この世界の提督は基本的にみな善人です。
基本ギャグです。
初めはこんな風になるなんて思ってなかったわ。
初めて司令官が着任した日、そして私達が秘書艦として共にこの国に平和を取り戻そうと誓い合った日
あぁ…もうすべてが懐かしい…
確かに私たちにも輝かしくて美しい思い出があったわね。
初めての建造、遠征任務、海域の攻略、すべてが手探りで休む暇なんてなくて、どう考えても大変なことばっかりだったのに…、あの時の日々が何より充実していたと今は思うわ。
次第に増える仲間たち、できることも増えていって、私達なんかよりずっと強い艦娘も綺麗な艦娘もたくさん入ってきて…
それでも司令官は私と気弱で心優しい妹を選んでくれたわよね
「その…誰かと間違えてないですか?」
そういった妹にお前達以外に誰がいるなんて怒って指輪を差し出す司令官には思わず笑っちゃったわ
でも妹は沈んでしまった
沈みかけた仲間を救う為に自分が沈むなんてあの娘らしいわ、残された私たちのことなんて気にもせずに行っちゃうんだから
あれから司令官は変わってしまったわ…それは私もかしら
無理な進軍、行き過ぎた戦果第一主義、司令官は人が変わったように深海棲艦の殲滅に傾倒した
周りの子は反発もしたけど彼女たち全てを更迭して聞き入れなかったわね
でも司令官だけのせいじゃないわ、私もあなたを止めずにすべてを肯定したのだから
私に頼っていいのよ…なんて言いながらあなたを諫めるべき秘書艦の責務を放棄した私の責任
でももう止まれないのよね…もうどうしようもないのよね…
もう終わりにしましょう…これ以上は本当にあなたが限界だわ、一緒に休みましょ、司令官
「どうして…雷…お前だけは俺の味方じゃなかったのか…」
違うわ司令官…私はいつでもあなたの味方よ
「ふざけるな! なら止まるなんて言うな!! もう止まれるわけがない!! 何人! 何人俺が艦娘を殺したと思ってる!! あれから電以外の艦娘を何隻も轟沈させてしまった俺が止まれるわけがないだろ!!!!」
そう…ね…、もう私たちは止まれないわよね…だから止めてもらうしかないの…
「何を言って…」
「全員その場を動くな!軍令憲兵だ。貴公らの鎮守府には不当な艦娘への扱いの疑いがかけられている。直ちに軍管区憲兵隊司令部に出頭せよ!」
「な…おい嘘だろ…雷」
「…」
「俺を…ぼくをうらぎったのか…」
そうじゃないわ…司令官
「本件は秘書官である君にも少なくない容疑がかかっている…両者二名、我々と共に来てもらう」
「えっ…」
司令官、もちろん私も一緒よ
「いや…ちがう…雷はちがうんだ…全部ぼくのせいで…」
「それを判断するのは貴公でも、ましてや私でもない」
「違う…違うんだ…全部悪いのは…あぁ・・・あ”あ”あ”あ”あ”ッ!!!!」
…憲兵さん、司令官は私が運ぶわ…ちょっと今は疲れているだけなの…お願いします。
「…ついてこい」
肩を貸すように歩く二人は憲兵に連れられ軍用車へと移される。
ここに一つの鎮守府の終わりがあった。
魂が抜けたような男とそれに寄り添う少女を見送り、男たちはなんとも苦々しい顔をしている。
そのうちの軍属にあるまじき優男風で長身細身の男は口を開く
「なんとも救われない話ですね…」
それに返答を返すのは中肉中背、カッチリと詰襟を留めていかにも堅そうな雰囲気の壮年男性だ。
「そういうな伍長、情状酌量の余地はある」
「しかし曹長、軍刑法に情状酌量なんてあるんですか?」
「あんな裁判は昔にあったような司法よりはずっと適当だ。何より軍法会議を担当する上官がこの手のお涙頂戴の話にめっぽう弱い」
「昔ですか…自分が生まれた時にはすでに深海棲艦がいましたからね、よくわからないです。」
「…伍長はそうだったか…いや確かにもうそんな時がたってもおかしくないのか…」
男は過去の記憶を辿りながら煙草をふかす。
今は昔、世界は二度、大きな殺し合いをしたことは有名だ。
たった二度だけであるがその間であまりにも多くの物が消えては生まれ、世界は良くも悪くも変わった。
その果てでおびただしい人々の血と努力、それらの屍を積み上げてようやく生きていけるだけの富と軍事力が国々に再配分される。
誰もが望んだ血濡れでありながら尊いそれは『平和』と呼ばれ、世界は安定期に入る。
人類は尊い犠牲の果てでようやく進歩の時代を歩み始める
…はずだった。
人類にもたらされた凶報、それは世界にほぼ同時に知らされる。
世界中の船舶、航空機からひっきりなしに届く緊急通信
それらの内容は様々であったが多くを要約するならこうだ
『正体不明の何かからの攻撃を受けている!!!』
世界各国の海域に突如出現した謎の敵性物体、後の名称を『深海棲艦』としたそれは世界の海域にほぼ同時に出現した。
当初は情報が錯綜し、世界規模のテロ、とある独裁国の暴走、果てには宇宙人の侵略説などと様々な憶測が出たが一切の続報はなかった。
ただ確かなのは従来の兵器がきかず、こちらに敵対し、接触した船舶や航空機のすべてを破壊、多くの死亡者が出ていることだけだけ
こうして再び世界は分かたれ混乱が訪れる。
当時を振り返るならまさに混沌と表現するしかないだろう
世界の海が封鎖され大打撃を受けたのはその多くを輸入に頼る我が国だった。
物流の停止による。食糧、エネルギーの不足、それは産業や生活の基盤の崩壊を引き起こし、また社会秩序の破綻を引き起こす。
