湊家に来てから数週間がだった。この町に来る前にこちらの高校を受験していて、見事合格。数日前に、制服や教科書が届いた。そして、今日から俺は七芝高校の一年生として通学する事になる。
障子の隙間からの朝日で目が覚め、身体を起こす。布団を片付けて、寝間着から高校の制服に着替える。そして、筆記具や教科書を学校指定のカバンにしまい込む。準備や身支度を整え、部屋を出ようとするとちょうど反対側の襖が開いた。
「おはようございます!徹さん」
「おはよう。智花」
部屋からは、ミドルショートで髪を片結びにした制服姿の智花が出て来た。元気な笑顔を向ける妹にならい、できる限りの明るい笑顔で、いつもの挨拶を口にした。狙っているわけではないが、毎朝部屋を出ると大体の確率で智花と最初の挨拶を交わす。生活リズムがもともと似ていたのかもしれないな。
二人で広間の前に行き、襖を開ける。
「ん、おはよう二人とも」
「おはよう。お父さん」
「おはようございます」
広間にはすでに忍さんがいて、新聞を読んでいた。毎朝の朝食やその他の食事も、この場所でみんな揃って済ませている。
「徹くんは、今日から学校だったね」
「はい。あの、学費の事とか本当にありがとうございました」
「うむ。父親として当然の事をしたまでだよ。制服似合っているな」
「ど、どうも」
高校に通うための学費や、試験の料金などは忍さんが全て負担してくれた。何とかバイトをして必ず返すと言ったのだが、忍さんは首を縦には振らなかった。
本当に、優しい方だ。せめて、これ以上迷惑はかけないように俺は、勉学に集中する事を決めた。
「おはようございます。徹さん、智花」
部屋に入り、カバンを隅に置いて座ろうとすると、背後から声がした。
「おっ、おはようございます。花織さん」
「おはよう。お母さん」
腰を下ろす前に、身体を戻し、花織さんの持っていた朝食の乗ったお盆を受け取る。
「ありがとうございます。ふふ、その制服姿とてもお似合いですよ」
「ありがとうございます」
今度こそ席について、部屋の真ん中にあるテーブルに食事を並べ始める。
「手伝います」
「ありがとう。智花」
すると横から、小さな智花の手が伸びてきてお米の入った茶碗を忍さんの方へ持って行く。
「うふっ、本当に二人とも仲がいいですね。まるで新婚さんみたい」
「おっ、お母さん!」
花織さんは語弊のありそうな言葉を残して、台所へ戻っていった。
この家に来てからというもの、花織さんは度々俺と智花をからかってくる。俺は、もう慣れたが、智花は相変わらずの反応だ。
「それでは、いただきます」
『いただきます!』
花織さんが戻り、全員テーブルに着くのを見計らってから忍さんが食事の挨拶をする。それに合わせ、俺たちも挨拶をし、朝食を食べ始める。
「徹くんが通う学校は、家からだとどのくらいかかるのかね?」
「20分ぐらいですね。歩きなので、8時ぐらいには出発しようと思います」
急に話を振られ、ぴんと背筋が伸びる。時計を見ると針はちょうど7時半を指していた。時間にはまだ十分に余裕がある。
俺が、通う七芝高校は、この家から徒歩で通う事ができる距離に位置する。電車やバスに乗らない分自分のペースで登校できるのでとても通いやすい。運動部の活動が盛んで、推薦で入学する生徒も多いそうだ。ちなみに、俺は普通の編入試験を受けて今に至る。すでに、入学式からは2週間程経っているため、今日から登校となると友達ができるか少し心配だ。大丈夫だろうか。
「あら。その時間だと智花が家を出る時間と同じですね」
そんな事を考えていると。花織さんが話に入って来た。
智花は、徒歩10分ぐらいのバス停から慧心学園のスクールバスで登下校しているのだそうだ。
「あ、あのっ!もし、徹さんがよろしければ途中まで一緒に行きませんか?」
すると意外にも、智花から一緒に登校する事を持ちかけてきた。
こちらとしては、とても嬉しい事なのだが、年頃の女の子としては恥ずかしくなるものだと思っていたが、
「智花が、いいのなら、ぜひお願いするよ」
「はっ、はい!えへへ」
食事を済ませ、歯を磨き終える頃には時計の針が8時を指していた。玄関で靴に履き替えている智花を待ち、
『行って来まーす!』
いよいよ、学校に向けて出発する。
家を出ると大通りまでは、一本道だ。しばらく道のりに沿って歩いて行くと、車通りの多い交差点に出る。
高校へは、俺から見て左の方角、智花の目指すバス停は、右の方角にある。智花と共に通学できるのはここまでだ。
「それでは、私はこっちなので」
「うん。じゃあまた家でね。行ってらっしゃい」
「はい!徹さんもお気をつけて」
智花は、深々とお辞儀をし反対方向に歩いて行く。途中で振り返ってこちらを見た智花に手を振り、俺も高校へ向けて再び足を進める。
5分程度といった短い時間ではあったが、少し不安だった俺の心を落ち着かせるとても有意義な時間だった。勝手ながら智花への感謝を心に納め、教室での自己紹介などを考え始めた。
ーーーーーーーーーー
