艦娘同士の、またそこに人間を交えての会合は幾度となく行われてきた。各鎮守府代表の艦娘と海軍の重役を交えてのもの。
その場に金剛は勿論、彼女が演習や作戦で顔を合わせていた、長門や日向もその場に参席していた。
「長門さんと日向さんはお茶でいいかな?」
「せっかくのティータイムデス、紅茶にしマショー!」
秘書艦の北上は、慣れた手つきで一つ一つ丁寧に紅茶を注ぐ。
金剛の執務室。備えられたソファに腰かける長門と日向。彼女らはこの日、金剛の『友人』として鎮守府を訪れていた。
個人として話の場を設けるのはこれが初めてである。
「忙しいところ申し訳ない」
「問題ないデスよ」
長門の謝罪にも、金剛はニコニコと笑みを崩さない。
「『施設』が初めて見つかったのは長門の鎮守府であったな」
「金剛達との演習の後に、彼女等が鎮守府を見学したいと言い出してな。迷子を装って、在るとも知れない『施設』を探していたとは……全く想像がつかんだろう」
紅茶を啜る長門は一息、背筋を改めて正し、金剛を見据える。
「私達が今日聞きたい事は二つある。一つはもちろん人間と対立するこの現状についてだ」
ここで、金剛の顔から笑顔が消えた。
会合で金剛は、幾度となく今ある状況を整理し、説明し、理解を求めてきた。
「『施設』が見つかったことでお互いに首を絞め合う状況になりマシタ。ワタシは、これを事態が好転したと考えていマス」
「まず、なぜ人間が艦娘を処分しようとしているなどと考えるに至った?」
「その答を完璧に伝えることはできマセン。ワタシ達でさえ半信半疑でシタから」
「吹雪、か?」
長門の問いに、金剛は口をつぐんだ。そして、じっと長門の瞳の奥を見つめた。
やはり金剛は賢しい、と長門は思う。
彼女の中には、彼女が開示できる領域の明確なボーダーラインがあり、そこを踏み越えた者の真意を探る。この沈黙は肯定のそれではない。図星を突かれて取り乱す脆弱さも、道化を演じ詭弁を並べる不実さも無い。
あわよくば益になるような情報を溢さないか? 長門は、そんな姑息で、浅はかな考えをよぎらせた自分に腹が立つ。
彼女はそんな、ドが付くほど真面目な艦娘なのだ。
「……彼女はどこかおかしいと、初めて手を合わせたときから感じていた。その正体は結局わからぬままだが」
だから実直に、金剛に向き合う。
「ブッキーはずっと前から、遥か未来の地獄を見据えて行動していマシタ。ブッキーにしかない考えがあって、ブッキーにしか見えていない世界がありマシタ……どうかしまシタか?」
「……いや」
警戒されたかと思いきやあまりにあっさりとネタばらしをされたことに、長門は目を丸くした。
思わず笑みをこぼしたのは日向。
「私達には想像し得ない未来を、吹雪は予想していたのだな。そして彼女の意志を継いで艦娘を率いるとはなんとも」
日向はティーカップに軽く口をつけ、一息。
「責任感の強いことだ」
「……罪悪感デスよ」
金剛の呟きは誰にも届かなかった。
そして今度は、彼女が問いかける。
「二人は……もし深海凄艦が絶滅して、この世界に人間と艦娘しか居なくなったらどうなると思いマスか? 争いの無い世界になると思いマスか?」
「そうだな、深海凄艦が居なくなれば平和になるだろう」
長門の答えに、金剛は表情を変えない。
「艦娘は兵器デス。ヒトの形をしていても、それは変わりマセン」
「何が言いたい?」
「仮に今、ワタシが撃たないからと、砲塔を長門に向けていたら、平静を保って会話ができマスか?」
「……」
「いつ牙を剥くともしれない兵器を、その役割が終わっても側に置いておきマスか?」
金剛は一拍置いて、
「答えは『ノー』デス。人間は持てるあらゆる手段を使ってワタシ達を処分しようとしマス。艦娘という肩書きだけで、戦意がない娘も関係無く。そして第二の戦争が始まり、人間が死に、艦娘が沈む。ワタシ達は我が身と仲間を守る為に、この手で人間を肉片と血潮に変えなければならず、その戦火は大勢の犠牲を出すに違いないデス」
長門は生唾を飲み込もうとして、それができないほど、喉が渇いていることに気づいた。そっと紅茶を口に含み、ゆっくりと飲み下す。
「……と、ここまでがブッキーから聞いた、彼女の考えていた世界の未来デス」
