川内は戦慄していた。
鼻先数センチの所を砲弾が駆け抜けていく。その直後には、足下から体を食い千切らんとする魚雷が、四方から襲ってくる。
多対一の訓練は散々に受けてきた。それにしても限界がある。これまで血反吐を吐いて、もう指先一つ動かしたくなくなる程の修練を重ね、自身を鍛えてきた。そんな、今までのどんな訓練よりも苦しい戦い。そう川内は確信する。
「多・・・・・・っすぎ!」
鎮守府近海を、川内を旗艦として哨戒していた。よもやこれ程の数の深海棲艦と会敵するとは、まるで予想外であった。それも敵は鎮守府を扇形に囲むように、そして息を殺して接近してきたのである。
ついさっきまでのんびりと潮風を浴びていたはず。これ程に大規模で唐突な襲撃は、夢物語とまでは言わないまでも予想していなかった。
艦種が違えば艤装も変わる。そしてその威力は誰が扱おうと変わらない。故に軽巡洋艦である川内に力押しという考えはない。
冷静に相手を分析する目。状況に合わせた柔軟な思考。俊敏さ、持久力といった身体能力。
己の成長を武器に携える彼女は、しかし圧倒的な暴力の渦の中で、指折り数える事のできない大勢の前では戦慄する他無かった。
「応援はまだかよ、クソッ!」
悪態をつく江風もとうに息が上がっている。
反撃の余裕など無い。狙いを定めている暇など無い。時折牽制をしては即座に回避に移る。その繰り返し。
時間稼ぎにも限界が見えていた。
訓練ではない。足を止めたらそれが最期。そんな想像がこれ以上無い現実味を帯びて心を蝕む。
どんなに無様でも、泥臭くてもいいから生き残る、守りきる。足を動かしているのは生きる事への執着。そして提督と鎮守府を守るという執念。
しかし戦線は徐々に下がり始め、焦りが集中力を削いでいく。
(早く来てくれないと、もう)
全速で酷使した艤装がギシギシと軋みをあげる。
避けきれない攻撃が増え、服に赤黒い染みが滲んでくる。
常に考え得る最良の立回りを選択をする。その能力が川内にはある。にも関わらず、被弾は絶えない。
そしてその蓄積が一つの亀裂を生む。
「しまっ・・・た!?」
波に足をとられた川内が、途端にバランスを崩した。
傾く視界にとらえたのは自身を狙う十数もの砲塔。
オーバーヒート寸前の頭をフル回転させて考える。
回避、不可能。防御、否。反撃、無駄。援護の期待、皆無。
思い付く選択肢が次々と黒く塗り潰されていく。
そして最後。
沈む。
その二文字が脳裏に、鮮明に浮かび上がる。
嵐のような砲弾が骨を砕き、肉を裂き、爆風に焼かれる。そんなイメージが恐怖に変わり、全身から汗が噴き出す。
瞬後、炸裂した音が耳を打った。
「・・・・・・?」
不覚にも目を瞑った川内の体は、しかしいつまで経っても五体満足で水面に浮かんでいた。
(生きてる?)
身体中を走り続ける痛みが、それを現実であると知らせてくれる。
「危機一発デース!」
見ると、煤を纏ってVサインを決める金剛。
幸い敵戦艦の砲撃は当たらなかったようで、軽微な怪我で済んでいた。
「・・・・・・はぁ」
そしてようやく彼女が盾になってくれたことを理解した川内は、膝から力が抜け、へたへたとその場に座り込んだ。
「し、死んだかと思った。てか金剛さん頑丈すぎ」
「死なないデスよ」
・・・死なせないデス。
そう付け加えた金剛は、敵に向き直る。
「お待たせしましたー!」
「オラッ、風呂入ってさっさと戻ってきやがれ」
川内の背後には青葉と摩耶。その他にも、鎮守府のほとんどの艦娘が臨戦態勢で控えている。
一時、役目を果たした事に彼女は安堵した。
「それにしても数が多すぎマス」
「でも増援が来たと知るや攻撃が止みましたよ?」
「ビビったんじゃねぇのか?」
「・・・・・・」
(・・・・・・おかしいデス)
金剛は考える。
応援が呼ばれど、それでも数では圧倒している深海棲艦。いくら艦娘が精鋭揃いといえど、撤退も視野にいれなければならない。戦況はどのように転じるかわからないものの、深海棲艦が有利であることに変わりはない。
それにも関わらず、彼女らは押しも引きもせずに手を止めている。
そう。
まるで誰かの指示を待っているかのようだ。
と、金剛は感じた。
数人の哨戒班で、今まで持ちこたえてきたことも不自然である。一斉に攻め入ればこの奇襲は鎮守府にまで届いていただろう。
「ねぇ、あれ」
ふと、川内が沖を指差した。
大勢の深海棲艦が道を開けている。その間を割るように、ゆっくりと近づいてくる白い影。
「そんな、どうして・・・」
金剛には見覚えがあった。
小柄な体に白い髪。その間から生える鋭利な角。それを被うのは鈍く光る漆黒の鎧。
見紛うことはない。
それはかつて自分が沈められなかった深海棲艦。
彼女は艦隊の先頭に立った。
金剛達との距離およそ二十メートル。
そして、ニィッと口角を上げ、白い唇を開いた。
「コンニチハ、コンゴウサン」
その声は穏やかで柔らかい。
しかし、瞳の奥には澄んだ殺意を湛えていた。