

「やっぱ、行けばよかったかな……」

 

 金閣寺を組み立てながら呟く。自分から言いだしたとは言えこれを見てしまったら気持ちが揺らいでしまった。はちゃめちゃな担任との旅行はきっとはちゃめちゃなものになるのだろう。名前のわからない感情が私の中で沸き起こる。最近になってこの感情が湧き出る条件がわかってきた。その条件は人に優しくされること。ちょっと優しくされただけで犬みたいに喜んで本当にみっともない。

 

「ま、私は仕事に集中するだけだ」

 

 そう自分に言い聞かせる。もうあの感情は消え去っていた。

 

 

 

 

 

「こちらハードラック、合流地点に到着っと」

 

 京都駅から少し離れた路地裏。ビルの壁に背を付けながら私は支給された携帯電話でレッドアイにメッセージを送った。盗聴対策が施された諜報活動用の携帯電話だという。携帯電話と言えばイリジウム衛星携帯電話しか持っていないのでこうしたものを使うのは実は初めてだったりする。

 

 私が連絡を取るのは国外にいる同業者や仲介人、武器商人くらいだったのでPCがあれば基本事足りたのである。E組の皆には携帯電話のメールアドレスの交換を持ちかけられたが持っていないものはしょうがないので丁重にお断りした。衛星電話を見せてもよかったがあれは常に国際電話扱いになるのでやめたほうが賢明だろう。

 

「むっ」

 

 私の右10mから男が接近して来る。右手にもったケースには恐らくライフルが入っているのだろう。恐らく例のレッドアイだと思うが油断はできない。私は腰のM&P40コンパクトをいつでも抜けるように心構えた。男が私の横に立つ。

 

『殺せんせーは?』

 

 私が英語で呟く。何も知らない人間が聞けばただの意味不明な呟き。だがこれは合言葉。次にこの男が何を言うかで私の対応が変わってくる。

 

『巨乳好き』

 

 どうやらこいつがレッドアイで間違いないようだ。一応、偽物とも限らないので警戒は解かずにレッドアイに向き直る。私より遥かに大きい白人。サングラス越しに見える眼光は間違いなく裏の仕事の人間。

 

『やめろ、やめろ。そんな殺気むけられちゃあビビッて仕事もできやしねぇ』

『あなたが例の協力者で間違いありませんね?』

 

 発音のイントネーションから察するに恐らくイギリス人だろう。警戒はまだ解かない。確証が得られるまでは決定的な言動は控えるべきだ。

 

『あんたが烏間さんの言ってた協力者か。まだガキじゃねえか』

 

 烏間先生の名前が出てきたので彼がレッドアイと考えて間違いないだろう。私も警戒を解除する。ついでに両手を上げて敵意がないことをアピールする。

 

『烏間先生を知っているということは貴方がミスターレッドアイですね?』

『ああ、そうだよ。で、お嬢ちゃんは?』

『ハードラックと呼んでください』

 

 私がそう言うと彼はやれやれとでも言いたげに肩を竦めた。こっちではオーバーリアクションだが私としてはこちらのほうが馴染みがある。

 

『そりゃコードネームだろが。俺は嬢ちゃんの名前を聞いてるんだよ』

 

 一瞬言おうか迷ったが調べればすぐに分かることなので彼に伝えた。一応歓迎の証として握手を申し出る。そんな私にレッドアイは肩を竦めた。その態度に少しだけ腹がたつ。

 

『遠慮しとくよ。得体の知れない奴に利き手を預けるほど俺は自信家じゃないんでね。まあ、細かい話はセーフハウスでしよう』

『はい、ではまた』

 

 そう言って私たちは予め用意された拠点にバラバラになって歩き出した。うーん、やっぱりプロ同士の会話は楽でいい!余計なことを考えずに任務にだけ集中できる。最近同年代とばかり行動していたからこういったやり取りが懐かしく感じるのだ。

 

 

 

 

 

『まあ、悪くねえな。ジャパニーズワビサビってやつか』

 

