コンニチハ、コンゴウサン。
その声は間違いなく吹雪のものであった。
鎮守府襲撃以前の、物腰の柔らかい吹雪の優しい声であった──にも関わらず、金剛は総毛立った。
「なんだよあれは」
口を開いたのは摩耶。
「吹雪さんにそっくりです」
続いて青葉が感想を述べた。
金剛だけが口を結んだまま、じっとその吹雪のような白い深海棲艦を睨み付けている。
「吹雪ですよ摩耶さん、青葉さん」
敵意の無い態度、そして攻撃する素振りを見せない深海棲艦達が不気味であった。チラリと金剛が白い吹雪──深海吹雪の背後に控えている深海棲艦に目を向けると、深海吹雪はニコリと笑って手を挙げた。
固く身構える金剛達を余所に笑い続ける彼女はひらひらと手を振った。すると、今まで猛威をふるっていた深海棲艦達がぞろぞろと後退していく。
「どういう……ことですか」
青葉が訝しげに尋ねる。
「カノジョタチガイタラ、ハナシアエナイデショウ? ダカラッ…」
深海吹雪は最後まで言葉を紡げなかった。
「甘すぎるぜクソがっ!」
吼えたのは摩耶。その砲筒からは煙が揚がっていた。
確かな手応えに、摩耶は笑みを浮かべる。
重巡洋艦の一撃が額に吸い込まれていったのだ、深海棲艦といえどひとたまりもない。
確かにそうであった。
煙が晴れたあとに現れたのは、右の頭部が抉られた深海吹雪の姿。
摩耶の攻撃は確実に届いていた。
しかし、撃たれた本人は口の端を吊り上げて笑っていた。
「サスガマヤサン! マルデヨウシャガナイデスネ」
はしゃぐ子供のような姿に、摩耶の頬を冷や汗が伝った。
じり、じりと金剛は無意識に後退する。
破壊された深海吹雪の頭部は、目に見える早さでその形を取り戻していた。
「サテ…ハナシノツヅキヲシテモ?」
金剛が頷くのを確認すると、満足そうに続ける。
「カンムスヲ、ミナシズメマショウ」
「お断りだクソがっ」
反射的に拒否をした摩耶に、初めて深海吹雪は不愉快さを滲ませた。
瞬間、彼女は爆発的な速度で摩耶に肉薄した。
しかし臨戦態勢の摩耶が予測していないはずもなく、逆に至近距離での砲撃を浴びせる。
「アマイデス!」
これを片腕を犠牲にいなした深海吹雪は、砲弾のような速度で、摩耶の肢体に装甲を打ち付けた。
叫び声もなく数メートル弾き飛ばされた彼女は、水面をバウンドした後、うつ伏せに動かなくなった。
「摩耶さん!?」
様子を見ていた青葉が大きな声を上げた。
「ダレモワタシニカテナイデスヨ」
沈まないから、と付け加えた。
「こ、…金剛さん」
「彼女の話を聞きマス。すぐに手出しするつもりはないようデスから」
みるみるうちに腕を再生させる吹雪は、再び語り始める。
「『ニンゲン』『カンムス』『シンカイセイカン』、コノサンカクカンケイハ、アマリニフアンテイデス」
「わかっていたことデス」
「デスカラ、『ニンゲン』イガイヲトリコミマス」
「そうすれば戦後に予想される惨劇を回避できると?」
「エエ」
青葉の質問に頷く。
「確かに、仮に深海棲艦が全滅した世界では、艦娘の安全は保証されマセン。私達を兵器と考える人は少なくないデス」
「ワタシタチガイキルタメ、コレガイチバンデス」
ざぁ、と陸から風が吹いた。
金剛はそれを追いかけるように空を見上げた。
そして、小さく息を吐いた。
「アナタの話には、決定的に欠けているものがありマス」
金剛は、過去の吹雪を思い出し、照らし合わせる。
「ブッキーが以前話してくれた理想は、高くて、遠くて、儚くて、正直簡単に成し得ることではないと思いマシタ。それでもワタシが彼女に付いていこうと思えたのは、彼女の理想に幸せなテートクの姿があったからデスヨ」
でも、と。
「アナタの描く未来には、それが決定的に欠けていマス。だから、」
目の前の深海棲艦を睨み付ける。
