「あー、くそっ!」
普段表情を崩さぬ長門がこのように苛立ちを表立たせることは、珍しかった。とりわけこのように激しいものは数年秘書においている提督としても初めて見るものだった。
「どうした長門」
「……すまない」
彼女は一呼吸置き、
「先程の演習だ」
もう執務は手につかないだろうとペンを放った。
「辛勝したな。あんな田舎の鎮守府なのによく頑張っていたね」
辛勝。そう聞いた長門はもはや笑いさえこみ上げてくる。そうか、あれはそのように見えていたのかと。
「在籍艦娘はうちの半分もいない、まぁ安全な海域だから上からも何も言われないのかもな。まるで忘れ去られた鎮守府だね」
「ぷっ、くはっはっは!」
長門は我慢できなかった。過小評価にも程がある。忘れ去られた鎮守府? 実際戦った身だからこそわかる、あの鎮守府は化物の巣窟だ。
特に旗艦吹雪、あれは錬度だけでは説明がつかない強さ。
「手加減されたのだよ」
笑いと伴に屈辱や呆れ、怒りが一斉に吐き出される。
「もし再度戦うことがあれば近くで瞬きもせずによくよく見てみるといい」
実戦ならば摩耶に二回、金剛に一回、吹雪に五回轟沈させられていた。この力の歴然とした差を見せ付けるために、撃つべきところで砲筒を下ろす。
彼女らは手加減をしたのだ。
駆逐艦が戦艦を轟沈させることが至難の業である、ましてやこの長門を、と当人は演習前に余裕さえ見せていた。だがこの駆逐艦は洗練されていた。弾雨を全速で掻い潜り懐に飛び込むと、寸分違わず急所に、零距離で砲撃する。小径であろうと関係ない、これは不味い、不味いと本能が警告を発する。機械のように無駄がなく、これまでどんな深海凄艦にすら感じなかった死に怯えた。
故に戦艦長門は断言する。
あの駆逐艦は何かが壊れているのだと。
◇◇◇
「お茶が入りました」
秘書官大淀は音を立てずにそっと湯呑みを差し出す。
「元帥、難しい顔をされていますが」
手元の書類を除き見ると、とある鎮守府の記録だった。その数字に眉をひそめる。
「在籍艦娘数が少ないですね、新任提督でもないのに。あと出撃も哨戒程度で、辺境の鎮守府とはいえこれは」
「いいんだよ」
元帥は湯呑みに口をつけ音をたててすする。
「周辺の海域には既に脅威は無いだろうし、資材の浪費もない。・・・問題があるとすれば艦娘のほうだね」
「は、はぁ」
首を傾げる大淀。
「それでもいざ援軍をとなった時にこれではこちらが困りますよ」
「問題ないよ」
困ったように微笑む元帥。
「この鎮守府の戦力は最前線に出ても余りあるほどだよ」
「な、ならば」
「言っただろう? 艦娘に問題があると」
口を挟む余地なく、
「彼女らの行動原理全てが、かの提督の益にあるのだよ」