ハイキュー!! 【雲は日を和らげ影を生む】 作:Enoch365
「行っけ~!行け行け行け行け鈴木!」
『『『行っけ~!行け行け行け行け鈴木!』』』
「押っせ~!押せ押せ押せ押せ鈴木!」
『『『押っせ~!押せ押せ押せ押せ鈴木!』』』
ガンガンと打ち鳴らされる空のペットボトル、グランドの中に立ち込める熱気がフェンスを越え少年の頬を撫でる。
このフェンスの向こうの景色はどう違うのだろうかと彼は考えた。両手に握りしめられるのは小学校の頃から握り続けたバットではなく、空の1.5リットルペットボトル。
立ち上がって声を張ることも、ペットボトルを打ち鳴らす事も無くベンチに腰を下ろすその背中にあるのは空白だけで背番号は無い。
小気味良い金属音の後、白球が空高く飛び上がり――数秒浮いた後にグローブへと納まった。彼の周囲から聞こえるため息、まぎれもなくそれは試合終了の合図でもある。
(あぁ―――終わったのか)
見ればバッターボックスから帰ってくる仲間は涙を流している。テレビの中の物語を見ているような、どこか現実味のない感覚だった。当然である、彼は何もしていないのだから。
彼――
*
桜が舞い散る中、一人の少年があてどなく歩く。髪はかき上げられ整髪料で纏められている。声を張り上げ、腕の力こぶを自慢するラグビー部、リフティングをしながら笑顔を振りまくサッカー部。チラシを配りながら声をかける野球部。数多くの部活動の隙間を縫って少年が歩く。
(部活か…)
脳裏にチラつく、フェンス越しの光景。差し出されたチラシを受け取る手が止まった。
ふと、烏野高校の校内を歩いて回る少年がリズミカルな音に耳を傾ける。タタン、タタン、と数度響くその音。
(…バスケか?)
体育館から響くその音に興味を惹かれた少年は足を体育館へと向け、少し開いた両扉から中の様子を覗く。
すると背の高い黒髪の少年が跳んだ瞬間が視界に飛び込んできた。
「――」
まるで一枚の写真のようなその姿が少年の目に飛び込んできた瞬間、雲が空を流れるかのようにゆっくりと漂っていた時間が再び動き出す。
しなった腕の先の手の平がボールを捉え――
ズバン!と大きな音を立て反対側のコートの床を打ち鳴らした。
(おぉ…テレビで見るより迫力あるな…ちょっと感動)
黒髪の少年の集中を乱さない様に、音が鳴るか鳴らないかと言う程の小ささで手を叩く。まだ何本か見ていようか、そう思った矢先に黒髪の少年が再び跳んだ瞬間。
「何でいる!!」
いつの間にかすぐ横にいた小さな横顔が大きな声を張り上げた。
「「!?」」
驚いた黒髪の少年が打つのを中断をして着地をし、こちらを見る。
「痛てッ…」
ポコン、と黒髪の少年の頭に当たり床を跳ねたボールの音がタン、タン、タン…と静かな体育館の中に響いた。
「あぁ、俺じゃないよ…こっち」
再び止まった時間が動き出すと、少年は自分ではないと隣のオレンジ髪の少年を指さす。
「お前去年の………名前は知らない」
「お、俺の名前は
オレンジ髪の少年、日向は黒髪の少年へ名乗った。黒髪の少年は数秒程何かを考え込んだ後…
「クソ下手くそな奴!」
と日向を指さしてキッパリと言い切ってしまう。
「なっ…馬鹿にすんなよ‼確かにあの時はボロ負けしたけど次は負けない!!って思ったのに…何でお前がここにいるんだ!同じチームだと倒せないじゃないか!もっと他に強豪っていうようなチームあっただろ!」
黒髪の少年はその言葉を聞き、真面目な顔で――
「県内1の強豪校には――
これまたキッパリと言い切った。
「は?落ちたって…
(コート上の王様?カッコいい二つ名だな…)
少年が感心したのを他所に黒髪の少年は日向を睨みつけた。
「その呼び方ッ…やめろ!!」
突然怒り出した少年に他の二人は面食らってしまう。
(…何が気に食わないんだ?結構カッコいいじゃないか、コート上の王様)
なんで怒ってるんだコイツ、と少年が首を傾げていると背後から数人の話声が聞こえてきた。少年の目の前を通り過ぎ、体育館へと入っていった背中を少年は眺める。
(…烏野高校排球部…バレー部か)
「チワす」
入ってきたのは三人。一人はガラが悪く坊主頭で不良じみた見た目をしており、もう一人は優しそうな雰囲気を纏った銀髪の好青年、中心にいるのがどっしりとした落ち着きのある雰囲気を纏った同じく好青年だった。
「影山だな」
どっしりとした青年が黒髪の少年、影山に声をかけると銀髪の青年も