「ワタシ達は全力で深海棲艦と戦いマス」
金剛の宣戦布告に、吹雪はそっと目を閉じた。
そして、どこか悲しそうな、悔しそうな曖昧な表情を浮かべて、
「ザンネンデス」
交渉決裂の合図。
目を剥いた深海吹雪は猛烈な勢いで金剛へ突撃した。
それを見るや否や、金剛は全力で後退した。金剛は吹雪の戦い方を知っているからだ。
並外れた回避能力から相手の懐へ飛び込み、ゼロ距離での必殺の一撃を撃ち込む。
あえて深海吹雪ではなく、その進路に砲弾を撃ち込み、飛沫で視界を奪い、距離を詰めさせない。しかしそれは時間稼ぎでしかなかった。
ただ単純に、戦艦金剛は駆逐艦吹雪より弱い。
その事を、彼女は誰よりもわかっていた。だから、その差を埋める事ができるとすれば、突拍子もないイレギュラーな因子が必要であると考える。
金剛に続いて青葉も牽制を始めるが、深海吹雪との距離は維持できない。
不意に金剛は牽制をやめた。
そしてその『作り出した』隙に、深海吹雪は獰猛な笑みを湛えながら飛び込む。
あっという間に縮まった両者の距離はやがて零になり、砲筒が金剛の鳩尾に押し付けられる。
「ファイヤァー!」
瞬間、金剛はその砲筒を全力で殴り付けた。
深海吹雪の放った砲弾は金剛の服を引き千切り、遥か後方へと飛んでいく。体勢を崩した深海吹雪に、青葉の砲弾が直撃した。
彼女が怯んだ隙に、金剛は大きく距離をとる。
「サンキュー青葉!」
親指を立てて称賛する金剛だったが、うるさい程に心臓が音を鳴らしていた。
「あの世に片足を突っ込んだ気分デス」
「無茶し過ぎですよまったく…さて、次が来ますよ」
身構える二人を前に、晴れる煙から深海吹雪が姿を現す。その身には傷一つ無かったが、金剛と青葉は眉をひそめた。
深海吹雪はその硬い装甲で身を守っていたのだ。
そして彼女は舌打ち一つ、牽制を繰り返しながら後退していく。
「どーなってるデス!」
突然逃走を図った深海吹雪に、金剛は混乱した。
彼女が逃げる選択肢を選ぶとすれば、それは彼女が敗北を予感したとしか考えられなかった。現状ではあまりに現実的でない。あり得るとすれば、原因は一つである。
「再生力を…失った?」
深海吹雪は後退しながら、腕を掲げる。
すると、奥で待機していた深海棲艦達が一斉に動き始めた。
「まずいデース!」
「いえ、金剛さんあれを」
青葉が指差すのは、深海棲艦達の上空。
「爆撃機ですよ、それも敵のものではありません」
その数は一空母のものではない。まるでいくつもの連合艦隊が発艦したであろう勢力である。
「あぁ、あれね。長門と日向が力を貸してくれるってさ」
そう言って背後から合流したのは北上であった。
「北上! い、意外デース」
「あたしらに貸しを作るため、かな、知らないけどー」
危機感の無い声色の北上だが、すでに魚雷を装填し、臨戦態勢をとっていた。
「さてと、…逃げ場は無いデス」
金剛は視線を深海吹雪に向ける。
深海吹雪も、後方で戦闘が始まったのを見ると、ギリと顔を歪ませて金剛達に向き直った。
そこに出逢ったばかりの優しげな雰囲気はない。吹雪の抱えていた、強烈な憎悪や怒りを滲ませている。
吹雪が隠してきたそれを直接ぶつけられた金剛は、ゴクリと唾を飲み込んだ。緊張からか、ビリビリと指先が痺れる。足が震える。自分が救えなかった吹雪が、こういった形で目の前に立ちはだかっている。考えると、自分自身に腹が立つ。
次は沈める。失敗を繰り返してきた自身への誓い、決意を胸に、ぐっと拳を握った。
──そして、衝突。
金剛や青葉、北上でもない。その後方から全速で海を駆け抜けてきた吹雪が、深海吹雪と激突した。
気付けば初投稿から一年……。
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