忍さんへ言った通り、家から20分程で目的地に到着した。
ここが、俺が今日から通う、七芝高校。
来るのは受験を合わせれば二度目だが、緊張て来た時とは違う景色に見える。校門を抜けて、校内に入ると様々な運動部が朝練をしているのが見えてきた。校庭も広くて、流石は運動部が盛んな高校だ。以前は、校内を見学する時間もなかったので気付かなかったが、とても見応えのありそうな感じである。暇な時にでも校内を散策してみるか。
そんな事を考えながら、昇降口に入り靴を履き替える。
まずは、職員室で担任の先生に合わなくては。挨拶した後に先生と教室へ行く事になっているのだ。まだ、電話越しでしか話したことはないので、どういう人なのかとても楽しみだ。
職員室に着き、ドアをノックする。スライド式のドアを開け、中に足を踏み入れる。すると、一人の先生らしき女性がこちらに気付き、近付いて来た。
「おはようこざいます。職員室に何の御用でしょうか?」
「お、おはようございます!あの、今日から七芝高校に編入する事になった。高み、じゃなくて、湊徹です」
すぐさま、挨拶を返し自己紹介をする。苗字が変わった事に未だに慣れておらず、どうにも上手く言葉が続かない。
俺の前に立つその方は、髪留めでまとめたストレートヘアをし、鋭角な目鼻立ちで厳格そうなイメージである。ボタンを全て止めたスーツ姿がまた、とてもクールなオーラを放出している。
「そう、あなたが。お待ちしていました。とりあえず、はじめまして。あなたが編入する七芝高校1年10組担任の、野火止初恵(のびどめ はつえ)です」
この方が、今日からお世話になるクラスの担任なのか。
…厳しそうだなぁ
「よ、よろしくお願いします」
とりあえず、敬意を表し頭を下げたまま返事を待つ。
「…ひとまず、教室へ案内します。まもなくSHRが始まりますので」
面を上げると、野火止先生は教室に行く準備をすでに整えていた。俺は、先生に従い共に職員室を後にした。
先生の後に続き廊下を歩く。いよいよ本格的に七芝高校の学内へ。職員室を出て、数十メートル進むと、右側に上に上がるための階段が見えた。先生はその階段をタンタンと上がって行く。俺も遅れずにその後を追う。
すると、階段を上りきったところで先生の足が止まった。
「…湊くん」
急に止まった事に疑問を抱いていると、ふと先生に呼びかけられた。
「は、はい?」
失礼な事だが、正直まだ若干の緊張を先生に覚えてしまう。
「実は、私もこの学校には来たばかりなんです」
「…え」
野火止先生は、控えめな笑みをこちらに向けた。
それは、先程までのクールな印象を打ち砕く友好的な笑顔だった。
「私は、以前まで硯谷女学園という学校で勤務していました。そして、今年度からこの高校へ着任したのですけど、今まで女子校にいたせいか、ここではまだ少し緊張してしまって。湊くんも少し遅れての入学で不安があるでしょうけど、お互い頑張りましょう。頼りないかもしれませんが、何かあれば言ってください」
「……あ、いえ、そんな。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
すっかり呆気にとられつつも、再び頭を下げる。先程の職員室でのやり取りとは違い、とても有効的な雰囲気が漂う。
ついに、教室の前までたどり着いた。先生は、先に入室して本日の連絡をしている。俺は、連絡が終わった後に教室に入る事になっている。
すぅ、はぁ。深呼吸をし、心を落ち着かせて刻々と迫るその時間に向けて身構える。
『では、本日から同じクラスになる新しい生徒を紹介します。湊君』
いざーーーーーーーーーー
キーン、コーン、カーン、コーン
無事、自己紹介をしてから時は過ぎ、本日の4限目が終わった。時期が時期なのかSHR後に色々な人に話しかけられはしたのだが、この時間にはすでに落ち着いていた。
やはり、入学式から一、二週間たったぐらいでは、転入生も目立たないのだろう。これからの時間は、昼休みだ。教室にいたほとんどの生徒は、学食に向かい、教室を退出していった。この学校では、弁当などを持参し教室で食べるか、学食で食べるかのどちらかで昼食を済ます。
俺は、カバンから花織さんが作ってくれた弁当を取り出した。花織さんの作るご飯は絶品で、弁当もとても楽しみにしていた。
「昼飯一緒に食べないか?」
すると肩に手を置かれ、背後から声がした。振り返ると俺の後ろの席に座っていた人が昼食を誘ってくれた。
「え、いいの?」
「良いも、何もこっちから誘ってるんだけどな」
「じゃあ、どうぞ」
俺は、彼を促すように机の上にスペースを作る。後ろの席にいた彼は、自分の椅子を持って来て、俺の隣に腰掛ける。
「えーと、湊徹くんだっけ?徹って呼んでいいな?」
「あ、うん。君は確か、はせ…えと」
名前を覚えていてくれた彼に応えるために、1限目に入る前に行われた俺のための自己紹介を必死に思い出そうとする。
頑張れ俺の脳!せめて、周囲に座ってる人の名前ぐらいは頑張って覚えようとしていたじゃないか!