 合流地点からさほど遠くないボロアパートの一室でレッドアイは言った。ここが私たちの拠点である。バラバラに移動したのは尾行を避けるためだ。プロはこういうところを何も言わずにわかってくれるのがいい。

 

『セーフハウスにするならこういった目立たない場所が一番ですからね。さっそく暗殺計画について話し合いましょう』

 

 私が言いきる前にレッドアイが手で私の言葉を遮った。彼は何故かしきりに私の顔を見てくる。やがて彼は面白いことを口走った。

 

『そういやあんた前に見た記憶があるな』

 

 突然そんなことを言われても私にはまったく記憶にない。国が雇うくらいの殺し屋だ。近くにいたら絶対に忘れるわけがない。

 

『四年前のイランでだ』

 

 四年前、確かに私は民族紛争関係の仕事でイランに居たことがある。だが私は彼のことなんてこれっぽっちも記憶にない。

 

『失礼ですが記憶にありません。見間違いじゃないですか?』

『そりゃ覚えてるわけないだろ。俺は雇われ先のPMCの駐屯地でお前を見ただけだからな。野郎共の中で一人だけガキが混じってたから嫌に記憶に残ってたんだ』

 

 それはなんとも不思議な巡り合わせだ。でも見ず知らずの者とやるより少しでも知っている者とやるほうが成功率は上がる。

 

『嬢ちゃんも若ぇのに随分と因果な商売やってんだな』

『まあ、そうですね。いわゆる少年兵ってやつですよ。今はフリーの傭兵』

『わりぃ、変なこと聞いちまった』

 

 彼は少し気まずそうに言った。別に気にしなくていいのに。

 

『少年兵なんてこの界隈じゃ大して珍しくもないでしょ。時間が勿体ないのでさっそく打ち合わせをしましょう』

 

 私がそう言うと流石プロだけあってすぐに表情が切り替わった。私たちは京都の地図を机の上に置きブリーフィングを始める。

 

『第一狙撃地点は嵯峨野トロッコ線、保津峡に掛かる鉄橋の上です。合図は列車の停車中に鉢合わせる川下りの船を見に標的が身を乗り出した時』

 

 鉄橋周辺の地形図を見ながら狙撃地点を割り出す。単純な狙撃では殺せんせーに難なく対処されてしまう。だから二点間の同時狙撃を敢行することにした。

 

『左右の岸から同時に撃つことで少しでも回避される可能性を下げます』

『わかった。で、嬢ちゃん経験はどれくらいだ?』

 

 その言葉にはプロとして共に仕事をする者への厳しい目が向けられていた。殺し屋と兵士。似ているようでまるで違う両者だが同じプロ同士、敬意をもって接する。

 

『アフリカでスカウトスナイパーの真似事を一年、中東ではマークスマンもやっていました』

『得物は?』

『見てもらったほうが早いかと』

 

 ケースからAR-15を取り出し机の上に置く。彼は私のAR-15をあらゆる角度から観察し一言断ってから実際に構え徹底的に調べ尽した。

 

『Mk12 SPR Mod 0風のAR-15か……ま、及第点だな』

 

 どうやら満点ではなかったらしい。いったいどこがいけなかったのだろうか。そう思っていると彼はAR-15のテレスコピックストックを指で叩いた。

 

『腕に対してストックが少し長い。もう一段階下げたほうがいいな。そうすりゃもっと安定するはずだ』

 

 彼に言われたとおりテレスコピックストックを一段階短くした。確かにこちらのほうが構えやすい。私が礼を言うと彼はニヤリと笑った。そして彼は自分の得物を見せてくれた。

 

『これはアキュラシーインターナショナルのAWMですよね。口径は?』

『.338ラプアマグナムだ。俺はこいつで2キロ先のターゲットを仕留めた。それも中東の砂嵐の中でだ』

 

 それは冗談抜きで本当にすごい。私は対物ライフルを使っても1kmが限界なのに。それもあの砂嵐の中でか。経験したからこそその凄さが分かる。もはや神業と言うほかない。殺せんせーの暗殺を任されるだけはあるな。これならやれるかもしれない。私はそう思った。