行政の破綻、一気に文明は後退、ひどいところでは組織的な略奪や殺人など多くの悲劇を生んだ。
まさに暗黒の時代…しかし何の脈絡もなく始まった人類の地獄はこれもまた唐突に反撃の糸口を掴む
『艦娘』
混乱の中で我が国を統治した軍部によって唐突に発表されたそれはあまりにも荒唐無稽なものだった。
『軍艦の名を冠する艦娘のみが深海棲艦に有効な攻撃を与えることができる』
誰もが信じられないような話だが、それが日本海における領海の奪還、中国大陸との物流の確立といった知らせとともにもたらされれば信じるしかないだろう
次第に良くなる生活、さらに艦娘を実際に見た上に助けられたという兵もいればいよいよ現実味を増してくる。
人々は艦娘とは何かをこぞって知るものに聞く
それに答える人々の返答はさらに人々の艦娘像を困惑させた。
「俺は深海棲艦に船を沈められかけた時に助けられた!可憐な姿で海を駈ける!まさに海上の女神様さ!!」
「艦娘に乗って一緒に戦った。艦娘とは軍艦に宿る船霊みたいなもんだが、命を預けあった戦友でもあり、俺たち船員の母ちゃんみてえなもんだったよ」
「僕は艦娘の世話をしていたんだけどね、おどろいた。なんせ小山を超すような身の丈を持つ巨人が艦娘なんだよ」
「その話を俺にするな…くそッ…しつこい野郎だな…聞いたらもう失せてくれ………いいか?、艦娘は元は人間だ。人が船に魅入られるとそいつは艦娘になっちまう…ふざけた話さ…俺の妻も…いや…もういい早く帰ってくれ…」
「あぁ艦娘?知ってるぜ、あれは人の形をした兵器さ、見てくれは上等だが中身は鉄でできた感情のない自動人形だ。たいしたSFだぜ」
その誰もが全く違う内容をしゃべるが嘘をついてるようにも見えない
しかし奇妙なことすべての話に共通していたのは艦娘には第二次世界大戦時の軍艦の名を与えられそれに沿った力を持つこと、その姿形が見目麗しい女性の姿であること、『提督』と言われる存在が艦娘たちを率いてることだ。
この提督という存在についても判明しないうちは様々な憶測が飛び交った。
軍属の海軍エリート風の男だったという奴もいれば、パッと見れば普通のおっさんだったという奴、マッチョ、ジジイ、女など何人もいるらしい。
果てには年若い少年、幼女、ネコ、犬、化け物、ロボット、変態、妖精が見えるとのたまう薬物中毒者などとふざけたことを抜かす奴もいた。
いくらかの時間がたち、大本営が出した正式な声明には驚かされた。
それは噂の全てが事実であるということだった。
様々な過程と経路を経て生まれた深海棲艦に抵抗することができる存在を艦娘と定義、それを扱えうる、人に限らない様々な特異的な存在を提督として現在各海域を攻略しているということらしい
この艦娘と提督の多様性から一つのまとまりを鎮守府とし、独自の指揮権の下で作戦にあたらせた。
なんとも軍にあるまじきお粗末な命令系統だと思うだろうが
軍といっても国体を守るのに手が回らない状況であり、当時は無政府状態の国であったことを考慮すれば仕方がない面もあるだろう
このような劣悪な環境の中であっても艦娘たちは各海域で次々と勝利を収める。
荒廃の中で吉報と共にもたらされる艦娘の活躍は国民の希望となり、国民全体の結束を固め、軍部による国の安定に一役買うことになる。
人々は艦娘と提督を国の英雄と見なし大いにはやし立てた。
そうして続けた戦争は現在で三十年程たった。
この三十年で人類は深海棲艦とようやく互角に戦い、ある一部分の物流は完全といっていいほど取り戻すことができた。
依然として敵は強力ではあるが生活が豊かになれば社会は何とか安定する。
軍も少なくない粛清をしながらも何とか一つの指揮の下で組織として機能するようになった。
近年では安定した軍部の主導での艦娘と提督の育成により軍事力も画一化が図られるようになってきている。
まさに艦娘さまさま、提督さまさまだ。
だがここで軍部として問題になるのも初期の艦娘、ひいては提督の存在であった。
混乱期では自由裁量の下でやらせてきたがある程度安定した現在では目が届くところに置きたいと考えだした軍部。
こうした中で軍部は初期の艦娘や提督に指揮権の返上を命令する。
軍部の呼びかけに指揮権を返上することをよしとするものが多数であるなか、それを拒む鎮守府もあった。
しかも不思議なことに拒否するような鎮守府こそどれも経験を積み、恐ろしき錬度と多くの活躍による不動の名声を得ているような鎮守府ばかりなので軍部は手をだせない
その錬度は駆逐艦が戦艦を軽々と打倒し、国民からの名声は狂信者もかくやというほどの人気
結果として一部の鎮守府には自由裁量を認めたままとしている。
これへの対策として軍部はそれぞれの鎮守府が正常に動いているかを監視するためもともとあった憲兵組織からさらに鎮守府に対して調査や内偵を行い、独自の逮捕権や捜査権を持つ役職を作る。
その役職こそが…
「曹長…煙草の火で指を燃やしますよ」
ふと気づけば少し考え込みすぎていたようで煙草はすでにフィルターを焦がし始めている。
「すまん…ところで次の鎮守府の件だが」
「次の鎮守府は外部の情報提供者から艦娘への虐待が疑われる鎮守府ですが…」
疑わしき鎮守府へ赴き内部への内偵、調査、場合によっては逮捕を行う軍部の犬
それこそが彼ら『鎮守府視察官』の仕事である。
次話からギャグ
ロリコン鎮守府