「ははっ。長谷川昴(はせがわ すばる)、昴でいいよ」
「じゃあ、よろしく。昴」
「こちらこそ、よろしくな。徹」
昼休み中は、昴と色々な話で盛り上がった。部活の事や、中学の事、今住んでる場所など。俺は、こうしてクラスメイトと話す事が出来てとても嬉しかった。
昴は、バスケ部に所属しているらしい。廃部寸前だったバスケ部を何とか立て直して、今や一年だけのチームでキャプテンを務めているらしい。俺も部に誘われたが、申し訳ないけど断らせてもらった。バスケ部でなくとも勉強の事もあるし、部活には入らないつもりでいる。いわゆる帰宅部というやつだ。
ーーーーーーーそして放課後。
「そんじゃ、今から部活だから。また明日」
「うん。頑張って」
あっという間に放課後になり、昇降口で体育館へ向かう昴と別れる。登校初日に、良い友達ができた。何とかこれからもここで、やっていけそうでよかった。
学校を後にし、帰路についているとスマホに着信が、昴と連絡先を交換したが、部活中の彼からかかってからことはないだろう。誰からと思い、画面を確認すると家からの着信だった。
「もしもし?」
『あ、徹さん?学校の方はどうでしたか?』
電話の着信はは、意外にも花織さんからだった。
「はい!友達もできて、楽しかったですよ」
『それは、良かったです。あの、急で申し訳ないんですけど、帰りにスーパーで卵を買ってきていただけませんか?』
「あ、はい。構いませんよ。他に必要なものとかありますか?」
『そうですねぇ。じゃあ、あと豆腐もお願いします』
「了解です。でわ、今からスーパーによってから帰ります」
『はーい』
ピッ。
スマホをポケットにしまい。突然の買い物ミッションを遂行すべくスーパーを目指す。
スーパーの場所は、以前、花織さんの買い物に付き添いで行った事があるので、場所は覚えている。智花も、もう帰宅しているだろうが、陽も傾いてきているしおれが行くのが一番だろうな。
スーパーに着き、まずは卵、そして豆腐の順番でカゴの中に入れて行く。会計を終え、台の上でレジ袋に買った物をしまい込む。
すると、ある事に気がついた。足元に茶色い手帳のようなものが落ちていた。拾い上げると表紙には「慧心学園 初等部生徒手帳」と金色で書かれた文字と校章が中心に描かれていた。
慧心学園…。智花と同じ学校だ。持ち帰って智花に渡して、明日学校に持って行ってもらうべきだろうか。いや、もしかしたら落とし主がスーパーに探しに来るかもしれないし、スーパーに届け出た方がいいかもしれない。
とりあえず、名前とか書いていないか失礼ながらも中を開いてみる事にする
ごめんなさい。心の中で謝りながら中を調べる。開いて見ると、表紙の裏に持ち主と思われる顔写真と共に名前や、電話番号などの個人情報が、名前は……
「…竹中、夏陽くんかな?」
つづく
2話目を読んでいただきありがとうございます。
2話では、早くも主人公の名前が改変という事ですが、今後も「湊徹=高嶺徹」を暖かく見守って頂ければと思います。
原作を知ってる人からすると、「なぜ智花の次が竹中なの…」と思う方が多々いると思いますが、次回から残りの4人もじゃんじゃん登場させていこうと思います!
でわ、また次回!!