 

 

 

 

 

『予定通りならあと三分で列車が来るな』

 

 保津川の岸。木の陰に身を隠しながらAR-15を構える。本当ならギリースーツを用意したかったが生憎そんな時間はなかった。仕方ないので予め持ってきたデジタル迷彩のコートとカモフラージュテープを銃に巻くことで妥協した。ギリースーツ程ではないがそれなりの偽装効果を期待できる。

 

『そう言えばレッドアイさんに目薬買って来たんですよ。後で渡しますね』

『あ、何で目薬?』

 

 昨日は下見と暗殺計画の協議のせいですっかり忘れていたのだ。相手は超一流の狙撃手。パイプを作っておくのも悪くない。

 

『目の充血に悩んでいるのかと思いまして』

『レッドアイってそういう意味じゃねーよ!!』

 

 どうやら違ったらしい。じゃあ何でレッドアイなんて名前を名乗っているんだろうか。そんなことを考えているとレッドアイが名前の由来を教えてくれた。なんでもスコープにターゲットの血が写らないことがなかったことからついた名前らしい。なんていうか……

 

『地味ですね』

『うっせー!!俺だってちょっと地味なのわかってんだよ!!』

 

 いや、だってターゲットに着弾したらスコープに血が写るのなんて当たり前すぎるし……まあ、いいや。意識を切り替えもうすぐ来るであろう標的をイメージする。

 

『来たな。合図は川下りの船を見るために身を乗り出した瞬間だ。外すなよ』

『了解』

 

 おふざけはもう終わり。これからはプロの世界だ。スコープの先の鉄橋にトロッコ列車がやってくる。殺せんせーがいるのは二列目の客車。チャンスは一度きり。

 

「──の上で──停車──します」

 

 車掌のアナウンスが微かに聞こえる。私の視界の端に川下りの船が通り過ぎた。スコープの先には倉橋が船を指さし殺せんせーを誘導する。

 

 私とレッドアイはほぼ同時に引金を引いた。223口径と338口径の特殊弾が放たれる。対先生用実包の弾速は亜音速。私の銃にはサプレッサーを装着しているため彼らには一発の銃声しか聞こえていないだろう。二点間の同時狙撃。いくら殺せんせーと言えども……

 

「へ?」

 

 何とそこには両手に持った八ツ橋で二つの弾を受け止める先生がいた!

 

『ジャ、ジャパニーズヤツハシだ、と?』

 

 いやいやいや、意味が分からない。八ツ橋って、あのしっとりもちもちの八ツ橋だぞ。そんなもので亜音速で回転しながら迫るラプアマグナム弾と5.56mm弾を止めたって言うのか?

 

『あ、ありえねぇ……』

 

 それはこっちが言いたいよ。こうして一回目の狙撃は失敗に終わったのであった。だがまだだ。まだ終わっていない!

 

 

 

 

 

 二回目の狙撃、失敗。映画村でのチャンバラショー見物中に狙撃する予定が当の殺せんせーが何故か役者の中に紛れこんでチャンバラし始めたせいでそもそも発砲すらできずに終わってしまった。まだだ、まだ終わってない……多分。

 

 

 

 

 

 

 そして三回目の狙撃。今度こそ成功させる。その決意を胸に私たちは作戦を変更した。三度目の狙撃予定ポイントは八坂の五重塔。私たちは二点による同時狙撃を止め同じ場所から同じ場所を狙撃することにした。

 

『いいか、お前は俺の肩に銃を委託して発砲しろ。嬢ちゃんの得物の方が弾速が速い。だからタイミングはそっちに任せる』

『いいんですか?私に任せて』

 

 レッドアイは電子タバコを吹かしながら頷いた。本職の狙撃手に認められるのは何ともこそばゆい。まだ殺せんせーと接触するには時間がかかる。私も気分を落ち着けるために懐のスキットルを取り出しバーボンを一口飲む。