「あぁ、……よくわかった」
と言いつつ、日向はため息一つ。頭を抱えた。
「言いたいことは理解した。しかし正直なところ、混乱していて、うまく頭が回らない」
「なにもブッキーを肯定する必要はないデス。聞いたことをそのまま話しただけデスから」
くい、と紅茶を喉に流した金剛はさて、と前置きし。
「もう一つ聞きたいコトというのは何デス?」
「あぁ」
半ば放心していた長門は、背筋を伸ばして気を引き締める。
「んんっ。もう一つは、最近の深海凄艦の動きについてだ」
「動きか妙に統率されている。まるで誰かが指揮をとっているかのように、だ」
打ち合わせていたかのように、日向も次いで報告する。
「そして同時期に確認された新種の深海凄艦。聞いた事はあるだろう」
「……ハイ」
「姿形が吹雪に瓜二つだそうだ。私はこれを、あの日沈んだ吹雪であると考えているのだが」
「それはありえマセン!」
途端金剛は大声を上げた。そして、直ぐに我に返る。
「……申し訳ないデス」
「少し驚いたが、まぁ問題ない。しかし、だ」
取り乱した金剛に、日向は冷静だった。
「こうもパズルが組み合っていると、推測は出来上がるものだ。沈んだ吹雪。それと同時期に、彼女に瓜二つな深海凄艦が現れた。疑わない方が不自然であろう」
「うん、そうだよねー」
唐突に口を挟んだのは、それまで黙って三人の話を聞いていた北上であった。
「でも違うんだよね、これが」
「なぜそう断言できる?」
長門が睨み付ける。一介の艦娘ならば怖じ気づくそれを、どこ吹く風と受け流す北上。
「こればっかりは信じてくれとしか言えないね」
「ふざけているのか!」
「ふざけてないんかないよ。アタシはアタシの知ってる事実を話してるだけ」
声を荒らげる長門を、北上の飄々とした態度がさらに苛立たせる。
「落ち着け長門、らしくない」
「しかしだな…」
長門を叱咤する日向。
その一瞬の間にチラ、と北上は金剛を一瞥する。
作戦であった。
金剛が落ち着きを取り戻し、この後の選択を考える時間を稼ぐことが彼女の狙いで、わざと口を挟んだ。
選択肢は二つ。
隠し通すか、正直に話すか。
北上は、金剛が吹雪のことは表に出さないと踏んでいた。吹雪を、深海凄艦を無断で故意に鎮守府内に入れ、あまつさえ彼女の修復措置をしたのだ。
これは人間と艦娘双方に対しての裏切りであり、敵対行動である。
明るみになれば、金剛の立場は極めて危うくなる。人間を半ば支配している状況から、以前のように逆転する可能性だってあるのだ。深海凄艦より先に人間と艦娘の戦争に発展する、そんな最悪のケースも、決して想像上だけの話ではない。
故に、吹雪の現状を話さない、話せない。そう決めつけていた。
「わかりマシタ。ブッキーのことを話しマス」
だから金剛の判断に、北上はポカンと口を開けて固まった。
そして直ぐに青ざめる。
「ちょちょ、金剛!?」
「どうしまシタ?」
北上は、ぐいと金剛の肩に手を回し、長門達に背を向ける。
「いや、いいの? リスクがどれだけ大きいか、理解してない筈はないと思うけど」
「わかってマスよ。ブッキーへの処置はワタシ個人の感情で行ったことデス。でも、艦娘全体にとっても、マイナスなことばかりでは無いデスから」
「何をコソコソしている、金剛、北上?」
未だ苛立ちが収まらない長門が急かす。
「ブッキーが居なければ、ワタシ達艦娘は人間の裏切りに気付けませんでした。そんな貴重な存在であるブッキーを、簡単に切り捨てる事ができなかった、ということで皆納得しマセンか?」
「甘いなぁ、少なくとも人間は許さないだろうね」
あと真面目過ぎるよ、と付け加えた。
「私達の前で内緒話か、言い度胸だ。もう我慢ならん」
「待って! 待ってくだサーイ! 今から全部話しマスから!」
なんとか長門をなだめた金剛は、深呼吸をする。
緊張していた。
ともすれば、金剛の鎮守府は孤立し、数日経たぬ内に壊滅することも考えうる。
裏切り者。その烙印を押されても仕方がない。押された上で、許されるのか否かが問題なのだ。
言葉巧みに、かつ真摯に向き合う。
もう一度、金剛は深呼吸した。
その直後。
ドン、と沖合で砲撃音が聞こえた。