「結構大きいねぇ」
と影山の身長を手で大雑把にだが測り始める。
「最初が肝心すよ
「その顔止めろ田中…」
不良とも思える坊主頭の青年、田中は未だに影山を睨み続けている。
少年が少し離れた位置からその様子を眺めていると日向がチョロチョロと四人の周囲を忙しなく動き回っている。
「身長いくつだ?」
「180です」
青年が影山の身長を聞いている間、日向が挨拶をするも四人は聞こえていない様子で影山に関心が集まっている。すると日向は大きく息を吸い込んで
「チワッス!!」
と大きな声で自分の存在を知らせた。
「…んぁ?…ああああ!!お前!チビの1番!!」
「え?じゃぁ、このもう一枚の入部届の日向って…お前の事だったのか。いやぁ、驚いたな…そうか――おまえらどっちも烏野に来たのか!」
坊主頭の青年の言葉を聞き、手に持っていた入部届を見たキャプテンと思わしき青年が驚きの声を上げた。
「俺達、去年のお前たちの試合を見てたんだ」
「お前、チビで下手くそだっただけどナイスガッツだったぞ、でもあんま育ってねぇなぁ!」
「うっ…で、でも!小さくても俺は
(おぉ、やる気あるな…)
日向のエース宣言に、少年は心の中で拍手を送った。そして
(でも…高さが命のバレーで、その心意気がどこまで続くんだろうな)
どこか諦めを帯びた目で日向の背中を見つめる少年。自分よりも小さなその背中に背負うにはエースと言う看板は余りにも大きい荷物だろう。
「おいおい、入ったその日にエース宣言とはいい度胸じゃねぇかぁ!!」
「いいじゃんいいじゃん、志は高い方がいいじゃん…なぁ?」
「がっ、ガンバリマス!!」
「えっと…それで…君は?」
キャプテンと思わしき青年が両扉に背を預けて場を眺めていた少年に声を掛ける。
(やべ…さっさと離れとくべきだったか)
「えっと…」
気付けばその場にいた他の人間の視線が全て少年へと向いている。焦った少年はその場を離れる機会を一つ、また一つと失っていく。
「入部届は出してるか?何組?」
「1年…2組です」
つい、咄嗟に自分のクラスを言ってしまった少年。青年が数枚の入部届をめくるも、1年2組の生徒から出された入部届はない。
「じゃぁ見学者か、名前は?」
「
クラスと顔が知られたならすれ違った時にどうせ声を掛けられるだろう、もう名前を言おうが言わまいがどっちでもいいかと思った少年は名前を口にする。
「クモマ…コウコウ…どう書くんだ?」
「空の
「ほぉ~、カッコいい名前だな。よろしく…見学って事だけど、ついでに少し練習に参加していくか?」
「……俺、バレーやったことないですけど」
「ん?大丈夫だよ、バレーは得手不得手でポジションが選べるから初心者でもとっつきやすい方だろう。シューズとかの消耗品もそこまで高くないしな、なんなら体育館シューズでも結構動ける」
差し出された手を握り軽く握手をする。少し大きなその手に航行はどこか安心感を覚えた。
「まぁ…少しだけなら…よろしくお願いします」
「よろしくな航行、俺は
「おうおうおう、新入りかぁおい?もう顔覚えたからな!逃がさねぇぜぇ!!」
田中が雲間を見下ろしながらニヤニヤと笑うと、スパンと小気味良い音を立て田中の頭がはたかれた。
「やめろ馬鹿、怖がって無理矢理入部なんてことになった後でやっぱり耐えれません辞めますとかなったらマジで部内の空気悪くなるだろ!」
「う、うす」
田中の後ろから銀髪の好青年が顔を覗かせ、ニカっと笑った後に雲間に手を差し出す。
「まぁ軽くバレーの空気を感じてくれて貰ってさ、気に入ったらまた体育館に来てくれよな。まだ入部届の提出期限は先だからさ。俺の名前は
「2年1組!
「どうも…」
「なんだなんだノリ悪ィなぁ!しゃあねぇ!俺が一発気持ちいいスパイク決めて『先輩カッコいい!』って気にさせてやるよぉ!」
「まぁ、そういう訳で今日だけかもしれない短い間だけどさ…よろしくな航行!」
「――ッ……お願いします」
「なぁなぁ、1年なんだろ!俺日向翔陽!1年1組!よろしくな航行!」
「あぁ、よろしく」
気付いたらまた横にいた日向が雲間の手を取りぶんぶんと握手をする。
「
「あぁ、いいサーブ?だったな…さっき見てたよ」
「そうか…サンキュな」
緩く影山と握手を交わす雲間と雲間の傍で飛び跳ねる日向、その様子をほほえましく見守る先輩の3人。
「よっし、じゃぁ!コートの準備始めるぞ!」
もう一つの物語が―――始まる。