 

『あんたガキの癖にもう酒飲んでんのか。身体に悪いからやめとけ。あと俺にも一口くれ』

 

 多分、後半が本音だと思う。スキットルを手渡すと彼は一気に呷った。そして一気に咽た。

 

『ゲホッ、きっつい酒だな。でもちょうどいい気付けになったぜ。やるぞサチコ!俺とお前で賞金百億は頂きだ!!』

『了解!』

 

 きっとやれる。アルコールのせいか信頼できるプロがいるせいか、私は不思議と気分が高揚していた。まあ、失敗したんだけどね。

 

 

 

 

 

『ありかよんなの……』

 

 京都駅周辺。私たちは意気消沈しながら遊歩道を徘徊していた。気合十分で挑んだ三度目の狙撃。5.56mm弾を陽動に使うことにより本命のラプアマグナム弾を意識から逸らす私たちの作戦は殺せんせーの油取り紙によって阻止された。

 

『弾取る紙じゃねーよ……』

 

 私たちが放った銃弾はほぼ同じ場所に着弾した。避けもせずキャッチした素振りもない。今度こそやったと思った。だが実際には殺せんせーが使った油取り紙に付着した殺せんせーの粘液によって二つとも受け止められただけだったのである。そんなこんなで終ぞ殺せんせーを殺すことは叶わなかった。

 

『はじめと同じように別々の場所から撃てばよかった……』

 

 ここにきてレッドアイの技術力の高さが災いしてしまったのだ。彼の放った銃弾は私の撃った銃弾の数センチ下に着弾した。別々の場所から撃てばもしかしたらやれたかもしれないのに。殺せんせーの理不尽っぷりにレッドアイはすっかり自信を失っているようだ。

 

 そしてそれに追い打ちを掛けるかのように四度目の狙撃場所を指示するはずの4班が他校とトラブルを起こし殺せんせーは事態を収束させるために行動を開始した。もう滅茶苦茶だよ。

 

『ああ撃てと言ったのは俺だ。あんたの責任じゃねぇ』

『でも……』

『いいんだ……もうこの仕事辞めようと思ってたしな』

 

 こんな有様だ。もはやこれでは充血のほうのレッドアイである。この様子じゃ明日の暗殺は出来そうにない。烏間先生が電話を掛けてきたときも辞めるとか言ってたし京都での暗殺計画はこれで終わりと考えていいだろう。

 

「はぁ……明日八ツ橋買って帰ろう……」

 

 殺せんせーが食べていた八ツ橋を思い出す。確か駅にも売っていたよな。

 

「どうぞ、銀閣寺で買った生八ツ橋です」

「ありがとう、殺せんせー」

 

 後ろから差し出された八ツ橋の箱を受け取る。そうそうこれこ……ん?

 

「殺せんせー!?」

『あ、あんたは!?』

 

 慌てて振り返ればそこにはいつものの三倍増しで触手をうねうねさせた殺せんせーがたっていた。やばい見つかった。突然のことに頭が混乱する。レッドアイを見れば驚きすぎて尻もちをついている始末だ。

 

「生徒のトラブルも無事に解決したのでねぇ。今日一緒に観光した貴方にもご挨拶をと思いまして。うちの生徒を預かってくれてどうもありがとう」

 

 うん、声色からして怒ってるな。殺せんせーはその冒涜的な触手をぬるぬるとさせながらぬるぬると喋りぬるぬると私に振り向いた。

 

「臼井さんにも、話を聞きたいですねぇ」

 

 うん、これ駄目なやつだ。

 




用語解説

アキュラシーインターナショナルAWM
イギリスの銃火器メーカーアキュラシーインターナショナルが開発した各種ライフル用マグナム弾を使用できるボルトアクションライフル。摂氏-40度でも正常に動作する。すごい。.イギリス軍はL115の名称で.338ラプアマグナム弾仕様を制式採用した。決して現実では突撃しないように。

.338ラプアマグナム
ライフル用のマグナム弾。有効射程は1500m。

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