忍界大戦。一から三と続いたそれは何をきっかけとしてだったか。幾つもの隠れ里が滅び、かの五大国ですらも各々が無視できない傷を負った最大の戦。
そしてそんな大戦だったからこそ、小国の隠れ里である湯がくれの里も他と同じく滅ぶかと思われた。
いや、実際に衰退していた事には間違いない。隠れ里であっても所詮は小国の物であり、五大国のような忍と比べ練度は低い。自分達が生きるために、誰かを生かすために決死の覚悟で挑み、多くの忍が戦場で散っていった。
だが、人は学んだ。
親から子へ、子からそのまた子へと。そうして戦争の残虐さを聞き、又自ら経験した里の長はこれ以上里の者が血を流さぬようある決心をした。
それが平和主義。最小限の戦力だけはそのままに、他多くの里との中立的な立ち位置を目指すことを。
反対は勿論多かった。ただでさえ豊富な資源を持っていた事によって他里から目をつけられており、保有する戦力は先の大戦で大幅に低下している。それに加え大戦こそ終戦したものの、多くの里は次に起こるであろう大戦に向けて水面下で着々と準備を進めている。未だ予断を許すことは出来ない。
なまじどちら側も里のためを思ってのことであり、連日行われる会議は賛否で別れ紛糾した。
そして何度目の会議になるかも分からなくなってきた頃、一人の男が席を立った。
「皆さん、自分に任せてくれませんか」
そうして今回だけでなく、全ての会議を含め初めて口を開いた男は他の参加者たちとは違い里の上役というわけではない。だが忍としての里への忠誠心は高く、その人柄から里の皆に慕われていた。そのため密かに民の代表としてこの会議にも呼ばれていたのだ。
というのが他の参加者に向け、里長が述べた表向きの理由。実際は民が自分達に隠して秘密裏に行っていた会議に対し、少しでも悪感情を取り除くようにするため。仮に里長の考えが可決した場合、間違いなく混乱は起こる。だが、自分達が慕っている相手が関わっているのならば多少はましだろう。
そんな打算ありきでこの会議にいるのが件の男。その為今まで発言しなかったのも慣れぬ場であるからだろうと見逃されてきた。それも有体に言えば参加者本人達の意図はともかく、お飾りだとして見下されていたのだが
「では失礼して、――――」
どうしたことか、若造が生意気にも口走ったと発言を許せば湯水のように魅力的な案が湧き出てくる。
今まで体を痛めた忍に治療用として使用していた温泉を大衆に向けて開放する。それもただ開放するだけでなく足湯や岩盤浴に砂風呂、露天風呂等の様々な形式。合わせて作成する温泉卵に温泉饅頭なる物産品。そしてそれら全てで里をあげての観光事業を行う。
悪くない、どころかむしろ良い。
男が言う施設こそ想像つかないが、説明を聞く分には里の資源と忍の術を活用すれば十分作成可能。そして完成した暁には国の大名を招待し、そのコネを用いて他国の大名達も訪れる。他人事ではないが所詮忍は国の道具、他国の噂好き、新しい物好きの大名達が気に入りさえすれば容易に攻められることはない。
それに戦力にしても、これならば里長が当初に予定していた以上の縮小をすることもなく中立的な立ち位置を望むことが出来る。
唯一の懸念といえば代々受け継がれてきた誇りある自里を観光地とし、大名達に尻尾を振るような行為になること。里長などの元からなりふり構わず平和を望んでいた者たちならばともかく、未だ戦争に勝利できると考えている者、特に忍として現在も修練に励む者たちからすれば裏切りも同然だろう。
そう思い至った者達が所謂武闘派へと視線を向ければ想像していた通り。あまりいい顔はしておらず、眉間に皺を寄せていた。だがそれも一時のことで、男はその者達に一瞬だけ視線をやると話を続ける。
確かに観光地となることに抵抗を持つ者もいるだろうが、仮に案が通ったとして人の出入りが増える分治安は現在より悪化する事。中には秘密裏にこちらの技術や知識を奪う任を負った忍も出入りすることだろう。
その場合最も頼りになるのは抵抗する武力を持った忍達になる。今までと大して変わりはしない。強いて言うなら外に出て民を守るか、中に残り民を守るかの違いであると。
そこまで聞けば武闘派の者たちも何も言う事はない。何故なら、彼らが本当に恐れていたのは自里を観光地とし、誇りを失うことではないからだ。
そもそも彼らは裏の仕事をこなす忍達、各々に流儀はあるだろうが里を守る事が出来るのならばそれを飲み込む度量は持っている。
ならば何が恐ろしいのかと言えば、それは忘れ去られる事。彼らは里が観光地になることで忍の重要性が薄まると考えた。
平和は何より優先させるべきだ、それは誰よりも前線で戦ってきた彼らが分かっている。だが、文字通り死ぬ思いで励んだ自分達の働きを、なにより志半ばで戦死してしまった同僚達のことを忘れられるかと思えば、理解することはできても納得はできなかった。
今更だが、里長や武闘派以外の参加者達がその事に対して理解をえていなかったことも会議が長引いた一因と言える。だがまるでそれを見越したかのような男の言葉により、参加者全員の考えは一致した。
里長は念のためと参加者全員を見渡し決をとる。勿論今更この場に否を唱える者はおらず、全員が首を縦に振る。そして里長はそれを見届けると男に責任者としての地位を与え、一刻も早く完成させるようにと命を出した。
「有難く拝命させて頂きます。非才な身ではありますが、必ずや皆様のご期待に応えてみせましょう」
男は自分の案が通ったことに対し偉ぶる様子もなくそう言い、恭しく首を垂れる。そしてそんな男にその場にいる参加者たちは皆顔を綻ばせた。殆どの者が他者からの口伝いにしか聞いていなかったが、目の前にいる男が噂以上の人格者であることが分かったからだ。
これならば自分達が生きる今代だけでなく、次代の里も安泰である。
賛成していた者、反対していた者。穏健派、武闘派。この場にいた全ての者がそう考え、ようやっと久しぶりにぐっすりと眠ることが出来ると場を後にする。
案として出した知識を一体何処から手に入れることが出来たのか。
仮にどこぞの国で入手してきたとして、何故それをもっと早く提出しなかったのか。
そう考えることが出来る者は、連日の通常業務に加えた会議による疲労のせいか誰もいなかった。
ただ一人部屋で口元に笑みを浮かべる男。
今世での名を『飛段』と呼ばれる者以外には。